逸見エリカSS、最終章です。
以下の続きです。
第一章 黒い森、闇の世の夢、峰に姫
みほ「ごめんね、エリカさん。さようなら、逸見さん」【ガルパンSS】
みほ「ごめんね、エリカさん。さようなら、逸見さん」【ガルパンSS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457705765/)
第二章 不幸の賛美歌
【ガルパンSS】エリカ「貴女の隣にいるのは誰?」【みほエリ、まほエリ】
【ガルパンSS】エリカ「貴女の隣にいるのは誰?」【みほエリ、まほエリ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1461330106/)
前スレとは関係ありません。
前スレ:【R-18】みほ「愛里寿ちゃんのことをもっと知りたい大作戦?」【ガルパンSS】
【R-18】みほ「愛里寿ちゃんのことをもっと知りたい大作戦?」【ガルパンSS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1464354062/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1465563662
◆■
つい昨日まで私は、自分が世界一不幸な人間だと思っていた。
しかし世の中にはもっと辛いことがたくさんあるようだ。
大した不幸自慢にはならないが、ここにはある一人のかわいそうな少女がいた。
私の目には、少女は涼しい顔で何でも卒なくこなしてしまう、完璧な人間だった。
いつでも達観しているようで。
けれど、いつも泣いているようだった。
◆
戦車道大会の決勝戦を明日に控えた夜、私は隊長の部屋に呼び出されていた。
けれど普段寡黙な隊長の口から出てくる話は珍しいものばかり、まるで私と話をするために話をするような。
どこか、らしからぬ行為に、内容がイマイチ頭に入ってこない。
それに見かねた彼女は困ったような顔を私に向ける。
「エリカ? 何か言ってくれないか。私だけ喋っててもつまらないわ」
苦笑する彼女に、私は小さく返事をすることしかできなかった。
「……いいんだ。明日のこと、緊張するのは仕方ない。……そうだな、ひとつ小話でも聞いてくれないか」
私はそれに答えず、彼女は無言の肯定と取った。
「あるところに、仲の良い姉妹がいた。……姉はおとなしく、妹は活発で、正反対の姉妹だった。
しかし長女は家業によって、立場上厳しく躾けられた。そしてソレを継ぐことに、何の抵抗もなかった」
「どうして、ですか?」
「理由は二つだ。……一つ、姉は器用に人生を歩むことができない人間だった。
二つ。彼女にはなぜか才能があって家を継がなければならなかった」
「やめるという選択肢は……」
「無かった。彼女がやめれば、その矛先は妹に向くだろう。妹に同じ思いをさせないために、彼女は全てを受け止めた。
妹には、自由な自分の道を行ってほしかった。そうして彼女は自分を持たない、ただの操り人形になってしまった。
妹を守るという、ただ一つの意思を除いて。親の期待に応え、厳しい教えを貫き通し、自分を捨てたんだ。
けれど、妹はある日遠くへ行ってしまった。姉が継いだモノが原因で。
妹のために必死に続けた家業は、意味がなくなってしまった。後に残された彼女は何を思っただろう」
私は、口を開くことができなかった。押し黙る他無かった。
数秒考えたところで、知ったように語りかけられる内容ではなかったからだ。それでも彼女は気にせず続ける。
「私は、あの子に自分の戦車道を見つけてほしいから、西住流を継いだ。
でもあの子は私が継いだ西住殿流に潰されて戦車道をやめた。……ひどい結末だ。ワタシは何なのだろう。
そうして考えた。あの頃、必死にやってきた戦車道は、無駄だったのではないか。
本当に私は戦車道が好きなのか、やりたいのか。よく分からなくなった。
もっと別の道があったのでは。……そう悔やんでも、もう遅い」
彼女は椅子から立ち上がると目を閉じた。まるで記憶の奥、過去の自分を責めるように。
