綾瀬穂乃香「もし柚ちゃんのプロデューサーが加蓮ちゃんだったなら」 (552)

――ね、そこのあなたっ

――……アタシ?

――そうそう。何してんのかなーって

――…………


――あなた、アイドルをやってみない?



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――まえがき――

単発作品です。短くはありません。
独自設定と原作無視のオンパレードです。ご理解の上、お進みくださいませ。

――レッスンスタジオ・昼――

喜多見柚「とやっ。と、っとっと」グラッ

柚「ふうっ。レッスンってムズいね! アタシ、もっと簡単なのかな~って思っちゃってた」

北条加蓮「あはは、こんなもんだよ」

柚「できるようになるまで何回かかるんだろ……歌いながら踊るなんて絶対ムリっ。っていうか歌うだけでも上手くできないし、踊るのもぜんぜんっ」

柚「ビジュアル、レッスン? なんて訳分かんないよ。アタシ、楽しいことしか考えてないもん。悲しい演技なんてぜんぜんできないや」

加蓮「そうだったね。何やっても楽しそうだった」

柚「やっぱり!? むー……」

加蓮「でも、それっていいことだよ。だって何やっても楽しそうに見えるんだよ? その方が、見てる側も楽しいんじゃないかな」

柚「……そなの?」

加蓮「うん」

柚「プロデューサーも?」

加蓮「私も。つまんなさそうに踊るより、楽しそうに踊ってる姿を見たいに決まってるよ。そういうアイドル、見たことない?」

柚「……そういえばテレビのアイドル、みんな楽しそうにしてるっ」

加蓮「でしょ?」

柚「じゃあ、アタシもそんな感じでやってみる!」スクッ

加蓮「…………」カチッ

<~~♪

柚「よぉーし!」

柚「ほっ、ほっ」タッタッ

柚「よっ、とっ」タタツ

柚「おわわっ」ズテッ

柚「……む、難しいっ」

加蓮「ふふっ。……ちょっと、休憩にしよっか」

――休憩中――

柚「つかれたー。スポドリが美味しい♪」ゴクゴク

柚「にしてもプロデューサーってホントにプロデューサーだったんだねっ」

加蓮「ん? どゆこと?」

柚「だってほら、最初に話しかけた時は……なんなのか分かんなくて。もしかしてナンパ!? とか思っちゃったりっ」

加蓮「…………いやあの、私、女なんだけど」

柚「あ、違う違う、男の人みたいに見えたとかじゃないのっ。それだけ分からなかったってこと!」

柚「でもこうして見ると、なんだかすっごくプロデューサーっぽい感じ! スーツも着てるしっ」

加蓮「もう、言いたいことは分かるけどちゃんとプロデューサーだよ。ほら、名刺だって渡したじゃん」

柚「うんっ。ちゃんと持ってるよ」ゴソゴソ

――回想 12月24日・夜――

加蓮『ね、そこのあなたっ』

柚『……アタシ?』

加蓮『そうそう。何してんのかなーって』

柚『…………?』

加蓮『せっかくのクリスマスイブなのに、つまらなさそーな顔してるなーって思ってさ。って、私も1人なんだけどね』アハハ

柚『…………アタシに、何か用?』

加蓮『用ってほどじゃあないかなぁ。こんな夜にブランコに座ってたから、ちょっと気になっただけだよ。ね、何してたの?』(隣のブランコに腰掛ける)

柚『なんにも』

加蓮『そうなんだ』

柚『……せっかくのクリスマスイブだから、何か面白いことやってないかなーってぶらついてたんだ』

柚『でも、なんにも見つかんなかった』

加蓮『見つかんないの?』

柚『うん。なんにも』

柚『……面白くないやっ』キーコキーコ

柚『なんてゆーか……面白くないっ』

加蓮『そっかー……』

柚『…………』

加蓮『面白いこと、探してるの?』

柚『うん』

加蓮『ワクワクするようなこと?』

柚『うん』

加蓮『何か、やってみたいんだ』

柚『うんっ』

加蓮『じゃあさ』


加蓮『あなた、アイドルをやってみない?』


――回想終了――

柚「えと、名刺名刺っ……あった! 『CGプロダクション プロデューサー代理 北条加蓮』……って代理じゃん!」

加蓮「言ってなかったっけ? ぶっちゃけ手伝いみたいなもの、っていうか手伝い」

柚「じゃあプロデューサーじゃないの?」

加蓮「プロデューサーはプロデューサーだよ」

柚「代理なのに?」

加蓮「代理でもプロデューサーです」

柚「むむ…………」ジー

加蓮「あ、疑ってる顔してる。分かった分かった。じゃあ証拠を見せてあげよう」

加蓮「実はさ。あなたに……えっと、柚、でいい?」

柚「いーよー」

加蓮「じゃあ柚。実は、小さいヤツだけど、柚に仕事があります」

柚「……仕事?」

加蓮「うん、仕事」

柚「アイドルの?」

加蓮「アイドルの」

柚「アタシに?」

加蓮「柚に」

柚「……アイドルの?」

加蓮「アイドルのだってば」

柚「…………え、ええええええええ!!? いやいやいやアタシこの前レッスン始めたばっかりだよ!?」

加蓮「でもお仕事があります。って言っても他の人から回してもらった物なんだけどね」

加蓮「今ね、郊外のイルミネーションロードでイベントやってるんだ。駆け出しアイドルとかアイドルの卵で集まって、LIVEで盛り上がろうって企画でさ」

柚「そんなのあるの!? し、知らなかったっ」

加蓮「柚が見つけてたら面白そうって言ってたかもね」

加蓮「それで、そこに1人空きがあるみたいだから、じゃあどうかって聞いてみたんだ。そしたらオッケーもらえたよ」

加蓮「この前アイドルになったばっかりって、まさにアイドルの卵らしいって面白がられて。そーいう子もけっこういるんだって」

柚「…………」

加蓮「どう? ……やっぱりまだ早すぎた?」

柚「…………」

加蓮「……そうだよね、急にこんなこと言われても困るか。レッスンだってまだまだ始めたてだし、やっぱり――」

柚「……ううんっ」

柚「えと、やってみたい……カモ。よく分かんないけど、歌って踊ればいいんだよね」

加蓮「お。そうだよ。歌って踊って、楽しませればいいの」

柚「……でも、いいのかな。アタシ、フツーのことしかできないよ? アイドルってこうもっと、ぎゅいぎゅいぎゅい! って踊ってたり、わーーーーっ、って歌ってたりしない? そんなことできないよ?」

加蓮「ぎ、ぎゅいぎゅい……? 確かにそうかもしれないけど、あのね、さっきも言ったでしょ」

加蓮「まずは柚にやりたいようにやってほしいって。上手く……ええと、ぎゅいぎゅい、って踊るんじゃなくて、柚のやりたいようにやってほしいの」

柚「……分かったっ。プロデューサーが言うなら、そうするっ」

加蓮「うん」

柚「アイドルデビューか~。アイドルデビュー……へへっ♪ なんだかすっごく面白そう!」

加蓮「ふふっ、いい笑顔してるね。その調子その調子っ」

柚「いい顔してた!?」

加蓮「してたよ。知らない人がみんな一発でファンになるような顔」

柚「やったっ」

加蓮「柚のそういう顔がもっと見たいな、私」

柚「きゃーっきゃーっ!」

加蓮「でも、柚」

加蓮「イベントまでまだもう少し時間があるから、もうちょっと練習しよっか」

柚「え?」

加蓮「代理でも何でも、私はプロデューサーだからね。いくらアイドルの卵で集まるイベントだっていっても、やれるところまでやらなきゃ」

加蓮「さて、さっきまではほとんど初めて状態だったから遠慮してたけど、今度はビシバシやっていくよ!」

柚「ええええ――っ! あ、え、えと、お手柔らかにっ」

――数日後 レッスンスタジオ――

加蓮「もしもし? ……うん、分かった。すぐに行くね」ピッ

加蓮「柚。時間。行くよ」

柚「…………」カチコチ

加蓮「……どしたの? カチコチに固まって。できたー! ってさっき喜んでたのに」

柚「ぷ、プロデューサー。アタシ今からアイドルになるんだよね」

柚「これ、この服、衣装なんだよね。これでアタシ、外に出て歌うんだよね」

加蓮「うん。……怖気づいた?」

柚「おおお怖気づいてなんてないもんっ。ただちょっと、えと、緊張する……」

加蓮「そっかぁ……」

柚「…………」

柚「……だってしょうがないじゃん! 人前で歌うのなんてカラオケの時だけだもん! 友だちとだけだよ! 知らない人の前で歌ったことなんてないしっ」

加蓮「えー、何回も私の前で歌ったのに?」

柚「それちょっと違うよ!」

加蓮「やったことがないから、今から始めるの。柚のアイドルをね」

柚「分かってるけど~~~~……っ」

加蓮「うーん……そうだ。ね、柚。ちょっと待ってて」

加蓮「えっと、どこに入れてたっけな……」ガサゴソ

柚「……?」

加蓮「あった。ちょっと失礼するね」(柚の髪に触る)

柚「ひゃっ。くす、くすぐったいっ」

加蓮「んー、短すぎて難しいなー……留めるしちゃおっと。よいしょ」パチッ

加蓮「はい終わり。どう?」

柚「…………?」カガミヲミル

加蓮「髪留め。ユズの花のね」

柚「アタシ?」

加蓮「うん。柚と同じ名前の、ユズの花。柚のアイドルデビュー記念ってことで」

加蓮「これをつけて、私はアイドルだーっ、ってしっかり言ってきなさい」

加蓮「怖気づいた時はこれを触って思い出しなさい。あなたの笑顔を見たがってる人がいる、って」

柚「プロデューサー……。……って、これちょっと恥ずかしいよ! アタシはアイドルだーじゃなくて、アタシは柚だーって大声で言ってるみたいな感じがするっ」

加蓮「アイドルってそういう物なの。ボーカルレッスンをしていた時、間奏でアドリブ入れて叫んでたのはどこの誰?」

柚「ううっ……だって、そうしたら楽しくできるかなって思って」

加蓮「……!」

加蓮「じゃあやってみよう! 何にも恥ずかしくないよ。大丈夫。私が見ててあげる!」

柚「…………」サワ

柚「……やってみるっ。アタシ、やってみるね」

加蓮「あはは、やっとやる気になってくれた。じゃ、行こう、柚」

柚「うんっ。いくよーっ」

――イベント終了後の帰り道――

加蓮「お疲れ、ゆ――」

柚「~~~♪ ~~~~♪ ~~~~♪」クルクル

加蓮「ず……聞いてないな」

柚「~~~~~♪」

加蓮(ま、しょうがないっか。あんなに楽しそうにしてたし、興奮冷めやらぬって感じだもんね)クス

加蓮(……ホントに。羨ましいくらい、楽しそうだったなぁ)

