真壁瑞希「ポーカー・フェイス」 (26)
※ このssにはオリジナル設定やキャラ崩壊が含まれます。
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何を考えているか分からないと、よく言われます。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、それとも、怒っているのか。
自分ではしっかりと感情を顔に出しているつもりなのですが、
どうやら私と関わる大多数の人には、そのようには見られてないようで。
それはつまり、気持ちをきちんと相手に伝える事ができてないというわけです。
あぁ、だからいつまでも、「つもり」止まりなのですね。
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一人納得をしたところで、私は目の前の鏡に映る、自分の顔を客観的な立場から見つめてみます。
少し毛先に癖のある、当たり障りのない形のショートカット。
眉はキリッと、口元もキュっと引き締めたその表情は、身につけている学校指定の制服のせいもあってか、
どこか固い、真面目な印象。例えるならば、素行の悪い生徒を取り締まる、風紀委員のような固さです。
顎に手をやり、考えるジェスチャー。思わず口から、「ふむ」と呟きがこぼれます。
はてさて困りました。
これでも一応、「あぁ、お腹が空いたな。今日のお昼は何を食べよう」と悩んでいる顔のつもりだったのですが。
自分で見ても、そうは思えない表情なのですから。他人が私の顔を見てその考えを当てるのは、難しくって当然です。
試しに一度、困り顔を作ってみようと挑戦してみましたが、風紀委員がますます風紀委員になっただけでした。
それはもう、校則破りの常習犯ですら有無を言わさず更生させてしまいそうな程の迫力の。
「……こんな私に、アイドルなんてつとまるのでしょうか?」
口にした疑問に、鏡の中の私は答えてはくれません。
ただただ何も言わず、「そうだ、お昼はナポリタンにしよう」という顔をして、私を見つめ返すだけだったのです。
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「それじゃあ、何か注文でもしようか。食べたいもの、あるかい?」
席に戻ると、メニュー表を持って待っていた彼が、笑顔で話しかけてきました。そう、笑顔。
がやがやと人の声で賑わう喫茶店。その窓際に並べられたテーブルに座り、私達は向き合います。
私はそんな彼の笑顔を、じっと見つめて。
「な、なにかな……?」
「いえ、少し、顔を見ていました……観察?」
「観察……僕、変な顔でもしてたかい?」
彼の眉がハの字になり、口元も少しだけあがる。今度は、少し困った笑顔。
私も真似して口の端を上げてみましたが、窓に映りこんだ自分の顔は、笑顔というよりも。
「……どやぁ」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
メニューを見ていた彼には、どうやら今の顔は見られていなかったようで、少し安心。
人に見せるには、やはりちょっと、恥ずかしいですから。
「それで、注文なんだけど。やっぱり女の子なら、パフェとかが良いのかな?」
「いえ、ナポリタンでお願いします……喫茶店と言えば、ナポリタンですから……お約束、です」
「なら僕は、カレーでも選ばないといけないね」
注文を終えると、料理が運ばれてくるまでには間ができます。この間の過ごし方が、案外と難しいもので。
一人でいるならば、通りを歩く人々や店内の様子をぼぉっと眺めて過ごすこともできますが、
今は目の前に彼がいます。つまり、二人。
黙って見詰め合っているわけにもいきませんので、彼もやはり、
横へ置いていた鞄の中からいくつかのファイルを取り出し、それをテーブルの上に並べて話し始めました。
「それじゃ早速、あー……真壁……えっと」
「瑞希……真壁瑞希です」
「ごめんごめん。まだ下の名前は聞いてなかったから……コホン。改めまして真壁瑞希さん。
僕は765プロダクションでプロデューサーをやっている、Pって言います」
そうして彼が名刺を取り出しながら、「よろしく」と頭を下げるので、私も小さくそれに応えます。
「今日は忙しい中、話を聞きに来てくれてありがとうね。えぇと、ウチの事務所の事は知ってる?」
「はい……所属しているアイドルの方たちも、テレビで少しだけなら見たことがあります」
「ははは……少しだけ、ね。まぁ、うちはまだ小さな事務所だから……確かに、テレビへの露出は少ないかな」
私の言葉で、Pさんがちょっとだけ肩を落としました。どうやら、言葉の選択を誤ってしまったようです。
「あの、すみません。なんだかガッカリさせてしまったみたいで」
「いやいやとんでもない! なにも、そう言ったのも君が初めてってわけじゃないし……」
「でも……」
「いやー、先輩にも言われてるんだよね。『お前はすぐに考えが顔に出る。だからスカウトも上手くいかない』」
「顔に、ですか」
「うん。『スカウトする人間が不安そうに話す事務所に、誰が好きで入りますって言うんだ』って……あっ」
途端に今度は、しまったという顔になって。
苦笑しながら、Pさんは続けます。
「ほらね、こんな感じで……だから、実を言うと今も不安でドキドキしてるんだよね。
真壁さんは、ちゃんと話を最後まで聞いてくれそうだから、少し、安心もしてるんだけど」
「……分かりませんよ? 私もその誰かと同じで、途中で帰ってしまうかもしれません」
「いや、それはないね」
でも、私の意地悪な返答を聞いた彼は、自信満々に言い切ります。
「なぜです?」
「だってまだ注文の品が来てないから……この前の子も、一応食べ終わるまでは、席に座っていてくれたからさ」
そう言って、また笑顔。本当に、ころころとよく表情の変わる人です。
上手く表情の変えられない、私とはまるで正反対。
「……ごめん。気を悪くしちゃった?」
