《ロールシャッハ・カウント》 (131)
僕の友人の話をしよう。
彼は『友人』という安っぽい言葉を嫌っていたけど、他の言葉を探していては話が進まない。
今の僕にそんな時間はない。
彼には悪いが、ここでは『友人』として扱わせてもらう。
彼は、めちゃくちゃな持論をいくつも持っていた。
例えば、『疑わしきは罰するべきだ』とか『人類全員、犯罪予備軍だ』とか『スカートの無用性』とか。
それらは、大体詭弁だったり、冗談混じりだったりしたが、ほとんど、本気で喋っていた。
先程言った通り、今の僕には時間がない。ので、その勇ましい詭弁たちの、一つだけ。読者の皆様にお伝えしよう。
※完全オリジナルです。
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「自殺の手段の一つとして、線路に飛び込み。ってのがあるじゃん?」
彼のその話を聞いたのはいつだったか、何月何日かは忘れたけれど、それが昼休みのことだったということは覚えている。
昼ご飯を前に、食欲が著しく失われたことを覚えている。
「………それで?」
僕はトマトを、弁当箱の隅に追いやりながら彼に続きを促した。
「いやぁ、馬鹿だよなぁって」
「………それだけ?」
彼は思ったことをすぐ口に出す。
何かまた変な持論を持ち出すのかと思いきや、二言三言で話が終わることがままあった。
だが、今回は違ったようだ。
「俺はさ、電車に弾かれて死ぬっていうのは、自殺手段として一番最悪だと思うんだよ」
彼は饒舌に自殺の話を続けた。僕は卵焼きにもためらい始めた。
「だってさぁ、まず痛いだろ?他に楽な死に方はいっぱいあるだろう。それに他人に、それも大勢に迷惑がかかる。誰も幸せにならない」
僕はいよいよ箸を置いた。
「……自殺なんかする奴は誰の幸せも考えないだろう。もちろん、自分の幸せも」
「そうだよな。そこだよ。俺が言いたいのはそこだ。幸せを考えない。もしくは、考えられない。そういう奴はもう生きてないんだ。死んでるんだ。『人間は考える葦』とはよく言ったぜ。考えない奴はもう人間じゃない」
正直彼の話に、僕が同意することは少ない。大体間違っているからだ。
しかし、今回は珍しく反論する気にはならなかった。
「つまりだ。いついかなるどんな時も幸せを考えられる奴ってのは、不死身だ。最強だ」
「はぁ……はてさて、いるかな?そんな絶望的に能天気な奴」
とは言ってみた物の、それはまさしく彼のことだった。
「俺だよ」
本人も自覚していた。
「あと能天気とかマイナスイメージの言葉を俺に使うな。不死身だ。最強だ」
彼の持論は大抵、自己肯定で終わる。
彼はそんな自分のことをまわりくどいナルシストと呼んだ。
自覚のあるナルシスト。
それは矛盾しているようでもあるが、そもそも、彼の持論は、持論同士で矛盾していることが多い。
常に矛盾しているのが彼だった。
僕は駅のホームで電車を待っていた。
電光掲示板には、僕の待つ電車があと十九分かかると書いてあった。
することもないので、駅の柱に飾られた珍妙な絵画を眺めていた。
その絵画は白と黒だけで出来ていて、まるで子供が遊んだあとみたいに、二色の絵の具が珍妙に偏り混ざっていた。
ホームはそれなりに人で埋まっていたが、その珍妙な絵画を見ている人間は、その時、僕だけだった。
確か、この絵画についても、彼と話した記憶がある。
今日、課題の期限がどうたらということで彼は学校に居残っているが、いつもは一緒に帰る仲良しなのだ。
毎日この絵画が飾られたホームで詭弁を聞いたりしている。
彼はこの絵画を気に入っていた。
彼は、僕にこう訊ねた。
「この絵、何に見える?」
先程言った通り、この絵画はシンプルでぐちゃぐちゃで、何かを描いたようには見えない。
ここに飾られている理由も、どこかの金持ちが、絵の模様を曲解して深読みして勘違いした結果の、過大評価による物だと考えている。
「…………さぁ?絵の具を溢したんじゃないか?」
僕は素直に答えた。
そのあと、彼はなにやら語り始めていたが、僕はそれを聞き流してしまった。
確か、ロールなんとかがどうこう言っていたはずだ。
あれは一体なんだったのだろう。と、今更気になっている僕だった。
「…………ん」
この絵が何に見えるか。
あの日は本当に何も何にも見えなかったけれど、今見てみると、あの日とは別の物が見えてきた。
『66』
僕にはそう見えた。
あの日と全く同じ絵のはずだが、何故か、今日の僕には不格好で曖昧ながらも、数字に見えた。
一度そう見えたら、もうそうとしか見えない。『66』。『66』だ。
そこで、ひとつの可能性が出てきた。
もしや、彼の言っていた『ロール』は、6が渦巻きに見えたということだろうか。
一度話を始めると、やれ人類だのやれ精神だのと、大袈裟に話のスケールを広げる彼だが、こういうくだらないことも、彼はよく話していた。
聞き流しておいて良かった。
そこで、電車の向かって来る音が聞こえた。
もう十九分経ったようだ。ドアが開いたらすぐに電車に乗れるようにと、僕が黄色い線に近づこうと二、三歩歩いた時だ。
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
電光掲示板には、僕の待つ電車があと十九分かかると書いてあった。
その電車は、ついさっきホームに姿を現したはずだ。
それに、僕のいる位置も変わっていた。いや、戻っていた。僕が二、三歩歩く前の位置に、僕は立っていた。
夢でも、見ていたのだろうか。
なんてわざとらしいことは言わない。
僕も彼も、そういう、起きた異常を認めようとしない、わざとらしい展開が嫌いだった。
確かに、ありえない。信じがたい。けど。
だって明らかに、
『巻き戻っている』
周りを見渡す。
時計も、人の動きも、何もかもデジャビュ。見覚えがある。
原理も理由も何にも解らないけど、どうやら巻き戻っているのはやっぱり事実らしい。
そして周りを見る限り、それを知っているのは、僕だけらしい。
『何か』あった。
僕の時間を巻き戻す何かがあったはずだ。
それを探さなければ。
漫画や、小説じゃ、それがお決まりだ。
我ながら、楽観的というか。それこそ能天気な考え方だったけれど、とりあえず動かないよりはマシなはずだ。
そしてもう一度周りを見渡すと、さっきと違う物があった。
いや、違わない。それはさっきと姿も形も変わらない。
けど、僕には全く違う物に見えた。
『65』
さっきの珍妙の絵画が、僕にはまた違う物が見えた。
この数字が何を意味するか。
解らないふりをする僕じゃなかった。
今日は、ていうか今週はここまでです。
僕の友人の話をしよう。
彼と僕には、いくつかの共通点がある。
その一つが、『6が嫌い』という物だ。
『6』。
悪魔の数字。ラッキー7の一つ下。
彼が6を嫌っている理由は、6が完全数だから。と言っていた。
「俺はそもそも、『完全』って言葉が嫌いなんだ。いいか?あらゆる出来事物事っていうのは、『不完全』だからいいんだ。何か欠けているからこそ、不確定だからこそ、この世界に存在できるんだ。完璧な人間なんて、愚かじゃない人間なんて考えただけで恐ろしい」
