アムロ「シドニア…」 (60)
このssは
アムロ「…シドニア?」
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の続きみたいなもんです
気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ありません
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時刻は夕方。
暑いのか、寒いのか。
この艦にそもそも四季はあるのか。
…無いだろうな。
「…」
不思議な事は、予期せぬ時にやってくる。
それは、宵の夢にも思える。
いや、はたまた宇宙の意思というやつだろうか。
…どうだろうな。
…死んだ男への、束の間の休息。
そう思うのなら自分の頭はもうどうにかなっている。
「…休息であってたまるものか」
人々の声が日に日に失われていく。
その声は人々の生きる糧となり消えていく。
そんな事が当たり前だとされた世界。
「…」
幸か不幸か、ここに来てからというものの、感覚が研ぎ澄まされていくような、そんな感じがする。
戦争で人が死ぬのは仕方のない事だろうが、自分よりも一回り以上若い者が断末魔の叫びを上げていくのだ。
…研ぎ澄まされるといっていいものなのだろうか。
「…」
人々の声を糧にしているのは、俺も同じ、か。
「アムロさーん!」
一人ベッドの上で物思いに耽っていると、一人、いや…一匹…。
…一本の触手が俺の頭上に現れた。
先端部に目のような塊が存在し、それを開閉させる事で瞬きの役割を担っているらしい。
「アムロさん!晩御飯です!」
家が隣であるからか、それとも彼女の生まれながらの性質なのか。
「…つむぎ」
「はい?」
「…玄関から入れと言っているじゃないか」
「あっ」
彼女も随分と俺に心を開き始めたものだと思う。
もう、20回目だからな。
彼女が俺の言いつけを破ったのは。
「いただきます」
3人と一匹の奇妙な食卓。
だが、そこにはもう一つ奇妙な事があった。
「美味しい?長道」
「うん!美味しいよ!」
長道という少年と、イザナという少女。
そしてつむぎという恐らく女性型だろう「それ」。
食事の茶碗が置かれているのは、俺と長道のみ。
イザナとつむぎの前にはお茶が一杯のみ。
決して貧乏というわけではない。
彼女らは、食事をする必要がほとんど無いというだけだ。
つむぎに至っては本来飲み物すら必要無い。
食事はおろか、呼吸さえもしないのだから驚きだ。
テレパシーのようなもので話しているのかと言われればそうでもない。
つむぎにはちゃんと口がある。
それを奇妙に動かして話している。
…相変わらずこの世界の事はよく分からない。
「ご馳走様でした!」
「イザナ、いつもすまない」
「いえ、だって皆で食べた方が面白いじゃないですか」
…果たしてそうだろうか。
4人の中で二人だけ別の空間が広がっているようにも見えるが。
それを聞けば、イザナは必死に否定するのだろう。
…まだまだ二人は発展途上だ。
長道がどれ程このシドニアで愛されているのか分からないわけではないだろうに。
「!」
不意に長道家のインターホンが鳴る。
イザナや長道の反応からして客人を呼んだ様子はないようだが。
…だとすると、少しまずいな。
つむぎがここにいるのを知っているのは、俺と彼らだけ。
…とすると、だ。
…説教を喰らうのは、彼らだけじゃなくなるな。
「はいはーい!」
「ちょっ…つむぎ!」
そんな二人の心境を察する事なく、つむぎは真っ直ぐ玄関口へと向かっていった。
「マズいよ!急いでつむぎを隠さなきゃ!」
「ど、何処に隠すの!?」
…しかしつむぎもその辺は理解している筈だが。
まだ世間知らずの子供とはいえ、言われた事を覚える程度の事は出来る。
それをふまえた上で玄関口に行ったのならば。
「「あっ…」」
「…ふっ」
…その答えは、玄関口の前で鬼の首を取ったような顔をして立っている、纈が知っているんだろうな。
「ええ。知ってましたよ」
「なるほどな」
監視していたわけではなく、彼女もまた俺と同じように察していたらしい。
確かに、最近の二人を見ているとそうなるのも無理はないと思う。
…というか、つむぎはその辺を少しも考慮してなかったようだ。
純粋に扉を開け、纈に挨拶していた先程の光景を思い出す。
…全く、無邪気なものだと苦笑してしまう。
「…あの、私は、外に出てもいいのでしょうか?」
つむぎが遠慮がちに聞く。
微かに望みがあると思ったのだろうか、その声は少し震えていた。
「…ダメよ。まだ、それは許可出来ないわ」
「…」
「でも、誤解しないでね?まだシドニアはつむぎを受け入れる準備が出来ていないだけなの」
纈の言う通りだろう。
何と言ってもつむぎは奇居子だ。
奇居子とはシドニアと敵対する者。
それがいきなり現れ、皆と仲良く暮らす姿などそうやすやすと想像できるものではない。
長道やイザナのような博愛主義ならそれも出来るだろうが、シドニアの大多数はそこまで寛容ではないのだ。
器が小さいと言ってしまえば簡単だが、彼らの気持ちもわからないでもない。
