エイミ「一緒に地獄に堕ちます」(24)

ラーハルト「あの人だかりはなんだ」

エイミ「号外のようですね…カール国の紋が付いています」

ヒュンケル「………!」

エイミ「まあ!フローラ様がご懐妊!?」

ラーハルト「ほう…」

ヒュンケル「…先生に子供が」

エイミ「とてもおめでたいニュースだわ」

ラーハルト「…もう夕暮れだ。今日の宿はこのままこの町でいいだろう」

ヒュンケル「あ、ああ…」

ーーー
ラーハルト「ヒュンケル」

ヒュンケル「………」

ラーハルト「おい、こぼしてるぞ」

ヒュンケル「………」

ラーハルト「ヒュンケル!」

ヒュンケル「! す、すまん、ボーッとしていた」

エイミ「…スープをこぼしてます。というか口に入っていません」

ヒュンケル「…今日はもう食事はいい。部屋へ…戻る」

ラーハルト「?」

エイミ「?」

………
ヒュンケル「……」

ラーハルト「なんだ、今日はおかしいぞ」

ヒュンケル「いつの間に部屋に…!…スピードの衰えを見せないな」

ラーハルト「普通に半刻ほど前からいたんだがな」

ヒュンケル「………なあ」

ラーハルト「なんだ」

ヒュンケル「男の子と女の子、どちらだと思う…?」

ラーハルト「…なんの話だ」

ヒュンケル「決まっている!アバンの子供のことだ」

ラーハルト「…まさか!先ほどからぼうっとしていたのはそのことを考えていたためか!?」

ヒュンケル「ああ、先生のように強く偉大な男の子か先生のように優しく聡明な女の子か…一体どちらが産まれるんだ…っ!」

ラーハルト「」

ヒュンケル「それにオレのことをなんと呼ばせるべきだ!?お兄さん!?ヒュンケルにいちゃん!?いっそ、ヒュンケルと呼び捨てか…!?」

ラーハルト「…どれでもいいだろう」

ヒュンケル「ああ、どれでも構わない…ただ」

ラーハルト「…ただ?」

ヒュンケル「大好きっと言われたら抱きしめない自信がオレにはない…っ!例え幸福に出来なくともだッ!」

ラーハルト「おい、ヒュンケル。まだ生まれてもいない子供に対して先走りすぎだろう。名前すらないのではないか?」

ヒュンケル「名前!!!そうだ!名前だ!くっ…!こんな大切なことを見落としていたとは!!」

ラーハルト「今のはオレの人生最大の失言だったかもしれんな…」

ヒュンケル「男の子ならばアンケル…いや、アバケル…」

ラーハルト「なぜケルを入れる。そこに固執する必要はないだろう?」

ヒュンケル「なるほど、いっそヒュバン!」

ラーハルト「違う。そういう意味ではない」

ヒュンケル「女の子ならばアバルだろうな。それ以外は考えられない…!」

ラーハルト「ドヤ顔をやめろ」

ヒュンケル「それと明日、この町で買い物をしなくてはならないだろう?」

ラーハルト「ああ、食料は干し肉がだいぶ少なくなっていた」

ヒュンケル「干し肉?そんなものはいつでもいい。明日行くのは手芸店だ」

ラーハルト「手芸店?」

ヒュンケル「ヒュバンとアバルの為のよだれかけと靴下を作らなくては!」

ラーハルト「待て、それは親が用意するものだろう?」

ヒュンケル「いや、よだれかけと靴下はいくらあっても困らない。刺繍の練習も始めなくては」

ラーハルト「…さっきから聞いているが、お前とは他人だろう?なぜそんなに肩入れする?」

ヒュンケル「他人ではない!先生はオレを誇りだと言ってくれた…それに恥じない接し方を模索しているだけだ!」

ラーハルト「オレにはそうは見えん!お前は色々と拗らせ過ぎている!」

ヒュンケル「…もし」

ラーハルト「?」

ヒュンケル「ダイが帰ってきて子供ができたらどうする…?」

ラーハルト「!」

ヒュンケル「十分あり得る話だ。その時ラーハルト…お前はどうする気だ?」

ラーハルト「オレは…ダラン様に生涯をささげよう」

ヒュンケル「ダ、ダラン…」

ラーハルト「ダイ様とバラン様から頂いた名だ。強く、たくましく…まるで竜神のような子になる」

ヒュンケル「女の子かもしれんぞ」

ラーハルト「…バダイラ様は女神のような崇高なお方になられるだろうな。この小さな女神のためにオレは腕でも脚でも捧げられるだろう」

ヒュンケル「大きく出たな」

ラーハルト「忠誠とはそういうものだ」

ヒュンケル「忠誠心の話はしてない」

ラーハルト「いや、まて…」

ヒュンケル「なんだ」

ラーハルト「バラン様はオレをもう一人の息子だと…そう書き残してくれた」

ヒュンケル「息子…」

ラーハルト「ああ…つまりはオレの姪や甥にあたるのではないか…!?」

ヒュンケル「なるほど!」

扉/エイミ(それはちがうわ!)

