鎮守府最後の日 (31)
暁「司令官、入るわよ」
提督「うむ」
暁「失礼するわね。……何を書いてるの?」
提督「日報みたいなものだ。これが私の最後の仕事になるだろう」
暁「……」
提督「それよりどうしたんだ? もう別れの挨拶はもう済ませただろう」
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暁「そうだけど……ねえ司令官、なにかして欲しいことない? 暁にできることならなんだってしてあげるわ!」
提督「ありがとう。だが私はもう十分満たされた。そういえば、お前の秘書官の任をまだ解いてなかったな……」
暁「解かなくていいわ。暁はずっと司令官の秘書官なんだから!」
提督「そうはいかない。何事にも区切りは必要だ。特III型駆逐艦1番艦、暁。現時刻をもってお前の全ての任を解く」
提督「これでお前はもう自由だ」
暁「……やだ」
暁「そんなこと言わないでよ……暁は司令官の秘書官なんだから。いままでだってそうだったし、これからだって、ずっとずっと司令官の側に―――」
提督「暁」
暁「だって……」
提督「こっちに来なさい」
暁「……」
提督「なんだ、また泣いてしまうのか? 昨日いっぱい泣いただろう。そんなことでは立派なレディーにはなれないぞ」
暁「……泣いてないもん。泣いてないんだから」
提督「そうだな、暁は泣いてなんかいない。えらいぞ、よーしなでなでしてやろう。ほらわしわしー」
提督「どうした……いつものように言い返さなくていいのか?」
暁「ぐす……」
提督「……暁」
提督「お前にはいろんなことを教えたつもりだ。それを無駄にせず、次に繋ぐんだぞ。私はここまでだが、いつもお前たちの傍にいる。それを忘れないでくれ」
暁「……うん」
提督「長門」
長門「……提督」
提督「こんなところでなにをしているんだ?」
長門「少し物思いに耽っていた」
提督「工廠か……」
長門「ああ。もう解体されてしまったがな」
提督「工廠も入渠施設も、もう必要ないものだからな。ここに残しておいても仕方あるまい」
長門「わかっている。だが、明石と夕張が見たら悲しむだろうと思ってな……」
提督「ここはあいつ等の城みたいなものだったからな。たまに勝手に変なものを作る困った奴らだった」
長門「提督が甘い顔をするからだ。駄目なものは駄目と律しておかないから、無用なガラクタが増えたのだ」
提督「ふふ……そうだな」
長門「……でも私は、あなたのそんな甘いところが嫌いじゃなかった」
提督「何者にも縛られない自由な心は大切だ。自由な海と同じように……お前たちの好きなものだろう?」
長門「自由な海……か」
提督「だがまあ、明石と夕張にあったら伝えておいてくれ。あまりおいたしたら駄目だぞと」
長門「分かった。その言葉、必ず届けよう」
提督「長門は、もう少し自由にしてもいいかもな」
長門「これは性分だ。だがこれでも私はだいぶ変わったんだぞ? ……貴方の所為だな」
提督「変わったのは長門だけじゃないさ。私も同じだ。お前たちが支えてくれたからな」
長門「……頭を撫でるんじゃない……決意が揺らいでしまう……」
提督「しかし、言いたいことは昨日すべて伝えてしまったからな」
長門「提督……私は貴方の事を決して忘れはしない……」
提督「私もだ。元気でやるんだぞ、長門」
長門「ああ……」
提督「木曾、波止場で何をしている」
木曾「……」
提督「そこは危ない。離れるんだ」
木曾「危ないだって……?」
木曾「お前も見てみろよ、この静かな海を。平和なもんだ……何処が危ないって言うんだ?」
提督「……木曾」
木曾「なんなら俺と一緒に泳いでみるか? 今日は波が静かだからな、今ならきっと沖までいけるぜ。浮き輪でも探してみるか?」
木曾「……悪い。俺としたことが……」
提督「そうだな、お前らしくも無い……。いつもの余裕はどうした?」
木曾「今日がお前と居られる最後の日なんだ。普段通りで居られるほど、俺は冷たい人間じゃないつもりだ」
提督「……」
木曾「そういうお前はいつもと変わらないな」
提督「行く者と、残される者の違いだろう。お前たちに比べれば私のほうが気が楽だ」
木曾「そうかよ」
提督「おい、木曾……?」
木曾「……」
提督「……」
木曾「お前の心臓は、そうは言ってないみたいだけどな」
提督「見栄ぐらい張らせないか」
木曾「俺とお前の仲じゃないか。今更隠し事なんてするな」