だが、纈も言ってくれた。
…まだ、だと。
きっと分かり合える日が来るさ。
…きっと。
自室に戻るタイミングを失ったわけではないが、俺はまだ長道の家で彼としばし談笑していた。
「君はよく食べるな」
「何だかお腹が空いちゃって…」
もう夜中だというのに、彼はインスタントのラーメンを美味そうに啜っている。
自分がこれくらいの歳でも、ここまではしなかった。
…俺はこれでも軍人なんだがな。
「…」
それにしても、今日はいつもより賑やかだ。
纈が泊まっていくらしいからだろうが。
女子三人、といっていいのか分からないが、彼女らは今湯船に仲良く浸かっているそうだ。
「…しかし、君も大変だな」
「え?」
「両手に花、というのは今の君の事を言うんだろう」
「い、いえ、そんな…俺なんて」
湯船から聞こえてくる彼女らの話し声が、この空間のBGMとなりつつある。
軍に関わらない者達にはどうでもいい事かもしれないが、それは俺には幸福を与えるひと時となる。
「…」
「…」
静かになると、どうにも風呂場の話し声が耳に入る。
纈の驚きようから察するに、イザナの身体の変化にはきづいていないようだった。
…だとしたら、女性化していなくとも同じ湯船に入る事が出来るという事なのか。
…中性だから、いいのだろうか。
「…その、俺なんて、アムロさんの方が…」
沈黙が気まずかったのだろう。
彼はどうやら互いのパイロットの腕の評価の話をしたいようだった。
「…君は、あの仮象訓練装置の結果が全てだと思うかい?」
「い、いえ…」
「強さを比べる事は確かに重要だ。だが強ければ偉いなんて事はないんだ」
「…?」
「君は、つむぎをリーダーにするつもりか?」
「…あ」
「そういう事だ。それに、僕と君では比較が出来ない」
ほんの少し考えた事はある。
俺と長道、どちらが優れているか。
今思えば、どうでもいい事だが。
互いが衛人に乗ればきっと長道の勝利だろうし、ガンダムなら…。
…そこからは考えていない。
何故なら、戦う必要などないからだ。
…もしもそういった大会でも開かれたとしたら、それは最早平和の成り行きだろう。
現時点では、考えられない事だ。
「…すいません。こんな話しているしちゃって。俺、話すのが下手で…」
「…いや。君の優しさは、もう理解しているさ」
…それにこの子は、きっと本気を出してはくれない。
『中性体の人は相手に合わせて性が変化するんですよね?』
『う、うん…うん?』
イザナが女性化したというのは、恐らくまだここにいる者達しか知らない。
明日には周知の事実となっていることだと思うが。
問題はその原因だろう。
何故イザナが女性化したのか。
特定の誰かに恋をしたか。
何となく女性の身体に憧れたか。
…後者に賭ければきっと数十倍のオッズとなるだろう。
誰が見たって、一目瞭然だ。
それを聞くかどうかは、人としての良識だろうが。
『イザナさんが女性化したということは、つがいの男性が見つかったということですか?』
「ブーーーー!!!」
「…」
悪気が無いのは知っている。
つむぎにとっては、生殖活動の一つとでも言われるのだろう。
…あそこまではっきり聞けるということは、まだイザナの本心を理解出来ていないのか、それともわざとなのか。
「…長道」
「は、はい…?」
「君はこれから苦労しそうだな」
「な、何でで……あ」
「…」
「…す、すいません!す、すぐタオル持ってきます!」
「…ああ」
…君自身の胸に手を当てて聞いてみればいいさ。
「長道ー。アムロさーん。もう少ししたらお風呂空くよ」
「うん。ありがとう」
「僕は自分の所で入るよ」
気持ちは嬉しいが、今の口ぶりからすると嫌な予感がしてしまう。
…ふとイザナの姿を見る。
白のシャツに、半ズボン。
女の子らしい寝やすい格好。
それに年相応の女の子の身体つきだ。
しかし、その右腕と左脚を見るとどうにも違和感がわいてくる。
機械化された腕と脚。
彼女もまた奇居子との戦いで傷ついた一人。
気にしていない、と彼女は言うが、そんな筈はないだろう。
もう、年頃の女の子となってしまったのだから。
「…ん?」
ふと、イザナが上を見上げる。
その動作は、見るというより耳を澄ましたといったほうが正解かもしれない。
さっきから俺たちの耳にも入ってきていた湯船の談笑。
『ねえ纈さん七並べはできますか?』
『七並べ?うんできるよ』
今の彼女の反応からして、俺達に聞こえていた事は分からなかったようだ。
聞こえていると分かっていたら、あんな会話はしなかっただろうな。
…こんな吹き抜けだらけの家なら、聞こえるのも無理はないと思うが。
『わあ~!お風呂から出たらみんなでやりましょう。私キノコトランプ持ってるんですよ』
『いいよー』
耳まで顔を赤くしたイザナは、罰の悪い顔をして俯いている長道を睨みつける。
一番聞かれたくない人物に聞かれたのだから、そうもなる。
…これが俺だけだったら、まだマシだっただろうな。
「…」
「…!」
こういう時は、どういった顔をすれば良いか。
今、長道の中で様々なシミュレーションが凄まじい速度で行われているのだろう。
そのシミュレーションの中から彼が選んだ顔は。
