【艦これ】妖精さんと、400ノットの夢 (155)





“赤とんぼ”の操縦席で眠りについていた小さな妖精。


飛行服に身を包み、妖精を見下ろしていた人間の男。



晴れ渡る昭和16年8月の夏空。


青芝に覆われた飛行場。



それは、二人が出会った時のこと。






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妖精『スー……スー……』


男性「こいつぁ驚いた……」

男性「なんとまぁ小さな女の子が、九三式の座席でいびきをかいて寝てやがる」

男性「幽霊か……それとも妖怪の類か」

男性「えぇい、よく分からんが……とりあえず起こしてみよう」


男性「おーいっ」

妖精『…………』








妖精『……ヒャっ』

男性「なぜ俺の方が驚かれねばならんのだ……」


妖精『……』

男性「そんなことよりお前さん、早くここを離れた方がいい」

妖精『……?』

男性「もうじき、教官殿がここにやって来る」

男性「お前さんが何者かは知らんが」

男性「見つかれば、たちまち虫カゴにでも入れられて飼われちまうぞ」








妖精『……ヤダ』

男性「む」

妖精『私……ここがいい』

男性「おいおい、困った奴だな……」

男性「お前さんがこんなに我儘な妖怪だとは思わなんだぞ」

妖精『……私、妖怪じゃないモン……』

男性「説得力がねぇなぁ」








男性「こうなったら仕方がない」

男性「降りたくないなら、せめて俺の飛行服の胸ポケットに隠れてな」

妖精『……』

男性「これから俺は、教官殿と共に練習飛行に入る」

男性「その間、彼に見つからないよう気をつけろ」

妖精『……ウン』

男性「あと、俺の操縦の邪魔もしないことだ」

男性「何かあれば、有無を問わさず3人揃ってお陀仏だぞ」

妖精『ウン……邪魔、しない……』

男性「よし、良い子だ」








目覚めたばかりの妖精は、自分が何者なのかすら分からなかった。


ただ、彼女の根底に眠っていた本能が、この場を離れることを拒んだ。


結果として、その行為が彼女自身を空へと誘ったのだ。








あれだけ間近にあった芝生の大地は遠く離れ。


後光の差す大きな雲が、あと少しで手の届きそうなところまでやってきた。


遮るもののない気ままな風に吹かれ、オレンジの二枚羽がパタパタとなびく。


胸ポケット越しに伝わる、確かな男の鼓動。



妖精は、今でもこの時のことを覚えている。







………………
…………
……


男性「ふぅ」


男性「ご苦労さん……居心地、最悪だったろ」

妖精『……ウウン』

男性「……それは結構」

男性「俺、今まで設計一本だったからさ」

男性「人様を乗せて、こいつ(赤とんぼ)を飛ばすのは忍びなかったよ」


男性「さて、これで満足だろう……」

男性「もうここには来てくれるなよ」

妖精『……』

男性「……おかえりの際、くれぐれも誰かに見つかるな」

男性「じゃあな」

妖精『……』








言われたことの意味は、よく分かっていた。


それでも、妖精は次の日も……。


その小さな体を赤とんぼの座席に隠し、再び彼を待つことにした。



……
…………
………………







男性「おいおい、また来ちまったのか……」

妖精『ウン……』

妖精『というか、居た』

男性「お前なぁ……少しは自分が今、置かれてる状況のことを考えたらどうだ」

妖精『……』


男性「……今日はどんな要件だ?」

妖精『空飛びタイ』

妖精『空、スキ』

男性「……参ったな」

男性「こいつぁアメリア・イアハートの生まれ変わりだったか」

妖精『誰ソレ』








男性「とにかく、もう駄目だからな」

妖精『……』

男性「むくれるなよ」

男性「お前さんにも、帰るべき場所があるだろう」

男性「ここは危険だから、早く自分のお里に戻った方が」

妖精『帰る場所、ナイ』

男性「……」

妖精『……』


男性「……そうか」








彼はこれ以上諭すことを諦めて、その小さな体をひょいと持ち上げ、胸ポケットへ。


この日は、薄い雲に覆われたシルキースカイ。


赤とんぼが青芝を蹴り上げる中、男は素性も知れないこの生き物が何者なのかを考えた。


だが、どう考えても該当するものなど、あるはずもなく。


やがて、男はそれ以上考えることをやめ、ボロ布で巻かれた操縦桿のホールドに注力するのであった。



……
…………
………………







その後、男は行く宛のなかった妖精をとりあえず匿おうと、自らの家に招いた。


妖精は、たくさんの感謝を男に述べた。


男も、悪い気はしなかった。








男性「いいな、お前さんの新しい家が見つかるまでだぞ」

妖精『ウンっ』

男性「この家では、俺の言う事は絶対だからな」

妖精『……』

男性「何故そこだけ黙るか」


妖精『……ツルノ、優しい』

男性「誤魔化すんじゃない」








鶴野正敬。


彼は航空機設計者であると同時に、戦闘機操縦技術を身に付けたパイロットでもあった。


そんな、この国のパイロットエンジニアの草分けとなる男の生活は、これらの出来事を境に大きく変わった。


なぜなら、一年の月日が流れた今も尚、妖精と男の共同生活は続いているからだ。



……
…………
………………







妖精『イッテラッシャイ』

妖精『今夜も握り飯ツクル』

男性「……たまには肉豆腐が食いてぇなぁ」

妖精『……これしか作れナイ』

男性「分かった、分かったからそう露骨に落ち込むな」



妖精『……?』

妖精『ねぇ』

男性「ん」

妖精『田んぼに、鳥』

男性「あぁ……あの鴨のことか」








男性「水田の害虫を食べさせるために、ああやって合鴨を放し飼いにしてあるんだよ」

妖精『賢いネ』

男性「もっとも、ここの田んぼの水はもうじき抜かれる頃だろうし」

男性「成長した合鴨は穂を食べてしまうから……」

男性「捕獲されて、食用に絞められるだろうな」

妖精『エッ、食べられちゃうのっ』

男性「そりゃまぁ」


妖精『……がぁがぁ、がぁがぁっ』

男性「……何やってんだ?」








妖精『鴨さん、逃げてって』

男性「あははっ……残念だが、合鴨は空を飛べな」


バサバサッ


妖精『やった、聞こえたっ』

男性「……本当に飛んでいきやがった」

男性「合鴨じゃなかったのか?」

男性(ここの農家もご馳走を楽しみにしていただろう、可哀想に)

