【デレマスSS】波の香り (16)

第三者視点のデレマスSSです。
地の文あります。
よろしくお願いします。

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インターホンが鳴った。もうドアの前にいるのか…。俺は人生で一番緊張していた。先輩に体育館裏に呼び出された時も、中学最後の大会でPKを蹴る前も、高
校受験の時でさえもこんなに緊張はしなかった。
何故こんなに俺が緊張しているのか。その元凶は高校に入って初めて知り合った1人の友人である。そいつは新田という男で、端正な顔立ちでどことなく知性を
感じさせる佇まい、しかも人当たりが良いという一見非の打ち所のない奴だった。最初は完璧すぎて近寄りがたい奴だなと思っていたのだが、席が近かったの
もあってよく話すようになると、何のことはない。新田も男子高校生だった。馬鹿な話をして笑いあい、時に青春っぽい話もして楽しい高校生活を過ごしてい
た。

ある時、俺の読みたかった漫画を新田が全巻持っているということで新田の家におじゃまする事になった。
新田の家は徒歩圏内にあった。俺は小学校の時は違う所に住んでいて、お互い中学は私立だったから同じ学校に通うこともなかった訳だし知らなくて当然かも
しれない。お互いすれ違ったことくらいはあったかもな、と新田は笑っていた。
「お邪魔します」
友達の家にあがるのなんて小学校以来だと思いながら靴を脱いでいたら、
「あら?お友達?」
と耳に心地よい、女性の声が聞こえた。
「こんにち…は…」
挨拶をしようと顔を上げるとそこには男子高校生の語彙力では表せない程綺麗な女性がいた。
「あ、姉ちゃん。そう、友達」
新田はそうぶっきらぼうに言って2階へ上がろうとしている。どうしてこんな綺麗な女性にそんな態度が取れるんだこの野郎。…ん?
「姉ちゃん?」
「ああ、そうだった。これうちの姉ちゃん」
「もう!これって…ひどいなー」
姉ちゃん…?そういえば最初の頃、まだ会話がぎこちなくて相手の家族構成などを話題にしちゃう頃に姉がいるということくらいはちらっと聞いたことがあっ
たような気もする。でもこんな綺麗なお姉様がいるとは聞いたことはない。断じてない。
新田の部屋に入るやいなや問い詰める。
「お前あんな綺麗な姉ちゃんいたのかよ!知らなかったぞ」
「俺の姉ちゃん綺麗だぞとかわざわざ言わないだろ普通…。それに…」
「それに?」
「まあお前は知らないか。うちの姉ちゃんアイドルなんだよ」
「え?」
あまりに突拍子もないことを言われたものだから脳が考えることを拒絶している。

「って言ってもまだデビューしたばっかりだけどな。クラスのヤツも何人かしか知らなかったし」
「そうか」
思わず素直に返事してしまった。
お姉さんがアイドルだと…?そんな人間がこの世の中に存在していたのか。
まあそれでも新田は新田だ。姉がアイドルだからって、あんなに綺麗なお姉さんとひとつ屋根の下暮らしているからって俺の友達であることには変わりはない。
だけどこれは男子高校生として、いや男として、正直なところ大変羨ましい。
姉ちゃんだから別にそんなの関係ないよと新田には言われるだろうが、羨ましい。心底羨ましい。それと…
「お前姉ちゃんの裸見たことある?」
「ねえよバカ」
これだけは聞いておきたかった。
新田のお姉さんショックから立ち直った俺は黙々と漫画を読んでいた。これが本来の目的なのだから当然だ。
新田も黙々と本を読んでいる。この野郎、絵になりやがる。それはどうでもいいとしてトイレに行きたくなってきた。
「なあ、トイレ借りていい?」
「いいよ。部屋出て左にあるから」
「うーい」
長いこと座っていてしびれた足を無理やり動かして部屋の外に出た。

