【モバマス】Find the Starlight (21)

・アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。
・ほぼ地の文のみの駄文につきご注意ください。
・誤字、脱字等は見逃していただけると幸いです。

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通い慣れた道を辿ってドアの前に立つ。
飾り気のないそれはいやに冷たく、妙に重たく感じた。
果たしてこのドアは開くのだろうかと思いつつ、ドアノブに手をかけて引いてみる。
軋むような鈍い音を立てて開いたそれは、実際に重たかったのかもしれない。

無機質な扉の先に広がっていたのは、やはり無機質な空間だった。
昼間でもやや薄暗い印象を受けるその場所の空気には、少し埃っぽいにおいが混じっていた。
そこには私を迎える笑顔は、もう存在しない。

主を失ったその空間は、まるで灰色のフィルターがかかっているかのようだった。
在りし日の面影を残すその空間は、まるで止まってしまった時間の中に存在しているようで――
まるで疲れを知らないかのようにはしゃぐ小学生たちの姿は、それでもそこには存在しない。
スケッチブックからこちらに視線を移し、よくわからない言葉で挨拶をしてくる少女の姿もそこにはない。

慣れ親しんだはずであるその空間の中、私はゆっくりと歩を進めて行く。
悪事という名の悪戯を働こうとする自称悪党も、それを阻もうとする正義のヒーローもそこには居ない。
ロックについて熱く語るにわかな少女も、それに付き合うロックな少女の姿も、そこにはない。

かつて給湯室と呼ばれた場所から紅茶の香りが漂ってくることはなく、空気のにおいは変わらないまま。
その場所からお菓子を作る少女たちの声が響くことは、もうない。

テレビや大型のソファが置かれていた広間を通りかかる。
時代劇やアニメ、ホラー映画や野球中継などでチャンネル争いをしている少女たちの姿はそこにはない。
そんな騒ぎの中くたびれたぬいぐるみを抱えて眠る少女も、騒ぎなど無いかのように読書に耽る少女もそこには居ない。
昼間から酒を酌み交わすダメな大人たちも居ないその空間は、不気味なほどに静まり返っていた。

この場所でできた初めてのアイドルのトモダチは、この空気にワクワクするだろうか。
テンションの上がった彼女の口から語られる怪談を聞かされたカワイイを自称する少女の姿を思い浮かべ、ついニヤけてしまう。
誰もいなくてよかった。流石に今のはキモかったに違いない。

過去の幻影を眺めるように、私はじっくりと誰もいない空間を眺めて回る。
そうしている内に、私の足は自然とある場所へと向かう。
私の定位置へと、私を運んで行く。

ほどなくして私はその場所へと辿り着く。
時間とともに取り残されたように、今でもそこに変わらず机は存在していた。
かつてそうしたように、私はその下へと潜りこむ。

少女漫画とポエムをこよなく愛するお隣さんの姿を見つけることはなかった。
この場所をシェアした世話好きな少女の姿も、隣には無かった。

日当たりの悪いこの場所は、私のお気に入りだった。
トモダチのキノコを敷き詰めて、専用の霧吹きを持ち込んで。
ここでジメジメと過ごすのが、私の日課だった。
仕事やレッスンのない日も通いつめて、トモダチの様子を眺めていた。

トモダチのキノコも、みんな。
アイドルの少女たちも、みんな。
誰もいないこの空間はとても広く、言いようのない寂しさを感じさせた。
誰もいないこの空間に響く音はなく、耳が痛くなるほどの静寂が支配していた。

キノコー、キノコー、ボッチノコー♪

静寂を拒むように、私は気が付けばそれを口ずさんでいた。

賑やかだったこの場所よりも、ずっと長く親しんできたはずの静けさ。
いつ来ても必ず誰かが居るこの場所よりも、ずっと長く親しんできたはずの孤独。
それらを寂しいと感じてしまうのは、どうしてだろう。
それらが私の日常ではなくなったのは、いつからだろう。

主の居ない机の下で、物思いに耽る。
今でも静かな場所が嫌いなわけではなくて、どちらかというとそっちの方が好きで。
今でも一人で居るのが嫌いなわけではなくて、どちらかというとそっちの方が得意で。
それでも今のこの場所が、たまらなく寂しく感じてしまうのはどうしてだろう。

そんなことを考えていた私の意識を現実に引き戻したのは、あの重たい扉の開く無機質な音だった。
どうやら誰かが入ってきたらしい。
これ、大丈夫か?ヤバくないか?
不法侵入とかで捕まったりするんじゃないか…?

混乱する頭を抱えて、見つからないように机の下で縮こまる。
訪問者の足音はゆっくりと、しかし確実にこちらに近付いてくる。
心臓は早鐘のように脈打って、胸が痛いほどだ。
外に漏れているんじゃないかというほど、鼓動の音がうるさく響く。

「こんなところに居たのか、輝子」
いよいよ人影が見え始め、もうダメかと思った頃。
あまりの緊張に叫び出しそうになった頃に、人影は私に声をかけてきた。

「や、やあ親友。どうか、したのか…?」
変な声が出そうになるのを堪えながら、声の主に返事をする。
机の下から顔を出すと、そこには見慣れた顔があった。
ここに居るはずのない、この机の主がそこに居た。

こんな場所、などと彼は言うが、そんな場所にいるのはそちらも同じだ。
なんて思ったが、よくよく考えてみればそれもいつもの事だった。
私がどんなところにいても、彼はいとも簡単に私を見つけてしまうのだ。
いつもの事。いつからか私に根付いた、日常の一部そのものだった。

もしかして彼は私のことを探していたのだろうか。
思ったよりも時間が経っていて、仕事に遅れてしまいそうな事態になっているのだろうか。
不安に思い尋ねると、どうやらそういうわけではないらしい。
ただなんとなく、時間が空いたので懐かしいこの場所に顔を出してみただけとのことだ。
……私と同じだな。

私達の人気もそこそこ出始め、事務所の知名度はそれにつられて上がっていった。
仕事の量も所属アイドルも増えて手狭になった事務所は、より利便性が高く広い場所へと移転することになった。
新しい場所で、みんなアイドル活動を頑張っている。一応、私も。

残されたこの場所は、まるで私たちの思い出の抜け殻のようで――

……そうか。
今のこの場所と、私の思い出の中のこの場所。
同じ場所なはずのそれらが違って見えて、輝いていたはずの場所が違って見えて。
それが私には寂しく感じられたのかもしれない。
見知ったはずのものが変わってしまったのが、寂しかったのかもしれない。

それから少しの間静寂に包まれた後、私は親友に手を引かれ立ち上がる。
仕事までにはまだ少し、時間がある。
気の短い人にとっては長く感じるかもしれない程度の時間かもしれないが、新しい事務所に顔を出すのも良いだろう。
トモダチの様子も見ておきたいしな。

重たい扉が無機質な声で叫ぶ。
眼前の街並みは、少し眩しく見えた。
空気のにおいは埃っぽくなくなったが、同時に懐かしさも吹き飛ばしてしまったように感じた。
私は思い出を背にして、一歩を踏み出す。

少し歩いた後、ふと振り返る。
寂しさを湛えた思い出の場所が私の視界を支配する。
「バイバイ。また、会おう……な」
物言わぬトモダチに声をかけ、前に向き直る。

少し先で立ち止まってくれている親友のもとに、私は駆け出した。

-fin.-

以上で終了です。
HTML化依頼出しつつ絶対特権ラストスパートかけてきます。

Oh,その解釈は想定してなかった
生きたまま物理的に輝子のことを待ってますよ

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