左門くんは独占欲が強い(2)

善い人と呼ばれている彼女が嫌いだ。

事故に遭う。僕ではない。僕ではない誰か。その人は車に跳ねられそうになった僕を庇い、挙げ句に自分が跳ねられてしまう。それでも屈託なく笑って、「左門くん、怪我してない?」と最期まで善い人の顔で絶命するのだ。腹の底が熱くなった。ムカつく。なに、その笑顔。なんで僕の代わりに死んでんの?

古今東西の悪魔を呼び寄せた。時には力づくで調伏し、時には狡猾に騙くらかし、時には我が身を餌として、強力な悪魔を幾千と召還した。

だが、死者を蘇生させ得る力を持つ者などいなかった。世界の理は覆らない。誰にも彼女を甦らせることはできなかった。

けれど、時を戻せる悪魔はいた。その悪魔は僕の右目をねだったので、時間を巻き戻すのと引き換えにくれてやった。そして、時間は巻き戻る。事故に遭い、大嫌いな彼女が絶命した日へと。そこで僕は事故を避けるべく行動した。僕が事故にさえ遭わなければ、妙な義侠心を働かせた彼女が巻き込まれることもない。目論見通りだった。事故は起きず、僕も、彼女も、何事もなく日常を続けることができた。誰も死んでいない。右目と引き換えに彼女によるお節介の借りを返すことができたのだから安い買い物だった。

が。

呑気にしていたのが悪かった。それから一年後。また彼女は死んだ。大雨の夜だ。増水した川に落ち込んだ子どもを助けて、一年前と同じように誰かの代わりに死んでしまった。

そのとき、僕は己の過ちに気付いた。

事故に遭わなかったからなんだというのだ。違う。問題はそこじゃない。彼女の性質こそが問題だったのだ。困っている人を放ってはおけぬ人。それも我が身を顧みずに人助けに走ってしまうのだ。彼女は、きっと、自己愛……突き詰めて、「欲」が欠如しているのだろう。欲望あればこそ心に執着が生ずる。執着は未練がましに転化し、未練は生きたいという願いに帰結する。

ならば、僕は……。

左門「おい、悪魔。今一度取引だ。心配するな。報酬はやるよ。なんだってくれてやる。次は左目を御所望とあらば、惜しげもなくくれてやろう。僕に与えられるものであればなんでも。だから、悪魔、もう一度だけ時を戻せ。今度は僕と彼女が初めてあった時間へ。僕が転校してきた日へと」

そして、今度こそ彼女を死なせはしない。欲にまみれ、誰よりも生き汚く、生に執着する人間になればいい。僕が彼女を堕落させてやる。

だからーー。


【左門くんは独占欲が強い】

毎度驚かされるのが、年が明けてからの時の足の速さである。すでに二月の中旬。期末試験をこなし、卒業式に向けて慌ただしくしているうちに、すぐに春休みがやってくるだろう。体感としては、年が明けて間もなくといった具合なのに不思議なものである。が、いつまでも正月気分をひきずっていたのではいい笑い種である。

笑美「ほんと、あっという間だよなぁ。もう二月だぜ。明日はバレンタインだし」

帰り道。連れだって歩いていた笑美がぼやく。

悲恋「バレンタインねぇ。あー、リア充爆縮しねぇかなあ。景気よく四散してくんねぇかなあ」

さらに隣でヤーさんが不穏なことを呟く。

桜「穏やかじゃない! 穏やかじゃないよ、ヤーさん。たかがイベントなんだから楽しもうよ」

悲恋「はいはい、出ましたよ、彼氏持ち特有の余裕。てっしーは彼氏がいてよかったですねー」

桜「待てや、こら。カス虫を彼氏にしたおぼえはないから! そもそも私は嫌われてるんだってば」

悲恋「ダウト。言うにことかいて嫌われてるはないわ。いつも左門とセットじゃん」

笑美「それに彼氏といっただけで誰も左門とは言ってねぇしな」

桜「いや、どうせ左門くんとのことを茶化してるんだろうなって。てゆーか、そのつもりだったよね?」

悲恋「まあね」

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