「…な……何?」
「な、長道とは………トランプをしないからっ!!」
その顔が正解か否か。
機械化された右腕を全力で机に振り下ろしたイザナを見れば、すぐに分かるさ。
「熱ゃ!熱ゃ!熱ゃちゃちゃちゃちゃ!」
全く。
…見ていて飽きないな。
若い者達、というものは。
「…」
自室に戻り、シャワーを浴びると能動的にベッドに倒れこんだ。
風呂は昔から好きではなく、どうにもシャワーが限界だ。
…だから不健康なのだろうか。
「…」
意味も無く怒っているイザナに意味も無く謝り続ける長道の声が聞こえる。
終着点が見つからないのか、かれこれ30分鳴り止んでいない。
…人気の無い立地で良かったな。
「…」
街灯から来る光が暗闇を照らし、落ち着いた風景を作り出している。
しかし、それと同時に寂しさも感じる。
…この艦の者達は、月の光など知る事も無いのだろうな、と。
「…ん」
ベッドの頭側にある吹き抜けに何かがいる。
街灯の光に、小さな影が浮かび上がったのを見ると、それが何かはすぐに分かった。
「…クワガタ、か…」
こんな所に餌があるわけもないが、恐らく今最もこの虫に適した空間だったのだろう。
理由までは分からないが。
「…」
何となく、指を出してみる。
それに気づいたのか、前足を上げ、威嚇するようなポーズを取り出した。
このまま指を近づければ、彼の二本の角はそれを阻止しようと必死で挟んでくるのだろうな。
上から頭を軽く押さえてみると、最早なす術が無いのか後ろ足で下がろうとする。
「…ここは危ないから、何処かへ行くんだ」
指を離すと、すぐさま羽を震わせ飛んでいった。
逃がしてもらえた、なんて事は思っていないだろう。
命からがら逃げる事に成功した、とは思っているだろうが。
「…」
侵略する者と、される者。
今の場合でいくなら俺が侵略する側で、彼がされる側。
…彼らからすれば、俺が奇居子、か。
奇居子とは一体何なのだろうか。
簡単な事だ。
人間達の故郷を奪い滅ぼし、絶滅させようとする者達。
だが、果たして本当にそうだろうか。
あのクワガタは俺の言葉など分かるはずもない。
俺もクワガタの言葉など分からない。
…奇居子も、同じだとしたら。
互いにコミュニケーションが取れていないだけだとしたら。
歯車がかみ合わなかっただけだとしたら。
「…」
彼らは本当は共存の道を選んでいたのだとしたら。
彼らにも、家族がいて、仲間がいたとしたら。
戦いの火蓋を切ったのは、人間達だとしたら。
…分かり合える事が、出来たとしたら。
「…」
…やめよう。
所詮、結果論だ。
互いに滅ぼしあい始めてしまったのだから、もう、後戻りは出来ない。
「…」
ここに来る前の事を思い出す。
全身を緑色に輝かせたあの機体達。
彼らがこの世界に来ていたら、どうなっていただろうか。
もう少し、マシな見本になれただろうか。
…それも結果論か。
「…」
何故、俺なのだろう。
何故、こんな役目を押し付けてきたのだろう。
「…シャア、お前はどう思う…?」
一人呟いてみても、返事は無い。
この世界は元の世界とは違うのだから、当たり前か。
「…」
だが、彼が何を言うか、なんとなくだが予想出来る。
『それでも私のライバルか?』
きっと、苦笑しながらそう語るのだろう。
多くを語らず、言葉少なめに。
「…」
…本当に、奇居子との戦いは終わるのだろうか。
終わったとして、そこに俺はいるのだろうか。
考えれば考える程疑問が浮かんでくる。
…。
「…やめだな」
マイナス思考は感覚を鈍らせる。
正解の無い疑問を考えた所で、終わりはない。
これではあの二人の事も言えないな。
「…」
そういえば、まだあれを作っていない。
ここに来てから、そういう事をしなくなっていた。
「…確か、この辺に…」
良い気分転換になる事を祈りながら。
「…やってみるか」
自然とプラモデルの箱を持ち机に向かう俺の顔は、きっと子供のような顔をしてるんだろうな。
第一話 終
またそのうち書きます
『アムロさん、それはここに…』
「分かった」
『あ、それは向こうに持っていってもらえますか?』
「ああ」
先の奇居子事件。
今となっては憶測でしかないが、俺はあれは小林、岐神達による実験によるものではないかと思ってはいる。
テレビで放送されたのは、浮遊小惑星からの奇居子襲来。
…何とも都合の良い話だ。
そしてその奇居子による被害も尋常ではなく、建物の殆どは壊滅状態となっていた。
これは最早人の手では直しきれないレベルと踏んだシドニアは、衛人を投入する事で作業を進める計画を立てた。
「こうか?」
『はい!良い感じです!』
俺もまた、ガンダムに搭乗し彼らの手伝いをしている。
『ありがとうございます』
「いや、先は長いんだ。これくらいじゃへばれない」
ガンダムの指先、腕の関節。
それらをゆっくりと慎重に動かして工事の下地を作っている。
「…」
しかし、こうしているとふと思う。
…これこそが、人型ロボットの本来有るべき姿ではないのだろうか、と。
『しかしガンダムのフォルムは羨ましいですね』
「?」
