検死官の息子 (21)


俺は検死官の息子だった

親父はいつも死体の匂いにまみれていた

街の人からは「死の家」とか言われていた

幸い俺に関しては顔だけは良かったから、寄ってくる女を食ったりフッたりして過ごしていた


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高校生の頃

俺のあだ名が死体だった頃

その頃の俺は、親父の仕事の事にまるで興味はなかったし、別段知ろうとも思わなかった

学校では他人の彼女と付き合って、殴られたり、報復されたりした

五人で来られた時は死ぬかと思った

だから俺には生傷が絶えなかったし、いつも包帯やらガーゼやらを付けていた

男の方も俺の顔を妬むから、顔を狙ってくる

まぶたを腫らして、顔中痣だらけになって

それでも俺はやめなかった

こんな感じだったから、俺には友達と呼べるものはいなかった

寄ってくるのは顔目当ての女とおこぼれを狙う男

別に寂しいと思うほどガキではなかったから放置していた

これで顔が悪かったら自殺の一つでもしていただろう


ある日

学校を出たら、女が立っていた

「煙草、持ってない?」

制服見ればわかるだろと思ったが、余計なことは何も言わずに立ち去った


俺の母親は病気だった

骨髄の病気だったらしい

骨髄移植とかでも治らない病気

毎日見舞いに行った

母親のことは好きだった

綺麗な人だと思ってた

俺が果物を買って病院に行くと嬉しそうな顔をして

「暇な奴だね」

と、言うのだ

親父は家にいることのほうが少なかった

たまの休みに帰ってきては

「ただいま」

と言って、母親の病室に行く

その時ばかりは俺も病室には入らなかった


何日かして

学校を出たところで

あの女が俺に話しかけてきた

「死体を切り分ける男の息子」

言われ慣れているので特に何も感じなかった

俺は親父の仕事については何も思っていなかった

ただ、親父は決して家に仕事を持ち込まなかった

「つまんないの」

女は言った

女は俺より年上に見えた

煙草を吸っていることからも分かった

「私の親も似たような仕事してるからさ」

「家、来る?」

無意識の内に返事をしていた


いたって普通のアパート

1DK

「座んなよ」

「あ、煙草吸う?」

未成年に進めんなよと思った

彼女について別段何か知ろうとは思わなかった

俺の家以外に死体を扱う仕事がこの街には一軒もないと知っていても

彼女は美しかった

煙草はどうも思わなかったが、彼女に吸われてる煙草は好きだった

大きな目を細めて笑う顔が好きだった

俺と同じか、それより高い彼女の身長が好きだった



母親が死んだ

いつも通り果物を持っていき、病室のドアを開けた

何も言ってくれなかった

ナースコールをして、母親に駆け寄った

微かにだが、息があった

俺は母親の手を掴んで呼びかけた

「―――な」

それが最後の言葉だった

親父はいなかった

母親が死んでから三時間くらいして親父が来た

俺は掴みかかった

「…すまなかった」

俺は親父を殴った

『最後くらいは、いてほしかったな』

恥も外聞もなく泣いた

泣き喚いた

死体を触った手で母さんに触るな

親父を殴った

親父は黙って殴られた

親父は決して泣かなかった

俺が間違っているのか



病室を飛び出して、彼女の家に行った

雨が降り出していた

濡れながらも俺は彼女の家に向かった

彼女は驚いていた

だが俺の顔を見て、何かを察してくれたようだった

「入んな」

彼女に抱きついた

彼女は何も言わなかった

人肌が、体温が、恋しかった


母親が死んだ日に朝帰りをする

親父は何も言わなかった

俺は親父に一言謝った

「…俺が、お前の立場なら、殴っただろうさ」

何も言わなかった

何も言えなかった

親父の目は赤く腫れていた


俺は彼女に依存していった

彼女もそれを拒まなかった

彼女は時折、顔を腫らしていた

「家を継げって、喧嘩になっちゃって」

そういう時は傷を舐めた

彼女はくすぐったそうにしていたが、拒絶はしなかった



「煙草の火ってさ、綺麗だと思わない?」

「赤く、ぼうっと光るの」

彼女がそう思うんなら、きっとそうなんだろうと思った

そう言うと彼女は苦笑しながら

「私を中心にするなよ」

「いなくなったとき、困るぞ」

彼女は言った



ある日

彼女は言った

「私は好きだよ、アンタのこと」

「アンタは?」

もちろん好きだと答えた

「そっか」

と言って、吸っていた煙草を無理やり俺の口に押し込んだ

「あげる」

ライターと残りの入った箱もくれた

どうしたんだ、と聞くと

「んー…気分」

と言った


次の日

相変わらず生傷の絶えない俺に、彼女は言った

「彼女を作るのはいいけど、恋人は作るなよ」

「恋人は、アタシだけなんだからさ」



その日の夜

彼女は死んだ

アパートで、首を吊って


彼女の父親は、刑事だった

遺書には、俺に罪はないと書かれていたらしい

彼女は、薬の売人だったらしい

もう、どうでもよかった



それから数日が経ち

俺は、あのアパートに行った

管理人に鍵を開けてもらった

部屋の中には何もなかった

荷物も、彼女のいた跡も、痕も

俺は壁にもたれかかった

管理人は気をきかせて、どこかへ行った

俺は貰った煙草に、貰ったライターで火をつけた

肺の中を、濁った空気で満たす


「…まずい」


服に水滴が落ちた

赤く光る煙草の火だけは、何も変わっていなかった





【終】

フォルダ整理中に発見したので供養
多分中学生くらいの時に書いた奴だと思われ

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