「……私はつまらない人間ね。
好きなこと? 戦車道よ。好きなテレビ、戦車道。好きな本、戦車道。
私の人生にはその三文字しかない。ソレ以外、何も無い。
それでも、進むしかない。私に残されたのはこの道しかないのだから」
そして彼女は窓に手をあて、遠くを見つめた。その先に何を見ているのだろう。過去、未来、現在、それとも。
「……私は、あの時のあの子の選択が間違っていたとは思わない。けれど、私にはこの道しかないから。
正しいのだと、心は感じても。……頭が否定する。
理屈では消えないの。恨みも、後悔も。私は何も、何もしてあげられなかった。
そして今、あの子が私たちの前に立ちはだかった。なんてバツの悪いユメなのだろう。本当に……」
今まで見たどの表情よりも、彼女らしからぬ顔で、小さく覇気の無い声で、呟いた。
「私の生きる道が……ユメなら、よかったのに」
その言葉には、少なからず恨みも混じっていたと思う。
「……エリカ。私はあの時、お前と同じように、何かに縋りたかったんだ。
そして私の目の前にエリカが現れた。あの子と同じように傷つき、弱っていたお前が。
しかし、お前に縋られることで私は私を保つことができた。私にとって、エリカが生きる意味になっていたんだ。
誰かを守ったり、縋られたり。何か理由がないと、私は何もできない。ちっぽけな存在だ。
だから、あの日から今まで私を私でいさせてくれたのはエリカ、お前だ。すまない、それと、ありがとう」
「そんな、やめてください……私は、そんな……」
あぁ……私はなんてヒドイ思い違いをしていたのだろう。強い人間ほど、孤独もまた強い。
いつも何でも完璧にこなしてしまう。彼女はそうすることしかできない人だとしたら……。
家に縛られ、守っていた妹も去ってしまった。彼女は何を生きがいに生きればいいのだろう。
この人を支えてあげられる人は他に誰がいるのだろう。
私しか、いないはずなのに……。
そうだ、私しかいないんだ。
私はあの時、あの子と再開してしまったあの場所で、あの子といた日々を思い出してはいけなかったんだ。
あの子と再び、肩を寄せて歩く日を祈ってはいけなかったんだ。
……どうして、私はこうも自分勝手なのだろう。
「……ねえ。石を食べる聖人の話を知ってる?」
私はゆっくり頭を振る。今は隊長の話をまとめるのに精一杯で、それ以上何もできなかった。
「彼は好むと好まざると石を食べるしかなかったのよ。
その能力が与えられた事には何らかの意味があるから。そう、戦車道の才能があったことには。
私にその意味が分かる日はいずれ来るのだろうか……。
ねぇ。これを聞いて、こんな私でも、まだ黒森峰の隊長として、一人の女性として支えてくれる?」
「……貴女が聖人なら、私はさしずめ見習い修道女ですね。……だから義務の話なんて分かりません」
「解ろうとしないだけかもしれない」
「甘く、みないでください……! 私のキモチはそんなことで消えたりしません」
「キモチ、か……。私は、後悔していた。エリカから大事なモノを奪ってしまった。今更返すこともできない」
「何を言ってるんですか、隊長」
「けれど、エリカ、せめてお前の心は返してやりたい」
「隊長……?」
その言葉の意味が、私には、よく分からなかった。
「明日の試合に負ければ、私の道は間違っているということになるな」
「そんなこと……」
「そうなれば、エリカ。お前との関係も終わりだ」
「えっ……どういう、意味ですか……」
「私の道が間違っているということは、私自身の存在が間違っているということ。
そんな間違いだらけの人間についていく必要はない」
「間違っていません! 隊長、貴女の道は間違ってなんか!!」
「ありがとう、エリカ。けれどそれは私がお前の心まで奪ってしまったからそう言えるだけだ」
「違います、私は、私は! そんな、ヒドイです……私はいつだって隊長の味方で、」
ウソだ。私はウソつきだ。
あの時、あんなに涙を流したのは誰? 元に戻ることを毎日夢見ていたのは誰?
彼女に抱かれながら、あの子に抱かれている想像をしていたのは誰?
