男「俺はもうピアノを弾けない」 (102)
俺はもう
鍵盤を触れないのか
モーツァルトも、ベートーヴェンも、バッハも、弾くことができないのか
弾き終えた後の大衆の歓声や拍手も
聞くことができないのか
運の尽きだった
目の前で女性が轢かれそうになるなんて
瞬間
体が動き
彼女をかばった
視界が反転して
そのまま留まる
目に映るのは
心配そうに駆け寄る人
携帯電話で撮る人
そして
俺の腕の中で目をつぶっている女性
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1461501787
「誠に残念ですが……あなたの腕はもう」
そこから先は耳に入らない
俺の腕が死んだ
複雑骨折の上、神経はめちゃくちゃ
挙句の果てに細胞も壊死し始めている
命があっただけマシ
いや、そんなことはない
俺にとって腕は命と同じぐらい大切なものだから
「今回の件はとても残念だよ男君。それで、今度のコンサートのことだが」
男「わかってます……もちろん中止ですよね」
「そうだ。それと、事務所のことだが」
男「やめます。こんな腕じゃあ何もできない。事務所からしたらお荷物ですもんね」
「……本当に残念だよ。君の腕はすごいものだった。幼少期から才能に溢れて」
男「少し……少し一人にしてくれませんか」
「わかった。あまり気に病むものでもないぞ」
男「気に病むものだっつーの……」
男「……」
男「……不幸だよな」
あるコンサートのパンフレットを手に取る
男「『世界で今最も人気のピアニスト。男のメロディーが会場を包む』か……」
男「…フッ…フフフ…フハハ……フハハハハ」
男「アーッハッハッハッハ!!!」
男「ちくしょう!ちくしょう!」
男「ちくしょおおおおおお!!!!」
男「なんでだ!なんでだ!」
男「2歳でピアノに触れて塾の先生に褒められ地区で優勝して全国で優勝して世界に名を知らしめて今や世界的に有名な俺が!」
男「あんな女一人のために腕をなくさなきゃいけないんだよ!」
男「助けなきゃよかった……助けなきゃよかった!」
男「あんな女のために……体張らなきゃよかった!!」
男「うっ…うっ…うっ…」
「あの…」
男「!」
「え、えっと」
男「き、きみ、今のきいてたのか?」
「…はい」
「あ、あのすいませんでした!」
男「…」
「私なんかのために……」
男「きみ、名前は?」
女「女です……」
男「女…さんね」
女「あの、すいまs」
男「うるせぇ!!」
女「ひっ」
男「はぁ…はぁ…ごめん。こうでもしないと誰にこの感情をぶつければいいのか…」
男「女さん。すこし、少し耳をふさいでくれる?」
女「は、はい」
男「ふざけんじゃねぇぞこの女!!てめぇのために俺の人生棒に振った!」
男「どうしてくれるんだ!なんであの時車に轢かれそうになったんだ!」
男「俺の…俺の華やかしい人生はすべてつぶれた!すべてだ!」
男「うわぁあああああああああああ!!!!!!」
女「ッ…うっ…うっ…」
男「……泣きたいのは…こっちだってんだ」
医者「退院おめでとうございます。男さん」
男「どうも」
医者「……いろいろ大変なのはわかりますが、どうにか、自分で命を絶つようなことはしないでください」
男「わかってます」
医者「それでは」
男「(あれから女はこなかった)」
男「(俺が罵倒しまくった後、涙をためて病室を出て行った)」
男「(それでも……)」
男「(どこにぶつければいいのかわからない怒りや苦痛が胸にある)」
男「(彼女に対しての罪悪感の何倍も)」