提督「……見栄は大事だ。例え何が起ころうとも、虚勢を張り続けることができたなら人の尊厳は守られる。お前たちが教えてくれたことだ」
木曾「なあ提督、俺もお前と一緒に……」
提督「……」
木曾「いや、なんでもない……後の事は全てこの木曾に任せろ。だからお前は、安心して行くがいい」
提督「うむ」
提督「瑞鶴、こんなところにいたのか」
瑞鶴「ちょ、ちょっと勝手に部屋に入らないでよ!」
提督「悪いな、でもそろそろ時間だ」
瑞鶴「あ、そっか……」
提督「瑞鶴、私物を持ち出す余裕は……」
瑞鶴「わかってるってば。ここに居たのは……ただ提督さんに会いたくなかっただけ」
提督「瑞鶴に嫌われてしまったか……」
瑞鶴「本当に私が提督さんを嫌いだと思ってる……?」
提督「……」
瑞鶴「でも、どっちも同じだったよ。提督さんの傍に居るとつらくなると思ったけど……ここに居ても同じだった。
だって、この鎮守府にはたくさん思い出があるから、何処に居たっていろんなこと思い出しちゃう」
提督「……」
瑞鶴「私……ここを離れたくない」
提督「なら戻って来い」
瑞鶴「え……?」
提督「何時の日か、またここに戻ってくればいい。私はここで待っている」
瑞鶴「でも、提督さんは……」
提督「私は待っている。お前たちを、ずっと」
瑞鶴「……」
提督「瑞鶴……?」
瑞鶴「私、絶対迎えに来るから。ぜったい……例え何があっても。だから提督さんも……」
提督「心配するな……お前たちが来たとき、出迎えがなかったらさみしいからな」
瑞鶴「……」
長門「提督に対し、敬礼!」
暁「……」
木曾「……」
瑞鶴「……」
提督「伝えたいことはすべて伝えた。お前たちの武運を祈る」
提督「行ったか……これでこの鎮守府に残るのは私一人か……」
提督「さあ日報の続きを書こう。それで私の仕事はおしまいだ」
日報。
この鎮守府……最前線基地が深海棲艦に包囲されてからひと月近くが経過した。
事の始まりは突然だった。深海棲艦が群れを成して攻めてきたのだ。
それもイロハ級のような有象無象ではなく、鬼級・姫級といった普段は棲地から出てこないやつらの群れだ。
過去に例を見ない光景だった。深海棲艦が戦力を温存していたのか、それとも戦略を変えたのかは分からないが、前線は瞬く間に崩壊した。
現状の戦力では歯が立たないと判断した私は、すぐに後退の指示を出した。多くの艦娘はそれに従ったが、私と一部の艦娘は鎮守府に取り残されてしまった。
退路も補給路も断たれ、味方との交信も不能。絶体絶命……しかし不思議なことに深海棲艦はこの鎮守府を攻めてこなかった。
だから私たちは脱出することにした。私はボートに乗り、護衛を彼女たちに任せて……しかしそれは叶わなかった。
深海棲艦が攻撃をしかけてきたからだ。それも殺さない程度の嬲るような攻撃だ。
それから何度か脱出を試みて、私たちは理解した。深海棲艦が、私だけを狙っているということに。
彼女たちだけならば深海棲艦は手を出してこない。しかし私が同伴すると何処までも追って来て、この鎮守府に閉じ込めようとする。
遊ばれていると……私は感じた。同時に深く恨まれているとも……
私たちは、これまで深海棲艦の棲地を幾度も攻略しては前線を伸ばしていった。いくつもの勲章を受け取り、海軍では最高の艦隊の一つとされている。
深海棲艦にとって、私は親の仇の象徴みたいな存在なのだ。
だから私はこの鎮守府に残ることにした。彼女たちの説得には骨が折れたが、最後には納得してくれた。
工廠や入渠施設などをすべて破壊し、機密情報も処分した。深海棲艦がここを占領しても実入りが無いように。
だがふと思うのだ。もしかして奴らは私たちにわざと前線を伸ばさせ、油断させ、そこを一気に食らうつもりだったのではないかと。
鬼級・姫級の群れを思い出す。今まで見たことも無い、身の震えるような光景だった。
もしかして奴らは既に資源も資材も十分あり、ここを占領する必要もなのかもしれない。もしはじめからそういう段取りだったとすれば、私は……
いや、私の事はどうでもいい。後方の基地……彼女たちが向かった基地はまだ残っているだろうか……?
それだけが気がかりだ。
願わくば、彼女たちの行く末が
「……ミツケタ」
おしまい。
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