大神環「しあわせのレシピ」 (66)

 
※ このssにはオリジナル設定やキャラ崩壊が含まれます。
 
===

「じゃあ、絶対の絶対のぜぇーったいに約束だぞ! 
 それでも破ったりなんてしたら、今度こそ許さないからね!」

「分かったわかった、ちゃんと約束するって……ほれ」

 そう言って目の前の彼が、ひょいと小指を立てた右手を突き出す。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1459326659

 
「なにさ、これ」

「なにって、指きりだよ。知らないのか?」

「それは見たら分かるの!」

「なら説明は要らないな。ほら、ゆーびきーりげーんまーん」

「えっ!? う、うっそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます~」

「ゆーびきったっ!」


 彼が歌いだすから、こっちもつい反射的にそれに合わせちゃって。
 それがすんだら、二人の絡んでいた小指がスッ、と離れ離れになる。
 
「じゃあ、行って来るから……ハメ、外すんじゃないぞー」

 くしゃり、と私の頭を一撫でし、彼は元気よく玄関を飛び出して。
 
 その後姿を見送ってから、私は閉まる扉に向けて「まったくもう」と独りごち、
 まだ彼の感触が残る小指を、そっと見つめてため息をついたのだった。

===

「それで、今日の響は機嫌が悪いのですか」

「そうだよ。ほんっと、アッタマ来ちゃう!」

 片肘をついてぶーたれる私とは対照的に、向かいの席に座る貴音は話を聞き終わると、静かに落ち着いた調子で言葉を続ける。
 
「ふふっ、そうは言っても、殿方には『付き合い』という物がありましょう?」

「それは、まぁそうなんだけどさー……」


 私はそう返事をすると、自らが持参したケーキにフォークを差し込む銀髪の淑女に向き直った。
 
 四条貴音。
 
 沖縄からコッチに出てきて、アイドル活動を始めた頃に知り合ったから、彼女との付き合いも早いものでかれこれ五年。
 
 私が結婚を期にアイドルを辞めてからも、何かと忙しい他の元同僚たちの中、
 比較的自由に連絡を取り合いこうして顔を会わせられる数少ないメンバーでもある。

 
「でもさー、おや……Pさんも、今は劇場が忙しい時期だから。少しは、大目に見てあげても良いんじゃないかな」

 そうフォローを入れながら会話に加わるのは、アイドル時代、私の後輩だった大神環。
 
 出会った頃はまだ小学生で、男の子顔負けのやんちゃな元気娘って感じだった彼女も、五年も経てば一人前の女の子。
 
 今では「おやぶん」呼びもなりを潜めて、お洒落も気になる年頃の、立派なレディーになっていた。
 

 
「そりゃあさ、付き合いとか……息抜きがいるのは分かるし、飲んで帰るななんて言えないけど」

「言えないけど?」

「それでも、三日連続だよ? 三っ日連続っ! 
 毎晩毎晩ちゃんとご飯作って待ってるのに、飲むなら飲むで連絡ぐらい入れるもんだぞ!」

「なんと……それは誠ですか?」

「そうだよ! 誠だよ!」


 私の愚痴を聞いた貴音が、神妙な面持ちになって聞き返す。
 すると、貴音はなにやら考える顔になって。
 
 そのまま黙ってしまった貴音に代わり、
 環が手にしていたフォークをぷらぷらと揺らしながら口を開く。

 
「あー、それはPさんも悪いよ。たまきでも、ちゃんと遅れるなら遅れる、
 行けないなら行けないって連絡するよう言われてるもん」

「でしょ? フツーそうだよね!」

「くふふっ、今度あったら言ってやろーっと。

 たまきに『ホウレンソウを忘れるな』って口酸っぱく言う前に、
 自分も奥さんにちゃんと電話してあげなさいって!」

「いや、ちょっと待つさー。それって、環も連絡をよく忘れてるってことじゃない」


 指摘すると環が、「あ、そっか」と言ってポンと手を打った。
 
 その反応を見て思うのは、いくら見た目が大きくなっても、
 中身もそれに伴って成長するとは、限らないのかもしれないということ。


