【ガルパン】逸見ルッキンスター (82)
地の文マシマシ。
キャラのイメージと違うところが多々あると思います。
いわゆるエリみほです。
よければ読んでください。よろしくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1477629239
「エリカ、お前の処分を言い渡す」
「…………」
「お前は一か月間の停学だそうだ」
「…………」
「当然だな。あろうことか規律を重んじる黒森峰機甲科生が、……チームメイトに思い切り暴行を働いたんだ。だが、軽すぎるくらいだろう。なぁ。………運が良かったな。あいつ、顔面強打撲でなんとか全治二週間だそうだぞ」
「…………」
「おい、エリカ。お前からは何か言い分は無いのか」
「…………」
「黙っていれば私がこれ以上、この件について何も言わないとでも思っているのか」
「…………」
「おいっ!!なんとか言ったらどうだ!!!」
「……………何も」
「何?」
「………何も、ありません」
「………そうか、そうか。お前のクソのような覚悟はよく分かった。この大馬鹿が。戦車道の授業も一か月間当然出れない。分かっているな?」
「はい」
「……貴様は部屋で寝ているがいい。その間我々はお前抜きで悠々と練習を続ける。……意味は、分かるな」
「…………はい」
「……もういい。行け」
「…………」
ガチャ
バタン
「………くそっ………!!!」
ガァン!!!
~~~~~~~~~
「む、むむむ………」
目の前のノートを睨みつける。
文武両道を旨とする黒森峰機甲科生は、機甲科の専門授業だけを一生懸命やりゃあいいってもんじゃない。
頭はパーです。でも戦車だけは動かせますでは、普通科の生徒にも示しはつかないというものだ。
王者たるもの知恵も必要なのだ。
それから隣に置いてある参考書のイラストを睨みつける。
能天気なタッチのキャラクターが、馬鹿でかい指のついた指し棒片手に(重くないのか?)、朗々と吹き出しびっちりで喋っている。
「くっ、このメガネ……」
毎度毎度、ね?簡単でしょ?じゃないぞ、この野郎。能天気なのはタッチだけではないらしい。
黒森峰機甲科生は、理系文系のべつまなく、いわゆる国語数学理科社会、それから英語もきっちりと、そりゃもうきっちりと納めなければならない。
全ての高校戦車道を納める者の規範として、黒森峰は勉学に置いても王者たらねばならない。
いい校風、いや、学科風だと思う。
そう、我々はあるべき姿に向かって真っ直ぐに進むべきなのだ。
「エリカさん何やってるの?」
ひょこっ、という間抜けな音が聞こえてくるかのような動きで、栗色の髪が飛び出してきた。
私の同室で、我が黒森峰の誇る副隊長で、私のライバル(なんと言われようと少なくとも私の中では)で、私の、まあ、友達の。西住みほだ。
そんなみほの栗色の髪の上には紫の帽子、いや、ナイトキャップ。ナイトキャップときた。
とっくに風呂にも入って、もう寝る準備万端だ。勉強なんてする気は一切ない。
明日できるなら明日やればいいじゃないの。そんな声が頭の後ろでゆらゆら揺れるぼんぼりから聞こえてくるようで、これまた私のやる気を削ぐ。
いつもながら、王者たる者の姿とは正反対を体現したような奴だ。
「……あんたね、いきなり出てくるんじゃないわよ」
「といいつつ、気づいてたんでしょ?」
「まあね」
んふふと、みほは満足気に笑う。
先ほどから、こちらのやっていることを気にする様子があった。
ベッドでごろごろ漫画を読むのもそぞろに、こちらを度々見てきている。という視線を感じていた。
こういう時、こいつは構ってやらないとへそを曲げるのだ。
ふん、と鼻を鳴らす。しょんないな。ま、一通りテスト範囲は済んでるし、ちょっとくらい付き合ってやろう。
「ねぇ、何やってるの?」
「物理」
ペンの頭でコツコツとノートを叩くと、うげ、という顔でこちらを見てくる。
「流石になんとなく分かってたけどね……」
じゃあ聞くなよな。構って欲しいんだろうけど。全くこの子は。
「というか、エリカさんなんでノートとか文章とか、基本全部ドイツ語で書くの」
「かっこいいでしょ?」
「ここぞとばかりにクォーター感だして来ちゃって」
呆れたような顔をされる。心外だ。
「それに、誰かさんがラクすることもないしね」
「……いじわる」
今度は膨れっ面をされる。やっぱり。そっちが本音よね。
