工藤D「幻想郷でもなぁ、俺たちコワすぎチームは不滅なんだよ!!」 (92)

プロローグ 異界からのメッセージ

 白、金色、緑……あらゆる光に奇っ怪な幾何学模様の亜空。ここはどこでもない場所、永遠の時空の狭間だ。ある種の〈地獄〉と言えるかもしれない。


「俺は絶対に蘇る、俺は絶対に蘇る、俺は絶対に蘇る……」


 世界を原初の混沌に還さんとする「先生」との戦いに勝利したコワすぎチーム。彼らは江野と共に運命を、因果を破壊して、世界は再編されるはずだった。しかし……コワすぎチームはここに囚われていた。


「奇麗になりたい、お腹すいた、メシ食わせろ! 美味いもの食わせろ!」

「撮影だ撮影だ……撮影、撮影……動くものは何でも撮ってやるぞこのやろー!! はぁはぁ、カメラ、カメラどこだ? 俺にカメラよこせ! カメラどこだ? 動くものは何でも撮ってるぞおい! 撮影だ撮影だ撮影だーー!」


 狂気に対する人間離れした耐性を持つ[ネ申]・市川でさえ、無限と思われる亜空間の幽閉に、精神に異常をきたしている。


「うるせえんだよお前ら! 集中できねえだろ! そんなことだからなかなか蘇らねえんだよ」


 その中で、工藤だけが正気を保っていた。彼の備える狂気は何ものにも侵されないらしい。

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プロローグ 異界からのメッセージ

 白、金色、緑……あらゆる光に奇っ怪な幾何学模様の亜空。ここはどこでもない場所、永遠の時空の狭間だ。ある種の〈地獄〉と言えるかもしれない。
「俺は絶対に蘇る、俺は絶対に蘇る、俺は絶対に蘇る……」
 世界を原初の混沌に還さんとする「先生」との戦いに勝利したコワすぎチーム。彼らは江野と共に運命を、因果を破壊して、世界は再編されるはずだった。しかし……コワすぎチームはここに囚われていた。
「奇麗になりたい、お腹すいた、メシ食わせろ! 美味いもの食わせろ!」
「撮影だ撮影だ……撮影、撮影……動くものは何でも撮ってやるぞこのやろー!! はぁはぁ、カメラ、カメラどこだ? 俺にカメラよこせ! カメラどこだ? 動くものは何でも撮ってるぞおい! 撮影だ撮影だ撮影だーー!」
 狂気に対する人間離れした耐性を持つ田代・市川でさえ、無限と思われる亜空間の幽閉に、精神に異常をきたしている。
「うるせえんだよお前ら! 集中できねえだろ! そんなことだからなかなか蘇らねえんだよ」
 その中で、工藤だけが正気を保っていた。彼の備える狂気は何ものにも侵されないらしい。

「「うああああ! わああああああ!」」

「あーもうなんだようるせえな、静かにしろよバカ野郎。完全にキチガイだな、全然話が通じねえよこいつら。永遠にこんなことして疲れるよったくよ~」

「カメラ、カメラくれよ! カメラがねえと始まんねえよカメラ頂戴よ~カメラァ~」

「お腹すいたーー! うわああああああん」

 二人に残っているのは、本質的な欲望だけであった。田代にとっては、撮影こそが何ものにも代えがたい価値なのである。それもまた一種の狂気だ。

「お前ら何万回繰り返してんだそれよぉ~少しは変化つけろよ~」

「あ、お? あ? なんだこれ? 今までこんなもんなかったぞ? あん? なんだこれ? なんか聞こえるゾ?」 


 永遠かと思われた無の世界に、何かが出現した。それがなんであれ、闇にさした光に三人の意識はぎゅっと集中する。


「あ! あ! あ! あ! コワすぎ! なんだ、俺たちが作るコワすぎをまた見たいって!? おお聞こえる! 聞こえるぞ! ここから大勢の声がよぉ! どうだ市川、田代! 聞こえるだろ!」


 時間も空間も超えて、届くものがあった。それはコワすぎを愛するすべての人の声だ。コワすぎを求める人々の意志が集合して、亜空間を引き裂くのだ。

「聞こえます!」

「はい、聞こえます!」

「お? なんだてめえら久々に正気に戻ったじゃねえか!」

「すいません、ちょっと取り乱しちゃってました」

「すいません、カメラがないと落ち着かなくて……」


 いつもコワすぎチームに戻りつつある。あとは、現世に復帰して肉体を取り戻すだけだった。


「俺達の出口はここだ! ここを抜ければ絶対に蘇る! この向こうでよ、大勢の野郎どもがコワすぎを待ってんだよ! いいか! 俺についてこい!」

「「はい!」」

「よーし……用意はいいか野郎ども! そっちの世界に飛び出してやっからなぁ! 待ってろよぉ! 行くぞぉ! 突撃ィ! うおおおおおおおおおお!」

「「「うあああああああああ!」」」


 三人の叫び声が、異界にこだました――。

書き忘れてましたがこのSSは戦慄怪奇ファイルコワすぎ!と東方シリーズとのクロスSSです

コワすぎシリーズに関してはネタバレ全開で行くので見たくない方はブラウザバックして下さい

第一章 河童再戦! ディレクター工藤vs河城にとり


 東風谷早苗は守矢神社の倉庫をひっくり返して、何かを探し求めていた。現世から持ち込んだ漫画とかゲームとか、そういう雑多なものがダンボールの山の谷間にぶちまけられている。随分引っ掻き回したのだろう。早苗の白い巫女装束が大分ホコリで汚れている。


「あ! やっと見つけました! このビデオ、ここにあったんですねぇ! ほら! 『口裂け女捕獲作戦』に、『震える幽霊』! 『人喰い河童伝説』……あっ!『ノロイ』だ……おっ! 『憑依』も買ってましたね」


 この日、守矢神社では何とはなしに現世にいた時の話しになり、そこで見たDVDを見たくなって捜索していたのであった。
外の世界の都市伝説や怪奇現象を扱ったオリジナル・ビデオ・シリーズ……『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』である。『ノロイ』というのも小林雅文なる人物の手によるホラードキュメンタリーだ。


「あーうー! 劇場版までは現世で見たね~!」

「ねえ、諏訪子様、あの後世界はどうなったんでしょうね」


 劇場版では、工藤たちの奮闘もむなしく、東京の空に「鬼神兵」なる霊体兵器が浮かび、世界を混沌に還さんとしていた。


「あのままいけば、アレを媒体にして、黄泉比良坂が開く。それで開闢以前の混沌に戻るんだろうね。でもまあ、未だに外からたまぁに人がくるし、案外、[ネ申]が頑張ったのかもよ」

「開闢以前の混沌ねぇ。せっかくみんなして、作り固めたのに。昔の人らの苦労が水の泡だわ」


 八坂神奈子は訳知り顔で、付け加えた。そして、三人は外の世界が原初の混沌に帰すかどうかよりも、重大な問題に気がついた。


「円盤だけあっても見れないなぁ~。電気が通ってればプレイヤーが使えるのに!」

第一章 河童再戦! ディレクター工藤vs河城にとり

 東風谷早苗は守矢神社の倉庫をひっくり返して、何かを探し求めていた。現世から持ち込んだ漫画とかゲームとか、そういう雑多なものがダンボールの山の谷間にぶちまけられている。随分引っ掻き回したのだろう。早苗の白い巫女装束が大分ホコリで汚れている。


「あ! やっと見つけました! このビデオ、ここにあったんですねぇ! ほら! 『口裂け女捕獲作戦』に、『震える幽霊』! 『人喰い河童伝説』……あっ!『ノロイ』だ……おっ! 『憑依』も買ってましたね」


 この日、守矢神社では何とはなしに現世にいた時の話しになり、そこで見たDVDを見たくなって捜索していたのであった。
外の世界の都市伝説や怪奇現象を扱ったオリジナル・ビデオ・シリーズ……『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』である。『ノロイ』というのも小林雅文なる人物の手によるホラードキュメンタリーだ。


「あーうー! 劇場版までは現世で見たね~!」

「ねえ、諏訪子様、あの後世界はどうなったんでしょうね」


 劇場版では、工藤たちの奮闘もむなしく、東京の空に「鬼神兵」なる霊体兵器が浮かび、世界を混沌に還さんとしていた。


「あのままいけば、アレを媒体にして、黄泉比良坂が開く。それで開闢以前の混沌に戻るんだろうね。でもまあ、未だに外からたまぁに人がくるし、案外、田代が頑張ったのかもよ」

「開闢以前の混沌ねぇ。せっかくみんなして、作り固めたのに。昔の人らの苦労が水の泡だわ」


 八坂神奈子は訳知り顔で、付け加えた。そして、三人は外の世界が原初の混沌に帰すかどうかよりも、重大な問題に気がついた。


「円盤だけあっても見れないなぁ~。電気が通ってればプレイヤーが使えるのに!」

諏訪子は難儀そうに腕を組んで、早苗が差し出した不気味なDVDのパッケージを睨む。帽子の目も一緒になって、パッケージの河童と睨み合っていた。


「山の近代化にいっそう力をいれなきゃね」


 八坂神奈子も何とも残念そうだ。諏訪子と一緒になって、薄気味悪いDVDを手にとっては眺め眇めつしている。


「でも懐かしいですねぇ。ノロイにコワすぎシリーズ……長野で、どんな生活してたか、思い出してきましたよ」

「あはは、じゃあ今日はオムライスだねぇ」

 何がおかしいのか、諏訪子はケラケラと笑っている。


「ああでも、発見するとますます見たくなりますね。河童回、もう一回みたいなぁ……見る方法……河童……あ!」


 早苗は何事か思いつたらしく、満面の笑みを浮かべて円盤とプレイヤーを抱えて、「ちょっと行ってきます!」と言って(文字通り)飛び出してしまった。


「あ、早苗! ちょっと! これ誰が片付ける
の!?」


 神奈子の叫びは、むなしく冬空に散っていった。


「まあ適当に箱にいれときゃいいよ」


 風祝なのに神に後片付けを押し付けるとはなかなか不忠な気がしないでもないが、諏訪子たちはこれ以上は何も言わず整理に入った。DVDの再生環境がやってくるのを楽しみに待ちながら。

「はぁ……外の世界の記録媒体ですかぁ~」


 森深い沢の、その奥の河童の住処。河童の里みたいなところに早苗は来ていた。そして、発明家河童・河城にとりのラボで、例の円盤と箱を広げている。


「そうですDVDです。これを再生できる機械の製造、これが今回の依頼です」


 にとりが四角い黒い箱、現世でいうところのDVDプレイヤーを撫で回したり、ひっくり返したりして観察している。現世の技術には関心があるのか、今にも工具で箱を解体しそうだ。


「幻想郷に来てから、何やかやで慌ただしくって、のんびりDVD見ようって気にならなかったんですよねぇ。あ、もちろん『謝礼』の方も考えていますよ。ほら、手付金」


 早苗の懐から、一枚の紙幣がにとりに渡された。にとりは思わずそれを受け取ってしまう。


「で、これがその記録が書き込まれる円盤、と。そういう技術の存在は聞いてましたけど、ブツをナマで見たのは初めてですねぇ」


 口裂け女、震える幽霊、そして……にとりは「人喰い河童伝説」のパッケージを取って、訝しげに黙りこむ。沼から顔出す厳しい河童が、こちらを睨みつけている。人喰い河童の名にふさわしく、いかにも凶暴・凶悪そうだ。

「外の世界の河童ってえのは、なかなかアグレッシブのようで」

「そうなんですよ! スゴイスピードを突っ込んできて、ガツーン!って人間を垂直にふっとばすんです! それに工藤さんたちも、呪術と陰陽道を組み合わせて河童と戦うんですよぉ!」

「ははぁ、なるほど……そんな風にして?」


 早苗は弾幕で光の五芒星を作り出し、その中心に立ち、にとりを見据えていた。いつもとやっていることは変わりないのに、早苗は不思議な高翌揚感を覚えていた。コワすぎ!ごっこはいつやって楽しいものだ。


「そう! 五芒星の中心に立って、河童を迎え撃つんですよ! 私もやってみたくなっちゃって! 筑紫の~日向の~小渡の阿波岐原に立ち~!」

「つくらなきゃ、迎え撃たれる?」

 早苗は御幣を持って、ボクシングのファイティングポーズでにとりに答えた。にとりはどうも逃れられないと悟り、ため息をつく。


「まあお金ももらっちゃいましたし、外界の技術に関心がないっちゃ嘘になりますし、やりますよ」
「ありがとうございます! 神奈子様、諏訪子様も喜ばれますよ!」

「モノづくりは河童の領分ですよ。人を襲うだけってんじゃないんですからね。左甚五郎の元で城を一夜にして作ったって話もあるでしょ? ま、その後は無情のリストラだったそーですけど」

「知ってますよ、陰陽道の式神なんですよね?」


 どうもあまり話が噛み合っていないようで、にとりは早苗を放っておいて、作業にかかった。河童の特異な工具類をフル活用して、箱を解体し組成を知り、河童の技術体系に変換しなおしていく。ガンガン、カンカン、ギィギィと、心地良いリズムを刻んで一つの新しい機械が組み上がっていく。

「さすがですね。ああ、これでコワすぎの新作が見れたら!」


 また早苗を取り囲んでいた五芒星の輝きが強まっていく。何らかの気配を感じ取り、早苗は御幣を構えて、その何かに備えようとする。一方、作業に集中しきっているにとりは、さっぱり気づいていない。