prprprpr
男「はい」
「もしもし。私だが」
男「先生?」
先生「あぁ。そうだ。今回の件本当に残念だった」
男「いえ…」
先生「心の整理は、できそうかい?」
男「…まったく」
先生「そうか。まぁそうだな。近頃、私の学校の生徒がコンサートを開催するんだ」
先生「一緒に見に行かないか?」
男「すいません。今は…その」
先生「そうか。ピアノの音を聞けば、少し心が安らぐと思ってな」
男「お気遣いありがとうございます…あの、もういいですか」
先生「す、すまなかった。また何かあったら電話してくれ」
pi
男「俺への当てつけかよ…」
先生とは、俺が2歳の時から通っていたピアノ教室の先生であり、実力、名声ともに高い名の知れた先生だ
男「俺への期待はもうないみてぇな言い方しやがって…」
俺はタクシーを呼び自宅へ戻った
男「やばい。人間不信になりそうだ」
そうつぶやいた俺はおもむろに携帯をみる
『不在着信が16件あります』
男「16件も…」
男「誰だ…女か?」
男「なんで俺の電話番号知ってるんだよ」
イライラがまた生まれてきた
女のことを考えると、腕を考えてしまう
もう俺はピアノを弾けないのかと再度確認しちまう
女のことを考えると、絶望に見舞われる
そう思ったら俺は携帯を投げていた
もう女のことは考えたく
prprprpr
『着信』
男「名前が表示されてない…」
男「…女か」
男「そんなに俺を責め立てたいのか」
prprpr
着信音が俺を攻めてるように聞こえた
男「やめろ…やめろ…やめろぉ!!」
男「俺はもう!何も考えたくない!女のことも!ピアノのことも!」
男「俺はもう!終わったんだァぁああアアアア!!!」
prprprprpr
prprprprpr
prprprprpr
男「……」
pi
女『あ、やっと出てくれた!わたしです!女です!」
男「もうやめてくれ」
女『え?』
男「もう…許してくれ」
女『な、なにが』
男「あのとき俺がさんざんどなったから、恨んで俺追い詰めてるんだろ?」
女『な、なんのこと』
男「俺が悪かった…俺が悪かったからぁ…うっ、うっ」
女『と、とにかく!落ち着いてください!」
男「落ち着け?…お前がやってるくせに…何言ってんだ」
男「もう、お前の声も聴きたくない」
pi
男「はぁ」
罪悪感なんて生まれない
あいつが悪い
女が
「最高だったよ男君」
男「ありがとうございます!」
「感動したよ!」
男「ありがとうございます!」
「世界の男は違うねぇ」
男「ははは、やめてくださいよ」
「あれ、その腕はどうしたんだ?」
男「え?」
「君、腕がもう使えないのか」
男「え、え」
「なんだ。ならいい」
男「まってください!」
「なんだね、腕が使えないピアノが弾けない君には期待するものは何もないじゃないか」
男「そんな!」
先生「男…」
男「先生!」
先生「いま私の生徒の一人がとても伸びがいいんだ!君なんかより全然!」
男「そんなぁ!!先生!」
先生「君にはがっかりだよ」
男「先生!!待ってください!」
女「男さん…」
男「お、女」
女「私を助けたからそうなったんですか?」
男「そ、そうだ!お前を助けたから!」
女「ふふっ。そうですか。それは残念ですね」
男「お、お前ぇ!!」
女「でも、おかげで私が助かったので、一応感謝はしときます」
男「一応…」
女「それでは」
男「まて、まてぇぇえええええ!!!」
男「はっ!」
夢か
悪夢だ
こんなに目覚めが悪いのは初めてだ
どれもこれもすべて
男「女の…せい」
なのか?