いじわるというのも全く心外だ。私はみほのためを思ってやっているのだ。ラクな方にラクな方に流れて、結局私自身に教えを請いちゃう……いやいや、そんなことのないようにだ。
まぁ単純にニュアンスを掴みやすいってのと、祖母にずっと教えて貰ったドイツ語を忘れないように、記憶のメンテナンスも兼ねているのだけれど。
みほが私のノートを親指でそっとなぞり、その目を細めた。
「好きだよね、物理」
「まーね」
「何が楽しいのか分からないけどねぇ」
「教えたげましょうか?」
え、遠慮しときます、と、苦笑いで返してくる。
ふふふ、そうでしょう。知ってる通り私は、一から厳しく教えるわよ。長いし大変よ。
それでもテストが間近になると、こいつは決まって私に、おずおずと理系科目のノートと教科書を差し出してくるのだ。
もう定例行事。決定事項。
……戦車戦のことなら生報告、生データでも驚くくらいのスピードで吸い込むのに。
こと理系科目での西住みほは、私がいないと色んな意味でバカ犬レベルの学習能力なのだ。
中学の頃から何度あったか数えられない。普段からやっとけっちゅーの。全く。
ふと、みほが真顔になった。
「……ねぇ、これ、どんな問題なの?」
「ああ、ちょっと気になってね、オリジナル問題」
「オリジナル問題?」
「月から撃った砲弾が、月の重力を超えるために必要な速度と、地球に着弾するまでの時間」
「……エリカさんたまに突飛なこと言い出すよね」
~~~~~~~~
「ねぇ」
「えっ」
「あなた、そのいちいちびくびくおどおどするの、やめなさいよ。虫酸が走るのよ」
「いっ、いつみさ、ごっ、ごめんなさい……」
「……その、意味もなく謝られるのが一番むかつくの」
「ごっ、ごめ、あっ、ごめ、あの………」
「……舐めてんの?」
「ちっ違うよ!」
~~~~~~~~
「…………」
かれこれ、もう一時間近くはいる。
「ねぇ、まだ?」
「待って今いいとこ」
その目はずっと、手に持つビビッドな色合いの表紙の、分厚い少年誌に注がれている。まさに釘付け。
「好きよねぇ、それ」
首だけで頷かれる。全く。
まぁいいけどね。
書棚から見える表紙のキャラクター達は、悩みごとなんて一切ないぜ!という顔で右手を振り上げてこちらに突撃してきている。なんだ、そのポーズ。
戦車道の時よりよほど夢中なその姿に呆れつつ、私は既に読み終えたファッション誌を手に取る。
あんまり知られていないが、みほは実はかなりマイペースだ。
正確に言えば、私に対してはマイペースだ。
普段から他人の迷惑にならないよう、なんでも、食事ですら、なるべくペースを合わせているが。
その反動か、中学の頃から同室で、気を使わなくていいと思っているらしい私には、基本勝手に振る舞うところがある。
困ったやつだ。
「うん、オッケー。チェック終了です」
それから10分ほどしてようやく少年誌から目を離すと、心底満足そうにそう呟いた。
まるで犬が散歩で縄張りを検分するかの如し。こいつこういうとこある。
途中で帰ろうとするとムギーと引っ張って抵抗してくるところまで含めて。
「というかチェックって、あんた何ポジションなのよ」
「編集者かな?今週のステップ最高だったよ」
「何様よ……全く、こちとら普段読まない占いコーナーまで読んじゃったわよ」
「天秤座何位?」
「腹立たしいことに一位」
「やった」
それからスイーツコーナーでもたっぷり5分は悩み、(新作のフルーツタルトか定番のマカロンかで迷っていた。結局いつものマカロンにしていた。ムギー)店を出る頃には時刻は7時を大きく回っていた。
空が紫色になっていた。
「わぁ~……」
「……ま、たまには長居するものね」
「そうだよぉ、こんなの見られるの学園艦にいられる時だけだよ。こういう素敵なものを見逃しちゃうんだよ」
「……戦車道だって素敵よ」
私の言葉には答えず、みほは顔をずっと空に向けている。
「……ねぇ、みほ。見て、宵の明星」
南南西を指差すと、首がすいとそっちを向いた。
「……綺麗。一番星だね」
ほけっと口を開いている。
緩んだ頬と上がった眉毛を見ると、お気に召してくれているらしい。
「地球から見た天体で、太陽と月以外だと一番輝いて見えるのよ」
「へぇぇ……」
「そして、地球に一番近い惑星でもある」
「ほぇぇ……」
「そして……」
「もう、エリカさん、雰囲気……!」
みほが何故か急にむくれて、困惑する。
えぇ、これダメなの?