妖精『元気でねー』

男性「……」








男性「しかしまぁ、なんだ」

男性「さっきまでたらふく飯を食っていた鴨が」

男性「腹を膨らましながら、悠然と空を飛んでいく……か」

妖精『?』

男性「ああいう姿を見ていると、俺も確信が持てるよ」


男性「飛行機だって……」

男性「必ずしも、牽引式の頭でっかちにする必要なんてないんだ」

男性「あの鴨のように、腹と翼まわりに重心を乗せれば……たとえ推進式であったとして……」

妖精『……難しいこと分かんナイ』

男性「分からなくて結構だ……行ってきます」








先述のように、鶴野が空技廠に復帰した後も、彼と妖精は相変わらず一緒だった。


だがこの頃になると、彼の関心はすでに本職の設計分野へと向けられていた。


操縦のノウハウを得たことで、鶴野自身が予てより抱いていた構想を、前に押し出す時が来たのだ。


ただ、以前のように男が構ってくれなくなったので、妖精はついに男の仕事場までついて来てしまった。








男性「おいおい、なんで来ちまったんだ……」

妖精『だって、ヒマ』

男性「暇と言われてもな……」

男性「他の連中に見つかったらどうするんだよ」

妖精『む……』

男性「ほんと、我儘なやつだな」


男性「……まぁ、仕方がない」

男性「仕事場にいるからには、お前さんにも仕事を少しは手伝ってもらうぞ」

妖精『ウンっ』








男性「俺たちはこいつを、現実のものにする」

妖精『?』

男性「“鴨”だ」

男性「今はコンセプトスケッチしかないが……」

男性「こいつが完成すれば、俺たちは航空史に名を残すことができるぞ」

男性「頑張ろうな」

妖精『よく分かんないケド……』

妖精『ガンバル』








彼が思い描いていたもの。


それは、極限まで減らした空気抵抗に独特の揚力を持つ、夢の高速戦闘機。


そんな彼が思索の末に辿り着いた答えが、既存の枠組みに囚われない“前翼型”という切り口。


“エンテ(鴨)式”とも呼ばれる、当時他国においても研究途上の方式だった。



……
…………
………………







男性「……」

妖精『ふんふーん』

男性「……鉛筆返してくれよ」

男性『えー』

男性「Hが切れちまったんだ」

男性「あとその手に持ってる計算尺もだ、早く」

妖精『……』

男性「……明日、液冷発動機の試験機に一緒に乗せてやるから」

妖精『ハーイ』








男性「……しかし、さっきから人の貴重な紙を使って」

男性「一体何を書いてるんだ?」

妖精『これ?』

妖精『ツルノの真似事』

男性「ほぅ……存外、綺麗な線を書くもんだ」

男性「もしかするとお前さん、見込があるのかもな」

妖精『エヘヘ』


男性「でも、これは図面じゃなくて……合鴨さんの絵だよな」

妖精『違い、わかんナイ』

男性「あのな、俺が書いてるのはもっとこういう……」








あれから更に半年、開戦から3か月の時が流れた。


午前中はテストパイロットとして飛行テストに従事し、午後からは前翼型の研究に没頭する日々を過ごしていた鶴野。


そんな熱心な研究の甲斐もあって、彼はついに研究用のグライダーを製作する許可を取り付けたのだ。


夢の実現に向けた第一歩。彼はたいそう喜んだ。



また、彼の仕事に付いて回るうち、妖精が彼の仕事ノウハウを取り込んでいったのも、ちょうどこの時期からだった。








妖精『おめでと、ツルノ』

男性「ありがとう……ふふ、実にいい傾向だな」

男性「このまま上の連中に、俺の研究の正当性をすぐにでも証明してやる」


男性「というわけで、今夜は祝杯だっ」

男性「久しぶりに、酒とシャレ込むことにしよう」

妖精『サケ?』

男性「あぁ、そういえばお前さんは飲んだことなかったか」

男性「……飲めるのか?」

妖精『……』


妖精『きゅう……』

男性「だめだったか」


……
…………
………………






昭和18年9月、空技廠所有の組み立て工場。


この中で、彼等は生まれたばかりのグライダーを目にした。



真っ白なそれは、木の骨と羽布の皮でできたとても簡素なもの。


しかしながら、その形状はすでに従来の飛行機とは、一線を画すものだった。


絞られた機首の形状、後ろ向きに着いたプロペラ、逆さになった主翼と水平尾翼。


鶴野は、実に満足げな顔でそれを見上げていた。








男性「よしよし、これぞ俺の求めた理想の形だ」

妖精『……ヤッパリ変な形』

男性「ふん、女子供には分かるめぇよ、この仕事の美しさは」


男性「いずれはこんな、離陸用35馬力のエンジンじゃなく……」

男性「もっと大出力のものを載せた実機の“鴨”が、400ノットで空を飛ぶ見通しだ」

妖精『えっ、400ノット』

男性「……なんだよ」

妖精『だって、“れいせん”でも280ノットしか出ない』

妖精『それは無理』

男性「おいおい、無理なんて言葉をここで使うんじゃない」








男性「いいか、今まで不可能とされてきたことを可能にすること」

男性「それが、俺たちの仕事なんだ」

男性「無理かどうかは、今決めることじゃない」

妖精『むぅ』

男性「そうだ……いずれは400ノットだって、実現可能となる」

男性「そう、俺のこれからの夢は、400ノットなのさ」

妖精『……』








翌年1月……MXY-6と呼ばれたグライダーは、鶴野の操縦によって無事に空を飛んだ。


