【艦これ】船上のメリークリスマス (20)

※独自設定、解釈あり
※地の文あり
※タイトル見ての通りクリスマスネタ
※残業明けでボロボロ、ミスしてたら許して……

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 ちらり、ちらり。

 見上げた視線の先、空を覆い尽くす鉛色の空から、雪が白い花びらのように舞い降りていた。

 ここは遮るもののない海の上だ。幸いにもこの時期にしては穏やかな波ではあったが、凍てつく空気に容赦はない。

 身体を二度、三度と震わせて、駆逐艦娘清霜は自らを抱きしめる。

「うう……さぶっ」

 厚い雲のせいで太陽は見えないが、日没が迫ってきていることを暗くなり始めた空が教えてくれていた。

 見張りの交代までは、まだ二時間はある。

 日が落ちた後の寒さを想像すると憂鬱だ。

「やっぱり、お茶もらってくればよかった……」

 戦艦を目指す自分にはこのくらいの寒さなど大したことはないと、せっかくの申し出を断ってしまった、少し前の自分の浅はかさを呪う。


 霞が聞いたら『あんた、バカじゃないの!?』の一言を確実に、熱いお茶と一緒に贈ってくれるはずだ。

「はいはい。どうせ清霜はおバカですよーだ……」

 想像の中の親友相手に悪態をついて、お帰りを願う。

 ただでさえ落ち込んでるときに、あのストレートな毒舌はきつすぎる。

 提督から半ば無理やりに持たされた外套の襟をぐっと引き寄せ、ささやかな抵抗をしてみるが、無いよりはマシ程度。期待したほどの効果はない。

 今度は、それを着込んだ清霜を見て、姉妹艦の長波が苦笑いを交えて言った言葉を思い出す。

 曰く『艤装をつけて自分で航行したほうがマシ』だ。

 確かに体を動かす分だけ多少はあったまるし、背中の艤装から発生する熱もある。

 それに装甲でもある障壁が、戦闘に支障のない程度には温度を調整してくれもする。

 けれど、そのどれもが海の上に立っていなければ使えない。


 ただ、うねりの高い冬の海の上に立ちたいかと言う根源的な問題が新たに持ち上がるし、遠くを見るためには少しでも高い位置にいたほうがいい。

 結局の所、輸送船の船橋上部に急ごしらえで設置された監視所を離れることはできない。

「重いし寒いし……もうやだ……」

 おまけに艦娘が艦娘としての力を発揮するために必要な艤装は、言ってしまえば金属の塊だ。

 不思議な力でその負担はかなり軽減されるとはいえ、まったくのゼロではなかったし、小柄な清霜にはそれでも充分に堪える。

 さらに、外気で余計に冷えた金属が外套越しに背中から熱を奪っていくのだから、清霜でなくとも涙目で泣き言の一つくらい言いたくなるだろう。

 それでも艤装を降ろすことはしない。

 祖国の近海まで来ているのは確かだったが、海は依然として敵である深海棲艦のテリトリーであることに変わりはない。

 敵の姿を見つければ、仲間に声をかけてすぐに戦闘態勢に移る必要がある。

 武装も、防御力もない輸送船の群れを護ることができるのは、清霜たち艦娘しかいないのだ。


 ――はぁ。

 ため息が白い靄になり、煙のように流れていく。

 それを何気なしに目で追っていると、ガチャガチャという音とともに後ろの床の一部が持ち上がり、ぽっかりと口を開いた。

 監視所と船橋をつなぐハシゴが、そこにはある。

「嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 にゅっと、その穴から顔を出してそう言ったのは、この輸送船の船長だ。

