鶴見留美は日陰で過ごしたい (209)

※注意点

・ルミルミものです
・モノローグ多いです
・想像と自己解釈で書いてる部分が多いので、他の人と解釈が違う部分もあるかと思います

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───またか。それが見えた瞬間、おもわず溜め息が漏れた。

登校してから教室でまず最初にするのは、その必要に駆られ、自衛のためにせざるを得なくなった確認の儀式。

くじ引きという公平なようで不平等なシステムによって自動的に決定された席につくと、鞄を置き屈み込む。

目で確認するまで決して手を入れないのが自然と習慣になった。長かった小学生の間のほんの一時ではあったが、執拗に続いた嫌がらせはこんなところにも私に寂しい影を落とす。

でも、ある出来事をきっかけにしてそれは徐々に減っていった。

だからといって簡単に仲良く溶け込むこともできなかったわけだけど、惨めな思いをしなくなって気が楽になったのも確かだった。

だからあの高校生達とあの出来事を、私は今もずっと忘れられずにいる。特に、印象的だったあの人のことは。

クリスマスイベントのお手伝いに参加して偶然再開できたその高校生達はとても優しくて、小学生の私には立派な大人に見えた。

やっぱりあのとき私達に向けた悪意は紛い物だ。私を救おうとやってくれたことなんだ。聞いてはいないけどそう確信できた私は、漠然と抱いていた憧れをさらに強いものにすることになった。

改めて机の中に入ったそれをうんざりした気持ちで眺める。幻覚でも見間違いでもなかった。

さすがに見つけてしまった以上このまま無視するわけにもいかず、そっと隠れるように開けて中を見ると、私を呼び出す内容の文章が男の子の字で書かれていた。

まぁわかってたけど、やっぱりねって感じ。

差出人は見覚えのある名前で、さらに気分が重く沈んでいくのがわかった。

話したことはほとんどないはずだけど、確か学年でそれなりにモテる部類に入る割と目立つ男子だったはずだ。

はぁ。面倒なことにならなきゃいいけど。

そんなことを思ってはみたけどもう慣れたもので、呼び出し時間である昼休みまでにあった午前中の授業は普段通り集中して受けることができた。



昼休みになるといつものように一人そそくさと教室を抜け出し、敷地内の隅にある木陰のベンチに向かった。

大体いつもこうして、あまり人の来ないお気に入りの場所で静かな昼食を済ませている。別に教室でそうしたっていいんだけど騒がしいのは苦手だし、何より微妙に気を遣われるのが嫌だ。

独りであることはさほど苦にならないのに、周りの女子は、大抵の教師は、私以外のほぼ全てはそれを善しとしない。

今の私は昔と違って嫌われてたり無視されてたりするわけでもないから、一人でいるとみんながその輪に加えようとしてくれる。

私なんかには有り難い話でそれも立派な優しさだと感じてはいるものの、正直ありがた迷惑でもある。

こんな相反する思いを抱えているから、唯一気楽に話せる友達、友達……なのかな。私にはよくわからない。その、クラスメイトの子とたまに一緒に食べることはあるけど、半分以上は一人での昼食を選んでいた。

こっそり持ち出した手紙を開き、お弁当を食べながら再度眺める。

TwitterだのLINEだのといったツールが蔓延る現代で、こんな風に手紙で呼び出されたりするのはおそらく私ぐらいなんじゃないかと思う。もちろん私もスマホは両親に買い与えられてはいるんだけど。

これには二つの理由があった。

まず、私はメールやLINEの類のものをあまり好まず、限られた人にしか番号やアドレスを伝えていない。教えた数少ない友人……知人?にも余程のことがない限り教えないでと言ってある。

それともう一つ、これは私の過去の行動が原因だ。中学生の頃私のメールアドレスをどこからか聞き出して、いきなりメールで告白してきた人がいた。それには返事すらしなかった。そして翌日、その人に教室で面と向かってこう告げた。