この時、この前翼型の機体は従来の機体と比べても、空力や飛行特性に存外大きな違いは無いという結果が証明されることとなる。


これにより、彼の構想は周囲にも“実用可能”な技術として、次第に認知されるようになっていった。








これ以降“400ノット”という言葉は、次第に彼の口癖となってゆく。


400ノットなんて、はじめはできっこなどない、空想のお話だと思って聞いていた妖精も。


やがては彼の熱意に押される形で、とうとう自らすすんで、その実現に向けたお手伝いすることにした。



……
…………
………………







男性「……尺、持ってる?」

妖精『ウン、あるヨ』

男性「ん」


男性「……それは?」

妖精『この子、今までの規格じゃ合わないと思ったカラ』

妖精『こういう“よくだんめん”ならッテ』

男性「で、図面を書いたのか……どれどれ」








男性「……こいつはすごいな」

男性「最大厚を翼弦方向のやや中よりに持ってきて」

男性「高速化を維持しつつ、失速特性の悪化も防ぐ……か」

妖精『えへへっ』


男性「いやはや、今まで簡単な事しか教えなかったのに……本当に大したもんだよ」

男性「お前さんがもし人間だったら、今頃とんでもない設計士になれただろうな」

妖精『……』








妖精『それなら私、人間にナリタイ』

男性「……」

妖精『ツルノと、一緒がイイ』

男性「……そうか」


男性「それも、いいかもな」








鶴野が妖精の柔らかな頬をツンとつついてやると、彼女はその人差し指をギュッと抱きしめた。


この頃ともなると、彼女が一体何者なのかは既にどうでもよかった。


戦況が劣勢に傾きゆく中、鶴野は妖精とともに“鴨”の実機の設計を急いだ。



……
…………
………………







妖精『キューシューヒコーキ?』

男性「そう、もともと渡邊鉄工所の航空機製造部門だった所だ」

男性「俺達の“鴨”は、そこで作られることになる」

妖精『そこ、あまり聞いたことナイ』

男性「まぁ……馴染みはないだろう」

男性「だが、お前さんと出会ったあの“赤とんぼ”も九州飛行機で生産されたものだ」

男性「良い仕事だった……だから、信用のできる会社だよ」


男性「明後日には福岡に引っ越すから、準備を手伝ってほしい」

妖精『ウン』








昭和19年4月、鶴野と妖精はそれから間を置かずして、九州へ仕事場を移した。


彼等を出迎えてくれた九州飛行機の社長と担当の技師は、初めて華のある仕事ができると大喜びだった。


鶴野自身も、そんな彼らの士気の高さを見て、胸を撫で安堵する。


そして、ここなら鶴野の夢が叶えられるかもしれないと、妖精も心の中で嬉しく思った。




だが……そんな九州飛行機での仕事が始まって、しばらく経ったある日のこと。








男性「……尺を振り回してないで、返してくれ」

妖精『むぅ』

男性「お前さん、いよいよ飽きてきたんじゃないか?」

妖精『ダッテ、この作業退屈』

男性「モックアップ(木製模型)がきちんとできていないと、審査で見向きもされないんだ」

男性「頼むからもうひと頑張りしてく……」


ガチャ


技師「大尉っ」

技師「断面図を拝見しましたが、機首下の膨らみがあると空気の取り入れが……」


男性「あ」

妖精『ア』

技師「!?」








各自、審査に向けた突貫作業が続く中、ついにこの日がやってきてしまった。


ノックもしないで部屋に入って来た当計画の担当技師の男に、妖精の姿を見られてしまったのだ。


男が声を上げる前に、鶴野はすかさず彼の口を塞ぎ、ドアを閉めて部屋の奥へと引きずり入れた。








男性「いいか、このことは他言無用だ」

技師『う、うもう』

男性「この子のことは俺ですら素性を掴めていない、だから何を聞かれても説明はできない」

男性「とにかく、俺の部屋には何もなかったと周りには言うんだ」

男性「さもなくば、この貴官についている未使用品の7.7mmをカッターナイフで……」

技師「ふまふっ、ふままふぁふっ」

男性「……よし、良い子だ」

技師「ハーッ、ハーッ」


妖精『……ヒューっ』








技師「死ぬかと思いました……」

男性「今度からはノックくらいしろよ」


技師「……それにしても、この子は本当に一体……」

妖精『……コンニチハ』

技師「こ、こんにちは……僕は清原と申します」

技師「いやはや……こんな小さな女の子が、設計のお手伝いとは……」

男性「あぁ、残念ながら見込はある」

妖精『残念ってナニさ』

男性「だが、ここまでよく助けてくれた」

男性「今J7(本計画)があるのは、この子のおかげだ」

技師「へぇ……」

妖精『エッヘン』








幸い、清原と名乗った技師の男は、妖精のことを周囲に触れ回るようなことはしなかった。


そればかりか、この日を境に彼が鶴野の部屋を訪れる回数は増え、その都度発生する問題も円滑に解消できるようになる。


やがて、鶴野は清原を最も信頼できる技師として接するようになっていった。


……
…………
………………







同年9月。二回に分けて行われたモックアップ審査は無事に通過し、いよいよ実機の試作段階となった。


この頃になると、サイパンやテニアンから飛来したアメリカの新型四発爆撃機が、本土の軍需工場を狙った爆撃を行うようになる。


