THE IDOLM@STER OVER WORLD (52)

このSSは765といくつかの他作品のクロスSSです。
どちらかというとシリアスめなストーリーで
書き溜めは二章分程度してあります。
混沌とした感じになるかもしれませんが、それでも良いという方は読んで頂けると幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1469256822




「それじゃあ、これからも!」
「生っすかサンデーを」
「よろしくお願いしますなの!」


三人の挨拶が終わると同時に、歓声が会場を包む。
彼女達が舞台袖に移ってもそれはしばらく続き、退場や物販等のアナウンスが流れ始めてようやく収まった。
ただでさえ広いとは言えない地方ホールに立ち見客まで入れたというのに、出入口は混雑することもなく、皆きちんと列を作っている。


「お疲れさま、三人とも良かったぞ!生っすかサンデー出張版、大成功だな!」


プロデューサーが歩み寄り、彼女達に水を手渡す。
舞台袖は空調があまり効いていないせいか、彼は上着を脱いで肩にかけている。
その水を、礼を言いながら受け取る彼女達の笑顔は、ステージ上のそれとはまた違ったものだった。


「私達……こんなことをしていていいのかしら」


一息ついた後、最初に口を開いたのは意外にも千早だった。
 その呟きに、半ば呆れたかのようにも聞こえる口調でプロデューサーが答える。


「こんなことってなぁ千早、いくらお前が歌が大事だって言っても前にも言ったように、バラエティだって大切な仕事だぞ」
「いえ、そうではなく……」
「じゃあ何だ?」
「今って、戦争中ですよね?」

その言葉に、美希は「それがどうかしたの?」と言わんばかりのキョトンとした顔。
春香は「それは思い出したくなかったなぁ」というような少し苦い顔をした。


「ああ。だからこそアイドルとしてできることを精一杯やること、それがファンの心を少しでも和らげることに繋がるんじゃないか?」
「そう……でしょうか」


千早の様子を見かねてか、美希が口を開く。


「大丈夫なの!連邦軍も公安局も、いざとなったら学園都市だってあるの、戦争なんて心配しなくていいと思うな」
「そうだよ千早ちゃん!連邦軍には律子さんだっているんだし、公安局は……よくわからないけど、学園都市には超能力を使える人がいっぱいいるらしいし!」


それに続いて春香もフォローを入れるが、千早の顔は浮かないままであった。


「腐敗した世界政府、機械任せの治安維持組織、本当に中身が存在するのかもわからないような機密独立自治特区、どれも信用に足るものとは思えないのだけれど……」


千早の言葉に反論できるだけの知識が二人にあるわけでもなく、「そんなことない」と笑い混じりに言えるだけの各組織への信頼を持っていると言うわけでもなく、結果的に二人は、視線を彼に向けることしかできなかった。
その当人は、溜息を吐きながらも口を開く。

その当人は、溜息を吐きながらも口を開く。


「確かに千早の言う通りかもしれないな。絶対に安全だなんて言い切れない、戦争だしな。実際に会場が襲われたりしたら、ファン全員を逃がしきることなんて不可能だろう」
「だったら……」
「だったら何だ。『もしかして』の為に、来てくれたファンを追い返すか。それとも、お前が戦場に出て戦うか」


プロデューサーの鋭い返しに、千早は言葉に詰まったのか、半分は残っているミネラルウォーターを一気に飲み干し、息を吐いた。


「お前達はお前達にできることをすればいい。その結果どうなろうと、それはおまえ達の責任じゃない。それにな……」


プロデューサーは一度言葉を途切り、一層真剣な眼差しで口を開く。


「何があろうと、お前達のことは俺が絶対に守る!……なんてクサいか」


その言葉に三人は顔を赤らめた。
誰が見ても彼女達が彼に気があるのは明らかなのだが、当の本人は微塵も察している様子はない。


「さすが美希のハニーなの!24時間守ってもらうために、ずっと一緒にいて欲しいって思うな!」
「ちょっと、美希!抜け駆けずるいよ!プロデューサーさん!春香さんの護衛なら三食昼寝付きですよ!」
「昼寝したら護衛の意味がないと思うのだけど……、それよりプロデューサー、独り暮らしのアイドルが優先だと思いませんか?」


ここぞとばかりのアピールラッシュにも彼は全く動じることはなく、


「わかったわかった。それじゃあ皆、早めに送迎車に戻るぞ、ここから事務所まで結構あるからな」


と、事務的な対応を返した。
それに対し彼女達もやや不満そうな顔を浮かべながらも返事をし、送迎車へと向かう。

 いつも通りといえばいつも通りのそんな昼下がりなのであった。



「ふー、疲れたぁー」
「外、あっついのー」


彼女達が送迎車に乗り込むと、既に車内は冷房がかかっており、機械的な冷気が彼女達の汗を乾かした。

『速報です。度重なる現状の科学では説明のできない事件、
通称、超能力テロへの対策の為、地球連邦軍極東支部はつい先程
対能力特殊部隊 F.U.L.L の創設を宣言しました』

 車載テレビから流れる戦争関連のニュースに、彼女達の視線は集中する。
 先程のプロデューサーの言葉を理解できなかったわけでも信用できなかったわけでもないが、不安が全て無くなったというわけでもなかった。
特に美希の場合は、千早とプロデューサーの会話で戦火にいつ巻き込まれるのかもわからないという自覚が芽生えてしまったようであった。


『尚、地球連邦軍の責任追求に対し、独立自治区学園都市は超能力テロへの関与を未だに一切否定しており、
日本政府及び地球連邦軍と学園都市の対立は一層深まることと思われます』


「ほら、やっぱり学園都市なんて自分達以外はどうなってもいいんだわ」


千早の呟いた一言で、再び重い空気となった車内。
たが、そこに彼が入ってきたことにより車内の空気は一変した。



「よっと、何だお前ら。ニュースなんて見てんのか。アレかけようぜアレ、響と貴音の新曲」


 プロデューサーがディスプレイをCDに切り替え、自前のCDを挿入する。
車載テレビはF.U.L.Lの隊長が記者会見をするという直前で途切れてしまった。

「あっ、あれいい曲ですよね!響ちゃんの活発な感じと貴音さんのミステリアスな感じが上手く合わさってるっていうか……」
「そ、そーなの!キャットパンチ?って感じなの!」
「まさか美希、ベストマッチって言いたいんじゃ……」
「そうそう、それなの!」
「嘘でしょ……」


