【モバマスSS】藤原肇と初めての思い出 (19)
モバマスSSです。
書き溜めあります。
藤原肇ちゃんのSSです。
PはモバPです。省略してます。
10年後の物語を書いてみました。
よろしくお願いします。
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暦の上では春を迎えたばかりのある日の昼、藤原肇は事務所から素早く出てきた。
春なんてうそ。そう言いたくなるような冷たい空気が、ツンと鼻を刺す。
こんな形でこの鍵を使うことになるなんて。
肇の歩みは自然と早くなる。
もっと早く、何か楽しいサプライズで使っておけば良かった……
そんなことを今考えても仕方ない。
名前のこともあるのかもしれない。初めてのことに、肇はこだわりがあった。
何事も初めては楽しい方が良い。
楽しいと思って始めたことであっても、続けているとつらくなる時が来る。
そんな時は、初心を思い出す。
壁を乗り越える魔法の手段だと肇は思う。
だから、初めては楽しい方が良い。
こんなに心配な気持ちでいるよりは。
Pの自宅マンションに到着し、インターホンを鳴らしてみる。
やはり返事はない。職場でぐったりしているから帰らせました。事務所に戻って肇が聞いたことはそんなことだった。
肇はため息をつき、鞄の中から鍵を取り出す。
もしかしたら起きていて、開けてくれるかもしれない。
そしたらこの鍵は使わないで済むかも……そんな淡い期待を肇は抱いていた。
どんなに疲れていても、職場ではそんな姿微塵も見せない。
そんなPがぐったりしていたのだから、相当具合が悪かったんだろう。
起きていないのも、しかたない。
カチャリ、と鍵が開いた。
きゃ、と肇は部屋に入ってすぐ小さく悲鳴を上げた。
ワイシャツ姿のPがベットに倒れこんでいたからだ。
家に帰るのでやっとだったのだろう。スーツの上着とコートは雑に脱ぎ捨てられている。ここまで具合が悪くなるまで働くなんて。
「Pさん、Pさん」
肇が耳元で名前を呼んでみると、Pはあぁ、とか、うぅ、とか小さな声で反応する。
音に反応しているだけ、そんな様子だ。短く、は、は、と苦しそうに呼吸をしている。
とにかくベットにちゃんと寝かさなければ。
幸い、腰まではベットの上にある。
足を持ち上げてベットに乗せて、真ん中まで転がせば……
重たい……
ぐったりと重力に身を任せるだけの人間って、こんなにも重たいものなのか、と肇は思う。
なんとか下半身をベットの上に引き上げ、よいしょ、とあんまり使うべきでないかけ声を出しながらPを転がす。
仰向けになったPは相変わらず目を閉じたまま、短く苦しそうに息をしている。
おでこを合わせてみる。
はっきりとわかる。高熱だ。
インフルエンザかもしれない。着けたままになっているネクタイをほどき、ワイシャツのボタンを緩めながら肇は思った。
布団をかけてあげたいところだけれど、掛け布団の上に倒れこんでしまっていたため、かける布団がない。
しかたない、と肇はPを布団のミノムシにする。
ほ、と一息をついて、肇はベットに腰かけ、Pの頭を撫でてみる。
あんまり無理するなよ、がんばりすぎるなよ、が口癖のPさん。
鏡でも持ってきましょうか、と肇は眉をひそめてつぶやいた。
ベットから立ち上がった肇は、まず脱ぎ捨てられたスーツとコートを拾い上げてクローゼットにしまい、そして床暖房のスイッチを入れた。
加湿空気清浄機を確認すると、タンクの水は空になっていた。
タンクを取り出し、キッチンで水を入れる。その間に冷蔵庫の中身も確認する。
4日前、肇が来たときのままだ。
この家で、料理をするのは肇しかいない。
今日はこの中身で十分に栄養のある料理を作ってあげられそう、と一息つく。
水の入ったタンクも、さっき重たいものをもったおかげか軽く感じた。
部屋に戻り、タンクをセットして加湿を始める。
これで、環境は良くなったかな……
ふふ、と肇は一人でほほ笑む。
まるで自分の部屋みたい。
☆
肇がアイドルとしてデビューしたのは、今から10年前のことだ。
藤原肇という器を大きく、味わい深いものにしたい。
このまま陶芸の道に進んでも大器にはなれない。
なら、一番華やかな世界へ、憧れていた世界へ……そう思ってオーディションを受けた。