高度10000m前後を高速で飛行する排気タービンを搭載した新型の迎撃は、既存の戦闘機では困難を極めた。


それに対抗でき得る最も有力な局地戦闘機と目された鶴野の“鴨”――


名を改め“震電”は、その完成を急がねばならなかった。








男性「エンジンは空冷式のハ-43だが、こいつは座席後部に積む」

男性「だから、エンジンと延長軸の支持筒は合わせて3本の桁で支えるんだ」

技師「なるほど……機体の後部外皮は、云わば長大なエンジンカウルのようなものですね」

男性「そういうことだ」


妖精『ツルノ、機体の後ろにたくさん点検口が必要』

妖精『これじゃ強度が足りないヨ』

男性「それは困ったな……」

男性「……そうだ、プレス加工で一体成型の外皮を作るというのはどうだろう」

男性「生産ラインが整えば、従来の鋲打ちよりも生産性がよくなるかも」

妖精『ン、分かった……あと重くても、厚さもある方がイイ』








同年の11月になると、彼らが書き記した図面は合わせて約6000枚を数えた。


通常1年半かかるこの作業を、彼らはモックアップ作業と並行で半年で行ったのだ。


日本の戦況はこれほどまでに逼迫し、その間にも他方の工場が次々と空襲被害に遭ってゆく。


そのような状況であったため、肝心の実機を組み立てるために必要な部品や機器の搬入が滞ってしまっていた。








妖精『牛さん牛さんっ』

男性「まさか、工場全体で疎開を図ることになるとは」

男性「牛車だとやはり時間がかかる……アメの連中なら、どでかい軍用車であっという間だろうに」


妖精『ネェ、どこに向かってるノ?』

男性「どこぞの町工場らしい」

男性「なんでも、博多織の工場の機械を入れ替えるとかなんとか」

妖精『ふぅん……もぐもぐ』

男性「……握り飯、うまいな」

妖精『ウン』



……
…………
………………







男性「これが、17試30mm機関砲か……」

男性「こんなデカいものが機首前面に4門……壮観だな」

技師「えぇ、大尉の前翼型なら、プロペラに阻害されることなく射線を集中できますからね」

技師「こいつが一斉に当たれば、いかにアメの新型といえども……」

妖精『……』

男性「……怖いか?」

妖精『……ウウン』


妖精『コレ、撃たなきゃ』

妖精『モット、たくさんの人が命を落トス』

男性「……あぁ」








敵の本土爆撃は、ついに九州一帯にも及び始めた。


この頃になると、日本の兵器開発情報はほぼ全てが敵に漏れていたと言われているが、この「震電」だけは違った。


なぜなら、鶴野が元来筆不精なことに加え、今次の爆撃による騒動で本部と連絡をほとんど取り合わなかったためである。


だが、敗戦色が濃厚となった昭和20年の4月には、日本は連合軍に対して一矢報いるための戦闘すら困難となっていた。


「本土決戦は、もはや間近に迫っているのでは?」


そう、彼らの周囲の人間は囁いていた。








男性「フフッ、完成……もうすぐだな」

妖精『……ウン』

男性「……どうした、元気がないな?」

妖精『……ツルノ、あのね』


妖精『敵、来たら……私たち、死んじゃう?』

男性「……」

妖精『私、分カル』

妖精『日本、勝てない』

男性「……」








男性「お前さんを、死なせはしないさ」

妖精『エ……』

男性「そして、俺も死ぬつもりはない」


男性「こいつは“強い”……敵が来ても、俺がこいつでやっつけてやる」

男性「たとえ勝てなくても、こいつは“速い”」

男性「何かあったら、“400ノット”で逃げおおせてやろうや」

妖精『……!』

男性「な?」

妖精『……ウンっ』



……
…………
………………







そして迎えた、同年7月。


鶴野と妖精、清原をはじめとした九州飛行機の工員たちによる不眠不休作業の成果が、ついに萬田飛行場へと運ばれてきた。


「震電」試作1号機。


敗戦ムードの中にあって、その未来を感じさせる先鋭的なフォルムと存在感は、訪れた関係者各位に大きな衝撃を与えた。


そんな日本の最後の誇りが、今まさにこの地を飛び立とうとしていた。


胸ポケットの妖精、そして……操縦桿を握るのは、このたび技術少佐となった鶴野自身だ。








男性「高いな……尻が持ち上がっているせいで、ハシゴが無いと登れないとは」

男性「延長軸先の冷却ファンの音も独特だ……」

妖精『デモ、前は見やすいヨ』

男性「あぁ、違いねぇ」

男性「よし、発動機も十分回っただろ……」



男性「……では」

妖精『ウン……!』




ガッ!



……
…………
………………







六翅プロペラ破損の原因となったのは、鶴野が離陸時に機首を仰角に付け過ぎたためであった。


引き続き完成しつつあった2号機からのプロペラ交換と、今回の対策を講じるのに、それから更に1か月の時間を要した。



同年8月13日、再度執り行われた「震電」のテスト飛行。


この時、操縦桿を握っていたのは鶴野ではなかった。








男性「……」

妖精『……元気だして、ツルノ』

妖精『皆が、ツルノの身を案じてくれたんだカラ』

男性「あぁ、分かってる」


男性「彼は、俺よりもはるかに操縦が上手い」

男性「震電を任せるのに、申し分ない男だよ」

妖精『……』


男性(……全速試飛行こそは、俺が……)








