ストーカー「あの子の家に侵入してやる……」 (28)


俺は長年ある女のストーカーをしている。


どんな女かというと、まず美人、それに金持ち。
しかし俺が魅力を感じているのはそんな表面的なところではない。

彼女はとてもおしとやかなのだ。


今やおしとやかな女など絶滅したとばかり思っていたが、こんなところに生き残りがいたのだ。

俺は希少動物の保護でもしているような心境で、彼女を密かに追いかけ続けた。


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そんな彼女もようやく親元を離れ、一人暮らしを始める時がやってきた。


どんな住居かというと、マンションやアパートではなく、なんと一軒家を建築しての一人暮らし。
さすが金持ちである。


感心すると同時に、これまで希少動物保護官に過ぎなかった俺の中に、ある野心が芽生える。


今までは見ているだけでよかった。
今俺が吸っている空気の中に、彼女の吐息が混ざってるかもしれないと考えるだけでよかった。


だが、今や俺が彼女に近づくにあたっての障害はなくなった。
手を伸ばそうと思えば、伸ばせるのだ。届くのだ。

もう我慢できない。



「あの子の家に侵入してやる……」



俺は決心した。


もちろん、侵入するといっても至って平和的なもので、乱暴なことをするつもりなど毛頭ない。


一対一で、俺が長年溜めてきた想いを打ち明けるだけでよい。

きっと彼女もそれを受け入れてくれるはずだ。


彼女の反応によっては、もしかしたら乱暴を働いてしまうかもしれないが……
それは仕方ないことだ。


しかし、いざ侵入を試みようとすると、そう簡単にはいかないことが分かった。

なにせ彼女の家、まるでちょっとした要塞なのだ。


窓が一切ない上、いたるところに監視カメラが仕掛けてあり、
唯一の侵入経路といえる門から玄関のドアまでの間にはセンサーが設置されている。

これらのいずれかに引っかかると即、近くにある詰所から警備員が飛んでくるという仕組み。


きっと親が彼女のために過度なセキュリティを用意したのだろう。余計なことしやがって。


現にこれまでもセールスマンや宗教の勧誘員らしき連中が、幾度となく警備員に捕まっている。

このままバカ正直に真正面から向かったのでは、俺も奴らと同じ運命になる。



だが俺は、そいつらの挙動をチェックし、全て録画することに成功していた。

その映像を見てみると、無敵に見えるセキュリティにもどうやら穴があるらしいことが分かってきた。


それからというもの、「穴があるらしい」を「穴」に変えるべく、俺は血眼になって映像をチェックした。



双眼鏡で監視カメラの位置を探り当てたり、
時には犬や猫を彼女の家に放して、センサーが反応する範囲を調べることもした。



そして、俺はようやく監視カメラやセンサーの死角――つまり「穴」を発見することに成功した。


一度見破ってしまえば、あとは練習あるのみ。

俺は彼女の家の監視カメラとセンサーをくぐり抜けるシミュレーションをひたすら続けた。


近所の公園で、通行人の目をごまかしつつ、何度も何度も何度も……。





やがて、俺は確信を得た。

「いける! ……あの子の家に侵入できる!」


いよいよ決行の日――



彼女が帰宅するのを確認してから、俺は家の前に立った。

むろん、監視カメラやセンサーの範囲ではないギリギリのラインに。



深呼吸し、態勢を整える。

いける。やれる。今の俺なら絶対に彼女の家に侵入できる。


Go!



ほふく前進、体をひねりながらの前転、仰向けになりながらの前進と、
公園で何度も練習した動きを繰り出す。

俺はミスすることなく、玄関のドアまでたどり着いた。


時間にしてみればほんの十数秒だったろうが、俺にとっては永遠にも感じられた。


おそるおそるドアノブを回す。



ビンゴ!