「そういうのは直接言わなきゃ伝わんないよ。そんなので伝えられても私は返事しないから」

まだ若いけど若気の至りだ。衆人環視の中だったからその話は妙な形で出回り、高校にまでついてきていた。私は直接面と向かっての告白以外、絶対に受け入れないと。

というわけで、高校でもこうしてお呼び出しの手紙を頂くわけです。

「はぁ……」

また力のない溜め息が漏れた。慣れたこととはいえ、告白を断るのには私も気力を使う。他人の好意を無碍にしてしまうというのは忍びないものだ。

初夏の暖かく穏やかな木漏れ日を浴びながらの昼食を終えると、呼び出された場所に向かうことにした。

その足取りは重かった。


* * *


私は憧れを現実にするため、小学校から中学、高校と一ランク上の学校を目指し勉学に励んだ。受験競争に勝利するごとに小学校の同級生は減っていき、ここ総武高校に入学してからはほぼいなくなっていた。

いたとしても小学校時代にほとんど面識のない人で、それはつまり、あの頃の私を知る人間がいないという意味でもあった。

中学生になった時点で、あの頃のような無責任で無機質で無意味な悪意に晒されることは完全になくなった。

他の人がどうなのかは知らないが、少なくとも私は進学先が変わった時点で人間関係は途切れ、リセットされた。

私も進学してからはスクールカーストの中でそれなりに溶け込み、大過なく生活を送れるだけの社交性を身に付けた。

かといって振り撒けるだけの愛想も愛嬌もあいにく持ち合わせていなかったので、たまに変な目で見られたりちょっと浮いてたりすることもあったけど、別に惨めじゃなかったから気楽なものだった。

なくなった嫌がらせの変わりに増えたのは、男子からの告白だった。中学二年の春が初めてだったかな。

こんなに愛想がなくて貧相な体つきの子のどこがいいのか私にはわからない。もっと媚びているような愛嬌たっぷりの子なら他にいくらでもいるでしょうに。

そう思いながらも、私は自らの美しさを自覚してもいた。

可愛いと言われることは決して嫌ではないし、だからというわけではないが、肌や髪なんかにはそれなりに気を使っている。あとは体つきに関する地道な努力も、一応……。無駄な努力なんてないんだから。頑張れ留美。

けど、私は当然のように男子からの告白を断り続けてきた。そしてきっと、これからも暫くそれは続くと思う。

だって同年代の男子なんか、全員子供にしか見えないんだもん。私はもっと年上の、私とは違う世界を持っている、目の…………。

「鶴見、ありがとう。来てくれて」

通用門へ続く道を通り人気のない校舎の陰に着くと、壁に寄りかかり佇んでいた件の呼び出し主が私に声をかけた。

なるほど。背も高いし、丹精な顔立ちは優しさも兼ね備えていそうだ。これならモテるというのも頷ける。

でも残念、私は同年代の男子に興味はないの。静かに首だけを降り、そんなのはいいから続きをという意思を目で伝えた。

「……あの、その、えー……。悪い、柄にもなく緊張してて……」

言うと、彼は照れるように鼻を掻いた。

確かに緊張するほど繊細には見えない出で立ちだけど、私はあなたのことををよく知らないの。

言葉を発することなく彼の様子を見守り、ただ待つ。特に不機嫌な顔をしてはいないはずだけど、せめてこんなときには薄く微笑んだりでもしてあげられたらいいのに。

さあっと爽やかな風が通り抜け、私の髪を揺らし肌を撫でていった。

「…………俺、お前のことが好きだ。よかったら俺と付き合ってくれ」

意を決したらしい彼から、予想していた通りの言葉が耳に届く。ほとんど面識のない同級生に何故お前呼ばわりされるのかはわからないが、驚きは特にない。これまで何度も繰り返してきたことだ。

