依田芳乃と石ころと願い (27)
依田芳乃と出会ったのは、今でも奇跡なんだと思っている。
その日アイドルのスカウトをするため外を歩いていた俺は、もう昼過ぎだというのに一人もスカウトできずにいた。
社長は「歩いていればティンッとくる人がいるものだよ」と言っていたけれど、そんな運命の相手みたいな出会いがはたしてあるのだろうか。
次からは道行く女性にもっと声をかけていこうと決めた時、道の途中に神社へ続く階段があることに気付いた。
やれることはやっておこう。
俺は階段を登り、神社の賽銭箱に五円玉を入れて祈った。
(トップアイドル並みの魅力を持つ……)
違う。
(トップアイドルの器を持った……)
そうじゃない。
そんなことは大切じゃないんだ。
俺にとって一番大切な願いは。
「俺と一緒にトップアイドルを目指してくれる子に巡り会えますように」
「よびましてー?」
「えっ?」
いつの間にか、背後に和服を着た少女が立っていた。
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社長は「ティンッとくる」と言っていたけれど、とんでもない。
少女を見た瞬間、もっと衝撃的で圧倒的で神秘的な感覚が全身を駆け巡った。
言葉でいうなら、そう「ぶおお!ときた」とでも言えばいいのだろうか。まるで暴風を正面から受けたような感覚だ。
今まで感じたことのない『運命』の存在感に圧されて、俺は名刺を出すことも忘れ、口から出た言葉は。
「俺と……トップアイドルを目指してくれるのか?」
なんて酷いスカウトもあったものだろう。
それでも少女は静かに頷いて、微笑んでくれた。
「それがそなたの願いならばー、叶えるといたしましょうー」
これが俺と依田芳乃の出会いだった。
芳乃は不思議な子だった。
出会いが不思議だったのだから、本人が不思議でも驚きはしないけれど、それでも変わった子なのは事実だった。
芳乃は、古風と言えば聞こえはいいがはっきりと世間知らずと言った方が近い。
今時の子にしてはスマホを持っていないというので、連絡のための会社用のものを渡した時に「これはなんでしてー?」と聞かれた時は焦った。
「……さすがに携帯電話は知っているよな?」
「人々が使っているのを見たことはありますがー」
(駄目だこりゃ)
とりあえず電話の取り方だけ教えておいた。
本当はかけ方も教えたかったが、タッチパネルに慣れていないようなので今回は取り方だけにしておいた。
基本的に俺からかけることはあっても芳乃から電話することはなさそうだし、普通の電話(黒電話以外を含む)は使えるというので大丈夫だろう。
大丈夫だよな、たぶん。
しかしスマホも知らないとは。
逆に現代日本でどうやって過ごしていればそんな娘さんに育つのか気になるほどだ。
それとなく聞いてみたところ、なんでもずっとばばさま(芳乃のお祖母さんでいいのだろうか?)と生活をしていたらしく、また修行中の身ゆえ都会の文化には少し(自称)疎いのだという。
確かにそう言われれば納得できるほどに芳乃は年寄りく、渋い性格をしている。
好きなお菓子はお煎餅。まあ、これは普通と言えるが食べ方がすごい。
きっと行儀についてばばさまにしっかりとしつけられたのだろう。
座布団に正座で座り、緑茶を注いでお煎餅を食べる姿はそれだけなのに堂に入った動きで、貫禄さえある。
もはや『正しいお煎餅の食べ方』のお手本かと思えるくらい綺麗で、お煎餅を食べてるのに欠片がまったくこぼれない。
一緒にお煎餅を食べた後に俺のまわりだけに落ちてる粉を見るたびに、少し恥ずかしい。
特技は失せ物探し。
理屈はわからないが、芳乃は探し物が得意で、芳乃と出会う前に無くしたペンでさえ、ひょいと見つけてしまうのだ。
夏はリモコン探すので大活躍しそう。
「人びとは物を無くしたと言いますがー、物が無くなることはそうそうないのでしてー。探せば見つかるのは道理かとー」とは芳乃の談。
そんなこと言ったって、無くなるものは無くなるんだからしょうがないじゃないか。
そんな反論をしたら「大切なものの状態くらいちゃんと把握しておくように」とか「見失ってからでは遅い」とか果ては「無価値な物などこの世にない」などなど、長いお説教をされてしまった。
最終的に新しいお煎餅を買い与えることでご機嫌を取ることになった。
16歳のご機嫌をお菓子で取る。
それでいいのか、俺。
趣味は石ころ集め。だから渋いって。
俺にはよくわからないよさげな石を芳乃は大事そうに拾っている。
ふと気になって芳乃が拾わなかった石を掴んで、聞いてみた。
「この石と今芳乃が拾った石は何か違うのか?」
芳乃のことだ。きっと拾った石は霊的な有難い石なんだろう。
「こちらの石は、すべすべしていて肌触りがよいのでしてー」
「それだけ!?」
思ってたより普通だった。
「え?もっとないの?霊験あらたかな何かがあるとかさ」
「そなたー、道に落ちている石ころにそのようなものがあるとでもー?」
「いやでもさ、すごい価値が秘められてるとか期待するだろ」
「石ころに価値の差などありませぬー」
すごい身も蓋もないこと言ったぞ!?