笑ったり怒ったり、忙しい。最初に会った頃は、怯えがちだけど、もっとフラットな子だと思っていたのをふと思い出した。
「もう……それで?」
「え?」
「続き、さっきの」
……マイペースだ。
「……金星は、生まれたばかりの頃は地球にそっくりだったのよ」
「じゃあ、生き物が実は住んでたりするの?」
「それはありえないわね」
「なんで?」
「…………」
なんというべきか。
理由は色々ある。
水がない。大気の組成も気圧もものすごい。熱い。雨は濃硫酸。こんなに輝いているのは、雲が分厚すぎて光を反射しすぎているから。
まあ、まとめれば。
「太陽に近すぎたから」
みほは、悲しそうな顔をした。
~~~~~~~~
「あんたさぁ、何、姉が近くにいないとロクに話も出来ないわけ」
「えっ……」
「いい年してお姉ちゃんお姉ちゃんって……キモいのよ」
「そっ、そんな……」
「悪いけど、私、あんたという人間個人を認めてないから」
「えっ……」
「あんたの戦車道の実力とやらは、持って生まれた血筋と環境のおかげ。あんたの役職は姉のまほさんのおかげ。そしてあんた自身には自分がない。なーんにもない」
「………!」
「……ほら、悔しかったら言い返してみなさいよ」
「………う、うっ………!」
「……また泣く。アホくさ。西住流が笑っちゃうわ」
~~~~~~~~
目の前のでかいピンクの筐体の、小さな銀のおちょぼ口に、執念を込めてコインを投入する。
欲望は、欲望は足りてるのだ。
「あぁ~もういいよぉ、エリカさん」
「るっさいわね、今回こそいい乱数引ける気がするのよ。アームが強けりゃあとは戦術と腕よ。戦術と腕。ほら、行きなさい」
「ふぇぇ……UFOキャッチャーの戦術と腕ってなんなの……」
申し訳なさと呆れだろう感情をこれでもかというほど眉毛に乗せて、みほがちょこちょこと筐体の右手、通路側に回る。
白い手がペチペチとガラスを叩いた。
「いいよー」
「っしゃあ~」
まずは私の番だ。
三つ並んだボタンの一番左、1と書かれたボタンを押すと、電子音丸出しの、間抜け極まるBGMが流れる。
「…………」
敵戦車への偏差射撃のように集中して……。
「今!!」
「ああ!!エリカさんすごいよ!!今までにない軸の完璧さだよ!!」
結局戻って来てるし。
……でもまぁ、確かに完璧だ。
「ふふふ、まだよ、まだ喜ぶには早いわ。さぁみほの番よ。そらそら」
手で宙を扇ぐと、みほは先ほどとは比べものにならないスピードで筐体の横に付いた。
「っしゃあ~」
真似すんな。
おもむろに2と書かれているボタンを押すと、またしても間抜けな電子音が流れてアームが奥に滑りだした。
みほの顔がぐっとガラスに近づく。鼻息でガラスがテンポよく曇っている。ふふふ、バカ犬。
「まだまだまだ……ストップ!!」
「!!」
んっ!?
「うわああ!!完璧!!私すごい!!」
お前なぁ、と思いつつ、慌てて横に回って確認すると、確かにアームの位置は、完璧としか言いようがなかった。
行けるやん……!
「ひょっとして私って、UFOキャッチャーアドバイザーの才能あり……?」
なんだそれ。ユーキャンか。勝手に資格を作るな。
それにしても、みほは今までもっとずっと凄まじいことをやってたと思うけど。
「とにかく、ラスト行くわよ」
「エリカさん、いける、いけるよ!!!」
「っしゃあ~回転見といて回転っ」
みほがガラス越しにこくこくと頷いた。
よし、行くわよ3番っ!
「まだまだまだ……ストッ、あっ」
「えっ、あっ」
やっべ。
「これじゃ引っ掛けようが……」
「まだだ、まだ終わってな……ああ……」
「あぁ……」
アームはひとしきり下がると、これまでにないような力で目の前のボコをひしゃげさせ「おお……!」……そのまま浮くか浮かないかの力で表面だけひっ掻くだけ引っ掻いて『どもっす!』ってな具合に甚だ愉快そうに定位置に帰って行った。
「くっそぁ……!」
「んもおおストップのスで止めなきゃ!分かってるでしょ!」
「分かんないわよ!あんたたまにストーッ……ぷ!とかいうじゃないの!基準が曖昧なのよ!」
言いつつ財布を開ける。
連コイン!