「できた! 早速試し……って!」


 早苗が幾何学模様の輝きに包まれていた。にとりは何が起こったのやらと観察していたが、すぐに光は収まり、そこには早苗ともう一人、ガラの悪そうな人間の男が倒れていた。


「うっく……一体……にとりさん、大丈夫ですか……? あ、ああ! あ! こ、この人は!」


そう、『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』シリーズのディレクター、工藤仁その人である。


「う……うあ? 新世界か? 蘇ったか!? お? 触れるぞ! うおおおおおおお! よっしゃぁ!! やっぱシャバは違えよなぁ!」


 肉の身体は久々で、工藤は全身を叩いたり擦ったりして、この世にいる喜びをかみしめていた。


「やっぱ身体あった方がいいよなァ! なあ市川! 田代! あ? だ、誰だお前ら?」

「おお~! やっぱり! やっぱり工藤さんですね! 安心してください! 私はコワすぎ!シリーズのファンの東風谷早苗というものです。で、こっちの子は、信じられないかもしれませんけど、河童の河城にとりさんです。ほら、河童」


 早苗は人喰い河童伝説のDVDを、比較するようににとりの横にやった。


「河童だァ? この小娘が? ただのガキじゃねえかよ」


 工藤は訝しげににとりを眺めた。にとりは居心地が悪そうに、早苗に何とかせよの視線を送るが、早苗は意に介さない。


「あの河童と戦ったんなら無理ないですよね。でもこの幻想郷じゃあ、そういうもんなんですよ。しかし、いきなり現れるなんてどこにいたんですか?」

「ああそうだ! 声だよ! 異世界で声が聞こえて……早苗ちゃんさ、コワすぎ!のファンなんだって? コワすぎ!の新作みたいって声が聞こえてきたんだけど」

「それは私のかもしれないですね。今さっき、コワすぎ!の新作が見たい! って願いましたから。それが多分……『奇跡』を起こしたんですよ」

「そのおかげだよきっと! いやぁ! 早苗ちゃんあんたいいセンスしてるわ! センスいいよまったく!」

「ありがとうございます!」

「な、なんだ、この人間……」


 早苗は憧れのスター俳優を見るような視線を工藤に送っているが、にとりの方はわけわからない外来人にすっかり困惑していた。

「それで、ここはどこ? 田代と市川もこっちに来てるはずなんだけど、知らねえかな」

「うーん……ちょっと説明が長くなるんですけど……」

――少女解説中

「ほーおぉ、妖怪の……隠れ里ってところか。で、早苗ちゃんは、まあ霊能者みてえなもんと。ったくカメラがありゃあ妖怪の映像バッチシ収めて、売れんのによぉ。田代の奴どこほっつき歩いてんだ」

「うーん……お話を聞く限り、工藤さんと同じように、市川さんや田代さんもこっちの世界に落ちてきてると思うんですけど。これも何かの縁です。コワすぎ!の取材に協力させてください!」


 早苗は思ってもみなかった珍事、自分がコワすぎの登場人物になれるという素晴らしい奇跡にワクワクしきりだ。

「おお、早苗ちゃん、いろいろ悪いね。よし、田代と市川探すついでに、妖怪ってのを拝みにいってやるか!」

「いや……妖怪ならすでにここにいんだけど……」

「ああ? だからお前本当に河童なのかよ。なんか信じらねえよなあ? 河童についてはなぁ! よぉーく知ってんだよ! 命がけで戦ったからなぁ! 大体よぉ、お前みたいなガキ捕まえてよぉ、河童だっつてもDVD売れるわけねえだろ! 未成年者略取で犯罪じゃねえか!」


 ここに来るまでに、数多の違法行為を働いてきた者の言葉とは思えない。自分に向かって喚き散らす人間に、にとりは辟易しているようだ。口を半開きにして、工藤の暴言を聞いていた。

「そ、外の世界の人間っていうのは、みんなこんななの!?」

「河童の術でも、見せてあげたらいいんじゃないですか」

「……ふん、妖怪なめた人間に、私が真実教えてあげる、ってのも悪くないかな! 表に出な! ギタギタにしてやる!」

「なんだぁ? 上等だ小娘がコラ! 河童の術でもなんでもこいよ! リターンマッチやってやるよ!」



 沢には河童のギャラリーが見物に集まっていた。みんなにとりと同じような水色のワンピースに緑の帽子をかぶっている。これが制服のようなものなのだろう。彼女たちは河童を侮った外来人に制裁がくだされる様を見に来ているのだ。

「ちょっと東風谷さん、その五芒星はなんです」

 工藤を中心として、光の五芒星が発生している。早苗は何事か念じながら、どこか責めるようなにとりに答えた。


「この五芒星の中の人間は、力がアップするんですよ。コワすぎ!のDVDを見て開発したんですよ~。口裂け女の呪具もないみたいですし、不公平じゃないですか。ちょっとしたハンデですよ」

「ええ? ふーむ、まあそんくらいなら!」

 にとりは高らかにスペルカードを天に突き出す。妖力がにとりの掌に集まり、周囲の水が光を放ち、球状に変形して、幾何学的な編隊をなしていく。


「あ! 確かにねえじゃんお守り! ちょ、ちょっとタンマ! どっかに落ちてねえか!!」

「待てるかッ! 洪水『ウーズフラッティング』!!」

 直線的な弾幕の羅列が工藤を襲う!


「おい! ちょっと待てつってんだろ! なんだよその弾はよぉ! おい!」

工藤はにとりに向かって喚き散らしながら、存外に器用に弾幕を避けていき、早苗が展開する陣もそれに合わせて目まぐるしく動く。逃げに関しては、動物的な直感を持つのだ。


「おお! 五芒星の能力アップ効果を加味しても、なかなかですね!」


 早苗はいつの間にか、にとりのラボから写真機を持ちだしている。鴉天狗たちが新聞作りに使うようなやつだ。被写体はもちろん工藤とにとり。コワすぎ!ごっこも随分本格的になってきた。


「ふふん、偉そうなこと言ってたわりに、避けてるだけじゃんか!」


 岩と岩を飛んで、必死に逃げ惑い、時には水苔で滑って転びそうになる姿は情けなく、にとりは余裕の表情で工藤を見下している。ギャラリーの河童たちも手を叩いて哄笑しては、手元のゴミやら何やらを工藤に投げつけて見世物を楽しんでいる。


「くっそぉ! うるせえぞッ! ギャラリーは黙って見てろ! ったくよー! どこ行ったんだよ、あれ!」


 タタリ村の瘴気に影響されて、体内に取り込まれた呪具。そして、黄泉比良坂から降臨する古の神に放ったバズーカは、拳銃と呪具で出来ていた。もしかしたら、まだあの呪具は体内にあるのか……。


「やってやるぞコラ! 出てこいよ!! うおおああああああああ!!」


 入るなら、また取り出すこともできるはずだ。呪力の出し方なら、世界改変前の砲撃で習得済みである。工藤の手に黒い歪が生まれて、ズルズルと糸くずのようなものが、カマキリの腹を破るハリガネムシのように湧いている。


「な、なんだそれ? おぞましいぞ!?」


 にとりは弾幕を操作しながら、工藤の手元に何か禍々しいものが出来つつあるのに戦慄した。妖怪としての彼女の勘が、それがとにかく危険なおぞましいものだと告げていた。見物する河童たちの間にも、どよめきが広がる。

「うおったぁ! よーし! やっぱコイツ頼りになんなぁ! 行くぞこの野郎!」


 工藤の手に、あの髪の毛で編まれた呪物が顕現した。呪術師・犬井の命を賭した術により、強化された毛玉だ。


「ああ! 呪いの飾りですね! 本物の妖気は違いますねぇ!」


 早苗はカメラをパシャパシャやりながら、感極まって叫んだ。


「パワーアップしてんだよ! 呪いの力がなぁ!」


 これで戦闘準備は完了した。これまで幾度と無く危機を救ってくれた呪物があれば、百人力である。工藤は岩場の上で、華麗なステップを決めた。彼の得意とするボクシングの構えである。かつて陰陽師・鈴木と共に河童と戦った時も、鋭い拳を浴びせてやったものだった。しかも、今回のは必殺の呪物! にとりは気圧されてなるものかと光球を放つ。


「しゃあ! オラァ!」


 工藤の黒い拳が、青く光る弾幕に吸い込まれた。すると、弾幕は雲散霧消してしまう。見物している河童も驚いたようだが、一層にとりへの声援が集まる。


「オラァ! てめえこの野郎! 待ってろよコラ!」


 五芒星の効果と相まって、キレのあるジャブが弾を打ち消して、その間を縫うように、工藤が迫る。


「おい! ちょっと! 聞いてないぞ! タンマタンマ!」

「あれは……妖力を略奪〈スポイル〉しているっ!?」

早苗は撮影を忘れて、必殺の呪具の効力を観察している。呪物はタタリ村の瘴気と反応して変性したように、周囲の〈力〉を取り込み呪力にできるパワーがあるのかもしれない。その超自然的パワーを〈因果〉とも呼ぶのかもしれない。


「う、うわ!」


 完全に勝利を確信していたにとりは、突然の一転攻勢にたじろぎ、回避行動が一瞬遅れた。その隙を工藤の呪術ボクシングが逃すはずはなかった!


「オラァ! シャアッオラァ! 河童はなぁ! こうやってぶちのめすんだよッ!」


「うげっ!」


にとりの顎に工藤の呪物アッパーが命中した。垂直に吹っ飛ばれて沢の水に叩きこまれて、バッシャーン! 大きな水音がこだました。元々幻想郷棲の河童は、陸上での身体能力がそれほど優れているわけではなく、強化された拳をもろに食らってはたまらない。


「なんだよもう終わりか。つまんねえ河童だな」


 かつて戦った河童はもっと肉体派だった。のびているにとりを引っ張って岸に寝かせる。


「あはは、外の世界の河童も村人も、アグレッシブでしたからねえ。八つ裂きにして沼にばらまくとか」


「俺の目的は殺しじゃねえからよ、こんぐらいでカンベンしてやるよ。おーい! にとり! お前大丈夫か?」


 にとりの頬を何度か叩く。ただその手にはまだ呪物が絡んでいた。

「まだまだ! 世界には! いろんな呪術があるんですねぇ! 私も修行頑張らなくっちゃ!」

「うぐぐ……私はねぇ、頭脳労働者なんだよ……なんなんだいったい……んあ? みんな……みんなは?」

 気が付くと、あれほど観戦する河童たちで騒がしかった沢は、不気味な静寂に包まれていた。先ほどまで野次を飛ばしたり、モノを投げつけたりしていた河童たちは、まるで神隠しにでもあったかのように、消失していたのだ。


「え? 河童のみなさんが、いない? あれ? なんで?」


 早苗は工藤の呪具に夢中で、工藤の方もにとりとの勝負で周囲のことはまったく眼中になかった。

「どういうことだ、おい、にとり!」

「私が知りたいよそんなの!」


 にとりはまだ疼くアゴをさすりながら、沢を歩きまわり、仲間を呼び集めようとした。しかし、いくら叫んでも、返事は聞こえない。


「河童の川流れってんじゃないですよね。神隠しみたいなことですか。ちょっと普通じゃないですね」

「ああ……なんつうか、覚えがあるよ、こういう仕事やってっとよ、人が消える現場も結構あるしな……」

「妖怪がそんな簡単に神隠しに遭うもんか!」

「じゃああいつらどこ消えたんだよッ!?」

「それは……わかんない……けど」


 にとりは悔しそうにうつむいてしまう。たくさんの仲間が突然に消え去って、何もわからないのだ。工藤も口撃を緩める。妖怪であれ、突然の行方不明は辛いはずである。コワすぎシリーズの中で、数多の行方不明者を出してきたからこそ、この手の事件の非道さは身にしみて知っていた。

「……とりあえず、このお山の天狗に会いに行きませんか」

 早苗には何か考えがあるらしい。工藤とにとりは早苗の言葉を待った。妖怪の山の社会の構成員たる河童におきた異変、河童集団失踪事件について、山をシメている天狗に報せなくてはならない、というのが一点目の理由だ。


「田代さんは、カメラを強く求めていたんですよね。天狗界隈じゃあ写真撮影が盛んですからね。手始めにはちょうどいいでしょう」


 工藤もにとりも依存はなく、一行は天狗の住処を目指すこととなった。


「これも一応持って行きましょう」


 早苗はこの状況を楽しんでいるようでもあり、ウキウキしながら出来立ての河童製DVDプレイヤーとコワすぎシリーズを持って、工藤を抱えて飛び上がった。


「うおっ! ホントに飛んでるじゃん! 早く田代に奇跡映像撮らせてやりてえな!」

「ちょっと待ってよ! ったくもーもしかしてしばらくアイツと行動することになんのかなぁ」

 にとりもぶつぶつ文句を言いながら、それに続く。三体のフライングヒューマノイドが山の空を駆ける。河童たちはどこへ消えたのか。コワすぎチームの行く末はどうなるのか。新しい〈異変〉の幕が今あがった。

とりあえずここまで

投下しやす

第二章 山のTSTREAM



 田代は怪しげな瘴気が漂う森で、目を覚ました。強烈な寒さが肌を裂くようで、季節は旧世界と同じだとわかる。回りは木々に覆われて、霧で霞んでよく見渡せない。急な傾斜でここがどこかの山の中だと分かる。かつて赴いたタタリ村のような感じだ。


