男「だから悪かったって」
女「……ふん」
男「おんなさぁ」
女「呼び捨て?」
男「え、なに?」
女「謝る人に向かって、怒ってる人に向かって呼び捨てなんですね」
男「呼び方なんて、なあ。何年の付き合いだと」
女「でも怒ってるんだよ」
男「……分かった。ごめんね、おんなさん」
女「何が分かったんですか? 何に謝ってるんですか?」
男「んー……なんてめんどくさい子」
女「んん~っ!!」
男「なんでもないです。分かったのは、親しき仲にも礼儀ありってこと」
女「じゃあ、おとこはなにについて謝ってますか?」
男「おんなさんのプリンを食べたことでしょ」
女「『でしょ』ってなに。言い方、失礼ですよ。もっと怒りますよ」
男「……おんなさんのプリンを食べてしまったことです」
女「そうです。私のプリンを食べてしまったことです」
男「合ってるならいいじゃん」
女「んん~っ?!」
男「いえ。なんでもないです」
女「私は名前を書いてました。なのに食べられました」
男「はい、食べました」
女「なんででしょうか。はい」
男「……イルカのぬいぐるみの尻尾を向ける理由は」
女「おとこが答える番だからです」
男「ああ。マイクの代わりね」
女「そうです」
男「それ、必要?」
女「んん~っ?!」
男「なんでもないです。必要ですね。マイクだもんね」
女「必要あります。はい、どうぞ。食べた理由を話してください」
男「名前が見つけられなかったからです」
女「なんで見つけられなかったのですか?」
男「なんで見つけられなかったのか……。なんで?」
女「なんでかを聞いてるんです」
男「見つけられなかったから……じゃないの?」
女「私はそれを聞いているんですよ。それは理由にはなりません」
男「難しくない?」
女「見つけられなかった原因を答えるだけですよ。難しいことなんてないです」
男「それは……隅々まで確認しなかったら?」
女「どうして隅々まで確認しなかったのですか?」
男「質問の難易度が跳ね上がっていってない?」
女「そんなことないです。答えられることを聞いているだけですよ。ぷぅ」
男「どうしてって聞かれてもなあ」
女「簡単じゃないですか。私なら答えられます」
男「……だったらそれが答えじゃん」
女「おとこの口から誠意をもって聞きたいんです」
男「でも俺はすでに誠意をもって謝った気がするんだけども」
女「謝るだけではだめなんです。同じ過ちを繰り返さない為には」
男「えー……」
女「どうして隅々まで確認しなかったんですか?」
男「おんなさんや。しかしちょっと待ってほしい」
女「なんですか?」
男「『しなかったのか』と問われると、まるで故意的に怠ったと聞こえてしまうのではなかろうか」
女「違うのですか?」
男「もし故意的に確認しなかったと仮定すると、この詰問になんの意味があろうかと」
女「反省してほしいからです。徹底的に確認しなかったことの反省をしてほしいのです」
男「つまりは、俺の間違いに対しては誠意のある謝罪だけでは不満足と」
女「そうです。だっておとこはわざと確認しなかったんですよね?」
男「簡潔に言えば、今回に起こった問題の原因は注意力の欠如にあります」
女「違いますよ。おとこがわざと確認しないで食べちゃったんですよ。嘘つかないでください」
男「注意力の欠如は人間ならば誰でもいつしか必ず起こることであり」
女「ちーがーいーまーすー。ぷぅっ」
男「人間であれば避けがたいエラーを非難されるのは、理不尽の域を出た嫌がらせではないでしょうか」
女「嫌がらせ?!」
男「逆にね、思うんだよね」
女「そんなふうに考えるなんてサイテーですよ」
男「プリンの隅々にまでおんなが名前を書いてさえいれば防げていたヒューマンエラーだと」
女「私が悪いんですか?!」
男「所有権を主張するならば、それくらいして当然ではないでしょうか」
女「私はちゃんと名前書いたんだよ!」
男「見落とした側に非があると言うほどの努力はしてた?」
女「そんな言いがかり……ちゃんと名前は書いたのに……」
男「俺からするとね。だんだんとこんなふうにも思えてきちゃうんだよ」
女「どんなふうにですか?」
男「『おとこを怒る口実がほしい』って」
女「……本当にそう思ってるんですか」
男「思えてきちゃうってだけ。疑わしいって」
女「どうして私がおとこのことを怒りたくなるんですか?」
男「最近、ストレスたまってない?」
女「ストレスをおとこにぶつけたいんなんて思ったことないです!」
男「なんで?」
女「だってそれは私個人の都合ですよ。それでやつあたりだなんて、ないです」
男「なんで?」
女「なんでって……だってそれは、人として当然ですよ」
男「違う。そんなことを聞いてるんじゃない」
女「え?」
男「なんで俺に相談してくれなかったの? ストレスが溜まってるって」
女「だから、それは私の問題ですから……」
男「おんなが一人で」
女「呼び捨て」
男「おんなさんが一人で抱え込むの? どうして頼ってくれないの?」
女「……おとこに迷惑かけちゃうから」
男「おんなは」
女「呼び捨て」
男「おんなさんは、おんなさんが思ってるほど強くないって知ってた?」
女「……でも」
男「意味もなく一緒に暮らしてるんじゃないよね。そうじゃないじゃん、俺らって」
女「だけどおとこには全然関係ないから」
男「はっきり言えば迷惑だと思われてるのが迷惑。わかる」
女「う……」
男「もうちょっとさ。おんなさんは俺の事を信頼してよ。不安になるからさ」
女「……いいの?」
男「そんなこと聞くまでもなく話して。おんなさんを支えさせてよ」
女「う……ひっく、ぐす……おとこぉ……」
男「ほら、おいで」
女「ぐすっ、えぐ……うええーん」
男「よしよし。つらかっただろ。我慢ばっかりして」
女「わ、私、おとこと、一緒に、く、暮らしてて……よかった。ぐすっ」
男「俺もだよ。よしよし」
女「……ぐす……ひっく」
男「もうちょっと泣きなよ。泣いてから話し、全部聞いてあげる」
女「ごめんなさい。おとこに相談してこなくて」
男「隠されてたのは傷ついたよ。でも気付いてもらえたのは嬉しい」
女「おとこ」
男「なに?」
女「この話するためにわざとプリン食べて怒られたんですか?」
男「そうじゃなきゃ食わないよ。おんなさんの大好きなプリンなんて」
女「…………へえ、わざと食べたんですね」
おわり
ごめんって
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