「ふふふっ、まるで昔の響を見ているようです」

「いやいやいや! 自分、昔こんな感じだったっけ?」

「えぇ、そっくりですよ。ねぇ、環?」

「うんうん。たしかに昔の響は、こんな感じだったよ」

「さらりと同意してるけどさ、そんな自分と今の環が一緒だって話だからね……」

 そんな他愛ないやり取りの中、「ところで」と言って貴音が話題を変えた。
 

 
「先ほどの話ですが……毎晩作る、食べられずに余った料理は結局どうしているのです?」

「えぇー? それは、次の日の朝とか、お昼に自分が食べて処理してるけど……」

「なんとっ!」

「うわっ!? 急に大きな声出さないでよ!」

 私の答えを聞いて貴音の雰囲気が一変、険しくなる。


「それはなんとも由々しき事態……。
 響! なぜ私に相談の一つもしてくれなかったのですか!」

「え、えぇ?」

「事前に話を通して頂けたなら、わたくしが代わりに響の手料理を味わい、
 毎夜寂しい想いなど貴女にさせなかったと言うのに……!」

「……大げさに心配してくれてるけどさ。それって、ただ晩御飯が食べたいだけだよね」


「響って料理とくいなんでしょ? うぅ、想像したらたまき、お腹減って来ちゃったかも……」

「環も羨ましそうな目でこっちを見ない! 口元もだらしないぞー!」


 環が私の注意を受けて、慌てたように口元の涎を手で拭う。
 
「あぁ、もう! 手なんかで拭いちゃ駄目じゃないか……ちゃんとティッシュを使う!」

「あ、ごめんごめん」


「響の手料理とは……なんと甘美な響き、ふふっ」

「貴音も、何上手いこと言ったつもりになってるの!?」

「ウマイって、料理が!?」

「いいから環は涎を拭く! よだれっ!」

「おやおや二人ともそうしていると、まるで姉妹か親子のようで……微笑ましいですね」

「一体誰のせいでこうなってるのかな!?」


 環の涎をティッシュで拭いてあげながら忙しく言い放った私の質問には答えずに、
 貴音はケーキと一緒に用意しておいた紅茶を一口飲むと、私達に向かってにっこりと微笑んだ。
 
 見惚れる笑顔とは、こういう顔の事を言うのだろう。
 
 こんなにも優雅な仕草で紅茶を飲み、そこに座っているだけで絵になる人物が、
 先ほどまで自分も涎を口の端に光らせながら私にご飯をたかっていたなんて……

 知り合った当初から思っていたが、私は彼女の本質を、
 一生理解する事はできないのかも知れないな。なんてその姿を見てふと考える。
 
 それほどまでにミステリアスな彼女との関係が、どうしてこうも長く続いているのか。

 それはきっと、彼女の間合い……人との距離の取り方が上手だからに他ならない。うん、きっとそうだ。
 

ここまで。

===
 
 ――さてさて、っと。

 その場が一旦収まったところで私は腕を組み、
 目の前の問題児二名をじろっと見回してから考える。

 残ったケーキをパクつく貴音と、こちらに期待の眼差しを向ける環。
 
 本来の予定とは少し違ってくるけど、こうなったらしょうがない。
 良い機会だし、ここは可愛い後輩のためにも、私が一肌脱ぐべきだな!

 
「よし決めた! そこまで期待してくれるなら、今日の晩御飯はウチで食べて行くといいさー!」

「ホント!? やったーっ!」

「響。その提案は嬉しい物ですが、わたくし、まるで催促をしたようで……なんだか気恥ずかしいですね」

「みたいじゃなくて、思いっきり催促してたでしょ……まぁいいや」
 
 もちろん、こっちにだって考えはある。
 なにも求められるままに、ご飯を作って振舞うわけじゃない。

 やれやれとため息をついてから、私はビシッと二人に指をさした。

 
「たーだーしっ! 二人にもちゃんと手伝ってもらうよ? 働かざるもの、食うべからずってね!」

「うぇっ!? た、たまきは、料理はちょっと苦手なんだけど……」

 環の顔に、動揺が浮かぶ。

 けど、明らかに困り顔になってうろたえてる環と違い、貴音は無言で椅子から立ち上がると、
 いそいそと物置棚から犬用のリードを探し出し、床に伏せていたいぬ美へと近づいていった。