『衛人は抵抗を無くすために、こういった特徴的な形をしているんですけど、ガンダムはそれが無くてもかなりのスピードを出せるじゃないですか』
「…天才スタッフが作ってくれたからかな」
『…すいません。変な事を…』
「そんな事はないさ、こいつを褒めてもらえて僕も嬉しい」
ガンダムに内蔵されている武装はバルカンのみ。
それ以外は何かを手に取って戦っている。
それでなくとも戦闘機のようなフォルムをした衛人とは違い、角ばったものとなっている。
『…あ、じゃあそれを立たせたらこっちは終わりにしましょう』
「了解した。ちゃんと平行になっているか確かめてくれ」
『はい………?うわぁっ!!?』
「!?」
衛人とガンダムの間をすり抜けていく紅い物体。
一瞬奇居子かと思ってしまったが、子供のように純粋な気を感じてすぐに誰なのかが理解出来た。
「つむぎ!」
『は、はいっ!』
「遊んでんじゃない!!」
『あ、遊んでないです!』
「君が避けたとしても、皆が避けられるとは限らないだろう!」
『す、すいません…』
速く飛ぶ事が出来るのは魅力的だが、その力を持つ者がこれでは困る。
今だって衛人に乗ったパイロットが彼女に驚きもう少しバランスを崩していたら、彼が危険な目に遭うだけではなく、折角作った骨組みに傷がついてしまう。
「サマリ、常につむぎを見ておけと言っただろう」
『そっちまで行ってたんですか…ビュンビュン飛び回るものですから…』
小さい子供が走り回っていれば、何処かにぶつかるなんて事は珍しくない。
「…とにかく、つむぎ。もう少しゆっくり頼……」
しかし、改めてつむぎの性能には驚く。
俺が思考するよりも先に、俺が頭の中で呟くよりも先に。
彼女は、何時の間にか俺達の前から姿を消してしまっていた。
「つむぎ!」
何処に行ったのか探してみる。
…だが、どうやらその必要は無いようだった。
あれ程警戒していたのに、無邪気に飛び回る彼女に気を取られ衛人の一人が鉄骨をぶつけてしまった。
気づいた時には、折角セットした床材がリズミカルに、バラバラに、そして無情に。
『あ…』
『あー…』
俺達の目の前で崩れていった。
「…全く…」
残業、だな。
ようやく自分が何をしたか理解し、ショックを受けたつむぎは皆と離れ一人、隠れるように座っていた。
つむぎの性格については、皆が理解を示してくれてはいる。
それでも一歩間違えたら大惨事だ。
少しの反省は必要だと声をかける事は無かった。
…一人を除いて。
「…?」
『つむぎ、衛人はつむぎみたいに動けないんだ』
『…ごめんなさい』
『…じゃあ、そんな悲しい顔をしてないで、またみんなと一緒にやろっか』
『…!私の表情、分かるんですか?』
『うん。つむぎって顔に出やすいから』
『あ…えへへ…』
『今は、ちょっと笑った?』
『…!も、もう見ないで下さい!』
つむぎの表情、か。
確かにいつもつむぎを見ていない者には分からないかもしれないな。
何処かで彼女の助力も必要になるだろうから、連れてこようと思ったが。
…どうやら、長道に任せておけば大丈夫なようだ。
多少女心を理解出来ていない部分はあれど、これからどうにでもなるだろう。
「…」
自然と笑みがこぼれる。
最後に彼は一体誰を選ぶのだろうか、なんて考えてしまったからな。
『キャー!キャー!』
『つむぎー!』
ある程度仕事が終わると、今日はここまでという勢威の号令で衛人達は引き上げていった。
宇宙にいるからか、今は夕方なのか夜なのか判別がつかない。
「…サマリ」
『は、はいっ?』
「君は、太陽と月の役割を知っているかい?」
『…そうですね…。実際に見た事はありませんが、それらで朝と夜の区別が出来たと聞きます』
「…それだけじゃないさ」
『…?』
天然の光が、どれ程良い物だったか。
…地球という星が、どれ程の奇跡の星なのかよく分かる。
艦の中に戻ると、どうやら時刻は夕方だったようだ。
作られた空は赤く染まり、それらしらを醸し出している。
見事な再現力だと思うが、これが作られた物だと思うと複雑になる。
「…ん?」
「ゆっくり運んで下さいねー!」
「「はい!」」
家に帰る途中、大きなリュックを背負った纈と、大きな荷物を運ぶシドニア職員が目に入った。
「纈」
「…あ!アムロさん!」
「大仰なイベントでも始めるつもりかい?」
彼女のリュックを指差し質問をすると、年頃の少女らしく取っ手を持ちそれを見せびらかすようにこちらに向けた。
「へへー…これから引っ越しするんですよ!で、これはコタツです!」
「コタツ…」
それが何かは知っているが、実際に見た事は無かった。
「…」
「あ!もしかして初めて見るんですか?」
「ああ」
ストーブと机が合わさった物だとは聞いていたが。
こんな造形をしているのか。
…少しそそるな。
「あのぉ…アムロさん」
「ん?」
「梱包、開けないで下さい…」
「…あ」
いけないな。
…自分はこういう所は、まだ若い。
「…で」
「はい?」
「それが何でボクらの家で、ボクの部屋で…?」
「まず二つ目から答えますね」
長道の家、その一室。
イザナが寝床としていた部屋にコタツは置かれていた。
その部屋の主の荷物は外へとおいやられ、その主の顔はかなり深刻だ。