やはり鍵はかかっていなかった。


厳重なセキュリティに守られているがゆえの脇の甘さ。



外部のセキュリティがしっかりしている家ほど、一度侵入してしまえば
財布や通帳が分かりやすいところに置いてあるなんて話があるが、彼女も例外ではなかった。


聖域への侵入を果たした俺は、さっそく家の中を見回す。
廊下が一直線に奥に伸びているというシンプルな作り。

いくつか部屋があるようだが、俺は本能的に一番奥の部屋に目をつけていた。



間違いない、彼女はあの奥の部屋にいる……。



俺の心の中にあるブレーキはもう限界。

俺は部屋の中に猛突進した。



「うおおおおおおおおおっ!」


ドアを開けると、俺の予想通り彼女がいた。
俺が長年追い求め、家に侵入してまでお近づきになりたかった彼女が……。



「や、やあ……」

「あなたは……」



いつも遠くから眺めるだけだった彼女が、数メートル先にいる。
だが、このあまりに衝撃的すぎるイベントは、かえって俺の頭を冷めさせてしまう。


俺は不法侵入をしたことを、急速に後悔し始めたのだ。


「すっ、すみません! 俺、勝手にあなたの家に入ってしまって……」

「いいのよ」

「え?」

「だって私、こうなる日をずっと待ってたんだもの」

「へ……?」



そういうと、彼女は手元にあったリモコンのスイッチを押した。

すると――


そのとたん、俺がこの部屋に入るために使ったドアを覆い隠すように、灰色のシャッターが閉まった。

この家に窓はない。


つまり、これでこの部屋は完全な密室となってしまった。



「こ、これはどういうことだ!?」

「…………」

「そ、そうか! 分かったぞっ! 前々から君は俺の存在に気づいてたんだ!
 そして俺を警察に突き出すために、こんな罠を用意していたんだな!
 この家はいわば『ストーカーホイホイ』だったんだっ!」



やられた……。

あとは彼女が用意してるであろう防犯グッズが俺を攻撃すればゲームオーバー……俺は観念した。


だが、彼女からの返事は意外なものだった。



「ううん、少し違うわ」

「え……?」

「たしかに私は前々からあなたの存在に気づいていたわ。
 というよりむしろ、私の方が先にあなたの存在に気づいていたのよ」

「は……?」



なにをいってるんだ、この女は。
意味が分からない。
俺と彼女、一方的に一目惚れしたのは俺だ。俺が先のはずだ。
彼女が俺のことに気づいたのは俺がストーカーになったその後、のはずだ。



「私はあなたが大好きだった。だけど私からあなたにアプローチしたら、
 がっついてると見なされて、あなたの好みから外れてしまう危険性があった。
 私、あなたの好みは熟知していたから……」



女の瞳の奥に、鈍い光が灯る。



「だから……待ち続けることに決めたのよ」


「まさか……まさか、全てが俺を誘い込むための罠だったのか?
 親元を離れたのも、こんな窓がない一軒家を建てたのも、セキュリティにわずかに穴があったのも、
 玄関のドアに鍵がかかってなかったのも」



俺はおそるおそる口にした。



「俺好みの“おしとやかな女”だったことすらも……」

「そうよ」



女はにっこりと微笑んだ。

その禍々しさは筆舌に尽くしがたく、西洋の魔女を思わせるものだった。


「最初はあなたが侵入しやすいようにセキュリティを設けないことも考えたけど……
 それだと警戒されちゃうかもしれないし、それに障害がある方が愛って燃え上がるものでしょ?」

「あ……あ……」

「私は愛という鎖に捕われた姫、あなたはその姫を助けにやってきた騎士(ナイト)……。
 数々の苦難を乗り越え、二人はようやく出会えたのよ」

「ああ……あああああ……」

「誰も入ってこれないこの部屋で、たっぷり愛し合いましょうね。あ、な、た」



俺は悟った。

俺はもうここから出られない。

たとえ腕力に訴えても、この女の「執念」には決して敵わない。



俺は侵入したはずが、捕まってしまったのだ。

このおしとやかでもなんでもない、俺以上のストーカー女に。





― 完 ―

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