 そうして私達が見ている中、いぬ美の首輪にリードをしっかりと装着してからこちらを振り返って一言。

 
「では、参りましょう」


 キリッとした顔で言ってるけどちょっと待った! 
 どうして今の会話から、そういう行動に繋がるのさ!

 
「『参りましょう』、じゃないよ! もうほんと、何してるの貴音ぇ……」

「何とは……二人が料理をしている間、
 わたくしは邪魔にならないよういぬ美と二人、近くを散歩してこようかと」

「おぉ、そんな手が……ねぇねぇ! たまきも、一緒に行っていーい?」

「ダメに決まってるでしょ! 環は自分のお手伝い!」

「あぅぅ、じゃ、じゃあ貴音さんはー?」

「貴音は……あー、うん」


 不満そうな環から視線を移すと、貴音はリードを握り締めたまま、なんとも不安げな表情でこっちを見てた。
 
「ひ、ひびき……!」
 
 彼女のその声は震え、瞳は潤み、「よいのですか? 泣いてしまいますよ?」と私に訴えかけていて……。

 あぁ、もう! 分かった、分かったってばっ!

 
「貴音ぇ、お願いだからそんな顔で見つめないでよ。
 なんだか自分、意地悪してるみたいな気分で嫌だぞー……」

「ぐすっ。では、わたくしはいぬ美と一緒に散歩に出ても?」

「はぁ、行って来ていいよ……でも、あんまり遠くまでは行かないでね。いぬ美も、もう結構な年だからさ」

「えぇ、承知しました。それでは響……後は、任せましたよ?」

「はいはい、りょーかい。任されたぞー」


 光る涙を拭い去り、「お腹が空く頃には戻ります」と散歩に出た貴音を見送ると、部屋には私と環の二人だけが残された。
 
 今まで、貴音のあんな姿を見た事がなかったのだろう。
 しばらく唖然と立ち尽くしていた環も、そのうちに状況を飲み込めたのか、ハッとした様子で私に声をかけてくる。
 

 
「ね、ねぇねぇ響」

「なぁに?」

「貴音さんってさ、たしか、料理できるんだよね?」

「そうだよ。あぁ見えて貴音は一通りの料理はこなせるし、ラーメンなら麺から自分で作る人だからね」

「だ、だよね! だったら全然料理できないたまきより、貴音さんが残った方が良かったと思うんだけど……」

 私の言葉に、環が喰いつく。
 けれどそんな彼女のセリフを、私は「でーも!」と言いながら人差し指を突き出して遮り、そのまま言葉を続ける。

 
「だからこそ、環じゃなくて貴音に行ってもらったの。
 ほら! 環もささっと準備して、エプロンも貸してあげるからさ!」

「え、えぇ? どういう事? よく分かんないよ……」

「まぁまぁまぁ、いーからいーから!」

 言いながら環の両肩に手をやると、そのまま彼女の体をくるりと半回転させて。

「さぁさぁ歩いて歩いて、元気にレッツゴー!」

「お、おぉー?」

 そうして二人でぱたぱたと、キッチンへ向けて歩き出したのだった。

ここまで。ssのイメージに合う三人の画像、ありがとうございます。

===

「料理を作る前に聞いておきたいんだけど、環はどんな料理なら作れるの?」

 エプロンをしながら私がそうたずねると、可愛らしい子豚の顔がプリントされているエプロンをつけた環が、
 片手を指折り数えて、思い出すような仕草をしながら答える。

「えっとね、カレーでしょ? 簡単なお鍋と炒め物、それから炒飯と……
 そうだ、おにぎりなら自信あるよ! この前も美希に美味しいって褒めてもらったぞ!」

「なるほど、つまり凝った料理は殆ど作れない……っと」

 私がそう言うと、「カップ麺なら、完璧なんだけどなー」と環がこぼす。
 分かってるとは思うけど、環。カップ麺じゃ料理とは言えないからね?