加蓮「柚。ほら、前に木があるよ、危ないよ……ああもうっ今度は人にぶつかりそうになってる!」ダキッ

柚「わわわ!? ……あ、アレ? あっ、ありがとうプロデューサーサン!」

加蓮「楽しかったのは分かったからせめて前を向いて歩いてよ。見てて危なっかしいよ、すごく」

柚「はーいっ」

柚「ねープロデューサー。アイドルって面白いんだね!」

加蓮「ん?」

柚「アタシが歌い出したらさ、通りかかった人がきょとんってするんだ。でもすぐに、楽しそうに笑ってくれた。あとねっ一緒に歌ってくれたよ!」

柚「こけちゃった時に、がんばれ、って言ってくれた。それからそれから、終わった後には拍手もしてくれて!」

柚「それとアタシと同じような人がいた! えっと、アイドルになったばかりって人っ。LIVEバトル、1回だけ勝てたよ!」

柚「そん時もお客さんすっごい盛り上がってくれてっ。最後には10人くらいいたのかな。アタシのファンになってくれたのかなっ」

柚「……また、アタシが歌ってたら聞いてくれるかな。聞いてくれたら嬉しいな!」

柚「へへっ♪」

加蓮「…………そっか。面白いでしょ? アイドル」

柚「うん、面白い! アタシもっともっと歌いたい。歌って踊って、あと、ちょっぴりセクシーなのっ。もっと頑張ったらいろんな服も着られる?」

加蓮「うん、着られる着られる」

柚「そっかっ。……プロデューサーの言う通りだね。アイドルって面白くて、すっごくワクワクする!」

加蓮「…………」クスッ

加蓮「良かったね、見つけられて。面白そうなこと」

柚「見つけてくれたのはプロデューサーの方だよ!」

加蓮「え?」

柚「だってこれって、プロデューサーがアタシを見つけてくれたからできたことだよね。だからありがと、プロデューサー!」

柚「……うーん、なんだかちょっぴり堅苦しいかも。じゃあ――」

柚「加蓮……サン! 加蓮サン! これでいいやっ」

柚「ね、加蓮サン。アタシ加蓮サンに声かけてもらってよかった。だって、こんなに面白いことを見つけられたんだから!」

加蓮「……あはは……まだまだこれからだよ。新しい歌も新しい振付もどんどん覚えて、もっとたくさんの人に見てもらわなきゃ。それがアイドルだからね」

柚「うんっ」

加蓮「その為にももっとビシバシ行かなきゃね~?」

柚「ぎゃーっ。か、加蓮サンっ怒ると怖いからその、や、やわらか~く、ね? やわらか~く」

加蓮「さっきのレッスンのこと?」

柚「うんっ。加蓮サンちょっと言い方きつかったから……」

加蓮「わ……ホント? 自覚なかったかも……気をつけるね」

柚「ううんっ、大丈夫! でも柔らかい方がアタシは好きだよ♪」

加蓮「うん、分かった。……そうだっ。じゃあお詫びと、あと初LIVE記念に。ほら、あったかい飲み物でもどう?」スッ

柚「やたっ。じゃあ、ココア! たっぷり甘いヤツっ」

加蓮「それなら私もそれにしよっかな」ガサゴソ

加蓮「っと……はい、柚」

柚「へへっ。じゃあ、アタシの初LIVE記念! と、加蓮サンのごめんなさい記念にっ」

加蓮「乾杯♪」



――こうして、私たちの物語は始まった。長く長く続く、アイドルとプロデューサーの物語が。

――1月 事務所・夕方――

加蓮「こんにちはー」

柚「あっプロデューサーサン、じゃなかった加蓮サン! こんにち…………えっ?」

加蓮「やほ、柚。今日も早いね。あれ……レッスンまでまだけっこう時間ない? ふふっ、やる気が余り過ぎだよ」

柚「…………」パクパク

加蓮「さて、何か仕事は回してもらってるかなっと…………」

加蓮「……どしたの?」

柚「かっ、かっ」

加蓮「か?」

柚「加蓮サンっ制服着てる!?」

加蓮「制服って……そりゃ学校帰りだもん。いや柚だって同じでしょ? 制服を着てるってことは」

柚「がっこう!?」

加蓮「ん、やっぱり先に着替えて来よ。このままじゃ仕事してるって感じがしないし……」

加蓮「……? 学校がどうかした?」

柚「え、だって、加蓮サンってプロデューサーサンで……なのに学校?」

加蓮「言ってなかったっけ。私、高校生だよ」

柚「うっそぉ!?」

加蓮「っと、ちょっと着替えてくるね」

柚「う、うん」

<スタスタ

柚「……ええぇ!?」

――レディーススーツに着替えてきました――

加蓮「これでよしっ。うん、頭も切り替わるね!」

柚「加蓮サンがプロデューサーサンになって帰って来た! え、えと、もしかして加蓮サンのお姉サン!?」

加蓮「どっちも私だよ。だからね、学生なの私。学生でプロデューサー代理」

柚「そ、そうなんだ」

加蓮「柚だって、学生でアイドルでしょ? それとおんなじだよ」

柚「あれっ? あ、そっか。そうだった。……あははっ、加蓮サンとお揃いだ!」

加蓮「うんうん、お揃い。さて、私はメールチェックを――」

柚「ね、ね、加蓮サンっ。何かして遊ぼうよっ。レッスンまでひまーっ」

加蓮「あのね、私は仕事しないといけないの。柚にどんな仕事を選べばいいか考えないといけないの」

柚「アタシに?」

加蓮「柚だって変な仕事を回されたら嫌でしょ?」

柚「う~~~ん、それはヤだけど……変な仕事ってどんな仕事?」

加蓮「変な仕事は変な仕事」カチカチ

加蓮「…………うぇ……駄目だ。契約文面の読み方とかさっぱり分からない……後で頼んどこ……」

柚「ねーねー加蓮サン遊ぼうよー」グイグイ

加蓮「大人しく座ってなさいよ……」

柚「もっとこう、身体動かさなきゃダメだよっ! バトミントンしよーっ!」

加蓮「バドミントン、好きなの?」

柚「うんっ。アタシ、バト部やってるんだ。こう見えてもなかなかやるんだぞーっ」

加蓮「ふうん」

柚「ってことで、加蓮サンもやろう!」

加蓮「ごめん、私そういうのはさっぱりだから」

柚「えーっ。ヘタクソでも大丈夫っ! アタシが教えてあげるっ」

加蓮「そういう問題じゃなくてね――」

<ガチャ

「戻りましたー。ああ加蓮、もう来てたのか」

加蓮「ん、モバP(以下「P」)さん。お疲れ様」

P「ああ。っと、そっちの子が柚ちゃんだな」

加蓮「うん。そういえば顔を合わせるのは初めてだっけ。あ、柚、この人は――」

柚「だれ? あっ分かった! 加蓮サンの彼氏サン!」

P「ぶっ!!」

加蓮「……。……さすが柚、よく分かってるね。こっち、私の彼氏のPさん♪」

柚「やっぱりっ」

P「アホか! 違うわ!」

柚「えー?」

P「あのな、加蓮、前から言ってるがそういう冗談はやめろ!」

加蓮「だって今なら別に彼氏彼女でも問題ないでしょ?」

P「いずれ問題になるかもしれないだろ……っていうか今でも問題になる!」

加蓮「ちぇ」

柚「?? 違うの?」

加蓮「上司」

柚「じょうし?」

加蓮「そ。ほら、前に仕事を回してもらったって言ったでしょ? それ、この人から回してもらったの。この人、私の上司」

P「あー、コイツの上司のPだ」

柚「そっか。はじめまして! 喜多見柚ですっ」

加蓮「お、私が教えた挨拶。しっかりできてるね」

柚「へへっ♪ 笑顔が大切なんだよね!」

加蓮「そうそう」

P「こちらこそ初めまして。Pです。……ったく、相変わらず加蓮は加蓮だな」

柚「えと、P……サン? もプロデューサーサンなの?」

P「ん? そうだよ、加蓮と同じだ」

柚「そうなんだっ。アタシ、プロデューサーサンってみんな加蓮サンみたいな人がやってるのかなって思ってたとこなんだっ」

加蓮「私みたいな?」

柚「えとー、アタシと同い年くらいの人っ」

P「はは、いやいや。加蓮が特殊なんだよ。普通は大人がやるもんだ」

柚「やっぱり?」

加蓮「私は代理でーす」

柚「プロデューサーサンって難しいんだね。よく分かんなくなってきちゃった」

P「ほら、俺じゃ女子中学生とか女子高生のことがわかりにくいからな。こういうのは現役アドバイザーがいてこそだ」

加蓮「Pさん鈍感で女心が分かってないもんね」

柚「じゃあアタシも教えてあげる!」

P「ありがとう。頼りにしているぞ」

P「にしても聞いていたより元気そうな子だな」

加蓮「でしょ? あ、それでPさん。この辺のオファーなんて柚に合いそうなんだけど契約文面の読み方が分かんなくて……。これそのまま流していいヤツ?」

P「あー、後で見とくからどのメールかだけ教えてくれ」

加蓮「はーい。Pさんのアドレスに送っとくね」カチカチ

加蓮「Pさんこれから会議?」

P「ああ。上司からイヤミを並び立てられる素晴らしい時間だ」

加蓮「そ、そう……頑張ってね……」

P「ま、イヤミを言われるだけで加蓮をプロデューサーにできるならな。必要経費として十分すぎだ」

加蓮「…………」

柚「どゆこと?」

P「はっはっは。んじゃ行ってくるか」スクッ

柚「???」

加蓮「行ってらっしゃい……。さて、私はやれることやらなきゃ」

柚「えーっ。バトミントンやろうよバトミントンーっ」クイクイ

加蓮「やらないってば」

P「あ、柚ちゃん。加蓮は体力がガタガタだから、そういうのは少しだけ控えてやってくれ」

柚「そなの?」

加蓮「ま、ちょっとね」

柚「分かった! じゃあ室内で遊べることやろっ。……今は持ってないからまた明日ね!」

加蓮「いや、だから私は仕事――」

P「遊んでやったらどうだ? 柚ちゃんも退屈なのは嫌だろう」

柚「さっすが分かってるっ。柚は退屈なの嫌だぞーっ」

加蓮「はいはい……もうっ。Pさん、行くならさっさと行ってきてよ」

P「おっとそうだった。じゃな」バタン

柚「何がいい? トランプ? ゲーム? そういえばアタシ今はまってるゲームあるんだっ」

加蓮「カバンに入れて持ってくるの? 先生に見つかっても知らないよ」

柚「だいじょーぶ! 逃げ足は早い方だからっ」

加蓮「逃げてばっかりってことかい」

――少し経ってから――

加蓮「と……そろそろレッスンルームが空く時間だね。柚、行くよ」

柚「えーもう? 加蓮サン加蓮サン、あんまりツノ生やさないでね? こんな感じに!」ニョキッ

加蓮「柚がツノを生やさせるのが悪い」

柚「アタシのせい!? う、うう~、だってまだぜんぜん上手くできないもん……」

P「あんまり厳しくしすぎるなよー」(←会議から戻ってきた)

加蓮「私には私のやり方があるの。ほら、ぐずぐず言ってないでさっさと行くよ」

柚「はぁーい……」

加蓮「……終わったらお菓子でも買ってあげるから」

柚「ホント!? じゃあじゃあ、チョコスティックがいい! それなら頑張れるかもっ」

加蓮「ふふっ。覚えとくね」

柚「うんっ」

<スタスタ 今日は演技力レッスンだね
<スタスタ 演技はまだニガテー

P「……はは、いい感じじゃないか」

――レッスンルーム――

柚「ど、どお? アタシの演技っ。って言ってもやったことないからぜんぜんだけどっ」

加蓮「ん~~~」

柚「やっぱり、だめ……? あのっ、そのっ、えっと…………」

加蓮「え? あ、ごめんごめん、ダメとかじゃなくて……いやダメはダメなんだけど……」

柚「ダメなんじゃん!?」

加蓮「……うーん。分かった。柚、ちょっと台本を貸して」

柚「え? うん」スッ

加蓮「えーいっ」ポイ

柚「ええっ!? アタシまだセリフ覚えてないよ!? っていうか覚えろって言われてないし!」

加蓮「さて柚。今から私がお題を出します。それに沿って柚が思う演技をしてみて」

柚「お、お題?」

加蓮「はいお題。『欲しかったお菓子をプレゼントしてもらえた』」

柚「お菓子っ!? えとっ……欲しかったお菓子……」

加蓮「なんでもいいよ。チョコスティックだっけ? それでもいいし」

柚「……『チョコスティック!? やったーっ、アタシこれ食べたかったんだ!』」

加蓮「よし。お題、『目の前でそのお菓子を食べられました』」

柚「『こらーっ、それアタシのお菓子! 返せーっ』」ガックガック

加蓮「ちょっ揺らすな揺れ揺れ」オロロロロ

柚「はっ! ご、ごめんなさい加蓮サンっホントに食べられちゃった気がして!」

加蓮「ふー、ふー……ごほんっ。お題『お菓子の賞味期限が1ヶ月くらい過ぎてました』」

柚「『…………ううっ』」

加蓮「…………」

加蓮「ドンマイ。代わりに明日、私がそのお菓子を2つ買ってあげるね」

柚「ホント!? やりっ。絶対だよ、絶対にだよ! あっ2つも買ってくれるんだ! じゃあじゃあ、加蓮サンとはんぶんこっ」

加蓮「え、私も?」

柚「うん。それで一緒に食べるんだ。へへっ♪」

加蓮「私はいいよ。どっちも柚が食べなって」

柚「遠慮するなんて加蓮サンらしくないぞーっ」

加蓮「…………」フフッ

加蓮「はい、しゅーりょー」パンパン

柚「へ? なにが?」

加蓮「何がって、これレッスンだよ? ここレッスンルームで今は演技力レッスン中。忘れたの?」

柚「あっ」

加蓮「うん。柚。今から言うことをよーく覚えて、そして何回も繰り返しなさい」

柚「ごくっ……!」

加蓮「柚」

加蓮「――いつでもどんな時でも、柚のやりたいようにやりなさい」

柚「アタシの、やりたいように……ってそれ前も聞いたよ?」

加蓮「大切だから何回も言うの。台本があるならその中でやりたいことを見つけなさい。歌詞があったら歌いたいように歌いなさい。ちょっとくらいならアドリブを入れてもいい」

加蓮「そしてそれを覚えるの。もちろん、最低限の指示は聞かなきゃいけないけど……」

加蓮「ほら、例えばさ、こうやったら面白くなりそうとかああやったら楽しくなりそうとか、そういうの思いついたらどんどんやっていくの」

加蓮「……うん、そんな感じ」

柚「うんっ。えと、アタシはアタシのやりたいようにやるっ」

加蓮「そうそう」

柚「アタシはアイドルがやりたいっ」

加蓮「うんうん」

柚「じゃあ――ええと、もっとレッスン! 加蓮サンっもっとレッスンして!」

加蓮「ん」

柚「さっきの台本、もっかいやってみたいなっ。アタシもっとやってみたいことがあるんだ。えっと、怒るシーンとかこう、がーっ、って感じでツノを生やして」

柚「あれっそれじゃアタシ加蓮サンだ!」

加蓮「……ねえ柚。どうして怒るシーンをやったら私になるの?」

柚「だって怒った加蓮サンっていっつも鬼みたいでギャー! ごめんなさいその顔やめてっ夢に出る! ってか出た! 一昨日に出た! 起きてドタドタしてたらお母さんに笑われちゃったんだよ!? だからやめて加蓮サン~~~!」