そこで左に向き直った瞬間ばったり新田のお姉さんにエンカウントした。
「こんにちは。トイレかな?」
「あ、は、はい」
まずい。年上の女性はお母さんしか知らない俺には荷が重すぎる。
「部屋で何してるの?」
お姉さんは部屋を覗き込むようにして尋ねた。
「ま、漫画を読んでます」
「漫画かあ…だから静かなのね」
「そうですね。新田…あ、弟さんは本を読んでますけど」
ものすごく当たり障りのない会話しかできてないが、これが自分の限界だ。100点をあげたい。
「ふふっ、気を遣わなくていいよ。いつも通りで。新田って呼んでるの?」
「は、はい。そう呼ばせていただいてます」
何かものすごく偉い人と会話しているみたいだ。笑い方も上品である。
「弟とは仲いいの?」
「はい。たぶん学校で一番仲いいと思います」
本人の前では絶対言わないが本当のことだ。
「へえ~、そうなのね。弟が家に誰か連れてきたことなんてないからびっくりしちゃった」
「え?そうなんですか?」
意外だ。あいつ友達は多いように見えるのに。

「あの子人当りは良くて友達は多いんだけど、すごく仲良くなる友達はあんまりいないんじゃないかなって思っててね。だからあなたを家に連れてきたときびっくりしちゃったの」
「ははは…たまたま家が近かったってのもあると思いますけどね」
と言いつつ内心嬉しい俺だった。
「これからも仲良くしてあげてね。って私が言うことじゃないと思うけど、ふふっ」
お姉さんが笑うと綺麗な花が揺れるようですというポエムが浮かんだが、すんでのところで口にせずに済んだ。
「そうだ、忘れてた!私、新田美波と言います。よろしくね!」
「よろしくおねがいします…」
とぼけたような返事をしている間にお姉さん、もとい美波さんは廊下の反対側に去っていった。
美波さんが去った後には今まで嗅いだことのないいい香りが漂っていた。俺はトイレに行くのも忘れて新田の部屋に戻った。
「お、戻ってきた。なあ定期テストの範囲なんだけどさー」
「お前のお姉さんと話してた…」
「ん?そっか。姉ちゃん余計なこと言ってないだろうな…」
「いい香りだった…」
「そ、そうか」
「はっ!」
「ど、どうした?」
「あれが波の香りか…」
「何言ってんだお前…」

翌日学校で俺はひたすら美波さんの良さを新田に語っていた。
「いやあ育ちの良さがわかるっていうか、気品があるっていうかさー」
「いや俺も同じ育ちなんだけど」
「何よりいい香りがだな…」
「お前よく実の弟の前でそれ語れるな」
たかが数分の会話で俺は新田美波さんのファンになっていた。
「いやーほんとにうらやましいよ」
「あれで結構口うるさかったりするんだよ…それより定期テスト何とかしないとまずいだろお前」
「あ…うあー美波さんに勉強教えてもらいたいー!」
「はあ…今度頼んでやるよ」
あの日美波さんと会話してから、新田に美波さんの情報を根掘り葉掘り聞いていた。
美波さんは大学生で、346プロという芸能事務所でアイドルをやっているらしい。つい最近CDを出したみたいで、早速一枚買った。
美波さんとロシアと日本のハーフであるアナスタシアさんのユニットらしく、ジャケットを見た時女神と妖精かと思った。
曲も素晴らしかった。その感想を新田に散々しゃべった。ちょっと冷静になった後さすがに申し訳なくなったのでラーメンをおごった。

そして定期テストが数日後に迫ったある日。トークアプリに新田からの通知があった。
『明日おまえんち行ってもいい?』
『いいけど何で?』
『親父のお偉い客が来るとかで家に居づらい』
『わかった、いいよ』
『ついでに姉ちゃん連れてくわ』
『おう』
あれ?今なんかおかしかった。
『姉ちゃん連れてくるって、え?』
『お前勉強教えてほしいって言ってたじゃん』
いや聞き流してると思ってたよ。変なところで真面目なやつだ。新田の突然の連絡で心拍数が倍になった。どうしてくれる。
『じゃあまた明日』
何と返せばわからなくてとりあえずTHANK YOU!のスタンプを送っておいた。

