或る地図描きの話 (17)
長編書いてる間の息抜きに書いてる話
社国。私は善国を出て一番近い国に向かっていた。
どうしても興味が抑えられなかった。
小さい頃から冒険に憧れていた。
国の外に興味を向ける人間なんて、大人も含めて私だけだった。
大人が話す昔話。昔立ち寄った旅人が語ったという、自分で見聞きしたわけでもない、伝聞。
私はそれが本当のことか、自分の目で確かめてみたかった。
陽が顔を出すと同時に国を出たにも関わらず、陽はあと少しで折り返そうとしていた。
旅人の語った事は嘘だったのか。それとも、大人たちが適当に話を作ったのか。
そう思い始めていた時に、ようやく、赤い建造物が見えてくる。森のなかに道が続いており、点々と赤いそれは建っていた。
「これが、社国」
異様だった。社国に踏み入るとそれは更に増す。何かに見守られているかのような感覚だ。
温かい。落ち着く雰囲気。
「ようこそおいでくださいました。旅人様」
呆然と空を見上げながら歩いていると、急に声をかけられる。慌てて振り返ると、見たことのない服を着た女が掃除をしていた。
「見たことのない服だね」
素直に感想を述べる。女は軽く微笑む。
「巫女装束と申します。社国の正装なのですよ。もし宜しければご案内致しましょうか?」
女の申し出を丁寧に断る。
私は自分の目で、その国を見たい。礼を言い、その場を後にする。
そのまま赤い門をくぐって行くと、大きな木造の建造物の前に出た。
圧倒。
言葉も出なかった。こんなに……。言葉で表そうと思ったが、思いつくものは全て陳腐で、表す言葉がなかった。巫女装束を着た女があちらこちらにおり、忙しなく動いている。
それもまた、美しかった。動きの一つ一つが綺麗だった。
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「ようこそ、旅人様」
巫女装束に身を包んだ糸目の女が、歩きづらそうな靴をからん、からん、と鳴らし近づいてくる。
「ここは……。美しいな」
糸目の女は微笑を浮かべ、そうでございましょう。と続ける。
「神様を、祀っております」
神様とやらが何かは分からなかった。だが、聞き返すのは野暮に感じた。
「少し見て回ってもいいかな」
糸目の女に聞く。
「ええ。でしたら私がご案内致します」
断れなかった。
この美しい世界を、私が勝手に触り、汚すのが憚られたから。
水で手を清め、口を濯ぎ、神様に祈りを捧げた。糸目の女に言われるがままに。この行動に意味があるようには思えなかったが、全てが美しかった。
「今夜はこちらでお泊りに?」
糸目の女に尋ねられ、現実に帰ってくる。
「いや、陽が落ちる前に次の国に行こうと思っているんだ」
糸目の女は眉尻を少し下げ、それは大層残念です。と言った。
出来ることなら私もこの国に泊まりたかった。
だが、私がいるべき場所ではない。
「世話になった。ありがとう」
礼を言い、糸目の女に別れを告げる。
帰りも赤い門をくぐり、社国を出る。
陽は折り返し始めたばかりだ。話では社国から陽の落ちる方へ、とあった。
私は一度振り返り、社国に頭を下げる。
良い国だった。
次の識国へ向かい草を倒しながら草原へと歩き出した。
先に陽が沈むか、と思ったがなんとか日没前に着いたみたいだ。
目の前には今にも崩れ落ちそうな歪な民家群があった。
人通りは少ない。
近くを通った男に声を掛ける。
「ここは識国かな?」
男は訝しげな表情をする。
「当然だろう」
それだけ言うとこちらを馬鹿にした顔で去っていく。どうにも感じの悪い奴だ。
私は宿を借りようと、国をさまよっていた。
しかし、どれもこれも歪で、どれが宿なのか分からない。商品を並べているところはかろうじて店だと分かるのだが……。
気づけば国のはずれまでやってきてしまっていた。もはや民家もまばらになっている。
人通りも全くなくなっていた。どうしたものかな。
「おじさんは、旅の人?」
急に声を掛けられ、慌てて周りを見渡す。しかし声の主は見つからない。
「こっち」
再度声を掛けられ、それが下からだと気付く。
顔を向けると、まだ年端もいかない女の子がいた。薄汚れた服を着ていて、手には大量の草を持っている。顔も泥で擦ったような後が付いている。
「おじさん、旅の人?」
「うん、そうだよ」
おじさん、と呼ばれる程年は取ってないはずだが。否定するのも大人気ないというものだ。
「どこから来たの?」
「善国から」
「どんな国?」
それから暫く質問攻めにあってしまった。
とても好奇心が旺盛のようで、こちらが止めるまで質問が止む気配は無かった。
「ごめんね、おじさんから質問してもいいかな?」
陽は既に落ちてしまい、闇に包まれるまで半刻もないだろう。