昨日は気が動転しすぎていたが、一日たつと気が収まっていた
だが
男「怒りだけは残るのか…」
相変わらず携帯には不在着信の文字がつらつらと載っている
男「いちおう謝罪だけしとくか」
prprprpr
男「おっと。ちょうどいい」
pi
男「もしもし。昨日はごめn」
女『男さん!やっと、やっとでてくれた!』
男「あ、あぁ。昨日は一方的に切ってすまなかった」
女『あ、あのあの!会いませんか!顔を見て話したいんです』
男「…ごめん」
まだ彼女の顔を見れるかどうかわからない
彼女の顔を見て
なんとも言えない怒りがまた湧き出てきて
殴りかかってしまう。なんてことがあり得る
女『私のこと、好きなだけ殴ったっていいです』
男「…え?」
女『私はそれだけのことをしたんです』
女『私。実は男さんのこと何も知りませんでした』
女『それで、友人から聞きました』
女『男さんは世界に名の知れたピアニストだと』
女『それで、男さんが通っていたという教室の先生に男さんの電話番号を聞いたんです』
女『私は本当にとんでもないことをしてしまったなと深く思うんです』
女『だから、一回あって話したいんd』
男「なぁ」
女『は、はい』
だめだ
もう限界だ
男「さっき、あんた俺のこと知らないって言ったよな」
女『は、はい』
男「ってことは、俺の正体を知るまで、『ただの一人の男性』の腕を壊してしまったと思ってたってことだよな」
女「そんなことは!」
男『あるだろぉ!!』
女『ひっ』
男「俺がどれだけ…俺がどれだけ苦しいのか…」
男「腕がもう治らないって聞いたとき、俺は何も考えられなかった!」
男「もうピアノが弾けない!大衆の歓声も聞けない!」
男「そう思ったら絶望に見舞われて、三日何も食べれず!毎日下呂はいてた!」
女『う、うぅ』
男「なのにあんたは知らなかっただと?」
男「俺がこんなに苦しんでるのにお前は…お前はぁ…!」
女『す、すいません!』
男「お前謝ればいいとか思ってるだろ」
男「もういい。もういい!謝罪の言葉はいい!」
女『で、でも』
男「そのかわり、もう一生電話をかけてくるな」
女『え…』
pi
理不尽でもいい
今はとにかく
負の感情を女にぶつけたい
男「ちくしょお…」
わかってる
うすうす気づいてる
女は何も悪くないってことは
でも
それでも
こうでもしないと俺が俺でなくなりそうで
たとえ彼女がどんなに不憫でも
罪悪感で心がむしばまれそうになっても
男「食材…買い行くか」
久しぶりに家を出る
外に出ると皆俺を見て何か言っている
そりゃそうだ
世界に名の知れたピアニストが片腕がない状態でスーパーに来てるのだから
男「(いちいち商品をとるとき籠を置かないといけないのがつらいな)」
男「(二つの商品を見比べたいのに一つしかない持てないのがつらいな)」
つらい
片腕しかないのがつらい
皆俺を見ている
ひそひそ言っている
つらい
俺だってこんなことしたくてしてるわけじゃないのに
こんなこと
こんな
「見つけた!」
男「!…女?」
そこに立っていたのは、やつれた女だった
女「男さん!みつけました!」
男「な、なんで!」
女「先生から男さんの住んでいる場所を聞いて、その周辺のスーパーでずっとこないか待ってたんですよ!」
女「やっと、やっと顔を見れた…やっと」
男「っ!」
俺はその場から走り出した
うしろから俺を呼ぶ声が聞こえたがお構いなしだ
籠はその場にほっぽり出して走った
店を出て、家に戻る途中
女「捕まえました!」
男「うぐわぁ!!」
勢いよく突進されて俺は前方に倒れる
とっさに右腕を
ないんだった
勢いよく顔から地面に倒れる
男「いったぁ…」
こんなとき腕があったら
何で腕がないんだ
原因は
この女
この…女
男「さ、さわるなぁ!!」
女「きゃ!」
男「も、もうお前の声なんか聞きたくないといったはずだ!」
女「待ってください!ちゃんと聞いてください!」
男「いやだ!やめろ!やめてくれええええええ!!!」
男「あぐぁ!!」
視界が暗転する
男「…ん?」
ここは
女「あ、やっと目さめましたね!」
男「ひっ!…え、な、なんだこれ」
手と足についている
女「手錠。ですよぉ?」
こいつ
こいつはなんなんだ
こいつはいったい
女「なんでこんなことしたんだって顔してますねぇ」
女「私。男さんに助けられたときわかったんです」
女「私の運命の人は男さんだって」
女「でも、何やっても話聞いてくれないから」
女「監禁しちゃいました♪」
狂ってる
この女は基地外だ
なんだ
なんで俺だけこんなに不幸なんだ
女「でもその調子だと私のこと頼ってくれないだろうから…」