合格の電話連絡が来たのは、翌日、実家のある岡山に帰ってからのことだった。
さらにその翌日に合格通知書と一緒に契約書類を持ってきたのが、今ここで寝込んでいるPだった。
「二人三脚でがんばろう」
岡山から東京に出てきて最初の打ち合わせのとき、Pは肇のことをじっと見つめて言った。
その言葉に肇は、はい、とうなずいた。
「なんてな」
そう言ってPはニヤリと悪そうに笑ったことを、今でも肇は覚えている。
「二人三脚で走るより、一人ひとりが全力で走った方が絶対速いに決まってる」
ぽかんとする肇に、Pは続けた。
「追い越してやる、そうやって背中を追い続けるか、抜かれたくない、そうやって逃げ続けるか。
そのどっちかだよ。それが一番お互い強くなれるんだ。肇とおじいさんもそうだったんじゃないか」
そうかもしれない。ストンと腑に落ちた。
「もちろん、無理はダメだし、がんばりすぎもいけない。壊れてしまったら元も子もない」
全ての器が作品になれるわけじゃない。思うようにできず割ってしまう器もある。
抜群の出来でも、焼いていて欠けてしまうこともあった。
美しさと頑丈さ、そして運。何かが欠ければ最高にはなれない。
「全力で走ります。大丈夫です」
Pは、肇は頑固そうだな、と不敵にふふふと笑った。
☆
冷蔵庫にあったしょうがをすりおろし、それを手でギュッと握るとじわっと汁が出てくる。
スープにこれと刻んだしょうがを入れると、身体の芯から温まるものができる。
ネギ、ニンジン、ジャガイモを刻んで、彩もきれいに。味付けはコンソメだ。
自作の土鍋からは、お米がたける匂いが漂ってくる。
たいたお米からおかゆを作ってもいいのだけれど、最初からおかゆになる水の量で作ると、それもまたおいしい。
肇の料理の腕もかなり上達していた。
もともと几帳面な性格もあってか、レシピを見て、レシピ通りに作ることは昔からできた。
そのレシピが、本にあるか、自分の頭の中にあるか。
レシピに合わせて具材を買うか、あるもので自分の頭の中でレシピを描けるか。
共に前者だったものが、気づけばどちらも後者になっていた。
間違いなく上達。そう肇は胸を張る。
一度火を止める。あとはPが起きてから温め直せばいい。食欲が少しでもあればいいのだけれど……
「……じめ、肇」
Pの声に、肇はハッと気がついた。
ベットを背もたれに、本を読んでいたところ、どうやら寝てしまったようだ。
「すみません、寝てしまっていたみたいです」
「いや、こちらこそいろいろ面倒見てくれたみたいで、ありがとう」
振り返ってPの方を見てみると、申し訳なさそうな顔のPと目があった。
ミノムシから人間の寝方に直っているあたり、一度目覚めて布団にもぐりなおしたのだろう。
「お加減はどうですか」
「頭がガンガンする。全身が重たいな」
うーん、と肇はうなった。
「インフルエンザかもしれませんね」
やっぱりそうかなあ、とPは両手で顔を覆う。
「だとしたら小学生以来」
「四半世紀ぶりにウイルスがPさんの身体に歴史を刻んだわけですね」
そんな昔じゃ、と言いかけてPはため息をついた。
「そんな昔だった。余計に頭が痛いよ」
ふふ、と肇はほほ笑み、言った。
「食欲はどうですか。おかゆとスープがあります」
「いい匂いがするなあ、って思って目が覚めたんだ」
「それを聞いてほっとしました。温めてきますね」
「ごちそうさま。おいしかった」
熱があってもこの人はお行儀が良い。ふふ、と思わず笑みがこぼれる。
「今日初めて合鍵を使いましたよ」
肇の言葉に、え? そうだっけ? という文字がPの顔に浮かび出てくる。
「あなたと一緒に帰ってくるか、遊びに来た私をあなたが迎えるかのどちらかでしたから」
「そっかそっか……確かに」
うんうんとPはうなずく。そして、頭を動かすと響くな、と言う。肇はそれをスルーして続ける。
「何事も初めては楽しい思い出にしたい。それが私ルールの1つだったのに、心配事で使うことになるなんて」
本気で心配したんですから、とわかりやすくムスッとしてみる。
「ごめん、でもおかげですごく助かった」
熱があってもこの人は素直に謝れる。好きだ。
「たまには最悪スタートもいいかも。そこから先は楽しいことしかないからさ」