「こんなことになってしまったが、エリカ。私は、幸せになってほしいんだ。お前に」
「……何を言ってるのか、よくわかりません。私は充分幸せですよ?」
幸せ……それは本当だ。私はこの人にとてもよくしてもらっている。
望まずとも、この人は私に全てをくれる。
「傷の舐めあいが、か? あの時、あの子に会ったお前が忘れられないんだ。お前は本当に、今でも好きなのだろう。
……裏切られた、なんて思ってはいない。あれこそが本心だ、エリカ」
「でも、私は……」
「いいんだ。そして自分を責めるな。あの時のお前は、私にとって都合の良い存在だったんだ。
私の生きる意味になってくれた。これは私がお前の弱さに漬け込んだことだ。私を恨んでくれていい」
それでも。私はあの時、隊長がいなかったらどうなっていたことか。
「……いいえ。私はあの時の隊長に救われた、恨んでなんかいませんよ。
私にとって、あの時の貴女は闇夜を照らすお月様だったんです。希望の光だったんです。
それが間違っててもいいじゃないですか。
それに私は、あの子のことなんて、もうぜんぜん……」
言い終わる前に、彼女は口を開いた。
「では証明してくれ。明日の試合で。私を勝利に導いてくれ。私の道が間違っていない、と」
「……分かりました。黒森峰の副隊長として。西住まほに忠誠を誓ったモノとして」
「そうか……プレッシャーをかけるつもりは無かったんだ。悪かった……。さぁ、そろそろ部屋に戻って休んでくれ」
「あの、隊長っ! お願いです。今日は、何もしなくていいので、お願いです……一緒に寝させてください」
彼女はただ一度頷くだけだった。
初めて、隊長の本当のことを知った。それは私が気にしなかった、気にも留めなかった西住まほの事。
私は自分勝手だから。私は私の世界のことにしか考えが及ばなかった。
狭いベッドに二人、彼女からは寝息一つ聞こえない。まるでもう生きてはいないような、静かな顔。
隊長の頭を腕に抱く。貴女はこんなにも辛くて、悲しいあなたの世界で。
こんなに頑張って生きてきたのに。
私は、私はあの時貴女になんて酷い裏切りを……。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
小さく、呟いた。
黒森峰が負ければ、隊長はこれから一人きりになってしまう。彼女はこれから何のために生きるのだろう。
私は怖くてそれ以上考えられなかった。
私は、支えなければ―――可哀想な隊長を。
そう、私は人形だ。西住まほの人形。心は捨てたはず。全て隊長に捧げた。
だから、もう考えるのはやめよう。叶いもしない夢を持つのはやめよう。
私は、人形なのだから。
隊長のため、あの子の敵になる。それでいい。私は、勝ちたい。
勝って、隊長の道が間違っていないことを証明したい。一人きりになんてさせない。
私が、彼女を、隊長を、西住まほを唯一分かってあげられるのだから。
それは、人形になった私が初めて強く望んだことだった。
私は、その想いと彼女を抱えて、深い闇に墜ちていくことを決めた。
◆
そうして、轟音は二つの砲撃を最後に止んだ。
あたりは静寂を迎え、沸き起こる歓声は私たちへのものではなかった。
走行不能となった車輌から降り、こちらに歩いてくる隊長は、それでも毅然とした態度で。
すれ違いざま、何も言えなかった。ただ、付いていくことしかできなかった。
すると彼女はすぐに足を止め、こちらに向き直った。
「ありがとう、エリカ。……良い戦いだった」
「そんな……やめてください。これは私の責任です、私がもっと早く駆けつけていれば……!