多少会話がぎこちないとはいえ、彼のアイドル達への影響力がとても大きいことは確かなことで、彼が来たことにより、アイドル達は心から束の間の休息を楽しめるのであった。



「プロデューサー、到着はまだでしょうか?」


移動中の車内。
千早に揺すられ、プロデューサーは目を覚ました。
眠い目をこすり、あくび混じりに千早に尋ねる。


「ん?そろそろだろ。どんくらい経った?」
「もう三時間は経っています」
「三時間!?もうとっくに着いてるはずだぞ!」


プロデューサーの大声で春香と美希も目を覚ます。
眠りを妨げられるのが嫌いな美希はあからさまに顔をしかめている。


「着いたんですかぁ?」
「うー、ハニーうるさいの……」
「すまん、二人共。だがおかしいんだ、もうとっくに着いてるはずだっていうのに」
「あの……プロデューサー」
「どうした、千早?」


プロデューサーが振り向くと、千早はカーテンを開け、窓の外を指さしていた。


「あの……行きにトンネルなんてありましたっけ?」
「トンネル?」


プロデューサーが窓から外を覗くと、そこにあったのは灰色の壁とオレンジ色の電灯が延々と過ぎて行くだけの景色であった。


「どうなってる……、運転手さん!渋滞か何かでルート変更しましたか?」
「いえ、予定通りです」


運転手は平坦な声で答える。


「こちらの予定のね」



そう言った直後、同乗しているスタッフ全員が拳銃を取り出し、プロデューサーとアイドル達に向けた。

「嫌ぁ!」
「なんなのなの!」
「何しやが……」
「黙れ!お前を[ピーーー]なという命令は出ていない。目的地までじっとしていろ」


プロデューサーの言葉はスタッフであった男の一人に遮られ、その眉間には拳銃が強く押しつけられる。


「何が目的だ」
「星井美希、彼女の身柄を確保させてもらう」
「美希こんな人達知らないよ!」
「悪いがアイドル達は渡せない」
「許可を貰う必用はない。邪魔をすればお前と残り二人の命はないと思え」
「……そうかよ」


プロデューサーは小さく舌打ちをすると、席に座り直し、口を閉じてしまった。


「ハニー!助けてよ!美希、こんな人達に拐われるなんてやだよ!」
「……」
「ハニー!ねぇ、ハニーったら!」
「……」
「美希のこと絶対守ってくれるんじゃなかったの!」
「うるせぇ!!!」


プロデューサーが発した叫び声に、アイドル達は凍りつく。
春香は顔をひきつらせ、美希は涙を流していた。

saga忘れてました申し訳ない

そう言った直後、同乗しているスタッフ全員が拳銃を取り出し、プロデューサーとアイドル達に向けた。

「嫌ぁ!」
「なんなのなの!」
「何しやが……」
「黙れ!お前を[ピーーー]なという命令は出ていない。目的地までじっとしていろ」


プロデューサーの言葉はスタッフであった男の一人に遮られ、その眉間には拳銃が強く押しつけられる。


「何が目的だ」
「星井美希、彼女の身柄を確保させてもらう」
「美希こんな人達知らないよ!」
「悪いがアイドル達は渡せない」
「許可を貰う必用はない。邪魔をすればお前と残り二人の命はないと思え」
「……そうかよ」


プロデューサーは小さく舌打ちをすると、席に座り直し、口を閉じてしまった。


「ハニー!助けてよ!美希、こんな人達に拐われるなんてやだよ!」
「……」
「ハニー!ねぇ、ハニーったら!」
「……」
「美希のこと絶対守ってくれるんじゃなかったの!」
「うるせぇ!!!」


プロデューサーが発した叫び声に、アイドル達は凍りつく。
春香は顔をひきつらせ、美希は涙を流していた。

そう言った直後、同乗しているスタッフ全員が拳銃を取り出し、プロデューサーとアイドル達に向けた。

「嫌ぁ!」
「なんなのなの!」
「何しやが……」
「黙れ!お前を殺すなという命令は出ていない。目的地までじっとしていろ」


プロデューサーの言葉はスタッフであった男の一人に遮られ、その眉間には拳銃が強く押しつけられる。


「何が目的だ」
「星井美希、彼女の身柄を確保させてもらう」
「美希こんな人達知らないよ!」
「悪いがアイドル達は渡せない」
「許可を貰う必用はない。邪魔をすればお前と残り二人の命はないと思え」
「……そうかよ」


プロデューサーは小さく舌打ちをすると、席に座り直し、口を閉じてしまった。


「ハニー!助けてよ!美希、こんな人達に拐われるなんてやだよ!」
「……」
「ハニー!ねぇ、ハニーったら!」
「……」
「美希のこと絶対守ってくれるんじゃなかったの!」
「うるせぇ!!!」


プロデューサーが発した叫び声に、アイドル達は凍りつく。
春香は顔をひきつらせ、美希は涙を流していた。


「俺はお前らの親でも何でもねぇんだ!プロデューサーとアイドル。ビジネスの関係なんだよ!アイドルが一人二人拐われようと知ったこっちゃねえ!俺は自分の命を選ぶ!」
「嘘……嘘でしょハニー、ハニーはハニーはそんなこと言わないの」
「ハニー、ハニーうるせぇんだよ。俺はお前の恋人か?違うだろ?黙って拐われろ、ここで俺達が死ぬよりお前一人が拐われた方が事務所の損失としても軽微だ」


まるで人が変わってしまったかのような彼に、春香が叫ぶ。
拳銃を向けられているのも今の彼女にはどうでもいいことだった。


「プロデューサーさん!正気に戻って下さい!」
「俺はいつだって正気だ、春香。むしろここで抵抗する方が気が狂ってる」


プロデューサーの冷酷な言葉に、春香はただ、ぱくぱくと口を動かすことしかできない。


「くくく……はっははははは」


やり取りを聞いていた男の一人が、片手で顔を覆い笑いだした。
その不快な笑い声が癪に触ったのか、プロデューサーが男を睨み付ける。


「何が可笑しい」
「いやな、随分薄情な奴だと思ってな」
「当たり前だ。こいつらの面倒を見ているのはビジネスだ。お前らだってそうだろ?」
「よくわかってるじゃねえか。俺達だって好き好んで誘拐なんてしてる訳じゃねえ、金をもらうため、そうさ、生きるために仕方なくやってるんだ」
「そうか」


「だが、[ピーーー]」

「……は?」






「くくく……はっははははは」


やり取りを聞いていた男の一人が、片手で顔を覆い笑いだした。
その不快な笑い声が癪に触ったのか、プロデューサーが男を睨み付ける。


「何が可笑しい」
「いやな、随分薄情な奴だと思ってな」
「当たり前だ。こいつらの面倒を見ているのはビジネスだ。お前らだってそうだろ?」
「よくわかってるじゃねえか。俺達だって好き好んで誘拐なんてしてる訳じゃねえ、金をもらうため、そうさ、生きるために仕方なくやってるんだ」
「そうか」


