赤星小梅「びしょぬれの記憶」 (58)



 ザーザー、ボタボタ、バシャバシャ

黒く重たい雲が空からたれていた。

茶色の雨が私の体を打つ。

山に降り注いだ雨は濁流の川となった。

今日は絶好の試合日和とは言いがたい。

しかし私たちはどんなとき、どんな場所でも前進することをやめない。

私のティーガーはもろく危険な崖の上でも果敢に駆けることができるのだ。


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「車長!がけ崩れでこれ以上進めません!」

決断を求められる瞬間はいつでも緊張が走る。

「榴弾装填!目の前の土砂を吹き飛ばせ」

私の指示で乗員たちが動き出す。

装填手はリーダーの指示をすばやく実行するために常に最大限の努力を忘れなかった。

砲手が砲塔を回転させる。

優秀な乗員たちの仕事は完璧だ。


「発射!」

車体が揺れる。煙と共に薬きょうが吐き出された。

「ドカーーーン!」

目の前の土砂が綺麗に吹き飛んだ。

車内で歓声が上がる。

しかし車長の私はいかなるときでも冷静に状況を観察した。

地響きとともに始まった新たな土砂崩れをいち早く察知した私は、すぐに全速前進の指示を出した。

可能な限りで最速の回避行動だった。

しかし自然の力がそれを上回ってしまった。


土砂はティーガーを飲み込み、がけ下の川へと押し流した。

「操縦不能!」

「このままでは川に転落します!」

「みんな落ち着いて!ものにつかまって、衝撃に備えて!」

「ガガガガッ、バッシャーーン!」

成すすべなく川へと落下する戦車――

戦車すらひっくり返す激流――

足も付かないほどの水深で、操縦を取り戻すことは絶望的――

「小梅ー!」

聞きたかった声が聞こえた。


「小梅!」

私が振り返ると、雨の中で八九式中戦車がとまっているのが見えた。

公園の砂場遊びに夢中になっていた私は、その聞きなれたディーゼルエンジンの轟きにすら気づいていなかった。

ハッチから顔をのぞかせ、私の名を呼んでいるのは母だ。

「帰るわよ!」

「うん分かった!」

私は砂場の水溜りに落としたこども用の戦車のおもちゃを拾い上げると、まっすぐ八九式へと駆けた。

八九式まで寄っていくと、母が両脇を抱えて車内に入れてくれた。


「もうびしょぬれじゃない。かさはどうしたの?」

「あれ?……なくした!」

「またなの?なくさないでって言ったでしょう。ティーガーは?」

「ティーガーはあるー!」

私は泥だらけになったティーガー戦車のおもちゃを母に見せつけるように高く掲げた。

戦場でついた汚れは戦車の勲章だ。

「ティーガーも泥だらけ。お部屋上げる前にちゃんと洗いなさい」

「ええー、やだ!このままにしておく!」

「だめ。戦車さんだって戦いが終わったらちゃんと綺麗にしてあげるのよ」

「……はーい……」


母がバッグからハンカチを取り出して私の頭をごしごしと拭いた。

「ねぇねぇお母さん!」

「なぁに、小梅」

「今日お墓見つけた!おっきいお墓!」

「お墓……?ああ、軍神さまのお墓ね」

「ぐんしんさま?」

「そう、とっても立派な人なのよ」

「ふーん」

「さ、早く帰ってお夕飯にしましょう」

母が私から離れて操縦席へと収まった。


「お母さん!私もチロ!運転したい!」

「はいはい。お母さんのひざの上来る?」

「いく!」

私は母のひざの上で八九式の操縦桿を握った。

そこは幼少時の私のお気に入りの席だった。

母は私の後ろから手を伸ばし、一緒に操縦席についた。

「それじゃあいくよ、お母さん!」

「はいはい。いっせーの……」

「「パンツァーフォー!」」