確か彼は別の日に、人間は完全を目指すべきだとか言っていたはずだが、そんなことを気にしていては、彼との会話は成立しない。
「つまりだ。一番不完全な俺こそが、一番人間なんだ。真の人間なんだよ」
まわりくどいナルシストは、そんな風にこの話を終わらせた。
さて、彼が6を嫌う理由は前述の通りだが、僕が6を嫌う理由は、また別にある。
いや、というか、逆だ。
『6』が、僕を嫌っているのだ。
テストの六問目は大体不正解。
6つの中から選んだケーキは、僕のだけ腐っていた。
六歳の頃はいい思い出がない。
その嫌われっぷりは『4』が嫌いなスタンド使いを彷彿とさせる。
そのことを思えば、あの絵画のカウントダウンが『66』から始まったのは、そういうことなのかもしれない。
ならばどうだろう。
『66』を越え、更にカウントダウンが六十台を越えたならば。
『59』
今の僕には、絵画がそう見えた。
いまだこの異常事態の手がかりは一切掴めていない。
何かないかキョロキョロする。
十九分後に電車が見える。
最初に戻る。
何かないかキョロキョロする。
十九分後に電車が見える。
最初に戻る。
それをただただ繰り返した。
六回。無駄にしている。
この絵画が僕に、『0』に見えるようになった時。一体何が起こるのかは解らないけれど。
僕にだけ見えるカウントダウンは、姿を変えないまま、着々と意味を変えていた。
どうやってどうすればいいんだよこんなの。
確かループ一回目に、漫画や小説なら。とか言ったけれど、僕はループ物の作品は一つ(素敵な選TAXI)しか知らない。
こんなことになるならもっと色々読み漁れば良かった。
少し早いが、ギブアップだ。諦めよう。
そもそも、こんな役は僕には向いていない。
じゃあ、誰ならこんな役に向いているのか。思い当たるのは一人しかいない。
ライフラインを使います。
「はーい、もしもしー?」
「僕が今、世界をループしているっていったら信じる?」
「信じた。俺は何をすればいい?」
彼は、決して流した訳ではない。
こんな馬鹿げたことを、たった一言で、本気で、信じている。
そして、冗談だよ嘘だよと言っても。
『そうか』
の一言で終わらせてしまう。
彼は、そういう人間だ。
「………ヒントをくれ。僕にはループ物の定石が解らない」
「まずお前はどこにいる?」
「駅だ。あの変な絵画のある駅」
「あぁ、あのロールシャッハの」
なにやら彼がまた変な言葉を言ったが、今は時間がないので説明はまた今度してもらおう。
「案外近いな。俺が直接駅に行くか?」
「……十九分で来れるか?」
「無理だな。てっきり一日丸々ループしてると思ったが、結構短い間隔でループしてるな。ループの開始時間と終了時間は?」
「えっと、17:40から、17:59」
「じゃあ、多分その17:59に『何か』ある。それがトリガーだ。それがループする理由になってる」
「つっても、その『何か』をどうやって探せばいいのか……」
「地道だが、しらみつぶしに行くのがいいと思うぞ。駅に居る一人一人、一回ごとに観察して」
「……それも、無理だ。多分回数制限がある。後59回」
「マジか。なかなか珍しいタイプのループだな。回数制限がある奴は……サイケとか展開を見る限り、回数制限が出来てそうだが、他には……」
「時間がないんだよ!僕の知らない漫画の話は後にしてくれ!」
「ごめんすまん………ん?17:59って電車の来る時間か?」
「ん、あぁ、そうだな。いつも電車の車体がホームに差し掛かる辺りで……」
「……いや、十中八九それだろ。ループトリガー」
ループトリガー。なにやら格好いい。
「いや、電車が来たからなんだよ。なんでそれがループの理由になるんだよ。理由になるなら、もっとそれらしい……阻止すべきトラブルが……」
「だから。電車が来たことによって、何かしらのトラブルが起きてるんだよ。多分。ちょっと線路の方見てみ?何か落ちてたりしてないか?人間とか」
「んなもん落ちてたら大騒ぎだろ。すぐに解る」
僕は、駅のアナウンスに逆らい、黄色い線の外側に身を乗り出した。
線路を見ても、特に何もない。
「やっぱり、何もないけど」
「じゃあ、多分、電車が来た一瞬で起きてる事故だ」
「……つまり?」
「電車見てろ。ループの最後までだ」
その内、線路を揺らす音と共に、電車の姿が見えた。
もうすぐ、このループも終わる。
そして電車の車体が、ホームに差し掛かる一瞬。
電車とシルエットを重ねるように、線路に倒れ込む人影が見えた。
そして、次の瞬間。
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
………解るかあんな終了間際の一瞬で。
再度ライフライン。
絵画は『58』になっていた。
「ループの理由が解った。前方不注意だ」
「は?何が?」
「………また後で」
そうか。彼も当然巻き戻っている。
「えっ、ちょ、なっ」
切った。
ふふ、帰ったら聞かせてやろう。僕のこの、ちゃんと終わりがある黄金体験を。
「ちょっと、そこの人」
ホームの端にいる女性に話しかける。
年は僕と同じくらい、だろうか。
「…………何ですか」
女性が少し警戒した声を出す
「えっと、もう少し下がったらどうでしょう。線路に近いと危ないですよ」
「………はぁ」
女性は、僕の言う通りに一歩下がった。
これで、解決だろう。
「それでは」
もうこれ以上何かすることもない。
僕は元の位置に戻り、また絵画を見た。
『58』
まるで漫画みたいな、不思議な出来事だったけど。
終わってみれば、あっけない。僕はもっと行けるぞ神様。
とまぁ、結果としては、残機が大量に余る結果になったが、早めに気付けなかったらどうなっていたやら。
ヒントをくれた彼に、今度ジュースを奢ってやろう。
きっと彼はキョトンとした顔で図々しく受け取るだろう。
電車の向かって来る音が聞こえる。
さて、お家に帰るとしよう。
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
…………………。
絵画は、『57』。
もう一度ホームの端に向かった。
「ちょっとそこの人」
「…………何ですか」
女性が少し警戒した声を出す
「えっと、もう少し下がったらどうでしょう。線路に近いと危ないですよ」
「………はぁ」
女性は、僕の言う通りに一歩下がった。
「それから、僕に道を教えてください」
「………はぁ?」
女性が一層警戒した声を出す。
「えっと、×××駅に行きたいんですが、僕、こういうの苦手で」
「………×××駅ですか」
そんな駅は実在しない。
あの電車が来るまでは、僕に注意を向けさせる。そのために捻り出した嘘だ。
「あっちに三駅です」
女性が電車が来る方向に指を指した。
もちろんそっち三駅乗っても×××駅には着かない。だって実在しない。
つまり、彼女は適当に嘘をついている。
………そんなのだからホームから落ちるんだ。八回も。
「いや、あっちでは、ない気がするんですが………」
まぁ、いい。電車の音が聞こえて来た。あと数十秒。気をこちらに向ければ。
「……そうですか、私も、電車はあまり得意じゃなくて…」
電車がもうすぐホームに差し掛かる。
彼女は既に二、三歩離れている。これで転んでも大丈夫だろう。
今度こそ、これで。
