鷺沢文香「誕生日の思い出について」 (14)


これまでの人生の中で、誕生日プレゼントとしていただいたもののほとんどは、図書カードでした。

もちろん、図書カードに不満があるわけではありません。

本以外にも、様々な用途に使用できますし、何より私の趣味に最も適していると言っても過言ではありません。

ですから、両親や親戚などから図書カードを贈っていただけることは大変ありがたく思っています。

また、書店以外にも使えるお店もあるようで、代表的なものを挙げるならば、あのポップが個性的な雑貨屋さんなどでしょうか。

あまり、行ったことはありませんが。

そういった具合に、用途も豊富で、購入する品物の選択権すらこちらにあるというのもまた、少し贅沢であるように感じます。

長々と語って参りましたが、私が言いたいことは、図書カードをもらうことについては、何の不満もないという一点のみなのです。

ええ、不満はないのです。

ただ、「誕生日の思い出と言えば?」と聞かれた際には『図書カード』となってしまうのが少し寂しくあるのもまた事実でありました。


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◆ ◇ ◆ ◇ ◆



10月の27日。つまるところ、誕生日です。私の。

平日故に、通っている大学では平常通り講義があります。

そのため、事務所に顔を出すことができるのはお昼過ぎになってしまいます。

プロデューサーさんは「誕生日なんだから、オフでいいよ」と言ってくださったのですが、そんなわけにもいきません。

せっかくの年に一度の誕生日です。

たくさんお祝いして欲しい、という少しばかり欲深い私がいるのでした。


お恥ずかしい限りですが、今日は全くと言っていいほど、勉強に身が入りませんでした。

ノートと教科書を開いてはいるものの、内容が頭に入ってきません。

びっしりと書き込まれた左のページと、何やらぐにぐにとした虫のようなものが一つ書いてあるだけの右のページからも、それが見て取れるようでした。

言うまでもありませんが、右のページが今日のものです。

しかし、時間というものは過ぎるもので悔いていても戻ることはありません。

本日の講義内容を入手することを考えるのは明日以降の私にお願いしたいと思います。

ええ、はい。遂に待ちに待った事務所へと向かうことができるのです。

否応にも期待してしまいます。

心が躍る、とはこういうことを言うのだな、とよく分からない得心をしました。


* * *



事務所の最寄駅に着くと、化粧室へと立ち寄ります。

目的は最終確認、と言ったところでしょうか。

周りに誰もいないことを確認し、鞄からコスメポーチを取り出します。

恥ずかしながら、コスメポーチなどというものを持ち歩くようになったのも最近のことで、まだまだ不慣れではありますが、今日はそんな

ことも言ってはいられません。

薄めのルージュを引き、頬には桜色を。

高校生の頃の私が、今の私を見たら、さぞ驚くことでしょう。

アイドルをやっていることももちろん、そうなのですが、何より、誰かと会うことにこんなにも気を張っている私に。


私の所属している事務所は、駅から徒歩数分というかなりの立地条件ではありますが、今日は何故だか、いつもより遠く感じられました。

事務所の駐車場を経由して建物内に入ります。

理由は、社用車の有無の確認です。

いつもプロデューサーさんが使っている車があることを確認し、心で「よし」と呟きました。

こつこつこつ、とパンプスを鳴らして階段を上がり、扉の前に到着すると意を決してドアノブに手をかけます。

ドアノブをゆっくりと回し、扉を開けた瞬間、破裂音が響きました。

ぱーん。

ぎゅっ、と目を瞑ってしまったため、何が起こったのかさっぱり分かりません。

おそるおそる目を開けると、そこには、クラッカーを手に持ったにこにこの笑顔のプロデューサーさんがいらっしゃいました。

「誕生日、おめでとう」

「……ありがとう、ございます」

してやられました。


目をぱちぱちとさせ、数十秒前の自分の身に起こったことを反芻しているとプロデューサーさんは私の頭に何かを被せた後に、間髪入れずに口を開きます。

「さて、突然ですが今日はレッスンは中止です」

「………はい?」

「ほら、もう行くよ」

ぱしっ、と手を取られて、ついさっき来た道のりを引き返すこととなりました。