ブオンとエンジンの回転が上がり、八九式が前進を始める。


あの頃の私はドイツ戦車の大ファンで、お気に入りはティーガーだった。

しかしお母さんの八九式だけは日本戦車だけど特別だ。

これは母と一緒に乗れる戦車だからだ。

「ねぇねぇ、立派な人ってどんな人ー?」

「うーん、そうねぇ、

 誰からも好かれる人、

 友達想いのとてもいい人、

 友達がピンチの時には全力で助けてくれる人、

 その友達が助かったときには泣いてくれる人、

 かな?」


「なんで泣く人が立派なの?」

「ほら小梅、次の交差点を右に曲がるわよ」

「あ、うん!」

「操縦桿握って、はい、今よ!引いて!……」

腕に力を込めて操縦桿を引く。

実際にはほとんど母が動かしていた。

しかし当時の私には自分で戦車を操縦しているように感じられてとても嬉しかった。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、

聞きたくない音が聞こえてくる。

耳の中に突き刺さる嫌な音だ。


 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、

いやだ、こんな音は聞きたくない。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、

聞きたくない!!

「車内浸水!水止まりません!」

「車長どうすればいいの!?」

「小梅ちゃん!小梅ちゃんどうしよう!?」

視界にはパンツァージャケットを着た私の乗員たちがいた。

焦りも隠さぬ顔で私に助けを求めていた。


「小梅ちゃん!」

浸水を警告するアラームが鳴り続けていた。

ずぶずぶと腹の底に地鳴りのような音がひびいた。

それは巨大な怪物が私たちのIII号を押しつぶし、握りつぶそうとしている音だ。

「だめだ!操縦不能!足が着いてないよ!」

「水がどんどん入ってくる!沈んじゃう!沈んじゃうよ!」

私は小窓から外を見た。

「岸近いよ!そのまま履帯回転つづけて!地面に着く場所に来たらいっきに駆け上がるよ!」


岸はほんの数メートル先に見えていた。

しかしそれは、そうあってほしいと願う私が見た幻だった。

私たちの戦車はもう復帰できないほどに岸から遠く流され、沈みゆくしかなかったのだ。

バコーン!と巨大な平手打ちが私たちを襲った。

何度も何度もやつらの激しい攻撃が車体に直撃した。

私は自分の姿勢を維持することもままならず、上に下に体を強打した。

乗員たちの悲鳴が聞こえても何もすることができなかった。

 ゴゴゴゴゴゴッ

 バキバキバキッ


怪物が牙の生えた大きな口で私たちの戦車を噛み砕こうとしている。

鋼鉄の車体など簡単に引きちぎってやるぞと、何度も上下にゆさぶってくる

水が噴出する場所はほんの一秒前よりも倍に増えていた。

小窓の外の景色は消えた。

「うわっ、もうだめだ!」

操縦手が下から這い出してきた。

さっきまで彼女が座っていた場所は真っ黒な水で満たされていた。

そしてついには上のハッチからも水が流れ込んできた。


「外に逃げないと!」

「だれか助けて!だれかぁっ!」

「ここから出して!」

今からハッチを開けることなど不可能だった。

私は判断を下すのが遅すぎた。

 メキメキメキメキッ

戦車が今まで聞いたこともない悲鳴を上げた。

私たちは怪物の胃袋に放り込まれる寸前だ。

もう二度と帰ってはこれない深みに落ちていくのだ。

いやだ、帰りたい。みんなのところに帰りたい。お母さんに会いたい。

お願いだから誰か助けに来て!

誰か!誰でもいい!ここから私を助け出して!


