カチューシャ様と呼びなさい (29)

 私はカチューシャ。偉大なる地吹雪のカチューシャ。
 だけど二年前の私は偉大でもなければカチューシャでもなくて、ただの小さな女の子だった。
 その頃の私はあまりにも普通すぎてちょっと語るには恥ずかしいところもあるのだけれど
後進に道を譲るにあたって何故私が嫌われ者の尊大で厳しいカチューシャになったのかを記しておこうと思う。
 当時の私はなりふり構っていられなかったのだ。
今思えばもう少しうまいやり方もあったのかもしれないが私には力が必要だった

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 だから、あのような粛清を起こしたのだ。

 ロシアが好きで、高校では戦車道をやってソビエト戦車に乗ると決めていた私は、猛勉強の末プラウダ高校の門を叩いた。

「へぇ。おめ、かっちゃんっつのか。歓迎すよ。よろしぐ、かっちゃん」

「よ、よろしくお願いします!」

「ちびっ子だばって心配ねえはんで。みっちど練習してぐべ」

 北海道出身の私には何を言っているのか半分くらいしかわからなかったけれど、肩を叩かれて頑張れと言われているような気がしたのをよく覚えている。

戦車道チームの隊長さんは笑い皺がチャーミングな明るい人で
他の子達と比べて明らかに発育の悪い私のことも見捨てないで指導してくれた。
隊長のことを好きになるのに時間はかからなかった。

「やっぱ隊長さんは素敵よね。ほんっと憧れちゃう!」

「そう。かっちゃんが言うならきっとそうなのね」

「ノンナは違うっていうの?」

「私個人としては、隊長さんは手を抜いているような感じがしてあまり好きじゃない」

「そんなことないわよ。隊長さんはみんなが楽しめるように手をつくしてくれているわ」

「私個人の意見だから。かっちゃんがどう感じるかはかっちゃんの自由よ」

 ノンナという子とはいつの間にか行動を共にすることが多くなった。
黒い髪をまっすぐに下ろし、雪のように白い肌は恐ろしく化粧っけがないにも関わらずシミひとつ無い。
切れ長の瞳は涼しげに開かれてすっと立った鼻梁とのバランスが絶妙である。
その上身長は一七○センチオーバーで健康的な肉付きなのだから、外見において非の打ち所がない。
 私は小さいから誰からも見おろされるのだけれど、未だに見おろされるのが好きじゃない。
身長が高い人とはなるべく距離を置くようにしていたのだからノンナも例外ではない。
それでも仲良くなったのはノンナが外見通りの完璧な美少女ではなくかなり変わった性格をしていたからだ。

「んじゃ、二人組ば作って」

「はーい」

 砲撃や操縦の練習は二人組で行うことが多い。
前者は弾を撃つ人と込める人、後者は運転する人と支持する人の組だ。
 みんなが一通りの役割を果たせるように、そうすれば戦車に乗るのがもっと楽しくなるというのが隊長さんの方針だった。
組み合わせは決まっていないけれど、二三回の練習を経ればだいたい仲良しグループが固定化してくる。
私もなんとなく輪の中にいた。
その外にいたのがノンナだ。
孤高といえば聞こえはいいが、二三回の練習で仲良くなるどころか孤立を深めた変わり者である。
私が「組む相手がいないの?」と聞けば「誰も私についてこられないの」と悲しそうに答えた。
この受け答えだけで対人能力に難があることがわかったから
私は放っておけなくて「一緒にやろう」と微笑みかけた。
これがノンナとの出会いになる。

 誰もついてこられないという意味はすぐにわかる。

「ん」

「すごい、またど真ん中!」

「普通にしてるだけ」

 砲撃は百発百中。

「次は右、その次も次も右」

「ん」

「完璧だわ!」

 操縦も上手だったのだけれど

「次はどっちに行けばいい?」

「えっと、あ、うー」

「ちょっと! 早く言ってくれないと!」

「ひ、左!」

「左ね。わかったわ!」

 刹那、大きな衝撃が私達を襲いガス噴出音が聞こえた。
自動判定システムが白旗を上げたのだ。
模擬戦闘で車長を務めたノンナはポンコツという他なく
それまでのクールな印象はどこへやらで終始慌てていた。
私はそれを好ましく思ったが周りはそうでもなかったようで
キツイダメ出しをしていたようである。
花を摘みに行くといって退去した彼女はその日戻ってくることがなかった。