「わぁわぁわぁ!!ねぇやっぱりもういいよぉ!もう結構厳しい額使ってるよぉ!」
「るさいわね、私は一度決めたことはやり抜く主義なのよ」
少しの逡巡のあと、やはりもう一つまみコインを取り出し、チャリンチャリンと二枚連続でおちょぼ口に滑らせる。
効率だ。やはり試行回数がものを言うのだ。
「あああまた300円で5回できるやつやってる……もおおお」
全く、自分の金が減るわけじゃなし。
こいつはほんとに甘ちゃんというか、なんというか、たまにはちゃんと自分の欲望を優先させるべきなんだ。
「あのね、これ限定なんでしょ」
「う……うん」
「欲しいんでしょ」
「……………うん」
「ならしょうがないじゃないの。ほら、横見て」
「……うんっ」
~~~~~~~~
「またこのクマ?」
「ヒッ!!」
「……何よ、飛びのいてくれちゃってさ」
「なっ、なんでもない、なんでもないから……あ!」
「……キモい。何でこんなのがいいのかしらね」
「や、やめてよ、返してよ……」
「こいつ、このキモいの、いつもひたすらボコボコにされるんでしょ?よっわ……」
「!」
「理不尽に因縁つけられたりして、ボコボコにされて、それでひたすらやられっぱなしなんでしょ?」
「う……」
「誰かに似てる。だから好きなの?」
「やめて……!」
「ねぇ、このキモいのあんたみたいね。惨めったらし」
「!!!」
「!?!?!?」
「ボっ、ボコを馬鹿にするな……!!」
「じょ、上等じゃないの……!!」
~~~~~~~~
「エーリカさんっ!」
おっ、弾んでる弾んでる。
これは上機嫌みほ。
数あるみほの種類の中でも私お気に入りだ。
……浮き沈みはあるものの。基本大らかで、授業以外では大旨機嫌が悪くないみほだが、ここまでの上機嫌みほは珍しい。
「どうしたの?」
あくまで仕方なく問いかけてやると、みほはんふふ~と笑いながら、後ろに回していた腕をごそっと動かした。
「じゃじゃん!ボコだぜ!」
あー、やっぱり。
間抜けな声色はこれ多分、真似だろう。似てない。
右腕だけをズイと目の前に繰り出していた。
こいつがこんなに上機嫌なのは、大体がこのクマ絡みなのだ。
「……あんたほんとそれ、好っきよねぇ。てかそれ、そのタイプのボコ、何匹目よ」
「ちっがうよ全然みんなちっがうよ!!この前の懸賞で当たったの!ね、手伝ってくれたでしょ?」
イキイキとした声色と裏腹に、脳裏にあまり良くない記憶が蘇る。
ちょっと外に出ていて、部屋に帰ると、みほがいきなり、何回目かわからない一生のお願い(私に対しては百万回生きたみほになるらしい。頻繁とまでは言わないが、わりと体感そのペースでくる)を使ってきたから何事かと思ったら、やっぱりこのクマ、ボコ絡みだった。
それから私達は、何故か薄暗い部屋で、お互いのケータイの光を頼りにみほのベッドに潜って(みほは狭いからいいと必死に許否しようとしたが、何を、こいつめ。こっちはそんなくらい覚悟済みだぞ)ひたすらハガキを書き続けた。
私が宛名を書いてみほが装飾してた。
『エリカさん懸賞は運じゃないよ!目立ったもん勝ちだよ!』
と言って憚らないみほは、私が宛先の住所とボコと応募係という言葉にゲシュタルト崩壊を起こしかける中、黙々と、楽しそうに色ペン使ってやがった。
その時の私の頭の中では、寝落ちするまで、子供の頃、姉がDVDで見ていた電波少女というアングラ系テレビ番組のOPメロディが、ひたすらにリフレインしていた。
「あーあの……」
げんなりする。顔にも割と出てると思う。
そんな私の気も知らず、みほは私の鼻先にボコを「見て!」と突き出してくる。
「すごいよ!これ、特A賞だよ!!」
「えぇ?」
「うん!超レアなんだよ。この耳のとこの包帯、見て」
そのえぇじゃないっての……。
「う゛ーん?」
「リボン結び!!しかもこれ、よく見るとね、……刺繍まで!!!かわいいでしょ?」
あぁ、分からん。分からんしどうでもいい……。
「はううう、かわいい。これ、このボコ限定なんだよ!」
死ぬほどどうでもいい……。
「ありがとうエリカさん!」
「……まぁ、あんたが嬉しいならいいわよ」
どうやらみほは更に気を良くしたらしく、何故か照れながらでへへ、と笑う。
機嫌マックスみほは、見ているこっちもいつもより微笑ましい気持ちになる。
最近では、何気に超激レアみほだ。
「それでね、エリカさんには……こっち」
「えっ?」
おずおずと差し出された左手を見ると、ノーマルタイプ(ちょっとは分かるようになるものだなぁ)ボコより、色味が明るいボコを差し出される。
「私に……?」
「あの、これ、B賞なの。オリジナルカラーボコってことで、その、こんな感じ」
あー。
記憶がまた掘り起こされた。