私のせいで隊長に、勝利を……。貴女の道が正しいということを、証明できませんでした」
「いいんだ。お前は私の指示通りに動いて、最高の働きをしてくれた。至らなかったのは、私の方だ。
しかし、そうか……。私の道は、やはり間違っていたんだな……」
私にはかける言葉が見つからなかった。
否定しても肯定しても。それは確実に、終わりを告げる言葉だからだ。
それでも。
私は、この人を支えなければ。
私は隊長のモノだから。
どんなに不恰好でもいい。泥だらけでもいい。私は、この人を支え続けるのだと、誓ったから。
「いいえ……私はイヤです、隊長」
俯き加減に弱々しく喋る隊長は、もう見ていられなかった。
「私には貴女が必要で、西住まほには私が必要なはずです。
これからも、貴女の道が正しいと証明するために、傍にいさせてください」
「エリカ……」
「これでは、隊長が救われません……。次はきっと、私が貴女を救う番なんです。
それに、あの子はもう私たちがいなくても大丈夫でしょう。さっきの試合、ホント……すごか、った……」
息が詰まる。あぁ、泣く。泣く、泣いてしまう。
「私がいつまでも、貴女をサポートします、隊長。貴女を一人にするなんて、私には出来ませんから」
涙ぐみながら、私はそう告げる。
この涙はあの子への涙ではない。
貴女に変わって悲しむ涙なのだと、言い聞かせた。
そう、私はもう貴女についていくと決めたから。
「私は、ズルイな……。白状すると、もし負けてしまっても、お前が私についてくることは分かっていた。
エリカの心まで、奪ってしまったから。あの子の元へ行って欲しいと口で言っても。願いはその反対だ」
ぽつぽつ零す彼女は、さっきまでの隊長とは別人のようだった。
「私は利己的で自分が一番可愛かったんだ。こんな弱くて冷たい私を、許してくれ……」
「いいじゃないですか。自分を優先するのも。とっても、人間らしいですよ」
「エリカ……。それでもせめて……蛇のように賢く、鳩のように純真であれ」
「……どのみち鳩が賢しらに生きたって、辛いことばかりですよ、隊長」
「あぁ……確かに、そうかもしれないな」
それは誰に向ける言葉でもなく、彼女が自分自身に、言い聞かせたように思えた。
「それに、私には分かります。貴女はそれほど冷たい人間じゃない、と。
さぁ、帰ってゆっくり休みましょう。今の私たちに必要なのは、休息、ですね」
それから特に話をするでもなく、撤収作業だけを坦々と終える。
声をかけられる状況でもなかったし、誰も口を開かなかったからだ。
そうして作業が終わり、出発しようとしたところで。
あの子が来た。
隊長と二言ほど交わした彼女に、私も一言。
私も、私も。もう二度と会わないだろう貴女に。
二度と、こんな感情を持って会わないだろう貴女に。
ただ一言。
「次は、負けないわよ」
その一言は、戦車道を往くあんたに送る言葉。
他に、言葉は要らなかった。
だって。
もうあんたに私はいらないから。今のあの子にはたくさんの友人がいて。
信頼できる仲間がいて。そして、たくさんのライバルがいる。
あぁ、また届かないところへ行ってしまった。でも、もうそんなことも悩まなくていい。
去っていくあの子の背中に、あの時と同じ気だるさを覚えた。
ただ。
去る間際、目を背けるその瞬間。
一度だけ、俯いた彼女の、その寂しげな表情を。
私は一瞬で脳裏に焼き付けると、それが頭の中で何度も反復した。
どうしてそんな顔をするのよ。
他に何か言いたかったの? どうしたかったの?
でも、今から何が変わるでもないじゃない。
私には私のやらなきゃいけないことがあって……。
……やらなきゃいけないこと……?
何をしなきゃいけなかったの?
あの日あんたを……いや、隊長を、支える……違う、そうじゃなくて……。
あぁ。
もう、よくわからない。
けれど、私のココロの奥底が、なぜだか……焦げ付くのを感じた。
遠くなる。あの子の背中が、遠くなる。また、遠い。
そうして角を曲がって見えなくなった。それが、視線を外すきっかけとなった。
もう二度と会えないだろう、けれど涙は見せない。それは裏切りだから。
私たちはここから再出発する。操り人形同士の、悲しい演劇にみえるだろう。
それでいい。私たちは、これでいいのだから。
キーをまわし、駆動音が響く。
ふと、視線を感じた方に顔を向けると、隊長と目が合った。
じっくりと、私のココロを見透かすように。
私はあわてて前に向きなおす。大丈夫、何も見られてはいない、はずだ。
私は弱いから。
だから涙を流さないようにしなくては。
それでも唇が震える。ハンドルを持つ手も震える。
どうしてカラダが震えるの、止まれ、止まれ、止まれ……っ!
