穂乃果「大江戸物語」 (28)
私にはどう言うわけか、不思議な力があるそうで、その私の力を目当てに人々が私に貢いでくれる。
その代償か私には足がない。
幼少時代に親から遊郭へ売られた。
吉原に向かう道中、私はこれから先の事を考えると怖くて嫌気が差して逃げた。
走って、走って、走って、足は傷だらけで何かの菌が入ったのか、両足は大きく腫れ上がり。
私の体調も同時に悪化していた。
子供の私にはどうしようも無かった。
親の元に帰れば罵倒を浴びせられながら殴り殺されるだろう。
あの時、逃げなければこんな苦しい思いもせずに済んだ。
恐らく誰も住んでいなさそうなボロ屋を見付け。
猫が時々顔を覗かせて来るこのボロ屋でただ死ぬのを待っていた。
赤黒く変色した足は大きく膿んでおり。
少し押しただけで、緑色の臭い液体が毛穴から吹き出した。
こんな死に方なんて望んでいない。
私は切に願った。
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意識も朦朧とし、死への恐怖を無くなった頃。
また猫がこちらを伺っていた。
死体になった私を食べようとしているのか、ただ私を見据え動かない。
「こら、馬鹿猫!それは大事な物なの返しなさいよ!」
人の声。
ここの家主だろうか?
見つかったら助けてくれるだろうか?
いや、他人の家を膿と血で汚しているのだ。
私が死んでくれるのを望むだろう。
いつの間にか猫はいなくなっており、変わりに顔を覗かしているのは人。
「大変」
彼女は慌てて私の頬を叩いた。
穂乃果「・・・んっ」
いきなり私の頬を叩くこの女性は私が微かに反応したのを見てあちこち体を触り始める。
匂いや足の酷い見た目に臆せず。
私の体をペタペタと触るこの女性は頭を横に振った。
「これじゃあもう・・・」
何がこれで何がもうなのか大体察しは着いたが、他人からもうすぐ死ぬと伝えられると麻痺した死の恐怖も蘇ってきて。
私は力の限り。
穂乃果「・・・死にたくない」
と言った。
女性はこくりと頷いて。
私は木の枝を咥えさせられる。
「ごめんね」
彼女は近くにあった石を取り、大きく振りかぶって。
私の両足の骨を砕いた。
痛くは無かった。
ただ、膿や血が彼女の着物に沢山着いたので申し訳ないと思った。
彼女は布で私の太もも辺りをキツく縛り、刃物を取り出して足を切り出した。
ここで、私は彼女が医者なのだと分かった。
しばらくして、もう日が落ちかけている頃。
足は完全に私の体の一部では無くなり。
今、彼女は私におにぎりと水を私に与えていた。
「良かったわね。あの猫に感謝しなきゃ」
私はここで、あの猫がこの医者を連れて来てくれたのだと知る。
「私の家、ここからそう遠くないの。あなたが元気になるまでお薬と様子を見てあげる」
私は久しぶりに感じる人の暖かさに、心地良さを感じ。
この日は眠った。
次の朝、起きたら。
彼女は大きな荷物を持っており、大きな平らな石を火で熱し始め。
充分熱くなった石を切断面に押し付けて止血した。
この時ばかりは痛みを感じなくて良かったと思う。
数日が経ち、彼女はいつもご飯とお水そして薬を持って来てくれた。
体調も徐々にだが良くなり。
彼女とも打ち解けた私はよく話すようになった。
名前は真姫と言うようで。
私の予想した通り医者だった。
良い所の産まれらしく、本当は私を綺麗な場所で見てあげたいけど無理なのと言った。
確かに、彼女には気品な様な物が感じられ。
持って来るご飯はどれも美味しい。
彼女と約束した事がある。
約束と言うか、私が一方的に取り決めた事だけど。
命の恩人の彼女に何かしたいと思った私は彼女に必ず医療費を払うと約束した。
ある日。真姫は来なくなった。
どういう理由かは分からない。
あれだけ、楽しく話していた真姫に何があったのかも分からない。
ただ、私は数日彼女を待ち。
お腹も喉も限界になった頃、私は町へ向かって這い始めた。
この町で真姫の事を聞いても何も情報は得られず。
地ベタに座り、私は物乞いをするようになった。
それからだ。
私には予言が出来ると知ったのは。
海未「穂乃果」
気が付くと海未ちゃんが背後に立っていて、私は振り返る。
海未「今日のお客さんです」
私は予言の力で商売するようになり。
いつの間にか私を神と讃える人も増えてきた。
だから週に一回、海未ちゃんが私が予言するに相応しいと思った人を連れて来て私がその人を予言する。
これは海未ちゃんが提案した事で、私も賛成している事。
そうじゃないと私は予言のしすぎで疲れてしまうよ。
花陽「私の友達。どこにいるかわかりますか?」
穂乃果「お安い御用だよ。猫ね・・・」
私は目を閉じて、いつしか私を救ってくれた猫を思い出した。
【猫又の行方編】
心地良いんだこの居場所が。
緑色の瞳は盲目の彼女を見つめ。
盲目の彼女は私を優しく撫でる。
彼女の太ももは柔らかく暖かい。
この場所に居座ると私はついウトウトしてしまっていつ間にか眠っている。
ニャアと鳴いてみる。