みほの装飾は、最後必ず、オレンジ色と茶色を器用に薄く混ぜて、矢印書いて、『こんな感じで!』で終わっていた。
色とりどり、怪我の種類も様々な何匹かのボコで飾られていたが、そこだけは共通していた。
ふとみほを見ると、顔を真っ赤にしていた。
手が震えている。
「で、その、これあげる、ます」
「はぁ……」
「ずっと前、あと、この前も、だけど、星を見に、その、連れてってくれたでしょ?その、お礼。してなかったって、思って」
あぁ。
今度は、私にとってもなかなかいい記憶が蘇る。
思わず笑みが浮かんでしまう。
ずっと前って、中学生の頃の話じゃないの。
そうか、そうか。
「……いっ、いらない?」
「……ううん、もらうわ。ありがと」
「あっ」
ひょい、とみほの手からボコを取り、しげしげと眺める。
……この色合いは、みほにしてはセンスある。
まあ、好きだ。
「大事にしてね?」
こいつはさっきからどうしたんだ。
醸す雰囲気は多分上機嫌みほなのだが、身の縮こまりっぷりが凹みほなのだ。そして、微妙に声が震えていて、この声色は。
…………。
いやいや、いやいやいやいや。
動揺を努めて隠す。
「まぁ、枕元にでも置いて」
「えっ!」
「むしゃくしゃした時にでもぐりぐりしてやるわ」
「うっ、うーん……うん、そうして」
今度は複雑そうな顔。
なんなんだ。なんなんだお前は。
「ま、大事にするわよ」
「………うんっ!」
~~~~~~~~
多分その時にはもう、手遅れだった。
とりあえずここまでです。
今日の夜には続き載せられると思います。
ちなみに、前作とは完全なパラレルです。
ありがとうございます。
~~~~~~~~
「あ゛ー……いたた……」
「……………」
「……あんた」
「!!」
ブンッ
「あー、あー、違うわよ……あんた、ちゃんと怒れるんだなって」
「……!?当たり前でしょ!!誰だって一番大好きで大事なものを馬鹿にされたら、怒るよ!!!」
「あぁ、そう、そうね……悪かっ、うっつつ!」
「!!だ、大丈夫?」
そっ
「な、何してんのよ、気色悪いわよ」
「ご……だって、痛そうだから、見てられなくて」
「……変な奴」
「……!!」
「違うっつってんでしょ。………ごめんね、西住さん」
「えっ」
「なんだか、初めてちゃんと相手された気がして、すっきりしたのよ……そんだけ。許してもらえるとは思わないけど……ほんと、色々言って、悪かったわね」
「……………いいよ」
「へ?」
「いいよ。……ううん、私こそ、あなたのこと、どこか、自分とは違う人って、見下してたのかもしれない。………ごめんね、逸見さん」
「ふふふ、……うん」
~~~~~~~~
~~~~~~~~
転機はあの雨の日だった。それは間違いない。
でも、決定打は。
今の時間から。
ひと月前のことだった。
~~~~~~~~
~~~~~~~~
殺すしかない。
もうクソカス二号と三号は片付けた。足りないから後できっちり落とし前をつける。
誰かだの助けてだのなんだの喚きながら目の前でのたのたと逃げ出そうとするクソカス一号を後ろから思い切り飛んで蹴り飛ばすと、教室のドアに顔からぶつかってもんどりうって倒れた。
周りがキャアキャア煩いが気にしない。
すかさずマウントを取る。
一発。
ギャッとヒキガエルのような悲鳴をあげる。
「取り消せ」
クソカス一号は、目をプルプルと飛び出しそうなくらい震えさせながら、何か言いたげにもごもごと口を動かす。
一発。
手に残る感触すら気持ち悪い。
「取り消せ」
「エリカさん、やめっ、やめて!もうやめて!!」
みほが後ろからしがみついてくる。
振り払う。
その隙にクソカスが体勢を変えてマウントを取り返してくる。
腐っても機甲科やってるだけはあるらしい。ギラついた目が気持ち悪い。
一発喰らう。二発喰らう。視界の端でみほが震えて腰を屈めた。
ダメよみほ。
気を良くしたのか三発目を大きく振りかぶったクソカスを、思い切り身体のバネを使って跳ね除ける。
再び転がったあいつの顔面に、不安定な体勢のまま、飛びかかりながら、思い切り、全力で、一発を喰らわせる。
いいのが入ったらしく、え゛っとだけ言うと、ノびてしまった。
いやに静かだ。周りも。
待て待て、おいおい、大事なことが残っているだろう。
「だから、取り消しなさいってば!!」
思い切り揺さぶる。やだ、白目。気持ち悪い。でもやめない。
「待ってエリカさんだめ!!動かしちゃだめ!!!」
「ふざけんな!!こいつ、あんたを……!!」
「いい!!エリカさん、いいの!!!」
「でも!!」
「やめて!!!」
視界に入ったみほの顔に、
思わずパッと手を放す。
「み、ほ」
「も、もうやめて、もう、いい」
「え……?」
「や、やめてって言ってるの」
え?
