曜「私の居場所」 (31)

いつだって、私の隣には千歌ちゃんがいた。

幼稚園の時も、小学校も中学校も、そしてもちろん今だって、私の毎日には必ず千歌ちゃんが隣にいる。きっとこれからも。

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「そうだよね?千歌ちゃん?」

机の上に立てかけられたコルクボードには、私と千歌ちゃんの今までの証がある。

色んな年代の、色んな表情をした私と千歌ちゃんがいるけれど、隣り合った二人はきっと同じ感情を共有している。

写真の中の私が何を考えているかはわからないけれども、隣の千歌ちゃんが何を考えているかはわかる
。千歌ちゃんとずっと一緒にいた私の特技というか、特権というか…

私は千歌ちゃんのことはなんだって理解できる。誰よりも。

コルクボードの真ん中に貼られた写真に目をやる。私の1番のお気に入りのその写真の中で、千歌ちゃんは弾けるような笑顔を浮かべている。

夢中になれるもの、輝けるものを見つけたいって千歌ちゃんは言っていた。aquarsを結成した今、千歌ちゃんは言葉通り輝いている。

私はそんな生き生きした千歌ちゃんが好きだ。でもその反面、特にこんな一人の夜には私はとても不安になる。輝けるものを見つけた千歌ちゃんの隣に、今まで通りに私はいるのかな…

スクールアイドルに夢中の千歌ちゃん。私はあなたの気持ちがなんでもわかるけど、千歌ちゃんは、私の気持ちをわかってくれてるの?

…眠い。

結局昨日の夜は、机の前で考え込んでいたのと、衣装作りの作業もあって眠れなかった。

欠伸を噛み殺しながら学校へ向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。


「あ、曜ちゃんおはよ~…」

千歌ちゃんの声。

「おはヨーソロー!」

眠気を払うように、元気な声でいつもの挨拶をする。振り向きざまに、私はちょっと笑ってしまう。

ただでさえタレ目がちな千歌ちゃんの目はとろんとしたまどろみを残していて、瞼は重力に耐えるのがやっとといった格好。

「千歌ちゃん昨日夜更かししたでしょー?目がいつにも増してとろんとしてるよー」

私が夜更かしをしていた日に、千歌ちゃんも夜更かしをしていた。ただそれだけのことが嬉しくて可笑しい。

「あはははは…やっぱり分かる?」

照れ笑いする千歌ちゃんをよく見ると、後ろ髪がちょっぴり跳ねている。しょうがないなあと私は鞄のサイドポケットにあるポーチを探る。

「千歌ちゃん、髪の毛が…「もう、千歌ちゃん。後ろ髪が跳ねてるわよ?ちゃんと支度してこなかったでしょ」

後ろから現れたのは梨子ちゃん。素早い手つきで鞄から櫛を取り出して、千歌ちゃんの髪を梳かし始める。

「ええー本当にぃー?」
「だから昨日も早く寝ようって言ったのに…あ、おはよう曜ちゃん」

「お、おはよう梨子ちゃん…」

ポーチを掴んだ手が、急速にやるせなさを覚えて力が抜ける。

そっか、千歌ちゃんは昨日、梨子ちゃんと一緒に夜更かししてたんだ。

「なんだか曜ちゃんも眠そう。昨日何かしてたの?」

「あーうん。衣装作りがなかなかおわんなくてさ…」

「そっか。遅くまでご苦労様。私と千歌ちゃんは一緒に歌詞を考えてたんだけど、案の定千歌ちゃんがむだ話ばっかりしてて…」

「えぇー!そんなんじゃないよー!話てるうちに、ほらあれ、イン…インなんとかが浮かんでくるかもしれないじゃん!」
「インスピレーション?」
「そうだよ!それそれ!」