――事務所――

加蓮「ただいま」

P「おう。柚ちゃんは?」

加蓮「先に帰るって」

P「そうか」

P「…………どうだ? プロデューサーになった気分は」

加蓮「ん……まだよく分かんないよ」

P「ま、最初はそんなもんだ」

加蓮「ただ、なんかいいなって思った」

P「おっ」

加蓮「柚が……楽しそうにしてるのが、なんかいいなって思ったの」

加蓮「最初に見た時、すごくつまらなさそうにしてたから……思わず声をかけちゃったけど」

加蓮「アイドルやりたい、アイドルが面白いって言ってくれた時、なんかちょっと嬉しかったんだ。声をかけてよかったな、って思えて」

加蓮「プロデューサーって……こういう気分なんだね」

P「…………」

加蓮「あ、でも私がプロデューサーやってていいのかな? って今更だよね。ほら、今はまだただの代理っていうか手伝いだし大したことしてないけどさ。これからも続けてたら、Pさんに迷惑かけたりしない?」

加蓮「Pさんだけじゃなくて、プロダクションにも」

P「そうだなー……加蓮」

加蓮「うん」

P「これ。俺からのプレゼントだ」スッ

加蓮「……これ……名刺? これならもう持ってるよ? プレゼントって――」

P「肩書のところをよく見てみろよ」


名刺『CGプロダクション プロデューサー 北条加蓮』


加蓮「あ、"代理"がない……」

P「さっきの会議の時にな。加蓮がプロデューサーをやることについて少し話し合ったんだ」

加蓮「……え!? あれ私のことだったの!?」

P「ああ。いやー上からすげえあれこれ言われたよ。お前何考えてんの? 馬鹿なの? ってずっと言われたぞ」

P「各種契約やら何やらは俺が上司となって通すことにするし、若い子のセルフプロデュースがあるなら若い子のプロデューサーがいてもいいだろうって突っぱね続けてみたんだ」

加蓮「確かに、そういう人たまにいるけど……」

P「最後には上の面々も諦めてなー。一部は面白そうだとかきっと話題になるとか言ってるし。ってことで加蓮、晴れて代理は卒業。今日からは俺と同じプロデューサーだ」

加蓮「…………」マジマジ

P「加蓮。俺がサポートするから、やれるところまでやってみろ。大丈夫。加蓮に迷惑をかけられるのなんて昔から慣れっこだからな」

加蓮「…………Pさん……」

P「それに俺は柚ちゃんを担当するつもりないぞ?」

加蓮「え?」

P「そりゃ加蓮の代わりに送迎とかはしてもいいし、加蓮ができないっていうなら引き継ぐけど……」

P「俺の担当は昔も今も1人しかいないんだ。できれば、柚ちゃんは加蓮に担当してほしいって思ってる」

加蓮「…………何か言われないの? プロデューサーなのに担当アイドルがいない状態って」

P「え? イヤミ言われまくったけど? いいご身分ですねーとかさぞかし楽してるんでしょうねーとか」

加蓮「やっぱり……」

P「ま、そんなの知ったことじゃねえよ。俺は、加蓮がやりたいようにできればそれでいい」

P「だから……おう、そういうことだ。あ、必要なことはどんどん教えていくからな」

加蓮「…………うん。やってみる」

P「おーし。さて、俺らも帰りますか。送ってくぞ?」

加蓮「うんっ」

P「あ、ごめん、さっきの名刺なんだけどさ。やっぱ改めて作りなおしてから渡すわ」

加蓮「どうして?」

P「いやほら、プロデューサーの前に『喜多見柚専属担当』って書いた方がそれっぽくならね?」

加蓮「……あははっ、そうだね!」

――2月 病院の出口――

<ガーッ

加蓮「…………わ、涼し……♪」

<ブーッ、ブーッ

加蓮「……ん?」ガサゴソ

加蓮「…………」ハァ

<ポチ

加蓮「もしもーし? お母さん? はいはい、病院の帰り道。今からプロダクションに行くとこ……用がないなら切るよ?」

加蓮「うん。そう。手伝いっていうか代理っていうか。言っとくけど、やめろって言われてもやめないからね――」

加蓮「……はいはい。分かってるならいーよ」

加蓮「え? ……分かってまーす。そっちはやってないし誘われてもやらない。そういう約束だったでしょ?」

加蓮「はいはい。じゃあね」ポチ

加蓮「…………はー」

加蓮「にしても…………」チラ

――回想 病院の診察室――

『覚えておきたまえ。キミは生きていることが不思議なくらいなんだよ』

『……知ってる? それは失礼したかな』

『動くなと言っても言うことなんて聞いてくれないだろう? 動かなければどうにかなる物でもないからね』

『繰り返すが、決して無理はしないように。走ったら死ぬと思いなさい。いいね』

――回想終了――


加蓮「どうせ不思議な状態なら、もうちょっと……、……はー」

加蓮「さて、事務所事務所っと」ハヤアルキ

<赤信号

加蓮「おっと」

加蓮「…………」ジー

加蓮「…………ハァ」

――事務所――

加蓮「こんにちはー……わっ、雛壇がある!」

P「ああ加蓮。どうだ、立派なモンだろう。倉庫の方にしまってあったから発掘してきたんだ」

加蓮「へーこんなのあったんだ。すごい……」

柚「あっこんにちは加蓮サン! これ、ひなあられ! 加蓮サンも一緒に食べよっ」

加蓮「柚。こんにちは。ひなあられかー。……え、っていうかどっちも早くない? まだ2月になったばっかりだよ?」

P「おいおい加蓮。時代を先取りするのはプロデューサーの義務だぞ? 加蓮もプロデューサーならそこんところはきっちりしようぜ」

加蓮「そういう問題?」

柚「そういう問題!」

加蓮「そうなんだ……」

柚「分かんないけどっ」

柚「まま、とりあえず。加蓮サン、あーん!」スッ

加蓮「あ、うん」アーン

加蓮「…………」モグモグ

柚「加蓮サンもひなあられ食べた! これで加蓮サンもサボり仲間だねっ」ニパッ

加蓮「やっぱサボってたんかいっ」スパーン

柚「きゃっ」

柚「えーだってーPサンがやるって言うんだもんー。力仕事は任せろー、って言ってくれた!」

P「おう、任せろ!」

柚「アタシはひなあられを食べる係! ひなあられうまーっ」パクパク

加蓮「…………」ジトー

柚「あ、なくなっちゃった。おかわりあるかな? アタシ探してくるっ」ビュー

加蓮「…………」

加蓮「…………お疲れ、Pさん」スタスタ

P「なんだ加蓮。手伝ってくれるのか?」

加蓮「いやまあ……男の人が1人で雛壇を飾ってるのってさ……」

加蓮「正直、ちょっとイタい」

P「そ、そうか。いや、でもいいんだぞ? 俺1人でやるぞ? 人形って意外と重たくてな、変にデカイから体力だってけっこう食うし――」

加蓮「…………」ガサゴソ

P「だよなー」

P「あ、加蓮、その人形はここだ。五人囃子は左から――」

加蓮「詳しいんだね……」

P「プロデューサーの義務だからな」

加蓮「何が?」

――飾り付け中――

加蓮「あのさ」

P「んー?」カザリカザリ

加蓮「病院、行ってきた。定期検診」

P「…………」ピタッ

P「……ん、そうか。どうだった?」

加蓮「どうも何もいつも通りだよ。無理な運動はするなってだけ。ご安心ください、極めて健康です」オドケワライ

P「そっか」

加蓮「ん」ハイ

P「…………」オウ

加蓮「…………あと、なんで生きてんのかって言われた。……ごめん間違えた。生きてるのが不思議だって言われた」

P「…………」

加蓮「…………ごめんね」

P「何がだよ」

加蓮「何って、私のこと――」

P「はは、いいって。何度も聞いたからな。それにほら、今の加蓮はプロデューサーだろ?」ガシガシ

加蓮「あ、ちょ、頭撫でるなっ」

P「柚ちゃん、いい子だな。さっきずっと加蓮の話を聞かされっぱなしだったぞ」

加蓮「ひなあられを食べながら?」

P「ひなあられを食いながら」

加蓮「そっか」

P「ああ」

P「いつもいろいろ考えてて、いろんなこと教えてくれて」

P「アイドルがどんどん楽しくなっていく、ってさ」

加蓮「ふうん……」

P「っと、もうちょい首は上向きにしないと暗いな……こっちは左右の置き位置のバランスが……」

加蓮「……もしかしてPさん、飾り付けるのハマっちゃった?」

P「俺もプロデューサーだからな」ドヤ

加蓮「そ、そう……」

P「今日も残業確定だけど、上には雛壇を飾っていたら仕事が遅くなりましたって正直に言うつもりだ」

加蓮「……また嫌味とか言われちゃうよ?」

P「ウケ狙いの一点賭け、失敗したら酒の席のネタ行きだ」

加蓮「……大人ってすごいんだね」

P「大人はなんでも笑い飛ばせるんだよ。だから加蓮。あんま考えすぎんなよ。笑い飛ばせるところは笑い飛ばそう」

加蓮「……ん」

P「おっと、それよりも飾り付けを進めなければ……加蓮もそのうち病みつきになるぞ? ほらほら、一緒に飾ろう!」

加蓮「重たいから1人でやるって言ったのにー」

<ドタドタ

柚「ひなあられあったよーっ。加蓮サンも一緒に……あれぇ!? 加蓮サンまでそっちいっちゃった」

柚「だったらアタシも手伝おっと」

加蓮「…………」ジー

柚「……? なに?」

加蓮「…………」チラ

P「おいおい胴体がちょっと汚れてるじゃないか。こういうのってどう掃除するんだっけか――」

加蓮「……邪魔しちゃ悪いから、一緒にひなあられ食べて見てよっか」

柚「! そうしよそうしよ! へへっ、これで加蓮サンもサボり仲――じゃないや、ひなあられ仲間!」グッ

加蓮「むぐ」

加蓮「…………」ポリポリ

柚「あと甘酒もあるよ! あっち行こっ加蓮サン!」

加蓮「はーい。Pさん、ごめんけどお願いね」

P「こっちは髪の部分が少し湿気て……ん? なんだ加蓮」

加蓮「なんでもないでーす」

……。

…………。

……。

…………。

――営業先――

「へー、Pさんとこもセルフプロデュース始めたの。最近流行ってるよね~若い子がそういうのって。トラブったとかよく聞くけど大丈夫なの?」

「……え? 違う? プロデューサーとして? あ、ああそうなんだ。へー」

「ううん……いいのかなぁ……。あ、持ち帰ってちゃんと検討するんだ。はあ。それならまあ……」

「で? 誰の営業? あ、資料あるのね。ふうん、喜多見柚ちゃんか」

「うーん。今はちょっと任せられるのはないかなぁ。うん、済まないね」



――営業先――

「は? プロデューサー? いや君どう見ても子供……名刺? いや、あのね、ここは学生が勉強しに来るところじゃなくてさ?」



――営業先――

「いやまあ話くらいは聞きますが……それならそれで、上司の方と一緒にいらしたらどうでしょうか?」

「任されている? はあ、そうですか……」

――営業先との電話――

『うちはお断りだ! 流行だの若者の社会進出だの馬鹿馬鹿しい。下手な契約で裁判沙汰にでもなったら責任取れるのか? お?』

『プロデューサー? だったらなおさらだ!』



――営業先――

「プロデューサー。へー、面白い。是非とも話を聞こうじゃないか。……え? 意外? この業界は流行が命だからね。流行を見つけたらまず乗れ! これ常識でしょ」

「それでそれでどんな子を? ふうん、喜多見柚ちゃん。資料と、ああLIVE映像もあるのね」

「これは……去年にやってたイルミネーションイベントか。僕も見に行ったなー。パッとしなかった印象だけど」

「ふんふん……ふん……、あー、ごめんね。駄目だ。うちで回せる仕事はないね」

「なんていうか、インパクトがないんだよねー。アイドルなんていくらでもいる訳だし? この子はちょっとフツーすぎるよ。生き残るのキツイんじゃないかなぁ」

「おっと、ごめんごめん」

――ファミレス――

加蓮「ぅあー」ツップセ

加蓮「疲れたぁ……」

加蓮「はー…………」

加蓮「まだお昼なのに……歩きまわったからかな……」

加蓮「…………」

加蓮「……なーにやってんだ、私……」

加蓮「はは。ホント、何やってんだろ……」

加蓮「…………はぁ」

<ブーッブーッ

加蓮「…………」ガサゴソ

加蓮「……もしもーし? Pさん?」

P『加蓮。今は帰りか? ちゃんと休み休みやってるか? 車いるか?』

加蓮「初っ端からそれ? ホント過保護だよねPさん……」

P『加蓮だからな。それより車は、』

加蓮「うっさい。1人で帰るから放っといて」

P『だがな――』

加蓮「放っといて」

P『……そうか』

加蓮「…………あ」

加蓮「ごめん……、ちょっとイライラしてた」

P『いや……ってことは営業は』

加蓮「さっぱり。既存のとこはさすがに話を聞いてくれたけど任せられる仕事がないんだってさ。新規は……論外。上司と一緒に来いって言われたり学生が勉強しに来るところじゃないって言われたり」