纈はそんなイザナの心境を知ってか知らずか舞台女優のように部屋の真ん中にあるコタツの周りを歩きながら語り出した。
「コタツは和室にあるものでしょう?この家に和室はここだけですからね。だ・か・ら!ここなんです」
「…だからって…」
「で、ですがね。私がここに引っ越ししたのは、昨今の奇居子襲撃に備えて一人でいるよりはまとまっていた方が良いという事です」
聞いていると最もな理由だと思う。
「ちなみに谷風さんの隣は私が取りましたから」
…しかし、どう見ても私怨が入っているようにしか見えない。
そう思ったのは俺だけではないようで、イザナは精神的疲れから気を失いかけていた。
「…あ」
その時、長道が思い出したかのように俺に話しかけてきた。
「アムロさんもここに来ないんですか?」
「」
今俺はどんな顔をしているんだろうか。
それよりも前に、この世界には言って良い事と悪い事がある。
それは色んな理由付けがされているが、その中の一つには空気というものがある。
空気というものは、その場の雰囲気や流れ。
子供の頃から妙な力を手にしてしまったからか、俺はそういったものが人一倍分かるようになってしまった。
だから、今この場の空気がどれ程淀んでいるのかも人一倍分かる。
「…僕はやめておくよ。隣だからな」
長道を睨みつけるイザナ。
冷やかな目を向ける纈。
目を横一文字にするつむぎ。
これは俺が帰った瞬間一波乱あるだろうなと思いながら、長道邸を後にした。
第二話 終
その日は朝が早かった。
決して招集がかかった訳ではない。
「…」
朝、アラームやつむぎの強襲で目覚めたわけでもなく、見覚えのない人物からの着信がかかってきたのだ。
『アムロ…君でいいのかしら?』
「…君は?」
寝起きという事もあり、上手く頭が働かない。
もしかしたら過去に会った事があるかもしれない人物かと思ってしまったが、どう考えても知り合いではない。
俺をどう呼ぶか迷っている事からもそれは伺える。
ならば何故俺の携帯に着信をかける事が出来るのか。
…それは恐らく、彼女がそれなりの権限を持った人物だという証拠だろう。
『はじめまして。私は科戸瀬 ユレと申します』
「………科戸瀬?」
科戸瀬。
その名字には覚えがある。
特徴のある名字が多いシドニアでは、中々忘れる事はない。
『イザナを知っているかしら?…いえ、もう知り合いだったわね』
「君は、イザナの…お姉さんかい?」
『ふふっ…そう言ってもらえると嬉しいわぁ…』
空間の映像に映る彼女を見たままの感想で予想してみたが、どうやら違うようだ。
しかしイザナに母親はいないと聞いている。
…だとすると…。
『信じてもらえるかしら…お婆ちゃんなのよ〜』
「…」
…何だと?
…。
結局彼女から要件を聞く事は出来なかった。
しかし、自分の所に来るようにとは言われている。
…今でも彼女が俺よりも遥かに歳上だという事が信じられない。
だがこのシドニアでは、様々な事が普通のように送られている。
あれくらいの高齢者がいても不思議ではないのかもしれない。
…なんせ、熊の着ぐるみを着た奴が食堂をやっているくらいだからな。
「…ここか」
足を止めてドアの上を見ると、そこにはここがシドニア艦内の研究室だという印がされてあった。
イザナの祖母が、この部屋にいるのか。
…しかし、俺に一体何の用なんだ。
「改めて挨拶するわね。イザナの祖母の、科戸瀬ユレです」
「アムロ・レイだ」
握手をする為に近づくと、薄暗い中でも彼女の顔がはっきりと見える。
眼帯をしていて分かりにくいが。
…見事なまでにシワ一つ無い、瑞々しい肌だ。
「…それで、僕を呼んだ理由は?」
「うふふ…そうね。でもそんな急がなくてもいいわ」
彼女のは研究員の中でもかなり上に位置する程の人物。
それから呼び出しを喰らったということは、それなりの事があるという事だ。
「ガンダムのパワーアップかい?」
「…勿論、それもあるのだけど…」
それも、と言いながら彼女はモニターをいじり出す。
そしてモニターに映りだされたものを見て、俺は驚愕した。
「…これは…」
「…うふふ」
『ユレの秘密大作戦!谷風長道とイザナを付き合わせちゃおう!』
「…」
…これは、何だ?
「そんな呆気にとられて…それ程凄くないわよ?」
「…」
訳が分からない。
「…僕を呼んだ理由にはなってないんじゃないか?」
「そんな事ないわ。これはれっきとした作戦よ」
作戦、と言った彼女の顔にはどこも真剣さは感じられない。
寧ろそれを楽しんでいるような表情だ。
「ほら、イザナって奥手だから…」
「…子供だから、そうもなるさ」
「私、早く孫の顔が見たいのよぉ」
「…」
「…ね?貴方はあの三人だったら誰が谷風君に相応しいと思うかしら?」
「…」
まるで話を聞いちゃいない。
今なら俺でなくとも、彼女が期待している解答は予測出来るだろう。
…しかし、つむぎは一人として数えていいものなのか?
「…」
丸っこい瞳を見開き、俺を覗き込む。
「…」
「…それを選ぶのは長道だ。僕じゃない」
「…ああ〜…そうよねぇ…」
…この話し方。
確かに俺よりも歳上かもしれないな。
…俺がひねくれているだけなのだろうか?