途中から、二人の会話は耳に入らなくなっていた。

私は一人で、みんなのために、千歌ちゃんのために、夜遅くまで衣装を作ってる。でも千歌ちゃんは…

唐突にそんな思考を浮かべた自分にハッとする。いじけた考えの自分に嫌気がさして、この場にいることがいたたまれなくなる。

「ごめん。私ちょっと先行くね」

「あ、あれ?曜ちゃん?」

返事も待たずに小走りで走り出す。口の中には、自己嫌悪の苦い味が広がっていた。

ss書いてるとやっぱいろんな人に見て欲しくてな

ルビィ「曜ちゃんの様子が?」
花丸「おかしいズラか?」

千歌「うん。絶対おかしいと思う。最近の曜ちゃん、なんか変だよ」

思い切って、みんなに相談してみた。曜ちゃんが最近見せる表情、それは、私が見てきた今までの曜ちゃんとは何かが違う。

善子「そう?あんまりわかんないけど」

梨子「言われてみれば、ちょっと元気がない気もするけど…でも、今日も朝から寝不足で辛そうだったし、今日休んだのもそのせいで体調不良なんでしょ?」

千歌「それは、そう…なんだけど…なんというか…」

もどかしさを感じる。違和感を感じているのは、私だけなのかな?

ダイヤ「考えすぎではありませんの?彼女、わたくし達のために一人で衣装作りを頑張ってくれていますし…疲れていてもおかしくありませんわ」

鞠莉「ちょっと曜に負担をかけすぎかもねー。私たちも衣装作りを手伝いましょうか!」

花丸「あ!それがいいズラ!」
ルビィ「で、出来るかわかんないですけど、頑張ルビィ!」

果南「…ねえ千歌。具体的に、いつから曜の様子がおかしくなったと思うの?」

暫く考え込む仕草を見せていた果南ちゃんが、そう聞いてきてはっとした。ただ、その答えは、私自身にとっても、みんなにとっても、少し答え辛いものだ。

千歌「…えっと、私たちが東京に行って、帰って来たときから、かな…」

案の定、一瞬みんなの間に凍った空気が流れた。私は梨子ちゃんのおかげでみんなに悔しさを伝えられた。東京での出来事は、悔しい思い出とともに、新たなアクアの出発点になったはすわだけど、ひょっとしたら、曜ちゃんは傷を一人で抱え込んだままだったのかもしれない。ただ、それは私にとってはあまり現実感のない答えだ。

ダイヤ「…そう、ですの」

梨子「曜ちゃん、あまり気にしていないようだったけど、実は傷ついてたのかしら…」

果南「東京での結果に、曜が傷ついているってこと?」

千歌「…ううん。確かに、曜ちゃんの様子がおかしいなって思い始めたのはそのころからだけど、私にはそうは思えないな…」

鞠莉「…それはなんでなの?千歌?」

そんなの、決まってる。

千歌「だって、曜ちゃんだよ?なんでも出来るか曜ちゃんが、いつも強い曜ちゃんが、あれくらいのことでへこたれるわけなんてないよ」

そうだ。曜ちゃんは、なんだって普通の私と違って、何でもできて、いつもキラキラ輝いてる。そんな曜ちゃんが、最近見せる不安そうな顔…だからわたしは、曜ちゃんのことがちょっと心配なのだ。

果南「はあ…」

なぜか果南ちゃんが、頭を抱えるようにため息をついた。

果南「あんた達、昔から何にも変わってないのね」

そう言ってから、ふふっと笑う。

千歌「…あっ」

その笑顔を見て、私はいいようのない安心感に包まれる。

思い出した。

私と曜ちゃんと、果南ちゃんが3人でいても一緒にいたころ。私と曜ちゃんが喧嘩をした時も、2人一緒に泣いちゃった時も、いつも果南ちゃんはこんな笑顔で私たちを慰めてくれた。

千歌「果南ちゃん…」

ダイヤ「何かわかったんですの?」

果南「わかったと言うより、思い出したが正しいかな」

果南「私には手のかかる妹が2人いて、私は今でもお姉ちゃんでいなきゃいけないってこと」

え?と聞き返す間もなく、果南ちゃんは出て行った。

果南「待ってな千歌。明日になったら、いつもの曜が…いや、いつも以上の曜が帰ってくるかも」


「なにやってんだろ…私…」

朝の勢いのままに、練習をサボってしまった。どうしても、千歌ちゃんと梨子ちゃんが一緒にいる空間が辛くて。

「このままじゃいけないって、わかってるのにな…」

いつから自分がこうなってしまったかはわかってる。東京から帰ってきた後、あの時の千歌ちゃんは本当に辛そうだった。リーダーの自分が落ち込んだ姿をみんなに見せられないって、悔しい想いを必死で隠して…

