きらり「おおきい背丈とちいさい心」 (26)
ものごころついた時から、私は他のみんなとは「違った」。
「デカおんな」「ガイジンの子」「バケモノ」
今なら無視できるほどに稚拙な声は、当時の私にはひどく、重くて。
私はいつの間にか、笑えなくなった。
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クラスの一番後ろに座った、うつむきかげんの地味のっぽ。
それくらいで、ちょうどいいと思っていた。
「せんせー、前がみえませーん」
ここなら、そう言われる事もなかった。
「諸星なんて名前、ウルトラマンじゃん!お前ピッタリだな!」
そう言われてから、自己紹介する事すらも怖くなった。
だれとも喋らず、俯いたまま、頭の上を毎日が通り過ぎていく。
このままずっと、あしもとしか見えないまま生きていく事に、何の疑問も持たなかった。
そんなある日、夏休みの事。
『職場体験学習』
学校が提示したいくつかの選択肢から、2週間働く職場を決める。
「図書館とか……ないよね」
夏休みの気配に浮かれたクラスの誰もが、友達と一緒の職場を相談する中、きらりはただ一人、立ち尽くしていた。
「誰もいないとこがいい?」
担任は怪訝そうな顔をしながら、志望状況の一覧を見せてくれた。
「どこでもいいんです。誰もいないところなら、どこでも」
いつも黙っているきらりに気圧されるように、教師はおう、と言った。
終業式の翌日、諸星家のポストに、一枚の封筒が入っていた。
「ふたば保育園?」
ピンク色の、花をあしらった便箋に、滅多に職場体験が来ないこと、来てくれてとても嬉しいこと、
子どもたちがとても楽しみにしていることが綴られていた。
「ふぅん」
どうせ奇異の目で見られるのだ。そこがどこかなんて、どうでもいい。
指定された住所に、重い足取りを運ぶ。赤レンガの屋根と色彩鮮やかな花が描かれた壁。
その門を潜ると、わっ、という音の塊がきらりを包んだ。
歌声、泣き声、笑い声。クラスでいつも聞くような悪口や陰口は、そこにはなかった。
「貴女が諸星さん?」
がらり、と引き戸の一つが空き、一人の中年女性が園庭に顔を向ける。
「はぃ…」
最後まで言い切る事は出来なかった。
「諸星先生って先生のこと?」「先生お名前おしえて!」「見てみて、泥団子!」
エクスクラメーション・マークとクエスチョン・マークに前後左右を取り囲まれたのだ。同じく、その声の主達にも。
「ひっ…」
きらりにとって、それは今までにない体験だった。囲まれ、叫ばれ、しかしそのどれ一つとして、否定はない。
これまでのように、どこかに逃げてしまえばよかったが、背中の方にまで園児たちがいて、それもできなかった。
「こら、みなさん、諸星さんが驚いているでしょう、後で紹介してあげるから」
中年女性がそう言うと、子どもたちはいちように、はーい園長先生、と言いながら各々の遊び場に戻っていった。
「ごめんなさいね、元気ばっかりあって」
中年女性はぺろり、と舌を出した。
>>「諸星なんて名前、ウルトラマンじゃん!お前ピッタリだな!」
おう、ちょっと来いや。セブン全話鑑賞な。寝たらしばくぞ、こら
>>12 (ティガ世代です)
「ごめんね、めったに新しい先生なんて来ないから」
双葉園長と名乗ったその中年女性は、謝り半分笑い半分にそう言った。
「今日は、自己紹介して、しばらく遊んでもらって終わり。終わったらちょっとお話しましょ?」
「あ、あの」
「何?」
「私、その、大きいから、子供、怖がるかもしれないです」
「私は怖くないわ。どの子供にも、大きい小さいはあるの。成長が早かったり、遅かったり。
そういうものよ?」
なんだか丸め込まれたような気分になりながら、きらりは更衣室に荷物を置き、教室へと向かった。
『ひまわり組』そう切り抜かれた画用紙と、大きなひまわりがいくつも、窓に貼られていた。
「みなさん、こんにちは。この人は、今日からしばらく、みんなと一緒に勉強するお友達です」
園長の言葉に、子どもたちは訝しげに声をあげる。
「新しい先生って、聞いたんだけど」「でも、園長先生より大きいよ?」
ほら、と園長がきらりの背中を軽く叩く。自己紹介自己紹介、と小さく囁いた。
「ぁえ、っと、も、諸星、きらりです…よろしくお願いします」
消え入りそうな声でしか言えなかった。自分を見上げる、幾つもの目線。
ああ、やっぱり駄目だった。私は、人と関わっちゃいけないんだ。
そう思い、明日からどう言い訳をしてここを休もうか、思考を切り替えかけた時。
「きらりだって!かわいい名前!」
最前列に座っていた女の子が、そう叫んだ。
「かわいい!」「私もきらりちゃんがよかった!」「私も!」
どっ、と教室が沸き立った。
「さあ、諸星先生と一緒に遊びたい人は誰かな?」
「ちょっ、園長先生…」
抗議の言葉を言い切るより先に、きらりはスモックを着た濁流に押し流されたのであった。
「どうでした、一日目は」
「……………………疲れました」
「そう、。楽しかった?」
はい、と言えなかった。双葉園長はそのまま、きらりを見送った。
その日きらりは、風呂もそこそこに眠った。明日の言い訳を考えるほどの体力もなかった。
「せんせー、どうして前髪がながいの?」
前髪を切った。遠くの子供まで、見えるようになった。
「せんせー、こうしたほうがね、かわいいよ!私とおそろい!」
後ろの毛をツインにまとめた。嫌いだったくせっ毛が、少し好きになった。
「ぼく、せんせーと一緒にうたう!」
最初は小さかった声が、大きくなった。
「せんせー、たかいたかいして!」
腰痛がひどくなったが、腕の力はついた。
作者とISP・地域が同一の書き込みがあるため保留
きらり「おおきい背丈とちいさい心」
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2016/05/18(水) 02:19:42.90
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