 とは言え、こうなることは正直予想してた通り。
 私はそのまま、話の本題に入っていく。
 
「じゃあ、今日は環の作りたい料理を作ることにしようよ。何か、リクエストはある?」

「り、リクエスト!? 急にそんなこと言われても……さっき言ったヤツの中からじゃダメなの?」

「ダーメ。今日の目標は、環が作れる料理のレパートリーを増やす事にしたから、その提案は聞けないぞー」

「い、いいよ別に! たまき、料理できなくっても、困らないし……」

 そう言って、もじもじと顔を伏せて呟く彼女に、私は優しく話しかける。

 
「でも、環も女の子なんだから。美味しい料理の一つぐらい、作れた方がカッコいいと思うけどなぁ」

「うぅ、か、カッコいい? 料理を作れるのが?」

「そ、美味しい料理が作れるって事は、それだけで女の子の武器になるんだぞー?」

「女の子の、武器……」
 
 私は食器棚の隣、小さな収納棚の前まで歩いていくと、環に向かっておいでおいでと手招きをして。

 すると、彼女もとてとてとこちらにやって来て、棚に並べられた料理本の列を発見する。

 
「見事な品揃えでしょ? 中には自分の書いた本も混じってるけど……
 ここにある本と、自分のサポートがあれば、心配しなくても環にだって美味しい料理が作れるさー」

「ほ、ホントに?」

「だから、何か作りたい物をここにある本の中から探して……」

 私は料理本の列から適当に一冊取り出すと、本を開いてページをぱらぱらとめくっていく。
 
 環も同じように本を手に取ると、何か自分にも作れそうな料理がないか探し出した。

 
「なんだか色々あって、どれが良いか決めらんないよー」

「まぁ、焦らなくてもいいさー。ほら、これなんてどう?」

「オムライス……うぅ、卵を綺麗に巻くのが難しそう……」

「じゃあ、これ。ロールキャベツとか、コロッケとか」

「うーん、コロッケぐらいなら作れる……かも? あ、ねぇねぇコレなぁに?」

 その時、環が指差した物。料理本の間に挟まれた、数冊の大学ノート。

 
「それは試作ノートだぞ。思いついた料理とか、試しに作ったお菓子とか……そういう試作品のレシピを書きとめてあるんだ」

「へぇ~、響はそんなこともしてるんだ。なんだか、凄いね」

「まぁ、自慢じゃないけど。アイドル辞めてからは料理本を書いたりするお仕事をやってるし、どうしても、ね」


 そうして環が悩むこと十数分。
 さすがにそろそろ作るものを決めないと、今度は完成する時間が遅くなってしまう。
 
 私は作戦を変更し、料理本から作りたい物を探すのを止めて、直接環になにが食べたいか聞いてみた。
 
「たまきの食べたいもの? うぅんと……たまきは、ハンバーグとか好きだけど」

「ハンバーグ?」

「こ、子供っぽく思われそうだから、最近は食べないようにしてるんだけど……好きなんだ」

「そっかぁ、ハンバーグねぇ」


 環が、またもじもじと恥ずかしそうに下を向く。
 
 ハンバーグなら複雑な工程もないし、よほどの事がなければ失敗する可能性も低いはず。
 私は冷蔵庫を覗いて材料があることを確認してから、環に向かって大きく頷く。
 
「それじゃ、今日のメインはハンバーグに決定! 作り方もちゃんと教えてあげるから、しっかりと覚えるんだぞ!」

「……が、頑張ってみる!」

 環の、意気込みやよし。私達は早速、調理の準備へと取り掛かった。