「だって、だって、こいつ」
試合にもでてないこいつだけど。(その癖口だけは陰で出す)
練習だってこっそり手を抜くこいつだけど。(その癖やってるフリは上手い)
あの決勝戦からこそこそみほをいじめやがった、(何故みほに止められるままに、今までこうしなかったのか)
気に食わないこいつだけど。
あの決勝戦のことを言うならまだ良かった。(良くないけど)
みほの戦車道について言うならまだ良かった。(良くないけど)
でも、こいつ、こいつは。
「だって、こいつ、あなたのことレズって……!!」
「………!」
「き、気持ち悪いって」
「う゛………!!」
なんで。なんで。
なんで、私の言葉を聞く度、みほの顔がもっとくしゃくしゃになる。
「だって、ノートとか、教科書にまで、れ、レズって、死ねってまで……!!」
「………っ……!!」
「みっ、みほ!?どうしたの、みほ!!!」
~~~~~~~~
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自分とは違う。こんな意味で言ったかは置いておいて、なるほどみほは正しかった。
逸見エリカは、普通の女の子だった。
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それからみほは、消え入るように瞬き始めた。
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~~~~~~~~
「わぁ……!綺麗……!」
「すごいでしょ、自主連してる時に見つけたの」
「自主連って、こっそり黄昏てドライブしてただけなんじゃ……」
「おん?」
「ごめっ……ん゛ん゛!ドライブしてただけだよ!絶対!!」
「ふっふ、………でも、当たり。実際そうなのよね」
「や、やっぱり。……逸見さんは、星が好きなの?」
「うん。星が好き。戦車道に会うまでは、宇宙飛行士になりたかったくらい」
「諦めちゃだめだよ!!今からでもなれるよ、逸見さん頭いいもん!」
「いや、単純に戦車道のが好きになったってだけよ?」
「そっ、そう……」
「それよりさ、あの光る星の一つ一つが太陽みたいな星で、その周りには惑星があって、もしかしたらそこに生き物が住める環境があるかもって思うと……行ってみたくない?ロマン感じない?」
「うっ、うん、感じる」
「……ほんとに?」
「……ごめんなさい、嘘です」
「まぁ、だと思ったわよ……全く」
「…………」
「…………」
「……私はやっぱり、地球から眺める景色が好きなのかなぁ」
「うん?」
「夜がね、結構好きなんだ」
「……唐突ね」
「う、うん。特にこういう、暗いとこだと、星がキラキラ光ってて、月が綺麗でしょ?」
「あら、あなたもロマンを少しは分かってるじゃないの」
「えぇ?……私のは、ロマンっていうか、もっと単純だと思うけど」
「いいのよ。ロマンに貴賎なし。良いものは良い。そこに上も下も無いわ。……それで?」
「……うん。それで、昼間はわからないけど、夜になると、自分が星に囲まれてるんだーって分かるのが、面白くて好きかな」
「いいわね」
「うん。いっぱいの名前も知らない星と、あと、お父さんに教えてもらった一番星と、あと、月がすごい好き」
「月ねぇ」
「逸見さんは、月は嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないけど、あんだけ光ってるのに、太陽の光を反射してるだけってのが、知ってからはなんだかなーとは思うわね」
「えぇ、それでもいいんじゃないかなぁ」
「うーん?」
「それでも、地球の私達からは一番光って見えるもん」
「ほぉぉ、言うわね。ただ、近いだけだけどね?」
「それでもいいの」
「ふーん……そっか……。なら、良いわね」
「うん」
「…………」
「…………」
「………エリカ」
「え?」
「エリカでいいわよ、呼び方」
「えっ」
「その代わり、私も、その、いい?」
「…………もっ、もちろん!よろしくね、エリカさん!」
「さんは抜けないのね……まぁ、いいけど。よろしくね、みほ」
~~~~~~~~
~~~~~~~~
それから、私達は友達になった。
この時、時間は優しかった。
積み重ねるだけ距離は詰まっていった。
みほからは遠慮が抜けて、私からは棘が抜けた。
