僕「神様はいつだって不公平なんだ」 (23)

とある病院で一人の男の子が生を受けました。名前は僕。
しかし、僕には他の赤ちゃんと明らかに異なる部分があったのです。
生まれつき目がカエルのように飛び出し、口が鳥のように突き出していました。
先天性の身体障害。神様が僕にくれた初めてのプレゼント。
僕はその特筆すべき点を除けば、他の子達と同じようにすくすくと成長しました。
ですが、幼稚園に入園する頃になりますと、僕は他の子供達から異端者として扱われるようになります。

「ねーねー僕君!僕君の顔おかしくない?」

両親はこれまで僕君に、障害のことなんて伝えていませんでしたから、僕君は当然不思議に思います。
そして

「おかしいってどういうこと?」と、おかしな顔でおかしな問いかけを投げかけるのです。

「僕君の顔はおかしいよ!みていて気持ち悪いよ!」
「私に近寄らないで!うつっちゃう!」

僕君は泣きながら言いました。

「なんでひどいこと言うの?僕がなにかしたの?」

結果、僕君は入園初日から、仲間はずれにされ孤立しました。
先生達も内心気味悪がってあまり関わろうとはしません。
両親もそれは予想の範疇だった様で、僕君を半ば放置気味にしていました。

「今日もみんなと遊んでもらえなかったなあ」

いつもの様にひとりぼっちでお家に帰っていたところ一匹の野良犬を見つけました。
ですがその野良犬はひどく見窄らしく、耳が片方千切れており、片目に深い深い傷を負っておりました。

「うわあ!気持ち悪い犬だなあ!かわいくないや!」
「あっちいっちゃえ!」

僕君は犬を振り払います。
野良犬は僕君の顔を睨みつけるかと思うと、くぅーんと情けない声を響かせながら何処かへ去って行きました。
その時ふと、僕君はある事実に気付きます。

「もしかして、僕の顔もあの犬みたいにおかしかったから馬鹿にされたのかな?」

僕君は走って家に帰りますと、両親にあることを聞きました。

「お父さん、お母さん、僕の顔は他の人と違うんですか?おかしいんですか?」

僕君の両親は、3歳の子供にあまりにも無慈悲な現実を突き付けます。

「そうだよ、お前の顔はおかしいんだよ」
「もうとっくの昔に分かってるかと思ってたけど、アンタは頭も弱いみたいだね」

僕君は打ちひしがれました。
あぁ僕は馬鹿にしたあの気持ち悪い野良犬と同じだったんだなと。
僕は馬鹿にする側じゃなくて馬鹿にされる側なんじゃないかと。
蹲って涙を溢している僕君に、両親は更に追い打ちをかけました。

「アンタみたいな気持ち悪い子ね!本当は殺処分でも良かったのよ!」
「早く勝手に死んでくれないかしら?事故に遭ってよ」

僕君はその言葉を聞き、目から涙がこれでもかというくらい溢れます。

涙が一滴残らず枯れるくらいまで泣きますと、今度は声を喉が張り裂けそうなくらい上げました。
甲高く耳障りで大きな声。
まるで自分の不運さを天の上に住んでいるであろう神様に訴えかけるように。
母は近所迷惑になると思ったので、僕君のお腹を蹴り上げ、喉を締めました。

「くるじい……たずげで……」
「お前が大きな声を出すからいけないんじゃないか、反省しなさい」

父は見ているだけで止めません。
横で優雅にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいます。
母は必死に僕君の首を絞めて、恨みつらみを言い続けました。

「アンタの所為で近所からもハブられてんのよ!」
「ママ友の一人だってできやしない!」
「全部アンタが悪い!アンタさえいなければ!」

この日を境に、両親の虐待が始まりました。
幼稚園では同級生に人間未満の扱いを受け、家では家畜同然に扱われました。
ですが、僕君は自分が悪いのだから仕方が無いと、自分の気持ちに蓋をします。
しかしそう長く続く訳もなく、僕君はある時、家出をしてしまいました。

「家出しちゃった……戻ったら怒られちゃう」

僕君はどうしたものかと考えておりますと、いつの間にか公園に着いていました。

「僕がよく遊んでる公園だ」

好都合なことに、他の子供達はいません。
僕君はひとまずドーム型の遊具の中に入ることにしました。

「湿ってる……雨でも降るのかな」

お空を見上げますと、雲行きが怪しく雨が今にも降ってきそうでした。

「傘持ってきてないや……」

そんなことを呟いておりますと、遠くから何やら怪しげな影が近寄ってきます

「や、やばい!隠れなきゃ……!」

影は僕君にゆっくりと、ゆっくりと近付いてきます。

「お、お前はだいぶ前にあった犬じゃあないか!」

近付いてきた影は、僕君が以前出会った気持ち悪い野良犬でした。

「お前も行き場がないからここに来たの?」

犬は黙ったままです。

「僕は、家出しちゃったんだ、帰ったら怒られちゃうから帰れない」
「そうだ!この前、お前のこと馬鹿にしちゃってごめんね、僕はお前なんか馬鹿にできないのに」
「人間の言葉が犬にわかるとは思わないけど、言っておかなくちゃいけないと思ったんだ」
「本当にごめんなさい」

僕君は以前、犬に働いた無礼を謝りました。
そして、長い沈黙が続きます。
10分ほど経過した頃でしょうか、僕君が痺れを切らし、もう一度犬に話しかけようと思った矢先、
ぽつり……ぽつりと雨が降ってきました。

