蒼穹を往く船の甲板に少女と自分の二人だけ。
少女の名前はヴァンピィ。
今は亡き吸血鬼の島の第一王女だ。
俺の名はグラン。
全空に名前を馳せた、生ける伝説。
世界最強の騎空士である。
俺は少女が船の縁に体を預け、
吸血鬼にとって忌むべき宿敵である太陽を眺め、溜息を零す姿を見て懐かしい記憶を思い出していた。
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十二神将の役が周るのを七度、見届けた頃の出来事だった。
俺は病に侵され、魂の共有を行っていたルリアは
「少しでも貴方に時間が残りますように」なんてふざけたことを言い残して消えてしまった。
くだらない命の使い方をしやがって。
全空に名前を轟かせた俺の仲間達はもういない。
ノアはラカムと。ロゼッタはイオと最期を共にした。
どうして俺の仲間は自分の命を人のために使うのかね。
ルリアも無駄なことをしやがって、病魔に蝕まれているこの体は碌に動かない。
苦痛を長く感じる分、いい迷惑だ。
...お前が長生きしてくれよ。
そんなことを毎日考えていた。
毎日毎日考えていた。
ああ、もういっそ楽に殺してくれ。
仲間の元へ行かせてくれ。
精神が疲弊し遂にそう思ったある日、誰も知らないはずの俺の家にノックの音が飛び込んだ。
「けんぞくぅ!開けてー!」
耳に残る甘ったるくて懐かしい声。
ヴァンピィ...か?
「そーだよー!魔法下手くそなのに結界なんて張っちゃって!探すのに10年もかかったじゃない!」
...世界最強の結界のはずなんだけどなぁ
「じゃあ、ヴァンピィちゃんが世界最強ってことで!あ、開けてくれないなら勝手に入りますのでー!」
ヴァンピィはそう言うや否やとてつもない勢いでドアを開ける。
ぐいぐい来るこの感じ。変わらないなぁ。
「ねぇねぇ、けんぞくぅ。老けた?」
ああ、老けたとも。
ヴァンピィは変わらないな。
「けんぞくぅ。声出ないの?」
あいにくだが、もう体も動かない。
でも君は念話ができるだろう?
「あんなに強かったのに、もうすぐ死んじゃうんだね」
ヴァンピィはもう死ねないんだな。
「私が死んだらメドヴェキアが亡くなっちゃいますので」
自分のことヴァンピィちゃんって呼ばないんだ。
「もうそんな歳じゃないもの。さっきは昔を思い出させるためにわざと言ったけどね」
無限の刻を生きる真祖の血継でも歳を数えるのか。
「ざっくりと、ね。正確には忘れちゃった」
どうして最後の吸血鬼なのにこれ以上、吸血鬼を増やそうとしないんだ?
「もうニンゲンを吸血鬼に変えるのはやめよう、ってなったの」
フェルドラク達の意志で、か。
「ううん、私の意志。もうプリンセスじゃなくてクイーンですから」
それにしたって、血を吸えば寿命は延びるんだろう?
なんで民を死なせた。
「みんな、ね。死にたかったんだよ。この世界は私達が生きるにはちょこっとだけ辛いところだから。
だから生きたくなったらまた戻っておいでーって言ってあげたの」
...食べたのか。
「うん、食べたよ。赤ちゃんから老人まで。私の民草はぜーんぶが私の中」
ヴァイトも?