「先ほどわたくしが拾った石ころも、あるのは価値の差ではなく性質の差でしてー。そしてわたくしはこの石ころが有するすべすべに価値を与えたから、こうして拾っているのでしてー」
「価値は人が与えるものにすぎないって話か?」
「さようでしてー。加えて言うなら、ごつごつした石ころでも誰かが磨いてすべすべにしてあげれば、それはわたくしにとって魅力的な石となるのですー」
そういうものか、と持っていた石を地面に戻そうとしたら横からひょいっと取られた。
「そなたが石集めに興味を持った記念でしてー」
記念。よく女性はちょっとしたことでも記念日を作るけれど、そんな普通の女の子らしい言葉が芳乃から出てきたことが少し微笑ましい。
(今取った石を芳乃が大事にしてくれたらいいな)
そんな感想を抱いた自分に気づき、なるほどこうやって価値はついていくのかと感心していたら、芳乃は石ころを自分の懐ではなく俺の手にもう一度握らせてきた。
「すべすべ、楽しみにしておりましてー」
……磨けと?
後日、俺の机の上にはすべすべになった石ころが飾られた。
このように少し、いやかなり変わった女の子である芳乃だが見た目は16歳には見えない幼さで、変わった行動もおばあちゃんっ子のような愛らしさを感じさせる。
そしてなにより、芳乃は出会った時に言ったように、アイドルに対しては真剣に向き合ってくれた。
「歌と舞は心得がありましてー」と言っていたけれど、レッスン内容はおそらく今まで経験したことのないものだろう。それでも真摯に向き合ってくれている。
これまでとはまったく異なる環境で、初めての体験を連続して行う。その精神的な負担は16歳の少女には重いものに違いない。
しかしそんな過酷な生活でも芳乃は不安を見せることなく、レッスンに励んでいる。
もちろん俺も全力で芳乃をサポートし、芳乃をアイドルとして輝かせるために尽力した。
芳乃がアイドルとしてデビューし、ランクアップを果たすまでそう時間はかからなかった。
芳乃がランクアップした次の日、俺はパソコンの前で悩んでいた。
芳乃のアイドルランクが上がったわけで、やはりここは芳乃を祝うために何か美味しい物を食べさせてやりたい。
しかしここで一つ問題があった。
……芳乃が喜ぶ料理が思いつかない。
いや、まったく思いつかないわけではない。
伊達にプロデューサーとして接していたわけではない。一緒に昼食を食べにいくことだってあったんだ。
芳乃が和食を好きなのは知っているし、魚も煮付けより焼き魚の方が好きなのも知ってる。あと精進料理みたいな質素な食事をよくしている。
けど、俺がそういうお店に連れて行って芳乃は喜ぶだろうか。
(あいつ絶対実家ではもっと良いもの食べてたろうしなあ)
お祝いだと言って連れてった店でこちらに気を使われたりしたら、目も当てられない。
あーでもないこーでもないと悩んでいた俺に、背後から声がかかる。
「そなたー、何かお悩みでしてー?」
「ああ、ちょっとな」
「よろしければ、わたくしが聞きますがー。何か助けになれるかもしれませぬー」
「実は芳乃のランクアップのお祝いを考えててな。お祝いだから何か喜ぶものを食べさせてやりたいんだけど、どんな店なら芳乃が喜ぶかわからないんだー」
「それならばファミレスに行ってみたいのでありましてー」
「ええ…。お祝いでファミレス連れてって、芳乃が喜ぶかなー?」
「本人がそう言っているので、間違いはないかとー」
「……え?」
声の主は芳乃だった。口調で気付けよ。
「さすが芳乃。悩み事解決はお手の物だな。相手に気付かせず解決するなんて」
「そなたは気を抜きすぎかとー。途中から口調が移っておりましてー」
くすり、とさっきの会話を思い出したのか芳乃が笑う。嬉しそうでなによりだ。
少し気恥ずかしいけれど、せっかくリクエストを貰ったんだ。大人しく従うことにしよう。
「じゃあ、ファミレス行くか。好きなの頼んでいいぞ。今日は特別な日なんだからな」
「では、ハンバーグを所望しますー」
「がっつりいくね!?」
その日、芳乃はハンバーグのセットとドリンクバーとパフェを頼んだ。
精進料理でも和食でも質素でもなかった。
俺の悩みはなんだったんだ。
微妙に納得がいかなかったけれど、芳乃は満足そうに笑っていたので良しとしよう。
「なあ、芳乃」
帰り道、隣を歩く芳乃に声をかける。
「また良いことあったら、お祝いしよう。次のランクアップとか、CDデビューとか。トップアイドルになった時とか」
捕らぬ狸の、とは言わせない。いつかは叶える夢と決めているのだから。
「トップアイドルになって食べるファミレスのハンバーグは、楽しみでしてー」
「いや、トップアイドルになったならもっとすごい店に行けるぞ」
というかハンバーグなのは決定なのか。以外と肉食系だな。
「ファミレスでいいのでしてー」
「でもなあ」
「ファミレスがいいのでしてー」
俺の目をまっすぐ見て、芳乃は言い切った。そしてふわり、と顔をほころばせて
「次のお祝いが楽しみでしてー」
と嬉しそうに歩く。
そんなにファミレスが気に入ったのだろうか。
やはり芳乃は不思議な女の子だった。
一旦ここまでです。
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