「く、工藤さーん! 市川―!」


 叫べども返る言葉はない。霧の中でうつむくと、工藤と市川を現世に戻すミッション、タイムスリップ、そして、世界の終わりと始まりを捉えたあのカメラが転がっていた。旧世界で切り取った指は現世に出現する時に、再構成されて、なんとなくぎこちないものの、しっかりとくっついていた。


「よ、よし」


 あの異次元空間から一転して謎の森。ここに何か異様な妖気が漂っていることは、田代にもわかった。ならば、やるべきことは一つしかない。


「えー……ここが新世界なのでしょうか。工藤さんと市川はどこにいるのでしょうか。まったくわかりませんが、コワすぎシリーズのカメラマンとして、これから起こることすべてを、撮影していきたいと思います」


 一人でカメラに向かって呟く。このカメラはコワすぎ劇場版の利益で開発した特殊なカメラで、ネットを通じて全世界に映像を発信できる優れ物だ。新世界においても、Tストリームの電波を誰かがキャッチしてくれるかもしれない。

「何か……不気味な気配を感じます……工藤さんと市川も一緒だったんですけど……工藤さーん! 工藤さんいませんかー!」


 田代の声は霧に吸い込まれていく。ふと禍々しい気配が、木々のざわめきに混ざる。人間を超越した存在……それを幾度と無くカメラにおさめてきた田代にはわかった。今、ここに触れてはならなぬモノがいると……。気配はゆっくりと空を旋回して、大きな鳥のような羽音と共に、地上に降りようとしているようだ。田代は緊張の中で、カメラを回し……。


「外来の人!」


 少女の声が暗がりを裂いた。彼女は天を浮遊して、すーっと大地に降りた。


「う、わああああああ!」


 「コワすぎ!」シリーズカメラマンとしてのカンが告げる。この少女は尋常の者ではないと。


「あやや、そんなに叫ばなくっても」


 田代はいつもの恐怖の叫びを上げるが、カメラのレンズだけは、しっかりと彼女に向けていた。


「ええー何者か、何者かが、あ、現れました! 少女の……少女の姿をしています。えー……白いシャツとスカート、普通の姿に見えます……一眼レフ、見たことのないモデルですが、首に下げて……」


「ああ、カメラ、そうカメラ。それ、カメラですか?」


「え? か、か、カメラ? これは……Tストリームと言いまして……」


 眼前の少女は刃物を突きつけてきたり、いきり立って襲いかかって来ずに、田代の持つ新鋭の映像機器に興味を持っていた。どうも害意を持ってはいないようだ。


「これで撮った映像を、全国にネット配信する、システムです」

「映像? 活動写真ってやつですか。今も撮っているんですか?」


 謎の森で、奇っ怪な少女を相手に、Tストリームとビデオカメラの解説をする。まったくもって奇妙なシチュエーションだが、田代も慣れつつあった。少女は頷きながら田代の説明を聞いて、好奇心に目を爛々と輝かせていた。

「えっと、はい、これで見れるかな……」


 サイドの液晶モニターを開いた。板の中には少女の姿が写り込んでいる。レンズとモニターを交互に除いて、その動作を確かめているようだ。


「おっ? 動く動く♪」


 モニターに視線を合わせて、手をパタパタさせて、愉快そうにしている。


「これ、見てる人がいるんですか?」

「え、えっと……まあそのぉ……通信が、生きていれば、はい、そういうことになります」

「ははぁ、なんだか気恥ずかしいですねぇ。それで、このカメラで何を撮っていたんですか」

「ここに来る前は、この世の終わりと始まりを、このカメラで捉え、ました、はい」

「この世の終わりと始まり?」

「いやちょっと話すと長いんですけど、紆余曲折がありまして、世界は一度終わって、再生された……はず? なんですけど……」

「ふふ、ふふ、それはそれは……」

外の世界で世界は崩壊し再生した。これを少女が信じているのか、いないのかは、杳として知れない。しかし何事か思案している風だった。彼女の出方を伺う田代。


「…………ここは妖怪の済む山です。人間が一人でいたら、危険ですよ。私といたら安全です」

「妖怪!? 妖怪……ああ……それで……あなたは?」

「私は射命丸文。『文々。新聞』って新聞の記者です」

「あ、私は『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』シリーズのカメラマンの田代正嗣です」

「『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』……?」


 射命丸文は「コワすぎ!」のことを知らないようだった。旧世界ではこのシリーズを知らぬ者はなかったし、田代はここがやはり見慣れた世界ではないと悟った。


「やっぱり江野くんの言う通り、リセットされちゃったんだ……世界初の映像が……」

「コワすぎ!」シリーズは、常に映像史を更新してきた。分かっていたこととはいえ、それらが失われてしまうのはわびしい。


「世界初の映像っていうと、どういったものがあったんですか」

「そうですね……タイムスリップの映像は……『コワすぎ!』以外では存在してないと思います。
「タイムスリップ!? それはさすがに私も撮ったことないです!」


 文は目を丸くして、田代とカメラを見つめた。他にも口裂け女の捕獲(未遂)、天を舞う謎の女、人喰い河童との死闘、時空跳躍、異世界映像……DVDはなくとも、超自然現象の決定的瞬間を思い浮かべることができる。


「フライング・ヒューマノイドや河童ならしょっちゅうですけど……外の世界もなかなかのものですねぇ」


 文は関心しきりといった様子だ。それにどうも彼女もまた怪異を追うジャーナリストらしい。


「あのぉ~射命丸さんも、ホラードキュメンタリーをされているんですか?」

「ホラー……っていうか、まあ、この世界の旬な話題を追ったら、自然とそうなるんですよ。私だって、ほら、人間じゃあないですしね」


 胸に手を当てて、自慢気に笑う。しかし、姿形自体に人間と変わるところはない。


「えっ! つまりそのぉ、射命丸さんも、何らかの妖怪の一種、ということなんですか」

「外の人には信じられないかもしれませんが、この山の鴉天狗です。もちろんあなたに危害を加える気はありませんので、ご安心を」

 射命丸文はにこやかに、ハッキリと自分を「鴉天狗」と称した。


「天狗っていうのは、ちょっとわかんないんですけど、あの、僕も結構怪奇現象には会っているんで……射命丸さんが、まあ、普通の人間じゃないっていうのは、信じます、はい」

「天狗ってんだから、天狗なんですけどねえ。ま、いいでしょう」 

文の笑顔には、何か邪まなところがあった。しかし、この世界で、現状田代はこの天狗を名乗る少女に付いていくしかなかった。


「では、行きましょうか」

「ええっと……どちらへ……行くんでしょうか」
「山の神社、いろいろ話したいことがあって、あとは河童たちのとこにも……」

「え、河童? 河童ですか……河童はぁ……ちょっと……危なくないですかね?」

「危ない? あはは! 平気ですよ、平気。私たち、鴉天狗はアレらより偉いんですから」

「ははぁ……」


 河童の里はここからほど近いというので、田代と文はテクテク歩いていくことなった。

「射命丸文っ!」


 凛と透き通った声が森にこだました。田代は唐突な大声に泡を食って喚いたが、カメラのレンズは、その声の主の姿をとらえた。大きな剣と盾を携えた凛々しい少女であった。白い髪から突き出た犬のような耳が異様である。


「椛……どーしたんです? そんなにいきり立って」
「どうもこうも!  不審な者、怪しい者、訝しい者に胡乱なる者は、ひっ捕らえねばならないんだ!」

「不審で怪しくて訝しくて胡乱な者……?」


 文は挑発するように、わざとらしくあたりを見回した。


「そこにいるじゃないか! カメラのお化けを持ったやつが!」

「え! いや、僕は不審者とかじゃなくてですね、あの、「コワすぎ!」っていうホラードキュメンタリーの……」


椛なる少女は剣を向けて、田代はシドロモドロになってしまう。

「ごちゃごちゃうるさいぞ! とにかく、射命丸文、そこな男は連行されてもらう!」

「すいません! ちょっと待って、その、そういうのは困るんですけど、あのー僕はほんと何にもしてなんですよ! この世界ではまだ……」

「椛、この人はスペシャルなマシンを携えた、普通の外来人なんですよ。この山で出会ったのも何かの縁と、私がちょいと幻想郷を案内してさしあげて、博麗霊夢の……」

「問答無用だ!」


 椛の剣が一閃、宙を裂くと、光球が田代と文を挟み込むように列を形成する。


「ちょ、ちょっと! え!?」


幻想郷のローカルな決闘方式などは、田代の知るところではない。だが、光球の並びに込められた攻撃の意志はわかる。

「まったく! すぐこうなんだから! 田代さん、私から離れないでください」


 怯える田代とは対照的に、文は涼しげであった。小さな犬がいくら喚いたとこで意に介さないというように。


「狗符『レイビーズバイト』!」


 弾幕の挟撃が迫る。色鮮やかな敵意は、回避など不可能に見える。しかし、文は平然と弾幕を待ち受けて――


「その噛み癖! 矯正しなきゃですねっ!」


 いつのまにか、彼女の手には団扇が握られていた。天狗が持つとされる風を操る呪物。それを一振りすると、刃のような鋭い突風が巻き起こり、田代と文を包む。

「竜巻!? これは……私達を守っているようです!」


 田代は風のストリームの中央で、撮影した。空を丸く切り取られた空を。椛の弾幕が掻き消えて、地面は螺旋形にえぐられるのを。


「天狗は風を自由自在にするものです。お分かりいただけましたか?」


 文は得意そうにカメラ目線で言うのだった。田代はあまりのことに呆然として、曖昧に返事をすることしかできなかった。


「くっ……!」


 悔しげに唇を噛む椛。文は瞬時に椛の後ろに回りこんで、腕を掴んで動きを抑えこんだ。


「話くらい聞かせてくれたっていいじゃないですか!」


 有無を言わせる気など微塵もない声音だった。田代は無言で椛にフォーカスする。


「沢の河童が消えんだ! 忽然と! 山の神社の巫女や何か知らんが変な外来人も一緒だったんだが、まるで神隠しみたいに! それで、にとりだけが残って……それを聞いて、すぐに飛び出したんだ! 河童たちを探して、怪しいやつがうろつてないかって」

「河童たちが? それはちょっと尋常じゃあなさそうですね。それであなたもそんなに焦って」

「ふん、そうだ! それで厳戒態勢だ!」

「ふーむ……なるほど、なるほど、なるほど~これが異変の端緒であれば、好機です」


 文は一人で勝手に納得して何やら楽しそうにしている。一方、田代は椛が口にした「変な外来人」というのが気にかかった。


「ええーっとあの、椛さん……でしたか、あの、『変な外来人』というのは……」

「お前、その変なカメラを私に向けるんじゃない!」


 椛は牙を向いて威嚇するが、文に抑えらていて、どうにも哀れっぽい。


「あ、いや回してないんで、撮ってないんで大丈夫です、大丈夫です」


 無論、撮影は続行している。

「質問に答えてください?」


 文が力を込めると、椛の骨が軋む音がする。


「うくっ……粗暴や奴で変な呪物を使うらしい! それで今は……」



「私と行動を共にしている、というわけです!」



 空から早苗の声が響く。工藤も一緒に宙を浮遊して、ゆっくりと田代たちのいる地上に降りて来た。


「あら、守矢の巫女さんじゃないですか! それに河城さんも」

「射命丸さんもいらっしゃいましたか!」

「く、工藤さん! やっぱり工藤さんだったんですね! 無事だったんですね!」

「田代! おめえも元気そうじゃねえか!」

「田代さん、はじめまして。私は『コワすぎ!』シリーズのファンの東風谷早苗という者です!」

「あ、どうも、こっちの世界にも『コワすぎ!』知っている人いたんですね」


 それぞれに挨拶やら、再開の喜びやらを口にする。椛だけは文の腕の中で、居心地悪そうにしていた。


「射命丸文、そろそろ私を放せ、もう攻撃しないから」

「はいはい、最初っからそーゆー態度でいればよかったですね?」

「……犬走さん、どうしたの? 大丈夫?」


 にとりが何とも可哀想なことになっている椛を思いやる。


「侵入者を捕らえようとしたら、射命丸文が庇い立てするものだから」

「狂犬が事情も話さず襲いかかってるからでしょう」


 それで、と射命丸文が早苗たちに話を振る。なぜここに来たのか、気になったのだ。早苗たちは椛の不審者報告を天狗の里で知って、今まで山を飛んで探していたのだった。

「しかしよぉ、なんかすっげえことになってんな、田代、どうしたんだよこれ?」


 工藤が会話を打ち切って、渦巻き型に切り刻まれた山肌を指差した。


「いや、山をさまよっていたら、こちらの射命丸さんに助けていただいて……それで……」

「で、撮った? カメラ生きてるか?」

「あ、はい! えーっと……」


 田代のカメラは、射命丸文と犬走椛の戦闘を記録していた。小さな画面にみんなの視線が集中する。


「自分が撮られるってのも変な感じですねぇ! お~! 結構カッコイイ!」


 勝利者の文は愉快痛快といった面持ちだ。椛の方は、暗澹たる表情で、文の華麗な動きから目を逸らす。


「これが天狗の術ってわけか、新世界でもすげえモン撮れたな! こっちでもよ、面白いことがあったんだよ、カメラで押さえたたかったなぁ、なあにとり」

「ああ? あんなのはまぐれだよ! それに早苗さんに手伝ってもらったんじゃないか!」

「えっと、工藤さん、こちらの子は……」

「ああ、こいつ、河童らしいんだけどよ、喧嘩売ってきたから返り討ちにしてやったんだよ」

「河童? ええっと……この子が? ですか?」


 田代はにわかには信じられぬという顔をして、カメラをにとりに向けた。


「なんでそういう反応なんだ……」


 にとりは諦めたように肩を落とした。外の連中はあの凶暴そうな奴を河童と認識するものなのだ。

「あ、挨拶がまだでしたね、工藤さん、でしたか。私は『文々。新聞』主筆、射命丸文です」

「射命丸……天狗だったか。田代が世話になっちまったらしいな! 俺は『戦慄怪奇コワすぎ!』シリーズのディレクターの工藤仁だよ、よろしくな」

「はい。それで工藤さん、何か外来の不思議な呪物を使うそうですけど……」

「おっ! これだよ! どうだ、すげえだろ?」


 工藤が得意げな顔で口裂け女の呪いの飾り物を取り出した。

「おほっ! 面妖!」

 文も謎の呪具の異様な迫力に感じ入る。


「なんだそれは……こんな不気味な手合は、さっさと追放すべきでは……」


 椛は嫌な気配がムンムンの髪の毛に顔をしかめている。


「まあまあ、犬走さん、「コワすぎ!」チームのみなさんは守矢神社で預かります。天狗のみなさんと話し合って決まったことです。ですので、もう田代さんを拘束する必要はありません」