熱があってもこの人はうまいことを言う。それも、好きだ。
「頑固な私と、柔軟なPさん。またうまいことまるめ込まれましたね」
ふふふ、とPは不敵にほほ笑む。
「食べ終わったことですし、スーツも着替えては?」
そうだな、と言ってPは立ち上がる。
と、同時にふらっとよろけた。
とっさに肇も立ち上がり、抱きしめるように体を支える。
「ごめん、立ちくらみ。大丈夫」
「本当?」
「本当」
「離したら倒れたりしない?」
「しない」
そう言いながらも、Pの身体が右に左にゆっくりと揺れるのを肇は感じていた。
「やっぱり心配です。ベットに腰かけて着替えましょう」
ギュッとPの身体を抱いて、一歩一歩ベットに向かい、一緒に腰を下ろす。
「ごめん、助かった」
「いえ、気にしないでください。病気の時にごめんは禁止です」
肇の言葉にPはうん、とうなずいて、言った。
「ありがとう」
その言葉に、肇はホッと一息をついてうつむいた。
それもつかの間、すぐに顔を上げる。
「Pさん、コレ、どういうことですか」
コレが何か、Pには自覚があった。
「生理現象です」
「こんなところばっかり元気になって……エッチです」
「……生理現象です」
肇は顔が暑くなるのを感じた。怒っているのか、恥ずかしいのか、まったく不思議な気持ちだ。
「前言撤回です。ごめんなさいは?」
「ごめん……でも、抱きしめられたらさ。俺もまだまだ若いな、なんて……ハハ……」
「本当、エッチです。当たり前ですけど、今日はダメですからね」
「はい」
「洗い物してきますから、一人でちゃんと着替えてくださいね」
「はい……」
1枚洗うごとに、自分が少し冷静になるのを肇は感じていた。
ちょっと言い過ぎちゃったかな……
初めては楽しく……そういえば、ハジメテもここだったっけ……
ボン、と冷静になりかけた頭が沸騰する。
私は一体何を思い出しているんだ、とぶんぶんと首を横に振る。
でも、恥ずかしい思い出というものは、思い出しスイッチが入るとどんどんと湧き上がってくるものだ。
『肇が好きだ。付き合ってほしい』
そう言われたのは、1年半ほど前のことだった。
『はい、喜んで。私もあなたのことが好きです』
肇はその時、迷わず即答した。
お互いに、立場や状況なんて全く考えていなかった。
大きなライブが終わった日の夜のことだった。
すごい熱量に包まれ、2人とも頭が溶けていたんだと思う。
言葉を巧みに操り、いろいろな仕事を獲得し、アイドルをスカウトしてきたPが、直球で思いを投げてきた。
それには絶対に答えなければいけない。肇はそう思った。
この瞬間を逃したら、もうこんな機会はめぐってこない。そんな確信めいた思いが2人を支配していた。
そして、お互いに気持ちを伝えあった瞬間から、2人はこんな思いに包まれた。
これを夢の出来事にしてはいけない。
現実に刻まなければいけない。
離れられなくなった2人はそのままPの家に向かい、夜を共にした。
言葉と身体で愛を伝えあったのだから、ハジメテは肇にとってとても良い思い出だ。
ただ、今思い出しても恥ずかしいことを除いて。
もっとゆっくり育んでいくものだと思っていたけれど、愛は爆弾みたいなもので、一度はじけると止まらない。
最後の1枚を拭き終え、食器棚にお皿を片付ける。
どんな顔をして部屋に戻ろう。まだ肇の顔は赤いままだ。
うつるかもしれないけれど、キスくらいはしてもいいかもしれない。
さっきダメって言ったのに、急にキスをされたら、あの人はどんな顔をするだろう。
ふふ、と笑みがこみ上げてくる。ちょうどいい表情になれた気がする。
「……もう寝てるなんて」
拍子抜けしつつ、肇はベットに腰かける。
「……私も出会ったころのあなたの年齢になりました」
布団の中からPの手を探し出し、自分のももの上に肇は乗せた。
「後ろから来る私の足音は、少しは近づいてきましたか」
肇はその手を両手で優しく包む。
「私は、こんなにそばにいますよ」
ギュっと強く握ってから手を布団の中に戻す。
「そろそろ、二人三脚も、ね」
肇はベットから立ち上がり、ぐいっと伸びをする。
外はすっかり真っ暗なっていた。
おしまい
ありがとうございました。
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