「私の目的地は、この世にないから」
彼女は後ろに『跳んだ』。
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
………ちょっと荷が重いぞ神様。
今日はここまでです。
ちょっと自分でも何時書いて何時投下するか解らないので、楽しみにしてくれるとありがたいです。
僕の友人の話をしよう。
これもまたある日の昼休みのことだ。
彼の持論の、一つ。
「スマホ」
「…………が何?」
彼はいつも唐突に話をする。
「スマホっていうのはさ、鏡だよなぁ」
「………スマホを手鏡代わりに化粧を…」
「違う違う違う!俺が言ってることはそういうことじゃねぇ!」
だろうな。彼はそんなどうでもいいことを言う奴じゃ………ままあるけれど。
「スマホっていうのは、持ち主の鏡、生き写し、クローン体だと思うんだよ」
「……誇張表現が過ぎないか?クローン体って。言い過ぎだろう」
「いいや、むしろ過小表現だね。個人情報はもちろん。音楽、画像、メール履歴、アプリ、ブックマーク。持ち主を形作る事象全てが。持ち主の『らしさ』全てがこんなちっぽけな板一つに詰め込んである。むしろスマホの方がよっぽど本人らしい時だってあるぜ?」
彼は自分の携帯を手で弄びながら持論を展開した。
僕の友人の話をしよう。
これもまたある日の昼休みのことだ。
彼の持論の、一つ。
「スマホ」
「…………が何?」
彼はいつも唐突に話をする。
「スマホっていうのはさ、鏡だよなぁ」
「………スマホを手鏡代わりに化粧を…」
「違う違う違う!俺が言ってることはそういうことじゃねぇ!」
だろうな。彼はそんなどうでもいいことを言う奴じゃ………ままあるけれど。
「スマホっていうのは、持ち主の鏡、生き写し、クローン体だと思うんだよ」
「……誇張表現が過ぎないか?クローン体って。言い過ぎだろう」
「いいや、むしろ過小表現だね。個人情報はもちろん。音楽、画像、メール履歴、アプリ、ブックマーク。持ち主を形作る事象全てが。持ち主の『らしさ』全てがこんなちっぽけな板一つに詰め込んである。むしろスマホの方がよっぽど本人らしい時だってあるぜ?」
彼は自分の携帯を手で弄びながら持論を展開した。
「はぁ………」
「もっと言うなら『バックアップ』。もし持ち主が死んでも、スマホを調べ尽くせば、再現は容易いと思うぜ」
彼の話を聞いても、やはり誇張表現だと思ったが、そんなことはしょっちゅうなので、僕は話の続きを待った。
「スマホを持ってる奴の人生なんてのはな!全部再現できるんだよ!量産できるんだよ!ありふれてるんだよ!無価値なんだよ!」
やっぱり、言い過ぎだと思う。
「だから俺はガラケーなんだよ」
「………そういう問題か?」
彼はガラケーのボタンを三回押した。
多分、『555』。
「バックアップならぬクロックアップ」
「ファイズじゃなくてカブトだろそれ」
能力は似てるけども。
しかし、スマホがバックアップ。人個人の再現。その発想は中々恐ろしい物だと思った。
人間には寿命があるけれど、スマホのデータに寿命はない。
事実上の不死の人格が出来てしまう。
それを恐怖と取るかどうかは人に依るだれうが、少なくとも僕にとっては恐怖である。
そして何より、彼のような人間が量産されてたまるかという話だ。
幸い、彼にスマホに乗り換える予定はないので、その心配はないと思われる。
「俺が複数存在するには、この世界は狭すぎるからな」
まわりくどいナルシストは、そんな風にこの話を終わらせた。
絵画は『56』。
ホームの端に行き、彼女を見張る事にした。
線路に倒れようとしたら、首根っこを掴んでやる。
「………」
彼女がこちらをチラチラと見る。
自殺しようって時に近くに居られちゃ気になるんだろうな。
その内、彼女は僕を無害と判断したのか、線路に視線を戻した。
そして時間が経ち、ループの終わる時間がやってくる。
こんなに繰り返したんだから、タイミングは完璧だ。
6、5、4、
彼女は線路に跳んだ。
「!?」
前回より、二秒早い!?
そして最後に、彼女は線路の上で、迫る電車の傍で僕の方へ首を__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
…………気付かれていた。ということだろうか。
僕が自殺を止めようとしていることに気付いて、それをかわすために、タイミングを外すように、跳んだ。
僕に救えないスピードで。
………………。
僕はもう一度ホームの端に行き、その時を待った。
今度こそ、止める。
彼女は先程と同じように、チラチラとこちらに視線を向けている。
そしてきっと、先程と同じようにまた。
6、5、4!
僕の手はタイミングばっちりで、彼女の体は線路ギリギリで止まり、目の前を通る電車の音が聞こえる。
12回目。僕のループが、初めて十九分以上の時を刻んだ。
電車が完全に駅に停車し、扉が開く。
ホームの人々は命が一つ救われたことにも気付かず、各々電車に乗り込む。
こんな厄介な事が無ければ、僕も一緒に乗り込んでいただろう。
そこで彼女が僕の手を払い退け、僕を睨んだ。
「なんで……あんた……気付いた……?」
「気付いたんじゃない。知ってたんだ」
「…………はぁ?」
彼女も勿論何も知らない。
「……その、自殺しようとしてたよね?辞めましょうよ」
「………嫌。私はもう決めたの。死ぬって決めたの!」
彼女が叫ぶ。
電車が扉を閉じて、走りさる。ホームに居た人間は、ほとんどその電車と共に去り、ホームの端に居るのは、僕と彼女だけになっていた。
「なんだってそんな……」
「うるさい!」
彼女は、鞄から小柄なナイフを取り出した。
「………なっ、駄目だろ、それは」
「自分で死ぬのは怖かったけど、もう怖くない!死ぬって決めたから怖くない!」
彼女は両逆手でナイフを持ち、高々と構えた。
「………話し合いをしよう。君がそうする理由とか、」
「うるさい!あんたなんかには解らない!解らなくて、いい!」
彼女は構えたナイフを、自分の腹へ深々と突き下ろし__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
『54』
「__うるさい!」
彼女は、鞄から小柄なナイフを取り出した。
僕は瞬時に、彼女の両腕を掴んだ。
「…………離して……よっ!」
彼女が体ごと腕を揺らし、僕の手をふりほどこうとする。
「離さ……ないっ!」
とりあえず、このまま……
「…………じゃあ、いい」
彼女がボソボソと喋った。
「………どういう意味」
「じゃあ、もういい!」
綱引きの片方が、突然綱から手を離したら、いや、突然綱を押し返したら。
どうなるか。
彼女はナイフを、『僕』に刺した。
「うっ………あぁ、あ!」
僕は、血を流しながら、地面に倒れ込んだ。
「……邪魔、するから」
彼女は僕を見下ろし、そう言った。
『……自殺なんかする奴は誰の幸せも考えないだろう』
いつかの自分の言葉が思い出される。
「救急車は他の誰かに呼んでもらってね。私の分は、いらないから」
『もちろん、自分の幸せも』
「……………!」
彼女はナイフを自分の喉に__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