そういって彼女は金づちを取り出した
男「お、おい、まて、まて!まてぇ!!」
女「もう一本も壊しちゃいましょ?」
悲鳴
絶叫
涙
嗚咽
なにをしても彼女はやめない
暗い笑みを浮かべながら
なんども
なんども
なんども
なんども
なんども
なんども
なんども俺の腕を金づちで殴った
もう一本の腕を
痛みで俺は
気を失った
男「いっつ…」
痛みで目が覚める
左腕は動かない
血だらけだ
女「目が覚めましたね♪」
女「ねぇ男さん」
女「これで私だけを頼ってくれますよね」
女「ね?ね?」
女「もし頼ってくれないなら、次は足」
そういって俺の右足をなでる
男「ひっ」
女「ねぇ。私だけを頼って?私だけのものになって?」
女「ねぇ。ねぇ。ねぇ」
男「わ、わわわかった!わかった!」
こうして俺の絶望の日々が始まった
今日は寝ます
おやすみなさい
続けます
男「な、なぁ排泄の時とかってどうするんだよ」
何とか逃げ出したい
言い負かして
論理立てて
逃げる方向にもっていきたい
いくら俺の世話を焼くといっても排泄の時は
女「小さいほうはこれに♪それで、大きいほうは首輪をつけてしてもらうからあんしーん♪」
ぶん殴りてぇ
今すぐにでもとびかかって
前歯をへし折ってやりたい
女「…でも私、こうなるならよかったなって思うんです」
男「なにがだ」
女「男さんが事故で片腕を失ったことです」
男「!」
女「世界的に有名なピアニストだか何だか知りませんけど」
女「男さんの片腕がなくなったことによって、監禁もしやすいし」
女「なにより……」
女「私を頼ってくれるじゃないですか?」
絶叫
それは絶叫
奇声交じりの絶叫
怒りが頂点にこみ上げる
殺したい
殺したい
殺したい
女「そんなに暴れたって、腰に鎖が巻いてある以上、何もできませんよー」
女「それに……そんなに暴れたら」
女「躾が必要ですよねぇ」
男「うっ…うっ…うっ…」
今すぐ殴りたい
今すぐ蹴り飛ばしたい
今すぐ引き裂きたい
でも
でも
目の前であの金づちを持って
ニコニコされたら
なにもできない
従順に
そう
従順に
怒りを買わず
足を失うのだけは勘弁だ
できるだけ
従順に
女「ねぇ男さん。私たちって結婚するよね?」
従順に
男「そ、そうだな」
女「じゃあさ!」
何が来ても
従順に
女「足なくてもいいよね?」
――――――――――-は?
男「な…え……え?」
女「だってさー私は男のこと信用してるけどさぁ」
女「もしかしたら」
女「脱走しようなんて考えてるかもしれないじゃん?」
眼光
獣の眼光
俺は生つばを飲み込む
男「そ、そんなことはないz」
女「じゃあさ、足についてる手錠が削れてるのはなんで?」
従順に
従順にしてから1週間がたった今日
脱出計画は
まんまと見抜かれていた
女がいない間
足の手錠を壁や床に打ち付けた
何回も
少しずつ変形していた
これはいける
そう思っていた矢先
見つかってしまった
男「し、知らない」
女「まっ。別にいいけどね」
女「だからさ、足さえ切っちゃえばさ」
女「男の四肢はなくなって」
女「脱出できる確率はゼロに等しくなるじゃん?」
女「だったら」
女「足なんていらないよね」
待って
待ってください
そういおうとした刹那
鈍痛
右足に響く
熱い
熱い
鈍痛
男「うぎゃああああああああ!!!!」
女「うるさいよぉ?」
金づちを振るう女は
悪魔
怪物
いや、それ以上の何か
とにかく俺は
男「やめろぉおおおおおお!!!」
女「きゃっ!」
蹴り飛ばした
いや
蹴り飛ばしてしまった
ここで謝ればよかったのだ
男「やめろよ!!」
男「いい加減にしろよ糞女ぁ!!」
男「なんでてめぇなんかに俺の人生めちゃくちゃにされなきゃならねぇんだ!」
どんなにわめいても
腕がなく
足と腰が固定されてる人間は
誰よりも弱い
女「うるさい」
その一言を発したのと同時に
金づちが頭を一発
視界が霞むのもつかの間
もう一発が
頭に
男「ぐぇ」
俺は死ぬのか
死にたくない
いやだ
いやだ
いやだ
女「殺しはしない」
女「でも」
女「死にたいって思うほどの躾をしてあげる」
そんな言葉を聞きながら
俺は瞳を閉じる
頬に痛みを感じ目を覚ます
男「頭が…痛い」
ポヤポヤとした感覚
こんなの初めてだ
女「やっとおきましたか」
そういった彼女の顔は
冷たく
雪女のように
寒く
感情もぬくもりもない
そんな顔だった
女「いつまで寝てるんですか」
ぼやけてはいるが反論の言葉は思いつく
男「それはお前が!」
視界が右にずれる
その直後頬に痛み
女「誰が話していいって言いました?」
男「な、なんだt」
ぱちん!!