ここまで。

===

 食材と容器が並べられた調理台に立ち、環が作業する隣。
 私は彼女の手元を見ながら、順番に作り方を説明していく。

「そうそう、みじん切りにした野菜を炒めて……それが終わったら、ひき肉と混ぜてこねてって」

「こ、こんな感じ?」

「えっとね、手を全部使ってこねるより、指先を使って、こう、ザクザクッてするのがコツだぞ」

「なんか、こねるっていうよりかき混ぜるみたい」


「あんまり体温が伝わると、べちゃべちゃになるからね。塩は、ちゃんと入れた?」

「あ! 忘れてた!」

「塩がひき肉をくっつけてくれるから、これを忘れちゃ上手に形にならないの。
 次に作る時は、忘れないように気をつけないとだめさー」

「わ、分かった……あれ? でもつなぎって、さっき入れた卵じゃだめなの?」

「卵もつなぎにはなるけど、あれは食感をふんわりさせるために入れるから……だから本来、つなぎは塩だけで十分なんだぞ」

 そうしてハンバーグの種が出来たところで、種の形を小判型に整え、熱したフライパンの中へ。
 
 じゅわっと油が鳴り、しばらくするとお肉の焼ける良い匂いが部屋中に広がっていく。

 
「今日はそのまま焼いてるけど、他にも煮たり、蒸したり……焼き方にも、いくつか種類があって……」

 そう、環に説明をしていたときだった。
 がちゃりと部屋の扉が開き、「ただいま戻りました」と貴音が姿を見せる。
 
 どうやら、散歩は終わったらしい。
 
 いぬ美用の水皿を手に持ったまま、彼女が私達のところへとやって来る。
 その間、視線はじゅうじゅうと音を立てるフライパンに釘付けだ。


「お帰り、貴音。今日のメニューは、環の希望でハンバーグになったよ」

「それはそれは……響?」

「あ、つまみ食いはダメだからね」

「むぅ、まだ何も言っておりません」

「なら、そんな物欲しそうな目で見ない。早くいぬ美にお水持ってってあげるさー」

「……味見係はないのですか?」

「そんな物は、ありません!」

 ぴしゃり、と一喝。
 拗ねたように目を逸らす貴音に、環が声をかける。

 
「た、貴音さん。味見係はないけど、おかわりも出来るようたまきが一杯作っておくから、ね?」

「そういうことだから。ほら、貴音もいつまでも拗ねてないで」

「す、拗ねてなどおりません。ただ、煙が目にしみただけです!」

「子供じゃないんだから、なぁにを屁理屈。染みるほどの煙がどこに……って、うわぁっ!!」

 見ると、フライパンからもくもくと黒い煙がのぼっていて。
 慌てて火を止めたけど、これは明らかに焼きすぎだ……。
 
 『調理中に目を離すな』――自分がついておきながら、なんて初歩的なミス。

 
 パリパリに焦げた塊の乗る皿を手に持って、貴音へと視線を送る。
 
「味見……してみる?」

「そういうのは、味見ではなく処理と言うのですよ」

 ツンと言い放つ貴音に謝りながら、私は目の前の黒い塊、
 今晩のメインディッシュだった物に視線を落とす。
 
 やっぱり、これは責任を持って自分が処理しないといけないよね……。

ここまで。

===

 かちゃかちゃと食器の触れ合う音が、食卓に響く。私はコップのお茶を口に含むと、
 そのままぐっ、と口の中の物を無理やり飲み込んでから、ため息と共にコップをテーブルの上に戻す。
 