「だが、死ね」

「……は?」


会話で力の抜けた男の腕を捻り、銃を奪い、蹴り飛ばす。
アイドル達に銃を向けていた男達が咄嗟にプロデューサーに銃を向け直したが、それと同時にプロデューサーが放った弾丸が彼等を撃ち抜いた。


「てめぇっ!」


異変に気づいた運転手がプロデューサーに向けて連続で引き金を引く。
すると、プロデューサーは最初に蹴り飛ばした男の襟を掴んで、持ち上げると全ての銃弾をその男の体で防いだ。


「ば……化け物!」


運転手が拳銃を投げ捨て、車体を揺らそうとハンドルを持ち直す。
だが、それをプロデューサーが許すはずもなく、彼の放った弾丸が運転手の両手を撃ち抜いた。


「これでハンドルは握れないな、潰れたトマトになりたくなかったらブレーキを踏め」
「わ、わかった!」


車は急ブレーキで停止した。
 両手から血を流す運転手に、プロデューサーが歩み寄り、眉間に銃口を突きつける。



「誰の依頼だ」
「し……知らねえよ」


乾いた銃声の後に、運転手が悲鳴をあげる。
 プロデューサーが運転手の左脚に発砲したのだ。


「次は右足だ。正直に言えば一本くらい残してやる」
「がっ……学園都市だ!そこの美希って言う子に適性があるとかなんとか!少し後ろから学園都市の部隊と輸送車も来る!いくらお前が強くても、あいつらを相手にするのは無理だ!お……俺がいれば交渉ができる!だから!殺さ」
「そうか、ご忠告ありがとさん」


再び銃声が響くと、運転手はハンドルに倒れこんだ。
運転手の体に押され、けたたましいクラクションが鳴り響いたが、プロデューサーがドアを開け、死体を外に蹴り出すとクラクションは止み、車内に静寂が戻った。


「一本残ったろ、良かったな」



数分前までとは明らかに目つきを変えたプロデューサーがアイドル達に歩み寄る。
その間にも彼は床に転がる男達の死体に数発ずつ弾丸を撃ち込む。
その度に、暗い車内をマズルフラッシュが照らした。


「イヤ!こないで!こないでほしいの!」


美希が怯えきった顔で叫ぶ。
プロデューサーは美希の目の前まで来ると、拳銃を投げ捨て、膝を床につけ、続いて手をつけると、最後に頭を床につけた。


「すまなかった、美希!あいつらを欺く嘘とはいえ、あんなことを言ってしまって!」
「顔をあげてくださいプロデューサーさん!結果的に美希も私達も助かったんだし!ねぇ、千早ちゃん!」


美希ではなく、真っ先に春香が口を開く。
話を振られた千早は、何故かきょとんとしていた。


「えっ……ええ、私は最初からわかっていたのだけれど」
「えぇ!?そうなの!?なんで、千早ちゃん!?」
「だってプロデューサー、ずっと痛いほどに右手を握りしめていたもの」
「ははは……千早にはお見通しだったか」


そう言ってプロデューサーが右手を開くと、そこには血に染まった深い爪の跡があった。


「だ、大丈夫ですかプロデューサーさん!?今、絆創膏だしますね!」
「ありがとう春香、にしても千早、よくわかったな。千早の席から俺の手は見えないだろ」
「はい、でも肩の強張りかたを見ればすぐにわかりました。それに私はプロデューサーがなんの考えもなしにあんなことは言わないと信じていましたから」
「そんな~、わ、私だって信じてましたよ!」
「おもいっきり顔ひきつってたじゃない、春香」
「そ、そんなことないよー!ね!美希?」


春香が美希に会話を振るが、美希は未だに膝を抱えて震えているままだった。


「美希、どうしたの?」
「どうした?春香こそどうしたの……?怖くないの?ハニー、ううん。プロデューサーは人をいっぱい殺しちゃったんだよ?最後の人なんて殺さないでって言おうとしてたの」


少しの沈黙の後、春香が口を開く。


「うん、それで?」



「えっ」
「プロデューサーさんは私達を助けてくれたんだよ?美希はプロデューサーさんがいなかったら今頃拐われてたんだよ?」
「みっ……みきは……」
「そこまでにしろ、春香」


詰め寄る春香をプロデューサーの手が制する。

「プロデューサーさん……」
「怖くて当たり前だ。俺が人を殺すところを間近で見たんだからな、ごめんな、美希」
「美希……わかんないの、ハニーは優しくて.……人を傷付けることなんて、絶対しなくて……」
「でもな、美希。ああいう奴らは放っておいたらまた何度でも同じことを繰り返すんだ。それは、美希のような思いをする人がもっともっと増えるってことだ」
「うん……」
「それを止める術は……俺は一つしか知らない、すまなかった」
「……」


再び黙りこんでしまった美希に、プロデューサーは軽く微笑むと、千早に顔を向けた。


「千早は、大丈夫なのか?俺が怖くないのか?」
「怖くない……と言えば嘘になります。ですが、プロデューサーがすることはいつも理にかなっています。それに、私はプロデューサーはいつでも私達のことを思って行動してくれていると、信じていますから」
「そうか、ありがとな。千早」


プロデューサーが軽く千早の頭を撫でる。
千早は顔を少し赤らめているが、反対に春香は膨れっ面でそれを眺めていた。


「よし、あまりぐずぐずしてもいられないな。あいつの話だと別動隊のようなものが後ろから来ているらしい。このまま車で逃げてもいいが、行き着く先がどこかわかったもんじゃない。トンネルなら非常口があるはずだ。降りてそこから逃げよう」
「「わかりました」」
「……」
「俺が降りて、周りを確かめてくる」


そう言うと、プロデューサーは死体の一つから拳銃を拾い上げ、車の外へと出た。
その直後ーー

今更ですが(というか誰も読んでないとは思いますが)
このSSは下手な地の文が多い上、鉤括弧前にもキャラの名前がないなど、一般的なSSの文体とは異なりますのでご了承ください。



「流石だな、765プロのプロデューサー」


一瞬のうちに車の前方と後方、両側を白いのっぺりとした仮面を被った黒ずくめの兵士達が挟み込んでいた。
縦の長さは顔の二倍はあるかというようなその仮面は、 全体が携帯電話のLEDデコレーションのようにカラフルに発光しており、何かの模様を描いている。