もう一発
女「誰が」
女「話していいって」
女「言いましたぁ?」
話すことも
許されない
そんな現状を
そんな現状を
男「受け止められるわけn」
腹にこぶしが
めりこむ
男「かはぁ!!」
女「しゃべるな」
女「わかった?」
頷く
目に涙を浮かべながら
女「男はね」
女「罪を犯したの」
女「大事な大事な奥さんに」
女「手を出したの」
女「だから」
女「罪を償うの」
女「いまから私の言うことは絶対服従。守れなかった場合は」
女「足の指を一本ずつ」
女「つぶす」
女「金づちで」
女「ぐちゃぐちゃになるまで」
こいつは何を言っているんだ
こいつは
何を
言っているんだ
女「じゃあまずはぁ」
女「ご飯食べなきゃね♪」
女「ハイ♪」
女「残さず食べてね?」
そういって女はタッパーを差し出す
ふたが色付きのせいで中が良く見えない
女はにこにこしながら
タッパーのふたを開ける
絶句
そこには
ゴキブリと思わしき
茶色い
羽付きの
ごろっとした体の
足が6本ある虫が
3匹
かさかさと音を立てながら
せわしなく動いていた
男「む…」
男「無理だ無理だ無理だ無理だぁああああああ!!」
頬を殴られる
痛い
だが
男「い、いやだ!いやだいやだいやだ!!」
首を動かす
そのたびに殴られる
女「じゃあ」
女「私の言うこと」
女「守れなかったってことだね?」
そういって彼女は
金づちを取り出し
男「まって」
と、言ったのと同時に
右足の小指を
叩いた
ごん
ぐぐ
ぐり
ぐしゃ
そんな音が順番に聞こえた後
大量の血
猛烈な痛み
そして
女「じゃあ食べてね♪」
これ以上拒絶は許さないという
女の
笑み
声すら出ない
痛みと
絶望と
理不尽さで
聞こえるのは
蟲の
かすかな
動く音
女「ハイ♪あーん」
そういって彼女は俺の口を強引に開け
蟲を一匹
放り込む
男「っっっっ!!!」
動くな
動くな
足が内側から
舌や
頬や
歯茎を
触り続け
羽ばたこうとして
羽は
音を立てながら
口内で暴れまわり
触角が
喉の奥を刺激する
男「うげぇ!!」
吐く
下呂を大量に
吐く
男「も、もうやめてくださいぃ」
男「私が悪かったです」
男「もう反抗しません」
男「だから、それだけはぁ」
また腹に一発
女「だから言ったでしょう?」
女「死にたくなるほどの躾をしてあげるって」
そういって彼女は
俺が吐き出した蟲を箸でつかみ
また俺の口に入れた
また吐く
こんなの食べれるわけがない
こんなの
男「っっっ!!」
突然の鈍痛
下のほうからだ
足を見ると
右足の薬指が
ない
男「うぎゃああああああああ!!!!!」
女「ほら」
女「早く食べないと」
女「足の指が全部なくなっちゃうよ??」
女「ふふっ」
もういやだ
もういやだ
死にたい
死にたい
俺は何かが
壊れる音がした
……めんなさい
……めんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