だから、私も同じことを繰り返すだけ。

「ごめんなさい」

言いながら、腰を曲げ頭を深く下げる。余計な言葉は一切付けずに拒絶の意思だけを伝え、そのままの姿勢で次を待った。

「……そうか、駄目か。鶴見、頭を上げてくれ」

告白を断られた彼は眉をハの字に曲げて情けない顔だったけど、どこかスッキリしていた。

いつもそう。よく知りもしない私のことを大したきっかけもなく好きになって、ぶつけてきて、断られて、簡単に諦めてしまう。私には理解できない。

そんなの、本物の気持ちなわけない。本物の気持ちはそんなことで生まれたりしないし、そんなに簡単に捨てられるものじゃない。

私はそう思う。

「あの、聞いてもいいか?」

「……なに?」

私が無言でいるとそのまま気まずそうに去っていくのが慣例だったけど、今日の彼はまだそこに残っていた。

「俺の、どこが不満なんだ?」

呆れるほど意味のわからない質問だけど、一応律儀に答える。

「どこも何も……。私、あなたのことよく知らない」

「なら友達から……」

「ごめんなさい」

間、髪を入れずまた頭を下げる。

「……わかったよ。鶴見ってさ、誰に告られても断ってるよな」

「うん。だって私、告白されて誰かと付き合おうなんて思ってないから。だからあなたの何が悪いってわけでもないよ。誰でも断る」

「なんだよ、そうだったのか……。お前何度も断ってるらしいのに、なんでそれ広まってないんだろうな」

「ああ、それは私があんまり言わないでって言ってるからかも。広まってあいつ調子乗ってるとか思われたら嫌だし……私、目立ちたくないの」

そう。私はこの学校社会で目立つことなく、静かに日陰で過ごしたいだけなんだから、放っておいて。

「……そっか。最後、もう一つだけ教えてくれるか?」 

「……うん」

聞かれて困るようなことはさほど多くない。最後だというなら質問に答えるぐらい構わないだろう。

「鶴見さ、告白されて付き合う気はないって言ったけど、それって好きな奴がいるってこと?」

私の好きな人。高校生の頃のままの、私の中で時間が止まったあの人の顔が脳裏に浮かんできて、とくんと胸が高鳴った。

そうなのかな。でも本当のところはよくわかんないんだよね。あれからもう五年ぐらい会ってないんだし、私がいくら覚えてても向こうが覚えてくれてるはずないし。

「……好きな人、かぁ。…………んー、よくわかんないけど、いる、のかな?」

あれ、疑問系になっちゃった。

「……それってさ、同級生?」

「ううん」

「年上?年下?」

「……年上」

「俺の知ってる人?」

「知ってるはずない。この学校にはいないし」

最後の質問だったはずなのにいつまで聞いてるのよ。答える私も私だけど。

「……うん。ありがとう、鶴見」

「あ、うん。どういたしまして。……私、もう行くね」

そろそろお昼休みも終わりそうだ。さっさと戻ろう。

「あ、鶴見」

振り向いて戻ろうとすると、また声をかけられたので足だけを止める。

「さっきお前疑問系だったけどさ、そうじゃなくていいと思う」

「なんの話?」

また振り向いて顔を合わせ、首を傾げる。

「鶴見の好きな人の話。悔しいけどさ、きっとお前その人のこと好きなんだと思うよ」

「な、なんでそんなことがあなたにわかるの?」

「……そりゃわかるよ。だって俺、お前のそんな顔見たことないからな」

言葉を失った。

私は今、どんな顔をしているんだろう。

「……俺、出直してくるよ。今になって言うのはカッコ悪いんだけど、ずっと前からお前のこと見てたんだぜ」

もう彼の言葉は耳に届かなかった。

思いがけない他人からの言葉で自覚させられ、改めて想いを胸に問い掛ける。

そうか、私はまたあの人に会いたいんだ。あのときの私はただの小学生だった。

私は今、出会ったときのあの人と同じ学年になった。歳も16になった。法律上は結婚できる年だ。

私、あなたのおかげで今はそんなに悲しい思い、してないよ。

私、こんなに大きくなったよ。いっぱい成長したんだよ。

具体的に考えれば考えるほど、伝えたいことがたくさんある。

でもいくら会いたくても、あの人にとっての私はたまたま出会った小学生の一人に過ぎないし、そもそもどうやったら会えるのか、何をしているのかなんてわからない。

───そうだ、平塚先生なら知っているはずだ。

そこまで考えると、振り向いてお礼を言ってから足早に教室に戻った。やりたいことが見つかると、足取りは弾むように軽かった。

翌日、まさかの再会を果たすことになるなんてこの時は思いもしなかった。

☆☆☆

ここまで

時間かかった割に案外短かった
ぼちぼち更新してくので気長にお付き合いください
なおpixivでも同じもの投稿してます

またそのうち

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