申し訳なさそうな彼の声で、そんな考え事から引き戻された私は、再び彼の顔をじっと見つめます。
「な、なに?」
「気にしないで下さい。それよりも、お話を聞かせてもらえますか……興味津々」
「あ、あぁ! じゃあ最初に――」
Pさんによる事務所の説明を聞きながら、ちらりと目をやった窓に映る顔は先ほどと変わりなく
――やはり自分は、彼のようにはいかないな――そんな風に、思っていたのでした。
ここまで。
テーブルに運ばれてきたナポリタンに、銀色に光るフォークを突き刺します。
そうして、くるくる、くるくると巻きつけて。
「それでどうかな、アイドルの件」
スプーンでカレーを口に運びながら、Pさんがたずねます。
「アイドルには、興味があります。一応これでも、女の子ですから」
「これでも?……いやいや僕から見たら、君は十分魅力的な女の子に見えるけどなぁ」
「そうでしょうか。自分では、よく分からないので……お世辞?」
「まさか! ありのまま、本心だよ」
口に入れたナポリタンは、ケチャップの味が強くって。
唇が赤くなっていないか気になった私は、ぺろりと、舌で一舐め。
少々お行儀が悪いような気もしますが、
一口ごとに紙ナプキンで拭くわけにも、いきませんから。
「私は……その、ご覧の通り、無表情ですから。アイドルはもっと、笑顔が似合う人の方が向いてると思うのです」
「まぁ、確かに……むすっとしてるよりかは、笑顔の方が良いけどね」
「だから、挑戦してみたい気持ちがある反面……アイドルになった自分が、想像できなくて」
「ふぅむ……つまり、だ」
Pさんが片肘をつき、持っていたスプーンをピッと立てます。
「アイドルになるのは良いけど、自信がない……そういうことだね?」
「……そうですね。おおむねその通りです」
「なら大丈夫だ。君の笑顔が魅力的なのは、僕が自信を持って保障するから!」
私は怪訝な表情で――周りから見れば、私の表情にさほど変化が見られたとは思いませんが――
うんうんと一人頷くPさんを見返しました。
この人は、一体何を根拠にしてそんな事を口にするのか。
少なくとも私はこれまでに、彼に対して笑顔を見せた覚えは無かったのですから。
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「おやおや、どうしてそんな事を言うんだろうって顔をしてるね」
「そんな顔、してましたか?」
「うん。今まさに、そんな顔だ」
そう言って、ぱくり、とカレーを一口。
「……分かりません。私には自分の顔が全部、同じに見えます」
「それはきっと、君自身がフィルターを通して自分の顔を見ているからだな」
「フィルター?」
「そっ。フィルター」
私は、自分の胸に手を当てて考えます。
フィルター、それが私の心が表に出るのを、邪魔しているのでしょうか。
「トイレから戻って来たときの、君のドヤ顔」
「えっ」
「メニューを決めた後はそうだな、会話に冗談を混ぜれるぐらい、リラックスした顔をしてたね」
「…………」
「料理がやって来るまで君はずっと目をきらきらさせて、食い入るように僕の話を聞いてたし。
ナポリタンを食べてる時は、周囲の目を気にして少し恥ずかしそうだったかな」
すらすらと彼が言葉を続けるのを、私はただ、何も言わず聞いていました。だって、それは……。
「そして今は、随分と驚いた顔をしてる。どう? これでもまだ、自分の顔は全部同じだって言い続けるかい?」
すぐには、何も言えません。頭の中は疑問で一杯。
まとまらない考えは、ぐるぐると胸の中を回り続けて。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、そんなに私の事が分かるんですか……謎です」
私の問いかけに、彼は苦笑い。
「実は……確証はなかったんだよ。僕もただ、そう感じてただけで」
「それは直感……あてずっぽう?」
「は、はは……まぁ、間違っちゃないかな」
私にじっと見つめられ、彼が慌てて「でもさ」と続けます。
「それでも、僕は君の気持ちが感じとれた。今はそう、いい加減な僕に呆れてるところだ」
「当たりです」
「だろう? いや、ちょっと待った。そうじゃない……えぇっと、つまり……」
すると彼が口に手をあて、何かを考えるようなポーズをとる。
「君は自分の表情にコンプレックスを抱いてる。それで、僕なら君が自信を持てるようにプロデュースする事ができる」
「ふむ」
「それに実のところ、アイドルだからって大げさな笑顔は必要ないのさ。大切なのは、相手に気持ちを届けられるかどうか」
そうして彼が、自分の胸をトンと叩きます。
「僕には、君のアイドルをやってみたいって気持ちが届いたと思ってるんだけど。君はどうかな?」
「私は……」
目の前の、自信満々な彼。窓に映る、無表情な私。いえ……それは本当に、無表情なのでしょうか?
「私も、気持ち……届けられる……かな?」
「君がその気なら、僕は喜んで協力するよ」
もう一度、口の端を持ち上げて……あぁ、そういうことなのか。
「確かに私は、フィルターを通して自分を見ていたようです……うっかり」
「ははっ。意外とみんな、自分の事は自分で分からない物だからね」
そこには、いつもと変わらぬ無表情な私。
いいえ、無表情だと思っていたこの顔こそが、今の私の気持ちそのものだったなんて。
他のみんなのように、分かりやすい物ではないけれど。よぉく見れば、ちゃんと……。
「それで……どうする?」
「断る理由は、ないです。目から鱗……パラパラ」
そうして二人で、くすくすと笑いあって。
もう窓に映る私は、無表情<ポーカー・フェイス>ではありませんでした――。
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短いですが、これでおしまいです。
まかべぇがアイドルになる決心というか、そういう話を書きたかった。
それではお読みいただき、ありがとうございました
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