男「ごめんなさい……」
俺は壊れたようにつぶやく
もう
こうするしか道はないのだと
そう何かが訴えている
だが
女は
それ以上に
狂っていた
女「それで?」
にこにこしながらいう
女「謝るのは別にいいけど、早く完食して?」
女「ねぇ」
女「はやく」
女「完食しろ」
この女に情はないのか
無慈悲だ
無慈悲すぎる
もう
食べたくない
食べたくない
食べたくない
食べたくない
食べたくない
食べたくない
たべたく
女「食べたら監禁といてあげるよ♪」
食べたくない
食べたくない
たべたく
たべた
たべ
たべた
たべたたべ
たべたい
たべたい
食べたい
食べたい
食べたい
男「食べたい…」
女はおもむろに蟲を拾い
俺の口へ入れる
俺はかむ
口内で
足をばたつかせる
ゴキブリ
かめば噛むほど
なんとも言えない
まずくて
くさくて
あたたかい
ぬるぬるした液体が
口いっぱいに広がる
そして
飲み込む
足が一本残ってる
そう思ったすきに
残りの2匹が
口に放り込まれる
先ほどよりせわしなく
口内を
2匹の
足が
触角が
動き回る
それをかむ
思い切り
液体が口いっぱいに広がる
それを飲み込む
うまいかまずいか
そんなことはどうでもいい
この監禁から
逃れることができるのだから
男「食べました…」
女「よくがんばったね♪」
女「じゃあつぎはこれのんで♪」
女「喉渇いてるでしょう?」
茶色い
濁った液体
男「これは…?」
女「ミミズとバッタと公園の砂を混ぜ合わせたドリンクだよ」
男「だ、だってゴキブリ食べたら監禁といてくれるって…」
腹に一発
二発
三発
さっき食べた虫がこみ上げてくる
女「逃がすわけねぇだろ」
目の前が
暗くなる
もうどうにでもなってほしい
むりだ
この状況で耐え抜くのは
限界を突破した何か
精神が
精神という壁が
崩れていくのがわかる
崩れて
いく
の
が
わか
る
女「あれれ?どうしたの?男ー?ほら、おきなさい」
女「あまりのショックで気を失っちゃったのね」
女「…息してない!」
女「救急車!救急車呼ぶね!」
俺は目を覚ました
ここは?
医者「男さん!大丈夫ですか?!」
男「…ここは?」
医者「病院です!それより傷大丈夫なんですか?!!」
男「傷?」
医者「だから自分で命を絶つようなことだけはしないでくださいと言ったじゃないですか!!」
男「あ、あの、あの」
医者「どうしました?」
男「僕は」
男「僕は誰でしょうか?」
自分の名前も
自分の家族も
自分がだれかすらもわからずに
3日がたった
医者からは
医者「君はね?世界的に有名なピアニストだったんだよ。でも、ある日一人の女性をかばってね、片腕をなくしてしまったんだ」
医者「そのショックで君はどん底まで堕ちてしまっていた」
なんていわれた
ピアニスト?
ある一人の女性?