「…で。君はどうしたいんだ?」
「無論谷風君とイザナをくっつけたいのよ。イザナなんてもう…私と会う度長道長道長道……ああ、寂しい」
わざとらしく顔を両手で覆う。
「イザナがああなった原因くらい、皆理解しているさ。長道以外は」
「そうなのよ。鈍いったらありゃしないわ!」
「…逆に、それが彼の良い所でもあるんだぞ」
「…でも、家族としてはやっぱり幸せになってほしいのよ。イザナにはね」
「なら、あまり手を出さない事だ。こういうのは周りが気にかければかける程ややこしくなる」
「んー…」
…。
少しばかり長く生きてきたが、こんな事は初めてだ。
…人の恋路を応援する。
……あまりにも新鮮すぎる。
思わず、これは夢なのではないかと疑ってしまう程だ。
無駄な時間を過ごした、とも思ってしまうが。
…今は、ただただ実感する。
俺は本当に生きているのだなと。
「…」
ユレから解放され、外に出る。
「…」
…。
『作戦を練ったらまた呼ぶわ。…はい!これ!約束の…』
『…これは?』
『特別許可書!今日はイザナの義手のテストがあるんだけど…それを見学しても良いわ!』
『…それが、ガンダムの強化とどう関係するんだい?』
『貴方の機体…ガンダムだったかしら?それに有線付きの遠隔操作武器を搭載するというのは聞いているわよね?』
『ああ。佐々木から聞いているよ』
『これは、それの第一歩よ!』
『…』
『もー…そんな疑り深い顔しないでぇ…』
…。
…日々、衛人が強化され、ガンダムもそれに比例して強化される。
「…」
このシドニアでは、予算のおよそ半分以上は機体や兵士などに使われている。
街を歩く者達の服を見ても、それはよく分かる。
支給された色の無い服。
たとえあっても予算削減の為に薄められただけのそれだ。
「…」
奇居子がいなければ、どれだけ平和か。
少なくともこの安全具は毎日つける必要は無くなる。
それだけじゃない。
「…」
『先月の奇居子襲来から…』
…こんな報道を見る事もなくなる。
奇居子に怯えず、人間が、人間らしく生きる世界。
「…」
そこまで考えて、止めた。
何故なら俺は、その世界を知っているから。
その世界で、何が起きていたか、身に沁みる程覚えているからだ。
「…」
人間が手を取り合い、生きる。
俺はその可能性を信じている。
…だが、結局それを見れたのは、多くの犠牲を払った後のことだった。
…失って、初めて気がつく。
「…そういう…ものなのか」
…困ったもんだ。
「佐々木!」
「…お!来たね!」
ユレから連絡を貰ったのか、待っていたと言わんばかりの反応だ。
「連絡するなら、この書類は必要無いだろうに…」
「形式ばったもんも必要なのさ。ま、アタシらはこいつでチョチョイだけどね」
そう言って、自身の端末を見せびらかす。
「…ダメとは言わないが、一報をくれるなら連絡先くらい素直に聞いておいてほしかったよ」
「あいつはその気になればシドニア全域の端末を遠隔操作出来るくらいの権限は持ってるんだよ。アンタのも、ね」
「…」
「面倒な女に捕まったって顔してるねぇ。まあ悪い奴じゃないから、そこはアタシが保証する。……お?」
「ん…」
佐々木と話している途中、後ろから元気な気配を感じた。
振り返ると、向こうのフロアからこちらに元気良く走ってくる見覚えのある子供が一人。
「じゃあ、始めるとするかい。アタシらの技術力、ナメちゃいけないよ」
「…そうだな」
イザナの義手のテスト、参考になるかどうかは分からないが、暇潰しにでも見せてもらうとするか。
「…」
「じゃ、始めて」
「…はい」
専用のヘルメットを被り、専用のコクピットに座る。
そして少しの間呼吸を整え、目をつむる。
恐らく義手に脳から指令を送っているのだろう。
彼女を集中させようと、自然と皆が静かになる。
しばらくすると、イザナの義手の指が5本から10本に分かれ、それぞれが独立し専用の操縦桿を滑らかな動作で操作していく。
あれだけの物を同時に動かすのは常人ではなかなか出来るものではない。
「…人間の脳って凄いのねぇ」
「…そうだな」
ついこの間まで力のコントロールさえもままならなかったのにも関わらず、こんな細かい作業もやってのけるようになった。
「初めから10本指だった気さえしています」
「…」
勿論努力も相当なものだろうが、それだけ彼女の身体がアレに適応していったということだろう。
…全く。
強い子供だよ、君達は。
「凄いのはそれだけじゃないよ。イザナ!指の接続線を操縦桿の端子に接続してみて」
「はい!」
「………これは…」
イザナが再び義手に意識を集中すると、指の先端からつむぎの触手のようなものが伸び出した。
そしてそれが接続された時、イザナの顔つきが大きく変わった。
「…!」
「どーお?衛人の映像をリアルタイムで見れるようになったのよ」
「…」
「目を閉じれば、まるで衛人になったみたいな気分になるでしょ」
…。
これは、まさか。
「流石にアンタみたいにメインカメラぶっ壊れても戦おうとするバカはやらせないけどさ、これくらいならアタシ達でも出来るわけ」
「…」
…ニュータイプに、近づけようとしたのか。
「どお?少しはアンタのお役に立てそう?」
…。
…確かに、これを応用すれば。
元とは言えないまでも、今までよりもはるかに戦いやすくなる。
「アンタのヘルメット改良しとくからさ、ま…もう少し待ってなよ」
「…佐々木」