彼女はまた優しく私を撫でた。
花陽「凛ちゃん」
凛「にゃぁ」
凛ちゃん。
これが、私に付けられた名前だ。
他でもない私だけの名前だ。
私はこの名前を呼ばれると決まってにゃあと鳴き、彼女もまたふふふと笑う。
全てでは無いけど、人間の言葉を理解している私は彼女の話を聞き、私が猫又だと悟られないように時折にゃあと鳴いて返事をしてみせる。
私達、猫又は人間に正体を知られてはならない。
理由は分からないがそう言う掟がある。
人間の世界にも理由を分からないが掟を破らない風習はある。
猫又も同じだ。
花陽「凛ちゃんはどんな姿をしているのか知りたいなぁ」
盲目の彼女が抱く当たり前の願望だった。
私よりも外の風景を見れた方が心打たれるだろう。
それを知らず彼女は私を見たいと良く言う。
私は花陽の事が好きだ。
人間は私を見ては走って近付き抱き上げるのだけど、それが私にとってとても苛々する行為だとは思っていない。
だけど彼女は私が触って欲しい時に触り、抱いて欲しい時に抱く。
それに、この太ももはやっぱり魅力がある。
上を見上げて見ると日の光のような笑顔がそこにはある。
猫又と言えど、元々は猫。
この薄暗いボロ屋で私はこの笑顔で日向ぼっこをしている。
花陽「ふふっ。凛ちゃん私を見てる?」
凛「にゃあ」
花陽「ふふっそっか」
私の言葉など検討も付かないのに、彼女は相打ちをした。
それか、私の言葉を理解しているか・・・それは無いか。
花陽「凛ちゃんが来てくれて私はもう寂しくなくなったよ」
凛「にゃあ」
花陽は一度、これを言う。
私は何で人間は同じ事を何度も繰り返すのだろう?と疑問に思った。
花陽「あの日。凛ちゃんがひょっこりと私の太ももに乗っかって来た時は驚いたなぁ」
あの日。と言うのは私と彼女が始めて出会った日の事だ。
適当に町に暖かく狭い良い場所が無いかと探していると不用心にも戸が少し空いてる家があった。
しめしめ。
お腹も減ったし何か適当に食料でも盗んで行こうと思い家にこっそりと入ったが、その時の私は彼女が盲目だなんて事は知らないし、入るやいなやお互いの視線が合わさってしまい逃げようと身構えた。
しかし、彼女は立ち上がって私を追い払う事もせずただ黙って私を見ていた。
しばらく睨み合う私達。
ここで何かがおかしいなと気付く。
花陽は確かに私の方を向いていたが、私に気付いてる様子などなかった。
試しに少し動いてみる。
目はずっと一点を見たまま動かない。
大きく動いてみる。
やはり、一点を見たままだ。
ここで私は確信した。
彼女は目が見えていないのだと。
なら都合がいい。
いきなり見つかってしまって驚いたが何の事は無い。
目が見えていない彼女は私が家に入って来たことさえ分からない。
これは、食料が盗み放題だ。
しめしめ。
今度からお腹空いた時はここによろう。
仲間にも教えてやろう。
花陽「はっくしょん!」
凛「にゃんっ!」
予想出来ない事は生きてる中で良くある事だ。
特に全く身構えて無いのにいきなり大きな声でくしゃみをされれば驚くのは仕方のない事だ。
案の定、私は大きな声で鳴いてしまい花陽に存在がバレてしまった。
花陽「誰かいるの?」
私とした事が・・・忍び足には自信があったのに声を出してしまえば折角の特技も何の役にも立たない。
花陽「家には何もありませんよ」
そう言った彼女は何処か悲哀に満ち溢れていて、猫の私でも流石に可哀想だと思った。
と言うよりさっきの私が驚く声を聞いて猫だとは思わないのか?
確かに少し猫っぽくはない声だったし人間と思うのも無理は無い。
でも、にゃん!と聞こえれば何だ猫かと思うだろう普通。
花陽「ここには何もありませんよ」
また繰り返した。
私は返事をしようか迷っていたがそのまま忍び足で彼女に近付いて、彼女の太もも乗っかった。
花陽「ひゃっ・・・?ね、猫!?」
凛「にゃあ」
これは私流のお詫びの仕方だった。
盲目だから家の中を盗み放題荒らし放題という考えは変わった。
私はよく猫にしては慈愛があると言われる。
きっとそうなんだろう。
盲目の彼女から何か盗もうとした事が申し訳ないと思った。
それに、当の本人が何も無いと言うなら何も無いのだろうこの家は。
花陽「ふふっ。そっか猫かぁ~」
凛「にゃあ~」
彼女は私にそっと触れた。
花陽「ありがとう」
何のお礼か分からなかった。
花陽「私、ずっと一人だったから寂しくて」
どうやら彼女の寂しさを紛らわせたらしい。
花陽「これからもここに来てくれる?」
何処かで鈴の音がした。
その凛とした鈴の音は私達が出会った事を祝ってるかのようだったし、同時に私に名前が付いたきっかけでもあった。
花陽「名前は・・・凛ちゃんでいい?凛ちゃんまたここに来てくれる?」
凛「にゃ」
花陽「ありがとう」
彼女は言っていた。
ここには何も無いと、でもそうは思えない。
この暖かい場所は少なくとも私にはとても価値がある場所だ。
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