「自分の失敗作とはいえ、に、苦かった……」

「響、大丈夫? お茶のおかわり入れようか?」

「うぅ、貰うぞ……ありがと、環」

「それでは、皆食べ終わりましたね。後片付けは、わたくしがやりましょう」
 
「あ、たまきも手伝う!」

「いえ、ここはわたくしにお任せを。美味しいはんばぁぐを頂いた、せめてもの気持ちです」

 そうして手伝おうとした環を制すると、貴音は食器を集めて立ち上がった。

 
 私も、貴音と同じ感想。彼女の焼いたハンバーグはジューシーで、ふわふわで、最高の焼き加減。
 
 最初こそ慣れない手つきで作業してたけど、
 カンが良いというのかな。途中からどんどん手際も良くなって。
 
 そういえば、環は昔から飲み込みが早い子だったもんなー。なんて考える。
 
「それで、どうだった? 今日の感想は」

「うん。響が丁寧に教えてくれたから、一人の時よりも難しくなかったかなーって……それと」

「それと?」

「その、食べてくれた人に美味しいって言って貰えると、やっぱり嬉しいね!」


 笑顔でそう言う環を見て、私はふとある事を思い出す。
 
「環……今の笑顔、忘れちゃダメだぞ。その笑顔は、とっておきの秘密兵器なんだから」

「えっ?」

 その時、玄関に置いてある電話が鳴った。
 時計を見ると――あぁ、もうこんな時間か。
 
 私は環に「ちょっとごめんね」と断ってから、急いで玄関へ。
 
 もしもしと受話器を耳に当てると、聞こえてきたのは憎らしいアイツの声。

 
『あぁ、もしもし俺だけど……その声、やっぱり怒ってる?』

「全然、怒ってませんよ。それで、今日はいつ帰ってくるつもり?」

『は、ははは……ごめん! もう一時間、いや、二時間はかかるかも。資料のまとめが終わらなくってさぁ」

「二時間って……はぁ、それじゃあ今日も家に戻るのは――」

 そこまで言って、私の頭にある思いつきが浮かぶ。

 
「あのさ、残ってるのってPさんだけ? 環ちゃんのプロデューサーは?」

『アイツ? アイツなら今から夜食の買出しに行かそうかと……』

「ホント!? なら、買出しはストップ! 二人ともそこで待っててね!」

『お、おいおい響――!?』

 ナイスタイミング! 私は受話器を乱暴に置くと、そのままキッチンにいる二人のところへ。

 
「な、なになに響? そんなに慌てて……」

「貴音! 残ってたハンバーグ、まだ食べてないよね!」

「はい。まだこちらに、たんと余っておりますが」

 貴音の指差した先、おかわり用にと余分に作っておいたハンバーグをタッパーに詰め込むと、私は環に振り返る。

 
「環、まだ家に帰るまで時間あるかな?」

「う、うん。まだ大丈夫だけど……」

「なら、これから自分と一緒に来なよ。早速、女の子の武器をお披露目するさー!」


 きょっとんとする環にタッパーの入った袋を押し付けると、
 私達のやりとりを聞いていた貴音も、食器を洗っていた手を止めて。
 
「では、わたくしもご一緒します。二人より三人、夜道は、危ないですから」

 そう言って、にっこりと微笑んだのだった。

===

 ガタゴトと、電車が揺れるたび、手に持ったビニール袋もガサガサと音を立てる。
 
 突然連れ出され、一体これからどこへ向かうのか……ううん。
 本当はうすうす勘づいてはいるけど、だとしたら、それってやっぱり。
 
 二人とも、家を出てからは殆ど喋らないし。
 なんていうか、こういう雰囲気は苦手だぞ……。
 
 電車を降りたら、通いなれた道を三人で歩く。
 キラキラと光るネオンや、車道を流れていく車のライトが、夜の街を彩って。
 
「そういえば、響がここまで来るのは久しぶりなのではありませんか?」

「そうだね。引退してからは、そう用事があるわけでもなかったし」

 前を行く二人の会話を聞きながら、私は自分の胸のうち、鼓動がどきどきと早くなっていくのを感じてた。

 
 そうして見慣れた建物が視界に入った時に、この緊張も限界まで大きくなって。
 
「どうしました……来ないのですか?」

 階段の前で立ち止まった私を見て、貴音さんが不思議そうな顔をする。
 
 でもでも、やっぱりこんなの、恥ずかしいよ……!
 