 早苗はまるで裁定者だった。椛としても、それが天狗社会の下した決定であれば、従うのが必定。静かにうなずくしかなった。


「ねえ、みなさん、河童大量神隠し事件ですが、この射命丸文から提案があります」


 文は朗々と河童を探すための作戦を述べ立てた。それは早苗や工藤たちにとっても有意義なことであった。

第三章 魔理沙と夜店と導かれし者たち
 


 魔法の森から空に上がると、茸の胞子が風に舞う。霧雨魔理沙は暮れなずむ空の彼方から、小さな幻想郷を見下ろしている。


「ったく! アリスのやつ、あーまで付き合い悪かったか?」


 冬の空はどこまでも高く広々としていて、誰もいない。つい独り言が出てしまう。退屈まぎれにご近所付き合いでもしてやろうと思ったら、取り付く島もない、といった具合だった。


「おお、寒い寒い」


 高く上がり過ぎた。季節は冬でもう夜になるというのに。そこで、何か温かいものでも食べて、一杯やろうと思い立ち、人里の外れに狙いを定めて一直線に駆け下りた。


「おーーーーーっとぉ! とーーーーちゃぁっく!」


 垂直急降下、そして急停止。赤提灯を出した雰囲気のある屋台の目の前だった。


「魔理沙ッッッ!?」


 ムードを台無しにした魔法使いの名前を叫ぶ。店主のミスティア・ローレライだ。鳴り響く轟音に、先客の藤原妹紅と上白沢慧音も、暖簾から顔を出した。


「よう、魔理沙。相変わらず高いとこが好きみたいだな」


 妹紅は皮肉っぽく魔理沙に笑いかけた。ミスティア・ローレライの方はまだプリプリ怒っていた。


「はぁ、あんたねえ、なんでそんな来方すんのよ。もっとフツーに来れないの? フツーに!」


 もし魔理沙がちょっぴり箒の操縦をミスしたら、屋台がオシャカになるところだ。ミスティア・ローレライの怒りももっともである。


「これが私のフツーさ。屋台、やってんだろ? なんか出してくれよ」

「はいはい」


 今日は妹紅と慧音の他に、稗田阿求もちょこんと腰掛けていた。


「阿求じゃん、珍しいじゃん」

「こんばんは、魔理沙さん。私もたまには外食もしますよ」


 さらに珍しい客人がいた。見慣れぬ服装の女、外来人だ。外の人が妖怪の屋台にいるなど、あまりないことだ。


「霧雨さん、ですよね、はじめまして……」


 二十代後半の地味な風体だったが、魔理沙の派手な登場を見てもさほど動じているように見えない。変に落ち着きがある。

「私はフツーの魔法使い、霧雨魔理沙、よろしく。えっと……」

「市川実穂です。よろしくお願いします」


 それにしても不思議なメンツだった。藤原妹紅や上白沢慧音はともかくとして、稗田阿求に外来人とはどういう組み合わせなのだろうか。


「今夜はちょっとした打ち上げなんだ。稗田家の所蔵品、資料の整理が一段落してな」


 魔理沙が尋ねると、上白沢慧音が答えてくれた。何でも市川某は一週間ほど前、迷いの竹林で行き倒れになっていたそうだ。それを妹紅が発見して、ミスティア・ローレライの店で食事と水を摂らせて、現在は稗田家預かりの身、ということだった。


「あの時はホントありがとうございます。藤原さんが来てくれなかったら、野垂れ死してたところなんで……」

「いや、まあ、こういうのも私の役目だからな」


 妹紅はムズムズしている。慧音が可笑しくて軽く吹き出してしまった。


「あの時のやつ、出します?」


 ミスティア・ローレライも話の輪に入る。「あの時のやつ」とは、八目鰻雑炊だ。市川が衰弱していたものだから、妹紅が頼んで雑炊にしてもらったらしい。


「へぇ、ウマそうだな、私にも頼む」


 雑炊の中には、ぶつ切りの八目鰻がポツポツと入っていた。味噌仕立ての出汁に緑色のネギが浮いて、食欲を誘う。


「……くきくき、くきくき。八目鰻って、久々に食うとアゴが疲れるなぁ」


 魔理沙は八目鰻をやっつけながら喋った。八目鰻は普通の鰻と違って、いやに歯ごたえがあって独特の風味がある。阿求も蒲焼きに食いついているが、人より虚弱なアゴではなかなか噛みきれなくて、悪戦苦闘中だった。


「旬でイキイキしてんのよ」


 それで今は人里の稗田家で雑事を手伝っているのだという。


「外の世界では、映像制作会社でアシスタントやってて、オカルト系の取材や資料集めがメインだったんで……」


 市川の身の上話が始まる。ガサツで暴力的で無神経で、そのくせビビリな上司の元でのAD暮らし、そして口裂け女や幽霊、河童……。挙句の果てに古の神に呪殺されそうになるわ、異次元に幽閉されるわ、散々だった。思い出すだけで運命への怒りがこみ上げてくる。

「新世界になったんだから、もう二度とあんなとこでなんて! 働いてやんないんですよ!」


「ま、まあまあ、落ち着いて」


 慧音がなだめて、市川も少し落ちつた


「ああ、すいません、まあでも、金払いよかったから、まあアレだったんですけど……」


 要は金目ということだった。工藤の映像制作会社は数を雇わないかわりに、報酬は割高だった。まあその分一人当たりの仕事量は増えるのだが。他にいい働き口も見つからず、ずるずると世界を救ってしまったのだった。


「異次元ってなんだ? 魔界とか地獄とかそういうとこ?」


 魔翌理沙は市川の勤め先よりも、その取材内容に興味が湧いた。外の世界は、人間の天下と聞いたが、こんなにもバカスカ怪異に遭遇し、あまつさえ世界が崩壊しかかるほどの異変が起こるとは知らなかった。


「うーん……なんか苦しいとこでしたね。変な……気持ち悪いミミズみたいので出来た場所で……それで……向こうから〈古の神〉がこちらに出てこようとして……」


 曰く、最終的に外の世界の歴史が改変されて、新しい世界になったのだという。


「外がそんなことになってたとはなぁ、慧音、なんかわかんないのか?」


 魔翌理沙は上白沢慧音が歴史を食べるだの創るだの、そんなような力を持っていたことを思い出す。


「さあね、さすがに外のことは専門外だ」


 青竹の杯をくいっと持ち上げながら言う。
阿求はさっきから八目鰻の蒲焼きと格闘して、しゃべりたくてもしゃべれなかったが、ようやっと飲み込んで、口を開けた。


「ん……んぐぅ……外の世界と幻想郷は連動していますから、外の世界で大きな事件(イベント)があれば、必ず何かしらの影響はあるはずです。しかし、とくに何も起こってはいません。ということは、市川さんたちの因果の力によって、〈古の神〉を黄泉に還すことが出来た……と考えられます」

「幻想郷の異変にまだ気づいてないだけ、かもしれないぜ」


 魔翌理沙がからかうように言うと、ふっと阿求が神妙な顔になる。みんなが阿求の言葉を待った。

「ええ、魔理沙さんの言うとおりです。世界改変級の異変ですから、幻想郷に何も起こらない方が不自然なんです……もしかしたら異変(それ)はもう始まっているのかも……」

 阿求は悲しむような目線を市川に投げかけた。


「え? 私? 私ですか?」

「世界の終わりと始まり……その当事者の一人たる市川さんがここにいるということ自体が、何かの兆候…………あるいは、何か〈意味〉があって市川さんは幻想郷に〈呼ばれた〉のかも知れません」

「ええ? いや……またああいうことをやるのはちょっと……困るんですけど……」

「ああ、すみません、私としたことが、せっかくみんなで集まっているのに、こんな話」


 阿求ははっとしてうつむいてしまった。


「用心するに越したことはない。魔理沙、なんか変わった事でもなかったか?」


 慧音が話を振ると、魔理沙の頭脳に今日のアリス・マーガトロイドのつれない態度が閃光のようにひらめく。


「そうだ! アリスだよ! あいつ、私が暇つぶしに紅魔館の本でも盗(か)りに行こうぜっつたらさぁ!」


 そもそもアリス・マーガトロイド邸に着いた時から、何かが奇妙だった。庭が異様なほど荒廃していて、人形の材料らしき布や綿、木材などが散らばっていた。それにいつも忙しなく炊事に掃除に洗濯に動きまわる人形たちが、軒先に吊るさがっていた。魔法の糸がぐちゃぐちゃに絡みついて、それは大量の首吊り死体みたいだった。


「ええ? それってなんか怖くない?」


 八目鰻の焼き加減に気を配りながら、ミスティア・ローレライが口を挟む。


「ま、魔理沙……それ明らかに〈失調〉してないか」
 慧音も引き気味だ。しかり魔理沙はあっけらかんとしたもので。

「まあそういう退廃的(デカダン)な気分の時もあるぜ。それよりも……」


魔理沙にとってはアリスが遊んでくれなかったことの方が重要らしい。


「なんか真の自動人形が完成したとかなんとか言ってて。じゃあブツを見せろっつても、はぐらかすんだよ。時じゃないとか、今にわかるとか……」


 アリスは目が虚ろで、魔理沙の方を見ないで、どこか虚空を見つめていたそうだ。

「挙句の果てはこんな具合さ……『なんでそんなこと言うの!!?? なんでそんなこと言うの!!! 魔理沙、魔理沙!!!』」


 魔理沙があんまり大きな声を出すので、ミスティア・ローレライはびっくりして給仕しようとした杯を落っことしてしまった。


「魔理沙! この酒代、あんたが払いなさいよ!」

「もちろんそうさせてもらうさ。ツケでな」

 魔理沙はそんなことを言って笑っていたが、ずっと黙って聞いていた市川の顔は青ざめて酔いもすっかり醒めてしまった。


「あの……外の世界でそういう状態の人を見たことがあります」


 荒廃した家屋とおかしな言動は、旧世界で〈古の神〉に操られた人間を思い出させる。妹紅も怪訝な顔になって言う。


「〈古の神〉とやらはよくわからんが、阿求のいう異変の兆候、なんじゃないか、それ」

「う~ん……言われて見れば、あれはフツーじゃない人間以外だった気もするぜ。アリスんとこ行ってみるか?」

「ええ? まだ宵の口よ、もう少し飲んでいってからでも遅くないんじゃない?」


 ミスティア・ローレライは連中にもっと金を落としてほしかったので、引き止めに出た。今朝ほど天狗、射命丸文からもらった新アイテムがあるのだという。何でも最新の情報発信装置で、試用期間一ヶ月は無償で貸与される……と文は言っていたそうだ。


「ねえ、市川さん、外の世界じゃあ飲み屋でこういうの置いてんですよね? 天狗のホウキ、とか行ってましたけど」


 テレビ……のように見えた。しかし外のシンプルな四角い板とは違って、どうも奇抜な感じがする。


「テレビ? 幻想郷に放送局ってあるんですか?」

「そうそう、ホウキっていうのはホウソウキキの略だそうで……」


 とにかくスイッチをオンにしてみた。画面はぼんやりとしている。みんな注目して見ていると、次第に鮮明になり、中年の男と守矢神社の巫女の像を結んだ。


「あっ!」




 市川が声を上げた。この運命から未だ逃れらないことを、一瞬にして悟ってしまう。


『これもう回ってんだよな? おい! 幻想郷の奴ら、オス! 俺は外から来た、ドキュメンタリー監督の工藤仁ってモンだ! ヨロシク!』

『みなさ~ん! こんばんは~! 私はご存知、守矢神社の風祝にして「コワすぎ!」シリーズのファンの東風谷早苗という者です!  今日はこの! DVDプレイヤー! 映写機! 田代さんのカメラを元に開発された、天狗の放送機器(ホウキ)で、みなさんに重大な、インポータントなお知らせを伝えたいと思います!』