「……っ、学園都市か!?」
「いかにもだ、プロデューサー君。いや、大佐」


隊長らしき兵士の言葉に、プロデューサーは眉をピクリと動かすと、拳銃を向けた。


「お前ら、俺の何を知っている」
「さてね、少なくとも君がいた部隊のことくらいは」
「黙れ!」


仮面部隊の隊長に向かって、プロデューサーが引き金を引く。
すると、隊長は自ら動くこともなく、仮面の中心部からまるで生きているかのような翼を発生させ銃弾を弾いた。


「さすが学園都市、ヘンテコなものを使いやがる」
「褒め言葉と受け取っておこう、大佐」
「アイドル達の前で、その呼び方をするな」
「あらあら、お怒りだ」




車内では春香と千早が様子を伺っていたが、美希は膝をかかえたまま、未だに動かない。


「学園都市のオーバーテクノロジー……本当に実在したのね」


千早が窓から外を覗きこむようにしながら、感心したような声をあげた。


「そんなことより、プロデューサーさんを助けないと!よーし、こうなったら落っこってる拳銃で!」


血に染まった拳銃を拾い上げようとする春香を、千早が制止する。


「やめておきなさい、拳銃でどうにかできる相手じゃないわ。春香も見たでしょう、あのCGみたいな翼がプロデューサーの弾を弾くのを」
「プロデューサーの玉……」
「春香」
「なんでもないです。じゃあどうするの?」
「そうね……」


千早は春香に美希の方を軽く目配せすると、手を口にあて耳打ちをした。


「こう言ってはなんだけれど、あの兵士達の目的は美希、つまり美希がこっちにいる限り下手に手は出してこないわ」
「ふんふん」
「つまり、美希が私達の近くにいる状態で攻撃できればいいのよ」
「ふんふんふん、なるほど……って、どうやって?」


話しながら千早はゆっくりと姿勢を低くして運転席へ歩みを進めていき、春香もその後ろを追う。


「美希のいる座席から銃を撃ってもよいのだけど、当然あの翼に防がれるでしょうね」
「さっき言ってたもんね」


運転席に到着すると、千早は運転席に座り、春香は助手席についた。


「このままアクセルを踏んで前の兵士に突っ込むっていうのもできるけど」
「美希が遠いし撃たれて終わりだよね」
「そう、だからね」


千早がギアを『R』に切り替える


「え、まさか……千早ちゃん、後ろに美希乗ってるよ」
「だからじゃない。死にはしないわ」


千早がアクセルを踏み込むと車は急バックで後方の兵士に突っ込む。




……と、いうのが千早の考えのはずだった。


「危ない危ない……アイドルにまで卑劣な手を教え込んでるのか?」



彼女達の乗った車は、車体の中心で縦に切断されており、それは後方に並んでいた兵士達の仮面から発生した翼によるものであり、その切り口はまるで専用の機械で切断されたかのように滑らかであった。


「何!?何が起きたの!?美希もう嫌だよぉ!」


衝撃に驚いた美希がふらふらと車外に出てくる。
両手で目を擦っており、周りの状況をよくわかっていないようだ。


「美希!出ちゃダメ!」
「ほう……自ら出てくるか」
「戻れ!美希!」


プロデューサーが銃を連射するが、それらは仮面の翼になんなく弾かれてしまう。


「無駄だ。そんな玩具は学園都市の技術の前では意味をなさない。捕らえろ」
「了解」


隊長が命令すると、1人の兵士がコンクリートを蹴りあげた。
まるで幅跳び選手のように跳ね上がると一瞬で美希の側に移動し、彼女を取り押さえた。


「やめて!助けてなの!ハニ……」


プロデューサーを呼ぼうとした美希の脳内に数分前の彼の姿がフラッシュバックし、そこに一つの迷いが生まれた。
そして、それは彼女自身も予想だにしないような言葉を紡がせる。




「いいよ、美希拐われてあげるの」


論理的な思考など、今の彼女にはなかった。
彼女の前頭葉を支配していたのは『恐怖』、この世で最も愛していたはずの人に対する、ただ純粋な恐怖だった。


「美希!何言ってるの!拐われたら殺されちゃうかもしれないんだよ!」
「ううん、それはないって思うな。この人さっきからずっと掴んでるけど、美希のこと怪我させないようにしてるの」
「おい、仮面野郎!学園都市は人間の心まで操るってのか!」
「学園都市にそのような技術があることは否定しない。
だが、少なくとも我々はそのような装備を持ち合わせてはいない。つまり、紛れもなく彼女自身の意思だと言うことだ」
「美希……」


仮面の男の言葉を信じた訳ではなかったが、プロデューサー自身、美希の言動の原因が自らにあるかもしれないということは自覚していた。
だからこそ、彼は諦めることなどできなかった。


「美希、怖い思いをさせてごめんな。約束する、これが終わったら俺は一切暴力を使わないし、銃なんて手にしない。だから……」
「美希ね、プロデューサーのことずっと見てきたの。だからわかるよ、今のプロデューサーの目、嘘ついてる時の目なの」


美希の言う通り、彼が言ったことが嘘になるのは明らかであったし、彼も自らが嘘を言っているこ とは自覚していた。
しかし、それを指摘されたことよりも、彼は彼女と同じく彼女の『目』を気にしていた。
彼はもう長い間彼女と時間を共にしてきたが、彼女のこんな『目』を見るのは初めてであったからだ。


「やめてくれ……、美希……そんな目で俺を見ないでくれ」


彼はこの『目』を知っていた。
その記憶を振り払おうとすればするほど、彼の大脳皮質に住み着く少女が呟く。


『アナタはここで私と死ぬの』
『死にたくなるほど生きて、生きたいと願いながら死に続けなさい』


少女の『目』は彼を見つめている、彼の『目』ではなく彼のもっと奥底を。


「やめろ……やめてくれ!」


プロデューサーが再び銃を連射する。無論、翼の前では9mm弾など無力に等しい。
だが、それは相手が兵士の場合だ。
なんの防御能力も持たない、星井美希の命を奪うには十分な殺傷能力だった。