「こんなとこにいたのね」

「あ、えっと」

「かっちゃんでいいわ。みんなそう呼んでる」

「かっちゃん、探しに来てくれた?」

「まあそうね。いきなりトイレにいくって言ってずっと戻ってこないんだもの。探すわよ」

「ごめん」

 校庭の片隅、薄汚れた倉庫の影でノンナは震えていた。
大きな体を小さく丸めて、白雪のような頬には一筋の湿った線が引かれている。
ショックだったのだろう。
自分が高い能力を持っていると思っていればこそ、失敗は心に突き刺さる。
私達はまだ中学を出たばかりの小娘だったのだからなおさらだ。

「ノンナ、私はね、こんな体よ。小学生の頃から身長が伸びなくなったの。
だから体力がなくて装填手なんて絶対無理。操縦も椅子に座ったら脚が届かないわ。
ロシアの戦車が好きだからここに来たけれど戦車道っていう競技に向いてないこの体を呪いたいわよ」

「なんか、ごめん」

「謝らないで。でもそうね、ノンナみたいな体だったらなと思うことは実のところよくある。
けど仕方ないじゃない。私は私なんだから、私にやれることをやるしかないの。
ノンナも同じよ。ノンナがやれることをやるしかないのよ」

「私が、やれること」

「誰もついてこられないくらい砲撃も操縦も上手いじゃない。
ちょっと指示を出したり反射的に考えるのが苦手なだけでしょ」

「そうかな」

「そうなの。それで私、実は作戦を考えたり指示をだすことは得意なのよ。
小さいし体力もないから人にやってもらうことは上手くなったの」

 視線を地面に落として縮こまっているノンナに手を差し出して私はこう言った。

「ねえノンナ、私達、いいコンビになれると思わない?」

 ノンナは切れ長の目を見開いて私を見上げてくる。
しばしの逡巡の後、真っ白で大きな手がおずおずと握り返してきた。
私は固く手を握って私より遥かに大きい質量の彼女を立ち上がらせようとしたけれど、勢い余って後ろにひっくり返ってしまう。

「いったた……」

「大丈夫?」

「これくらい平気よ。それで、よかったら立ち上がらせてくれると嬉しいわ」

「あ、うん」

 大きな体の彼女は、私のことを力強く引っ張りあげてくれた。
立ち上がって並ぶと目線はとても遠い。
私はおもいっきり見上げて「よろしく」と言った。ノンナも顎を引いて「よろしく」と返した。

「ノンナ覚えてる?」

「覚えてない」

「まだ何も言ってないわ」

「どうせ私が指示を失敗した話だもん」

「覚えてるじゃない」

「あ……かっちゃんは意地悪ね」

 プラウダの学園艦にはロシア料理を学生向けのファミレス価格で提供する店が存在していて、
私とノンナもよく通っている。その日もペリメニとボルシチに舌鼓を打っていた。

「それで、隊長さんが手を抜いているってどういう意味なの? 何か論拠があるんでしょう」

「うん、先輩たちが言ってたけど隊長さんは中学の時結構有名な選手だったらしい。
一年の時からレギュラーだったけど隊長になってから練習内容をガラッと変えたって。
プラウダは強豪と聞いていたから、私は正直ヌルいと思っている」

「すべてのポジションを知ることは指示を出す側にも受ける側にもプラスになるわ。
長期的に見れば間違っていない」

「それはそう。だけど高校三年間、
それも三年の夏で引退だから二年半しか時間がないのに、そんな悠長なことでいいの?」

「確かにそうね」

「だから手を抜いているような気がすると私は思う」

 ノンナは口元を拭いながらそう言った。
口数の少ない彼女がここまで話すのは珍しい。
私は隊長さんのことが好きで尊敬しているけれど、
言われてみれば楽しい練習が試合での勝利に直結するのか疑問に思えてくる。

「出よう」

「そうね」

 ノンナに促されて店を出ると夜の空気が肌に冷たかった。
早めの夕飯のつもりで入店したが、だいぶ話し込んでしまったようだ。
私とノンナは同じ学生寮に住んでいるから同じ方向に歩いて行けば、
彼女は私に合わせてゆっくり歩いてくれる。

「そろそろ大会」

「そうね、組み合わせはまだ決まってなかったと思うけど」

「黒森峰とは当たりたくない」

「同感だわ。たしか八連覇だったかしら」

「ん、それに私たちの世代には西住まほがいる」

「天才って言われてるのよね」

「実際はわからないけど、経験値はあると思う」

 それきり会話が途切れて、道路と靴が触れ合う音だけが聞こえた。
沈黙は苦ではない。ノンナ相手ならなおさらだ。
 この時の私は勝てなくても楽しんで戦えばそれでいいと思っていたので、
ノンナの話をまじめに聞いていなかった。
だから練習内容に不満を持つこともなかったし、
ノンナはノンナで無口な子だから先輩に意見するなんてことがあるはずもない。