『53』
「__じゃあ、もういい!」
彼女が引っ張っていた腕を、方向転換させる瞬間。
「おぉおっ!」
体を捻らせナイフをかわし、そのままナイフをはたき落とす。
カラカラと落ちたナイフが音を立てた。
「なっ、なんで動きが……」
「………諦めてくれ。僕には君の動きを全て知ることができる。君の自殺は、成功しない」
「………」
「だから……」
「………じゃあ、解っても、止められなかったらいいんだ」
彼女は、舌を出した。
まさか、あっかんべーなんて可愛い物じゃないだろう。
「や、やめ」
彼女は、そのまま舌に歯を、刃を立てて__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
彼女はどこかで、自分で死ぬのは怖いと言っていた。
死ぬのが怖くない人間なんていない。ましてや僕と年が変わらない少女が。
電車でも怖かっただろう。
ナイフでも怖かっただろう。
それらもいとわず、更に、自分の舌を噛みきれる人間が、この世界にどれだけ居るだろう。
きっと、物理的に彼女を止めるのは無理だ。
心を、止めなければ。
あと、『52』回。
今日はここまでです。
読んでくださっている方々。ありがとうございます。
「自[ピーーー]る人を止めるにはどうしたらいい?」
「……難しいこと言うな」
ライフライン。
やっぱり何も言わず聞かずで話を続ける彼だった。
「……自殺方法は?」
「……線路に飛び込み」
「へぇ、なかなか良い自殺方法だな」
「……………」
気にしたら負けだ。
「じゃあ、首根っこ掴めばいいんじゃないか?」
「それでも、別の死に方をする。多分、物理的に止めるのは無理だ」
「やって見なくちゃ解んないだろ」
「やって見たから解ってる」
「…………んん?」
「いいから、考えてくれ」
「自[ピーーー]る人を止めるにはどうしたらいい?」
「……難しいこと言うな」
ライフライン。
やっぱり何も言わず聞かずで話を続ける彼だった。
「……自殺方法は?」
「……線路に飛び込み」
「へぇ、なかなか良い自殺方法だな」
「……………」
気にしたら負けだ。
「じゃあ、首根っこ掴めばいいんじゃないか?」
「それでも、別の死に方をする。多分、物理的に止めるのは無理だ」
「やって見なくちゃ解んないだろ」
「やって見たから解ってる」
「…………んん?」
「いいから、考えてくれ」
き
>>1です。
何やらスマホの調子が悪いので少し時間を置いてから投下します。
「自殺する人を止めるにはどうしたらいい?」
「……難しいこと言うな」
ライフライン。
やっぱり何も言わず聞かずで話を続ける彼だった。
「……自殺方法は?」
「……線路に飛び込み」
「へぇ、なかなか良い自殺方法だな」
「……………」
気にしたら負けだ。
「じゃあ、首根っこ掴めばいいんじゃないか?」
「それでも、別の死に方をする。多分、物理的に止めるのは無理だ」
「やって見なくちゃ解んないだろ」
「やって見たから解ってる」
「…………んん?」
「いいから、考えてくれ」
「んんー……。そいつは、どんな奴なの?どういう考え方をして、どういう理由で死ぬの?」
「……わからん」
「それじゃあ無理だ。何も知らないまま救えるほど、命っていうのは軽くない」
「………」
「誰にでもすぐ届く言葉なんて、ない」
まるで、実際に経験したかのように語る彼だが、彼にそんな経験は一切ない。
ただただ自分が思ったことを、少しかっこよく喋っているだけだ。
まぁ、それで僕を黙らせたのだから、彼はきっと知っているのだろう。
僕に届く言葉を。
彼女に届く言葉を、僕も知らなければ。
「………解った。聞いてみる」
「おう、がーんば」
通話を切り、ホームの端に向かう。
「えっと、そこの人」
彼女に話しかける。
「………なんですか」
「自殺しようとしてますよね?なんでですか?」
「………何の話ですか?」
白を切る彼女だった。
まぁ、簡単に教えるような事じゃないし、簡単に教えるような人間でもないだろう。
とはいえ、教えてもらえませんでしたじゃ終われない。
「教えてくれたら、あなたの自殺を止めません。教えてくれないなら、邪魔します」
「………お母さんがね、死んじゃったの。あぁ悲しい悲しい。それが理由。邪魔しないで」
……明らかに嘘だろう。
「いや、その、そういうのじゃ、なくてさ」
「邪魔しないって言った。早くどこかに行って」
「………」
「なんなら一本ズラそうか。そしたら次の電車に乗れるでしょ?」
「……そうじゃない。ちゃんとした理由を聞かせてくれ」
「ちゃんとした理由ってなによ。私が嘘吐いてると思ってんの?最低。死んじゃえ」
「くっ………教えてくれ、教えてくれよ。じゃなきゃ、君を救えない」
「救わないでって言ってるの。私は助けなんて求めてないの。だっていらないから。必要ないから」
「……そうじゃなくて!」
「私は何も困ってないの。死にたいだけなの。早くどこかに行って」
「……………」
彼女に何を言っても、何をしても、返ってくるのは生への拒絶だった。
拒み、絶つ。拒絶だった。
そして、タイムアップ。
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
……どうしろと。
どうしたら、まだ名前も知らない『彼女』という人間を知る事ができるだろう。
もう一度、彼に助けを求めようと、スマホを取り出した時、彼の話を思い出した。
『スマホっていうのはさ、鏡だよなぁ』
「スマホ。貸してくれませんか?」
「どうぞ」
彼女は驚くほど簡単にスマホを僕に渡した。
ありがたい話だが、よくもポンと手渡せるな。
まぁ、それだけ自棄になっているという事だろう。
きっと彼女はどうでもいいのだ。
自分が死んだ後の事など。
スマホを起動しても、目立ったアプリはなかった。
有るのは、初期状態から有るアプリと、あとはLINEとメモ長。
とりあえず、LINEのトーク履歴を覗いて見るも、変わった所はない。
やり取りの内容も、やり取りの相手も、人数も、全部普通だ。
本当に、こんな人間が自殺なんて考えるのか、舌を噛みきれるのか、不思議に思う位だ。
まさか。このスマホ、他の誰かのって事はないよな。
不安に思いつつも、彼との話を思い出しながら、スマホを調べた。
音楽、画像、メール履歴、アプリ、ブックマーク。
十九分に収まらず何回か繰り返したけれど、やはり見れば見るほど普通だった。
やっぱり、別の人間の物なんだろうか。
最後に、メモ長のアプリを開くと、『日記』と題されたメモがあった。
有益な情報になりそうだが、これが別の人間の物ならば意味はない。
が、やはり可能性を残すのは危ない。
見るだけ見て置こう。
その『日記』の内容の最初の一文はこう記されていた。
『今日の晩御飯は粘土だった』
『今日の晩御飯はチョークだった』
『今日の晩御飯は針金だった』
『今日の晩御飯は猫だった』
『今日の晩御飯は目薬だった』
『今日の晩御飯は垢だった』
『今日の晩御飯は髪の毛だった』
『今日の晩御飯は接着剤だった』
『今日の晩御飯はクレヨンだった』
『今日の晩御飯は血だった』
『今日の晩御飯は硬貨だった』
『今日の晩御飯はスライムだった』
『今日の晩御飯は靴だった』
