美優「私のガラスの靴」 (13)

美優「すみませんPさん…私の引っ越しのお手伝いなんか頼んでしまって」

美優「悪い癖ですね…。私事でもまず最初にPさんに相談する事が思いついてしまって…」

美優「え、そうですか…? よかった…ありがとうございます」

美優「荷作りは済んでいるので後は運んでいただければ…」


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遡る事、数日―――


留美「そう、決まったのね。おめでとう」

美優「はい、お陰様で…」

志乃「こんなおめでたい日は飲むしかないわね…」

礼子「志乃はいつもじゃない」

礼「というかもう飲んでいるわね」

早苗「でもオートロックはいいと思うわ。防犯はしすぎるってことはないもの。」ウンウン

友紀「おー、早苗さんが珍しくまともなこと言ってる」ケラケラ

楓「オートロックとはオートロックぃましたね」

瞳子「こっちはいつも通りね」

美優「Pさんにも、一人暮らしなら多少値が張っても安全を買うべきだと言われて…」

川島「アイドルだものね、わかるわ」

留美「ところで、日取りはきまっているのかしら。良ければ手伝うけれど」

瞳子「問題は休みが合うか、ね」

美優「ありがとうございます。でも、Pさんにお願いしたので恐らく大丈夫だと思います」

楓「力仕事は体力が欲ちいから男手に限りまんすもんね」

友紀「いいよいいよー楓さんキテルよー!」トクトク

楓「あら、お酌…私も返しますね」トクトク

礼「賑やかし組が完全に出来上がってるわね…」

早苗「まだ全員揃ってないのに出来上がってる子は逮捕よー」ケラケラ

志乃「あら怖い…じゃあ酔い覚ましに酎ハイでもいただこうかしら」

瞳子「二人とも何言ってるんですか…?」

留美「まぁ、こうなるのは分かっていたけれど…」

礼子「ねぇ、美優?」コソコソ

美優「なんですか?」

礼子「Pくんと二人なのよね? だったら―」

美優「はい…。はい。―えぇ!?」

礼子「そんなに驚かなくても」

美優「で、ですが…///」

礼子「悪い話じゃ無いじゃない。それに―――」

翻って、現在―――

美優(一人暮らしじゃなくなれば防犯もそこまで気を張らなくてもよくなる。って―)

P「―」

美優(礼子さんは言う事が過激で―)

P「―?」トントン

ダンボールを運び終えたプロデューサーが肩を叩く

美優「ひゃい!?」

P「!!」ビク

美優「え、あ、ぴ、Pさん。ごめんなさい、ちょっと考え事を」

落としそうになった白い箱を抱え直して―

美優「はい、これで最後ですので―」

美優「日が沈みかけてしまっていますね…すみません、Pさん。今日はありがとうございました」

作業が終わってもペットボトルのままでは余りに味気ないと、グラスに移し替えた飲み物だけのテーブルに白色の燭台が添えられる

美優「Pさんはアロマキャンドルはお好きですか? 疲れを取ったり、気持ちを落ち着かせたり…香りで色々効能があるんですよ」

カーテンを閉めた部屋には蝋燭の灯だけが揺れている

美優「ご飯にはまだ少し早いでしょうか…。えぇと…もう少しこのままでも…いいですか?」

時が経つにつれ、まだ生活感の無かった部屋にムスクの香りが立ち篭める

美優「いざ要らない物を捨てようと思っても意外とできないものですね」

美優「え、なんでこの箱も纏めなかったかですか?」

美優「これには…私の宝物が入ってるんです」

空になったグラスを除け、白い箱をテーブルの中央に置く

開けられた箱に仕舞われていたのは折れたヒールと元はそれと一つであったろうハイヒール

美優「そうです、Pさんも覚えていてくれたんですね…。あの時履いていたヒール…私とPさんが初めて出会った時の…」

美優「この靴は大事な思い出ですから…私とPさんを引き合わせてくれた、私にとってのガラスの靴」

美優「シンデレラのように特注品では無いけれど、歩く事も出来ない靴を支えてくれるヒールは折れ目が完全に合わさるその一つしかあり得なくて。何だか私と重ねてしまうんです」