「ううん。ヴァイトとフェルドラクは食べさせてくれなかったんだ」
...あの二人らしいな。
「ホンット、バカだよね。“私が泣いてるから”なんてカッコつけちゃってさ」
二人はどうなったんだ。
「仲良く白木の杭を胸に刺して、死んじゃった。食べられるより痛いのにね」
...そうか。
「だから私がメドヴェキアなの」
そりゃ、死ねないなぁ。
「それで、ね。けんぞくぅに相談があって来たんだ」
ほぼ死体みたいな俺にできるコトがあればなんなりと。
「私の隣にいてくれない?」
...数奇なもんだなぁ。
ルリアに命をもらって、次は君か。
「ホントの眷属になっちゃおっか」
吸血鬼は増やさない方針、だろ。
「...一人は寂しい」
ああ、そうだよな。
この命、君にあげよう。
俺にそう懇願した吸血鬼の女王は泣いていた。
もう価値のない俺の命がこの少女の救いになれるのならば、と俺は残りわずかな力で頭を傾け首筋を晒す。
彼女のひんやりとした左掌が俺の頬に触れる。
少女のような可愛らしい手と、指先にある凶悪な爪。
ああ、俺も“こう”なるのか。
しかし、不思議と恐怖はない。
「チクっとするよ」
彼女が俺の首筋に優しくキスをした後、そう告げる。
かぷっとしてちゅー。
鋭い牙が首筋を貫き、流れる血液を吸い上げられる感覚の中、俺は意識を失った。
***
「おはよう、眷属」
目が覚める。
窓から差し込む日の光をいつも以上に疎ましく感じた朝だった。
「昔の姿に戻っちゃったね」
本当だ、少年の姿に戻ってる。
彼女の言葉で気が付いた。
「吸血鬼は常に全盛期の姿でいられるから」
「ああ、なるほど」
体も動く。声も出た。
吸血鬼の力なのか、前より強くなった気もする。
「それじゃ、行こっか」
「行くってどこに?」
「ラカムにーちゃんの船、取ってあるんでしょ?」
「取ってあるけどさ」
「じゃあ、決まり!眷属と二人なら寂しくないね」
「...そうだな、ゆっくり行こう。時間は無限にある」
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現在、俺とヴァンピィを乗せたグランサイファ―はファータグランデ空域を飛行中。
星晶獣を利用する機関を潰すため、ポートブリーズへと向かっていた。
「...星晶獣が既に汚染されてたらどうするの?」
「そうだね、ルリアはもういないから。殺すしかない」
「ふぅん」
「ヴァンピィは船で待ってていいよ。あまり気持ちのいいものじゃないし」
「ううん。私は眷属のご主人様ですから」
「そうか」
「うん。だから一緒にやってあげる」
「そりゃ頼もしい」
グランサイファ―を適当な場所に停泊させ、俺達はポートブリーズ群島の中の一つへと降り立つ。
目指すは、ウワサの研究機関。
「そこって遠いの?」
「ううん、もうすぐだよ」
森の中を少女と少年はてくてく歩く。
傍から見たら仲のいい兄弟のピクニックといったところだろうか。
「ほら、見えたよ」
「へー、おっきいんだね」
そこには、長閑な森に似つかわしくない研究施設が立ち並んでいた。
表向きは自律兵器の開発施設らしい。
「じゃあ私が見てきてあげる」
少女はそう言った後に、腕を一振りすると蝙蝠を出現させる。
所謂、使い魔というやつだ。
「行っておいで」
蝙蝠は彼女の命令を聞きぱたぱたと研究施設へと飛んでいく。
「どう?星晶獣、いた?」
「うーん...ちょっと待って...あ!いたよ」
「やっぱりか、どう。まだ正気を保ってる?」
「...ダメ、かなぁ」
少女は目を伏せ首をふるふると振ってそう答えた。
ならばここからは俺の役目だ。
その辺りに転がっていた木の枝を手に取り呪文の詠唱を開始する。
第一節、詠唱完了。
二節から四節までの全工程を省略。
「エーテルブラストⅩⅥ」
強大な魔力の一撃を生み出した木の枝は塵へと還る。
その直後、魔弾は目の前の研究所群に着弾し、その悉くを塵へと還した。
「状況終了」
今は亡き最強の狙撃手の口調を真似てそう呟く。
「船に帰ろっか」
「ああ」
「ヴァンピィちゃん今日はスパゲッティが食べたいな」
「...ガチ目にウマい系の作っちゃいますかー!」
「ローアイン兄ちゃん。懐かしいねぇ」
「ああ、本当に」
***
科学が進化しどれほど便利な世界になろうと、人間は進化しない。
星晶獣を手に入れたら、それはもうひどいことに利用する。
そんな世界を許せなかった俺達は。いや、俺は...か。
全空域を飛び回り、いつしか【全空の抑止力】なんて呼ばれるようになった。
抑止力としての活動を続けて何年経っただろうか。
あと何百年、これを続ければいいんだろうか。
なんてことをぼんやり考えていた。
「ねぇ、眷属?」
それを見透かしたかのようにヴァンピィは俺の隣に腰掛ける。
「どうしたの?」
「いつになったら、終わりが来るのかな」
「きっと終わりは来ないよ」
「私達にも、ニンゲンの争いにも?」
「ああ。絶望したかな。この世界に」
「うん。ゼツボーした」
「そっか」
「死にたいねぇ」
「そうだなぁ」
「死ねたらいいのにね」
おわり
ありがとうございました。
続きは気が向いたらですかねー。
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