「おお……動いているぞ、活動写真か」


妹紅が声をあげる。慧音やミスティア・ローレライも興味津々に見つめている。


「この映像! 外の世界のビデオカメラ……やっぱり……!」

「あの、市川さん、この工藤って……」


 阿求は市川の様子から何か察したようだ。


「はい……外の世界で上司だった、工藤さんです……」


 市川がひどく沈んでいた。やはり工藤たちもこの世界に来ている。そして工藤がいればそこがどこであれ、『コワすぎ!』は始まる。

『えーーーこの度、河童たちが行方不明になりまして、目撃情報を募集しています。河童を見たという情報をお持ちの方は、決闘(スペルカード)に五穀豊穣、風除け雨除け、あらゆる奇跡に霊験のある、守矢神社までご連絡お願いします!』


 テロップで守矢神社の場所や連絡先が示される。


『有力なネタだったらよ、謝礼の方も考えてあっから、ドシドシ投稿してくれよな!』


 河童が行方不明になっている――いかにも奇妙な事態で、アリスの〈失調〉といい、何かが起ころうとしているのが、みんなにも感じられた。


「謝礼って金くれるのかしら?」

「うーん、まあ多少は」


 ミスティア・ローレライが金目に釣られると、市川が答える。工藤は嫌な男だが、金は払う。もっともいつかの時みたいに三千円くらいで済まされるかもしれないが。


『あ、そうだ、おい! 市川見てるかぁ~?』


 市川は汚物を見るように、画面の向こうの元上司を睨む。


『市川、お前もどうせ幻想郷来てんだろ? 俺も田代もいるんだからヨ! 『コワすぎ! 幻想郷出張版』を手伝わせてやっから、これ見てたら、さっさと守矢神社に来い! いいな、わかったか!?』


 言うだけ言って、工藤は早苗に司会を譲った。


「…………市川さん、苦労なさってきたんですね」


 阿求は引き気味に画面の工藤を見ながら呟いた。


「…………はい」
 

みんな黙ってしまったが、テレビに新しい登場人物が映って、魔理沙が声をあげる。


「おっ! にとりだ。あいつは神隠されてなかったらしいぜ」


 魔理沙がテレビを指差す。カメラはにとりにフォーカスしている。


『おい、にとり、お前もなんかしゃべれ』


 工藤がにとりを急かすと、河童の少女はキッと工藤をにらみ返した。


「うるさいな、指図すんなよ。えっと……私は山の河童・河城にとりです。仲間は突然消えて、山中探してもいないんです。私の仲間を助けて下さい。お願いします! もちろん見つけてくださった方には、謝礼として金一封はもちろん技術提供などの用意もあります」


 にとりは真剣に頭を下げている。一人だけ残ってしまって、寂しさや使命感が画面越しにも伝わってくるようだった。


「河童? この子河童なんですか?」


 市川には、この女の子が河童であるなどとは、思えなかった。どうしても河童というと、人間をラリアットで垂直に吹っ飛ばす魔物が思い浮かぶ。


「え? 河童っていったらこういうものじゃないの?」


 ミスティア・ローレライは不思議な顔をした。市川は外の世界とは常識が違うと改めて思った。

『さて、ここで千里眼を持つ山の白狼天狗の話を聞いてみましょう! 犬走椛さん、どうぞ!』


 早苗は司会者然として、手を突き出して椛を招く。椛はひどく居心地悪そうで、あたりをキョロキョロしたりモジモジしたりして、なかなかみんなのいる場所に来ようとはしなかった。


『道がわからないでしょうか? あ、これ「ノロイ」のセリフです! 言う機会、あるものですね!』


 なぜか早苗のテンションは急激にヒートアップした。


『いや、道とかそうことじゃなくて、私は見世物じゃないんだが……これ、みんな見てるんだろう? 天狗の力というのは、みだりに見せびらかすものでは……』


『ゴチャゴチャうるせえぞッ! いいからさっと透視しろよ! 河童見つからなくてもいいのか!?』


 工藤の恫喝は幻想郷でも健在だ。椛は不快そうに工藤を睨む。千里眼は何度か試したが、どうにも上手くいかなかったのだが……。


『今回は、見てください。この五芒星! この中に入ると、能力が向上するんですよ。これなら、犬走さんの力で河童のみなさんの居所が見つかるかもしれないのです!』


 そしたら謝礼は椛のものだ。もっとも謝礼が欲しくてやっているのではないだろうが。


『わかったから、怒鳴るんじゃない。ええっと……んん、んん……』


 椛が五芒星の中心に立ち河童を見つけようとする。


『うっぐあ……うう……』

『おっどうしたどうした!?』

『椛さん! 大丈夫ですか!』

 急に椛が苦しみだした。早苗や工藤も慌てているが、カメラマンは黙ってもがく椛に焦点を当てるのだった。屋台の連中の間にも、ざわめきが起こる。

『ああ……くら……くらい……くら……くろ、くと……ううがあっ! 河童たちが……』

『オウッ! 河童だよ河童ッ! あいつらどこにいんだよ!!??』

 工藤が気つけとばかりに、椛を力強く揺さぶる。早苗も五芒星に送る力を強めて、椛をアシストしようとした。


『犬走さん、がんばれ! がんばれ! がんばれ!』
 

にとりの必死の声援。どうしても仲間の居所が知りたいのだ。工藤も早苗も、心配したり騒いだりしても、この儀式を止めようとはしなかった。


『なにか……たてて……いる……あっちと……こっちのあいだ……』


 それきり椛は糸の切れた人形のように、倒れ伏した。


『あっちとこっちの間……これって〈黄泉〉ってことなんじゃないですか、工藤さん』

『犬井も似たようなこと言ってたな……あの〈先生〉の野郎がいやがった……クソッタレな異世界か!』

『あ、ちなみに犬井さんっていうのは、工藤さんが外の世界で出会った呪術師です』


 早苗がカメラ目線で解説をしてくれた。幻想郷の住人たちが「コワすぎ!」を知っているはずもなく、こうした配慮が必要なのだ。

『〈黄泉〉ってなんだよ、なんで私の仲間がそんな変なとこにいるんだ?』

『あ、犬走さん、白目向いてゲロ吐いている……生きてますかぁ~?これも〈生〉の醍醐味ではありますが、そろそろ放送コード的にマズイですかね。田代さん、射命丸さん、お願いします』


 放送終了の合図だ。どうもカメラは田代が、放送は文が司っていたらしい。


『あ、みなさ~~ん、河童の行方についての情報提供待ってまーす! それではまた~!』


 ブツッ! と映像が途絶えた。


『言葉と生きていく。「文々。新聞」……「文々。新聞」定期購読は鴉天狗・射命丸文まで……』


テレビはひたすら射命丸文の「文々。新聞」の宣伝を垂れ流している。
屋台は嫌な沈黙に包まれている。市川は思わず首をさすった。〈先生〉を名乗る怪人に首を切断される感触が、嫌でも思い出される。


「…………飲み直すって感じはならなそ~! はあ……」


「すまないな、ミスティア・ローレライ。危険な意志が幻想郷に迫っているようだ」


 慧音が口を開いた。人間の里にも何らかの影響があるかもしれない。それを思えばここで酒を飲んでいるというわけにはいかない。


「〈古の神〉……か。なかなか面白そうだぜ!」


 新しい異変(イベント)の気配に魔理沙は浮足立って、実際もう浮いていた。会計なんかは後回しにして、独自に解決に乗り出してしまった。

「あの稗田さん、すみません。外の世界もどうなっているかわからないし、まだしばらくはあなたのところに置かせてもらいたかったんですけど……」

「市川さん、あなたは、やはり……行くのですね」

「はい、守矢神社……でしたか、工藤さんのところに
行ってやろうとと思います」


 市川は諦めたように、ため息をつく。


「工藤さんを止める人がいないと、やっぱりマズイんで……」

「あ、あはは……そう、みたいですね」

「じゃ、山への道案内は頼まれてやるよ。外来人一人じゃ危険だからな」

「藤原さん……!」


 妹紅は残った酒をぐいと飲み干して、笑みを見せた。慧音は人間の里に変わったことがないか調べることになり、それぞれ屋台を出立する流れになった。


「なんか温まってるとこ悪いんだけど……あの魔理沙、あいつの飲み代、どーしましょ?」


 ミスティア・ローレライはきまりが悪そうに切り出した。残された四人は顔を見合わせて嘆息するしかなかった。

一旦休憩します

とりあえず今日で全部投下終わる予定です

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第四章 人里の乱闘! 操られた河童の〈怪〉



「いや~でも『コワすぎ!』クルーが三人揃うとしっくり来ますよねホント。外では世界の終わりまで慌ただしくてアレでしたから」

「そうだなあ~市川もやっぱ俺の元で働くのがしっくりくるよなぁ?」

「いや……別にそういうわけじゃないですけど」

「ああん? なんだお前照れてんのか?」

「ハァ!? なんで照れるんですか? なんか勘違いしてるみたいですけど、工藤さんだけじゃ危ないから、付き合ってるだけですから」

「何が危ねえだ? コラ? 危険上等だよ、そんな腰の引けたことでだなぁ、河童なんか見つかると思ってんのか!?」

「でもそれで私達や他の人が傷ついて、工藤さん責任取れるんですか?」

「あん? まあそりゃあ、取ってやるよ」

「はぁ。今幻想郷に来てて文無しなんですよ、どうするんですか」

「口の減らねえ女だなゴチャゴチャゴチャゴチャ! そんな起こってもねえことウダウダ言ったって仕方ねえだろうが!」

「ねえ、田代、工藤と市川っていつもこんな感じなの?」


 ずっと続いている工藤と市川のやり取りを眺めながら、河城にとりが尋ねる。


「ええ、まあ、とくに最近はそうですね~まあこれはこれで息があってるそうです」


 田代は嬉しそうだ。見知らぬ異土とはいえ、工藤・市川、そして自分の三人による「コワすぎ!」シリーズの活動が再開したのだから。

「ふぅん。ま、私としては仲間を見つけてくれたらなんでもいいや」

「『ふぅん』じゃねえ、にとり、お前もビシっと気合いれてけよ!」


 工藤が乱暴に頭をぐりぐりとわしづかみにすると、にとりは「フンッ!」とソッポを向いた。


「ちょっと工藤さん! まだ小さい女の子なんですから!」

「いや、だから私河童なんだけど……一応あんたがたより長く生きてるんだけど……」

「あ、なんかすいません……やっぱり河童っていうのにどうしても慣れなくて」

「そうだよな、お前も俺を垂直に吹っ飛ばすくらいのパワーとスピードを見せてみろや」

「無茶言うな! だから言ってんだろ頭脳労働者だって! ったくもう! それで、今日はどんなスケジュールなんだっけ?」

「はい。まずは目撃情報が寄せられた人里の資材店で聞き込みです。それから霧雨魔理沙さんが言っていた……アリス・マーガトロイドさんのお宅を訪問します。普通に話を聞ける状態ではないそうなんで、警戒してください。あ、あと東風谷さんとはこの後、人里の稗田家で落ち合う手はずです」

「よし! 田代! カメラ回してるか? 何があるかわかんねーからな」

「あ、はい。バッチリです。この……通信型陰陽玉で……」


 カメラに不自然に装着された陰陽玉により、このカメラで捉えた映像は射命丸文の元に送信され、そこから全幻想郷に配信される。外と幻想郷の技術の融合だ。この数日、にとりによる改造を受けて、すっかり幻想郷仕様にバージョンアップされている。


「あ! みなさ~~ん! 今日はよろしくです!」


 集合場所の稗田の屋敷は広く、この家の格式の高さを感じさせた。そして、相変わらず早苗は張り切りまくっている。稗田邸の主、稗田阿求も姿を見せた。


「こちら、幻想郷の歴史や妖怪に詳しい、稗田阿求さんです。稗田家は、代々幻想郷の妖怪についての書物を編纂してきたそうです。私もしばらくこちらでお世話になっていました」

「みなさん、こんにちは。稗田阿求です。里の中なら私が案内します」


 里人の間でも高名な阿礼乙女がいれば、何かと顔が効くであろう。霊的な荒事は今回の助っ人霊能者・早
苗がいる。さすが妖怪の隠れ里、人材が豊富だ。


「よしッ! じゃあ問題の資材店にいってみるか」


 工藤は意気揚々と歩みだした。件の店は人間の里のメインストリートに面していて、大きな店だった。ちょっとした小道具から建築資材まで扱っており、外の世界でいうところのホームセンターのようなところだ。


「あのーーすいません。こんにちはー!」


 市川がまず声をかけると、店主らしき男が現れ、二階に通された。


「いやーどうもどうも、あれだっけ今流行りの〈てれびじょん〉とやらに出てた人らに、稗田のお嬢さん、それに守矢の巫女さん、河童のにとりさん、千客万来だねぇ~。さっそくなんですがね、一階は建材や家具が揃ってまして、この二階には、小道具……ほらこのバールのようなモノとか……」


 店主はえらく上機嫌だ。どうも取材よりも、テレビで店の宣伝をしてほしいようだ。


「まずは河童を見たという話について教えていただけませんか?」


しかし、阿求に遮られてしまう。店主は一瞬狼狽したが、にこやかに答えてくれた。

「あ、はいはい。えーーーーっとねえ、あれは……数日前かな。オカッパの河童の子……これはシャレじゃねえですよ。大量のノコギリやら鎚やら買ってかれましたねえ」

「なぜ、そんな買い物をしていったのか、何かわかりませんか?」


 市川がインタビューすると、店主は困り顔でこう答えた。

「いや、聞いてみたんですがね、石みたいに黙っちまって、どうも怖くなって、それ以上聞けなかったんですよ」

「アイツらそんな無口だったか?」

「いや、やっぱり変だ。そんなにブアイソじゃないもの」


 工藤とにとりがざわついた。


「うちの店は、河童さんを始めとしまして、妖怪のみなさんにもご愛顧いただいとりますけど、ちょっと異様な感じがしまして……」
 
――ドガッシャアアア!