P『やっぱりキツイか……。若い子のセルフプロデュースが増え気味って聞いたからいけると思ったんだがなぁ』

加蓮「……一箇所だけ、面白そうだから聞いてくれたって場所があったんだけどさ」

P『お、どうだった?』

加蓮「…………」

P『……加蓮?』

加蓮「……とにかく総空振りです。無駄に疲れただけでした」

P『あ、ああ。資料とか映像とか渡せた?』

加蓮「一応ね。渡して、駄目って言われたとこもあったけど」

P『厳しいな』

加蓮「うん。……あーもうあのヘラヘラした顔思い出したらまたムカついてきた! ……もうっ」

P『ははっ』

加蓮「笑うなぁ」

P『悪い』

加蓮「…………ふふっ」

P『……お前だって笑ってんじゃねえか』

加蓮「べっつにー。叫んだらちょっとスッキリしちゃったかも」

P『お前って単純なのか複雑なのかよー分からんな……』

加蓮「あ、ひどーい。女の子に向かってそういう扱いはよくないぞー?」

P『今は誰も担当してねえし、怒る女の子がいねえし』

加蓮「私が怒る」

P『はいはい』

加蓮「はー。……ホント、何やってんだろー私って感じ」

P『ん?』

加蓮「いや、あのさ……クタクタになってイライラさせられて、何やってんだろうねーって……」

加蓮「……あはは、ごめん。ちょっと疲れちゃってるかも……あ、身体がじゃないよ? Pさんだって愚痴を言いたくなる時くらい……」

加蓮「…………ごめん」

P『…………』

P『……なあ加蓮。交代するか? 前みたいに、俺が営業で仕事を探してきて加蓮が割り振る、それでもいいじゃないか』

加蓮「…………」

P『プロデューサーの仕事は一面的じゃない。1人が全部をやる必要なんてないんだ。前も言ったけど、アイドルのケアをすることだって大切な仕事だし、その方が加蓮には楽だろう』

P『楽してばっかって言われるかもしれねえけど、キツイのを回避できるなら回避するに越したことはないだろ?』

加蓮「…………」

P『……いつでも言ってくれよ』

加蓮「うん……ううん、今はいい。もうちょっと頑張ってみる」オキアガル

P『分かった』

P『資料は渡せたんだよな? それなら進展してるじゃないか。先週は1つも渡せないで終わったんだろ?』

加蓮「やなこと思い出させないでよ」

P『そうしたらまた笑い飛ばしていこう』

加蓮「そーだね……よしっと。今から帰るね。何かお菓子とかいる?」

P『残念だが』

加蓮「?」

P『さっき来た柚ちゃんが大量に持ち込んで、冷蔵庫がパンクしかけてる』

加蓮「あ……あははっ、まったく柚は……。あ、グレープ味のプリンがあったらとっといてね。それ柚が私に買ってきたのなんだからっ」

P『お、それは美味いから食えってフリか?』

加蓮「違うっ! ちょ、食べてたらホント許さないからねPさん!」

P『はいはい。気をつけて帰ってこいよ~』ガチャ

加蓮「…………」ツーツー

加蓮「…………」

加蓮「…………」ミアゲル

加蓮「はー……ホント、何やってんだろ、私……」ツップセ

――事務所――

加蓮「ただいまー……」

柚「お帰り加蓮サンっ」

加蓮「柚」

柚「そしてアタシもお疲れ!」

加蓮「どゆこと?」

柚「さっきレッスン終わったばっかりなんだ」

加蓮「そっか。じゃあ、柚も私もお疲れ様」

柚「おそろいだ!」

加蓮「そだね、お揃い」

加蓮「どう? トレーナーさんとのレッスンも慣れてきた?」

柚「うんっ。優しく教えてくれたから大丈夫だった! それにアタシ、ダンスに光る物があるって褒められたよ。加蓮サンが教えてくれたお陰だねっ」

加蓮「そっか」

柚「それ以外はまだまだだーって言われちゃったけど、これから頑張るんだ。トレーナーサンも、一緒に頑張っていきましょうってさ!」

柚「……?? どしたの? なんかこう、眉のとこがぐにーってなってるよ?」グニー

加蓮「あはは、ごめんごめん。ちょっと疲れちゃって」

加蓮(……何の皮肉だ。よりによって褒められた部分がそれ――)

P「疲れてるだと!?」シュバ

柚「わ!?」

P「やはりか! 電話した時からそうだとは思っていたが……ほら、ソファに横になってしっかり休め! ミルクココア入れてくるからそれを飲んで身体をしっかりと!」グイッ

加蓮「ああもうホントに過保――あっ、ちょ、」

P「ほら座る! 横になる!」バッ

加蓮「きゃっ」

P「よし、次はミルクココアだ!」シュタッ

加蓮「…………」

柚「…………」ポカーン

加蓮「…………」

柚「…………お、お姫様?」

加蓮「じゃああっちはウザい執事」

加蓮「ホント、Pさんってば……」

柚「でも加蓮サンちょっと嬉しそう?」

加蓮「ああん!?」

柚「ギャー! ツノ、ツノ引っ込めてー!」




加蓮「…………おいし」(ミルクココア飲んでる)

柚「アタシの分までありがとっ」ゴクゴク

P「いやいや。それより加蓮が動かないかそこで見張っててくれ、柚ちゃん」

柚「あいあいさー!」ビシッ

加蓮「もう。たかが歩いただけなのに……Pさんだって歩くと疲れるでしょ? 同じだよ、もう……」

P「そうは言ってもな」

加蓮「はいはい。それより柚。どう? 次のプチLIVE、上手くできそう?」

柚「んー……まだ、歌詞がたまに飛んじゃう」

加蓮「そっか」

柚「歌うだけならできるけど、踊りながら歌うのは難しいね」

加蓮「そう? クリスマスの時は上手くやってたじゃん」

柚「あれは……そのー、やらないと! って思ってたからっ」

加蓮「そっか」

柚「でもアタシ頑張るね! 加蓮サンだって頑張ってるんだから、アタシも頑張らなきゃ!」

加蓮「…………」

柚「うーん。加蓮サン加蓮サン。どうやったらアタシ上手くできるかな? 他のアイドルみたいに、こう、ビシって」

加蓮「柚」ポス

柚「ふみゅ」

加蓮「私が言ったこと思い出す。はい復唱」

柚「えとっ……あ、やりたいように、楽しく!」

加蓮「そうそう。上手くやるより、楽しくやろうっ」

柚「あいあいさー!」

柚「楽しくかー。どうやったら楽しくなるだろ。うーん……」ウーン

柚「そうだ!」(立ち上がる)

加蓮「?」

柚「あのね。ここんところ」タンタン

柚「こんなふうにっ」サッ

柚「えいっ」ギュイギュイ

柚「……って感じに回ってみたい! そしたらきっと楽しいと思うんだっ」

加蓮「…………」

加蓮「ごめん、ここんとこってそこどこ?」

柚「あれっ伝わってない!? 間奏のとこだよっ。ほら、たーたたたたんったたんってとこ!」

加蓮「ああ、間奏ね。そこならいいんじゃない? 歌詞が飛ぶこともないだろうし」

柚「やたっ。あ、それからそれから、最後のサビの前でも回ってみたい!」

柚「こんな風にっ」ギュイギュイ

柚「わっ」ツルッ

柚「ぎゃふん」ズテ

加蓮「…………ぷっ……くくっ……!」

柚「あー! 加蓮サン笑った! 笑うなー!」ポカポカ

加蓮「ごめんごめん、ごめんってば。ぷくくっ……い、いいんじゃない? その方が楽しそ……くくっ……」

柚「加蓮サンひどいっ。もう、もう!」

加蓮「あー、ごほん、ごほん……くくっ……ほら、まずは回っても転ばないように…………ぷぷっ……」

柚「まだ笑う!?」

加蓮「いや、こけた瞬間の柚の顔を思い出すと……あはははっ…………」プルプル

柚「もーっ、そんなに笑う加蓮サン大っ嫌い!」

加蓮「ごめん、ごめんってば。ほら、柚。途中で買ってきたチョコバーあげるからっ」スッ

柚「あ、アタシはお菓子で釣られる女の子じゃないもんっ。それもう卒業した!」

加蓮「そう? じゃあ私が食べ――」

柚「…………」ウズウズ

加蓮「…………」

柚「…………」ユズユズ

加蓮「……あーん」

柚「あむっ♪ うまーっ!」

加蓮「…………くくっ」

柚「あー! また笑うー!」

加蓮「あははっ」




P「あれ? 加蓮、結局お菓子を買って来たのか」

加蓮「柚用のでーす。Pさんにはありませーん」

P「え」

加蓮「はい、あーん」

柚「あむっ。ん~~♪」

P「え、待って、俺の分は?」

加蓮「ない」

P「何で!?」

加蓮「何でも」

P「!?」

――撮影スタジオ――

「はーい、もっと笑って笑って! 楽しそうに!」

柚「こ、こうっ」

「うーんまだ堅いね。作り笑顔じゃなくて自然な感じで!」

柚「にぱっ」

「そうそう……うーん少し違うなぁ。もっとこう、アイドルっぽく!」

柚「はいっ。に、にぱっ」

「じゃあ少し動いてみようか。まずは――」




柚「ふーっ」

加蓮「お疲れ、柚」

柚「加蓮サンっ。……あはは、なかなか上手くできなくや」

加蓮「ん……」

柚「アタシ、やっぱりアイドルっぽくないよね。カメラマンサンからも言われちゃった」

加蓮「それでいい……って言っても難しっか」

柚「前にやった時も上手くいかなくて、すっごい時間かかったし……難しいねっ」

加蓮「……そだね。でもカメラさん、いいねって言うこともあったでしょ?」

柚「そだけど……」

加蓮「後で見本もらえるから一緒に選ぼうよ。可愛く撮られてる柚を」

柚「いっしょに?」

加蓮「一緒に」

柚「ぅー、変な顔で映ってたらヤダな……あ、あんまり見ないでね?」

加蓮「え? やだ」

柚「えーっ!?」

加蓮「あははっ。ほら、それも記念だって♪」

柚「うぅ。じ、じゃああんまり見られないところに置いといてよ?」

加蓮「しょうがないなぁ。じゃあ誰も見ないとこにしまっとくから」

加蓮「……ほら、柚。休憩終わりだよ。もうちょっと頑張ってみよ? 見ててあげるから」

柚「はーい……」ショボン

加蓮「……柚」

柚「?」クルッ

加蓮「失敗しても大丈夫。ここには、柚の失敗を笑う人なんていないから。だから思いっきり――」

柚「……加蓮サン、こん前、思いっきり笑ってた」

加蓮「え?」

柚「転んだ時に」

加蓮「あ。……え、もしかして気にしてた……?」

柚「…………」ウツムキ

加蓮「分かった。ごめんね。もう笑わないから」

加蓮「柚が失敗しても、絶対に笑わない。冗談でも笑わない。……ね?」ポンポン

柚「……うん」

加蓮「ほら、顔を上げて。楽しいアイドルの時間だよ」

柚「楽しい、アイドルの時間……」

加蓮「うん。写真を撮られること、笑顔を撮られることも楽しんでいこうよ!」

柚「……楽しんで、いいの?」

加蓮「楽しんじゃいけないことなんて1つもないんだよ。ほらほら、行った行った!」ズイ

柚「わっ。押さないでー!」

――事務所――

柚「決めた! アタシこの写真がいい!」

加蓮「えー、こっちの方がよくない?」

柚「でもそっち、ふにゃってなっててカッコ悪いっ」

加蓮「それが柚らしくて可愛いんじゃん。あ、この子は堅苦しくないな、って分かってくれるよ」

柚「えー! アタシもっとビシっとしたいな!」

加蓮「うーん……」

柚「むー……でも加蓮サンがそう言うなら、そっちでもいいよ」

加蓮「え? ……あー、でもこの写真、ちょっとかっこ悪いかも?」

柚「どっち!? どっちなの加蓮サン!?」

加蓮「ほら、柚に言われてみればって感じでさ。そっちの写真にしちゃおっか?」

柚「……でもアタシも、加蓮サンに言われてみればそっちのふにゃってした顔もいいかもっ」

加蓮「えー、柚こそどっちよ」

柚「…………」

加蓮「柚?」

柚「……これハズい! なんでアタシ自分の顔をこんなにじーって見てんの!? やめてーっ、なんかすっごいハズい!」

加蓮「え、そう?」

柚「ハズいよ! 加蓮サンだって自分の写真とか見てたらハズいでしょ!?」

加蓮「いや、全然……?」

柚「アタシはハズいの!」

加蓮「そ、そう。でもそれは慣れなきゃ。自分がどんな顔をしてるかなんて、こうでもしないと分からないんだよ?」

加蓮「ほら、ステージとかでさ。キリッとしているつもりでいたら実はふにゃってしてました、なんてダサいでしょ?」

柚「それは……そうだ!」

柚「じゃあアタシ頑張ってみる。ハズくならなくなるようにっ。……むー、むむー」ジー

柚「……やっぱムリー! 加蓮サンが決めていいよっ。ふにゃっとしててもキリッとしててもいいから!」

柚「そんで、ステージでアタシがキリってできてるかも加蓮サンが見て~!」

加蓮「…………。えー、私1人じゃ決めきれないなー。柚が手伝ってくれたら嬉しいんだけどなー」

柚「えーっ! じ、じゃあもうちょっとだけ頑張るっ」

柚「むむー…………」ジー

柚「……やっぱムリ!」

加蓮「ふふっ」

……。

…………。

……。

…………。

――営業先――

「うーん……面白そうだし可愛い子だとは思うんだけどねー……うーん……」

「本人は今日いないの? あーそっか学校か。いやいや君もなんじゃ……休ませてもらって? ふうん、まるでアイドルみたいだね……え? どうしたの、急に恐い顔して」



――営業先――

「うん、ちょうどセルフプロデュース枠ってことで1人くらい出してみたかったんだよね。え? あれ、君じゃなくて違う子の仕事?」

「ちょっと拝見……いやー、この子にか。何かあるかなぁ、任せられる案件……」

「っていうか君の方がアイドル向いてるんじゃない?」


――営業先――

「君が例の。言っとくけどうちはあんまり変なことやりたくないから。挑戦とか新境地とか。そういうことやるから痛い目に遭うんだ」

「話だけでも? お断りです」



――営業先――

「そうかー、時代は変わりつつあるんだねぇ。君みたいな若い子がプロデューサーを」

「ま、若いからって贔屓はしないよ。とりあえず資料から見ようか」

「ふむ。ふむ。……LIVE映像も? どれ」

「……うーん、どうだろう。ちょっとパンチが弱いかな。素材はいいからよそなら何か任せられる物があるんじゃないかねぇ」

――事務所――

加蓮「ただいま!」バタン!