そんな千歌ちゃんが見てられなくて、私は訊いたんだ。

悔しくないの? って

千歌ちゃんを追い詰める発言になるかもしれない。でも、だからこそ、幼馴染である自分が訊かなくちゃって思った。千歌ちゃんも私になら、素直になってくれると思った。

「でも、違ったんだよね」

千歌ちゃんが本音を伝えた相手は梨子ちゃんだった。海に膝まで浸かって、梨子ちゃんの胸でなきじゃくる千歌ちゃんを見て、私は安心より先にいいようのない不安と、それと…梨子ちゃんへの嫉妬にかられた。

本当は、安心してあげなくちゃいけない。祝ってあげなくちゃいけない。千歌ちゃんがやっと殻を破って、本音を言うことが出来たんだから…

それなのに…

「寂しいよ…千歌ちゃんっ…」

海を見てると涙が溢れそうだった。千歌ちゃんが、梨子ちゃんの胸で泣いた海。そしてなにより、私と千歌ちゃんと果南ちゃんが、ずっと一緒にいた海…

「やっぱりここにいたか。あんたも変わんないね」

肩にそっと置かれる手と、千歌ちゃんの次に耳に馴染んだ声。

振り返ると、私の大事なもう一人の幼馴染が、昔と変わらない笑顔で私を見つめてた。

「果南ちゃん…?」

私は必死で涙で滲んだ目を腕でこする。

すると、果南ちゃんにその手を抑えられた。

「ちょっ、は、離してよ!」

手をどかしたら、涙が溢れそうになってしまう。

「変わっちゃうことって寂しいよ、曜」

果南ちゃんが言ってることがわからなくて、思わず抵抗をやめて果南ちゃんを見つめる。

「いつからかなー。千歌も曜もさ、あんまり私のことを頼らなくなっちゃった。昔はあんなにしたってくれてたのに」

果南ちゃんが、どこか照れ臭そうに語るのを聞いて、私も思い出した。

そうだった。昔は、果南ちゃんを実のお姉ちゃんみたいにしたっていたっけ…

「2人があんまり私のことを頼ってくれるからさ、私も張り切っちゃって。おかしいよね。1歳しか変わらないのに…必死で2人のお姉ちゃんらしく振舞おうとしてた」

覚えてる。千歌ちゃんと一緒になって、楽しいことがあったら果南ちゃんに聞いて欲しくて、悲しいことや寂しいこと…千歌ちゃんと喧嘩なんかした時はいつも、果南ちゃんに慰めてもらったんだ。

「2人が大人になったってことなんだろうね。きっと、私は寂しがるより喜ばなきゃいけない立場なんだろうなあ…」

「あっ…」

果南ちゃんの言ってることは、私が千歌ちゃんに対して抱えている矛盾と同じだ。

「…果南ちゃん」

「ん?」

「果南ちゃんは、嫌にならない?そんな矛盾を抱えてる自分を、嫌いになって、泣きそうになっちゃうことはない?」

「ならないよ」

「えっ…?」

あまりにもはっきりとした断言に、私は驚く。

「だってさ、私がそんな2つの感情を抱えてるのは、私が我慢してない証拠だから。私が自分に素直なことの、証明なんだよ」

だからさ、曜。

「曜も、素直になっていいんだよ?」

そう言って、果南ちゃんは両手を広げた。

「っ…!」

声にならない感情が、胸の奥から溢れてきた。気がつけば私は、果南ちゃんの胸に頭を埋めていた。

「何でなの??何で私じゃだめなの??千歌ちゃんっ、私にも相談してよ!梨子ちゃんばっかりじゃやだよ!私だってっ…!私だって千歌ちゃんの悩みを聞きだいっ…!千歌ちゃんの力になってあげたいんだよ…!うぅっ…ひぐっ…うぅっ…」

涙が溢れて止まらなかった。ずっとずっと溜め込んできた想いが、堰を切って口から奔流のようにほとばしった。果南ちゃんは、そんな私を優しく抱きしめてくれていた。

「…私をそばに居させてよぉ…千歌ちゃん…」

「はい。よく言えました。でも、曜ちゃん。その言葉を本当に伝えなきゃいけない相手は、私じゃないよね?」

「…ひぐっ…!ひぐぅ…そ、それってどういう…」

私の質問は、また途中で遮られた。

「曜ちゃんっ…!」

「ち、千歌ちゃんっ…!?」

今のを全部聞かれてた??あ、わ、私どうしよう…!