 店主の言葉を遮るように、一階から異様な轟音が響いてきた。


「ヤバイんじゃねえの!?」


 その瞬間工藤が駆ける。市川たちもそれに続いた。阿求はみんなより遅れてついていく。


「ヒイィィィ! すいません、建材はもうないんです!」


 青ざめた店員が叫んでいた。顔面を殴打された痕があり、痛々しかったし、店のカウンターが粉々に砕け散って、無残な有様だ。他の客達は遠巻きにこの騒ぎに注目し、店内は騒然としている。

「なければこの建物(ハコ)を解体(バラ)せ」


 機械じみた声で、命令を下したのは、にとりと似た格好のオカッパ頭の少女だった。手には鉄槌が握りしめられている。これで店を破壊したのだろう。


「おい! あれ! あれ河童じゃねえか?」

「……! 一体何をやって!」


 工藤が叫ぶのが早いか、にとりが一足飛びに破壊の中央に踊り出る。


「き、危険です! 河城さん!」


 階段の手すりから阿求が身を乗り出す。彼女は警戒心から一階まで降りてこなかったのだ。


「おい、一体何して……」


 にとりが止めようと、オカッパに手を伸ばした、その刹那。にとりが吹っ飛ばれて、陳列棚が倒壊する。突き飛ばされたのだ。


「に、にとり!?」


 工藤がたじろいで、後ずさりしながら口裂け女の呪物を装着して、臨戦態勢で様子を伺う。


「ひ、稗田さん、里で妖怪は暴れないんじゃ……!」


 阿求は何か思考を巡らしているようで、市川には答えないで、二階から河童を睨むばかりだった。


「私の出番……というわけですね」


 早苗がゆうゆうとオカッパの前に立ちはだかった。


「…………守矢の風祝」

「わかっているなら下がりなさい。これ以上の狼藉、許すわけにはいきません!」

オカッパがゆっくりした動作で懐からノミを取り出す。早苗が攻撃を警戒して構え霊力を高めると――

 鋭い一閃! しかし、その行く先は早苗ではなかった。


「うぐあッ!」


 呆然と事態を見ていた店主の肩を、ノミが深く鋭くえぐっていた。


「え、そっち!?」


 早苗のコンセントレーションの間隙、それを見逃さず、一瞬で店主の元に立った。


「次くるまで〈ブツ〉を用意しておけ」

「そ、そんなご無体な……」

「黙れ」


 オカッパは店主を掴んで、力任せに投げ飛ばした。幻想郷の河童は特別身体能力に優れているわけではない。彼女の腕の骨が軋むひどく不快な音が聞こえた。
 店主は路上までふっ飛ばされて、店の外に集まっていた野次馬が一斉に後ろに下がった。この世のどこでも荒事は街の華だ。しかし、この事態はあまりにも異様だった。オカッパは糸鋸を手にして、店主の腕を切断しようとしている。


「こんな無法ねえぞ!?」

「い、一体どうなってんだ!」


 野次馬は口々に喚くが、何もできない。ただの人間が本気の妖怪をどうこうできるはずもないからだ。


「もうやめろっ!」


 にとりがブラックアウトから帰ってきたのだ。大きなリュックサックから大きなメカ・アームが伸びている。


「あいつも河童だぜッ! 仲間割れかぁ!?」


 ヒートアップするギャラリー。しかし、にとりともう一人の河童の間には、冷たい空気が流れている。


「…………」


 オカッパは無言で襲いかかる。しかし、今回はにとりが勝った。アームがガッシリとオカッパを捕まえる。


「にとり……助けて……」


 オカッパは一瞬、正気に戻ったかのように助けを求めた。にとりの動揺と共に、少しだけアームの力が緩んだ。


「……死ね」


 その隙を逃さず脱出。そして、ノミを振り下ろす。狙うは脳天! にとりの皿を叩き割ろうとーー「しゃあッ! オラアッ!」


 工藤の呪具を纏った拳が、オカッパの後頭部に叩きこまれた!


「ちっとは喧嘩慣れしてるみてえだけどなッ!」



 攻撃の際に生じる隙をつかれるようでは、まだ甘い……ということだ。オカッパは路面に倒れて、動かない。


「妖怪に不意打ちかましやがったッ!」

「卑怯だがやるみてえだな、あの外来人」


 突然の乱入に、ざわめきが起こった。


「にとり、大丈夫か?」

「工藤……助けられちゃったな」

「殺し……て……や……」


 オカッパはまだ完全に力尽きていなかった。ノミを振りかざして、工藤とにとりに純色の殺気を向けた。


「秘法『九字刺し』! 私にも活躍、させてください!」


 早苗の秘技が決まった。光の格子が出現して、オカッパの動きを封殺した。


「悪あがきは見苦しいですよ! さあ工藤さん! 今です!」

「よし! 正気に戻れよ!」


 何発も口裂け女の呪殺アイテムでひっぱたく。にとりも、ギャラリーも、これが何なのかわからず困惑するしかなかった。


「お、おい、工藤……もうそんぐらいで……」

「いえ……河城さん、大丈夫です……多分」


 市川がにとりに声をかけた。大勢は決したので、市川や阿求が店内から出てきたのだ。

「多分って……」

「おっ! 抜けた? 抜けたぞ!」

「うう……うっ……身体が……痛い……」

「えっ? これで正気に戻ったのか?」


 にとりがオカッパに駆け寄った。早苗も九字による拘束を解いて、彼女はにとりに抱きかかえられる形になった。

「おい、おい! 私がわかる?」

「に、にとり……? 人間の……里……?」

「ホントだな? 嘘じゃないな?」

「痛っ! にとり痛いっ!」


 にとりは、同胞を抱きながら、深い安堵のため息をついた。


「美しい光景ですね! イイコトするのって気持ちいい!」


 早苗が楽しそうに、笑って叫んだ。


「よかった……」


 市川も何とか死者を出さず、河童を一人助けることができたことに喜んでいる。

「これは一体……!?」


 人混みをかき分けて、上白沢慧音が現れた。血を流して倒れてる店主、抱き合う河童二人、愉快そうな風祝に怪しい呪物を持つ工藤……どんなに優れた頭脳を持っていても、この状況が何なのか、悟ることはできない。


「上白沢さん!」

「市川さんか。これは、この惨状は一体……」

「ええっと……なんと言ったらいいのか……」


 まず何から話したらいいか、市川が戸惑っていると――


「この幻想郷を破壊しようする〈流れ〉です」


 阿求の声は、大きくはないが不思議とみんなの耳に届いた。


「流れ……」


 工藤が呟く。かつて共に戦い、そして倒れていった霊能者が、そのようなことを言っていた。〈神〉とは大きな〈流れ〉だと、そして、それを捻じ曲げようとする勢力が、闇から這い出そうとしていると――

「邪まな〈力〉が入ってきているのです。郷に従おうとしない、力が……その無法を制するのはやはり無法、ということですか……」


 これは独り言みたいだった。

「どういうことだよ?」


 工藤が食ってかかるが、すぐに市川がそれを制した。


「……私達の力がこの事件を解決するのに必要、ということですか?」

「ええ……この〈敵〉との戦いは、貴方方が最も心得ているはずです……〈古の神〉、と貴女は呼んでいましたね。人間でも、妖怪でも、ましてや神でもない、擬似生命(デキソコナイ)のことを」


 阿求は〈古の神〉と呼ばれる邪悪な存在について、知っている風だった。


「なんだぁ……? アイツら俺らでぶっ飛ばしてやったのに、まだウダウダ仕掛けてくんのかよ!」


「〈古の神〉……か。何であれ、私はこの里を守るさ。みんな! 怪我人の搬送・手当を手伝ってくれ! 阿求の言うとおり、のっぴきならぬ〈異変〉が迫っているようだ! みんな不要の外出は避け、気をつけてくれ!」


 上白沢慧音はテキパキと里人を動員して、店主を運ばせるなど事後処理を遂行していく。人里のことは、彼女に任せれば大丈夫そうだ。


「再戦(リターン・マッチ)ってわけか、上等だよ……!」



 工藤は決意をみなぎらせている。ここで、あのろくでもない化物との因縁を完全消滅させるのだ!

第五章 たった一人の暗黒神聖教団


 里での乱闘騒ぎの後、一端山に戻り、オカッパの手当をして話を聞いた。にとりと工藤が戦い始めたあたりから今まで記憶がなく、何か糸のようなものが首に絡んだ感覚が残っているという。


「糸……ですか。むやみに人を疑うのはよくないですが、アリスさんが今回の件に絡んでいるってことなんですかねぇ」


 射命丸文は、糸だけに、とは言わなかった。


「ま、とにかくそのアリスってやつのとこに行ってみるしかねえな!」

「ああ! 本人に直接聞くのが早い!」


 にとりもやる気満々だ。


「工藤さんそんな勇ましいこと言ってますけど、攻撃してきたらどうするんですか。相手はただ〈古の神〉に憑かれているだけじゃなくて、魔法使いなんですよ」

「魔法だあ? 関係ねえよっ!」

「心配性だな。アリスの一人や二人、みんなでタコればわけないって!」


 工藤の強気がにとりにも感染ってきているみたいだ。

「何でアリスさんが狙われたのでしょうか……」


 早苗が疑問を口にした。田代は旧世界で新宿の街を襲った〈生き人形〉のことを思い出した。


「前の世界で、〈古の神〉に操られたカルトの人たちが、ゴミみたいな人形を作ってましたけど……」

「カルト……?」


 にとりの知らない単語だった。カルタとかナルトなら知っているが。


「カルトっていうのは、反社会的な宗教団体のことです。邪悪な神を崇めたりして、社会を破壊しようとします。私たちがこちらにやってきたのも……」


 早苗によれば、そういう連中が幅を利かせてきたから、純粋な信仰の場を求めて幻想郷にやってきたということらしい。


「要は悪者だな。カルトになったアリスを成敗するんだよ」

「カルトになる……って言うのかしら。一人なのに!」

「……一人で十二分なのです」

 成り行きでみんなに着いてきていた、阿求が口を開いた。


「工藤さん、市川さん、外では、何人もの人が操られていたのですよね」

「ああ……松井って女が変な儀式やったり……」

「カルト集団、暗黒神聖教とか呼ばれてましたが……〈生き人形〉を製造したりしていました」


 田代は江野との共闘を思い出した。上村早苗に率いられた者たち……劇場版で行方不明になった大畑奈々も人形を作らされていた。


「普通の人間とアリスさんでは、本体性能が桁違いです。おそらく、アリスさんが操っているであろう河童たちを除いて、人妖に害がなかったのは、アリスさんさえ押さえられれば、十分だったからでしょう」


 異界の存在が入る器……アリスの人形であれば、ゴミ人形よりも高い性能が出せるだろう。つまりアリスと事を構えることは、河童と異界の者たちの軍勢を相手にする、ということだ。

「なんで河童共はアリスとかいう奴に操られているんだ」

「…………河童は元々藁人形だった、という説があったよな? ほら、ファイル03の時、調べて……要は陰陽道の式神みてえなもんだから、DVDには乗せなかったけど」

「ああー! 工藤さんよく覚えてましたね!」

「古の伝説的名工、あの左甚五郎が築城の時、藁人形を使役して、後にその人形たちが河童になったという……」


 阿求もその伝承は知っていた。にとりは何だか不服そうだ。


「それなら私も知ってるけど、そんなのは……」

「ええ、ただの伝承です。しかし、伝説というのは、人々の間に語り継がれるなかで、力を持つこともあるのです。河童たちは異界の力によって、強制的に伝承を上書きされて操られているのでしょう。アリスさんの〈式神〉として」


 その力を利用するのが、連中の流儀なのだ。それを工藤たちは、経験的に知っている。


「そういや〈先生〉の野郎も元は建築家、だったか。読めてきやがったな」


 〈古の神〉に取り憑かれたアリス・マーガトロイドは河童を左甚五郎スタイルで使役して、地上に何らかの混沌をもたらす施設を建造している……という仮説が立つ。アリスのお宅訪問は、ただの取材ではすむまい。

「聞きしに勝る禍々しさだな……」


 にとりがアゴをさすりながら、アリス・マーガトロイドの家をにらむ。庭に精巧な人形が打ち捨てられ、朽ちていて、死体の中を進むようなプレッシャーがある。アリスの家には、すでにかつての面影はなかった。

小さな首吊り死体で、外装はほとんで見えないし、魔法の糸が何かおぞましい文様を描いている。さらに奇妙なのは、螺線形にねじ曲がる塔が無理やり増築されていた。外の世界なら間違いなく違法建築だ。その渦は何か人を気持ちを逆立てる気を放ち、見る者が見れば、天に向かって〈力〉を放出しているのがわかる。