『今日の晩御飯は包帯だった』
『今日の晩御飯はダンボールだった』
『今日の晩御飯はガラスだった』
『今日の晩御飯は電池だった』
『今日の晩御飯は猫の精子だった』
『今日の晩御飯は鉛筆だった』
『今日の晩御飯はゴキブリだった』
『今日の晩御飯は洗剤だった』
『今日の晩御飯は爪だった』
『今日の晩御飯は綿だった』
「………うえっ」
吐きそうになったが、留まった。
僕が、吐いちゃ駄目だ。
「……読んだの?人に日記を勝手読んじゃ駄目でしょう」
彼女は涼しい顔で僕を咎めた。
「……毎日、これを、毎日」
「………そう、毎日」
「……君、君は」
「朝と昼は普通だった。私達が死なないように、栄養が高い物を食べさせてくれた。晩御飯は他の人に言ったら駄目って言われた。外では普通にしてなさいって言われた。バレたら、お前の指を食べさせるって言ってた。吐いても、飲み込むまで何回も口に押し込まれるから、飲み込むしかなかった。お父さん、毎日楽しそうだった」
「………なんで、なんで逃げなかった」
「逃げたかった。毎日毎日何回も何回も死のうと思った」
「じゃあ!」
「……でも、私が逃げたらお母さんが、お父さんと二人きりになっちゃう。そんなの、お母さんが死んじゃう。お母さんだけだった。私の事、ずっと愛してくれてた。お母さんだけが」
「…………っ!……じゃあ、なんで今日死ぬんだ?お母さんは、もういいのか?」
「………そういえば、昨日の分はまだ書いてなかった」
「………?」
「昨日の晩御飯はね」
『お母さん』
「お父さん、笑ってたわ。『母さんが死んでくれなきゃ、お前が晩御飯だったぞ』って。………だから、もういいの。私が生きる理由は、もうない、から」
彼女は、泣いていた。
「なんで、君が」
「だって、死んじゃった」
彼女は、泣いていた。
「君は何も、悪くないだろ」
「お母さん、死んじゃった」
彼女は、泣いていた。
「なんで君が!そんなことしなくちゃならない!」
「そんなの、聞かないで、あたしに!聞かないで!」
彼女は__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
今日はここまでです。
読んでくださっている方々。
ありがとうございます。
俺の友人の話をしよう。
彼奴は『友人』という素朴な言葉を好いていた。
俺は余り好きじゃないが、まぁ、彼奴を語るんだ。彼奴の言葉で語ろう。
彼奴は真面目な奴だった。
普通に勉強もできるし、普通に運動もできるし、普通に普通な友達が居た。
はたから見ていても普通で、だからこそ、初めて話した時は驚いた。
こんなに普通な奴が、俺の話について来れることが。
自慢じゃないが、俺には友人と呼べる人間が久しくいなかった。
どいつもこいつも俺の高次元な持論を理解できず、俺を避けていた。
彼奴だけだった。俺の矛盾を見つけれる奴は。
そんなこんなで、誰にも話してこなかった俺の持論達を、彼奴に披露してやっている。
いつもは俺の持論を、彼奴が少し笑って終わるのだが。
一度だけ、彼奴が俺の持論に反論したことがあった。
その時の、話だ。
ある日の昼休み。
「疑わしきは罰しないって言葉が有るな?」
「………現在の日本の、罪と罰に対するスタンスだな。それが、何?」
「あれは間違ってると思うんだよ」
「………とりあえず聞こうか」
彼奴が箸で俺を指した。
意外に行儀が悪い彼奴だった。
「だって、悪いことした奴が、無罪になる確率が高いだろ?それは駄目だ。罪は必ず罰されるべきだ。世界のプラスマイナスが取れない。罪に対して何の罰もなかったら、マイナスだ。埋めれないマイナスができちまう」
「…………」
彼奴は黙って卵焼きを食べていた。
また、大袈裟だなんだと考えているのだろう。
少なくとも、聞き流しているということは絶対にない。
俺の希望とか、そんなんじゃなく、人の話はちゃんと聞く奴なのだ。彼奴は。
「つまりだ、俺が言いたいのは……」
「それは、違うだろう」
「………ん?」
彼奴が、俺の持論に異を唱えるのは後にも先にもこれだけだったので、対応が少し遅れてしまった。
「だって、疑わしきを罰したら、悪くない奴を罰したら、そっちの方がマイナスだ。埋めようがないマイナスだ。そんなの、優しい奴の居場所がなくなる。それだけは駄目だ。理不尽だ」
「ふぅん………」
「そんな理不尽な世界なら、優しい奴である意味がなくなる。優しい奴がいなくなる。世界からプラスがなくなる。それだけは、駄目だ」
「…………それで?」
「それで、つまり、僕は世界にとってプラスだ」
特にナルシストでもなんでもない彼奴はそんな風に話を終わらせた。
やっぱり彼奴にナルシーな言葉は似合わない。
いくら俺の話を理解できるからと言っても、この自己肯定術は俺以外には不可能だ。
でもまぁ、彼奴の言うことは、それなりに正しいと思う。
確かに彼奴は、優しい奴だ。
「………っていうのが、理由らしい」
彼に全てを説明した。
絵画は『39』。彼女のスマホを調べるのに結構回数を食った。
「ほーん」
彼は間抜けな声を出した。これで真面目に聞いてるんだからタチが悪い。
「………何か、妙だな」
「………そりゃ、妙だろうな」
「そうじゃない。俺が言ってるのは死んだ理由じゃなくて、そいつはなんで、お前にそれを喋ったんだ? 簡単に教えるような事じゃないし、簡単に教えるような人間でもないだろ」
「いや、それは、彼女が話したんじゃなくて、俺がスマホの日記を……」
「スマホに書いてあったのは、晩御飯だけだろ?父親とか、母親のことは、全部そいつが話したんだろ?」
「………確かに、そうだ。それに、わざわざそんな日記を書いてるのも変だ。むしろ一番記録したくないことのはずなのに」
「多分、箔を付けたかったんだろ」
「………箔?」
「自殺した少女のスマホからそんなデータが出てきたら、間違いなく父親は罪に問われる。お前に話したのも、同じ理由だ。バッシングを、増やそうとしたんだ」
多分、彼の言う通りだ。
だとしたら、彼女はどんな気持ちであんな日記を付けていたのだろう。
いつか、父親に復讐するために、文字通り、様々な物を飲み込んで、その体を犠牲にして。
思えば思うほど。理不尽だ。
どうして、彼女が。
「………それで、どうしたらいい?」
「は?何が?」
……………。
「どうしたら、何をどう言えば、彼女を救える?」
「…………解らん」
「………それっぽいこと考えるのは得意だろ」
「お前俺のことそんな風に思ってたの?ちょっとショックなんだけど」
「今はそういうのいいから」
彼は常に不謹慎な奴だった。
「………『それっぽいこと』で救えるほど、人の命は軽くねーよ」
「………」
彼は、繰り返した。
「それに、もし俺がそいつの命を救いうる言葉を思い付いたって、それを実際に届けるのは、お前なんだ。それじゃあ駄目だ。お前の言葉で救わなきゃ。人から借りた言葉で、救える命はねーよ」
「………でも、俺には解らない。彼女に、なんて言えばいいのか」
「駄々こねてんじゃねーよ。お前がどうあれ、お前しか居ないんだ。お前だけなんだよ。そいつを救える奴は」
「………俺、だけ」
「やるしかねーんだ。やらなきゃループから抜け出せない。そしてなにより、悪くない奴が、罰を受けちゃならねーんだろ?」