でも、泣かなかった。一度泣いてしまえば、それが全ての終わりだと分かっているから。
喉が締め付けられる。カラダは更に震える。歯はカチカチと。
視界が滲んでいく。涙腺が熱くなる、じわじわと。
唇を噛み締める。心臓がきゅうと縮む。ドクンと、一度。
それで私の、あの子への全ては消えた。憧れも、想いも。思い出も。
さようなら、ただ一度愛した人。本当に、さようなら。
……もう、大丈夫。私はあの子に、会わなくても大丈夫。隊長がいるから。
そう思っても。やっぱり私は弱いから。望まずにはいられない。
―――この願いが 叶うならば 一つでいい せめて夢で逢いたい
「何をしているの、エリカ」
「すみません……今、出します」
「そんなに泣いていては、キレイな顔が台無しだ。涙を流すのは今じゃない」
彼女はそう言って、あの時と同じ白いハンカチで私の涙を優しく拭きとっていく。
「これからのお前の道には、やはり私は必要無い。……私たちの道は、もう終わったよ」
その表情はどこまでも穏やかに。
その言葉は彼方までも鮮烈に。
「エリカ、最後の命令だ」
ただ、一言。
「心に、従え」
私はそれに答えなかった。いいや、答えられなかった。
なぜなら飛び出していたから。
後ろのほう、遠ざかる車の音に、隊長への申し訳なさと感謝を何度も呟いた。
けれど一度も振り向かなかった。それは命令違反だ……。最後の命令には叛けない。
髪を振り乱し、ただ早く足を動かす。あの子が去った方向へ向かって、がむしゃらに。
帽子が飛んでいく。カラダが思ったように動かない。心臓が痛いくらいに鼓動する。
呼吸が苦しくても、ひたすら走った。破裂しそうなくらい、痛いのに。
それでも私は前に進む。後ろ向きではなく。
前に進むために、前進する。
その簡単な動作。まだ間に合うか、もう間に合わないか。
どれくらい早く走ればあの子に追いつけるだろうか。
足がもつれてこけた。膝が痛い。でもすぐに起き上がって走った。
……あの時みたいに手を貸してくれた隊長も、もういない。
何度も足を止める誘惑が襲い掛かる。
だってそうでしょう? この結末が、あの子もいない、帰る場所もないなんて。
そんな滑稽なことはもうたくさん。
でも、何度そう思っても、止まることはしなかった。
私はもう、止まれないから。
夕日は眩しく、強烈な赤を目の奥に刻み付ける。
……あぁ、そうか。
まるで太陽を追っているみたい。いいや。太陽の子を追っているのだ。
このままでいたくない。こんなのは違うはず。私は変わることができるはずよ。
偽りに耐えて。耐えて、耐えて、絶えた、自分の本当の気持ちを。
諦めない、もう迷わない。
輝く未来へ、喜びも悲しみも許しも慰めも抱いて。
私は走り続ける。
◆
「あぁ、逸見さん」
逸見さん。それが私の名前だ。
あの時と同じ声で、あの時と同じ顔で、彼女は私の名前を口にした。
「どうしたの? そんなに走って。もしかして見送りに来てくれたの?」
これは見送り……なのだろうか。いや、違う。
連れ戻しにきた、というのは少々語弊があるように思えた。
「優しいんだね、逸見さんは」
にこりと、けれど寂しげに笑う彼女に私が抱いたのは。
少しの安堵と勇気だった。
視界いっぱいに広がる夕焼け、彼女は顔を背けてしまった。
互いにそのまま無言で立ち続けている。何を話せばいいのだろう。
どうして私はここにいるのだろう。
どうして、彼女はこんなところにいたのだろう。
暗い影を地に落とした彼女のその影を、私は今度こそ離すまいと、彼女に駆け寄った。
「来ないで!」
しかし数歩進んだところで、彼女の言葉に、私は足を止めてしまった。
初めて聞いた、感情を露にする様な声。
まるで本当に私を拒絶するような、魔法のように、カラダが動けなくなった。
彼女は、未だ後ろを向いたまま続けた。
「ごめん、来ないで……」
「どうして……?」
「……ダメだよ。私はもう戻らなきゃ。逸見さんも早く戻らないと」
「お願い。最後にもう一度だけ、話をさせて。顔を見させて」
「ダメだよ。私は、もう、逸見さんと何にも関係がないんだから……」
何も関係がない、か……。
言われてみればそうかもしれない。彼女とはもう半年も前に終わっているのだから。
隊長を置いて、ここに来るべきじゃなかったのかもしれない。