 全国大会は特に予選などもなく参加できる。
参加している学校が少ないのだ。

「なんとか試合メンバーに入れてよかったわ」

「普通にしてただけ」

「あなたはそうでしょうけどね、まったく」

 ノンナは事も無さげだけれど私は結構苦労した。
学校としての参加は簡単でもマンモス校のプラウダで試合メンバーに入るのは大変なことで、
まして私は一年生なのだからその難易度は推して知るべし。
私は体力の無さを戦術の一点突破でカバーしなくてはならないので
指揮官としての能力を継続してアピールする必要があった。
指揮官の能力をどのように見るかといえばつまるところ練習試合の結果である。
ノンナと常に組んで臨むこともできたけれど
それではノンナの天才的な砲撃センスに頼った結果と見られかねないから、
私は空席に入る形で練習をこなしていった。

「いいコンビになれる、とかいったくせに」

「仕方ないでしょ。強くアピールしたかったのよ」

 しばしの沈黙の後

「これから組めるならそれでいい」

と彼女は言ったので

「そう、よかったわ」

と返した。

 大会は目立った番狂わせもなく進み、
プラウダ、サンダース、グロリアーナ、そして黒森峰が四強に残った。
私は試合が進む中でも戦術の勉強をし、ノンナも実践の中で砲撃技術に磨きをかけていった。
準決勝の相手は黒森峰、件の天才西住まほは一年生ながら私たちと同様選手として登録されている。

 「相手だって同じ人間、やりようはある」

と言った隊長さんの顔が忘れられない。

「胸ば借りるつもりで、戦車に乗るごどば楽しむべし」

その言葉に私たちは頷いたのである。
 試合は黒森峰優勢で進んだ。
相手の練度は高く真正面からの戦闘では勝ち目がないことは明白、
戦車の性能でなんとか保っているがこのままではじわじわと削り殺されるのが私にはわかった。

「隊長、意見を言っても」

「なした?」

「捨て石を使います。本隊は離脱し布陣して、継続的に囮を出し誘導、
フラッグ車をキルポイントに誘い込んで蜂の巣にしてやりましょう」

 この作戦に自信はあった。
黒森峰のドクトリンは見敵必殺。
つまり囮での誘導が効きやすい相手だからだ。
一時的に戦力は減るが削り取られるだけの状況を脱し、
かつ逆転の芽を作れるのだからこの策が最善だと私には思えた。
しかし隊長さんの答えは意外なものだった。

「却下」

「何故です!?」

「捨て石はダメだ。みんなで勝だなくちゃまいんのよ」

 静かな口調だったけれど、有無を言わさない重みを感じた。
私はそれきり何も言えなくなってしまう。

 私の予想通りプラウダ高校は敗北した。
頭のなかにはノンナの

「隊長さんは手を抜いているような感じがしてあまり好きじゃない」

という言葉がリフレインしていた。
 黒森峰が強いことはわかっていたので、チームメイトたちはそれほど落ち込んではいないようだった。
準決勝まで行ったのだから大したものだ、そういう空気を感じた。
一生懸命戦って楽しかったよね。そんな声も聞こえた。
 何で? どうして? 皆悔しくないのか、あの試合は勝てたかもしれないと、そうは思えないのか。

「私は悔しいわよ」

「そうね、かっちゃん」

 ノンナも悔しそうにしていた。あまり表情には出ていないけれど、私にはわかった。

「ノンナ、楽しさってなんなのかしらね」

「難しい」

「私は勝ったほうが楽しかったわ。少なくとも、この負け方は楽しくない」

 三年生はそのまま引退した。
私は最後に隊長さんから呼びだされた。
なんだろうと思ったら引き継ぎだと幾つかの資料を渡される。

「かっちゃん、あん時は悪がったな。おめの話ば聞がねくて。
したけど、おめの作戦でも勝つのは難しがったと思う」

「隊長」

「まあ聞いでけ。おらはさ、皆にいい思い出を作ってあげたがったのさ。
知ってるがもしれねえけど、おらもそれなりに将来ば期待されでらった選手だった。
勝づごどが全てと思ってらった時期もあったのさ。
実際二年前のプラウダだば、効率主義の練習ばしてらったさ」

 隊長さんは私に背を向けてそう語った。
私は、その先に何があるのか気になって、清聴していた。

「んだばってさ。それでも黒森峰さは勝でねえのよ。
勝づために苦しい練習ばりして、それでも勝でねえんだば、何のために苦しむんだが、わがんねっきゃ。
だったら最初っから勝づごどを目的にせず、楽しむごどを目的にするほうが良いんでねえがな、
って、おらは隊長になる時考えだんだよな」

