無口な彼女「大丈夫?」(26)
俺は生まれながらに心臓に大きな持病を持っていた。
ガキの頃にでかい手術をして、なんとか持ちこたえたらしいが
当時の記憶はほとんど無い。
だが、大学受験を控え、毎日深夜まで受験勉強をしていたストレスからか
急に持病が再発した。
床に倒れ、動けなくなってしまった俺は床を力いっぱい殴りつけ、
両親に助けを求めた。
すぐ、地元の大学病院へ救急車で運ばれ、緊急手術をされた。
長時間の手術の結果、一命は取り留めたが入院することになった。
8月3日
田舎の病院だからだろうか、6人部屋には俺を含め3人しかいなかった
コーヒーを奢ってくれたちょっとエロいおじいさん
いつもおしゃべりで、楽しい話をしてくれるお姉さん
初日の感想としては、入院生活は楽しいものかもしれない、とそう感じた。
9月10日
その日は突然やってきた。
昨日まで談笑していたはずのおじいさんの容態が急変した。
元々癌で入院しており、体は既に癌に侵されていた。
冷静だが、とても焦っているように看護婦さん達がおじいさんを担架に乗せ
手術室へ連れて行ってしまった。
お姉さんは、とても悲しそうな横顔で、俯いて黙り込んでしまった。
この日、おじいさんは戻ってこなかった。
9月20日
何やら指に違和感を感じた。
手がとても冷たい。
足の指先もとても冷たい。
元々冷え性ではないのに、こんな暑い日にどうしてだろう。
あまり気にしないことにして、お姉さんと談笑を楽しむ。
たまにおじいさんのスケベな話を思い出して、そんなこともあったねと
笑いながらも、少し悲しい表情をするお姉さん。
それを観ていると俺も少し悲しくなる。
恐らく俺もお姉さんと同じ、悲しい顔をしていたのだろう。
10月20日
「この部屋に新しい患者が入院してくる」と、いつも診てくれている看護婦さんが言った。
俺とお姉さんは、どんな子がくるのかなと話をし、明るく迎えてあげようと活きこんでいた。
10日後に別の病院から移ってくるらしい。
こんな田舎の病院に来るなんて、どうしてだろう。
10月30日
新しい患者さんが来る日だ。
その娘は、看護婦さんに押してもらいながら車椅子でゆっくりと、無表情な顔をして入ってきた。
綺麗な栗色の長い髪が揺れる。まるでお人形さんのようだ。
ちょうど俺の右隣、窓側が彼女のベッドとして使われることになった。
俺とお姉さんは色々話しかけた。名前、年齢、出身地・・・・思いつくだけ色々聞いてみた。
しかし、彼女は応えるどころか、窓の外を無表情で観ていた。
11月1日
彼女の両親と思われる人が来た。しかし、何も話さない。淡々と、作業的に彼女の周りを整頓していく。
カーテン越しでよく分からないが、会話はまったくしていないようだ。
ある程度時間がたち、両親と思われる2人は帰っていった。
カーテンが同時に開けられたので、お姉さんには止めたが、
俺は彼女に話しかけた。
今の人たちは誰?その花きれいだね・・・・・・
だが彼女はずっと窓の外を観て、こちらを振り向いてはくれない。
11月10日
俺は懲りずに毎日話しかけた。もう何日経つのだろう。
お姉さんは完全に、彼女にも俺にも諦めてしまったようだ。
そんなことをまったく気にもせず、俺は自分でも不思議だと思う程、
彼女に話続けた。
自分のこと、自分の親のこと、病気のこと・・・・
11月13日
やっと彼女がこちらを向いてくれた。とても嬉しかった。
不思議と興奮している自分がいた。
だが、そんな俺を見透かしたように彼女はまた外を眺めてしまった。
お姉さんは携帯ゲームに夢中だ。
深夜、変な音が彼女のベッドから聞こえた・・・・・車椅子の音だ。
病室を抜け出して、どこかへ行ってしまった。
2時間後、彼女は戻ってきた。
一体どこへ行っていたんだろう。今度聞いてみよう。
11月14日
昨日のことを話し、どこへ行っていたのか聞いてみた。
すると彼女はこちらを向いてから、ごそごそと自分のカバンを漁り、
ペンと小さなメモ帳を取り出した。
何か書いているようだ。書き終わったメモを見せられた。
「外に行っていたの」
初めて彼女と意思疎通ができたことで俺は興奮した。
なんとなく彼女の無表情な、全てを諦めた表情が緩んだような気がした。
その後は、彼女と筆談をした。
彼女は声が出なかった。
11月20日
彼女は色々話してくれた、交通事故で両足が動かなくなったこと。
そのショックで声が出なくなったこと。
たまに外に出るのは、このあたりの空気がおいしいからだと言った。
書いては振り向き、書いては振り向く彼女のキレイな長い髪が、
太陽の陽射しで、天使のようにとても綺麗に見えた。
12月1日
彼女は、夜一緒に外にでないかと尋ねてきた。
もちろん承諾し、どこか行きたいところはあるか、と尋ねた。
彼女はどこでもいい。ゆっくり歩けるところなら。と応えたので
深夜ならすいている、大通りを歩くことにした。