柚「!」ビクッ

P「お、おう、お帰り。今日はまた荒れてるな……」

加蓮「…………」ドサッ

柚「あ、あの加蓮サン――」

加蓮「何」ギロ

柚「っ」

P「おいおい……」

柚「え、えっとね。今日の、レッスンのこと――」

加蓮「レッスン――」

加蓮「…………」

加蓮「……ちょっと後にしてもらっていい? 私、あちこち歩きまわってちょっと疲れてるの。少し静かにさせてよ」

柚「う、うん。ごめんね……」

P「おい――」

加蓮「別に……。アンタはいつでも元気でいいよね……羨ましいよ。私なんてちょっと歩いただけでクタクタに――」

P「おい加蓮!」

加蓮「っ!」ハッ

柚「ご、ごめんなさいっ! あの……えと……あ、アタシちょっとコンビニ行ってくるっ!」タタッ

<バタン

P「おい、おい加蓮……」

加蓮「……………………っ」(ソファに座る)

加蓮「……………………なにやってんだ私…………っ……!!」ギリ

P「…………」

加蓮「…………」

P「…………」

加蓮「……何やってんだ、私…………」

P「…………」

加蓮「うぁー……………………」アタマカカエ

――10分後――

柚「た、ただいま~……」

加蓮「柚……」

柚「か……加蓮サン! あのね、その……コンビニでポテト買って来たよ! 加蓮サンが好きだって言ってたヤツ!」

柚「一緒に食べよ! …………いい?」

加蓮「…………」

加蓮「…………えっと……その、さっきは」グゥ

P「お」

柚「あ!」

加蓮「!」

加蓮「いや、違っ……今の私じゃなくてっ、ゆ、柚でしょ!」

柚「アタシ違うよー? 買ってきたチョコパン途中で食べちゃったもん。帰ったら食べよって思ったんだけど我慢できなくてっ」

P「そーいえばそろそろ腹が空く頃だなー小腹が空いてきたなーお腹が鳴るのもしょうがないなー」

柚「もちろんPサンの分もあるよ!」

P「お、マジかー、柚ちゃんは優しいなぁ」

柚「でっしょーでっしょー?」

加蓮「…………」

加蓮「…………あ、あのさ、柚。私もその……ポテト、いい?」

柚「うんっ。はい、どうぞ」スッ

加蓮「ありがと」モグモグ

柚「ポテトー、ポテトー♪ アタシもポテトー♪ あ、それからこれ、大福4つ! へへっ、敢えて4つにしたんだ。残り1つを賭けて、アタシと加蓮サンとPサンでバトルだ!」

柚「何にする? じゃんけん? あっち向いてホイ?」

P「おっ、いいな。ちょうど甘いところが欲しいと思ってたところなんだ、俺も負けないぞ?」ウデマクリ

柚「強敵の予感! 加蓮サン加蓮サン、一緒に協力して倒そ!」

柚「その後は柚と加蓮サンのバトルだ! へへっ、ライバルと協力なんて少年漫画っぽい? でもちゃんと最後には決着つけるんだよねっ」

加蓮「…………、……あははっ。しょうがないなぁ。Pさん、ごめんね? 柚からお願いされちゃったからっ」

P「おのれー加蓮ー。あの日の誓いはどこへ行ったんだー」

加蓮「えー、なにそれー?」

柚「あっそうだ、アタシ手を洗ってくる!」タタッ

加蓮「行ってらっしゃーい」

加蓮「…………」

P「…………」

加蓮「…………ち、ちゃんと謝るよ」

P「いや俺まだ何も言ってない」

加蓮「目が言ってる!」

P「マジか」

柚「ただいまー! さーおやつタイム! ねね、バトルなんだけどアタシ面白いルール考えたんだ! あのね――」

加蓮「あ、その前に柚。その……」

柚「?」

加蓮「さっきはごめんね? ちょっとイライラしちゃってて……その……、……ごめんっ!」ガバ

柚「えー? なんのこと? アタシは5分前のことをすぐ忘れるんだ。楽しいことはぜんぶ覚えてるケドっ」

加蓮「……、……柚……」

柚「コンビニに行く前のことなんてぜんぶ忘れちゃった。だから安心して加蓮サン!」

加蓮「……うん。ええと……それじゃあ……」

柚「ん?」ニパニパ

加蓮「……あ、アンタの脳みそは空っぽか~っ」グリグリ

柚「わーっ、やめてーっ。ぐしゃぐしゃになるー」

加蓮「ぐしゃぐしゃになれーっ」

柚「きゃーっ! Pサン助けて!」

P「おお、このポテト旨えな……」

柚「あれーっ!?」

加蓮「わしわしわしわし……ふうっ。ふふっ。ありがとね、柚」

柚「どうしたしまして! あっ、でもさ、イライラしちゃうのはしょうがないと思うな! アタシもそーいうことあるもん」

加蓮「あるの?」

P「あるのか?」

柚「ないかも!」

柚「それでも、アタシじゃなくても友達がそういうことなったりするから! 加蓮サンもだいじょーぶ」

柚「ちょっぴり怖かったけど……大丈夫!」

柚「ささ、加蓮サンも嫌なことは忘れてポテトもいっこど~ぞ。Pサンも絶賛だよっ。はい、あーんっ♪」

加蓮「むぐっ」モグモグ

P「…………ははっ」

加蓮「む、女の子が食べてるところに笑うなんて失礼だよ」

柚「笑うな~!」

P「おいおい、柚ちゃんまでか」

柚「あ、やっぱ今のナシっ。笑っていこう! えーと、あはは! 加蓮サン変な顔――ギャー痛い痛い痛い! ぐ、ぐりぐりしないで、ぐりぐりしーなーいーでー!」

加蓮「誰が変な顔だ。ん? 誰が変な顔だ?」オラオラオラオラ

柚「ごーめーんーなーさーいー!」イーターイー

P「……たははっ」

――しばらくして――

柚「ぐわー、Pサン大人げないぞー」

加蓮「大人げないぞー」

P「はっはっは、またいつでもかかってくるがいい」フハハハハ

柚「まさかあそこで、じゃんけんに負けたからってピコピコハンマーをさっとガードしてくるとはっ」

加蓮「柚がびっくりしてる間にボウルをひったくってガードだもんね。あの動きはガチだったよ」

柚「そんなに大福食べたかったのー? アタシもっと買ってくればよかった?」

P「こういうのは限定品だからこそだよ。もし柚ちゃんが10個も20個も買ってきてたら、こんなにマジにはならなかったさ」ドヤッ

加蓮「いい笑顔で言うけど大福かっさらっていった後だよあれ。子供みたいにマジになった後なんだよあれ」

柚「でも全力バトル面白かった! またやろうねっ」

P「はーっはっはっは、いつでもかかっておいでなさい」

加蓮「ボスっぽさが増したね……」

柚「ふはははは~とか言いそう!」

P「ふはははは。では負けた2人の為の健闘をたたえ、我はお茶でも淹れてこよう」スクッ

柚「アフターフォローまで万全だっ」

加蓮「親切なボスだねー」




加蓮「……あ、そういえばさ柚。私が帰ってきた時、レッスンのことって言ってたよね」

柚「うーん……そうだっけ? ……あ、そうだった!」

加蓮「聞かせてもらってもいい?」

柚「いいよー。あのね……」

柚「えっと…………」

柚「…………」

加蓮「ん? どったの?」

柚「あのね。アタシ……このままでいいのかなー、とかっ、その、ちょっぴりだけっ、思っちゃった……感じ?」

加蓮「ん……?」

P「ただいま。お茶を――ん?」

加蓮「詳しく聞かせてよ。気になっちゃうでしょ?」

柚「……うん。今日、レッスンの時にさ……トレーナーサンから、もっとアイドルらしく! って言われちゃったの」

加蓮「…………」

P「…………」

柚「アタシ、昔からよくフツーって言われるの。アイドルらしくって言われても……よく、分かんなくて」

柚「でも今のままじゃ駄目だってことは分かったから……アタシ、このままでいいのかなって思っちゃった」

柚「あっ、あのね! 加蓮サンの言葉はちゃんと覚えてるよ。やりたいように、だよね。……でもさ……」

柚「アタシ、なかなか上手くできなくて……それにトレーナーサン言ってたんだ。他のみんなは大きなLIVEとかやってるって。テレビに出たり、ラジオに出たり、それにCD出すって人もいるって言ってたんだ」

柚「アタシが上手くいかなかったら、加蓮サンもガッカリすると思うし……」

柚「このままでいいのかな、アタシ」

加蓮「…………」

柚「…………」

P「…………」

加蓮「…………柚」

柚「うん……」

加蓮「1つ、謝らないといけないことがあるの」

柚「なに?」

加蓮「ううん、2つかな……。まず1つ目。大きな仕事をもってこれないのはごめん。私のせいだ」

柚「かっ、加蓮サンのせいじゃないよっ。アタシが上手くできないから――」

加蓮「ううん。私のせいだよ。柚の魅力を伝えきれてない。柚なら任せられるってほどのことができていない」

P「加蓮……」

加蓮「だけど……だけど、っていうのも変だけど、だからって柚がアイドルらしくないってことは絶対にない」

加蓮「トレーナーさんからもよく、楽しそうにやってますって報告受けるもん。LIVEの日が私も楽しみです! って言われたこともあったんだ」

柚「トレーナーサンが……」

加蓮「柚のそういうところ……トレーナーさんでも楽しませられるのは、じゅうぶんアイドルだよ」

加蓮「それとね、もう1つ」

加蓮「私、柚にやりたいようにやれっていっつも言うけどさ……あれ、半分くらい私のワガママなんだ」

柚「ワガママ?」

加蓮「うん。ええっとさ……どう説明しよっかな……私ね、ちっちゃい頃から周りの人にずっと言われてたの。あれをやるなこれをやるな、って。今でも言われてる」

柚「そうなの?」

加蓮「うん。だからさ……だからこそ、柚にはやりたいようにやってほしいの」

加蓮「あの日、最初に柚を見た時にね。柚を見てさ、やりたいことがないって顔してるって思った。つまんなさそうだなって思って、つい声をかけちゃって」

加蓮「その後に柚が、アイドルをやりたい、アイドルが楽しいって言ってくれたから……それなら遠慮はしてほしくないっていうかさ。周りに合わせるとか、アイドルってこんな感じだからそういう風にやらないとって思ってほしくないっていうか」