「なんだい?」
「…まさか、腕まで改造はしないだろうな?」
「してほしけりゃやってやるよ?」
「…勘弁してくれ」
第三話 終
「…」
パチン。
パチン。
「…」
ゴリゴリ。
「…」
いや、違う。
あともう数ミリ、削らなければ。
「…」
ゴリゴリ…。
「…」
これくらいだろうか。
「…よし」
全長、24m。
俺の、俺だけの、νガンダム。
「…」
…の、1/100。
「…大の大人が、嬉々として…」
…。
……。
…やってもいいさ。
今は一人。
することも無し。
少し前、このシドニアで唯一と言ってもいいだろう模型店へ足を運び、こいつらを購入した。
自分で自分の乗っている機体のプラモデルを買いに来る客はそうそういないのか、物珍しそうな顔で金を受け取っていた、気がする。
…いや、ただ俺自体が物珍しい奴なのかもしれないが。
「…」
大体買ってどうするのか。
組み立てるだけだ。
なら組み立ててどうするのか。
飾るだけだ。
飾ってどうするのか。
眺めるだけだ。
ビームライフルを撃つわけでもなし。
「…分かる奴にしか、分からない…さ」
機械を自分で作った事もある。
それの外側だって自分で設計して作った。
これは最初から設計図があって、完成図もある。
何なら自分だけのオリジナルを作れと言わんばかりに色塗りの参考まである。
気がつくと、パーツの切り離しを中断して説明書を読み漁っていた。
「…ん…」
νガンダムに付属していたパイロットのミニチュアが机の下に落ちてしまった。
それ程までに楽しんでいたか。
「…」
成る程。
「…」
…纈が熱中する訳だ。
先日、イザナの義手の性能テストを見学させてもらった。
あれを応用すれば、少しはνガンダムの本来の戦い方をやれるのは間違いないだろう。
どうするのかは佐々木に任せるしかないが。
「…」
しかし、ふと思った。
彼らは俺達の技術をオーバーテクノロジーだと言う。
…だが、それは向こうにも言えること、だと俺は思う。
少なくとも、俺が生きてきた世界ではあんな性能を持つ生き物も、あんな義手も、あんな便利な身体を持つ人間も、いざという時に役に立つスーツも見たことがない。
「…」
常々思う。
自分は宇宙人の世界にでも迷い込んだのではないか、と。
「…」
そして、だからこそ恐ろしい。
その宇宙人にも匹敵するような彼らが恐怖を覚える敵、奇居子。
それらを瞬時に殲滅出来る新しいタイプの奇居子、つむぎ。
…そして。
「…」
…それとほぼ同等か、それ以上の力を持つ奇居子が、いるということだ。
…。
星白閑。
格好だけの墓と名前、顔写真。
勿論骨は無い。
しかしそれはシドニアのエネルギーになったわけではない。
『かつてシドニアの戦士の仲間だったが、奇居子に食われ、命を落とした』
『…珍しくは、ないんじゃないか?』
『…いや…珍しいな。食われるのは』
『…』
長道とは周りが羨む程の仲だったと聞いていたが、志半ばで命を落としたそうだ。
『奇居子は星白を取り込み、その記憶を元に新たな身体を形成した』
仮面を外し、シドニアの一般人に扮した小林が彼女の墓の前で淡々と語っていく。
彼女にとっては軍の中の一人に過ぎないからか、それとも立場上なのか、その理由は分からない。
『…ガ-490。名前は…紅天蛾』
『紅天蛾…』
『あの時はまだ衛人の性能が不十分だった事もあったが、それ以上に奴の性能は凄まじいものだった』
『…つむぎよりもかい?』
『…』
小林は俺の質問に答えることなく、数秒黙った後、さらに口を開いた。
『兵士に何十もの空きが出来てしまってな』
…それだけ、犠牲を払ったということか。
『そうしてようやく完全とは言わないが、倒すことが出来た』
『…完全とは、言わないのか…?』
『一匹逃がした。という可能性がある』
『…だが、可能性があるだけだろう』
『0.1%でもあるなら、予測しておくべきだ』
『…』
…もし、仮に逃がしていたとしたら。
『…』
人も奇居子も、傷を負えばそれを修復する。
だが両者の間ではそれの度合いが違う。
人間は、傷を治す為の修復。
だが、奇居子は違う。
彼らは、傷を治し、さらに装甲を増やし、性能を上げていく。
二度と同じ轍を踏まないように。
…つまり。
『もし今、紅天蛾が生きていたとしたら…』
『…』
…。
…正直に言ってしまえば、つむぎとまともにやり合って勝てる自信は無い。
たとえ、νガンダムがベストな状態だとしてもだ。
だが、それはあくまでまともにやり合えばの話だ。
彼女のまともな戦闘は少なくとも現段階では見ていない。
そこを突けば、こちらにも勝機はある。
「…」
…なら、その紅天蛾とやらはどうだろう。
彼女か彼かは分からないが、奴につむぎのような隙があるとは到底思えない。
ましてや奴は衛人の戦闘システムをも取り込んだ殺戮マシーンと言っても過言ではない。
…果たして一対一になった時、俺は勝てるのか。
「…」
そして、もっと最悪の事態がある。
幸か不幸か今だに分からないが、俺はこの世界に来た。
「…」
…だがそれは、俺だけなのか?
…もしも、だ。
…もしも、俺以外の誰かがここに来ていたとして。
そいつは運悪くシドニアに来なかったとして。
そいつも星白のように取り込まれていたとして。
「…MSと、衛人…」
…。
「…!!」
思わず寒気がしてしまう。
俺の世界と、こちらの世界のハイブリッド。
聞こえは面白いが、そうなったとしたら…。
…!