それでも。
私は、前に進みたい。
「あんたがいないのは、もうイヤなのよ!!」
肩をビクリと振るわせた彼女は、それでもこちらを向こうとはしなかった。
「私はもう嫌なの……。自分勝手だと思われてもいい、失望しているかもしれない。でも……っ」
それは、自分が楽になるだけかもしれない。
これは、彼女をもっと傷つけるだけかもしれない。
それでも。
さっきのあんたの顔が忘れられなくて。
「嫌、来ないで」
私は無言のまま前進する。
「ダメ……っ!!」
前に、進む。
「それ以上近づいたら、ダメだよ……」
そうして彼女の手を引いて、振り向かせた。
「ダメって、言ったのに……」
見れば、大粒の涙が彼女の顔を艶やかに濡らしていた。
「どうして嫌ってことするの……どうして見ちゃうの……どうして、会いに来ちゃったの……?」
「あ……ウソ、あんた、泣いて……」
その辛い心情の吐露に、私はそれ以上何も言えなかった。
「ダメなのに、私が逸見さんを苦しませたから、私が泣いちゃいけないのに」
あぁ、この子も。
「私も……逸見さんが好きだよ。……だって忘れられるはずがないよ。いつだって私のことを考えてくれたもん。
……いつだって、考えていたよ……。なのに、ごめんね、私は、すごくヒドイことした……。
辛いのは私だって、押し付けるように。どうして助けてくれないのって、恨むように。
本当は違うの、でも、でも……っ!! 嫌だったよ……私だけ転校するの。私は、私はずっと……っ!」
私と、同じキモチだったんだ……。
「逸見さんに分かる? 私の気持ちが。みんなを置いて、一人で誰も知らない学校に転校した不安が。
逸見さんが傍にいてくれなかった寂しさが。ねえ、逸見さんには分かる?」
「……分からないわよ。だって、言わないじゃない、全部抱えるじゃない!
あんたのそういうところが、嫌いなのよ!!
私のことはなんでも分かってくれていた。でもあんたは、自分のことを何も言ってくれなかったじゃない!!」
「だって、怖かった……。怖かったの。私、こんな性格だから……知ってるでしょ? 人に嫌われたくなくて。
イイ子を演じるしかなくて。それで、あの時何も話せなかった。なにも、なにも……」
少女は何百という生徒に恨まれ、居場所を追いやられ、誰も知らない土地へと逃げるしかなかった。
それはきっと彼女には荷が重すぎた、孤独の結末と始まり。
「ごめんなさい……私はあの時苦しんでいたあんたを助けてあげられなかった」
「……どうして謝るの? 逸見さんは何も悪くない。やっと、分かったの。
あの時は、私がいけなかったんだよ。黒森峰からみれば、あの選択は間違ってた。
でも、私の道は間違っていなかった。ただ、それだけだよ」
「そうかもしれない……でも!」
「ううん、もういいの。もういいんだよ、逸見さん」
「よくないわよ! あの時言ってくれれば、もしかしたらこんなことには……」
そう言いかけて。
本当にそうだろうか、と。頭に過ぎった考えは、私の中で黒い渦となって広まっていく。
その考えは、私の中で内緒にするのは、裏切りのように思えて。私は重い口を開いた。
「もし話してくれていても。その道が間違っていたとしても。私には、ついていく勇気が無かったかもしれない。
好きなのに、その一歩が踏み出せなかったと思う。コワくて、恐くて。
私という人間の全てを投げ捨ててでも、あんたについていくということが。怖くて、きっとできなかった。」
本当に好きだから。包み隠さず本当のことを、打ち明けてしまおう。
「……ごめんなさい。あの時私は逃げた。あんたから逃げて、楽な道を行ってしまった。
隊長をあんたに置き換えて、慰めてもらった。何も望まないと言うクセに、あんたの全てを望んだ。
私は酷い子ね……。あんたのことも、隊長のことも考えないで、自分だけのうのうと過ごした。
貴女も隊長も、苦しんでいるのは気づいていたのに。見てみぬフリをした。
私は弱いから、助けてもらうだけだからと、ズルくて、サイテイな人だった。
だから、あんたに会う資格なんかきっと無い。謝る資格も無い。でも、ごめんなさい……」
私は未来から逃げて。
「私も……。踏み出せなかった。本当は、逸見さんにどうにかしてほしかった。