「宿はどこにあるか知ってる?」
少女は首を振る。知らないらしい。
「えっと、どうしようかな」
つい声に出してしまう。
「私の家に来たら?」
期待していなかったといえば嘘になる。
「いいの?」
「うん」
少しの罪悪感を胸に、私は少女についていくことにした。
家はすぐ近くにあった。
他の家と変わらない、歪な家。
床はがたがたで、椅子も噛み合ってない。机も揺れる。
しかし、好意で泊めて貰うのだから文句は言えない。
それに、そんなことよりも気になることがある。明かり代わりに焚かれた火を少女と囲んだまま、私は悩んでいた。
親はいるのだろうか。
少女が火を付ける手つきは慣れた物だった。まるで普段からそうしているかのように。
落ちた視線を戻し、少女を見ると苦々しげな顔で草を食べていた。
「なんで草を食べてるんだ?」
聞いてから、失言したと思った。だが、少女は何でもないような顔で応える。
「食べないと死んじゃうでしょ?」
なんと返せばいいのか分からなかった。腰巾着に入っている食べ物を取り出そうとして、動きを止める。
一時的に施しを与えることは簡単だ。でも、それが本当に良い事なのだろうか……。
私は少女から顔を逸らした。答えは出なかった。
少女が食べ終わるのを待ち、質問をする。
「この国の人は、どんな人なんだ?」
「いつも本ばかり読んでる変な人。でも、皆から見れば私が変な人」
私は深い溜息をついた。
この子は、国から弾かれているのだ。しかし、私にはどうすることも出来ない。情が移ってしまう前に、この国から出るのが賢明だろう。
「おじさん、旅で疲れてるんだ。まだ早いけど寝るよ」
少女の顔を見ずにその場で横になる。
少女は何も言わず、私は寝たふりを続けているうちにいつの間にやら本当に眠ってしまっていた。
目が覚めると、陽もまだ目を覚ましたばかりだった。
少女は近くで小さく寝息を立てている。私はきつく目を瞑り、静かにため息をついた。
この国から出よう。
私は腰巾着に手を当て、少し思案する。
すっかり明るくなった識国を振り返り、腰に手を当てる。
紐が悪くなっていたから、落としてきてしまったか。ちょうど貨幣も少し入れたばかりなのに、勿体無い。
言い訳をする自分に笑ってしまう。いいのだ、これで。
少し贅沢するのも悪くない。
私はすっかり軽くなってしまった体と心に満足した。次は働国に行こう。私の足取りも今までに無いほど軽かった。
―
息抜き書き溜めここまで
また息抜きしたくなったら書き溜めてここに来ます
推敲もしてなくてすみまs
陽が登り始めた頃に出たというのに、未だに働国には着かない。
もう間もなく日没だというのに、だ。
少しは自分のために食べ物を残しておくんだった……。空腹のあまり、手近な雑草を千切り、噛む。
妙な青臭さと、口いっぱいに広がる苦味に思わず吐き出す。
腹が減ってても、体が受け付けなかった。野宿をするしかないか。
半ば自棄糞になりながら草むらに身を投げる。
何か出るなら出ろってんだ。草が頬に当たりむず痒いが、それすらも無視して目を瞑る。
意外にも野宿は快適だった。森の中は夜は涼しく、汗一つかくことはなかった。
問題があるとすれば、何かの唸り声がたまに聞こえることくらいか。
それも無視していると、いつの間にやら朝を迎えていた。体の上には葉が積り、体は枯れ枝のような音を立てていたが、生きている。
体に異常もない。実に健康だ。私はまた歩き出すことにした。
それから三刻。陽は折り返し、半ばまで来た頃だった。随分と騒がしい音が聞こえてくるようになった。
人の声だ。私は安心した。ようやく着いたのだ。働国に。
働国に踏み込み、民に声を掛けようと近づくも、誰もが私のことなど視界に入らないかのように過ぎ去ってしまう。声を掛けても無視をされてしまう徹底ぶりだ。
これには私も参った。
だから、強硬手段に出ることにした。
通りがかった少年の前に立ちはだかり、肩を掴む。
「やあ、ここは働国かな?」
少年は痩せ細っていた。頬はこけているし、髪も長く手入れをしていないようだった。
「邪魔をしないでくれ!」
少年はそう叫ぶ。
思いがけない大声に掴んでいた肩を離してしまう。少年は小走りで通り過ぎる。
「怠けてんじゃねえ!」
二度目の思いがけない怒鳴り声に慌ててそちらに顔を向ける。見れば、先ほどの少年が髪を掴まれ地面に引き倒されているところだった。
太った男は少年の髪を掴んだまま何度も地面に叩きつけている。
……なんだ、この国は。
誰もそれを気にしない、それが当たり前であるかのように横を通り過ぎていく。
「おい、やめろ!」
私は思わず声を出していた。
太った男は、やれやれといった風に腰を上げる。
「どうしましたか、旅人さん。何か御用でも?」
この……男は……っ!