 ぎょろっとした目と、だるまのように丸い赤ら顔。

 普段は帽子をかぶっているから見えないが、頭頂部は――本人が言うには――かなり進化していて、その憎めない外見と合わせて、船員たちからは『河童船長』と呼ばれていた。

「もちろんです!」

 ああ、またやってしまったと頭では思っていても、全く別の生き物のように、清霜の口からは別の言葉が出る。


「清霜は戦艦になるんで、このくらいはへぃ――くしっ」

 すべてを言い終わる前に、なんとも可愛らしいくしゃみが出た。

 余りの間の悪さに、鼻をすすりながら苦笑いをするしかない。

「はっはっは。戦艦にしては可愛いくしゃみだ」

 笑いながら頭をくしゃくしゃと撫で回す船長に、清霜はちょとだけふてくされた顔で不満を伝える。

「おうおう、こいつはすまん」

 それに気がついた船長が慌てて手を引っ込め、小さなカップを清霜に手渡す。

「未来の大戦艦を子供扱いしちゃいかんな……こいつで機嫌を直しておくれ」

 そう言って、外套のポケットから使い込まれてボロボロになった魔法瓶を取り出すと、その中身を清霜のカップに注いでいく。

 もうもうと立ち込める湯気が、その液体の暖かさを教えてくれる。


 カップ越しに伝わるその熱で暖を取ろうと、手のひらで挟み転がす。

 中をのぞいてみれば、どろっとした白い液体には、少しだけ粒の残った米のようなものが見え隠れしていて、まるで粥のようだ。

「これ、何?」

「冷めないうちに飲みなさい、あったまるから」

「あ……うん。いただきます」

 漂う甘い香りを逃さぬように、ぬくもりを少しでも逃さぬようにと、両手でカップを包み込んだまま、口元へと運ぶ。

 どろっとした感触が口の中に入り込むと、甘みとわずかな酸味が広がっていく。

 鼻に抜ける、わずかなアルコールの風味が清霜には少しだけ苦手なものだったが、確かに体があったまっていくのを感じる。

「嬢ちゃんたちにはココアの方が良かったのかもしれんが、最近は手に入りにくいからな。これで我慢してくれ」

「ううん、美味しいよ! ありがとう! って、これお酒?」


「甘酒さ。娘の嫁ぎ先が造り酒屋でな――アルコールはほとんど飛んでるから心配いらんよ。仕事中に酔ってちゃまずいだろう?」

 その言葉で清霜の脳裏に、年がら年中陽気で豪快な、とある軽空母艦娘の姿が思い浮かぶ。

「……たまぁに、いるけどね。酔ったまま仕事してるんじゃないかなぁって人」

 清霜の大切な初めての唇を酔った勢いで奪い、鼻に抜けるアルコールの風味までついでに教えてくれたのはその軽空母だ。

 そう、ちょうど去年のこのくらいの時期だ。

 今思い出しても怒りがこみ上げてくる。

 あれはノーカウントだ。そう思っていても、記憶というものはなかなか都合よく改変されてはくれない。

「まぁ、このご時世だ。飲まなきゃやってられないって奴もいるだろうさ」

 清霜の顔が少しだけ曇るのを見て、船長がフォローを入れる。

 おそらく清霜の表情の意味を取り違えて解釈したのだろう。


 深海棲艦の出現で、海は危険な場所になっている。

 輸送船の乗組員とっても、それを護衛する艦娘にとってもだ。

 今日無事だから、明日も無事だとは限らない。海に関わるものは誰もがそんな毎日を送っているのだから、中には刹那的な楽しみを見つけ、それに浸る人間もいる。

 もっとも、その軽空母に限って言えば理由など関係なく、もともと酒が好きなだけだし、今日もおそらくは大騒ぎをしているはずだ。

 何しろクリスマスという大義名分を得ているのだから。

「船長さん、港まであとどのくらい?」

「そうだな……日付が変わる頃には入港できるはずだ。どうかしたのか?」

「ううん。今年はクリスマスできなかったなぁってね」

 しょんぼりと肩を落とす清霜。

 別にこの日が休みだと約束されているわけでも、逆に任務に出なければならないと決まっているわけでもない。


 たまたま、そんなスケジュールになってしまっただけだ。

 資源の輸送は頻繁に行われているのだから、そうなることは当然ある。

「ああ、そうか。今日がイブだったな、そういえば」

 鎮守府では毎年その日に、手隙の艦娘たちが付近の戦災遺児たちを集めて、ささやかなパーティを開いている。

 戦災遺児とは、例えば輸送船乗組員の子供達だ。

 割と知られた話になったそれを、宣撫工作という色気のない言葉で斬って捨てる人間もいる。

 けれど、艦娘にとっては普通の人と触れ合う数少ない機会でもあったし、そのおかげで自分たちの存在の意味をしっかりと認識することができる。

 そしてそれは艦娘たちにとって、辛い戦いを乗り越えていくための原動力の一つになっていた。

 いや、それですら外野の勝手な理由付けだ。

 当事者たちが互いにその日を楽しみにしているのだから、無関係な人間が無粋な言葉で台無しにしていいものではない。


