桃子と俺が籍を入れ半年が過ぎた。
桃子と俺が17も年が離れている。いくら仕方がないとはいえ、不安は絶えることはない。
当時のにっちもさっちもいかない状況は打開したとはいえ、目の前にはまだまだ乗り越えなければならない山が無数にそびえている。
そんな俺の心配とは裏腹に、俺たちの結婚生活は平穏そのものだった。
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「お兄ちゃん、そろそろ車買ったら? 大きな買い物のたびにバス待たないといけないのはちょっとしんどいよ。というか、ここバス2時間に1本しかないし」
バスを降りるや否や、むくれっ面になる桃子の頭をなでながら俺は家への帰路を歩き出す。運転手に気を遣いバスの中で愚痴を言わないあたりこいつらしいといえばこいつらしい。
「そうだなあ……もう少ししたら銀行の金まとめて下しに行くからそれまで待ってくれ」
もしもの時のために貯めておいたプロデューサー時代の貯金があと500万ばっかり残ってる。ここは、俺の元職業どころか、桃子が元アイドルということすら知る人がいないほどの田舎だ。近所の人に聞いて回ったところ、300万もあれば一軒家が買えるとかなんとか。
「……うん。いいよ。お兄ちゃんがそういうなら」
「営業車が私用に使えたらいいんだけどなあ」
「流石にそれはダメでしょ。というか桃子が止めるよ」
「桃子は厳しいなあ」
「当たり前でしょ。これはこれ。それはそれ、だよ」
いつも通りの他愛もない会話をしながらアパートにつく。6畳半の1DK。東京に比べたら驚くほど狭苦しいが、桃子と二人ならまったく苦に感じなかった。
「あー。まだ3時か。ちょっと早めについちゃったね。ねえお兄ちゃん。よかったら散歩でもいかない?」
「……いいよ」
買い物袋の中身を冷蔵庫に入れそのままアパートを出る。
桃子が散歩に行くといった時はなにか大事な報告があるということだ。それは、アイドルだった時も、結婚したあとも変わらない。
考えないようにしていた不安が次から次へと頭によぎり消えていく。
世界から音も色も匂いも失われ、桃子と繋いだ手の感覚……桃子の温もりだけが、俺の意識をかろうじて現実にとどめていた。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん? ついたよ。ここね。この前見つけてお兄ちゃんにも教えてあげたかったの」
桃子の声にふっと我に返る。
そこは、一目でもう使われていないとわかる、朽ち果てた教会だった。
ずいぶん長い間放置されていたのか、キリストの像は錆びて元の姿がわからなくなっている。
床はあたり一面埃まみれで今にもアレルギーか何かを発症してしまいそうに汚い。
しかし、何事も極めればいいとはよく言ったもので。
その退廃した姿は、返ってこの場所を幻想的に見せていた。
割れたステンドグラスから差し込む太陽の光が、舞う砂ほこりに乱反射してキラキラ輝いている。その光を浴びる桃子はさながらステージの上に立った女優のようだ。
「あのね」
桃子が口を開く。ここが舞台なら彼女は主演。いったい、桃子の口からはどんな物語が飛び出すのだろう。
「桃子。妊娠してたの。この前病院に行ってきたんだけどね。今月で3か月目だって」
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