気づけばいつも隣にいた。
親友だと感じた。
姉妹のようにすら感じていた。
手のかかる妹。
そのつもりだった。
~~~~~~~~
~~~~~~~~
みほは、この一か月、表向きいつも通りだった。
努めて笑顔で、いつものように振る舞っていた。
でも。自分から私に触れようとは決してしなかった。
あの日も雨だった。
星はもう見えない。
みほは、何も言ってはくれなかった。
急に、ぱったり居なくなった。
ひと月は早かった。時間はやっぱり残酷だった。
~~~~~~~~~
~~~~~~~~~
少しだけ、巻き戻る。
~~~~~~~~~
~~~~~~~~~
「分かっているだろうが、この前の件についてだ」
黒森峰の、隊長執務室。
呼ばれた時点で分かっていた。ここに呼ばれるのは、褒賞か、あるいはということだ。
そして最近の私には、褒められるようなことは覚えはなく、あるいは、の方の覚えはありすぎた。
「エリカ、お前の処分を言い渡す」
まほ隊長は、努めていつも通りの声色だ。
「お前は一か月間の停学だそうだ」
意外。同時に当然だ。
意外なのは罰が軽すぎることだ。
私の顔を見たらしい隊長が、頷く。
「当然だな。あろうことか規律を重んじる黒森峰機甲科生が、……チームメイトに思い切り暴行を働いたんだ。だが、軽すぎるくらいだろう。なぁ」
隊長の目がきろりと光る。
大方、転科級の失態をした私のために、関係各所に掛け合って、私の罪の減免を頼んだのだろう。
申し訳ない。
普段不器用な隊長の口は、それが仲間と思った者のためなら、途端に雄弁になる。
しかし今は、その隊長の心遣いが苦しくて、今置かれているだろう立場を思うと、余計に辛くて、申し訳ない。
「………運が良かったな。あいつ、顔面強打撲でなんとか全治二週間だそうだぞ」
なにも、答えられない。幸運、幸運か。隊長にこんなことを言わせてしまう自分が情けない。
「おい、エリカ。お前からは何か言い分は無いのか」
…………。
「黙っていれば私がこれ以上、この件について何も言わないとでも思っているのか」
この前の敗戦で隊長の立場はすこぶる悪い。
試合を見もしないような腐れOGどもから、これ以上身内贔屓などとふざけたクチバシを入れられる隙間を、私なんかのために増やさないで欲しい。
………ああ、隊長の苛立ちが分かる。
幾分ぶっきらぼうだが、やはりみほと同じく、自分はさておき他人のことな人間なのだ。
優しい。
「おいっ!!なんとか言ったらどうだ!!!」
故に苛烈。
故に臆病なみほとは、やはり、姉妹だ。地球と、金星の如く。
「……………何も」
「何?」
「………何も、ありません」
ならば私は一層、これ以上何もさせてはいけない。
この人は、私とみほのためならどこまででもやるだろう。
それだけは、ダメだ。
「………そうか、そうか。お前のクソのような覚悟はよく分かった。この大馬鹿が」
声が、震えている。いつもの言葉遣いでもない。
「戦車道の授業も一か月間当然出れない。分かっているな?」
怖い。置いてかれるのは。
「はい」
私も、あの子も。
でも、私にそんなことを言う資格はない。そしてあの子が置いていかれることなどない。
ない、はずだ。
「……貴様は部屋で寝ているがいい。その間我々はお前抜きで悠々と練習を続ける。……意味は、分かるな」
不安気な声。
「…………はい」
何故。
これ以上、私にみほをどうすればいいと言うのだ。
何故私にまだみほを任せようとしてくれるのだ。
何故みほに関わらせてくれるのだ。
まほさんが一番大事なのは、みほだ。
少しまほさんのことを見ていれば、誰だって分かる。
身内贔屓などというクソくだらないレベルではなく、この人は自分の妹を、もっと高い、魂から愛している。
その大事なみほに決定的な傷を付けたのは、私だ。
その私を、姉であるあなたは、感情のままに打ちのめす権利があるはずだ。
なのに、なのに。
「……もういい。行け」
どうしてそんなに悲しそうな目をするんですか。
何故私を怒らないのですか。
何故みほの代わりに私を責めないのですか。
何故みほの代わりに私を傷つけてくれないのですか。
何故、何故、何故ーー。
「…………」
………隊長は気概を示してくれた。
私は、私なりの覚悟を示さなければならない。
ガチャ
バタン
「………くそっ………!!!」
ガァン!!!