「あぅ、その、あの、えっと……」

 もごもごと動かす口からは、意味のある言葉は出てこなくって。
 その場で動けなくなってしまった私に、響「さん」が、優しく声をかけてくる。

 
「大丈夫大丈夫。何も一人で会うわけじゃないんだし、自分達が一緒だから、さ」

「う、うん……」

 彼女に手を引かれるまま、子供のように階段を上ると、そこには事務所の扉がでんと構えていて。
 
 ガチャリと、響さんが扉を開ける。
 いつもの事務所。いつもの光景。
 
「ひびきぃ、待ちかねたぞー」

 事務机にかじりつく様にして作業をしていたPさんが、
 ひょいと顔を上げて私達の姿を確認すると、そのまま立ち上がってこっちにやって来る。
 
 それと、視線がもう一つ。
 
「環じゃないか! どうした? こんな時間に」

 プロデューサーが、驚いた顔でそう言った。
 その顔を見た途端、私の体はまた石みたいに固まっちゃって。

 
「へへーん! たまには、自分達が差し入れでもしてあげようと思ってさー。夜食になりそうな物、持ってきたんだ!」

「ホントですか、響さん! いやぁ、急に先輩が買出しに行くなって言うから、
 何があったのかと思ったら……こういうワケだったんですね!」

「まったく、コイツも急に言いだすからよ。こっちはぐぅぐぅ腹鳴らして待ってたんだからな」

「そのぐらい我慢する! 自分だって、一緒にご飯食べられなくて寂しかったんだからー!」

「響、惚気は程ほどに。律子嬢もおられるのですから」

「い、いいのよ貴音。私ももう慣れたものだから……ふ、ふふふ」

 そうしてそのまま、「小鳥さんの気持ちが分かる」と律子さんは机に突っ伏してしまう。

 
「ところで、響さんと貴音さんが一緒なのは分かるんですけど、環はどうしたんです? 今日はオフだったと思うんですけど」

「それはね、今日の差し入れが環の作ったハンバーグだからだぞ! その美味しさは自分と――」

「わたくしが、保障いたします……それでは皆さん、お待ちかねの食事に致しませんか?」

===

「へぇ、見た目も結構、美味しそうじゃない」

 お皿を持った律子さんが、そう言って私の方を見る。
 
 私はというと、さっきから事務所のソファーに座ったまま。
 これから自分の作った料理を皆が食べるかと思うと、心に余裕なんてまったくなくて。
 
「わからんぞ? 見た目は良くても味が……ってパターンもあるからな」

「ちょっと先輩。環に失礼ですよ!」

「そうだぞ! 自分達は先に食べたから知ってるけど、十分美味しく作れてたんだから!」

「でもなぁ、お前と春香、後やよいが作った『杏仁もやし炒め』の前例があるからさぁ」

「あ、あの時はほら、自分のうっかりと春香のドンガラが重なって――」


「あ、美味しい。何よこれ、お店で出しても全然いけそうねー」

「ふぁから、ふぁじふぁふぉふぉうひまふふぉ、ふぉうひふぁふぃふぁふぇふぉう?」

「貴音、食べながら喋らない! いつも注意してるでしょーが」


 賑やかな食事の時間。
 
 私の目の前の彼も、皆と同じようにハンバーグを口に運んで。
 
 もぐもぐと、彼の口が動く。
 表情は変わらない、鼓動が、どんどん早くなる。
 
 こんなに緊張することなんて、オーディションやライブでもなかったのに。
 
 ふっと、彼の眉間に皺がよったのを、私は見逃さなかった。

 そうして、つきんと一瞬、胸の奥が痛む。もしかして、美味しくなかったのかな?
 
 それとも、ハンバーグが嫌い? やっぱり、私には料理なんて――。

 
「……驚いたな」

 そう言って、プロデューサーが私の方へ顔を向ける。
 合わさる視線に、ぽっと顔が赤くなって。
 
「凄いな環! これ、めちゃくちゃ美味しいよ!」

 胸が、きゅっと締め付けられた。
 体も、奥のほうからじんわりと熱くなる。
 
「ほ、ホント! たまきの作ったハンバーグ、そんなに美味しかった!?」

「あぁ! これなら、いくらでも入りそうだよ!」

 笑顔でそう言う彼を見たら、私もすっごく嬉しくて、嬉しくて……。
 
 だ、ダメだ! きっと今の私は、とんでもなくみっともない顔をしているに違いない!