「ヘアバンド新しいのだよね。文香はヘアバンドが似合うね」

「……ありがとうございます」

「お化粧も上手になったよね。頑張ってるの分かるよ」

「……ありがとうございます」

「私服も、どんどんお洒落になってるもんね」

「……ありがとうございます」

これでは褒め殺し、というものです。

プロデューサーさんからの止めどない褒め言葉の応酬に、私は半ばグロッキーでした。


プロデューサーさんに手を引かれ、階段を降り、建物を出て、やってきたのは駐車場でした。

「というわけで、今日はいつも頑張ってる文香にご褒美があります」

「つまり……?」

「誕生日プレゼント。ささやかだけど、ご飯でも、どうかな?」

「……はい。喜んで」

「よかった。じゃあ」

そう言ってプロデューサーさんは白い乗用車を指差します。

どうやら私は、生まれて初めて、サプライズというものをしていただいたようです。

車に乗り込み、私がシートベルトを着用したことを確認するとプロデューサーさんはアクセルを踏みます。

軽快に走り出す車の中で、流れる景色に目をやりながら、生まれて初めてのサプライズで招待されたディナーに胸を弾ませるばかりでありました。


その後、道中の取り留めもないような会話を経て、私とプロデューサーさんは何やら高級感の漂うレストランへとやってきました。

まずクロークにて、私のカーディガンとプロデューサーさんのジャケットを預けると席へと通され、席へと着く際には、店員の方が丁寧に椅子を引いてくださり、私はとんでもないところへ連れてこられたのではないか、という思いが込み上げてきます。

店員さんは私とプロデューサーさんが席に着くと、素敵な笑顔を保ったまま深々とお辞儀をなさってから、前口上のような長々とした説明をして、再度下がっていきます。

すぐ後に、先ほどとは違う店員さんがいらっしゃり、机上に並んだ、綺麗に磨かれて曇り一つないグラスにシャンパンを注いでくださいました。

私とプロデューサーさんのグラスがシャンパンで満ちるとプロデューサーさんはにっこりと笑ってそれを手に取ります。

「じゃあ、改めてお誕生日おめでとう。ノンアルコールだけど、乾杯しようか」

その言葉に従って私もグラスを手に取ります。おそらく、ぎこちない所作であったと思います。

「はい、ありがとうございます」

声を揃えて、「乾杯」の言葉と共にかちん、と軽くグラスを交わしました。


* * *



最後のデザートを食べ終え、ようやく一息といったところでプロデューサーさんが鞄から小箱を取り出しました。

「これ、そんなに大したものじゃないんだけどさ。プレゼント」

「何から何まで…なんだかすみません」

「年に一回くらい、ね。それにたまには、かっこいいとこ見せたいの」

「ふふ、ありがとうございます。今日のプロデューサーさんは素敵に映ります」

「今日の、って」

「冗談です、冗談」

雰囲気に酔っているのか、いつもより饒舌な私でした。

「開けてみてよ」

プロデューサーさんに促されるままに私は包装に手をかけます。

丁寧に、包みを剥がし箱を開けると出てきたのは、可愛らしいブローチでした。

「文香に似合うと思って」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。喜んでもらえたかな。これでも、ない頭を捻って考えたサプライズプランなんだけど」

「はい。とても」

「そりゃよかった」

「余談では、ありますが」

「何。どうしたの」

「男性が女性に贈るアクセサリーは所有欲の表れ、などと言うそうですよ」

少し、困らせてやろうという私のいたずら心が囁いたので、そんな軽口を言いました。

すると、プロデューサーさんはくすくす笑って、「かもね」なんておっしゃるので、なんだかこちらが恥ずかしくなり耳まで真っ赤に染めあがってしまいました。

まだまだ、私ではプロデューサーさんに勝つことは叶わないようです。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「誕生日の思い出は?」と聞かれた際の回答は、どうやらしばらくの間は、ある日のサプライズのお話をすることになりそうです。





おわり

ありがとうございました。
鷺沢文香さんお誕生日おめでとうございます!!

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