ラーハルト「こうしてはおれん!靴下とよだれかけだな!?店はどっちだっ!?」

ヒュンケル「ま、まて…!」

ラーハルト「止めるな!ヒュンケル!邪魔をするなら例えお前とてハーケンディストールをくらわせるぞ!」

ヒュンケル「違うんだ…!もう店は閉まっている…!!」

ラーハルト「!な…なんだと…!」

ヒュンケル「しまって…いるんだ…」

ラーハルト「…う、うあああああ!!!」

ラーハルト「あ…あ…申し訳ありません!ダラン様!バダイラ様…!!」

扉/エイミ(宿屋の主人から苦情がきたらどうしよう)

ヒュンケル「今はここでできることに死力を尽くすんだ」

ラーハルト「今、ここでできること…か。例えばどんなことがある?」

ヒュンケル「まず、母乳を出す」

ラーハルト「…それは流石に無理だろう」

ヒュンケル「アバンの使途に諦めは許されない…!」

ラーハルト「しかし母ではないし、女ですらないぞ」

ヒュンケル「副乳、というものを知っているか」

ラーハルト「いや、知らんな」

ヒュンケル「脇の下の膨らみ、腹にある対のホクロ…それらは乳とされることがある」

ラーハルト「乳とされる?」

ヒュンケル「ああ、犬猫と同じく複数乳あった頃の名残だ」

ラーハルト「なるほど」

ヒュンケル「その辺りをマッサージしながら揉め!」

ラーハルト「揉む?こうか?」

ヒュンケル「そうだ。乳腺がその辺りにはある!常に刺激しておくんだ」

ヒュンケル「そして、これだ!」

ラーハルト「なんだ?これは…?」

ヒュンケル「餅だ」

ラーハルト「餅?」

ヒュンケル「焼いた餅を小豆を甘く煮たものに沈め、アイスクリームを乗せて食べるぞっ!」

ラーハルト「うまい」

ヒュンケル「…本来ならば母乳が分泌され過ぎて詰まるので妊婦は食べてはいけないものたちだ」

ラーハルト「な…なに!?なぜそれを食べるのだ!?答えろ!ヒュンケル!」

ヒュンケル「オレたちは乳腺が発達不足だ。それにこの闘気をまとった力でマッサージをしたら詰まるもなにもないっ!!むしろ積極的に摂取すべきだ!」

ラーハルト「うおおお!!オレは何杯でもいくぞっ!」

ヒュンケル「…流石だ。オレも負けられん…!」

扉/エイミ(一体なにを目指しているの…ヒュンケル)

ヒュンケル「次に高ーい高い!キャッキャッ!の練習だ」

ラーハルト「コツがあるのか…?」

ヒュンケル「オレやお前のスピードで高い高いを繰り出すのは危険だ」

ラーハルト「子供は喜ぶだろう?」

ヒュンケル「いや、揺さぶられっこ症候群の可能性がある」

ラーハルト「なんだそれは。初耳だぞ」

ヒュンケル「赤ん坊を強く揺らす、高い高いを繰り返すことだ。最悪、障害すら起こす」

ラーハルト「な、なに!」

ヒュンケル「高い高いの理想は1歳くらいからゆっくりと…だな」

ラーハルト「危なかった…つい全力で高い高いしてしまうところだったぞ」

扉/エイミ(この人たちが全力で高い高いしたら何メートルふっとぶのかしら…)

ヒュンケル「さ、最後に…くっ…!」

ラーハルト「どうした。なぜ泣く…!?」

ヒュンケル「ちゅ、ちゅーは禁止…だ…」

ラーハルト「!!!そんな!そんなはずないだろう!?ほっぺなら…ほっぺならいいはずだ…!