「プロデューサーさん!?」


弾丸が美希の眼前に迫る。
だが、彼女は驚愕することもなく、妙に『納得』していた。
まるで彼に殺されることが、産まれながらの運命であるかのように。




「失望したぞ、男」


自分の聴覚がまだ機能していることに驚き、美希が声の方向に顔を向ける。
声の主は、先程まで彼女を押さえつけていた仮面の兵士だった。


「なん……で?」


兵士の仮面からは翼が発生し、美希を弾丸から守ると同時にプロデューサーの腹部を貫いていた。


「っ、……あ…………」
「プロデューサー!」
「プロデューサーさん!」


力を失い、倒れ込むプロデューサーに駆け寄る千早と春香。
美しく透き通るような声の持ち主である千早の声でさえ、動揺からか揺らいでいるのは明らかだった。


「何で助けてくれたの?」


仮面の兵士に美希が尋ねる。


「殺さずに確保しろという命令だったからだ。そしてもう1つ」
「もう……1つ?」


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」


美希の目には再び光が灯っていた。
それは一時の気の迷いだったのかもしれないし、ストックホルム症候群と似た何かだったのかもしれない。
だが、それは幼い美希の感情を動かすには十分すぎる材料だった。


「お願い、このまま美希のこと拐っていってほしいの」


美希が兵士の腕をぎゅっと掴んで呟く。
兵士が美希の腕を押さえつける必要も、もはやなくなっていた。


「だ、そうだNo.9。残りの始末は我々がやる。お前は先に学園都市に星井美希を届けろ」
「了解しました」


No.9と呼ばれた兵士は、仮面から生成した翼を鳥のように羽ばたかせると、美希をかかえて春香達の頭上を通過した。


「待って、美希!正気に戻って!」
「正気?美希だって、いつも正気だよ」


去り際に美希が発した言葉は、春香に対する返答ではなく、プロデューサーへの言葉であったのだろう。
だが、彼は倒れ込み血を流したままであり、 美希の声も、懸命に止血をしている千早の泣き声も、届くことはなかった。



「春香!美希はもういいわ、そんなことよりプロデューサーの血を!」


千早がタオルでプロデューサーの傷口を圧迫しているが、その蒼い生地はもはや赤黒く染まっており、その止血が意味をなしていないことを物語っていた。


「わかったよ!わかったけど……こんなの私達には何も……」
「そうだ、君達には何もできない。大人しくそこで彼の最期を看取ってやるといい」
「そんな……」


愕然とする春香とは対照的に、千早はまるで兵士の言葉が聞こえていないかのようにプロデューサーの腹部を抑え続けている。
彼女の瞳からは涙が溢れ、血に染まった手を濡らす。


「そこをどけ、楽にしてやる。もうじき輸送車も追いつく頃だ。運ぶ対象は変わってしまったが、死体を処理するのにもちょうどよかろう」


隊長の言葉通り、巨大なトラックが春香達の前方から走行してきた。
何やら大荷物を輸送しているようで、その荷台には巨大なコンテナが載せられている。


「やめて下さい!プロデューサーに手を出したら!」
「出したらどうする」
「私、あなたのことを許しません」


春香の眼がキッと鋭くなる。
その瞳は憎しみを超え、もはや殺意すら抱いているかのようなものだった。


「ほう、ただの小娘に何ができるというのだ。歌と躍りで我々を翻弄させてくれるとでも言うのかね?」


彼の言う通り、もはや春香に打つ手はなかった。


「ここでその男を生かしておくのは得策ではない。脅威になるとは言わないまでも少し特殊なようだからな。最後の忠告だ、そこをどけ」
「嫌です!」


両腕を大きく開き、立ち塞がる春香。


「そうか、残念だ。娘が君のファンでな、殺しはしないが少し痛い目を見てもらうぞ」




隊長は春香の襟を掴むと、まるで空き缶を捨てるかのようにトンネルの壁に放り投げた。
腕の動きに比例せず、かなりの勢いで飛ばされた春香は、全身をコンクリートに叩きつけられた衝撃に声を出すこともできなかった。


「君もだ」


続いて千早もプロデューサーから引き離されると、春香のすぐ横に放り投げられる。
彼女は痛みに顔を歪めることもなく、直後にはプロデューサーの元へと這い戻ろうとしていた。
だが、千早が彼に辿り着くことと彼の命が摘まれること、どちらが早いかは誰の目にも明らかだった。


「終わりだ、大佐」


隊長が羽を振り上げる。
霞んだ視界でそれを捉えた春香の脳内にプロデューサーとの日々が走馬灯のようにフラッシュバックする。
まるで彼が死ぬことは彼女が死ぬことと同義であるかのように。
彼の姿、声、匂い、温もり、そして『それ』までもが全て粒子と化すその瞬間。



『声』が聞こえた。

彼の声ではない。
少年のようにも少女のようにも聞こえるその声はあまりにも澄みきっていて、それが故に不気味ですらあった。


『あの人を助けたい?』


その声は、まるで春香の頭の中を1つのホールにでもしたかのように強く反響した。


『決まってる……助けたいよ!』


それに返答するのに言葉はいらなかった。
どうやら彼(彼女)には春香の思考が伝わるらしく、話を続けた。


『あなたに力をあげる。その為なら、どんな代償も厭わない?この力はあなたを本当の意味での孤独に陥らせるかもしれない、それでもいいの?』
『プロデューサーさんが助かるなら、私がどうなろうと……どうでもいい!』


それを聞くと、彼(彼女)はクスリと笑った。


『契約は成立ね。その代わり私の願いを1つだけ叶えて貰うわ、その時までさよなら』


その声が消えると同時に、春香は我に返る。
春香の体感とは異なり、それは一瞬の出来事だったようで、プロデューサーは今まさに手をかけられんとしているところだった。


「待ちなさい!」
「なに……?立ち上がるだけの力はもう残っていないはずだが」


彼の言うとおり、春香の怪我は決して軽いものではなく、常人ならば立ち上がることは不可能なほどの痛みを伴っていた。
だが、彼女は立ち上がった。
それはプロデューサーを救いたいという意志の力でもあり、『自分が何をすればいいか』それが無意識にわかっていることの自信によるものでもあった。




「なんで、あなた……『味方を殺そうとしているの?』」


「何……?」


春香の発した言葉に、兵士はプロデューサーに顔を向け直す。

そこにあったのは、彼の隊の隊員が血を流して倒れている姿だった。


「馬鹿な!奴はどこだ!」
「あなたの後ろ、『お仲間さんと一緒に並んでいるじゃない』」
「!?」


隊長の後ろ、隊員達の列の右から二番目、本来ならばNo.6の兵士がいるはずのところに、プロデューサーの姿はあった。
彼を小馬鹿にするように、嘲笑っている。


「いつの間にッ!」


隊長は羽を隊列の方に向け直すと隊員諸共プロデューサーを薙ぎ払った。


「貴様ら!何故気付かなかった!」


隊長が残った側の列に叫ぶが、それと同時に複数の羽が隊長を襲った。
異常を感じたのか、輸送車もトンネルを引き返していく。



「何をする貴様ら!反逆者がどうなるかわかってのことだろうな!」


羽を前面に拡げ、隊員の攻撃を辛くも防ぐ隊長に隊員の1人が叫び返す。


「反逆者はあなたの方だ隊長!理由も無しに味方を殺すなど!」
「理由ならある!奴らがあの男の混ざっていることを見抜けなかったからだ!」
「何を言っている!男ならずっとそこに倒れているだろう!」
「そうよ、隊長さん。『プロデューサーさんはずっとそこに倒れているじゃない』」
「馬鹿な!現にさっき……」