「…何を言ってるんだ。俺は…」
我ながらよくも言ったものだ。
今までずっと一人で戦ってきたわけでもあるまい。
「…いつも、俺は誰かに助けられていたさ」
そうだったな。
長い間乗り過ぎたせいか、少しばかり傲慢になっていたかもしれない。
「一人で倒せないなら、二人でやるさ…それでも駄目なら…」
ビニール袋から衛人達のプラモデルを新たに出し、机の上に乗せていく。
「…」
頼りがいのある仲間なら、今も昔も大勢いるさ。
「…」
最後に一つ、彼の愛機ではないが、とりあえず彼だと思ってそれを乗せる。
「…その時は、頼んだぞ。長道」
…。
「…その時は、な…」
…さて。
「…」
落ちたパイロットのミニチュアが見つからなくなったが。
…これは一体何の予兆だ?
ガンダムを作っている最中、妙な事を思い出した。
「…」
それは、重ねられた衛人のプラモデルを見た時。
『イザナと谷風君の仲をねぇ…』
「…」
…俺に、どうしろと言うんだ。
戦争ばかりで、マトモな恋愛は片手で数える程もない。
それに保護者なら保護者らしく温かい目で見守るべきだ。
誰かが茶々を入れるもんじゃあない。
こういうのは、誰かが介入すればする程ややこしくなるんだ。
それだけは自信を持って言える。
…経験済みだからな。
しかし、恐らく彼女は止まらないだろう。
邪な気持ちの反面、彼女は本気だ。
そこだけは、純粋な善意だ。
…そこだけ、はな。
…だが、悪いのは君達もだぞ。
「…」
さて。
ガンダムを組んだのは良いが、やはり背中にあるべきものがないと何だか落ち着かない。
それに、やはりこの実体剣はこいつには似つかわしくない。
「…」
衛人の機体に、何か代用出来そうなものはないか。
探してみようと思ったが、やめた。
「…」
袋の最下部に、チラシが一枚。
何の気なしにそれを見ると。
「…継衛…」
長道の愛機か。
そうか。
発売日は、今日なんだな。
「…どうせなら、行ってみるか」
家を出て、ひと気のない静かな道を歩く。
ぶらぶらと。
目的地はあるが、少しくらい時間をかけても店は閉まらないだろう。
「…」
あえていつもの近道ではなく、正攻法である遠い道を歩く。
心地よい天気と、気持ちの良い風だ。
「…人工物だけどな」
時間にゆとりを持つというのも悪くないというのを、彼に聞かせてやりたい。
「…」
…なんて、彼が聞いたら怒るだろうか。
いや、呆れそうだな。
「…ん?」
…あれは、何だ?
「…」
大分向こうだが、やけに露出度の高い紫のドレスを着た女性が走っているのが見える。
…このシドニアに、あのような服を着る者もいるんだな。
「…?…いや、あれは…」
微かに感じる。
前に感じた事のあるそれだ。
「…あれは…」
…ユレか。
「…」
彼女は自分を稀有な視線でもって見てくる者達を意にも介さず堂々と走っている。
履いている靴のせいか、走り方がおぼつかないようだが。
…しかしあの服は年頃の男子の目に毒ではないだろうか。
今だってすれ違った男が彼女の揺れる胸を凝視していた。
「…」
無意識でやってるのだろうが、きっと彼はしばらく忘れることはないだろう。
「…」
模型屋に着くと、やはり。
【継衛 本日入荷しました】
入り口に貼り紙がしてある。
「…」
周りや店の中にもそこまで人間の気配がしない。
中々良いタイミングで来れたようだな。
「入るよ。継衛はまだ売り切れてないかい?」
「おぉ。アムロ君かい。勿論あるともさ!」
ここから一切動かないぞと言わんばかりにレジカウンターの椅子に座り続けるここの店主。
彼は今日も何かしらのプラモデルを作っており、さらに自己流の改造まで加えていた。
「かっこいいだろ?こういう楽しみをね、分かってくれる奴がホンット減ったよねぇ」
「…残念ながら、マイノリティは僕達だ」
「いいんだいいんだ。分かりたい奴が分かってくれりゃあ」
「…」
彼の言葉に笑顔だけで応え、新発売の継衛が並べられている棚へと移動する。
お目当てのものは、かなり早く見つかった。
…が。
「…誰よ…」
「ん…?」
先程から窓を叩いたり、引っ掻いたりする音がすると思えば。
「…纈。何をやってる?」
「…はっ!?あ、アムロさん!!?う………」
「?」
純粋な疑問をそのまま彼女にぶつけると、答えたくないのか押し黙ってしまった。
すると、見兼ねた店主がポツリと、簡潔に話し出す。
「いやぁね?この継衛のパイロット、谷風長道君が何やら凄い格好をした女の子と歩いているんだ」
「…そうか。長道が…」
彼の身姿に心を奪われる者は少なくはない。
そういうことも無いことはないだろう。
「…」
先程まで纈の覗き込んでいた窓に少しだけ顔を近づける。
「…」
遠くて顔までははっきりと見えないが。
「…」
その格好…。
「…アムロさん。誰だか分かりますか?」
「…」
今日は色んな偶然に会う日だ。
「…」
アレが誰なのか。
何故あの格好なのか。
さっきのアレを見た後なら、答えは一瞬でわかる。
「アムロさん!まさか分かるんですか!?誰なんですか!?あの女の子は!!?」
「…」
…。
……。
「…いや、分からないな」
俺に出来ることは、これくらいだぞ。ユレ。
第四話 終
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