九州飛行機所属の宮石操縦士の手によって、ふわりと大地を離れてゆく震電。


強力なカウンタートルクにより、機体はやや右に傾きながらも、無事に初飛行を行うことに成功した。


歓声に沸く周囲の関係者をよそに、静かに震電の初飛行を見送った鶴野と妖精。


またその様子を傍から見ていた清原は、それぞれ複雑な心境を抱いていた。








やがて15分間の飛行を終え、震電は右傾斜ながらも無事に着陸を果たす。


ハシゴを伝って降りてきた宮石操縦士に、鶴野は無事に震電を持って帰って来てくれたことを、深く感謝した。



残すは、全速試験飛行のみ。


鶴野の400ノットの夢は、ついに間近に迫っていた。



……
…………
………………







『朕深ク世界ノ大勢ト、帝國ノ現状トニ鑑ミ』


『非常ノ措置ヲ以テ、時局ヲ收拾セムト欲シ』




清原「……」

妖精『……』


男性「……」








昭和20年8月15日正午。



震電が鶴野自身の抱いた夢を果たす間もなく、今次の戦争は日本の無条件降伏により終戦を迎えた。


ある者は涙を流してその場に伏し、ある者は憤慨して周囲の物を壊しはじめた。



鶴野と妖精は、ただ何も言わず……その場に立ち尽くすことしかできなかった。




……
…………
………………







清原「寂しくなりますね、少佐……」

鶴野「清原、俺はもう軍の人間じゃない」

清原「……そうでした」


鶴野「……今まで、世話になったな」

清原「なに、こちらこそ」

清原「自分はこのまま、福岡にいますから……」

清原「今後もまたお会いしましょう」

鶴野「あぁ」

妖精『ソレじゃあね』 

清原「うん、またね……“妖精”さん」


清原「それでは……」









鶴野「“妖精”……か」

鶴野「お前さんを呼ぶのに、一番しっくりくる呼び方だな」

妖精『ウン、妖精っ妖精っ』

鶴野「……」


鶴野「震電の図面、及び関係資料はすべて焼却し」

鶴野「試作2号機と3号機も、すでに解体された」

鶴野「残る1号機は……アメリカに渡る、か」









鶴野「お前さんは……それについて行くんだな」

妖精『……ウン』









妖精『操縦席にまた身を隠して、海を渡ル』

妖精『ツルノに変わって私、地上カラ400ノットの瞬間を見てくる』

妖精『アナタが果たせなかった夢、せめてこの目デ』

鶴野「……そうか」


鶴野「向こうは精度の高い、良い燃料を使っているらしいし」

鶴野「悔しいが技術力でも、我が国をはるかに上回っている」

鶴野「あの国でなら、震電も……」

妖精『ウン』








鶴野「俺は、故郷に帰って暮らすことにする」

鶴野「前々から、縁談も持ち上がっていたしな」

妖精『ウン』

鶴野「……実家の住所をこの紙に記しておいた」

鶴野「何かあったら、いつでも帰ってこい」

妖精『分かっタ』



妖精『ツルノ、アリガトウ』

鶴野「あぁ、俺の方こそ」









妖精『……それじゃあネ』

鶴野「……じゃあな」









こうして、鶴野と妖精はついに離れ離れとなった。


片や、人としての余生を過ごすため。


片や、その小さな体で、一人の男の大きな夢を受け継いで。



……
…………
………………



一旦飯食ってきます。

のこり半分くらいですが、もしよければお付き合いください。







…………『ツルノ』…………











一体、どれほどの間眠っていたのだろうか。


陽の差さない、スミソニアン博物館の広大な倉庫の奥で。









傍らを見る。


相も変わらず、あの美しかった「震電」は分解されたままだった。


この機体が再び空を飛ぶ目途は、一切立っていなかった。



「震電」が無情にも、彼女の目の前で解体されて以来……


大切な何かが切れたかのように、深い眠りについてしまった妖精も、ここに来てすべてを察した。



そして、思った。








『……ツルノに、会いたい』



全てを諦観した妖精はその一心で、栄養失調に震える自身の体を動かした。








バラバラとなった震電に別れを告げ、広大な博物館を抜け、人目を避け。


ストリートの裏のゴミや残飯を食べながら、彼女は海を目指した。


かつてこの国に渡って来た時と同じように、日本へ向かう船を探して……。








不思議なことに、港はとても静かだった。


船が止まっているだけではない。


道端で聞こえてきたラジオでも、旅客機が長らく空を飛んでいないという旨の放送が流れていた。


彼女には、その原因を考える力すら残されてはいなかった。








この国を出る手段は、限られていた。



妖精は迷うことなく、海岸に落ちていた流木にその身を横たえ……。



太平洋へ単身、身を乗り出すことにした。



……
…………
………………








「…………!」

「……Hey!」

『ヘイヘーイ』

「Wake up!」

『オキテオキテー』


妖精『……?』








再び意識を失っていた妖精はその声に応じ、ふるふると瞼を開いた。


目に映ったのは、妖精の体を手のひらに乗せ、安堵する一人の大きな女性。


そして、その肩の上でこちらを見つめる……たくさんの小さな女の子たちだった。