兵士が薙ぎ払った列の方を振り向くと、そこに倒れていたのは胴体が真っ二つに分離した、No1から7の隊員だけだった。


「何故だ!No6は、……ぁ…………」


動揺からか羽での防御が弱まった隊長に複数の羽が突き刺さる。
突き刺さった羽はそのまま勢いを殺すことなく、隊長を宙に浮かせた。


「まるで、百舌鳥の早贄ね」



嘲笑う春香に、仮面の集団が顔を向ける。


「隊長が消えた今、貴様らの処分は我等が行う」
「そう」


春香のあまりに冷静な反応に、隊員達は強い違和感を覚えた。
自らが殺されようとしているというのに、まるで無関心なようだったからというのもあるが、それ以前にまるで『人が変わった』かのようだったからだ。


「ところで、処分なんてどうやってするの?貴方達、『目が見えないじゃない』」
「何を……!?」


そう、彼等は全員『失明している』春香の姿が見えることもないし、その網膜が光を捉えることは二度とないのだ。


「どうなっている!仮面の故障か!?」
「わからん!全員無事か!各自応答せよ!」


仮面の集団が別々の方向を向きながら叫ぶ奇妙な光景に、春香は思わず笑いをこぼす。


「それにしてもよく、互いの声が聞こえるわね。『こんな騒がしいコンサートホールで』」


その瞬間、彼らの声は大きな歓声にかき消された。
360度から響く熱狂的なコールに錯乱し、隊員の一人が羽を振り回す。


「黙れ!黙れぇ!貴様等どこから現れた!」


振り回された羽に、盲目の隊員達はなす術もなく次々と切断されていく。
10秒後、立っているのは錯乱した隊員ただ1人となった。



「あら、あなただけ生き残ったのね。そんな運の良いあなたはきっと『目も耳も普段通りになるに違いないわ』」
「……!?戻っ……た」


視界を取り戻した隊員の目に入ったのは無惨に切り裂かれた仲間の死体と、それを踏みつけることを一切気にせずに迫る春香の姿だった。


「く……来るな!やめてくれ!」
「やめてくれ?別に私は何もしないわ」
「嘘をつけ!こんなに殺しておいて!」
「何を言っているの、全部あなたがやったのよ。それより大丈夫?『何か光っているけど』」


春香の視線に、腹部を確認する隊員。
そこには何かをカウントダウンするホログラムが浮かび上がっていた。


「どうやら学園都市は最初からあなた達を生かして帰す気はなかったようね」
「何故だ!我々は総括理事長直属部隊、捨て駒になど!」
「よくわからないけれど……」


『よくわからない』という言葉とは裏腹に春香はこの事の本質を直感的にわかっていたし、それが憐れむべきことなのだということも理解していた。
だからこそ、彼女は笑顔で言い放った。


「肩書きなんかあるうちは、あなた達のトコロじゃ捨て駒なのじゃない?」


その言葉に、彼の顔から表情が消えた。
仮面の下の素顔は春香には見えるわけもなかったが、彼女は明瞭にその様相がイメージできた。
だからこそーー



「「つまりあなたの一時の栄誉も、誇りも全てはあなたがここで捨て駒にされるためのプロセスに過ぎなかったということ」
「やめろ!」
「きっとあなたは努力したのでしょうね、多くのものを犠牲にして、今の地位を手に入れたのかもしれない。友人を裏切った?家族を見捨てた?それとも、恋人を突き放したのかしら?」
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ」
「でも残念。あなたが選択したことは全て、傀儡師の指の動きに過ぎなかった。可哀想なマリオネット。糸は少し揺らいだかもしれないけど、それはただのそよ風だったみたいね」
「やめて……くれ……」

膝から崩れ落ちる兵士に、春香が優しく声をかける。


「でも、私ならその糸を切ってあげられるわ」
「……!?本当か!」
「ええ、勿論。あなたはもう苦しまなくていいの」


春香がホログラムに手をかざす


「ほら、『消えたわよ』」


隊員が恐る恐る腹部に目をやると、確かに赤い数字の羅列はなくなっていた。


「なんで……助けてくれたんだ」
「ただ、人形劇が嫌いなだけよ」


春香が優しく返すと、隊員は仮面に手をかざして何やら呟いた。
ガコン、という機械音の後、隊員の仮面が外れ素顔があらわれる。
悪人面でも、冷徹な機械のような顔でもなく、どこにでもいそうな好青年だった。


「……本当にありがとう。俺はこのまま学園都市を出て、故郷に戻るよ。お袋にも、あいつにも久しぶりに会いたいんだ」
「そう、それがいいわ。あなたを操る糸はもうないもの」


隊員、いや、青年はもう一度礼を言うと、学園都市と反対方向へ歩き出した。
彼の背筋はしゃんとしたものではなかったが、先程までよりもしっかりと、自分の足で地を踏みしめているのは確かだった。



その体を数発の銃弾が貫いた。
どちゃっ、という生々しい音ともに青年がコンクリートに倒れこむ。
だが、自ら救った人間が目の前で死んだというのに、春香は笑顔を崩さなかった。

何故なら、彼を貫いた銃弾は他でもない、春香自身が放ったものだったからだ。


「マリオネットはね、糸が切れたら動けないのよ」


一瞬、笑顔を消した春香は、拳銃を投げ捨てるとすぐさまプロデューサーと千早の元に駆け寄った。



「プロデューサーさん!千早ちゃん!大丈夫!?」


いつの間にか意識を失っていた千早は春香の声と揺さぶりで目を覚ました。


「春香……?私は大丈夫よ、それよりプロデューサーが……」


千早が苦痛に顔を歪めながら答える。


「さっきの人達はもういないから大丈夫だよ。それより、千早ちゃんとプロデューサーさんの怪我をどうにかしないと。千早ちゃんは頭打ったり、血出たりしてない?」
「ええ、体を強く打っただけよ。とても痛いけど大事には至らないと思うわ」
「そっか、じゃあ千早ちゃん。『もう痛くないと思うけど』これで大丈夫?」
「春香、何を……?」