計器と照明の灯りがすべて消えた。

鳴り続けていたアラームが消えた。

全てが暗闇に包まれた。

水の音がする。


蛇口から出る水の音だ。

ひねり出た水がばたばたとコンクリートに打ちつけられた。

プワァーと金管楽器の音が聞こえる。

吹奏楽部がどこかで演奏の練習をしているようだ。

夕暮れの校舎には残っている生徒も少ない。

私は外の水道で汗まみれの汚れた顔を洗った。

もう夏が近い。明日からは大会も始まる。

今日の練習では先輩に怒鳴られた。

「赤星何やっている!お前たちが一番遅いぞ!」

いつものことだ。


黒森峰には戦車道が目的の人間が大勢集まる。

経験者というアドバンテージはここでは全く価値をなさない。

まわり中が猛者揃いなのだ。

バシャバシャと乱暴に頭から水をかぶり、タオルで顔を拭く。

ここのところ毎日が自分の無力さを感じる日だった。

ふぅ、とため息をついて振り返ると目の前に人がいた。

あっ、と驚いて一歩引くと、相手も同じように声を上げてあとずさりした。

「ご、ごめんなさいっ!」

私よりも先に謝られた。


「ああ、こっちこそごめん」

しかしよくよく見るとそれは私たちの副隊長の姿だった。

「ふ、副隊長!?ああ!すいません!水道を占領してしまって!」

私はすぐさま横にどいて頭を下げた。

「あわわっ、大丈夫です!私こそ驚かせちゃってごめんなさい!」

「いえ、私なんかが副隊長の邪魔をするなんて」

「邪魔なんかじゃありません!本当に私は大丈夫ですから」

「そうですか?ありがとうございます」

「本当にそんなにかしこまらなくても平気です。私たち同級生だし」


「いいえ、副隊長に馴れ馴れしくするなんてできません」

私がそう言うと彼女は少し悲しそうな表情で小さなため息をついた。

「赤星さんはこんな時間まで練習してたの?」

赤星さん。自分の名前を呼ばれてドキっとした。

てっきり下っ端隊員の私のことなんか顔も名前も覚えられていないと思っていた。

「はい。私なんかがここでやっていくには、人より多く練習するしかないと思いまして」

「すごい熱心だね。でもあんまり無理しすぎないで。ケガでもしちゃったら大変だし」

「ご心配していただけるとは恐縮です。副隊長こそこんな時間までお疲れ様です」

「私は戦車を洗ってて。明日が第一回戦だし」

「そんなの私たちに言っていただければ!」

「ううん、自分の戦車は自分でやりたいから」


「さすがは副隊長です。明日は私たちの分まで頑張ってください」

「うん、ありがとう!」

「ああっ、私なんかが偉そうに『私たちの分まで』なんて!すいません!」

「あわっ、平気!そんなの平気だから!」

彼女は立派な家柄の立派な戦車乗りだ。

今の黒森峰は彼女とその姉の二人がリーダーを務めている。

家柄も血筋も実力も彼女たちにかなう者は黒森峰にはいない。

それに異を唱える者などいなかった。

人ごみを歩けば道ができる。

そんな人が私の名前を覚えていてくれたので、私は少し舞い上がってしまった。


「あの……!副隊長!私に戦車道のことを教えてくれませんか?」

気がつくと私は副隊長に向かってそう叫んでいた。

「ほんの少しアドバイスだけでもください!」

「え……えっと、アドバイス……」

「私、ずっと悩んでいて!

 どうしても上手く連携を取って戦車を動かせなくて!

 いつも先輩に怒られてばかりなんです!

 副隊長はどうやってあんなに上手く戦車を動かしてるんですか!?