そして今である。長々と振り返ってきたがいつまでも美波さんを外で待たせているわけにもいかない。覚悟を決めてドアの前に立った。
「ふぅ~…」
今家には偶然俺だけ…というわけではなく母親がいる。
母親はなぜか美波さんを知っていた。というよりこの近所のおば様方の間でも美波さんはアイドルらしい。さすがである。覚悟に覚悟を重ねてドアを開けた。
「どうも、いらっしゃいませ」
ここはどこかのお店か。そう自分でツッコミを入れないと冷静になれない。
「ふふっ、お店みたいだね。こんにちは」
「あれ…新田、いや弟さんはどこですか?」
「あーパパのお客さんに気に入られちゃって…あはは…もうちょっとしたら来ると思うよ。弟が先に私だけでもって」
何て気が利くんだ新田…俺はいい友達を持った。
「そ、そしたら上がってください」
「はーい。お邪魔しますっ」
頭の中はどんな知的な会話をしたらいいかでいっぱいだった。そうしたら奥から母親がでてきた。
「あら美波ちゃん久しぶりね~」
「お久しぶりです!」
「うちの息子が迷惑かけてない?」
お母さんが余計なことを言う前に釘を刺しておこう。
「まだ一回しか会ったことないから…」
「私の弟と息子さんが友達みたいで、今日勉強を手伝ってって言われたんです」
「そうなの?美波ちゃんアイドルと大学で忙しいのに大丈夫なの?」
「全然大丈夫です!人に教えるのも楽しいですからっ」
「本当にいい子ね…美波ちゃんは。そうだ、美波ちゃんとアーニャちゃんのCD買ったんだけどお父さんもこの子も買ってきちゃって本当笑っちゃったわ…それでね…」
なぜうちの母親はアナスタシアさんのニックネームまで知っているんだ。このおしゃべりマシーンは止まりそうにないからとりあえずこの場を離れよう。

「そろそろ勉強しないと!行きましょう!」
無理やり母親から美波さんを引きはがした。さすがに自分の部屋に連れて行く勇気はなく、リビングでやることにした。
いくら美波さんとおしゃべりできるのが嬉しくても、定期テストの勉強は本気でやらないと本当にまずい。
「それでわからないのはどこかな?」
「えっとここなんですけど…」
美波さんは大変丁寧に教えてくれた。わかりやすい。いい匂いがする。そして一挙手一投足が色っぽい。
これは俺が男子高校生だからそう感じるだけなのか、はたまた世の男性に共通なのか。途中から煩悩が混ざりこんだが結果として勉強はかなり捗った。
「こんなところかな?」
何だか美波さん楽しそうだ。
「何だか楽しそうですね」
「へ?」
思わず声に出ていた。
「あはは…私何か人に教えるのが好きみたい」
「とてもわかりやすかったです!ありがとうございます。定期テストも赤点免れそうです」
「え~もっと目標は高く持たなきゃ!」
「は、はい…」
美波さんの目はキラキラしている。こんな一度しか会ったことのない弟の友達にここまで真剣に向き合ってくれるのはなぜなんだろう。
どうしてこんなにキラキラしているんだろう。その原動力を聞きたくなった。