「すまん、エリカ……すまん、みほ……!私は……私は、私は」
どうすればいい。
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「ねぇ、みほ」
「…………」
「お姉さんに呼ばれたわ」
「…………」
「停学だって、ひと月の」
「えっ……!」
「結構なことじゃないの。あんたと一緒にゆっくりできるってもんよ」
「ごめ……、エリカさん、ごめん、ごめん……!!」
「なんで謝るの。みほは何も悪いことをしてない。恥ずかしがることもない。迷惑もかけてない。謝る理由がないでしょう」
「……めっ、迷惑は、かけてるでしょ……!」
「何を、バカ犬め」
「わっ……!!」
「ちょっと、外行きましょう」
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時間は一足抜きで飛ぶ。
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「……あそこに呼び出されて、あんなこと言われた時は、正直、何言ってんだろう、って思ったよね」
「るさいわね。あの時はあれが精一杯だったのよ」
第64回全国戦車道大会の後。
私とみほは、優勝旗の贈呈後、今や試合後のおきまりとなった交流会(安斎千代美が高校戦車道にもたらした影響は実は甚だ大きかったが、この盛大な交流会はその最たる例だ)をそっと抜け出して、近場の寄り合い所の陰、ベンチに座っていた。
遠くの喧騒が耳に心地よい。
目がひとりでに細まる。
「……どうしたの、エリカさん。満足そうな顔しちゃって」
「別に、こういうのいいなって思っただけ」
「ふふふ、変なの」
みほは静かに、しかし実に愉快そうに笑った。
分かってはいたことだが、もう憂鬱からは完全に吹っ切れている。
それを助けたのは大洗の連中だ。
ありがとう。むかつくけど。
心の底から感謝と嫉妬を感じる。
「エリカさん?」
「……ねぇ、みほ。私は強くなったわ」
「……うん。そうだね」
そう。今年こそ、優勝は黒森峰の手に入った。
今後は常に王者で、そして挑戦者なのだ。
「エリカさん、ほんとに、とっても強くなってた。驚いたなぁ」
「まーね」
私は黒く迷彩塗装したIV号に乗った。
感傷ではない。攻めっ気を抑えて指揮するためだ。(塗装はまぁ、感傷かもだけど)
やはり試合は戦力差にもかかわらず均衡し、最後は奇しくも昨年をなぞるかの如く私のIV号とみほのIV号とでタイマンとなり、至近距離での行進間射撃の末に勝利した。
さながら居合切りのようだった。
みほは、白旗を上げ、煙を吹く赤茶色いIV号の、そのキューポラから顔を出すと、一瞬目を大きく見開いて、それから、今まで黒森峰で勝った時には見たことのなかった、一片の曇りのない晴れがましい笑顔を向けてきた。
ほんとに、王者らしからぬやつだ。
「でも、同じ戦力なら私達が勝ってたよ」
「言うじゃないの。こいつめ」
肘で小突くと、キャイキャイ笑う。
なんだ、良かった。ちゃんと悔しかったのね。
戦車道でムキになってくれるのは、とても嬉しい。
一頻りみほと戯れていると、遠くの喧騒はずっと小さくなっていた。
ふと空が目に入った。
空は朱を越え、夜の深い青と混ざり、
まるで夜明け前のような、
いつかのような紫色をしていた。
ついと指差す。南南西。
「みほ、一番星」
「ほんとだ……」
宵の明星が現れていた。
チカチカと、大きく瞬いている。
なんとなく、認めてくれているように感じる。
小さく、深く、深呼吸する。
「……ねぇ、みほ」
自信はある。
「んー?」
「私はね、この一年半ちょっとで、ちゃんと気付けたわ」
スイングバイ、スイングバイ。
「……何?」
「いつかの続きだけどね」
速度は十分。
「えっ………」
今なら太陽の重力もふりきれる。
第三宇宙速度を超えろ。
「私と、これから一緒にいて」
みほがハッと息を呑む。
栗色の、黒目がちな目を見開いた。
それから泣き笑いのような表情になると、おずおずと言葉を紡いだ。
いつかと同じ言葉だった。
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「……着いたわ」
「……ここ……」
「はい、どうぞ。足下、気をつけてね」
「……ひどいよなぁ、エリカさんは」
「何?」
「……ううん、なんでもない」
「………まぁ、やっぱりさすがにここでも見えないわね」
「……うん」
「ほんとに間の悪い……」
「あはは、そうだね……」
「…………」
「……エリカさん?」
「……一か月」
「え?」
「一か月、隊長に頂いた。私はそう思うの」
「…………」
「ねぇ、みほ。私は……ごめんなさい、今はまだ、あなたの気持ちがどんなものなのか、分からないの」
「………うん」
「でも、あなたのことはちゃんと分かりたい」
「…………」
「……だから」
「え………」
「一か月、ごっこでいいから」
「……………」
「まっ、……まずは友達から、始めませんか」
「…………はい」
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足掛け1年半。
月から発射された砲弾が、遠く離れてしまった地球に着弾するまでの時間。
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以上になります。
読んでくれた方、本当にありがとうございました。
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