 新聞紙面を飾っていた、パーティの一場面に映る子供達、艦娘たちの顔を見て船長はそう思っている。

「嬢ちゃんは、何をやったんだ?」

 その記事に書かれた出し物のくだりを思い出し、そんなことを聞いてみる。

「清霜はお守りを作ってみんなに配ってるの。長波姉さんも一緒にね」

 そう言って、ポケットから小さな貝殻を取りだして見せる。

 輸送船団の護衛が任務の大半で、落ち着く暇のない駆逐艦娘にできることなど、それほど多くはない。

 だから行った先で簡単に手に入る、祖国では珍しい綺麗な貝殻を拾い集め、南方の島で出会った現地の人に教わったやり方で、小さなお守りを作って手渡すことにしていた。

 それであれば、任務の合間のわずかな時間でも用意することができる。

 子供達の首に下げられたそれが二個、三個と増えていくことに、清霜は誇らしさも感じていた。この子達をまた一年守ることができたのだ、と。

 その一方で、最初の一つを渡す時はとても辛い。


 できるのはお守りを手渡して、抱きしめることだけだ。

 大切な人を守れなくてごめんね、と胸の内で謝罪を繰り返しながら。

 だから、今年はその役目を長波一人に任せてしまったのが心苦しい。

「そうそう。去年ね、お返しのプレゼントだって、こんな可愛い色のリボンもらっちゃったんだよ」

 うなじの辺りから少しだけ見えている、黄色のリボンをつついてみせる。

 同じものを長波も子供達から贈られ、髪を結ぶのに使っている。

「ほう。そりゃ大事にしなきゃならんな」

 船長が目を細める。

「うん?」

「黄色いリボンってのは、大切な人が無事に帰ってくることを願って庭先の木に結びつけたりするんだ」


「そうなの?」

「ああ。だから、その子達は嬢ちゃんが無事に帰ってきてくれることを願ってそれを選んだだろう」

 長波が戦場に出るときに、必ずこのリボンを身につける理由がようやくわかった。

 けれど、幼い子供達がそんな所以を知っていたとは思えない。

 きっと子供達から相談を受けた提督が教えたのだろう、と清霜はなんとなく思った。

 あの人らしい気の利かせ方だが、それを聞いた上でこの贈り物を選んでくれた子供達の気持ちが嬉しい。

 そしてそれを知ってしまうと、子供達に何もしてあげられないことが余計に残念でならなかった。

「今年はサンタになれなかったなぁ……」

 言葉とともに漏れ出したため息が、白い靄になって空に消えていく。

「そうでもないさ」


 船長が遠く――おそらくは港のある方向を見つめて言う。

「今、嬢ちゃんが護っているこの船団は、資源を積んでるんだ。国を動かすにはちっぽけな量だが、それでもたくさんの人が何日かを暮らしていくことができる」

 懐から一葉の写真を取り出す。

 清霜の前にかざされたそれには、二〇代くらいの青年夫婦と、おくるみに包まれた赤ん坊の姿。

「俺の娘夫婦と孫さ――この子達もこの資源で暮らしていけるんだ。何不自由なくとは言わない。それでも……たとえ一時だったとしても、それは最高のプレゼントなんじゃないか?」

 再び、大きな手がぐしゃぐしゃと清霜の頭をなで付ける。

 今度は不思議と嫌な気持ちはしなかった。

「それにな。俺たちが家に帰れるようにって、ちっこい身体でこんな必死に頑張ってくれてる」

 船長の優しい顔が、まっすぐに清霜へ向けられる。

「だから、ありがとうな」


 そして、なんの飾りもない、まっすぐで素朴な感謝の言葉が贈られた。

 清霜の目に光るものがにじむ。

「そっか……清霜は今年もサンタになれたのかぁ」

 涙をごまかすために空を見上げた清霜。

 その顔はやがて見た目に相応した屈託のない笑顔に変わっていく。

 まるで、プレゼントを受け取った子供のようだ。

「なんだか、船長さんもサンタさんみたい」

「いやいや、河童頭のトナカイだろう。ここも光るしな」

 寂しくなった頭をぺしっと叩いておどけてみせる。

「ううん。サンタだよ、絶対に」


 船長からのプレゼントは、間違いなく清霜に届いているのだから。

 それは形のない、何気ない言葉でしかないけれど、清霜の心にしっかりと届いた。

 何よりも嬉しい贈り物として。

 ちらり、ちらり。

 少しだけ大きくなった雪の花が舞う中、プレゼントを満載したソリのように、輸送船団は母港を目指して静かに進んでいく。

 今年はホワイトクリスマスになりそうだ。

 船長は空になったカップにまだ暖かい甘酒を注いで、遠くの空へ掲げる。

 清霜も満面の笑みでそれに倣う。

 皆にささやかな幸せを。船上からメリークリスマス。

 二人のサンタの小さな小さなクリスマスパーティは、そんな音頭と乾杯で静かに始まった。


 艦!

駆け足で失礼致しました。
後ほどHTML化依頼出しておきます。

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