「あの、失礼というか不躾な質問かもしれないんですけど、新田さんは…」
「ふふっ、美波でいいよ」
「あ、えと、美波さんはどうしてアイドルになったんですか?」
「うーん、私、特に大学に入ってから色んなことにチャレンジしたいと思っててね。最初はたまたまその一つにアイドルがあったの。プロデューサーさんにスカウトされてね。だからきっかけとしてはそれかな」
「それだけですか!?でもアイドルってその『色んなこと』ってくくりにするには大きくありませんか?」
「うん、私もアイドルの活動を始めてから気づいたんだけどね。アイドルってチャレンジの連続なの。レッスンでもお仕事でも毎回毎回何か壁を乗り越えなきゃいけなくて、でもそれが楽しいの」
すごいなあ…今の俺はやりたいことが見つからない。かと言って見つけようともしていない。そんな自分とは真逆で美波さんは前へ前へと進んでいく。
「もちろん他のやりたいこともがんばりたいの。でもアイドルが一番になりつつあるんだ」
「どうしてですか?」
「えっとね…私、今シンデレラプロジェクトっていうチーム?みたいなところにいてね、アーニャちゃんって子とラブライカっていうユニットを組んでるの」
「あ!CD買いました!めっちゃ良かったです!」
「買ってくれたんだ!そういえばお母様が言ってたね。ありがとう、アーニャちゃんにも伝えておくね」
新田にあれだけ感想をしゃべっていたのに本人を前にすると良かったとしか言えないのが悔しい。
「すみません、話遮っちゃって…」
「ふふっ、全然いいよ。それじゃあ続きね」
「はい」

「今までも何かのチームに入ったりしたことはあったんだけど、こんなに長い時間同じ仲間と一緒にいてたくさんのことやるのが初めてだったの。そしてラブライカとして最初のライブの時…」
美波さんは本当に大切なものを思い出すような表情で話を続けた。
「私もアーニャちゃんもすっごく緊張しててね。歌詞や振りを思い出そうとしても心臓の音が邪魔するくらいだった。でもね、ステージに上がる直前にね、アーニャちゃんが握手しましょうって言ってくれて、手を握ったら力が湧いてきたの。言葉で言ったらウソみたいになっちゃうかもしれないけど、握ってる手から力があふれてるみたいだったの…!」
本当にそうだったんだろう。味わったことのある人しかわからない感覚。でも熱く語る美波さんを見ているとその情景が浮かぶようだった。
「その感覚のままステージに立って、やりきって…本当に夢のようだった。終わった後アーニャちゃんと泣いて喜びあってね…その時思ったの」
美波さんは俺の顔をまっすぐ見てこう言った。
「もっとアイドルという世界を冒険してみたい!もっと先へ行ってみたい!って!」
人を惹きつけるというのはまさにこのことなんだろう。容姿に関係なく、美波さんが綺麗だと思った。
「俺も…何か見つかりますかね?」
「んー、なかなか見つからないかも…」
「え?」
「だって私もアイドルに出会うまで長かったもの。世の中には早い人もいるけど…でもね、どのタイミングでも出会ったら一直線だよ!」
そう言った美波さんからはまた波の香りがした。この波に乗ろう、そう思った。

「どーもお邪魔しまーす」
このタイミングで新田がやってきた。
「あ、やっと来た。もう教え終わっちゃったよ」
「そう。まあ俺教えてもらうこと別にないし」
「もう!生意気なんだから」
「うるさいなー」
そこにいるのはかなり美人の普通のお姉さんだった。
でもこの人がアイドルとして多くの人を惹きつけるのだ。この人をアイドルにするのは何なんだろう、誰なんだろう。
「やりたいこと、かぁ…」
何かが自分の中で始まった気がした。

以上になります。
美波ちゃんの弟に転生するか弟の友達に転生するか悩んでいます。
ありがとうございました。

えみつんの楽しいエピソード集
・給食の白衣を川で濡らしてしまったので地面に叩きつけて乾かす
・父親と喧嘩し2Fのえみつん部屋(自分でつけた鍵付)に籠るものの父親が扉の真ん中を突き破って侵入、屋根をつたって裸足で逃げる
・母親と喧嘩してギター一本持って家出、駅の路上ミュージシャン達と夜通し歌う
・親と喧嘩してイライラして「むかつく!」と壁を思いっきり蹴ったら壁に足がめり込み動きが止まる(その穴を埋めるため現在もぬいぐるみが刺さってる)
・夜に自転車で走ってたら田んぼにそのまま突っ込む
・自由研究で「放置するとどの食べ物が1番ハエがたかるか」
・ネズミの死体を持ち帰って親に怒られる
・20代の夜 酔いすぎて壁をグラスと勘違いしてワインを注ぐ

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