なんの話だ
でも医者は
医者「その右足の小指と薬指。あと左腕。君はショックのあまり自分で損傷させたんだ。そして気を失った」
医者「そこを、君が助けた女性が運よくみつけてね」
医者「救急車を呼んでくれたんだ」
医者「いやぁ奇跡ってあるもんだねぇ」
なんて言ってた
医者「記憶がないのは過度のショックによるものだ」
医者「少しずつ記憶を取り戻していこう」
男「は、はい」
そんな会話をしてから
病室で
ただ茫然と
ベットに座っているだけの日々
そんな時
病室のドアが開く
先生「男…男ぉ!!」
先生「心配したんだぞ!!」
先生「なんで自分を傷つけるようなことをしたぁ!」
先生「なぜ…なぜだぁ」
誰だろうこの人
俺は知らない
でも
昔の俺は知ってるのか
男「あの…」
先生「なんだ!」
男「どなたでしょうか?」
先生「な、なにを言っているんだ?」
男「すいません。医者が言うには過度のショックによって記憶喪失になったとのことらしくて」
男「あなたのこと全く覚えてないんですよ」
そういうと
目の前にいる女性は
泣き出した
ちなみに先生は女性です
今日は寝ます
おやすみなさい
続けます
先生「記憶…喪失?」
男「はい」
男「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
先生「…少し」
先生「少し心の整理をしてくる…」
先生「少しだけ時間をくれ」
そういって
彼女は病室を
出て行った
男「(誰だろう)」
思い出そうとしても名前の一文字すら出ない
というより
初対面と
なんらかわらないのだから
がらがら
勢いよくドアが開く
そこに立っている
一人の女性
男「っ!」
誰かはわからない
誰かは
でも
なにか
胸の奥が
ぞわぞわ
ぞわぞわ
と
警告音のようなものを
鳴らしている
男「っあ…あの、どなたでしょうか?」
「私がわからないの…?」
彼女は冷たく言った
男「す、すいません」
「もしかして…」
「記憶喪失?」
男「過度のショックらしくて…」
「過度のショック…」
そこまでつぶやいた彼女は
すこし
うつむいた
と思ったら
「うっ…うっ…うっ」
涙声
大粒の涙が
下に
一粒
二粒と
落ちる
「よかった…よかったよぉ」
男「ど、どうしたんですか?」
そういうや否や
彼女は抱き着いてきた
「もしかして…私の名前もわすれちゃったの?」
男「すいません…」
女「私は女」
女「あなたが私を車から救ってくれたの」
男「じゃ、じゃあもしかして、僕が助けた女性というのは」
女「そう」
女「私」
男「あ、あの。このたびは助けてくれてありがとうございました」
女「え?」
男「医者が言うにはあなたが重度の傷を負っていた私を見つけて救急車を呼んでくれたとか」
女「いいの!」
女「だって!」
女「あなたの彼女なんだから当然でしょ?」
女「ね?」
女「男♪」
彼女
女さんが
彼女
僕には
記憶が失う前
こんなに
かわいい
彼女がいたのか
かわいい
そう思うえば思うほど
なぜか
頭の中で
警告音が鳴る
なぜだ
こんなにかわいくて
こんなにやさしい
こんなに良い彼女は
ほかにはいないぞ
そう
自分に問いかける
そうすればそうするほど
ないはずの腕が
疼いてる気がした
それより
彼女なら
自分がどんな人間なのか
詳しく知っているはずだ
男「あ、あの」
女「なぁに?」
男「僕って…どんな人間だったんですか?」
その質問をしてから
30分の間
僕という人間を
知った
女「…こんな感じかな」
男「そうですか」
男「そんなに僕は病んでたんですね」
男「ふふっ」
女「笑い事じゃないんだからぁ!」
そういって彼女は
ばいばい
と言い残し
病室を後にした
それと入れ替わるかのように
さっきの女性が入ってきた
先生「ごめん。心の整理に時間がかかった」
男「あ、あなたはさっき来てた…えっと」
先生「自己紹介がまだだった。私は先生」
男「先生さん…先生…」
男「すいません。全く思い出せません」
先生「私は、君が通っていたピアノ教室の先生をやっているんだ」
男「ピアノ…私は、世界的に有名なピアニストだったとか」
先生「あぁ。そりゃもう。世界に名をとどろかせる」
先生「最高のピアニストだったさ」
先生「私の一番の自慢の生徒さ」
そういって笑った先生の顔は
どこか切なそうだった