混乱する頭で、考えがまとまるまえに、千歌ちゃんは私を果南ちゃんからひったくるように奪って抱きしめた。

「…え?ち、千歌ちゃんっ!だ、駄目だよ!わ、私、泣いてて今凄く汚いし…な、涙も、鼻水だって…」

「汚くなんてないっ!曜ちゃんだから、汚くなんてないんだよ…」

私に頬を擦りつける千歌ちゃんから、熱い液体が落ちてきた。私の涙じゃない…

「ち、千歌ちゃん泣いてるの??な、なんで?どうして…?」

「ごめん曜ちゃんっ…!私、曜ちゃんの気持ちなんて全然考えてなかった…ひどいよね、曜ちゃんはこんなにも私のことを想ってくれてたのに…」

「千歌ちゃん…」

「本当はね、私曜ちゃんにいつも嫉妬してた…普通怪獣の私と違って、なんでもできて、みんなの人気もので、いっつもキラキラ輝いてる曜ちゃんに…」

「だからこそ、私も輝かなくちゃって思ってた。曜ちゃんの隣にいるために。スクールアイドルっていう、私でも輝けるかもしれないものを見つけて、成功するまで、曜ちゃんに甘えたりしたら駄目だって思ってた。弱みなんか見せちゃ駄目だって…曜ちゃんと対等の立場になるんだって…」

「千歌ちゃんっ…」

「千歌ちゃん、ごめんっ…!」

「よ、曜ちゃん??」

「大バカものだ。私はバカ曜だっ…!千歌ちゃんの気持ちなんて何にも知らないで、勝手に1人で不安になって嫉妬して…」

「…私もだよ、曜ちゃん。バカ千歌だ。えへへへ。私たち、2人ともバカ千歌とバカ曜だね」

千歌ちゃんはそう言ってにっこり笑った。涙と鼻水だからけの酷い顔。でも、私もきっとそんな顔をしてるはず。

「ねえ曜ちゃん…許してくれる?私はバカだけど、これからも曜ちゃんと…「ストッープ!」

「へ…?」

「千歌ちゃん。その先は私に言わせて」

飛び込みの前みたいに、大きく息を吸い込み呼吸を整える。

「私っ!渡辺曜はっ!千歌ちゃんのことになると前が見えなくなっちゃうバカ曜だけど、これからはもう迷いません!自分の気持ちに、千歌ちゃんに、前進全速ヨーソローします!だからっ…!」

「だからこれからも、隣にずっと一緒にいて下さい!」

「…はいっ!」

そう答えてくれた千歌ちゃんの笑顔は、夕焼けを背にしていたせいでもあるけれど、今まで私が見てきたどんな千歌ちゃんの表情よりも魅力的で…

思わず、胸がドキドキして、気づいたら千歌ちゃんの唇がとても近くにあって…

「ち、千歌ちゃん…」

「曜ちゃん…」


「しょ、衝撃ズラ~!衝撃シーンズラ~!」

「だ、だめだよ花丸ちゃん!ちゃんと隠れてなきゃ…」

「ちょっとズラ丸!バレちゃうじゃないのよう!」

「へ…?」

振り向くと、そこにはいつの間にかアクアのみんなが…

「キャー!気にしないでいいのよー?続けて続けて!」

「ちょっと鞠莉さん!私たちは先輩としての立場からこういったことはまだ早いと…」

「なにやってるのよ曜ちゃん!壁クイよ!そこで壁クイ!」

「ははは…いつの間にかみんな来ちゃったみたいだね….」

み、見られてた??今までの発言も全部??

「…ねえ曜ちゃん」

「はっ、はい!何でしょう?」

「逃げないんだよね?私からも、自分の気持ちからも、前進全速ヨーソロー、なんだよね?」

そう言って目を閉じる千歌ちゃん。か、可愛いすぎる…で、でもこんな人前で…

「ご、ごめん千歌ちゃん!この埋め合わせは後で絶対っ…とりあえず今は…ぜ、全速撤退!ヨーソロー!」

「あ、逃げた!」

「ほんっと、へたれですわねえ….」

「あはははは。まあいいじゃない。一歩ずつ、一歩ずつだよね、曜」

その通り!私と千歌ちゃんの関係はまだまだずっと…ううん、永遠に続いていくはず!だから、今は一歩ずつ…全速じゃなくても、真っ直ぐ前進できたらいい。そうだよね?千歌ちゃん?

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