加蓮「柚のやりたいことを見つけて、やってほしいなって……ずっと思ってて」

加蓮「それを、私の代わり……なんて押し付けがましいことをしてたんだ。私の代わりにやってほしい、って」

加蓮「ごめんね、柚」

柚「…………」

加蓮「でも信じて。柚はやりたいようにやっていい。いつかきっと成功する――ううん、成功させてみせる。それがプロデューサーの役割だもん」

加蓮「結果が出ないのは辛いよね。それは私も分かってる。でも柚、その、これも私のワガママだけど……もうちょっとだけ、頑張ってほしいんだ」

加蓮「私も頑張るから。柚の笑顔を魅せられるステージ、絶対に用意するから」

加蓮「だから――」

柚「…………」

柚「……へへっ」

加蓮「…………柚」

柚「だいじょーぶ。あの時、加蓮サン、柚を見つけてくれたよね。他にもいっぱい女の子はいたのに、柚を見つけてくれた」

柚「女の子なんて星の数ほどいるでしょ? でもアタシの事、人込みの中で見つけ出してくれたのは……加蓮サンだけなんだよっ!」

柚「だから……信じてあげるっ」

加蓮「…………」

柚「ねっ♪」

加蓮「…………、なにおう。偉そうにっ」グシャグシャ

柚「あぷっ。あ、アタシはアイドル様だぞーっ」

加蓮「このーっ」グシャグシャ

柚「あぷぷっ。今はまだ頼りないかもしれないけど、でもアイドル様だーっ。丁重に扱えーっ」

加蓮「なら私はプロデューサー様だーっ」グシャグシャ

柚「あぷぷぷっ……や、やめてー! ボサボサになるーっ」

加蓮「ふうっ」

柚「へへっ♪」

柚「加蓮サンよく言うよね。やりたいことを見つけなさいって。どういうことやりたいかなーって探すの、最近楽しくなってきたんだっ」

柚「そんで、それをやって二倍楽しい! 楽しいことばっかりなんだよ。加蓮サンが教えてくれたことなんだから!」

柚「えと……さっきのは、その、さっきの加蓮サンと同じ! ちょびっと弱気になっちゃってただけ、ですっ」

加蓮「うん……うん、そっか」

加蓮「あ、そうだ。Pさん、今の話聞いてた?」

P「ん? ああ」

加蓮「前に電話で言ってくれたじゃん。キツイなら交代してもいいって。あれ、やっぱりナシ!」

加蓮「柚のプロデュース、やっぱり私にやらせてよ!」

柚「!」

加蓮「私にやらせてよ。プロデューサーをじゃなくて、柚のプロデュースを!」

加蓮「どんな理由でも、最初にやるって言ったのは私なんだし……前にPさんに交代するかって聞かれた時、一瞬だけ迷っちゃったけどさ」

加蓮「失敗したから辞めるなんてカッコ悪いもん。それに、柚が信じるって言ってくれたから」グイ

柚「わっ」

加蓮「私がグチグチしててもしょうがないよね。柚にはやりたいように思う存分やってほしいし……」

加蓮「だから、私にやらせて。……上手くいかなくても、もう泣き言なんて言わない。さっきみたいなことも絶対にしないから……」

加蓮「……お願いしますっ」

P「加蓮…………」

P「ま、加蓮ならそう言うだろうと思ってたよ」

加蓮「……ふふっ。ありがと、Pさん」

P「いやでも泣き言は別にいいんじゃないか? 人間、愚痴りたくなる時くらいあるさ」

柚「そーそー。アタシだってグチりたくなる時が…………あるっけ?」

P「それもなさそうに見える」

加蓮「あ、私もそう見えるー」

柚「じゃあこれもアタシの友達! 友達がね、よくグチるから大丈夫! 加蓮サンももっとグチっていこう!」

加蓮「ううん、そういう訳にはいかないよ……。柚も怖がらせちゃったし」

柚「だだだ誰がビビリだ! アタシそんなんじゃないし、ないしっ。……ただそのー、ちょっと、びっくりしたかな?」

加蓮「……んー……でも、ごめんね。びっくりさせちゃって」

柚「今日の加蓮サンは謝ってばっかりだねっ」

加蓮「え? ……そういえばそうかも」

柚「でもそんな日もあるよ!」

P「誰だって、調子悪い時くらいあるよな」

柚「きっとこう、加蓮サンは今日の占いビリだったんだ! 明日はいいことあるよっ」

加蓮「……あははっ、だといいね」

柚「終わったことはぜんぶ忘れちゃおう。ほらほら、アタシの大福の残り半分! はいっ」

加蓮「ありがと。じゃあ、私も半分にして……はい、柚にあげる」

柚「やったっ、加蓮サン優し――あれ? これ変わってなくない?」

加蓮「ふふっ、そうかもね」

柚「あれー?」

加蓮「はー。…………柚」

柚「うんっ」

加蓮「……お互い、迷わないでやっていこっか。私も、そうするから」

柚「……? 加蓮サンも迷子サンだったの?」

加蓮「ん、まあ、ちょっとね――」

柚「だったらお揃いだっ♪ ……あれ? アタシと加蓮サンってよくお揃いになるよね。もしかしてお似合い? お似合い? きゃーっ、照れちゃうなーっ」バシバシ

加蓮「こら、痛い痛いっ」

P「さてと。俺もやりますか!」

柚「おお、加蓮サンにつられてPサンまで燃えてる!」

加蓮「燃えちゃってるね」

P「部下には負けとれん。さー今日も打ち合わせだ、上からイヤミを言われる時間だ、ふははははー」

加蓮「悪役も大変なんだね……」

柚「ボスなのに?」

加蓮「ボスなのに」

P「ほらあれだ、きっとゲームの中ボスとかってこういう気持ちだろうなー。下からはそっぽを向かれ上からはこきつかわれ」トオイメ

柚「加蓮サンはもっとPサンに優しくしてあげるべきだー」

加蓮「え、私が悪いの?」

柚「さー?」

加蓮「…………」

P「今日も大切な部下を守る為にイヤミを言われ続けるぞー、やるぞー、俺ー」トオイメ

加蓮「お、お願いします……?」

……。

…………。

……。

…………。

――営業先――

「なるほど、喜多見柚ちゃんか……。ああ、LIVE映像は見させてもらったよ。前に送ってもらったヤツ」

「そうだね、この辺の仕事なんかはどうだろう。あんまり大きい物とは言えないけど、似合うんじゃないかな? 場を盛り上げるのとか得意そうだし」

「うん、検討してくれていいよ。良い返事を期待しようか」



――営業先――

「ああ、君が噂の。一度会って話を聞いてみたかったんだよねー、どういうつもりなのかって」

「いや君どう見ても学生でしょ? そりゃー学生が社長で会社経営とか学生アイドルがセルフプロデュースとかさ、よく言うけどさ? 実際何考えてんの?」

「子供は子供の、大人は大人の領域。普通に考えてそうだろう?」

「……ほら、そうやってすぐに嫌な顔をする。これだから子供は――」



――営業先――

「え、プロデューサーなの君? ち、ちょっと確認させてもらっていいかな」

「……あー、電話させてもらったけど本当にプロデューサーなんだね。はー、僕もいろんな人と仕事してきたけどこんなのは初めてだね……どうしたらいいんだろうこれ?」

「そんなことよりアイドルを見てくれ? ああそっか、プロデューサーだもんね」

「うーん……パッとしないなぁ。それより君がやってみないかい? 10代のプロデューサーが! とか話題に――駄目? そうか。残念」

――営業先――

「君が噂のプロデューサーですね。アポが来た時にはついに来たかとつい身構えましたよ……おっと私事で失礼」

「喜多見柚ちゃんですね。なるほど、パッションあふれる女の子……あー、申し訳ありませんがうちではちょっと難しいですね。うち今、そういうのやっていないんですよ」

「こう、身近なアイドルがありふれているからこそ昔ならではのアイドルっぽいアイドルをって風潮になっていまして。ちょっとこの子にはキツイのではないかと……」

「いえいえ。……そう悲しい顔をされないでください。今日は貴重なお話ありがとうございました。また別の企画が立ち上がったらこちらから連絡させていただきますね」


――営業先――

「……え? インターンシップ? あ、違うのか」

「見たとこ高校生……くらいだよね。はー、最近の高校生は何考えてるのかさっぱりでねー」

「ちょっと聞いてくれるかい。この前なんて娘がね――」

――数時間後 車内――

加蓮「つかれた」バタン

P「お疲れ。やっぱり車で迎えに行って正解だったな。できれば最初から車を出したかったんだが……」

加蓮「Pさん会議だったんでしょ? しょーがないよ……」ベチョ

柚「加蓮サン、ちょっと前からずっとこうだったよ。移動してる時にアタシが話しかけても反応薄かったしー、つまんなかったっ」

加蓮「つまらなくて悪かったねぇ」ベチョ

P「帰ったら存分に休め。あ、何なら今からどっか休めるとこ入るか? その方がいいな、そうしよう」

加蓮「…………休めるところに入るか? なんてPさんえっちいんだー」

P「は? …………はぁ!?」

柚「???」

P「いやお前っ、俺はそういうつもりじゃ……最初にその発想するお前の方がえ、え、そうだろうが!」

加蓮「あははっ、顔真っ赤ー」

P「ああもう、とっとと帰るぞ!」

加蓮「Pさんってこういうのに免疫ない系だっけ」

P「さーて、安全運転安全運転! あ、そうだ加蓮。営業はどうだ。上司として聞いておかなきゃな。"上司"としてな」

加蓮「流したな。うーん……やっぱ柚と一緒の方が反応はいい感じだよ」

柚「そなの?」

加蓮「うん。いつもはこう……もっと厳しいかも」

P「せっかくの土日だもんな」

加蓮「でもそれ以上に、学生2人が遊びに来たみたいな対応されることがあってウザかった」

P「あー……」

柚「最近の高校生って何考えてんのか分かんないー、みたいな話を聞かされちゃったよね」

加蓮「そーそー。なんか娘が反抗期で訳分からなくて、とかなんとか」

柚「そのせいでアイドルからもちょっと避けられちゃってるんだって!」

加蓮「いろいろ話してたら最後には、参考にさせていただきますってすごい礼儀正しくなってさー」

柚「終わった後に、あれっアイドルの話は!? ってなっちゃってっ」

加蓮「2人揃って頭を抱えたんだっけ」

P「ぷはっ……ははっ、お、面白いことやってるんだな、2人とも」

加蓮「笑い話じゃなーいー」パタパタ

柚「そーだそーだっ」パタパタ

P「はいはい、悪かったよ。おっと赤信号」ブレーキ

P「ま、その……なんだ。いつかはいい結果が出るさ。気長にやっていこう」

加蓮「大丈夫。私は柚のプロデューサーだもんね」

柚「そしてアタシが加蓮サンのアイドル!」

加蓮「やるって決めたんだからやるよ。もう泣き言も弱音もいらないよ。そういうの、好きじゃないもん」

P「加蓮……」

加蓮「それに、そんなことしてたら頑張ってる柚にも失礼だもん」

柚「えー? 柚は別にいいのに。加蓮サンはもっと柔らかくなっていいと思うな!」

加蓮「柔らかく?」

柚「まろやかに!」

加蓮「まろやかに」

柚「そんでもってー、コクがある!」

加蓮「コクがあるんだ」

柚「最後に牛乳を入れよう!」

加蓮「シチューかっ」ズビシ

柚「あたっ」

P「おいしそうだな」

加蓮「女の子においしそうって言うなんてPさんえっ」

P「すぐそっちに持ってくお前の方だろそれは! 中学生の男子か!」

加蓮「社会人の女子でーす。高校生兼社会人」

柚「加蓮サンってカレーって言うよりシチューって感じだよね。Pサンもそう思わない?」

P「お、おう?」

加蓮「じゃあカレーらしい人ってどういう人なの?」

柚「うーん。Pサンみたいな人?」

P「俺か」

加蓮「Pさんがカレーかぁ。……あ、でもなんとなく分かるかも」

柚「でしょでしょ?」

加蓮「でも一応だけ聞いとこ。Pさんのどの辺がカレーだと思う?」

柚「うーん。どこだろ。顔の形……とか?」

加蓮「分かった。真面目に考えない方がいいってことだね」

柚「そゆこと!」

加蓮「自分で言うんかい……」

P「カレーはみんな大好きだからな」

加蓮「でもPさんは上の人達からアレな感じだよね、今」

P「カレーはな、パッと見たら美味しそうだって期待されるからさ。変なカレーは変な料理よりヘイト稼ぐんだ、余計に」

加蓮「えーと……つまり期待された後にガッカリされたってこと?」

P「まあ最初から期待されてるかも怪しいもんだが」

加蓮「…………うーん」

柚「加蓮サン加蓮サン。真面目に考え過ぎたら疲れちゃうよ? たまにはお休みして、アイスクリームみたいになろう!」

加蓮「アイス?」

柚「アイス!」

加蓮「なんでアイス」

柚「アイスって美味しいじゃん! さすがに今食べるのはちょっと早いけどっ」

加蓮「…………Pさん助けて。担当アイドルについていけない」

P「それは全国数百万人のプロデューサーが皆等しく抱える課題だ。頑張れ」

加蓮「マジ? 大変なんだね、プロデューサーって……」

P「そして上司が何を言ってるのか分からないのも全国数億人のサラリーマンが等しく抱える課題だ」

加蓮「ホントに大変だー」

P「さて、青信号っと」アクセル

……。

…………。

P「よし、柚ちゃん到着だ」

柚「もう着いちゃったかー。じゃあ、お疲れ様! 加蓮サン、Pサン!」

加蓮「お疲れ様」

柚「また明日ねっ」バイバーイ

P「おーう」

ブロロロロ...

加蓮「さて、私たちは事務所に戻らなきゃ」

P「……あのさ加蓮、」

加蓮「いいから。プロデューサーとして最低限のことくらいはやるよ。営業が終わったら書類整理、あと必要ならメールや電話で連絡。きっちりPさんにも報告しなきゃ」

P「……はいはい、仰せのままに」




ブロロロロ...