「Relieved……!」

「Youが生きていて、良かったわ……」

『ヨカッター』

『ヨカッタ!』


妖精『……こ、ここハ……?』


「ここはThe Pacific!」

「その真ん中で、youは浮かんでいたのよ」


妖精『……』








妖精を助けてくれたのは、自身をアイオワと名乗る女性だった。


不思議なことに、彼女はその身一つで海上に浮かび……。


更には身に付けた艤装の上で、妖精と同じたくさんの“同族”を乗せていた。



妖精はまず感謝を述べ、それからアイオワに与えられた水と保存食のクラッカーを食べ、彼女から詳しい事情を聞くことにした。








アイオワの口から知り得たことは、まずあれから70年近い時が流れたということ。


その間に、深海棲艦という人類の敵対勢力が海上の覇権を握ったということ。


それに対抗し得るのは、研究の進んだ“妖精”たちの手で作られた艤装と、それを扱う“艦娘”たちだけだということ。



そして、アメリカ生まれのアイオワは、劣勢に立たされた日本の救援に向かうべく……。


洋上で日本の“艦隊”と合流するため、単艦ならぬ単身で航行していたということだ。








アメリカ人のアイオワに救われたことを複雑な思いで受け入れた妖精は、次に生まれて初めて同族たちとの会話を果たす。


すると、ここにきて初めて知り得た情報が、今度は彼女たちの口からもたらされることとなった。



妖精たちは、かつて深海棲艦に住処を追われた種族の末裔なのだという。



彼女は、すべてを思い出した。








優れた技術力を持つため、近年になって同様の状況に立たされた人類側に与して、今は代わりに住む場所を与えてもらっているという。


また、寿命も人間のそれをはるかに上回るらしく、しばらく物が食べられなくても、長い眠りの果てに体を動かすことができるようになる。


70年経った今でも自身の若さが衰えていない事にも合点がいく。


上記のことから、今では妖精の存在は多くの人間に知れ渡っているとのことだった。


アイオワの肩に乗っている妖精たちも、その多くが日本の海軍施設“鎮守府”で働くために、そこへ向かっているのだという。








アイオワ「Youはどうするの?」

アイオワ「日本へ帰ったあと、チンジュフに向かうのかしら?」

妖精『私……私は……』



妖精『人に……会いに行くノ』



だが、妖精の考えは変わらなかった。



……
…………
………………







それからしばらくして、日本のとある軍港にて……。


多くの日本の艦娘に歓迎されながら、アイオワは無事に上陸を果たした。


そして、彼女は手のひらに乗せていた妖精を、その場で優しく地面に降ろしてあげた。








妖精『あいおわ、ありがトウ』

アイオワ「No problem!」

アイオワ「そのツルノって人、会えると良いわね」

妖精『……ウン』


アイオワ「また、縁があれば会いまショウ!」

『バイバイっ』

『またネー!』


妖精『……みんな、またネ』

妖精『……』








妖精は上陸時、鎮守府から配られた握り飯を手に持って、彼女たちに別れを告げた。


人気の無い場所まで離れたところで、妖精は懐で守り続けていた一枚の紙を取り出す。


かつて鶴野が彼女に渡した、実家の住所の記されたあの紙だ。



妖精は、既に大手を振って外を歩けるようになったにもかかわらず……。


彼女は再び人目を忍び、こっそりと電車に乗った。



……
…………
………………








『ただいま、ツルノ』









彼女には、分かっていた。


70年の歳月が流れたと聞かされた、あの時から。


人間と妖精の、寿命の違いを知った、あの時から。




それでも、妖精はこれまで抑えていた涙を、抑えられなかった。




すでに石の下で眠っていた……“鶴野”の前で。









震電を失い、溢れんばかりの無償の愛を捧げてくれた鶴野をも失った妖精は、その墓石の前で力なく腰を下ろした。


今、自分が生きている意味すら見失い、何も考えられなくなった彼女は……。


ただ、静かに空を見上げることしかできなかった。










「おや……君は……」




空が、急に暗くなった。









老人「おぉ……間違いない……」

老人「君は、鶴野少佐の……」

妖精『……ア……』



老人「覚えているだろうか……九飛の清原だよ……」

妖精『……』



妖精『……コンニチハ』

老人「あぁ、こんにちは」









老人「まさか、こうして再び会えるとは思わなかった……」

老人「君は知らなかっただろうが……今日は、あの人の命日なんだよ」

妖精『……』


老人「だから、私はここへやってきたんだ」









老人「君がアメリカに渡った後、私は少佐と何度かお会いしたんだ」

老人「時には、テレビで一緒にあの震電の話を……」

妖精『?』

老人「……まぁそんなことはいいとして、だ」


老人「とにかく、あれからもあの人は……元気にやっていたよ」

老人「そして、君のことを……いつでも気にかけていた」

妖精『エ……』








老人「あぁ、そうさ……君のことは、片時も忘れなかったんだよ」