「おっ! あれは……」


 魔理沙もここに来ていた。この禍の元がこの場所にあると、察しがついたのだろう。


「にとりに早苗、例の外来人だな?」

「お前もカチコミに来たのか?」


 工藤が尋ねると、「そんなとこさ!」と威勢のよい答えが返ってきた。さきほどから、ノックしているが、うんともすんとも言わないそうだ。


「……それに見ろよ、この塔! 魔法の森のパワーがガンガン吸われているぜ」


 魔理沙は愉快そうに空を指差した。工藤たちに比べるののんきなものだった。


「どきな、魔理沙」


 にとりがズイと前に出て、メカ・アームを構えた。力ずくでドアを叩き壊そうというのだ。


「いくぞ!」

「はい、気を引き締めていきましょう」


 市川の額には冷や汗が浮かんでいる。工藤はすでに呪物を構えてステップを踏んでいた。


「カチコミだからよ、お前らも準備しとけよ」


 早苗やにとりもすぐにでも事を構えることができるようにしている。市川は何かを確認するように懐に手を当てた。


「すべて済んだら直してやるよっ!」


 ドアが破壊されて、工藤たちが流れ込む。内部は普通の人間でもわかるほどの、濃密な邪気に満ちており、奇っ怪な文様が刻まれていた。



「随分なノックじゃない、河城にとりさん?」


「あ……アリス、なのか?」


 見た目には、普段と変わらない――魔理沙たちはそう思った。だが、普段と決定的に違うことがある。狂気じみた殺意がまとわりつくのを全員が感じた。

「アリスとかいう奴! 一応聞いとくがよ、お前が河童操ってこの空をいじってんのか?」

「薄汚い人間……こんな連中つれてきて、止められる気でいるのかしら」

「なんだぁテメ……」

「質問に答えろ。アリス・マーガトロイド」


 工藤の威嚇より早く、にとりがアリスの殺気に負けぬ敵意を込めて言った。


「…………この空、素敵でしょう。今にこのちっぽけな幻想郷が、溶き卵よりもぐっちゃぐちゃにすり潰されて交じり合うのよ」

「アリスさん! 目を覚ましてください! 自分が何をしようとしているか、わかっているんですか!」


 早苗が御幣でアリスを指して叫んだ。


「そうだ! 私と遊ばないで、こんな馬鹿やってるんじゃないぜ!」

「魔理沙、一応聞いておくけど、その薄汚い連中なんかよりも私と一緒に来ない? 新しい世界で特別扱いしてやらなくもないわ」

「断る! なんかうねうねしてて気持ち悪いから!」
「ふーん、そう。まあ知ってたけどね。死になさい。死んでその連中と混ぜこぜの……」
 
――ドグシャアッ!


 お前の口上など聞く価値なしとばかりに、にとりの鉄拳アームが炸裂する。


「あなたも奴隷になりたいようね」


 しかし、アリスの人形が軽々と攻撃を防いだ。そして、人形の掌には、魔法の糸が握られていた。


「ウカツです! にとりさん!」


 早苗の神風が間一髪、糸がにとりに触れる前に人形を弾いた。にとりはアームを器用に操って、床を叩いてアリスから距離をとる。


「人形は一人じゃあないのよねぇ」


 にとりが跳ね飛んだ先に、待ち構えるはもう一体の人形! その魔法の糸は滑らかな動作でにとりの首に絡んだ。それは隷属の印の首輪だ。


「うぐあ……ああ……!」

「に、にとりッ!」


 魔理沙の声が館にこだました。ここままでは他の河童たちのように、アリスに従うだけの人形になってしまう。

「うげえ……うごお……うううううううぅぅ!」


にとりは自らの魂が、歪められた〈伝承〉に侵されて、すり潰されていく苦痛を味わっていた。外の世界で人間を食い殺し、また人間に五体を引き裂かれた邪悪な怪物のデータが、糸を通してにとりを書き換えていく。


「河城さんっ!」


 誰よりも先に市川が動いた。にとりの近くまで一足飛びに駆けて、ナイフでアリスの糸を一閃したのだ。


「うぐぁっ! はぁ……あっく……アリス!」


 市川がよろめくにとりを抱えて、工藤たちのところまで移動した。にとりは間一髪、完全に〈人喰い河童〉と化す前に助かった。


「市川! よくやった!」


 工藤も快哉を叫ぶ。このナイフは、かつて〈先生〉の首を切り裂き、工藤の両親を貫いたモノだ。史上最恐の劇場版の後、田代が回収して市川に渡していたのだ。

アリスはひどく不快そうに顔を歪めて、辺りの散らばっている人形たちを横目で眺めた。


「河城さん! 大丈夫ですか!」

「あ、ああ! やれるさ!」

「じゃあ私行くから……あとはよろしく頼むわ」


 にとりの式神化を阻まれて、反撃してくるかと思われたが、アリスは違法建築の奥に引っ込んでしまった。

「うわああ、い、い、生き人形です!」


田代が叫ぶ。周囲の人形たちが蠢きだしたのだ。その動きは普段のアリスの技というより、やはりあの〈生き人形〉に近かった。


「てめえ! 逃げんじゃねえ! うっ……やべえぞ」


 刀や槍を持った人形たちが乱れ飛ぶ。何とか躱したが、危険な状態だ。


「みなさん! この結界の中に!」


 早苗が大きな魔法陣を展開して、みんなを中に集めた。市川と田代が中央に、工藤やにとり、早苗が外側近くに立って、人形を迎え撃つ。


「アリスの人形! こんなに手ごわかったか!?」


 魔理沙の悲鳴が館に響く。打撃、斬撃、刺突、光弾、レーザー……あらゆる攻撃が彼らを追い詰めていく。


「異界の力が上乗せされている!?」


 市川が星の中から叫んだ。ナイフで応戦を試みるが、人形の動きは高度に洗練されて、素人の技では届かない。


「え、江野くんがいたら……」


 田代は恐慌状態だが、カメラの操作は身体が遂行する。


「こんな殺意しかない弾幕、弾幕じゃない!」


 魔理沙は必死で身を躱すが、四方八方から必殺の意志がこもった攻撃がくる。人形の攻撃は無情で、美しさの欠片もない。
 早苗は結界を維持し、にとりと魔理沙がレーザーで人形を撃退するが、あまりにも数が多く間に合わない。


「うげっ!」


 ついにレーザーがにとりの喉元に食らいつかんとする!


「ぼさっとしてんじゃねえぞ!」


 工藤の呪物がレーザーを霧消させた。にとりと戦った時にも起きた現象だ。口裂け女こと滝美沙子によって創られた呪物は、犬井により強化され、タタリ村の干渉を受け、江野のバズーカとなり……ここに完成している。

「工藤……! でもこのままじゃ!」

「そろそろ、射命丸さんたちに来て欲しいとこですがっ……!」


 早苗がつぶやくと、凄まじい風音が、外から聞こえた。


「みなさん! お待たせしました!」


 射命丸文と犬走椛が来てくれた。これで内の早苗たちと、外の文たちで両面攻撃が可能になる。


「勘違いするなよ、この事態は山にとっても……」

「ツンデレぶってないで、手を動かしてください?」

「ふん、お前に言われなくても!」


 風と剣閃が外の人形を削り取る。工藤たちに流れが傾いた。誰もがそう感じた時――


「うっ! うわああああああ!」

「まっ! 魔理沙!?」


 魔理沙の首に透き通った糸が絡んで、凄まじい勢いで、違法建築に引きずり込んでいった。


「なんだあいつ役に立たねえなッ!」


 工藤が毒づく。射命丸たちとの攻撃によって、人形の陣形には隙が生じており、今なら魔理沙を追える。


「魔理沙、アリス……! 工藤! 行くぞ!」

「にとり! なんでてめえが仕切ってんだよ!」


 呪物の効果にいい気になった工藤と、怒りに燃えるにとりは、猪突猛進異界への入り口にツッコんでいった。


「ちょっと工藤さん!」


 市川は狼狽して工藤を呼ぶが、もう行ってしまった。

「私達も後を追いましょう!」

「早苗さんが一緒なら……田代さん、行きましょう」


 しかし、田代は怯えていた。松井江見に生じた時空の歪に入った時も、工藤に半強制的に連れて行かれたのだ。


「ここは私たちにまかせてください!」


 射命丸と椛は戦闘しつつ声を上げる。


「山窩『エクスペリーズカナン』ッ!」


 椛から発せられた光弾の連なりが、広がり、人形たちを遠ざける。


「…………射命丸さん、この映像は、全幻想郷中に配信されているんですよね」

「はい! 山から里から、吸血鬼の館に冥界、竹林! ばらまきましたから! この〈異変〉を利用してメディア王になるために!」

「よ、よし……! 行くぞ、行くぞ、行くぞ……行きましょう、撮らなきゃ意味無いですから」

「田代さん、私、初めて会った時、言いましたよね。スペシャルなマシンを携えた、普通の外来人って……訂正します、スペシャルなマシンにはスペシャルな撮影者(カメラマン)!」

「ふん! 調子のいい事を言って! 気をつけろよ、こいつは人面獣心なんだから!」

「獣がしゃべることですかっ! っとぉ!」


 団扇が空を切る。剣が人形を切り捨てる。


「くっ……! もう押さえられないのか……!」

「行きましょう! 市川さん! 田代さん! 私から離れないでください!」


 早苗の号令の元に、三人は駆け出した。あとには文と椛が残される。


「さあて、巻き込んじゃう人間もいなくなりましたし、ちょっと本気を出しますか!」

 螺旋の坂をずっと進んでいく。そうすると闇がにじみだし、いつの間にか、登っているのか下っているのか、わからなくなっていく。闇の中から次第に、あの霊体ミミズがにじみだして、空間を埋め尽くしていく。そして、工藤たちには馴染み深い、にとりたちにとっては初めての亜空へと突入した。


「アリス! 魔理沙! どこだ!」


 にとりは蛭と水母の楽園を進みながら、人形師と魔法使いを探した。


「出てこい! 出てきやがれ!」

「く、工藤さん~~~~!」

「田代、市川、早苗! お前らも探せ!」

「うるさったい! 喚かなくても出てきてあげるわよ」


 アリスが闇から出現した。周囲には数多の〈生き人形〉、そして河童たちがいた。魔理沙は手下たちに拘束されて、もがいていた。


「仲間と魔理沙を返してもらうぞ!」


 にとりが弾幕をしかける! しかし、アリスの手下に阻まれて、本体に到達しない。


「数が多すぎますね……」


 早苗も霊気を高めながら、敵陣の様子を伺っている。


「河城にとりさん、見なさい。そのまま動かないで!」


 にとりたちが手をこまねいていると、アリスが一人の河童を示した。手には、糸鋸が握られている。その糸鋸をゆっくりと魔理沙の肩にかける。


「さて、止血しなきゃね。人間はコワレモノだから……すぐに失血死、なんて興ざめだもの」


 糸が魔理沙の肩にきつく巻き付いて、血流を遮断した。魔理沙のほっそりとして白い腕が、うっ血して徐々に赤黒くなっていった。


「アリスさん、な、何を……」


 市川もひどく嫌な気配がして早苗の後ろから声をあげた。みんな、動けないで、アリスの言葉を待つしかなかった。


「魔理沙、まずはあなたの腕を切断して、人形の関節をくっつけてみようと思うの。身体中そうしてやったら、何にも見えてない節穴の目をえぐりだして、美しく青く透き通った義眼をはめて、ゆっくりと、作り変えていくわ」

「い、イカレ女め! 河童放せコラァ!」


 工藤もアリスの冷然とした様子にたじろぐ。アリスは本気だ。一毫ほどのためらいもなく、魔理沙を壊すつもりでいる。


「アリス、いい加減にしろ!」

「じゃあにとり、こういうのはどう?」


 アリスが手を動かすと、河童は糸鋸を自らの首にあてがった。


「いくら妖怪でも、目をくり抜かれて、八つ裂きにしたら死んでしまうわ。ねえ、あなたに選ばせてあげましょうか。魔理沙がお人形に作り変えられるのと、仲間が自分で自分を切り刻むの、どちらがお好みかしら?」

「お前……! アリス……ッ!」


 工藤らの攻撃が人形と河童に阻まれたアリスに到達するよりも早く、彼女はどちらかを殺すだろう。


「おいてめえ! イカれたこといってねえで、さっさとソイツらを放せ!」


 工藤が叫んでみても、この圧倒的な不利は覆らない。


「…………アリス、私をやれよ。私がやられればこの河童は助かるんだろ?」

「魔理沙、いいの? 麻酔なんかしてやらないのよ?」

「にとり、早苗、工藤! 私はいいから早くコイツを助けてやってくれ!」

「……弱いくせにいきがって。だから、死ぬのよ」


 アリスは河童から糸鋸を受け取って、魔理沙の腕にそっと置いた。


「肉と骨と神経をこれでゴリゴリ、ゴリゴリってすり潰されて切断される痛みは半端じゃないから。その時になって泣きついても許してやらないわ」

「私が……弱いかどうか、見せてやるぜ」


 魔理沙は頭を揺らすと、帽子から何かがこぼれ落ちる。



「八卦炉!? 自爆する気なの!?」

 魔理沙は落ちた八卦炉を蹴りあげて、魔法を発動させた。狙いなど定まらず、巨大な光が辺りを包んだ。自爆覚悟の技だ。人形も河童たちも、陣形を緩ませる。


「にとりさん! 工藤さんを! アリスさんを殴れる距離(レンジ)まで飛ばしてください! あとは私が何とかします!」

「わかった! 工藤、来いっ!」

「な、何すんだよ!」

 にとりのリュックから巨大なバネ付き道路標識が現れて、工藤を弾き飛ばした! 