P「そういえば加蓮。お前が営業に回ってること、ちょっと有名になっているみたいだぞ?」

加蓮「そなの?」

P「別件で打ち合わせに行った時とか、そういえばお宅って若い子が営業やってません? とか割と聞かれるんだ」

加蓮「そういえば、噂のとか例のとかって言われたっけ」

P「うちの事務所にも電話が来てるらしい」

P「面白そうだからうちも話してみたいっていうのと、あとはまあ……どうしてもさ。あんな子供が営業してるなんてどういうことだ! みたいなのもあるって」

加蓮「……やっぱそう見られちゃうよね」

P「しょうがないさ」

加蓮「もしかしてその電話のことって、上の人から聞いたの? Pさんの上司の人から」

P「おう。はは、この前とかまたイヤミを言われたぞ? お陰でうちのプロダクションがイロモノみたいに見られてるって」

加蓮「……ごめん」

P「まあ待て、続きを聞け。そこで俺はこう言ってやったんだ。何を言っているんですか、うちの事務所系列は社長を筆頭に最初からイロモノづくしじゃないですか、っていうか狙ってる面あるでしょ? って」

加蓮「確かに、個性派揃いだもんね」

P「そしたらみんなして黙りこんでさ。そして数時間後、俺の元に大量のタスクが振り込まれてきた」

加蓮「え、大丈夫なのそれ?」

P「事務職舐めんなよ? それにこれもチャンスだ。1日じゃ無理だと思われてるのを1日で片付けてドヤ顔するってドラマとかでよくあるシチュだろ? 俺、ああいうの憧れててさ」

加蓮「あははっ、ちょっと分かるかも」

P「まあ3日かかったけど」

加蓮「かっこわるーい」

P「しかし上司は1週間はかかるだろうと予測していたんだとさ。結果オーライだな」

加蓮「よかったね、Pさん」

P「悔しまみれのイヤミが耳に心地よかったぞ」

加蓮「性格わるーい」

P「はっはっは。それにな――」

加蓮「それに?」

P「…………まあその、なんだ。この前さ、柚ちゃんのプロデューサーは自分がやるって加蓮が言った時にさ」

P「なんていうかな。ああ、俺の知ってる加蓮だ、って思ってさ」

加蓮「…………」

P「やりたいことを見つけたら、無理でも無茶でも突き通す。多少何かあろうとすぐに起き上がる。簡単には諦めたりしない。そういうのが、俺の惚れ――知ってる加蓮だ」

P「どんなことになっても、加蓮が俺の知る加蓮でホッとした」

P「それに、そういうのを見たら、俺だって頑張らないとってなってさ。1週間分の書類を3日で片付けるなんて余裕も余裕だってもんだ」

加蓮「そっか……」

加蓮「…………」

加蓮「……ん? さっき、『俺の惚れた』って言った?」

P「げっ」

加蓮「惚れたって言った!? ねえねえ、言ったでしょ!」グイグイ

P「き、聞き流せよそういうのは!」

加蓮「ふっふーん。そっかぁ、やっぱりPさんは私のことが好きなんだねー。ふふっ。ねえ、やっぱりどこかで休憩――」

P「せん!」

P「これはその、いわゆるアレだ、人として惚れたってヤツだ! 男とか女じゃなくて!」

加蓮「ちぇ。意地なんて張らなくていいのに」

P「世界中の誰よりもお前にだけは言われたくないわ! ……くそっ真面目な話をしてたらすぐこうだ! なんでだよ、前の加蓮はもっとこう、真面目ムード一色って感じだったろ!」

加蓮「そっかなー。柚に影響されたかも?」

P「柚ちゃんか。恐いなぁあの子は。話してたら俺まで学生に戻った気分になりやがる」

加蓮「柚と話してるPさんって、なんか子供っぽくなるよね」

P「やっぱそうなってる? ……まあいいや。ともあれ、あんま迷惑とか考えなくていいんだぞ? 加蓮が成功するまでの必要経費だって思えばいいさ」

加蓮「……うん」

P「あ、でも無理はするなよ。疲れたらすぐに連絡しろ……いや、そう言っても加蓮はしないよな。じゃあ俺が連絡した時は素直に疲れたと言え……で素直になったら苦労しねえか。ううむ……」

加蓮「何1人でブツブツ言ってるの? それにPさん、やっぱり心配性すぎだってば」

P「誰かが見てないとお前、ブレーキぶっ壊して突っ走り続けるだろ」

加蓮「それは……そうかもしれないけど」

P「だろ? ううむ……やっぱり外回り系の営業は俺が――」

加蓮「やだ。私がやる」

P「だよなぁ……」

加蓮「…………」

P「…………分かったよ。でも心配くらいはさせてくれよ?」

加蓮「うん」

ブロロロロ...

……。

…………。

……。

…………。

――営業先――

「へぇ、プロデューサーなんだ君。セルフプロデュースってヤツ? え? 違う?」

「喜多見柚ちゃんか……あー知ってる知ってる。前にデパートのイベントに出てた子でしょ」

「意外? いやいや、こういう業界は足こそ最大の武器って言うだろう? 言ってるの僕だけだけど」

「それに気になってたんだよね。あ、楽しそうにやってる、って。へえ、君んところのアイドルだったんだ」

「資料があるの? ちょっと見せてよ……ふむふむ、なるほど。へえ、いい顔してるね。この子はきっと大物になるよ――大物にしてみせる? ほお」

「あ、LIVE映像もあるんだ。今見ていいかい?」

「……へえ…………」

「うん。そうだね……これは……うーむ……」

「レッスンの映像まであるの? ちょっと拝見。……ふむ……」

「よし、分かった。良ければ今度、このLIVEの枠が空いてるからさ、柚ちゃん? に出てもらえないかな」

「あれ、意外そうな顔してるね。上手くいくとは思わなかった? あはは、確かにこの業界、頭が堅いの多いよね。分かる分かる」

「でもこれからは新しい時代だ。若い子のアイドルデビューも増えてるんだから、若い子のプロデューサーデビューがあって当然」

「うん? もちろん持ち帰っていいよ。契約は大人を介した方がトラブルも少ないからね」

「え? 仕事の範囲と契約料……まだ試算だけどこれくらいを考えているかな。費用負担はこれくらいで……」

「……なるほど。持ち帰る前にいくつか聞きたい訳。もちろん話せる範囲で話そう。これで信じてくれるかな?」

「いやいや、謝らなくていいとも。こんな業界だから疑い深くなるのは当然だろう」

「それに君はアイドルを大切にしているみたいだね。見ていて分かるよ。変な契約でアイドルを傷つける話はよくあるからねえ」

「もういいかい? ……じゃあ、そっちで詰めてからまたってことで。こっちとしては快い返事を期待してるけどね。次は……3日後とかどうかな。オッケー? よし、じゃあそのPさんって上司と一緒に。ああ、もちろん柚ちゃんともだね」

「いやいやこっちこそ。そんなに頭を下げられると恐縮しちゃうなー」

「あ、そうだ。1つだけ質問いいかな?」


「君、もしかして前にさ、」

――事務所――

加蓮「ただいま! 柚、柚いる!?」

P「うおっ。なんだ加蓮。いつになくハイテンションだな」

加蓮「柚は!?」

P「柚ちゃんならその辺に……あれ、いないな。トイレにでも行ったか」

加蓮「うーっ、こんな時に限って!」

P「おいおい何があったんだ?」

加蓮「それが実は――」

<ガチャ

柚「あ、加蓮サン! おかえり――」

加蓮「柚ーっ!」ダキッ

柚「わぷっ!? な、なになに!? 加蓮サンどしたの!?」

加蓮「見て、見て見て! これ、柚の仕事! LIVE! 取ってきた!」

柚「LIVE――お、アタシこのイベント知ってる! 毎年4回やってるヤツだよねっ。って……え? アタシに、このLIVE……?」

加蓮「うんっ。ほら、ローカルだけじゃなくて全国放送のテレビも来るし記者だっていっぱい!」

P「お、おいちょっと見せろっ。……これ、え、この仕事、加蓮お前……!?」

柚「アタシが出られるの!?」

加蓮「うん。うんっ。柚の映像を見せたら是非って。3日後にPさんと柚を連れて来いって。すごい良い反応だった! 面白そうだって言ってくれた!」

P「そっか……そっか! よかったな加蓮! 柚ちゃんも!」

柚「アタシ……うんっ! あの、えと、れ、レッスンだっ。今からいっぱいレッスンっ」

加蓮「うん! 行こ、柚!」

P「あ、おいちょっと詳しく――」

<バタン
<ね、ね、何歌お! この前のがいいかな、それともこっちがいいかなっ
<全部やっちゃおうよ! 何曲か歌えるLIVEだし!
<じゃあ練習しなきゃ! 全部!

P「……はは」ヒロイアゲ

P「まったく、仮にも上司なんだぞ俺は? まったく」

P「それに書類を投げっぱなしにするなよ……ん?」

P「この担当者、確か前に――」

――レッスンスタジオ――

柚「~~♪ ~~~♪」クルッ

柚「とや~~~っ」ギュイギュイ

柚「えいっ」シュタッ

柚「~~~~~~♪」

……。

…………。

柚「はいっ」ビシッ

トレーナー「そこまで! 喜多見さん、すごく良くなってるじゃないですか!」

柚「へへっ、そう?」

トレ「今度、大きなLIVEがあるんですよね。よーし、ではもうワンステップを目指しましょうか! 今の喜多見さんならできますよ、絶対に!」

柚「やってみるっ。お願いします、トレーナーさん!」

……。

…………。

トレ「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー! もっと笑顔で!」

柚「うんっ。~~~~♪ ~~~~~♪」

トレ「動きが疎かになってますよ! もっと大きく動いて!」

柚「~~~~、~~~~~」グイグイ

トレ「今度は歌が雑になってます! しっかり集中してください!」

柚「はいっ! ~~~~♪ ~~~~~♪」グイグイ

トレ「そうそうその調子! そこでターンっ」

トレ「そこまで!」

柚「はっ、はっ……へへっ……アイドルってこんな感じなんだ。アタシ、今すごくそれが分かってるっ。いい感じかも!」

トレ「はい、とってもいいですよ!」

柚「でもアタシ……もっとやりたいようにやるっ。加蓮サン――プロデューサーサンとそう約束してるんだっ。えと、いいのかな、もっとやっても」

トレ「ふふ、前にプロデューサーさんが言っていましたよ。喜多見さんは自由にやっている方が魅力的だって。私も、そう思います」

トレ「……新しい振り付け、考えてみますか?」

柚「やるやる!」

……。

…………。

柚「~~~♪ ~~~♪! ~~~~~♪」グイグイ

トレ「ワン、ツー、スリー! もっと大きく見せてもいいですよ! もっと楽しそうに!」

柚「はいっ! ~~~~~~♪」

加蓮「…………」

トレ「そこまで! ……どうですか、北条さん。いえ、プロデューサーさん」

加蓮「…………柚」

柚「は、はいっ」ビクッ

加蓮「いい顔してるじゃん。それでこそ柚だよ……それでこそ、柚だよ!」グッ

柚「……へへっ♪ だって加蓮サン、アタシを信じてくれるんだもん。アタシも、もっと頑張らなくちゃ!」

柚「トレーナーサン、もっかい!」

トレ「大丈夫ですか? そろそろ休憩――」

柚「いいのっ。加蓮サンの前でいいとこ見せなきゃっ」

加蓮「こーら。私の前じゃなくて、ファンの前でいいとこ見せるんでしょ?」

柚「そだった! じゃあ今は加蓮サンがアタシのファンだ!」

加蓮「ふふっ、じゃあコール入れてあげるね」

柚「ホント!? もっともっとやる気出ちゃうっ」

トレ「やりすぎて転倒しないようにしてくださいね? じゃ、頭からもう1度――」

……。

柚「ぎゃうっ」ズテッ

トレ「あ……」

柚「あ、アハハ……調子乗っちゃった?」

トレ「あー……もっと調子に乗ってる方がそこにいらっしゃいますから」

加蓮「ぜー、ぜー……ぜ、全力出しすぎたぁ……」ゼェハァ

柚「あ、アハハ。でも加蓮サンの声、ちゃんと聞こえてたよ。だからやる気になりすぎちゃったっ」

加蓮「……大丈夫。バランス、取っていこう。転ばないギリギリのところまでテンション上げていこう。きっとみんな、そんな柚を望んでるから」

柚「はーいっ。やってみる!」

トレ「ふふ。いいアドバイスするんですね」

加蓮「……これでもプロデューサーですから、ゲホッ! あ、こら柚、まだ曲かかってないんだから踊り出すなっ」

……。

…………。

トレ「――そこまで! もう完璧ですね。これなら明日のLIVEも問題ないでしょう!」

柚「はぁ、はぁ、や、やったっ」

加蓮「うん。ダンスもオッケー、ボーカルも問題なし。衣装もこの前に合わせてみたからいい――――――……あ!」

柚「へ?」

加蓮「ヤバ……ッ! MCパート! 何喋るか考えてない!」

柚「え、えむしー?」

加蓮「ほら、曲と曲の間になんか喋るヤツ! 今まで柚って1曲だけのLIVEばっかだったから最初と最後だけでよかったけど今回は……!」

加蓮「どうしよ……今から台本作る? 柚に覚えさせる? 間に合うかな……とにかく簡単に、いやでもそれじゃファンを増やせるか……」

トレ「大丈夫だと思いますよ、プロデューサーさん」

加蓮「……へ?」

トレ「喜多見さん、アドリブにすごく強いですから。気がつけば新しい振付が増えてて、でもしっかりダンスは構成できてて。って、それくらいプロデューサーさんなら知っているのでは?」

加蓮「柚…………」

柚「?」

加蓮「……そか。そうだね。堅苦しく考えすぎてもダメか」

トレ「でも最低限、喋ることくらいは決めておきましょう。はい、今日のレッスンはここまで! 喜多見さん、あとは体をしっかり休めておいてくださいね」

柚「はーいっ」

トレ「まだお昼ですし、これからでも間に合いますよ。プロデューサーさん」

加蓮「……オッケ。柚、シャワー浴びて事務所に戻ろう。ミーティングだ」

柚「うんっ。先に行ってて。アタシもすぐ行くから!」

……。

…………。

――事務所――

加蓮「――ってこと。MCパートについては分かった?」

柚「うんっと……何か喋ればいいんだよね?」

加蓮「そ。今日はありがとー、とか、次はこの歌、とか。最低限はその辺り。あとは……最近にあったこととか、LIVEで伝えたいこととかそういうの」

加蓮「ファンが聞いてて楽しいって思うためにやるの。何かある? 喋るネタ」

柚「うーん…………」

柚「伝えたいこと……?」

加蓮「ん?」

柚「うーん…………」

柚「加蓮サンの話とか?」

加蓮「それは――……ちょっとマズイかも。もっと他のない?」

柚「じゃあ、レッスンのこととか? あっ、学校のこととか!」

加蓮「そうそうそんな感じ」

柚「お菓子が美味しかった話っ」

加蓮「それは……LIVEとしてどうなんだろ? でも他にないならそれでいっか……」

柚「うーん……伝えたいことなんて、ぜんぜん思いつかないよ……」

加蓮「…………」

加蓮(簡単に見つかる方が珍しいのか……)