 精神論でも何でも良いのでお願いします!」


そのときの私は副隊長がそっと後ろに引いていることにも気づかなかった。

私がどんどん彼女に近寄っていったからだ。

「う~んと、アドバイスかぁ……」

「はい!副隊長はどんなことを考えて戦車に乗っていますか!?」

「私はただ……みんなで楽しく、けがしないように戦車に乗れたらそれが一番いいなぁって思うよ」

副隊長のその言葉を聞いた瞬間、心臓がさっと冷たくなるのを感じた。

まったく毒にも薬にもならない言葉だった。

彼女は心にもない嘘を言っているのだと思った。

私なんかに、彼女の本当の戦車道の極意を教える気はないのだと。

副隊長と少しでも近づけたと思い上がっていた自分を恥じた。


「……ああ……そ、そうですか!」

「うん。こんなのじゃ参考にならないかもしれないけど……」

「いいえ!とても参考になりました!心に刻んでおきます!ありがとうございました!」

「そう?こちらこそどういたしまして!」

「明日の一回戦頑張ってください!」

水の音が聞こえる。

冷たく寒い真っ黒の水だ。


「いやぁっ!いやあああああああああああ!」

誰かの声がすぐ近くで響いた。


獣の咆哮が聞こえた。

怪物が今まさに私たちを食らおうと喉を鳴らしている。

誰かが私の体にしがみついてきた。

私を水の中に引きずり込もうとしてくる。

私は必死に抵抗した。

何度も上に行こうとした。

しかし車内に残された空気は残りわずかだった。

最後の空気を求めて全員が同じ方へ向かおうとしている。


「助けて!」

叫び声がうるさい。

私は何度も水の中に沈み込んだ。

水から顔を出すたびに誰かの絶叫が聞こえた。

「いやだ!いやあああああっ!」

そして一度水面が私の頭を越えていくと、二度と戻ってこなかった。


目も耳も息さえもふさがれた。

私は誰かを掴もうともがいた。

しかし私の行動は何一つ上手くいなかった。

すぐ近くにあると思っていたものはどこかに消えた。

仲間もどこかにいってしまった。

上と下がひっくり返ったまま戻らなくなった。


ここはもう怪物の胃の中だ。

このまま私は消えていく。

うるさい叫び声は自分のものだったのだ。

必死に生きようとしていたのが馬鹿みたいだ。

死ぬのも案外苦しくないものだ。

こんなことなら、あんなにもがき苦しむ必要なんてなかった。

素直に受け入れてしまえば良かったんだ。

そうすればこんなに楽になる。

聞きたかった音が聞こえてくる。

八九式のディーゼルエンジンの音だ。


私と母の戦車の音だった。

その音はいつも軽快で、母の微笑みを届けてくれた。

母は私の背中を包み込んでくれる。

同じ操縦桿を握って私に語りかけてくる。

「誰かのために泣いてくれる人は立派な人なのよ」

「もし友達が助かったら、私なら泣くんじゃなくて喜ぶと思うなぁ」

「嬉しくて泣くときもあるのよ」

「どうして?」


「う~ん、そうねぇ。難しいけど、きっと小梅にも分かるときがくるわよ。大きくなったらね」

「わかんない!ず~っとわかんない!」

「もう、小梅ったら。強情さんね」

「だって転んだときに泣くの我慢したらほめてくれたもん!偉いよって!

 だから泣かない人の方が立派だと思う!」

「そうね。小梅は偉いわよ」

そう言って母はあごで私の頭をぐりぐりとつついてきた。

私はくすぐったくて体をねじらせた。


「ねぇ、そのお墓の人の名前はなんて書いてあった?」

「わかんない。漢字だから読めなかった。お母さん知ってるの?」

「ええ、軍神さまの名前はね――」


彼は私たちの町、熊本県甲佐町に生まれた。

昭和9年に陸軍士官学校を卒業し、満州事変で出征した。

本物の戦場で八九式中戦車に乗り、数々の戦闘を第一線で乗り越えた人物だ。

彼は優秀な戦車乗りとして、また部下想いの情の厚い人物として数々の逸話が残されている。

戦場ではぐれた部下を危険もかえりみずに探しつづけ、無事だったときには男泣きしたという。

そんな彼を嫌う者はおらず、不思議な魅力のある男だった。

昭和13年、彼は敵兵の狙撃により重大な負傷を負った。


辛うじて命を取り留めたものの、彼は一生自力では立てない体となり前線から退くことになる。

昭和14年、地元熊本に戻った彼は結婚し、やがて2人の娘を授かった。

娘たちは幼い頃から戦車乗りとしての教育を施された。

彼女らは当時ほとんど知られていなかった国内の戦車道文化の基礎を築いた歴史に残る戦車乗りとなった。

日本戦車道の父である偉大な軍神の名前は西住小次郎といった。


すべては誰かに聞いた話、本で読んだ知識だ。

私とは関係のないどこか別の次元の話だった。

しかし私は母から聞いた軍神様の話を忘れることができなかった。

私と同じ出身地に親近感を覚えたのだろうか。

それとも同じ戦車に乗っていたからだろうか。

はたまたそれは、まだ見ぬ私の未来を指し示していたのだろうか?