「髪の毛(そいつ)でアリスをぶっ飛ばせっ!」

「うおおおおおお!」


 猛烈な勢いだった。一直線にアリスたちのところまで駆け抜ける。光が弱まり、工藤の目がアリスを捉えた。


「このっ……!」


 アリスが配下に指令を送るが、一手遅い。すでに工藤の呪物をまとった拳が、彼女のアゴに突き刺さる! クリーンヒット! 肉体は人間と変わらないアリス、その意識は遠のいている。


「今です! 筑紫の日向の……」


 早苗の指先が奇妙な印を結ぶと、アリスが吹っ飛ばされたその先に、ネジレが生まれて、勢いに乗った工藤もろとも、その裂け目に落ちていった。

最終章 すべてが不思議な世界

 
 青く澄んだ美しい海、うららかな日差しの中に、ぷかぷか小島が浮かんでいる。桃やリンゴ、雑多な果実の木が生えて、ここが天国かと見まごうほどだ。


「なんだよ、ここ。死んだわけじゃねえよな?」

「生きてるみたいですね。身体もあるみたいですし……」


 工藤と市川がここで目を覚ました。アリスを倒して、妙な空間に落ちたのは覚えているが……。


「そうみてえだな」

「ちょッ! 工藤さん触んないでくださいよっ!」


 工藤が市川の肩に手をかけると、猛烈な勢いで拒絶された。


「よっ! お二人さん!」

「うおっ! 諏訪子じゃねえか」

「みんな無事ですよ!」


 諏訪子と早苗が声をかけてくれた。気が付くと、にとりや田代も目を覚まして近寄ってきた。アリスと魔理沙も波打ち際で失神している。


「なんだよここは?」


 工藤が辺りを見渡す。どう見てもどこかの南の島だ。


「〈創造〉したのよ。私と諏訪子でね」


 八坂神奈子がその辺から湧いて出た。


「あの空間、〈黄泉比良坂〉は原初の混沌みたいなとこです。諏訪子様がこの島を創り……」

「私がこの空を創ったのよ。いいお天気でしょ?」


 二柱の神はのんきそうに解説してくれる。早苗たちが〈黄泉比良坂〉にやってくることを見越して、原初の混沌から世界を生み出そうとしたが、敵の力が強く小さな島を形作るので精一杯だった上に、切り離された空間から出てこれなかっのだ。

「ふーん、工藤がアリスを倒したから、出てこれた、と」


 時空転移の影響で重い頭を支えながらにとりが言う。


「そういうことさ。その口裂け女の呪いの飾りのおかげだよ。それでアリスと蛭子の接続が緩んで、むりやり引剥してここに連れてこられたのさ」

「そいで、他の河童たちは……」

「あー多分幻想郷のどっかに落ちているよ。多分ね」

「多分って!」

「アリス、アリス! 生きてるか!?」


 魔理沙はいつの間にか覚醒して、アリスを起こしにかかるが反応がない。神奈子がケラケラ笑う。

「あーしばらくは起きないわ。ちょっと無理矢理すぎたし……ま、生命に別状はないでしょ。多分」

「た、多分って……」


 みんなの間に弛緩した空気が流れる。〈古の神〉に取り憑かれたアリスを倒し、すべては終わった。そんな空気だ。


「工藤、田代、市川、『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』チームのみなさん、ご苦労様でした」


 空間が避けて、そこから異様な気をまとった女が現れた。工藤たちコワすぎ!チームに緊張が走った。もっとも幻想郷の連中は大して驚くことはなかったが。


「おっ! やっとお出ましかい」

「こんにちは、洩矢諏訪子さん。みなさんなら、あのおぞましいロートルな神の成り損ないを倒してくれると信じていたわ」

「誰だよテメーは。イキナリ出てきて」

「おい、工藤! やめろ! この人は八雲紫さんって言って、レジェンド級の大妖怪なんだよ。いや、すいませんね、こいつ外からきたもんでよく分かってなくて」

「ああん? なんだよにとりテメー……長いもんに巻かれやがって」

「工藤さんそんな挑発的になることないじゃないですか。えっと……稗田さんから伺ったんですけど……なんでも幻想郷を成り立たせている存在だとか……あなたが私たちをこの世界に呼んだ……とかそういうことですか?」

「……勝手にこちらに入ってきたのよ。あなた達と
〈蛭子神〉がね。でも首尾よく何とかしてくれそうなことには感謝しておくわ」

「……してくれそう? 終わったんじゃねえの?」


 工藤は怪訝な顔をする。他のみんなの顔もこわばった。


「まだ〈蛭子神〉の力は幻想郷に充満しているわ。早くこの〈黄泉比良坂〉を閉じないと、また大変なことになるわねぇ。これは貴方たちが持ち込んだ、〈異変〉。もう一働きしてもらいましょう」


 紫の穏やかな微笑みの裏には、有無を言わせない響きがある。


「……俺らをコマにするってわけか?」


 工藤が紫に近づく。


「だったら、どうだというのかしら?」


 時空を歪めるほどの妖気――


「まあ俺らも奴らとは因縁があるからな。で、どうすりゃあいんだよ」

「その髪の毛、それを起爆剤にして、この空間ごと
〈黄泉比良坂〉をふっ飛ばすのよ」

「えっ!? これ使うのかよ! そしたらこれもう使えねえじゃん!」

「そーゆーことになるわね。でもいいじゃない。それでみんなが助かるんだから」

「なんか他にねえの? これスゴイし、もったいねえし……」

「ない。ない。ない。その髪の毛と〈古の神〉と、因果すべて、ここで終わらせるのよ」


 八雲紫は冷然としていた。口裂け女の呪具を〈ボム〉にするしかないようだ。

「な、なんだこの光は!? も、妹紅!」

「新手かッ!?」


 人里では、慧音と妹紅が生き人形やら何やらと戦っていた。そしてあらかた片付いた矢先に、突然空間が避けて白い光が迸った。


「う、うええええええ!」


 工藤たちだった。寺子屋の前の路地が、〈黄泉比良坂〉からの帰還者たちの吐瀉物で汚された。


「うぷっ……もう、ダメ……」


 早苗も思わず口から吐瀉物を撒き散らしてしまう。


「あーーーーーうーーーー! もっと優しくできんのかね!」

「ホントよねえ、あったま痛いわ!」


 神としての経験値の差か、諏訪子と神奈子は嘔吐には至らなかった。


「な、なんだお前たち!? 敵の根拠地にいったんじゃないのか?」


 慧音が工藤たちに駆け寄ってくる。


「空が……」


 妹紅が空を見上げると、あのおぞましい水母と蛭は薄れていき、青空が幻想郷に戻りつつあった。


「うう……目がまわる……」


 にとりもふらふらーっとして全然歩けていない。


「うぅ……やっぱり空間移動って酔いますね……大丈夫ですか」


 他の連中よりも、田代はこれに慣れていて、みんなの介抱を始めた。

「おお……! あんたら! 見てたぜ! すげえ活躍だったなぁ!」

「人形師の嬢ちゃんキレてて怖かったぜ」


 寺子屋に避難して、テレビを見ながら戦いを見守っていた人々が顔を出し始めた。


「でもすげえゲロだな……と、とりあえず運ぶか!」
「おう!」


 里人総出で英雄たちを搬送して、みんな畳の上に寝かされると、ぶっ倒れて泥のように眠り込んでしまった。



――この〈異変〉の終幕は、汚い。

ーーー
ーー



「本当に行ってしまうんですか。「コワすぎ!」も人気になったし、ここに残れば……」


早苗は寂しげだ。数日後、工藤たちは外の世界に還ることになった。ここは博麗神社。今回の一件に関わった者達が、見送りに集まっていた。


「ええ、里は貴方たちを受け入れるでしょう。それに……外の世界は、おそらく……」


 稗田阿求も三人を引き止める。慧音や妹紅もそれに同調する。「お前らのような面白い奴らなら!」と……。それに、阿求によれば外の世界は、すでに新世界が完成して、工藤たちが存在しないか、別の人生を生きた彼らがいるであろう、ということだった。


「外の世界で『コワすぎ!』シリーズが幻になったから、あの空間を通じて、私たちと〈古の神〉が来たんですよね」


 市川は阿求から話を聞いて大体は察していた。外に自分たちの居場所はないかもしれないのだ。


「それでも行くのか? 私はお前のことなんか嫌いだけど」


 にとりも見送りに来ている。


「なんだ? お前も寂しいのか?」

「んなわけないだろ! お前、そんな態度とっていいのか? あの髪の毛もうないんだから、今度はこっちが絶対勝つよ」


 にとりはファイティングポーズで挑発する。


「にとりさん!」


 早苗が叱るみたいに言うと、にとりは照れたようにそっぽを向く。


「ふん、冗談じゃん、こんなの。ま、仲間もみんな無事だったし……いろいろありがとな」

「最初からそう言っとけよ! 人生色々だからな。外で別の俺らがいるとか、よくわかんねえけどよ、こっちじゃ超常現象がありふれすぎて、ホラードキュメンタリーじゃ売れねえし。外でガンガン稼いで、ホラードキュメンタリーで天下取りてえのよ!」


 工藤の野望は、この世のホラードキュメンタリーで〈天辺〉をとることだ。だから、幻想には出張はしても、定住はしない。伝説の渦巻く都市こそが、彼らの主戦場なのだ。

「……そうですね。幻想郷(ここ)にはもう不思議はないのですね! すべてが不思議だから!」

「……なんかそれっぽいこと言っていい感じにまとめようとしてない?」


 にとりが口をはさむが、早苗の耳には入っていないようだ。


「工藤さんたちと戦えたことは、私の宝物です!」


 早苗の保護者二人、諏訪子と神奈子も満足気だ。


「早苗もこれでまた一つ成長できたよ、ありがとな~」

「DVDにサインくれてありがとね、大切にするわ」
「おっす! みんな、集まってるな! アリスが起きたからさぁ~連れてきたんだ!」


 魔理沙が空から声をかける。アリスも一緒だ。


「……何だか迷惑かけちゃったみたいね」

「迷惑ってレベルじゃないぞ! お前! 散々酷いことしやがって! ふん! 簡単に化物に乗っ取られやがって。ホントは魔理沙を切り刻みたいとか、気持ち悪いこと思ってたんだろ!」


 にとりがアリスのいる上空に向かって吠える。アリスと魔理沙はゆっくりと着陸した。


「にとり……悪かったわ」

「まあまあ、悪いのは蛭子だし、そんぐらいにしてやんなよ」


 諏訪子が間に入った。


「……お前の指示でぶっ壊したモノやら人やら、きっちりなおして詫び入れたら、まあチャラにしてやらなくもないけどな」

「……もちろん、全力を尽くすわ」


 そういえば……と魔理沙が神社を指差した。


「霊夢のやつ、今まで何やってたんだ?」

「あんたらが、勝手に盛り上がってるから、出ていくタイミング見失ったのよ!」


 社のふすまが勢い良く開かれて、紅白の衣装をきた少女が飛び出してきた。


「おっ! こいつが噂の巫女さんか」

「なんか派手ですね……」


 工藤たちが物珍しそうにする。


「それでずっと神社に引きこもって、テレビ見てたのよ」

「なんだよ、それだったら助けてくれたっていいじゃん!」


 魔理沙が口をとがらせる。


「私もたまにはのんびり休むわ。それで、〈異変〉も終わってテレビもつまんなくなってきたから……」


 霊夢は居間のテレビを指した。


「そういやテレビって今どんなのやってんだ?」


 工藤が博麗神社の居間を覗くと――

『善なる霊は来たれーーーーーーー! 悪霊は去れーーーーーー!』

『きゃー! みすちー!』

『みすちー!』


 ミスティア・ローレライのけたたましい歌声が響き渡った。


「ご覧のとおりの歌番組よ。あとは早苗が持ち込んだ「コワすぎ!」のDVDね」

『放送の途中ですが、ここで山のメディア王こと、射命丸文の特別メッセージをお送りします! 田代さん! 工藤さん! 市川さん! さようなら~! 外の世界でもスゴイ映像撮ってくださいねー! 私はライバルがいなくなってせいせい……じゃなかった、頑張ってメディア王への道を進みまーす!  ほら、椛、あなたもなんか言ったら?』

『別に何もない! 疫病神がいなくなってせいせいする! まあせいぜい頑張れ。あんまり人に無理をさせるな!』

「これはこれで、息があっている、ということなんですかね」


田代がぽつりと呟いた。テレビは文と椛のやかましい言い合いをずっと放映していた。工藤たちも苦笑いするしかなかった。霊夢も呆れ顔をして言う。


「放送の私物化ってどうなのかしらね。さて、案内するわ。ついてきて」


 外に還る時がきた。早苗は手をぶんぶん振り回して別れを惜しんでる。にとりもちょっぴりだけ寂しそうだ。


「じゃあな、お前ら! 『コワすぎ!』シリーズはまだ終わんねえからよ! いつか、お前らも見ることがあるかもよ!」

「その時はまた『コワすぎ!』が幻想になってるってことですよね?」


 市川の冷たいツッコミが閃く。


「うるせえなクソアマがこら! こういう時は嘘でもこーゆーこと言うもんだろ!」















 ――この三人がこの世にあるかぎり、『コワすぎ!』シリーズは終わらない。彼らのいる場所が、『コワすぎ!』時空になるのだから!









終わりです。

お目汚し失礼しました


因みにコワすぎ!シリーズを一言で説明すると、口裂け女を捕獲するために深夜の住宅街を金属バット片手で徘徊してた男が最終的にウルトラマンになって世界を救うお話です

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