老人「君が向こうの国で何かあったんじゃないか、どうすればスミソニアンへ行けるのかって、よく聞かれもした」

老人「あの人、実際にそこを何度か訪れたそうだが……現地の職員には取り合ってもらえなかったらしい」

妖精『……』

老人「本当に……君に会いたがっていた」


老人「でも……きっと安心しただろうね」

妖精『安心……?』

老人「そう、安心」








老人「君がこうやって、ようやく姿を見せてくれたのだからね」

妖精『…………!』



老人「今際の時……彼から預かった手紙もある」

老人「いつか会えた時に渡そうと思って……ずっと持っていた」

老人「読んでみてくれ……」



妖精『……テガミ……』








妖精『“お前さんへ”』


妖精『“戦争には負けたが、おれの人生、家庭も持て、最後は幸せだった”』

妖精『“最期まで、お前さんと会うことはできなかったが、お前さんが元気なら、それはそれでいい”』

妖精『“だが、ただ一つ、気がかりなことがある”……?』


妖精『“それはもし、お前さんがおれの事を引きずって”』

妖精『“自分の夢を見失ってしまった場合のこと……だ……”』

妖精『……!』

清原「……」








妖精『“妖精と人、生きられる時間は違う”』

妖精『“別れは仕方のないこと”』

妖精『“だが、せっかく長い寿命をもらったお前さんたちが”』

妖精『“夢を持てず……時間を持て余すことは、本当にもったいないことだ……”』

妖精『“人間だった私が……叶わなくとも夢を持ったことで……最後は人並みの幸せを掴め……た”』

妖精『“こんど……は……”』



妖精『“お前さんの……番だ……”……!』








妖精『…………』

老人「……」

老人「“追伸、短くてすまん。400ノットなんか、どうだい”……か」

老人「筆不精だった、あの人らしい文章だなぁ……」



老人「では、私からはこれを……」

老人「これも、あの人からもらったものだが……持つのは君が相応しい」

妖精『……?』








妖精『……コレ、“尺”?』

老人「あぁ……君がいつも奪うから、困っていたんだという……“計算尺”だ」

老人「本当は君にあげたかった物だろうから……私から渡すことにするよ」

妖精『……アリガトウ』



妖精『……キヨハラ』

老人「ん……」

妖精『私、行ク……』

老人「……そうか」








妖精『……ツルノ』

妖精『握り飯、半分食べちゃったケド……置イテク』

妖精『二人とも……ソレじゃあね』

老人「あぁ、またね」

墓石「……」



……
…………
………………







それからというもの、彼女は他の妖精たちと同じように……。


自らの身を、鎮守府に置くこととなった。


そこにはあの時助けてくれたアイオワや、妖精たちが居た。



妖精はその手に握った計算尺を駆使し、一から図面を書き直すことにした。



自身と鶴野――二人の夢を、再び追うことにしたのだ。



……
…………
………………







アイオワ「随分とoldチックなtoolネ……」

妖精『大丈夫、コレデ製図、できる』

アイオワ「へぇ~、でも応援してるわ!」


『ガンバッテー』

『あたしも手伝ウー』

妖精『皆、アリガトウっ』


……
…………
………………








『アナタ、ワイン飲まない……?』

妖精『私、サケ飲めない……』


『コレハ友永ノ艦攻?』

妖精『全然違うヨー、“キョクチセントウキ”ダヨ』


『ナニコレー!』

『カッコイイ!』

妖精『……フフンっ』


……
…………
………………







『疲れター』

妖精『モックアップ、頑張ッテ』


『液冷エンジンの方が良くナイ?』

妖精『イイノ、空冷のハ-43じゃないと、震電チガウ』


『カウンタートルク、コレデ解消デキルヨー』

妖精『ホント?やったネっ』


『ワインこぼしちゃっタ……』

妖精『書き直シテっ』


……
…………
………………







妖精『さぁ、皆……もう一息だヨー!』

『震電、震電っ』

『鴨サン、あと少シ!』


妖精『……』








妖精『……フゥ』


ガチャ


提督「精が出るなぁ」

妖精『ア……提督、コンバンハ』

提督「こんばんは」


提督「これは飛行甲板に降りられるのかな?」

妖精『今はムリ、でも……』

妖精『いつかできるようにスル』

提督「そか、期待してるよ」








提督「でも、こんな夜遅くまで……」

提督「あまり無理はしなくていいからね」

妖精『……一宿一飯の恩だカラ』

提督(……それとはまた違うように見えるんだよなぁ)


提督「……まぁいいや」

提督「来週の火曜日の試験飛行、うまく行くといいな」

妖精『……ウンっ』



……
…………
………………







……こうして、試験飛行の当日を無事に迎えることとなった。


新たに作られた「震電」試作機はその妖精に合わせた大きさや細部に違いこそあれ、ほぼ当時のままの姿を残すことができた。


天候は、若干の雲のかかった晴れ。


この日を、逃す手はなかった。








妖精『皆、本当に……アリガトウ』

『大丈夫?操縦デキル?』

妖精『大丈夫、“赤とんぼ”でイッパイ練習した』

妖精(それに……ツルノの操縦も、覚えテル)