 
「く、くふ、くふふふふ……!」

 笑い声は止められなくって、止まらなくって。
 
 私はそのまま、彼に気持ちを投げつける。
 
「あ、あのね! 今度、また作って来ても……その時もたまきの手料理、食べてくれる?」

「もちろん! こんなに美味しいなら、こっちからお願いしたいくらいさ」

 そうして、私達は二人で笑いあう。

 
「……なんだろう。急に胸焼けがしてきたわ」

「それはいけません、律子。残りのはんばぁぐは、わたくしにお任せを」

 響さんが、私を見て頷いた。
 
 その時、私にも分かったんだ。
 女の子の武器、それと、とっておきの秘密兵器の、その意味が!

===

 エピローグ
 「恋する魔法使い」
 
 月と街灯の照らす道に伸びる、三つの影。
 
 一つは、銀髪の淑女。一つは、恋を叶えた元少女。そして、最後の一つは。
 
「それじゃ、今日はここで解散だね」

「えぇ。環はこのまま、電車で帰りますか?」

「うん。その方が早いから……ね、ねぇ響、今日は――!」


 影が伸ばした人差し指が、少女の唇を塞ぐ。

「ふふっ、言わなくても分かってるぞー。そんなに嬉しそうな顔しちゃって」

「響、例のモノは良いのですか? そのために今日は、環を呼んでいたのでしょう」

「そうそう、そうなんだ! 本当は今日、環にコレを上げようと思っててさー」


 そうして彼女が手に持っていた鞄から、一冊のノートを取り出した。
 
 それは、ここに来る前に見たノートよりも、随分と古めかしい物で。
 
「……これって?」

「これは、自分が一番最初にレシピを書き始めたノートなんだ。
 自分、実家が民宿だから、小さい頃から料理も手伝っててね」

「で、でも。それじゃ、このノートって大切な物……思い出でしょ? なんでたまきに……」

「言ったでしょ、小さな頃からって。このノートに書いてあるのは、比較的難しくない、基本的な料理が中心なの。
 だから、これから料理を練習する環には、ピッタリなんじゃないかなって思ったんだぞ」

「…………」

「受け取ってもらえるかな? 世話焼きの先輩から、可愛い後輩へのささやかなプレゼントさー」


 ゆっくりと、手から手へノートが渡る。
 恋を叶えた少女から、恋を始めた少女へと。
 
「男はね、胃袋で掴むんだぞ? 応援してるからね!」

「他のみなさんには、とっぷしぃくれっと、ですよ?」


 料理は想いを伝える魔法とは、誰が言った言葉だったか。
 
「あ、ありがとう! 環、頑張るからっ!」
 
 今日この日、月明かり照らす家路の道で。
 
 二人の先輩に見守られながら、少女は恋の魔法を叶えるための、最初の一歩を踏み出したのだった。

===

 ぷちます楽曲、「しあわせのレシピ」から思いつきで書いたこのお話も、これでおしまい。

 所属順が不明なデレマス組と違って、
 ミリオンは先輩と後輩の関係がしっかりしてるのが面白いですよね。
 
 なので、先輩として後輩の面倒を見る響と貴音、
 そして大きくなって恋に関心を持ち出した環のお話を書いてみようと。
 
 環と響の呼称や口調をそのままにするか悩みましたが、
 五年も経てば多少は落ち着くんじゃないかって事で、今回はこんな形になりました。
 違和感しかないぞって方も、笑って流していただけると幸いです。
 
 それではこの辺で、本当におしまいです。
 ここまで長々とお読みいただきまして、ありがとうございました。

>>60訂正 なんて初歩的な、恥ずかしい。

×「あ、ありがとう! 環、頑張るからっ!」
○「あ、ありがとう! たまき、頑張るからっ!」

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