私の命は深く濁流の中に飲み込まれた。

いつの間にか八九式に乗っていた私はいなくなっていた。

真っ暗な闇の中で、母が乗る八九式がガタガタと走り去った。

私はそのあとを追いかけようとし、一歩を踏み出す前にやめた。

誰かが私の手を引っ張っている。

わけも分からずに腕を振り解こうとしたができなかった。

だから仕方なく私は八九式とは反対の方へと進むしかなかった。


悲しい声が聞こえる。

一面の真っ白な雪原、もしかしたらここは雲の上だろうか。

まばゆい太陽が大地を照らしている。

最初は直視できないほどの光だった。

しかしだんだんとその光は弱まり、世界の輪郭が姿を現しはじめた。


震えた声が聞こえる。

みんなが一様に同じ言葉を発していた。

やがて目の焦点が合い始めた頃、私はその言葉が何なのかようやく分かった。

「ごっ、こうめぇっ……!」

私の乗員たちが顔をくちゃくちゃにして私の名前を叫んでいたのだ。


目を覚ました私はみんなの抱擁でめちゃくちゃにされた。

そのときでも私はまだ思考が明瞭ではなく、白いテントに下げられたランプの光をただ眺めながらここはどこなのか考えていた。

とにかく私は今生きていることを思い出して、仲間たちを抱き返そうとした。

しかし片腕が動かない。

どうしてかと思い自分の腕の先を見ると、彼女がベッド脇で私の手をぎゅっと握り締めていた。


「赤星さん……よかった……本当によかった……」

彼女は両方の瞳からたくさんの涙を流しながら、私の手を胸に抱いていた。

このときに私は知った。

あの時の言葉は、嘘なんかじゃなかったんだ。

彼女の名前は西住みほ。

黒森峰で、いや、この国で最も偉大な戦車乗りだ。


そのあとの出来事はあっという間に流れていった。

事故の間意識を失っていた私だけが地上の病院に送られた。

地元の父と祖母には心配と迷惑をかけてしまった。

私の乗員たちは一回だけお見舞いに来てくれた。

学園艦の上にいるからなかなか来ることができないのは仕方ない。

しかし毎日携帯でのやりとりで私を元気づけてくれた。

すぐに一週間が経過してしまった。

ここのところ学園艦は熊本には戻っていないから学校の友人たちも会いに来る人はいない。

そう思っていたから、この日の来客は目を疑った。


「小梅」

病室のドアを叩いたのは同じ学年の逸見エリカだった。

「エリカさん!?」

そして驚いたことは立て続けに起こった。

黒森峰の隊長、西住まほがエリカに続いて姿を表した。

「失礼するぞ、赤星」

「隊長!!?どうしてここに!?」

「見舞いが遅れて申し訳ない。

 しばらく帰港の予定がなかったからヘリを飛ばしてきた」


「そ、そんな!わざわざそこまでしていただかなくても!」

「いや、赤星を危険に目に遭わせてしまったのは隊長である私の責任だ」

そう言って隊長は病室の床に手を着いて土下座をした。

「ええっ!?いや、土下座なんて申し訳ありません!事故は私たちのミスですから!」

「そんなことはない。私はどんな断罪でも受ける覚悟はできている」

まったくもって面食らってしまった。

隊長の背後のエリカが何やら鋭い目つきで私を睨みつけていたから余計に焦った。


「断罪なんてとんでもないです!とにかく顔を上げてください!」

隊長がようやく姿勢を戻してくれると、やっと私の心も落ち着いた。

隊長は神妙な面持ちのまま言葉をつづけた。

「赤星、今回の事故はとても怖かっただろう。

 もしかしたらもう戦車に乗ることすら嫌になるかもしれない。

 しかし、私がこんなことを言うのもおこがましいのだが、お前には才能がある。

