ミリP「俺とママの幸せ家族計画」 (23)
「パパ~~」
肩に小刻みな揺れを感じる。
耳に届くのは先日8歳になったばかりの娘が俺を呼ぶ声だ。
「パパってば~~」
揺さぶりが大きくなる。
すまんな、有希よ。
お父さんはな、死ぬほど疲れてるんだ。
「もうッ!」
そうだ、諦めて下に行くんだ。そしてママの作った朝ごはんを食べて……、うげっ!
「パパのねぼすけッ!」
とたとたとたと下に軽やかにかけていく娘の足音を聞きながら、俺は先ほどくらった娘のボディプレスの威力に悶絶していた。
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いつの間にか、あんなに成長しやがって……。
良い日曜日だった。
相も変わらず俺はプロデューサー業を続けている。
先日に担当している子のライブイベント、またそれに関する諸々の事務作業を終えてようやく取れた休日である。
例え娘に朝からボディプレスをくらったとしてもだ。
10年も前から続けているプロデュース業だが、何年も続けていくうちに変わったことだってある。
俺は結婚して、子供も授かった。
名前は有希という。
『どんな時でも希望が有り続けますように』という俺の願いと、ママの「雪歩さんとさ、瑞希さんにはお世話になったからさ、読みと一文字貰いたいの」という願いからこの名前になった。
この娘がまた可愛い。
親バカと呼ばれてもいいが、利発そうな目に、ミルク色の頬、薔薇の蕾のように赤い唇。
まるで初めて出会った時のママを思い出すような顔立ちだった。
髪だけは俺に似たのか、ママのふわふわの栗色の髪ではなく、黒のまっすぐな髪であった。
目に入れたって痛くない、自慢の娘だ。
朝早く起きなくていいし、娘に起こされる。
これを良い休日と言わずに、何を休日と言うのだろうか。
娘にボディプレスをくらったのも、娘の成長の重みを知れたとすれば良い機会ではなかろうか。
そんなことを考えながら顔を洗い、
俺は築8年、ローンは残り32年の我が家のダイニング、パパの席に座った。
「パパおはよー。 やっと起きたー、もぅねぼすけさんなんだからー」
ご飯、味噌汁、鮭に豆腐の日本人ながらの朝食がそこには並んでいた。
綺麗な箸づかいでそれを口に運びながら有希が俺に声をかける。
「おはよう有希。なぁー、今度からはもうちょっと優しく起こしてくれないか。 パパ、泣いちゃうぞ」
「優しく起こしてあげてるうちに起きないからだよー」
「有希ー、そろそろ時間でしょ? 早く食べないと練習遅れちゃうよ」
「あーっ、ほんとだ! もう、パパ起こしてたから!」
「有希、ちょっと待って。 食べ終わった後は?」
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さま」
「で、どうだ。 楽しいか、野球?」
「楽しいよ!あのねあのね、あたしこの前ボール投げたらさ、上の学年の子たちより早かったの!」
「へぇー、そりゃ凄い」
「だから今日からピッチャーの練習なんだー」
「有希ー」
「はぁーい、ママ! じゃあ行ってきまーす!」
「気をつけろよー」
「はぁーい!」
そう言って有希は駆け出していった。
誰に似たのかはだいたい想像がつくが、有希は野球が好きだ。
最近では近くの野球チームに入り、汗いっぱい泥いっぱいに練習して帰ってくる。
ちなみにプロレスを見るのも好きだし、関節技くらいならちょっとはかけることが出来る。食らうのは俺だが。
ついでに言うとダンスも好きだし、その中でもブレイクダンスが特にお気に入りだ。
「パパ、お茶いる?」
「あぁ貰おうかな」
「雪歩さんのとこから最近良いお茶貰ったんだよ」
「萩原さんのくれたお茶か、そりゃ旨そうだ」
旧姓、周防桃子。元子役で、元アイドル。
そして今じゃ俺のお嫁さんだ。
俺が担当したアイドルだし、まぁ色々山あり谷ありのなんやかんやがあって今ここにいる。
なんやかんやの部分は今思い返すとこっぱずかしくなるので省略させてもらう。
桃子は俺のことを「パパ」と呼ぶ。
あの日有希を授かったことを聞いた時に、
「これじゃあ『お兄ちゃん』って呼べないね? ……よろしくね、『パパ』」
と言われた日からずっとパパだ。
「何ぼけっとしてるの? ほらどうぞ」
いつの間にか俺の目の前には朝食が並んでいた。
「ありがとう。 いただきます」
「いただきます」
ママも椅子に座り、少し遅めの朝食が始まった。
なんて良い休日だろうと、改めて思う。
萩原さんから貰ったお茶は美味しかったし、ママの作ってくれた朝食はこれまた美味しかった。
「そう言えばさー」
キッチンで洗い物をしている桃子に声をかけた。
「んー?」
「久しぶりだったな、ママの朝ごはん食べたの」