痛みがなくなったなどあり得ないと思いつつも、千早は軽く手足を動かしてみる。
すると、先程まで少し動くだけでも響いた激痛が、まるで夢であったかのようになくなっていた。


「春香、何をしたの!?」
「説明は後でちゃんとするね!それより今はプロデューサーさんをなんとかしないと!手伝える?千早ちゃん」
「ええ、任せて」


春香はポケットからタオルを取り出し、千早はシャツを破ってプロデューサーの腹部にあてがおうとする。
すると、どういうことかプロデューサーの腹部からは血が流れでていることもなく、それどころか傷口すら塞がっていた。



「これも、春香の仕業?」
「ううん、『こんなこと』は私にはできないと思う」
「そう、とりあえずプロデューサーが起きるか試してみましょう」
「ええっ!いくら血が止まったからってそんないきなりなの!?」
「何故か、大丈夫な気がするの」
「そうかなぁ……?」


春香がプロデューサーを軽く揺さぶる。


「プ、プロデューサーさん?」


返事はない。
まるで死んでいるかのようにピクリとも動かないが、春香が耳を当てる限り、息はあるようだ。


「プロデューサーさーん?ちゅーしちゃいますよ!ちゅー!」

春香が唇を尖らせるが、やはりプロデューサーは微動だにしない。
やっぱり無理だよ、と春香が口に出す前に、千早はプロデューサーの体に触れていた。
春香と同じように軽く揺さぶり、声をかける。


「プロデューサー、大丈夫ですか?」


すると、先程まで少しの反応も見せなかったプロデューサーの眉が僅かにぴくっ、と動いた。


「プロデューサー、早く起きないと、キ……キスしちゃいますよ」
「おはよう、千早」


まるで浅い眠りから覚めたかのように、ムクリとプロデューサーが起き上がった。



「えぇ……私の時はピクリともしなかったのに……」
「よかったわ。これが愛の力よ、春香」
「違うよ!千早ちゃんがキスするって言って起きたんだからキスしたくなかったんだよ!」
「へぇ……じゃあ春香の時はキスをして欲しかったからプロデューサーは起きなかったと、そう言いたいわけ」


しばらく二人のやり取りを眺めていたプロデューサーだったが、ふと我に返ったかのように口を開いた。


「美希は!美希はどうしたんだ!」


立ち上がり、激しく首を振って周りを見渡したプロデューサーの目に入ったのは、美希の姿の有無ではなく、胴体が綺麗に切断された死体の数々と、そこから流れ出す血の海だった。


「どうなってる!?誰がやったんだ?」


言葉に詰まる春香。
当然だ。いくら彼を守る為とはいえ、人を大勢殺めたことを罪悪感云々の前に彼には知られたくなかった。
彼女の口から、いるはずもないスーパーヒーローの作り話が出ようとしたその時、千早は平然と言った。


「春香、よね?」
「千早ちゃん……!?」


不意の親友の裏切りに、春香は驚きを隠せなかった。



「春香、本当にお前がやったのか」


プロデューサーは春香の目を真っ直ぐと見つめ、尋ねた。
彼に見つめられると、彼女はいつも嘘をつけないのだった。


「はい……、ごめん……なさい」


聞くやいなや、プロデューサーは
春香を強く抱きしめた。


「謝るのは俺だ!怖かっただろ……ごめんな、春香」
「えっ……」


てっきり、叱咤されるか、もしくはそれを越えて失望されるかのどちらかだと思っていた春香は、予想外の出来事に一瞬呆然としてしまった。
彼女の親友は、二人を見ながら微笑んでいる。


「なんで……私、私!人をいっぱい!アイドル、ううん。普通の女の子がするようなことじゃ!」
「俺だってさっき人を殺したさ!それはたしかに普通の人間がするようなことじゃない。だからこそ、春香がそれをせざるを得ない状況してしまった自分が憎いんだ!」
「やっぱり、私、普通じゃないんですよね……」
「ああ、普通じゃないさ!大切な人のためにここまでできるのは並大抵のことじゃない。でもそれは、悪いことなんかじゃないさ!お前が普通じゃないなら俺だって普通じゃない!一緒じゃ、嫌か?」
「いや……嫌なんかじゃないです!」


プロデューサーの胸で泣きじゃくる春香。
千早はここまでの展開を想定していた。
春香がこの惨状を作り出したのを確信していたが、それをわかっていても、プロデューサーと春香、二人に絶大な信頼を寄せているからこそ、嘘をつくことはしなかった。

だが、一見、千早は全てを見通していたかのように見えるが、実際はそうではなかった。
春香が学園都市の部隊を鎮圧したのは、プロデューサーの言う通り、大切な人を守るためであっただろう。
だが、鎮圧した後、残った兵士が戦意を無くした後はどうだっただろうか。
彼女が彼を殺したのは、愛だとか正義だとかそういったものではなく、ただ純粋な、快楽。
サディスティックから来るそれであったのではないだろうか。
当の春香が、それを自覚しているかしていないかは別にして、だが。



「ありがとう……ございます」


一通り泣き止んだ春香は、顔を赤らめ、プロデューサーの胸から離れる。
プロデューサーは、春香の頭を軽く撫でると、あれだけの怪我が嘘だったかのようにすくと立ち上がった。


「とにかく、今は一刻も早くこのトンネルを出よう、奴らの増援が来るかもしれないからな」
「そうですね。春香、立てる?」
「うん……ありがとう。千早ちゃんこそ!」
「平気よ、すっかり治ったみたい。春香のおかげね」
「それなんだけどね、千早ちゃん……実は治ったんじゃなくて……」


春香が自分の身に起こった事と、それによって手に入れた力について説明しようとしたその時だった。

学園都市との反対側、つまり春香達が入ってきた方から、ドラム缶のようなものの列が、けたたましくサイレンを鳴らしながら迫ってきた。


「学園都市……?」


春香が警戒し、身構える。
両目が赤く染まっているが、涙で赤くなった右眼とは違い、左眼は蛍光色のような赤に染まっている。


「いいえ、違うわ。あのサイレンとドローン……」
「公安局だ!春香!お前が何をできるようになったかは知らんが、とにかく手を出すな!」
「わ、わかりましたっ!」


ドローンは三人を囲むと、ホログラムをまとい公安局のマスコットキャラクターに姿を変えた。




『こちらは公安局刑事課です。直ちに武装を解除し、投降してください』


「武装も何も、私達何も持ってませんよ……」
「とりあえず、両手を上にあげておけ。犯罪係数が高くても抵抗しなければ撃たれはしない。安心しろ、連行された後なら俺にも手がある」