どうにもならないなら私についてきてほしかった。でも言えなかった。気づいてくれると思った。
思ってることは言わなきゃ、伝わらないのに。私は、諦めちゃった……。
拒絶されることが怖くて、何一つ、逸見さんに伝えられなかった」
彼女は、過去から逃げた。
それからどのくらいの時間が過ぎただろう。
お互いがお互い、呆然と立ち尽くしている。あの日のように、何も言えなくて。
それでも。
時は待ってはくれない。
唐突に携帯電話の着信が鳴る。彼女はスカートのポケットから取り出すと、チラリと一瞥し、こちらに向き直る。
「ごめん、私もう行くね……」
「……逃げるの。そうやってまた、あんたは。私はもう逃げない」
「だって、だってもうどうしたって私は戻れないんだよ!? どうすればいいの、ねえ、教えてよ……」
彼女は顔を両手で塞ぎながら、その場にへたり込む。
震える声は、悲痛な叫びそのものだった。
「私にはもう戻れる場所はない。今は大洗が戻る場所なの。逸見さんには分かるでしょ……?」
「分かる。でもあんたはどうしたいの。私は、私は自分に素直になった。私はあんたと一緒にいたい」
「私は……でも、もう……」
「だから!! アンタの本心を言いなさいよ!! 西住みほ!」
いても立ってもいられなくなった私は声を荒げた。瞬間ビクリと怯え、顔をこちらに向ける彼女が見えた。
でももう止まらない。振り上げた手のひらは、どこかにおろさなくては。
あの子に手が伸びる。振りかぶった手の平が、当たるまであと数秒。
けれど、その腕で彼女を強く抱いた。その柔らかい感触に、一瞬だけ、あの日を思い出しながら。
「逸見さ、ん……? 離して、お願い、離して。これ以上は、私、本当にダメになっちゃうから……」
今ここで離してしまったら。もう二度と、会えないような気がして。
「イヤよ」
「やだ、やだ……。私、もう逸見さんがいないと生きていけなくなっちゃうよ……」
「……それでいいわよ」
「やだ……やだ……。逸見さん、温かいよ……こんなの、私……私……っ」
彼女は腕の中でむせび泣いた。私の肩を、首を濡らして、しがみついた。
「ねえ、教えて。本当に、アンタが望んでいることを」
そうして彼女は、泣きながら苦しげに、小さく呟いた。
「もっと、お喋りしたかった」
「……うん」
「もっと、どこかへ遊びに行きたかった……」
必死に、彼女は訴えた。
「もっと触れたかったよ……」
「うん」
「私、私っ……逸見さんと……もっと、ずっと……っ! 一緒に、いたい……」
「えぇ、私も。……アンタと一緒に、いたかったわ」
涙が笑顔に変わるまで、笑いあえるときまで、私はまだ進む。
「私、アンタのことが本当に好きよ。今でも」
肩越し、囁くように。貴女にしか伝えない。
「少ししかいられなかったけど。まだ一緒にいられるなら」
痛いくらい抱きしめる。触れた指先から貴女を感じて。
「きっと、もっと」
それは、本当に、貴女に伝えたいこと。
「楽しいと思うの」
一度しか言わない。
「私は、今でもね、あんたを……」
最高の I Love you.
「愛してるわ」
「いつみ、さ……ぁ、ごめん、なさ゛……い……っ」
息を詰まらせて、よく聞き取れないが。それでも彼女は、苦しげにしっかりと言葉を紡いだ。
「……こんな私を、赦して……くれるの……?」
「赦す……赦すわ。……私も、許して、くれる……?」
「うん、うん……っ! わたし、逸見さんを、私、わたしっ……!!」
「ごめんね、私も……あんたを、ずっと……ずっと一人ぼっちにさせて……」
それから二人で泣いた。泣き喚いた。
すぐに足に力が入らなくなって、しゃがみ込んで、抱き合って泣いた。
草原いっぱいに聞こえるくらい、泣き叫んだ。今までの後悔を涙と共に全て流すように。
この涙は間違いなく、貴女へのモノで。
声が枯れるまで、涙が止まるまで、二人だけの世界で、互いを許すために泣いた。
「……ありがとう、エリカさん」
「ううん、私も……。ありがとう、みほ」
もう、見ることは出来ないだろうと思っていた彼女の微笑みには、涙の跡が残り。
まるでつきものが落ちたように、ほっとしたような表情で。
その笑顔に、私も精一杯の……とびきりの笑顔で答えた。
それから私たちは、再三召集がかかっても、離れようとはしなかった。