看護婦さんの目を盗みながら、なんとか病室から逃げ出した。
いつも抜け出している彼女のおかげだ。
外に出ると星がとても綺麗だった。彼女は言った。
星にも色があるなんて知らなかった。とても綺麗、と。
その日は1時間ほどで病院へ戻った。体が冷えてしまった彼女の体を
そっと抱きしめてあげた。
12月10日
朝から体が重い。倦怠感。体の調子が悪いと心まで蝕まれていく。
目が少し虚ろになって、上下の視界が少し狭いのが分かる。
先生からは風邪と診断され、風邪薬を処方された。
処方された薬を飲み横になる。
彼女はそんな俺を見て、とても心配そうに語りかけてくる。
俺が見やすいように、と気を使ってくれたのだろう。
彼女も横になって、紙を横に向けて読みやすくしてくれた。
そしていつの間にか寝てしまっていた・・・。
夜に目を覚ます。風邪はほとんど治ったようだが、まだ体に違和感が残る。
横になって回復を待つことにする。
12月16日
俺の容態が急変する。呼吸ができない。胸が痛い・・・。
俺はナースコールを押すことさえできないほどベッドの上でのた打ち回った。
お姉さんが急いでナースコールを押してくれたおかげですぐに看護婦さんが駆けつけてきた。
彼女は俺の方を心配そうに見つめている。
担架で運ばれていく俺はそんな彼女に親指を立てて、強がって見せた。
彼女の顔をドアの閉まる瞬間まで見続けた・・・・・。
行われたのは緊急手術だった。
手術後、医者から説明を受ける。
次の発作が来てしまったら、手術をすることは難しい。
やってはみるが望みは薄い、と言われる。
12月12日
元の病室のベッドに戻ることができた。
お姉さんが声を上げて笑顔で迎えてくれる。彼女も笑顔で俺を迎えてくれた。
次の発作の件については話さないことにした。
心配をかけさせるだけだ・・・。
彼女は俺のことを気遣ってくれる。
何度も「大丈夫?」という文字を書いてくれた。
俺の表情から、何か察しているのだろうか・・・・・・。
俺は、そんなに生きることを諦めた顔をしていただろうか・・・・・・。
12月25日
遂にきた。発作だ。俺の心臓が悲鳴を上げる・・・。
恐らく最後の緊急手術。麻酔が効き始める。
もう楽にさせてくれ、体を引き裂かれるのは御免だ・・・。
俺の最後はこんな真っ白な天井を見上げながら終わっていくのだ。
そう思うと彼女の顔が思い浮かぶ・・・・俺は意識を失った・・・・・・。
手術は失敗した。
緊急処置がとられたおかげで、数時間は存命できるらしい。
そして苦しみながら死ぬのだ・・・・・。
俺は病室に戻してくれと医者に頼んだ。
医者は快く、そして急いで運んでくれた。ありがたい。医者にお礼を言った。
看護婦さんは俺の左横にずっと居てくれる。なんのためにいるんだろう。
俺の死んだ時間を確認するためか?
俺を助けてくれるのか?
白いナース服に紺色のカーディガン。
天使とはよく言ったものだ。
右の方からなにやら音がする・・・・俺は彼女の方をみてみる・・・・すぐ隣に居た。
車椅子に乗って、俺の隣で必死に何か書いている。
「大丈夫?」
大丈夫じゃないんだな、それが・・・。
鼻にチューブを入れられて喋りにくい。
俺はもう強がる気力も無い。
「もう、ダメっぽい」
俺はまるで他人事のように、笑い飛ばすように言った。
彼女が俺の右腕を握ってくる。暖かい・・・・・。俺がまるで死人のようだ。
看護婦さんが何かに気付き、出て行ってしまった。
さっきから機械がピーピーうるさい。
彼女の握る手が強くなる・・・・。
医者が飛んできた。俺の胸に聴診器を当て、機械のディスプレイを睨み付けている。
そして、最後の時が来る。また胸が痛い。体は動きたくても動けない。衰弱しきっている。
俺は、今の苦痛の度合いを医者に表情でなんとか伝える。
医者は目を瞑る。
「筋弛緩剤と麻酔を投与・・・」
きんしかんざい・・・・・?
あぁ、あれか・・・・・心臓とめる奴だ。
彼女に目をやる。泣いている。そんな顔するなよ。綺麗な顔が台無しだ。
俺は頬を手の裏で撫でて、涙をぬぐってやる。俺の手は自分でもわかるほど震えている。
すぐに薬の投与が始まった・・・・なんだか眠い・・・・・・目が開けられなくなる・・・・・・。
暗闇に吸い込まれて行く、何も考えられない・・・・・・。
彼女の顔が目の前にある。
俺を覗き込んで・・・・・口が動いている・・・・・・
「・・・・・から!」
何か喋っている・・・・?
「私、あなたのこと絶対忘れないから!」
あぁ、ありがとう・・・・・。
なんだ喋れるようになったん・・・じゃん・・・・・よかった・・・・・・・・・。
おわり
oh……乙
少しでも救われたんだろうか
>>22
よく、アリスソフトみたいって言われる
よくわかんないけど、そうなのかな
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