アイオワ「Good luck!」

妖精『ウン、気を付け……』



ウゥ――――――――――――ッ



「『!?』」








その刹那であった。


耳をつんざくけたたましいサイレンが、周囲一帯に流れた。


ここ最近になって頻発している、深海棲艦による本土空襲を知らせる空襲警報だった。


それを聞いて、アイオワはすぐさま海へ向かって走り出した。








アイオワ「Shit!」

アイオワ「皆、避難しなさい!」

アイオワ「私はtake on an enemy!」


『アワワ……どうしよォ……』

『逃げなキャっ』




妖精『…………』




……
…………
………………







現在、鎮守府の主力機動部隊は遠方へ派遣されており、残された戦力で敵を迎え撃つしかなかった。


だが、一歩進んだ性能を持つ深海側の陸上爆撃機は、旧式ばかりの迎撃機を容易く蹴散らし……


今まさに、艦娘たちの築いた最終防衛線をも突破せんとする勢いであった。








初月「くっ、高度が……!」

アイオワ「随分と数は減ったけど……」

アイオワ「こうも数が多いと、私のMk-7でも間に合わない……!」

秋月「みんな、諦めないでっ!」



アイオワ「あぁっ、敵の三機が抜けてっ!」

アイオワ「Fuck……!」



アイオワ「……!?」









ふとした拍子に空を仰ぎ見たアイオワは、確かに見た。



後光の差す大きな雲に手が届きそうなほど、あまりにも高い空を舞う。



……一匹の“鴨”の姿を。









妖精『ゴメンね、“震電”』

妖精『やっと空、飛べるようにナッタのに』

妖精『いきなりこんな危ない目に遭わせテ』


妖精『でも、お願いダヨ』

妖精『皆を……守ッテ』



妖精『私と……ツルノが……ついてるカラ!』








震電の持つ独特の飛行特性に四苦八苦しながらも、妖精は本土を目指す敵爆撃隊へ向け、単機でそれを飛ばした。


凄まじい仰角であったが、前翼型の形態が生み出す揚力が失速を未然に防いでくれる。


やがて震電はその速度を増してゆき、高速飛行に突入することで、本来の局地戦闘機らしい安定した飛行を行うことができるようになった。


機首はいざという時のため、試作機と並行で作っておいた30mm機関砲搭載のものに緊急換装されていた。


残す問題は、妖精自身が初の実戦経験だということだ。








妖精『見えてキタ……!』




妖精『震電……行くヨ!』








相対する二つの影。


敵が未知の高速飛行体に対し、対空砲火の照準を合わせることができない間隙を縫って。


震電の機首「17試30mm機関砲4門」の一斉射撃が、敵正面に降り注いだ。



それは被弾と云うより、もはや殴りつけるという表現の方が相応しい散り様であった。


敵の陸爆は瞬時に激しく四散し、同時に抱えていた爆弾が音を立て、空に大きな花を咲かせる。








やがて後ろへ流れてゆく残りの敵と、震電は大きく距離を空ける。


妖精はすかさず操縦稈を右へ、手前へと引き倒す。


だが、震電の持つ右方向への旋回特性を以てしても、高速で飛ぶ当機を敵に向かって反転させるのはやはり困難だった。


“赤とんぼ”の時とは比べ物にならない操縦桿の硬さ、重さ。



しかし、妖精は踏ん張った。


ツルノの大きな手が、彼女の小さな手を支えてくれているような気がしたのだ。








陸爆の進行方向に沿って、それを追いかける震電と妖精。


高度9000m、速度378ノット。


やがて、彼女は残る敵のうち一体に追いすがり、その巨体を17試射爆照準器に捉えた。



火を噴く機銃、交差する射線。



堕ちたのは、またしても陸爆の方だった。








妖精『ヤ……ヤッタ!』

妖精(射線が集中するカラ、とても当てやすい……)

妖精『こ、このまま残り一体も……!?』



妖精『ね、燃料ガ……!』








メーター越しに知る、燃料漏れ。


おそらく、先ほどの撃ち合いで、機体をかすめた銃弾がタンクに穴を空けたと思わしき状況。


彼女の中に、大きな焦りが生じた。


その残量を鑑みるに、すぐにでも降りなければ燃料は尽きてしまうだろう。


だが、それ以上に被弾の恐怖が妖精の頭をよぎった。


妖精が迷い慌てるうち、敵の陸爆は少しずつ左に逸れながらその距離を再び離して行った。









“コレ、撃たなきゃ”

“モット、たくさんの人が命を落トス”

“……あぁ”










“こいつは強い……敵が来ても、俺がこいつでやっつけてやる”

“たとえ勝てなくても、こいつは速い”

“何かあったら、“400ノット”で逃げおおせてやろうや”

“……ウンっ”



妖精『……』










妖精は奮い立ち、再びスロットルを奥へと押し倒した。









再度接近する、敵の姿。


速度、380ノット。



敵が作り出した白い飛行機雲の帯が、丸いキャノピーを撫ぜる


速度、384ノット。



小さな手が汗と共に、操縦稈を固く握り包む。


速度392ノット。









敵対空砲火による曳光弾が、機体のすぐ横に一筋の光を残した。




速度396ノット。




妖精は、トリガーを引いた。









原型を失い火を噴いた敵の陸爆は、ばらばらと破片をまき散らしつつ、錐もみ状に海へと堕ちて行った。


そのすぐ先に、海岸線が見える。迎撃はまさにギリギリの成功だった。








だが、妖精が安堵してすぐのこと。


背中に感じていた震電の鼓動は突如動きを止め、機体は徐々に速度を失っていった。


燃料が、尽きた。









妖精『……本当にゴメンネ、震電』

妖精『セキニンは、取る』



妖精『私も、このまま……一緒に……』










“400ノットなんか、どうだい”


妖精『!』


“じゃあな”


妖精『……』










妖精『……396ノット、か』


妖精『……何度もゴメン、やっぱり私……』

妖精『マダ、やり残したことがある』

妖精『だから……』










妖精が操縦席下の硬いレバーを引くと、機体後方の6翅のプロペラが軸からはじけ飛んだ。


延長軸内に仕込まれた脱出用信管が、うまく作動したのだ。


これは、戦時中に鶴野がパイロットの身を案じて搭載した緊急の装置だった。









妖精『また、新しい体を作ってあげるネ』


妖精『今度こそ、400ノット……突破しようネ』



妖精『ソレじゃあ……』

震電『……』










妖精は、プロペラの無くなった機体の後方に向かって、身を投げ出した。


すかさず開いた落下傘、海に向かって落ちゆく電光の鴨。


脱出に伴う緊張のためか、妖精の心は今でもドキドキと弾んでいた。










はるか昔、彼女と鶴野が初めてであったあの日。



彼の胸ポケット越しに感じた、あの確かな鼓動と同じように……。



それは、遮るもののない気ままな風が、彼女の体を包む最中のできごとだった。



―――――――――――fin―――――――――――――




NGワード:艦これが成分少ない、時代考証


最近書いた作品は、以下の通りです。


【艦これ】雪風「じゃーん!」山城「けーん……」
【艦これ】雪風「じゃーん!」山城「けーん……」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463842208/)

【キン肉マン】レオパルドンVS悪魔将軍!! の巻
【キン肉マン】レオパルドンVS悪魔将軍!! の巻 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1464041910/)


ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。


http://www.youtube.com/watch?v=9HInQDjCCRc

>>142
参考にした私、一瞬ドキリとしましてよ(震え声)
ありがとうございます


>>1の作風上、今回も泣けたと言うべきか今回は泣けたと言うべきか迷うところ

つかぬ事を窺うが、>>1の酉ってコレ一つだけ?

皆様の嬉しいお言葉の数々、本当に励みになります……
ありがとうございます

>>149
今だからこそぶっちゃけますが……
二月ほど前のエタ作ラッシュの折、気恥ずかしさからもう一つの酉を使って何作か書かせてもらっていました
(事情が事情なので、今は酉の公開を控えます……すみません)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年06月03日 (金) 01:10:55   ID: rYRdm3q3

艦これSSです
プッシャーカナード型はいいな
性能云々はさておき格好いい

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