二人の頬は、とっくに乾き。
涙交じりのキスをする。
「しょっぱいね」
「そう?」
そんな何でもないようなことで、また涙が溢れてくる。
本当に欲しかったのは、こういう特別でもない、この子との日常だった。
それが嬉しくて。
私は、もう一度彼女を抱きしめた。
私たちの、一度は離れてしまった道も、今ここで交わった。
いっぱいのごめんなさいを、あの人に祈って。
それが許されるはずはないと知っていても。
出来る限り、あの人をこれからも支えていこう。副隊長として。
いっぱいのありがとうを、この子に捧げて。
互いを許した、もう手は離さない。
目の前の小さな道を、この子と共に歩んでいこう。愛するものとして。
「二年は長いね……それまで寂しいよ、エリカさん」
「電話で声が聞けるじゃない。それに、長い休みになれば会いにいくわ」
「それっていつ?」
「……夏休みかしら」
「もうすぐだよ?」
「そうね、じゃあ来週くらいに行くわ」
「……急だね、エリカさんてそんなんだっけ?」
失礼ね。でもそれが嬉しくて。つい口角が上がってしまった。
「そうよ、そんなんよ、私って。……本当はね」
「良かった。私も、早く会いたいと思ってたの。本当にね」
さっきまでの涙がウソのように、彼女はこの日一番の、最高の笑顔でそう答えた。
「あ……ねえ、見て。キレイな夕日。……なんだか、懐かしいね」
「……そうね」
「随分、遠くまできちゃったなぁ……」
目を細めながら、どことなく哀愁を漂わせるその横顔に。
私はあの日の教室で、同じように見惚れたことを思い出した。
「……おかえり」
「うん、ただいま」
誰もいない夕焼けに照らされた草原で。
夜空の星が、私たちを覗き始めるまで。
カラダを寄せて、互いが互いに欠けた時間を、埋めあった。
貴女と出会ってから溢れ出した希望は、運命を塗り替えて。
地図に無い道を往く。
私の隣にいる、私の未来は、信じる勇気。
闇を潜り抜けて降り注ぐ光。
同じ星空を見上げながら想いを伝えて、同じ世界を灯していこう……。
■
部屋の外、窓から眩しいくらいの月を見上げる。キレイな円を描き、ただ一人、世界を照らす。
……そういえば言っていたな。あなたは月のように闇夜を照らしてくれた、と。
くすくすと笑みがこぼれる。
その例えはどうなのだろうか、逸見。
しかし、昨夜まであのベッドにいたお前も、今はもういない。
……でも、それでいい。できるなら、私が照らし続けよう。
二人の行く道を、二人の戦車道を。
今となって思うのは、利己的な生き方、愛情、モラル、偽善、全てが私ということだ。
私は、もう誰にも恥じない。それでいいと気づけたんだ。
あの選択は間違っていなかったと、そう思えたから。お前を解放した時の顔は、きっといつまでも忘れないだろう。
とても嬉しそうで、なぜだか私も、少し嬉しかったんだ。
もう大丈夫。こんな私でも、人を幸せに出来るかもしれないと、希望が持てたんだ。
これからの道を、ゆっくりと……自分なりの歩き方で進めると思う。
後悔はない。これが私の行き方で、生き方なのだ。
それでも。
エリカ……いいや逸見、お前の心が傍にいないというのは、とてもサミシイことなのだ、と。
あの時、残って欲しかった……一緒に、私の道を行ってほしかった、と。
とっくの昔に忘れた素直な感情が、一度だけ、静かに頬を伝った。
◇◆
黒い森には明けの光が差し込む。
闇の世の夢は、賛美歌の調べ。
孤高な峰の姫は、荒野に咲く一輪の小さな花のように。
待ち人は来たれり、その花の名は―――。
おわり
オワリナンダナ
読んでくれた方、ありがとうございました。
皆さんのおかげで楽しく真面目系が書けました、本当にありがとうございます。
書いておいて投稿しませんでしたが、まほエリルートだとタイトルが「月蝕」になります。
まほエリルートは一生光を見ることはありません、その内容と同じように。
次回は、近いうちです。
某まとめサイト様、並びに各所でコメントくださる方、いつもありがとうございます。
それでは、また。
ストパンT.V.Aアルマデ戦線ヲ維持シツツ別命アルマデ書キ続ケルンダナ
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