プロデューサーの指示に従い両手を上げる二人。
程なくサイレンとともにパトカーが2両到着し、中から銃を持ったスーツ姿の局員が出てきた。
その内の一人、リーダーらしき女性が先頭に立ち、3人に銃を向ける。


「公安局刑事課だ!無駄な抵抗はやめろ!」


彼女達が手にする銃は携帯型心理診断鎮圧執行システム、通称ドミネーター。
システムに基づく計測により対象の犯罪係数を測定し、それに応じて対象を無力化もしくは排除する公安局刑事課の武装だ。

先頭の女性局員、常守朱監視官のドミネーターには、三人の犯罪係数が表示されており、彼女はそれを基に現場の状況を判断するしかはなかった。
右の千早から順に、照準を合わせていく。




『犯罪係数72、執行対象ではありません。トリガーをロックします』

『犯罪係数765、執行モード、リーサルエリミネーター』


「プ、プロデューサーさん、プロデューサーさんに銃が向けられたら変形しましたよ!?大丈夫なんですか!?」
「えっとな、春香。あれが変形したってことは、システムが俺はこの世にいらないって判断されたってことだ」
「なんですかそれ……勝手に人の価値を決めるなんて!プロデューサーさんがいなくなったら私!」
「大丈夫だ、大丈夫だから落ち着け春香。次はお前の番だぞ」


『犯罪係数0、執行対象ではありません。トリガーをロックします』


「プ、プロデューサーさん!銃の形が戻りましたよ!」
「良かったな、春香。お前は必要な人間らしいぞ」
「ぶーっ、機械なんかに言われても嬉しくありませんよ!それよりプロデューサーさんの意見を……」

「黙りなさい!先輩、両端の女はともかく、真ん中の男の犯罪係数は異常です。更生の余地はありません。この場で執行するべきです!」


朱の斜め後ろ、1つ縛りの女性局員が声をあげる。
彼女のドミネーターはプロデューサーにしっかりと照準が向けられており、その銃口はクリアブルーの光を発している。


「待ちなさい、霜月監視官!彼らに抵抗の意思はないわ。このまま連行します」
「先輩は甘いですよ、いくら潜在犯の社会的適応の機会が改善されたとはいえ、この犯罪係数は度を超えています。今すぐ排除すべきです」


霜月と呼ばれた局員がドミネーターのトリガーに指をかける。


「こりゃまずいな……、千早!春香!目を閉じろ!傷になる!」
「そんな!プロデューサーさん!」


春香の眼が再び紅く染まり、彼女を取り巻く空気が一瞬にして黒く豹変する。


「執行します!」
「やめなさい!霜月監視官!」





ドオッ、という音とともに発射されたエネルギー弾はプロデューサーを肉塊に変えることなく、その手前の地面に小さなクレーターを作った。


「ごめんなさいね、美佳さん。その人達、私の知り合いなの」


霜月のドミネーターは後ろにいた別の監視官に押さえつけられており、その銃口は地面に向けられていた。


「三浦監視官……!?新人がよくも先輩に逆らうものね」
「あらあら、最初に朱ちゃんの命令に逆らったのはあなたじゃないかしら?ごめんなさいね、プロデューサーさんに、春香ちゃん、千早ちゃん」
「いえ、助かりましたよ。あずささん」


さも当然かのように答えるプロデューサーに比べ、春香と千早は目の前の事態を理解しきれていないようであった。

「あずさ……さん?」
「何故、公安に?長期休養中のはずでは?」
「事情は後で説明するわ~、春香ちゃんの『それ』もその時にね」
「ッ!?なんでそれを?」
「見ればわかるわよ~」


あずさは春香が異能力を手に入れたことに、気づいているようだった。
だが、それは公安の情報によるものではなく彼女個人の特異的な勘のようなものであることは、他の局員の反応からも明らかだった。


「朱ちゃん、この三人の扱いは保護としてお願いできるかしら?彼女達はおそらく被害者です」
「ですが……右の少女はともかく、残り二人は潜在犯と、もう一人はおそらく免罪体質です。抵抗の意志がないとはいえ、いくらなんでもそれは」
「そうよ!この場の処分はないにしろ、最悪でも連行します。だいたい三浦監視官、いい加減先輩をちゃん付けで呼ぶのをやめなさい」


霜月のあずさへの個人的な指摘に対し、あずさではなく朱が弁解しようとしたその時だった。

電子音が鳴り響き、朱の腕についた端末にホログラム画面が出現する。
そこに映っていたのは銀髪の壮年女性だった。



「局長……なんの御用ですか?」
『君達が対峙している三人についてだが全員が事件の被害者だ。そのうち二人の少女は765プロダクション所属のアイドル。君達も見たことくらいはあるのじゃないかね』
「申し訳ありません。そういったことには疎いもので」
『昔の君なら絶対に言わないであろう台詞だな。まぁいい、そしてそこの青年だが、彼は彼女達のプロデューサーだ。彼女達と同じく、彼も保護し、局へ護送してくれ』
「しかし……!彼の犯罪係数は765、東金朔夜ほどでないにしろ、異常な数値を持つ潜在犯です」
『これは私の意向ではない。地球連邦軍極東本部からの申し出だ』
「連邦の……!?了解しました。ただし、また何か秘密裏に計画をしているようであれば……」
『心得ているよ。では、頼んだぞ』


ホログラムが消え、通信が終了する。
納得がいかなそうな表情を浮かべる霜月と対照的に、あずさは安堵の笑みを浮かべている。



「局長の命令です。今からあなた達を保護し、公安局に移送します。念の為ボディーチェックをし、犯人移送用の車輌に乗車してもらいます」
「わかりました。いいな?千早、春香」
「は、はい」


不安そうな表情を浮かべる春香と千早にあずさが声をかける。


「大丈夫よ、春香ちゃん、千早ちゃん。私も一緒に乗ってあげるわ~」
「あずささん!いくらなんでもそれは……」
「じゃあ朱ちゃんも一緒に乗ればいいのよ!局長に申請しておくわね」
「さすがにそれは許可されないと思いますけど……」


直後、短い電子音が鳴り、あずさの端末に短い文が表示された。

【同乗を許可する】

「嘘……」
「これで大丈夫ね。さ、乗りましょ四人とも!」


顔を見合わせる春香と千早。


「なんだか大変なことになっちゃったね……」
「ええ、私にも何がなんだかわからないわ」




少女達を取り残したまま、物語は続いていくーーーーー

これにてプロローグは終わりです。
この後は各作品の用語の補足の後、次の章を投下する予定です。
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もし、当スレが落ちた場合は新たなスレで第二章を投稿します

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