 だから……」

苦虫を噛み潰すような隊長の言葉から私は言いたいことを察した。


「私は戦車道やめません」

自分でも驚くほどすんなりと言葉が出た。

確かに事故は恐ろしい思い出になった。

しかし今こうしてベッドに寝ている間も、私は体がうずうずしてしょうがないのだ。

「みほさんがいる限り、やめたりしません。

 もう一回みほさんと戦車道やりたいんです!」


2人共に驚いたような表情を見せた。

ついうっかり副隊長のことを「みほさん」だなんて呼んでしまった。

今のは少しまずかったかもしれない

「そうか……それならいいんだ。本当に」

そう言う隊長の顔はなぜだか暗い表情だった。

私は何も知らなかったのだ。


無事に退院し、学園艦に戻ったとき、私はあの事故の意味を思い知った。

黒森峰は連覇の記録を止めることになった。

敗因はあの事故にある。

数々の勝手な噂話があちこちでささやかれた。

どうして勝てなかったのか、どうして負けたのか、何が原因か、誰が戦犯か?

黒森峰に泥を塗ったのは誰だ?

心無い噂話の中には私の名前が出てくることも多かった。

しかし一番多く名前を聞いたのは西住みほだった。


黒森峰はとてもいいチームだ。

あれだけ厳しく、鬼のようだと思っていた先輩たちが私たちを批判から守り、支えてくれた。

仲間たちがいなければ私はとっくに折れてしまっていただろう。

黒森峰で戦車道をできたのは私にとって最高に幸せなことだ。

黒森峰でなければ今の私はないのだから。


しかし彼女、西住みほだけは学園に戻ってこなかった。

私はみほの帰りを待ちながら、ひたすら日々の鍛錬に励んだ。

彼女と同じ舞台に立つには常に自分を高めていなければならない。

いつか彼女を学園で見かけたら、今度は「みほさん」と呼んでみよう。

また一緒に戦える日が来ることを信じて、信じつづけて、そして私の一年は終わった。


仲間の声が聞こえる。

黒森峰で共に戦ってきた優秀な副隊長の声だ。

その言葉はトゲがあるようでいて、芯には彼女が持つ精神の美しさが隠れていた。


「良かったの?あの子と話さなくて」

帰りの飛行船の舵を握りながらエリカが言った。

「うん。みほさんは人気者だから」

「ふーん。そんなことで後悔しても知らないわよ」

「しないよ」

「このまま本当に大洗に転校するっていう手もあるのよ」

そういうエリカの顔は冗談などではなさそうだった。


「行かない。私の居場所は黒森峰だから」

「あっそう。私なら、絶対についていくって決めた相手を何が何でも追いかけていくけどね」

「エリカさんは隊長にぞっこんだもんね?」

「はぁ!?そんな話してないじゃない!」

顔を真っ赤にするエリカを見て笑ってしまった。

「でも本当に大丈夫。私はこのままでいいんだ」

「……あなたがそう言うなら私から文句なんてないわよ」

「戦車道を続けていれば、きっと同じ場所に立つときがまた来るよ」

「そう」


会話が途絶えて静寂が訪れた。

きっとそのうちにまた新しい音が聞こえてくる。

そのときを待って私はいったん目を閉じることにした。

おわり

はっきゅんは俺の嫁といいつづけて早半年ほど
最近はレオポン(ポルシェティーガー)のかわいさに目覚めつつある
エリカの「失敗兵器」というテレビのセリフからの劇場版での共闘というシチュに着目したエリ×レオいいぞ
まあでもカプで一番押してるのはIV×麻子
(まとめサイトさんへ、このレスはまとめなくてよいです)

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