男「でも、僕は彼女を助けたときに片腕をなくして絶望に見舞われてたとかなんとか」
先生「…彼女?君、彼女がいたのか?」
男「あ、あぁ違います女さんです。女さんが言うには僕と彼女は付き合ってたらしくて」
先生「え?君が車から助けた子と君が付き合っているのか?」
男「はい。話を聞く限りすごいラブラブらしくて」
男「でも同居を始めたある日僕は自分で右足の指2本と左腕を壊したらしくて」
男「何を血迷ったんでしょうかね」
先生「…そうか」
先生「今日はもう帰るな」
男「あ、わかりました。また昔の僕について教えてくださいね」
先生「あ、あぁ…」
先生「それじゃ」
男「では」
そういって病室を出ていく
私は静かに扉を閉める
先生「…」
先生「おかしい」
先生「男はは騙されてる」
先生「あの女に」
男の話を聞く限り矛盾点が多数ある
まず男は事故直後
女性と付き合うほどの心の余裕はなかったはずだ
私がコンサートに誘った時も
声が物語っていた
それに男が付き合っているという女性
彼女に事故から少し経った後
男の電話番号を教えてくれと言われた
その時点ではあの二人には接点はないということだ
そして電話番号を教えてから少し経った後
約1週間
男の携帯に電話はつながらず
メールの返信すら全く来ない
たとえ本当に女と付き合ってたとしたら
それは心に余裕が生まれるたということ
むしろ回復に向かっていたってことだ
なのに
連絡の一つもくれない
ましてや返信をしないなんて
おかしい
そして男は自分で右足の小指と薬指をつぶして
その後左腕を自分で壊したらしいが
左腕でわざわざ右足の小指と薬指だけをつぶすのもおかしいし
ましてや
つぶしてから自分の力で片腕だけを壊すなんて到底できない
左腕の壊れた原因は
複雑骨折
打撲
など強い衝撃を与えないと怒らない症状ばかり
右手がない状態で
しかも足の指を2本失った状態で
片腕だけでその腕を確実に壊すことなど
到底無理
だとすると
その期間中に
男に接触し
男に関われた人間は
ただ一人
先生「女……」
彼女が
男に何らかの理由で接触し
片腕と
足の指2本を
こわした
その時のショックで
男は
記憶を失ったのではないか
とにかく証拠だ
女が犯人だという証拠を見つけなければ
そう決心した私は
自分の携帯をおもむろに取り出し
待ち受け画面にキスをする
その画面には
満面の笑みを浮かべて
優勝カップを持つ
男の姿が
映っていた
女「それでね!それでね!」
記憶を失ってから1か月
あれから先生とかいう人は病室には来ていない
そのかわり
女はしょっちゅう来るようになった
女「ねぇきいてるのー?」
そういって彼女は頬を膨らます
男「ごめんごめん」
そういって僕は彼女の頭をなでる
ことはできない
腕がないのだから
幸せをかみしめようとすると
腕がないという不幸が
邪魔をする
でも
右腕は彼女を車から助けたときに無くし
左腕は自分で壊したのだ
しょうがない
そう思い込むしかなかった
女「あ、そうだ!男そろそろ退院できそうなんでしょ?」
男「うん」
女「はい。これ私の家の合いかぎ♪」
男「え?」
女「腕がないから自分では開けられないけど」
女「自分の合いかぎを預けてると」
女「なんかカップルぽくて…」
もじもじしながら彼女は言う
男「ふふふっ。かわいいなぁ」
女「も、もう!やめてよ!じゃあ私帰るからね!」
そういって彼女は机にカギを置いた
男「おう!またな」
女「うん♪またね」
彼女は病室を出る
男「ふぅ…少し疲れたな」
そういって僕は目を閉じる
先生「男。入るぞ」
あれから1か月
証拠は見つからない
あと探していないのは
女の家だけだ
病室に入ると
男は寝ていた
先生「…男」
先生「私はな。お前のことが心配だった」
先生「私の教室に通っている時から」
先生「お前は…」
先生「私の気持ちに気づいてくれないのはないかと」
先生「案の定」
先生「私のことはほっぽいて」
先生「彼女なんて作って」
先生「でも」
先生「でも必ず」
先生「その彼女は犯罪者であるということを教えてやるからな」
みんな見てくれてるのかな??
今日はここまで
おやすみなさい
もう少しお待ちください
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