いつの話だったか。そんなことを、口走った気がする。
「………やるだけ、やってみる」
「おう。それしかねーからな。がーんば」
僕はホームの端へ向かった。
「………君のお母さんはこんなこと望んでない」
「………誰ですか?あなた」
まぁ、こうなるよな。
「あなたの、ストーカーです。家の中も何回も覗きました。あなたの全てを知っています。あなたが受けてきた物も、あなたが今から何をしようとしているかも」
「……………」
彼女は、黙り込んだ。
「お母さんは、君のために死んだんだ。だから、君は……」
「うるさい、あなたが何を知ってるって言うの!」
「全部だよ。ストーカー、だから」
少し苦しいかもしれない。
「じゃあ、なんで」
「………」
「じゃあ、なんで!助けてくれなかったの!」
「………それは」
「全部知ってるんでしょ!?全部見てきたんでしょ!?なんで、なんで助けてくれなかったの!」
「………」
「あんたなんかには解んない!お母さんにしか解らないの!私を知ってるのはお母さんだけなの!お母さんだけ!お母さんだけが!」
…………駄目だ。やっぱり、解らない。
どうすればいい。こんなの。
「あなたには死ねないでしょ!私のために死ねないでしょ!お母さんは死んでくれた!だから私も死ぬの!お母さんのために死ぬの!」
どうすればいい。
「………さよなら。精々、警察には大袈裟に伝えてね」
彼女は__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
『38』『37』『35』『31』『26』
絵画は、僕の目に映る姿を変え続ける。
まるで、解りきった答えを、新しく問い直すように。
そうだ。もう『答えは解りきっている』のだ。
僕が解らないふりをしているだけで。
どうすればいい。なんて。わざとらしい。
もう、やめよう。
僕も彼も、そういう、わざとらしい展開が嫌いだったはずだ。
『25』
「__あなたには[ピーーー]ないでしょ!私のために[ピーーー]ないでしょ!お母さんは死んでくれた!だから私も死ぬの!お母さんのために死ぬの!」
「じゃあ」
「……………何?」
「君のために僕が死んだら、君は死ぬのをやめてくれる?」
人の死を変えるのは、また別の人の死。お決まりだ。
「うん、いいよ。あんたが死んだくれたら。自殺はやめる。死んでくれたら、だけどね。どうせ無理!あなたはお母さんじゃないもん!」
「………わかった」
黄色い線を跨いで、線路の前に立つ。
彼女より前に立ったのは、これが初めてだった。
彼女は、何回この光景を見たのだろう。
何回、死を選んだのだろう。
足が震える。手も、喉も、頭も。体全身の震えが止まらない。
けれど、彼女にできたことだ。僕ができなきゃ、話にならない。
僕にだってできる。できるさ。
だから。
『25』
「__あなたには死ねないでしょ!私のために死ねないでしょ!お母さんは死んでくれた!だから私も死ぬの!お母さんのために死ぬの!」
「じゃあ」
「……………何?」
「君のために僕が死んだら、君は死ぬのをやめてくれる?」
人の死を変えるのは、また別の人の死。お決まりだ。
「うん、いいよ。あんたが死んだくれたら。自殺はやめる。死んでくれたら、だけどね。どうせ無理!あなたはお母さんじゃないもん!」
「………わかった」
黄色い線を跨いで、線路の前に立つ。
彼女より前に立ったのは、これが初めてだった。
彼女は、何回この光景を見たのだろう。
何回、死を選んだのだろう。
足が震える。手も、喉も、頭も。体全身の震えが止まらない。
けれど、彼女にできたことだ。僕ができなきゃ、話にならない。
僕にだってできる。できるさ。
だから。
「………一回だけ」
「………はぁ?」
「あと23回あるけど、何回もやってたら、多分もっと怖くなるから。一回だけ」
「………何の話?」
「あと一回だけ、待ってくれ。彼と、話がしたいんだ」
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
今日はここまでです。
読んでくださっている方々。
ありがとうございます。
彼女の話をしよう。
といっても、僕は彼女を語れるほど彼女を知らない。
確かに、スマホを色々調べて、果てにはあんな日記さえも知ってしまったが。
あれが彼女の全てだなんて、あんまりじゃないか。
いつか、彼女を語れるほど、彼女を深く愛してくれる人間に、彼女がもう一度出会えますように。
そのために死ぬなら。僕は。
彼に全て話した。まるで彼も一緒に居たかのように、全て、つまびらかに。
ループしていることも。
彼女が死のうとしていることも。
僕がそれを止めなければならないことも。
そのゴールが見えていることも。
少しだけ、怖いことも。
「………マジで?」
彼はここで初めて、僕に事実を聞き返した。
「マジだよ」
「そっかぁー……死ぬのかぁー……」
「あぁ、死ぬ」
「………何時決めた?」
「……つい、さっき。それまでずっと、迷ってた」
「怖ぇだろ」
「………かなり」
「やめても、いいと思うぜ」
僕は、揺らいだ。
「会ったばかりの他人と、自分を秤にかけて他人が選べる奴なんてほとんど居ない。居たとしても、それは優しさとかじゃなくてただの馬鹿だよ」
僕は、揺らいだ。
「それに、その絵画が『0』に成っても多分ペナルティはない。死ぬより高いペナルティなんて無いからな」
僕は、揺らいだ。
「そこでカウントが『0』になるまで待ってりゃいい。それだけだ。誰も知らない。誰も責めない」
僕は、揺らいだ。
けど。
「……それでも、僕は、死ぬ。彼女を救う。救えた命を背負って生きれるほど、僕は強くない」
「………いいや、お前は強いよ。十分強い。強すぎる」
「………それにさ、僕の中のお前が言うんだ」
「なんて?」
「『ヒーローに、なっちまえ』って」
「………俺らしい。中々再現度が高いな」
「だから、行くよ。僕は、彼女を救う」
「はぁー………」
彼は大きく溜め息を吐いて、言った。
「かっこいいなぁ………お前」
「………ありがとう」
「じゃあな。お前と友人で良かった」
「さよなら。お前が友人で良かった」
通話の切れる音をしっかりと聞き届けて、僕はホームに向かった。
「__うん、いいよ。あんたが死んだくれたら。自殺はやめる。死んでくれたら、だけどね。どうせ無理!あなたはお母さんじゃないもん!」
「………わかった」
黄色い線を跨いで、線路の前に立つ。
足が震える。手も、喉も、頭も。体全身の震えが止まらない。
怖いものは、怖い。怖い。怖い。
全然、かっこよくない。
それでも、僕は死ぬ。死ねる。
電車の迫る音がする。
大丈夫だ。問題ない。簡単だ。体を前に倒すだけ。
お手本なら、何度も見てきた。
彼女は、後ろでどんな顔で僕を見ているだろう。
きっと、死ねるわけないと思っていることだろう。
見くびるなよ。
君のために死ねる人間なんて、君のお母さん以外にも何人も居るんだ。
僕が今ここに居るし、そんな人間に、君はいつかまたきっと出会う。
だから。
「僕の分まで__」
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
「……………は?」
は?は?はぁ?