「いつもパパ、朝早く行っちゃうしね。 やっぱりお弁当だけでも作ろうか?」
「いいよ、そのために桃子が早起きしたって辛いだろ?」
「でも……」
「いいっていいって。 ……というか」
「ん?」
「こうやって2人で話すのも久しぶりか」
「そうだね。 パパってばさ」
「うん?」
「アイドルちゃんと話したいから早く行ったりしてるんじゃないの?」
「松田さんみたいな言い方するんだな」
「……別に。 ただの気分だよ」
「ママだけだよ、俺の人生をかけてさ、プロデュースしていきたいって思ったのは……」
「……バッカじゃないの。 そんなの、恥ずかしく、……ないの」
「今、むっちゃ恥ずかしい」
大の大人が二人、顔を真っ赤にし合って何やってるんだろうな。
「その、……お、お兄ちゃん」
「ど、どうした」
「お茶、いる?」
「あ、ああ。 貰おうかな」
萩原さんのお茶で、とりあえず一旦落ち着こうじゃないか。
お茶と置くのと一緒に桃子が俺の横に座る。
「そ、それでさお兄ちゃん。……今日何かする予定、ある?」
「い、いや。 でもさ、せっかくの休日だから、なんかしないとな」
「これからまた忙しくなるしね」
「だなぁ。ライブ成功だったし、ネットでも評判だからなぁ。 次の握手会とかはまた増えるし、テレビ出演だって増えてくるからな」
「そっか。 じゃあさ」
「うん?」
「お兄ちゃんなんか食べたいのあるでしょ? 作ってあげるよ。 なんかある?」
「じゃあさ、ホットケーキ」
「ホットケーキ?」
「そっ。 ママの作ったホットケーキ」
「ふぅーん。いいよ、お兄ちゃんのためだもん。作ってあげる。 で、他には? なんかさ、……ひ、久しぶりにやりたいこと、ないの?」
「ほ、他にか。 そうだな、有希の練習を見に行きたいな」
「ゆ、有希の? ……そう、だね。 行こう、か。 夕方くらいにさ。 喜ぶと思うよ、うん」
そう言うと何故だがママはため息をついて、キッチンのほうに向かった。
何か変なことを言ってしまっただろうか。いやでもさっきまで変わらない会話をしてきたわけだし。
こういうことはママをプロデュースしてる時からしょっちゅうあった。
ママは何も言ってくれない。
自分の中で溜め込んで、そして一人で傷つくのだ。
考えろ、俺。考えるんだ、俺。
何か変わったことなかったか。
朝ごはん食べるまでは普通だったし、あのこっぱずかしいこと言った後はむしろ機嫌がよかった。
そのあと、「お兄ちゃん、お茶いる」って聞いてきて、……お兄ちゃん?
俺のことをお兄ちゃんって呼んだのか。
だってママが、桃子が俺のことを「お兄ちゃん」って呼ぶのは……。
可愛いの、全く。
「どこ座ってるんだ」
「別に。どこだっていいでしょ」
「座るの、そこじゃないだろ?」
「……?」
「桃子が座るのは、ここ、だろ?」
そう言って俺は自分の足の間を指差した。
あの頃から変わらない桃子だけの特等席。
おずおずと、不承不承としながら桃子がそこに座る。今さらだけれどもな。
「ひゃっ!」
俺は後ろから桃子を抱きしめた。シャンプーの香りがふわっと鼻腔の中に流れ込んできた。
同じシャンプー使ってるはずなのに、どうしてこうも違うのだろうかね。
「な、何するのさ、パ、パパ……」
「桃子」
「ッ!……遅いよ、ばぁーか」
「まだ昼間だったから」
桃子の頬っぺたが赤く染まり、顔は俯き、
「寂しかったんだからね……」
とぽつり。
「朝早くに行っちゃうし! 夜は遅くに帰ってくるし……。 おはようのキスも、行ってきますのキスも、おやすみのキスだって最近はしてなかったし」
堰が切れたように桃子が言う。
「一応行ってきますのキスはしてたけれどなぁ」
「寝てる時はノーカン!……その分さ、今、して?」
桃子の顔が振り向く。
目と目が逢う。
顔と顔が近づく。
唇と唇が触れる。
「んっ。……っ、んふっ」
「桃子、キス好きだったもんな」
「……うん。……んっ!んんっ!ちょ、おにぃ、んっ。ぅんっ、んっ」
「俺のやりたいことは、これだ」
唇だけではない、顔中にキスの雨を降らす。俺だって、桃子とずっとこうしたかったよ。
「ちょ、ちょっとおにぃ、……ちゃん。せめて、べっどにぃ……」
「うん、それ無理」
もう止まらない、止められない。
結局さっき言ってた有希の練習を見に行くという話もホットケーキを焼いてくれるという話も無くなり、へとへとになったママに代わり、我が家のこの日の晩御飯は宅配のピザとなった。
ママの、桃子の顔はずっと赤かった。
良い休日であった。
お読みいただいてありがとうございます。
桃子と幸せ家族計画をしたいです。
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