「お前、そんなところにいたら濡れちゃうよ、こっちにおいで」

野良犬は、言われなくても分かっているという風に尻尾をバタバタと震わせますと
少しだけ、僕君との距離を詰め、ドームの中に入ってきました。
それを見た僕君は、犬が僕に少しだけ心を許してくれたと思えたので、また話しかけることにしました。

「お前はどうしてそんな耳と顔なのかわからないけど」
「僕は生まれつきこの顔だったってお母さんに言われたんだ」
「僕だって好きでこんな顔に生まれたわけじゃあない」
「なのに、みんなみんな、僕をばかにするんだ、顔がおかしいって」
「でもおかしいのは馬鹿にする方じゃないか」
「どうして僕はこんな顔で生まれたきたの?おかしいじゃないか!」

一息起きますと、目尻に涙を浮かべなら言いました。

「神様はいつだって不公平なんだ」
「きっと、僕みたいに運の悪い人を見て、面白がってるに違いない」

僕君は、やり場のない悔しさでドームの壁を殴りつけました。
何度も、何度も、そうしていると、僕君の拳は傷だらけになって出血してしまいました。

「血が出ちゃった、でも手はあんまり痛くないんだ」
「僕の心が痛いんだ」

僕君は傷だらけの手で、痛みを感じる胸を押さえつけます。

「痛いんだ……痛いんだ……」

すると、野良犬は何を思ったのか、僕君の手をペロペロと舐めだしました。

「くすぐったいじゃないか!なにをするんだ!」
「もしかして、僕を慰めてくれているのかい?」

くぅーんと、聞いたことのある、情けない声で犬は返事をしました。

「僕のことをわかってくれるのはお前だけかもしれないな」

僕君は野良犬の頭をそっと撫でます。
野良犬も完全に心を許したのか、僕君のすぐ隣で横たわり、手をペロペロと舐め続けました。
ドームの中にはペロペロと舐める音とザーッという、いつの間にか大降りになっていた雨の音だけが聞こえていました。
それから、僕君は今まであった事をすべて犬に打ち明けました。
犬は時折、僕君の容態を確認するかのように、顔に目を向けますと、くぅーんと鳴いて、また手を舐めるのでした。

数時間が経過した頃でしょうか、辺りもすっかり真っ暗になって、ドームの中は野良犬と僕君の白い吐息が漏れています。

「寒いよ……上着、持ってくればよかったなぁ」

部屋着で飛び出してきた物なので、僕君は薄着で、寒さを凌ぎきれません。

「それに眠い……僕、死んじゃうのかなぁ」
「でも、それもいいかもしれない」
「僕は誰かに必要とされていないから」
「僕が死んだって悲しんでくれる人なんかいないよ」

それでも、一筋の光に、希望に僕君は縋り付きます。

「お前は、僕が死んだら悲しんでくれるの?」

そこで僕君の意識は途絶えました。

「んぅ……ここ……どこ……?」

僕君は、見知らぬ部屋で目を覚ましました。

「やっと目が覚めましたか」
「貴方は誰ですか……?」
「私はお医者さんです、君が病院の前で犬と一緒に倒れていたものだから治療したんです」
「え?どういうことですか?」

僕君はお医者さんに事の顛末を聞かされました。
僕君の体調は芳しく無く、もう少し遅れていたら命の危険が遭ったこと。
片方の耳がなく、片目に深い傷を負った犬が僕君と一緒に病院の目の前で倒れていたこと。
きっと、犬が、君を連れてきたんじゃないかとお医者さんは言いました。

「犬は!?犬はどこにいるんですか!?」
「衛生上、病院の中に入れることはできなかったので、外の私の車の中に入れています」
「今すぐ、そこまで連れて行ってください!お願いします」
「えぇ、わかりました、ですが病み上がりなので、ゆっくりですよ?」

車に着きますと、お医者さんがトランクを開けました。
すると中には犬が一匹、入れられていました。

「おいお前!大丈夫か!」

ゆさゆさと犬の体を揺らしましても、犬は一向に反応を示しません。

「どうしたっていうんだ!お前、あんなに元気だったじゃないか!」
「僕を必死に慰めてくれたじゃあないか!」

僕君は想像したくもない事実に目を背けつつ、涙を零しながら、犬の体を揺らし続けます。

「残念ながら、もうその犬は死んでいます」
「私が見つけた頃には既に息をしていませんでした」
「そんなぁ……!」

僕君は項垂れます。そして溢れんばかりの涙を、犬の為に流しました。

「貴方は犬に並々ならぬ感情を抱いています」
「少し、お話を聞かせてもらえませんか?」

僕君は、犬とドームの中で過ごした出来事について涙ながらに、嗚咽混じりで応えました。

「なるほど、もしかしたらその犬はもう寿命が近く死に場所を探していたんじゃないでしょうか」
「その時、貴方を見つけて、最後の力を振り絞って病院に連れたきた」
「貴方は今まで辛い目にあってきたことでしょう」
「しかし、貴方にだって幸せになる権利もあります」
「世の中悪いことだらけだけど、良い事だってあるって、今日わかったんじゃありませんか?」
「きっと犬は貴方に生きて欲しかったんです、拾われた命、無駄にしちゃダメですよ?」

お医者さんは僕君の額を指でコツンと弾きますと、僕君と少し距離を取りました。
そして、こう言いました。

「その犬に最後、言うべきことがあるんじゃないでしょうか」
「言うべきこと……?」
「ありがとうって」

僕君は唇を噛み締めます。
そして、口を大きく開いて「ありがとう……!」と叫びます。
遠くに、遠くに響き渡るような、まるで天の上にいったであろう、犬に精一杯訴えかけるように、
僕君は力強く、声が枯れるまで、その声が続くまで叫び続けました。

終わり

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