怒りのあまり握った拳から血が滴る。先ほどの痩せた少年に目をやる。だが、少年は既にそこにはいなかった。
息を深く吐き、思考を落ち着かせる。
そうだ。私が関わるべきではない。
この国の問題は、この国で解決するべきだ。私如きが関わっていい問題じゃない。
手のひらに広がるじわりとした痛みが、私を理性の中に繋ぎ止めている。
「いや、なんでもない。食料はあるか」
酷く冷たい声だった。声だけで殺せそうだ、と思った。
「それなら、この道を進んだ先に食料庫があるので、好きなだけ持って行っていいですよ」
太った男は下卑た笑いを浮かべながらそう告げる。
心にもない礼を言い、食料庫へ向う。
大きい食料庫だった。もし、これ一杯に食料が入っていれば、あの少年みたいに痩せこけることもないのに。
……何故だ? 何故好きなだけ持って行っていいのにも関わらず、民は痩せているんだ?
そこで頭を振り、考えるのを止める。私には関係の無いことだ。
だが、扉を開けた私はまたも、この国の謎について考えざるを得なかった。
……食料庫には、食べ物が溢れていた。
到底食べきれる量ではない。
私は、私はどうすればいい。私はどうすれば、いいのだろうか。
「どうです? 壮観でしょう?」
振り返るとさっきの太った男がいた。
「何故これを民に分け与えない?」
私の言葉に、男は目を丸くする。
「何故って。これは王たる私のものですからな。はっはっは」
駄目だった。
もう、抑えきれなかった。
こいつが王か。こいつさえ潰せば……。
私は、深くため息をついた。
両手は血に濡れていた。
やってしまったのだ。取り返しの付かないことを。
その時、足音が近づいて来た。私は慌てて身を隠す。痩せた少年だった。
手には食料を持っていて、どうやらここに運んできたらしかった。
そして、王の死体に気付く。
だが、それだけだった。
少年は王の死体を無視し、食料を置くとそのまま去ってしまった。
変わらないのだ。何も。
私の力じゃ、どうすることもできないのだ。
私は、王の死体を外へと運んだ。死体が腐って、他の食料まで無駄にしてしまうわけにはいかなかった。
私が出来ることはやっておきたかった。
王の死体を出来るだけ目のつく場所へ運ぶ。途中で何度も見られたが、誰も反応すらしなかった。それから食料庫に戻り、ほんの少しだけ貰う。陽は既に落ちてしまっていたが、この国に泊まる気にはなれなかった。
私は、闇に包まれた森へと入っていった。
食欲は湧かなかった。
頭に靄がかかったようで、何も考えられず、ただただ私は歩いていた。
働国を出てから、朝を二回迎えた。
このまま、死んでしまってもいい。そんな気持ちだった。
私は自惚れていたのだ。
人一人の力に限度があることを忘れてしまっていたのだ。
私はただひたすら歩いた。あてもなく、ただふらふらと。
強い衝撃を受けて地面に倒れていることに気がつくまで、暫くの時間が必要だった。
「む、お、おお? すまない。どうも空腹でふらふらしてたようだ」
くぐもった声がする。私の意識が遠のいているからか、それとも、この、銀の。
遠のいた意識が頬をつねられ現実に戻される。
「いてて、何するんだ」
力ない声で応えると、粗野で大きな笑い声が森に響いた。
「よかったよかった。生きておったか! 騎士団長たる者が罪なき民を殺してしまったとあれば騎士団の名折れだからな!」
耳に響く高笑いを暫く続けたかと思うと、急に真面目な声音になる。
「それはそうと、一つ聞きたいことがある」
ああ……そうだろうな。俺は罪なき民ではない。未だに手は血に濡れ、服も返り血を浴びている。
騎士団が何かは分からないが、私を罰して欲しかった。
「食べ物を、もっておらぬか」
体中の力が抜ける。拍子抜けだ。服から袋を取り出す。およそ二日分の食料だ。
「お、おお。おおおおお!」
袋を開けた男が叫ぶ。頭に響くんだ、やめてくれ。
「なんて、なんて素晴らしい! しかし、何故食料を持っているのにそんなにふらふらなのだ」
男の問いかけを無視し、私はゆっくりと目を瞑る。
もう疲れたんだ。寝かせてくれ。
しかし、顎を掴まれ、口の中に何かをねじ込まれる。
甘みが広がる。
無意識に咀嚼し、飲み込んでいた。
「ほらほら、食え。食わなきゃ元気が出ないからな! はっはっは!」
何かを言おうと口を開ける度に、口に食べ物を押し込まれる。
それらを全て咀嚼し、飲み込み、いつしか食べ物のために口を開けている自分に気付く。
「むう、すまんな。柔らかいものがもう見当たらなんだ。固いのも食えるか?」
私はゆっくり首を振る。
「じゃあ残りは貰うぞ! はっはっは! 久方ぶりの食事だわい!」
私は先ほどとは違い、安らかに意識を失っていった。
―
息抜きばかりしてるけどもう少しだけ息抜きします
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