ヒュンケル「いや…ほっぺも…だめなのだ…」

ラーハルト「なっ…!」

ヒュンケル「それだけではない!あついでちゅかー?フーフーしてあげまちゅよーも、一口だけあげまちょうねー!これらも禁止だ」

ラーハルト「」

ヒュンケル「ラーハルト!意識を取り戻せ!」

ラーハルト「はっ!…もはや…目がかすむ……!」

ヒュンケル「………っ」

ラーハルト「フフッ…甘いやつだな。ひとの悲しみを我が事のように…」

ラーハルト「しかしなぜだ!?なぜちゅーは禁止なのだ!?」

ヒュンケル「虫歯の原因菌が感染するのを防ぐためだ」

ラーハルト「なんと!」

ヒュンケル「2歳…およそ2歳まで我慢だ」

ラーハルト「2年…我慢するには長すぎるぞ!」

ヒュンケル「ならば歯が痛くて泣く様をお前は黙って見ていられるか!?」

ラーハルト「ぜったいむり」

ヒュンケル「同感だ」

ラーハルト「オレたちはなんと無力なんだ…」

扉/エイミ(部屋の中がお通夜のような空気になってるわ)

ヒュンケル「しかし希望はある」

ラーハルト「この非情な世界でか…?」

ヒュンケル「ああ、我々がいつか師になることが出来るのだ!」

ラーハルト「な…なんと!」

ヒュンケル「オレは剣を教えよう」

ラーハルト「ならばオレは槍を!」

ヒュンケル「そして…先生…そう、先生!とよばれるのだっっ!!」

ラーハルト「素晴らしい世界だな」

ヒュンケル「フッ、ダイが全てをかけて守ったのだ。当たり前だろう」

扉/エイミ(あっているけどなにかが間違っているわ)

ラーハルト「待て」

ヒュンケル「なんだ」

ラーハルト「もし、魔法使いや賢者になりたいと言いだしたらどうすればいい!?」

ヒュンケル「!!!」

ラーハルト「剣や槍は争いのなくなった今、あまり実用的ではない。それよりも魔法を覚えたいと思うかもしれん」

ヒュンケル「た、確かに…特に女の子だった場合は武器は好まない可能性が高い!」

ラーハルト「ああ、戦士は魔法が使えんだろう?」

ヒュンケル「くっ…」

ラーハルト「しかしオレも人のことは言えん。魔法はあまり得意ではないのでな」

ヒュンケル「早急に魔法力を持つための特訓をすべきだ。そして例え使えなくとも魔法陣などの知識の収集を怠らないようにしなくては」

ラーハルト「うむ、それが現実的だろう」

ヒュンケル「あとやはり剣に興味を持つよう常に剣を模した歯固めを持たせる」

ラーハルト「ガラガラを作るのもいいだろうな」

ヒュンケル「おもちゃなどは本来ならロンベルクに頼んでより本物に近づけたい所だが…他の鍛冶屋を紹介してもらえるかもしれん」

ラーハルト「話をしてみる価値はある…か。材料は…ヒムの腕をもらうか」

ヒュンケル「そうだな」

ラーハルト「魔法力はあやつと連絡を取ってみるのがいいだろう」

ヒュンケル「ポップだな。何かコツが掴めるかもしれん」

扉/エイミ(ロンベルクさんもポップさんも大変ね…ヒムさんにいたっては完全に災難だわ…)

ラーハルト「しかし、お前がそんなに育児について詳しいとはな。意外だったぞ」

ヒュンケル「細かな育児は全て頭に入っている。アバンの書は全ての物事に通じているのだ」

ラーハルト「そうか…オレも1度目を通しておかねばならんな」

ヒュンケル「ああ、書は一時期パプニカにあったが今はポップが所持していたはずだ。魔法の契約についても書かれているからな」

ラーハルト「ならば話は早い!直ぐに旅立とう」

ヒュンケル「いや、夜があけて手芸店が開店してからだ」

ラーハルト「あ、ああ、そうだったな。どうも気が急いてしまう」

ヒュンケル「フッ…気持ちはわかる」

扉/エイミ(勇者ダイにいたっては帰還すらまだですものね…)

ラーハルト「夜が明けるまで出来ることは母乳のために食って揉むぞ!」

ヒュンケル「ではどちらが先に母乳を出せるか勝負だ!」

ラーハルト「受けて立とう!見ていてください!ダラン様!バダイラ様!」

ヒュンケル「ヒュバン、アバル…お前たちのためにオレは…限界を変えてみせる…それがオレの誇りだっ!」

ラーハルト・ヒュンケル「ウオオオオオオオオッッ!!!」

扉/エイミ「ヒュンケル……私は例えあなたが変態でも…共にゆくわ!」

おわり

ありがとうございました!


冒険王ビィト再開決定記念!みんな見てくれよな!

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