すぐさま絵画を見る。
『23』。
ひとつ、減っている。
巻き戻って、いる。
まさか。
「僕も死んじゃ駄目なのか……?」
「………なんだそりゃ」
「こっちの台詞だ………」
ライフライン。
「はぁ、ダサっ。あんなにお別れモード漂わせてたのによ」
「まだ『前回』のやりとりは言ってないだろ。なんで解る」
「なんとなく解るよ。どうせ思いっきりカッコつけたんだろ?『 ……それでも、僕は、死ぬ。彼女を救う。救えた命を背負って生きれるほど、僕は強くない』とか言って」
「なんで解るんだよ……」
彼はたまにサトリっぽい鋭さを見せる。本当にたまに。
「そんで、どうすんだよ。お前が死ぬ以外に、そいつを救う方法があんのか?」
「そこだよなぁ……。本当にどうすればいいんだ」
カウントは既に全体の1/3まで来ている。
ここに来て、僕の葛藤による浪費が響いてくる。
「そんなの俺が知るかよ。漫画ならここで終わりだ。奇跡で生き残るか、栄誉のままに死ぬか。他にも色々あるが、とりあえず終わりだ。主人公が死んでもループなんて、初めて聞く」
「だが、救わなければ。それはもう決定事項だ」
「かっこいいねぇ。しかし、難しいと思うぜ。何回繰り返しても、そいつにとっては初対面だ。何言っても口先だけとしか思われねーだろうよ。言葉じゃなくて行動で示さないとな」
それこそ、代わりに死ぬくらいの。
彼はそう付け足した。
「しかし、それが実行できないから……」
「いや、やりようはあると思うぜ」
「………どうやって」
「つまりよ。口先だけじゃないってことを解らせればいいんだ。そいつのためにお前は死ねるって解らせればいいんだ。結果として死ぬかどうかはどうでもいい」
なんとなく解ってきた。
「死ぬと見せかけて生き残る。こうすればお前の命は保たれたまま、そいつもお前の命懸けの行動に心打たれるだろう」
「なるほどな、確かにそれができればいいが、不可能だろう。死ぬと見せかけて生き残るなんて」
「腹に鉄板仕込むとか」
「計算ずくっていうのがバレたら駄目だ。最初から死ぬつもりはなかったと思われる。そんなことがバレたら彼女はもっと人間に失望する。そんなあからさまな手段は使えない」
それと仕込む鉄板は駅にはないし、鉄板では電車には勝てない。
「でも、実際に死ぬわけにはいかないんだしよ。うまく騙すしかねーだろ」
「騙す。って」
「でも、そいつのためなら命も惜しくないって想いは本物なんだろ?」
「………」
「じゃあ、大丈夫だ」
「……けど、肝心なその騙す手段が……」
「なぁに、試行錯誤するチャンスならまだまだあるだろ。トライアンドエラー。がーんば」
そこで彼との通話は切れてしまった。
もう話すことも、話せることもないということだろう。
トライアンドエラー。か。
その結果、自ら舌を噛みきる少女を見るはめになったのが、遠い昔のように思えた。
あれから、『44』回。
あと、『22』回。
今日はここまでです。
中途半端な終わり方ですいません。
読んでくださっている方々。
ありがとうございます。
「__うん、いいよ。あんたが死んだくれたら。自殺はやめる。死んでくれたら、だけどね。どうせ無理!あなたはお母さんじゃないもん!」
「ナイフを貸してくれ。それで死ぬから」
人の心臓は体の中央より少し左にある。
だから、その逆。
体の中央から少し右を刺せば、心臓に刺したと言うインパクトはそのままに、ギリギリ致命傷ですむはずだ。
あとは、救急車次第でなんとかなるかもしれない。
とにかく、致命傷でいい。生きてさえいればいい。
前に彼女にナイフで刺された時は、巻き戻らなかった。どうやら、生き延びる見込みすらない場合のみを『死』とカウントするらしい。
とはいえ、それが本当に致命傷だけで済むのかどうかは解らないし、自分で自分を傷つける恐怖は、尋常ではないけれど。
舌をかみきる少女を救うのだ。
僕がナイフぐらいで怯えてちゃ話にならない。
しかし、更に『話にならない』ことを、彼女は言った。
「ナイフなんて持ってないわよ」
そんなはずはない。
彼女のナイフが彼女と、僕を傷つけたことは、鮮明に覚えている。
「………そんなはずはない。君はナイフを持っている」
「持ってないってば。それに、持ってたとしても、貸さない」
「……なんで」
「ナイフで自殺なんて、いかにも細工しやすそうじゃない」
読まれて、いる。
「いや、そんなことは」
「図星。って顔。やっぱりそうだ。死ぬふりだけして、捨て身のヒーローになりたいだけなんだ、あんた」
それもまさしく図星だった。
「いや、そんなことは」
「じゃあ電車で死んで。それか」
彼女は、たっぷり間を開けて言った。
「舌を噛みきって」
「………!」
「できないでしょ。捨て身のヒーローさんには」
「ちょ、待っ」
「そんなお芝居はよそでやって」
彼女は僕の脇をすり抜け、線路に向かう。
電車の迫る音がする。
「私の、邪魔しないで」
伸ばした僕の右手は、むなしく空を掻き__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
『ナイフで自殺なんて、いかにも細工しやすそうじゃない』
普通、自分のために死んでくれるって人に、そんなこと考えるだろうか。
まぁ、そもそも彼女は普通ではないけれど。
彼女は、思ったより人間に失望している。
しかし、やはりそれも当たり前のことなのかも知れない。
あんな仕打ちの中で育ったなら。
父と母。本来、どちらからも同等の愛を受けとるはずが、あんなにも差があったなら。
喉を焼けるような痛みを分かちあってくれる優しさが、彼女にどれほど眩しく写っただろう。
ならば、その優しさ以外が信じられなくなるのも、当たり前のことなのかも知れない。
その仮説が正しいことか、僕には全く解らないし、語れないことだけれど。
さて、エラーの次はトライだ。
自殺方法はほぼ『線路に飛び降り』に限定されてしまったけど、まぁ、早々に解ってよかった。
どうにかしよう。
「__うん、いいよ。あんたが死んだくれたら。自殺はやめる。死んでくれたら、だけどね。どうせ無理!あなたはお母さんじゃないもん!」
「わかった」
次は受け身を取ろうと思う。
電車相手に、受け身。
焼け石に水も甚だしいが、それで生き残るかも知れないのだ。最悪、植物人間になってもいい。生き残る確率を少しでも上げるのが最も重要。
いや、それにしたって全く意味の無いことかも知れないが、やっぱりやってみなくちゃ解らない。
たまには彼も正論を言う。とにかくトライアンドエラーだ。
そして、いつも通り電車がやってくる。
前々回と倒れ込むタイミングは同じだが、今度は体を捻らせ、体へのショックを最小__
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
………駄目か。
体に何かぶつかる感触さえなかった。
焼け石に水どころではなかったようだ。全くの無駄だった。
電車に当たりながらも生き残るというのは無理だ。
しかし、ならばもう打つ手がなくなってしまう。
彼女が電車で死ねと言っている以上、電車で死ぬしかないが、電車だと死んでしまう。
八方塞がり。
こういう時、事態を変えてくれる奴は、やっぱり彼だ。
………ライフライン。
「前回の俺は切ったんだろ?なら今の俺からも言えることはもうねーだろうよ」
「………そこを、なんとか」
「ねーよ。無いもんは無い。後はもうお前だけの問題だ」
「……なんでもいい。本当になんでもいいから、何か」
僕だけじゃ、もうどうしようもない。
彼女を救えない。
「…………強いて、言うなら」
「何だ?」
「強いて言うなら、変だな」
「…………何が?」
「あぁ、変だ。ループ物のお約束に則るなら、お前が死を選んだ時点で普通はそこで終わる。その先も続くっていうのは、変だ。違和感がする。こんなに物語らしいことをして置いて、劇的じゃない」
「………前のお前も同じこと言ってたよ」
「……だから言えることはもう無いっつったろがよ」
彼は呆れた声を出した。
呆れたいのはこっちだ。本当にもう、ないのか?
「じゃあな、もうかけんなよ。時間の無駄だ。そんな無駄があったら考えろ。一秒でも多く」
「………わかった。やるよ」
「まぁ、なんだ。応援はするぜ。頑張れ」
通話が切れる。
彼にしては、真面目な応援だった。
きっと、彼にとっては最大のエールなんだろう。
「………やる、か」
とはいえ、そんな気持ち一つでこの状況は変わらない。
気持ちだけで何かを変えれるような世界なら、そもそも彼女のような存在は生まれない。
その気持ちに見合うだけの何かがなければ。
僕の場合、その何かが見つからない。
『19』『17』『14』『9』『6』
ただただ時間は過ぎて、巻き戻る。
やはり、僕には救えないのだろうか。
薄々感じていたことだ。
何十回と失敗を繰り返して、それでもどうこうしようと思えるほど、やっぱり僕は強くない。
「………いや」
それでも、諦めちゃ駄目だ。
彼女はもう既に諦めてる。だから、僕だけは諦めちゃ駄目だ。
『1』
みっともなくても、潔くなくても、往生際が悪くても、それだけは避けなきゃならない事なんだ。
「__うん、いいよ。あんたが死んだくれたら。自殺はやめる。死んでくれたら、だけどね。どうせ無理!あなたはお母さんじゃないもん!」
「わかった」
考えろ。
彼は『変』と言った。
何が変か。あそこまで物語が進んでいながら、僕の死も許されなかったことが、だ。
確かに、変だ。
物語が劇的にフィナーレを迎えるには、最高のタイミングだったはずだ。
物語なら、劇的には、と考えるのは全く持って現実的ではない。ただのわがままのような物だけれど。
この出来事を現実と呼ぶには、些か意味が離れている。
では、この物語は何故、劇的に終わらないのか。
僕の死で、巻き戻るのか。
いや、本当に僕の死で巻き戻ったのか?