「実際、みんな悔しがってねがったっきゃ。
それは自分の実力相応の結果だど思ってるがらさ。
かっちゃんやノンナちゃんから見れば腐ってるがもしんねえけどな。
んだけど、みんなはみんなで実力相応に楽しんだというごどだのさ」

「かっちゃん、おめの作戦さは光るものがあった。
チームの実力がもっと高がったら、十分勝ぢが見えでらったかもわがんね。
あそこでおめの作戦ば採用さねがったごどに後悔はしてねえけど、
もっと厳しく練習して実力ばつけでれば、って考えでまるんだ」

 隊長さんは滔々と語る。
私は色々な疑問が解消されていくのを感じた。
同時にたった二歳違うだけで自分の考えというものを確立している隊長さんを凄いと思ったし、
それを見抜いていたノンナのことも凄いと思った。

「黒森峰さ勝づごどがら逃げで楽しさという綺麗事ば喋ってだおらは、
結局悔しさからは逃げられねがった」

 それが隊長さんの辿り着いた答だったのだと思う。
さて、と前置きして隊長さんは振り返った。

「かっちゃん、次の隊長はおめだ。
おらだら力足りねくて、優勝ば諦めでみんなで戦車道ば楽しむのを目標さしてきた。
したけど、おめだば力あるがら、あの西住流だって倒せるがもわがんね」

 隊長さんの温かい手が私の頭に置かれた。
私は顔を上げられない。
そんな期待されるような人物じゃないです
とは、とても言えない。

「重荷ば背負わせるみてえで悪いばって、おらだぢの夢、叶えでけ」

「はい」

とそう答えたつもりだけれど、うまく声が出たかどうかはわからない。
その日から私は隊長になった。

 隊長さんの最後のお願いは私にとっても望むところだったのだけれど、
今のぬるま湯につかった連中、
特に現二年生にそのままきつい練習をさせても要らぬ反発を生むだけだと考えた。

「ノンナ、私はプラウダを勝てるチームにしたい。
そのためにどんなことでも協力しろと言ったら、してくれる?」

「もちろん」

 即答だ。ありがたいことである。私には考えがあった。

「いいんじゃない」

「自信はないけど」

「支える。大丈夫」

 隊長に就任して間もなく、私はみんなの前で演説を行った。
演説というのは歴代の隊長が行ってきた伝統である。
ただし私がした演説の内容は、伝統に則したものではなかったと思う。

「いい? 私のことはこれから偉大なるカチューシャ様と呼びなさい」

「私が隊長になったからにはビシバシいくわ。来年は絶対に優勝する。そのためならなんだってする所存よ」

「ああそれと、不平不満を漏らす者、私が気にいらないと思った者は問答無用で粛清するから、
きつい練習について来られないなら今のうちに出ていくことね」

 ノンナを引き連れて、私は宣言する。その日私はカチューシャになった。

 粛清は口先だけではなく実際に行った。
戦闘中にサボタージュなどされてはかなわないし、士気にも関わる。
最終的に上級生と同期の大半はチームから去ることになった。

「だいぶ戦車が空いてしまいましたね」

「仕方がないわ。ここからはじまるんですもの、気にしちゃいられない」

「そうでした。ねえカチューシャ」

「なに?」

「来年も、再来年も、勝ちましょう」

 ノンナはそう言った。目と目が合う。私達は同じ気持なのだから

「当たり前でしょ」

と答えた。

「ああそうだ、威厳を出すために肩車なんてどう? 皆を見下ろすのって気分良さそう!」

「別に良いですけど、それ自分の欲望が入ってません?」

「うるさいわね、やるったらやるのよ!」

「とんだ暴君ですね」

 その後私たちは優勝を経験する。
相手のミスに救われた形ではあったけれど、
それも含めて実力だと私は思っているから誇れる優勝だ。

 私の方法論は間違っていなかったと確信し、
更に一年修練を積んで臨んだ最後の大会で手ひどくやられ、
勝つだけではない戦車道の楽しさに気がつくのはまた別の話。

隊長さんの意志を本当に受け継ぐことができたのは、
三年の全国大会が終わったあとになる。
そのお話は既に知っていると思うからここでは話さないことにする。

ガルパン捏造小説
「カチューシャ様と呼びなさい」


おしまい



改行気をつけましたが長台詞が多く、読みづらかったら申し訳ありません
お付き合いありがとうございました

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