美優「私がアイドルなんて―、今でも少し夢を見ているみたいです」

美優「少し前の私は…慣れないハイヒールを履いてみれば自分が変われた気になって」

美優「背伸びをしている癖に前に進む勇気は持てず…学生が髪型を変えた時みたいに、気付いた人が話しかけてくれるのを待つ人間でしたから…」

美優「話しかけた時はつれなかった、ですか? それは…男性、それも見ず知らずの人に話しかけられたからで―」

美優「あ、いえ、Pさんが心配して話しかけてくれたのは分かっていたんですよ?」アセアセ

美優「でもあの時は…やっぱりダメなんだ、って。職場での人付き合いも儘ならないで、そのせいで満足に仕事もこなせない自分からは変われなかった…そんなことばかり考えてました」

美優「アイドルになって少しは変わったと思っています…。けれど、そんな私が居たということ。そんな私にも手を差し伸べてくれた人が居た事。大切な思い出ですから…」

美優「今思えば…門を叩く直前まで悩んでいた私が自分の意志で最後の一歩を踏み切れたのは、きっとPさんだけが私のこの靴に込めた想いを汲み取ってくれたから…なんだと思います…」

美優「会社を辞めて、この歳から新しい事を始めるなんて…私だけじゃ絶対に決められませんでしたし…、仮に両親に相談して「そんな不安定なこと」なんて言われていればそれに追従したと思います」

美優「そう考えると…本当はあまり変わっていないのかも知れません…。今までは独りで立つ事も出来なかったのを、Pさんが支えてくれるようになっただけで…」

美優「それでも私は…。アイドルになってからの生活は、慣れなかったり恥ずかしかったり…色々なことがありますけど、隣で見てくれている人が居ますから…素直にその変化も楽しいと思えるんです」

美優「ですから…その…」

美優「えぇと…その…」

ピンポーン

美優「? 誰でしょうか…?」

<お祝いにきたよー!
<今夜は鍋でお酒が飲めるわ…
<たのもー、飲もー

美優「みなさん…」

美優「え?あぁ、そうですね。すみません、Pさんにも手伝ってもらって構いませんか?」

<あら、いい香りね
<アロマね、わかるわ

礼子「お邪魔だったか―って、あら…やってなかったのね。」

美優「な、なにを…///」

<Pくんちょっと手伝ってー

礼子「なにって、ガッとヤってチュッと吸って判。」

美優「ですからそれは…///」

美優「!!」

美優「ち、ちがいますからPさん!!それは礼子さんが―」クルッ

礼子「もう材料運びに取られちゃってるわよ」

美優「そ、そうですか…」

<美優ー?お鍋借りたいんだけど場所開けててもらっていいかしらー?

美優「あぁ、ちょっと待っててください」パタパタ

礼子「…まぁ、らしいと言えばらしいのかしら」

部屋に戻ればテーブル中央の箱の蓋は閉められていた

<Pくん含めて買って来たんだから逃がさないわよー

他の誰もテーブルの上にある箱の中身には疑問を抱いていないらしい

<Pさんちょっといいかしら

賑やいだ部屋で箱を抱きかかえれば、あの日の事が鮮明に思い起こされる

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『私がアイドルなんて…』

『決めるのはあなたです』

『決めるのは…私…?』

『シンデレラがお姫様になれたのは魔法使いが手伝ったからじゃない。灰を被っている時でも、自分は変われると信じていたから』

『カボチャの馬車も、ネズミのばん馬も、それが彼女に出来る精一杯で。もしかしたら、不恰好と笑われたかも知れない』

『あ…』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ビニール袋を両手に提げたプロデューサーが部屋に戻ってくる

大それたことは言えなくても、この感謝だけは伝えたいから―

美優「本当にありがとうございますPさん。貴方がくれたもの、貴方と出会って見つけられた物。全部私の大切な宝物です。」

美優「貴方が私の手を牽いてくれたから、貴方が私の背中を押してくれたから。…貴方が私と一緒に歩いてくれるから、私は笑っていられるんです。もう独りじゃないから。」

美優「これからも…よろしくお願いしますね。」

川島(美優ちゃん…これ、Pくんの後ろに私が居るの気付いてないわね)

川島(というか恥ずかしがりのわりに告白は簡単に言えるのね…わからないわ)





~Fin~

ネタの無い正統派の美優さんを描きたかった。

「美優さんはそんな生半可な重さじゃねぇんだよ、現在の全てを委ねる依存系じゃなくて、半生全てを受け止めてほしいとぶつけてくる半端じゃない重さなんだよ」

私の拙作で少しでもそういう美優さんの素晴らしさが伝われば幸いです。

これから露出が増えるだろう美優さんのその前にこれを公開したかった、後悔はしていない…ふふっ。

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