やっぱりこの物語の終わりは僕の死で、何か別の理由で、僕が死ぬ前に巻き戻っていたとしたら?
何か別の理由。
そんなの、一つしかない。
彼女より前に立ってから、そこで僕は初めて、振り返った。
「………何してる……!」
彼女は両逆手でナイフを持ち、高々と構えていた。
いつか見た光景。彼女が死ぬ前の光景。
「見れば解るでしょ。自殺しようとしてるの」
「僕が代わりに死ぬって言っただろう!どうして君が!」
「でも、死ねないでしょ?死なないでしょ?やっぱり死ねないで、私を見たら、あんたは死体を見つけるの。ふふ、ふふふ。あんたなんかに、ふふ」
彼女は、電車が来た瞬間に死んでいたのだ。
僕の死に様を見ることなく。
彼女は、思ったより人間に失望している。
けど、それも、ここまでだ。
「あと一分くらいかな。カウントダウンしてあげる。私の、だけど」
僕の死の後、彼女がもう一度、誰かを信じられますように。
「56、55、54、」
僕は線路に跳んだ。
「__!?」
こうすれば、彼女が死ぬより早く、僕が死ぬことを伝えられる。
「ばっ、馬鹿!あんた何してんの!」
「見れば解るだろ。自殺しようとしてるのさ。君のために」
「………ふふ、嘘、嘘。いざ電車が来たら、怖くなって、這い上がろうとするに決まってる」
「…………あぁ、怖いよ。怖い。今すぐにでも隠れたい。生きてたい」
「………だったら」
「それでも!」
電車の音がする。
それに負けないように叫ぶ。
陳腐でありきたりだけど、伝えなければ。
彼女に、伝えなければ。
「君を救えないまま、この時間を終わらせてしまう方がもっと怖い!」
「………っ。なんで、ただの通りすがりのくせに、なんでっ!」
電車の音がとても近くに感じる。
線路からだと、こんな風に聞こえるのか。
「駄目、なんで、駄目、駄目」
もう、助からない位置まで電車が迫る。
僕は死ぬ。
けど、これでいい。
これでいい。
「__駄目ぇっ!」
彼女は、跳んだ。
僕を、助けようとした?
体が僕と重なる。
そんな、台無しだ。
このままじゃ、彼女を救えないどころか、僕まで__
ここまで読んでくださっている方々。
ありがとうございます。
もう少しだけ、続きます。
目を開けると、知らない天井が見えた。
「お、起きたか」
彼だ。
パイプ椅子の上で、本を閉じていた。
僕は体をゆっくりと起こした。
「ここ、は?」
「病院だよ。別に外傷は無いみたいだが……」
「彼女は!?」
「……起きて早速それか」
「彼女は!?どうなった!?」
「ほれ」
彼が僕の太股を指した。
そこには、僕の太股に頭を乗せて寝ている、彼女がいた。
助かった。のか。僕ら二人とも。
「そいつ、ずっとお前のそばに居たぜ。事件の夜からずっと。何度クールに去りそうになったか」
「………何故だ?何で、生きてる?」
あの時、間違いなく僕らは。
「電車と線路の間」
「………は?」
「電車の真下と、線路の真上。まぁ、二人くらいなら潜り込めるだろうよ」
「つまり、車体は僕らの上を通ったってことか?」
「そういうことだ。そいつがそれを狙ってやったかどうかは知らん。が、お前を助けようとしたのは間違いないだろうし、その結果お前らが生きてるのも事実だ」
「……………」
彼の言葉を思い出す。
『漫画ならここで終わりだ。奇跡で生き残るか、栄誉のままに死ぬか』
「その『奇跡』の方だった訳だ。おめでとう。コングラッチュレーション」
彼がわざとらしく手を叩いた。
「彼女の父親は、どうなった?」
「あぁ、今は俺の家で監禁中だ。どうする?このまま正当な裁判か、殺すか、同じ目に会ってもらうか」
「………それを決めるのは僕じゃない。その罰を決めていいのは、彼女と、彼女の母親だけだ」
「………了解」
そして、彼女の寝顔がふいに覚める。
「ん、んぅ………」
「あ、起きた」
彼女と目が合う。
「…………………あ、あ」
彼女の喉から、嗚咽が漏れる。
「あ、えっと」
「あっ、う、うぅあ、あ」
「………おはよう」
彼女は、泣いた。
僕の胸の中、大声で。
僕は泣きじゃくる彼女を、優しく抱き寄せた。
嗚呼、救えた。僕は彼女を、救えたのだ。
「つっても、やっぱり手放しのハッピーエンドとは行かないんだなー」
彼がおもむろに席から立ち上がった。
その時、彼女の肩が震えたのが解った。
そのまま彼がこちらに、彼女に近づく。
「…………ひっ」
すると彼女は、僕の後ろに身を隠してしまった。
明らかに、彼に怯えている。
「お前、彼女に何した」
「何もしてないんだなーこれが」
「嘘吐け、何もしてないのにこんなに怖がる訳ないだろ」
「何もしてないのにこんなに怖がる訳があるんだよ」
彼はビッと彼女を指した。
「『人間恐怖性』。お前以外の人間皆が怖いらしい」
「………………」
そういえば、彼女はお母さん以外を信じられなくなっていた。
それが今、悪化した訳だ。
対象を僕に変えて。
「まぁ、極端なんだよな。周りの人間が。凄い酷い父、凄い優しい母とお前。そりゃまぁ普通には生きられんだろうよ」
「………はぁ………」
一難去ってまた一難。
「それもまた一興だろうよ」
彼は怖がる彼女を面白がって、ずいずいと距離を詰めて行った。
「…………ひっ、ひっ」
彼女が僕の肩にしがみ付いていた。
「………やめろよ。小学生か」
「うりゃうりゃ」
彼がお見舞い用であろう林檎を投げた。
その時、微かだが、肩から声が聞こえた。
「助けてぇ……」
それは、紛れもない、SOSだった。
いつまでも死にたがっていた彼女からの、初めての救難信号。
それに気を取られ、林檎を避けれなかった。
「あでっ」
「避けろよ」
また、肩から声が聞こえる。
「あ、だ、大丈夫?」
『幸せを考えない。もしくは、考えられない。そういう奴はもう生きてないんだ』
彼の言葉だ。
『助けて』『大丈夫?』
彼女は、生き返ったのだ。
自分のことを考える。
相手のことを考える。
それができるようになった。
「つっても、まだスタートラインに立っただけだけどな」
「………まぁ、でも、大丈夫だろ」
明日はまだ何度だって来る。
たかが『66』回じゃ終わらないのだから。
以上になります。
saga忘れ等、至らぬ点が多々ありましたが、
最後まで読んでくださった方。
途中でレスをくれた方。
本当にありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
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