加蓮「大丈夫、柚。じっくり考えていこう。まだ明日まで時間はあるんだから」

柚「うんっ」

……。

…………。

柚「――――」

加蓮「――――」

柚「――!」

加蓮「――――!!」

……。

…………。

――夜――

柚『って感じでどお?』

加蓮「あのねぇ、もう事務所で結論出したでしょ! っていうか早く寝なさいよ!」

柚『だって寝る前に思いついたからっ。で、どうかなどうかな。楽しいって思ってもらえる?』

加蓮「ああもう……! もらえると思うけど、アンタそれ覚えられるの?」

柚『だいじょーぶ。いざとなったらアドリブで喋るっ』

加蓮「不安極まりないこと言うのやめて!」

柚『えーっ。アタシを信じてくれないんだー。加蓮サンのケチー』

加蓮「ケチってそういう……ああもういい、もういいからそれでいいから早く寝なさい。明日のために体力温存しなさいよ」

柚『はーいっ。……あー! また思いついた。ねえねえ、こういうのは――』

加蓮「いいから早く寝ろ!!」

……。

…………。

……。

…………。

――LIVE当日――

舞台袖から見たらどうだ? というPさんの提案を一蹴して、私たちは客席側から柚を見ていた。
歌声と声援が吸い込まれるような青空の下、柚が踊る。跳びはねる。叫ぶように歌う。情熱的なアップテンポの歌を我が物として。
客を、いい意味で疲れさせるステージだった。

『君と僕の時が♪ 連なって流れてく♪』

柚に与えられたのは3曲。うち、今が2曲目。事前から告知はしていたけれど、今回のLIVEで初披露となった新曲だ。
出だしはファンからのコールがズレにズレ、柚も少しやり辛そうだった。
でも。
Bメロ辺りで気づいたファンが多かった。相当に単調な歌だ。コールを入れやすい。現にLIVE慣れしているようなファンは1番でこちらの想定通りに声を上げてくれた。
その上で柚が間奏で、「コールお願いーっ!!」って叫ぶものだから。

『遥か永久の時が♪ 繋がっていく♪』

2番になるともう定番の1曲と言わんばかりの盛り上がりを見せていた。それを察知した柚が歌いながらもくるくる回り出す。柚風に言うならばぎゅいぎゅいと回り出す。
サビに入った途端に思いっきりジャンプしたら、客席も同じ動きを見せてくれた。
笑顔の上に喜色が塗りたくられる。声がさらに、弾んでいく。

『笑ってよ、ねえ♪ キラリ煌めいて♪』

「……どうだ? 加蓮」

ふと。
ぽつりと呟く声が、聞こえた。

「…………」
「っと、すまん」
「ううん。ねえ、Pさん。……なんだかさ。こうやって見るのって、いいね」
「だろ?」

『君が笑ってくれれば♪ 僕もまた前を向ける♪』

「……柚、ちゃんとアイドルになれたんだね」
「おいおい、何をいまさら」
「これ、私が取ってきた仕事なんだよね」
「そうだな。加蓮が取ってきた仕事だ」
「柚のこと……ちゃんと、アイドルにできたんだよね、私」
「ああ。お前の力だ」
「……そっか」

『こんなにも、ほら♪ 空は綺麗なんだから――♪』

ラストのサビ前の間奏でも柚は見ている側に不安をもたらすほど派手なダンスを披露し、サビに入っても勢いは衰えず。
何重ものヒートアップを上乗せして、空気を轟かせたまま2曲目を終えた。
肩で息をしつつも、いぇーい! と笑顔を振りまく。
拍手と歓声が鳴り止むタイミングを見計らって、柚はマイクを掴んだ。そして。

「みんなーっ! はじめましてーっ!!」

――MCパート。
ここだけが不安だった。結局、日付が変わる頃までグダグダとやっていた場所。
手の内に汗が浮かぶ。ぎゅっと握っても心臓の高鳴りは抑えられない。
大丈夫、大丈夫……言い聞かせた上から不安が覆いかぶさる。

そんな私へ。
柚が、にこっ、と笑った。
いつもの無邪気で可愛らしい笑みとは少し違った。少し違う……女の子らしさよりも、女性らしさの強い笑顔。

<はじめてじゃないぞー!

と叫ぶファンがいた。柚が、そっちの方を向く。

「へへっ、ありがとー! じゃあ、やっほー! 柚だよー!!」

やっほー!! と色々な人の声が重なる。定番の挨拶が決まった瞬間だった。

「2曲続けてやってみましたっ。どうかな、えと、楽しめたかなっ。
アタシ――えとっ、難しいことはよく分かんないけど、1つだけ、こう、言ってみたいことがあってっ。
その……アタシ、まだまだだけど。ダンスも歌も、ちょっぴりへたっぴだけど。
でも、楽しんでほしいな! ここにいる人、みんなっ! 楽しいって言ってほしい!
……ううんっ。
楽しんでいけーっ!! 3曲目、行っくぞー!!」

<わああああああああああああ――っ!!

…………。

「あははっ……」
「加蓮?」
「ううん。変なの。そっか。そうだよね。そうだったね……」

最初から、そうだったね。
伝えたいことがないなんて、そんなこと――

イントロが流れ出す。勢いよりも明るさ重視の、みんなで歌うと盛り上がりそうな歌。柚が、これまで何度も歌ってきた歌。
キターッ! と叫んでいるファンがいる。柚が大きく手を振っている。
でも、柚の口から聞こえ出した歌声は――これまで聞いたものと、ぜんぜん違っていた。
芯が強くて、まっすぐ前を向いていて。もう柚から目を離せないような力強さと、自然に笑顔になれる楽しさ。

喜多見柚というアイドルを、全身で象徴するような歌だった。

……。

…………。

――LIVE終了後・楽屋――

柚「はぁ、はぁ……あっ、加蓮サンにPサンも! ねえねえ見ててくれた!? アタシのLIVE、見ててくれた!?」

加蓮「お疲れ様、柚……見てたよ。もうずっと。いっぱいにね」

P「そうそう。加蓮なんか3曲目の途中で泣きそうになっててな――」

加蓮「あ、ちょ、それは言わないのっ」

柚「そっか。……ふふっ!」

柚「あのね、加蓮サン。Pサン」

柚「アタシ――楽しかった! すっごく楽しかった! えと、今までで一番っ! これがアイドルなんだよね。へへっ!」

加蓮「……うんっ。これが、アイドルなんだよ」

柚「へへっ♪」

加蓮「……ふふっ♪」

――少し時間が経過して――

P「じゃ、俺は車を回してくる。柚ちゃん、加蓮。帰り支度が終わったらまた電話してくれ」

加蓮「はーいっ」

柚「あいあいさー!」

加蓮「……舞台は終わった。挨拶周りも済んだ。はぁ~~~……やっと終わったぁ~~~」ドサッ

柚「えー、加蓮サンもうお疲れ? ねね、打ち上げパーティーやろうよ! 事務所で、加蓮サンとPサンと3人でっ」

加蓮「うぇー……もうヤダ。くたびれたよ。私、横になってていい?」

柚「じゃあアタシがいっぱい話すから、加蓮サンは聞いててっ」

加蓮「それなら、まあ……」

柚「でもたまには話してね。加蓮サンの話も聞いてみたいな♪」

加蓮「はぁーい」

柚「あっ、それと次のミーティングもやっちゃおうっ」

加蓮「打ち上げなのに?」

柚「挨拶してた時、いろんな人が次も次もって言ってくれたから! 休んでる暇なんてないっ」

加蓮「ホントね。挨拶回りの時もみんな凄いって言ってたよね……営業とはぜんぜん反応が違っててさ……私まで嬉しくなっちゃった」

柚「アタシも! もしかしてアタシ、明日から学校行けないくらい忙しくなったり? それってすごく有名アイドルって感じ! 学校で話題になったりしちゃうかもっ。えへえへ」

加蓮「浮かれちゃって、もー」グシグシ

柚「わぷっ。……えへへぇ」

加蓮「ふふっ。……どう? これからも私と一緒に、アイドル続けてくれる?」

柚「え? あったりまえだよ! どしたの急にー。加蓮サン、センチメンタルな気分?」

加蓮「あはは。色々あるの、色々」

柚「そっかー。しょうがないなー。加蓮サンがお願いするなら、やってあげてもいいよっ」

加蓮「生意気なーっ!」グシャグシャ

柚「わーっ」

加蓮「このっこのっ」

柚「わぷぷーっ」




柚「……ねえ、加蓮サン」

加蓮「んー? 髪はセットし直したし汗も大丈夫でしょ? そろそろPさん呼んでいい?」

柚「あ、あの、その前にいっこだけ」

加蓮「ん?」

柚「あのね、加蓮サン。その……アリガト!」

加蓮「……どしたの急に」

柚「たはは。あのね。そのー、今までアリガト! なんて、あはは、ちょっぴり気が早いけどっ」

柚「アタシ、今まで面白いこと探して、いろんなことやってみて……一緒にやってくれる人、いなかった訳じゃないけど、すぐに呆れてどっか行っちゃってたんだ」

柚「またお前か、付き合ってられない、って顔されちゃって」

柚「でも加蓮サンはずっとアタシに一緒にいてくれた」

柚「飽きっぽくて、ふつーで、ぜんぜんアイドルらしくなくて……ワガママばっかのアタシと一緒にいてくれた」

柚「だから、ありがとう」

柚「あの冬の日に出会えて――運命みたいだ、って思って」

柚「それから、こうして桜の季節も一緒に過ごせて……嬉しいなっ……」

柚「……加蓮サンも……そう思ってくれるといいな……」グスッ

加蓮「…………」

柚「…………」グスグス

加蓮「……はい」(ハンカチを渡す)

柚「うんっ……」フキフキ

加蓮「柚」

加蓮「私の方こそ、ありがとう。あの時……柚、上手くいかないって苦しんでたのに、私こそワガママ言ってたのに、信じてくれて」

加蓮「こんな素敵な姿を見せてくれて、ありがとう」

加蓮「私……プロデューサーになってよかった。柚のプロデューサーで、よかった!」

柚「……へ、へへっ♪」

加蓮「……あははっ♪」

柚「も、もー、もー。加蓮サンってば、てれ、照れちゃうっ」

加蓮「柚の方こそ、も、もう。もらい泣きしそうになったじゃない……っ」グスッ

柚「あ! 加蓮サンちょっと泣いてる? 泣いてる!」

加蓮「泣いてないし! 柚こそ、鼻水出てる!」

柚「えっウソ!? ……ホントだ! だ、だってその、その、……も、もーっ。Pサン呼ぶなら早く呼んで! あっ待って今はダメ! アタシが泣き止んでから!」

柚「そんで帰ったらみんなでパーティーだっ。……よし! もう呼んでも大丈夫だよっ」

加蓮「そうだね、帰ったらパーティー、やろっか!」

加蓮「あ、もしもしPさん? うん、もういいよ。大丈夫。え? あはは、ちょっと秘密の話。気になる? 気になる? ……そっかー、残念。車、お願いね」ポチ

加蓮「じゃ、帰ろっか、柚」

柚「あいあいさー!」

<次はアタシ、セクシーな衣装が着てみたいっ
<えー? 柚がぁ? ……ぷっ
<あー鼻で笑ったなぁ! 加蓮サンだってどきどきさせてやるっ
<ふふっ、それは楽しみだね

――10月 フェス会場――

加蓮「はい、じゃあ……お願いします」

<スタスタ

加蓮「ふうっ……」

加蓮「…………」チラ


<裕美ちゃん裕美ちゃん。トリック・オア・トリート!
<ええっ!? それ、何回目……!?
<お菓子もうないんだね! じゃあ柚がイタズラしちゃうっ
<あ、あの柚ちゃん? どうしてじりじり寄ってくる……のかな? ……真奈美さん、助けて!
<こらこら柚。まだLIVEまで時間があるんだ。落ち着いて待っていなさい
<えーだってヒマー


加蓮(雛祭りのLIVEから、半年と少しが経った)

加蓮(今日はドリームLIVEフェスティバル。「夢の共演」をモチーフとしたこのLIVEでは、色々な事務所から色々なアイドルが集まってユニットを組む)

加蓮(柚も抜擢された。ハロウィンシーズンということで、ユニット名「ハロウィンヴァンパイア」。14歳の子と25歳の人と組んでLIVEをする)

加蓮(ユニット、か……)

加蓮(…………)

加蓮(…………ここからは、私の知らない世界だ)




柚「加蓮サン加蓮サンっ」

加蓮「お、柚。他の2人とはいいの?」

柚「んっとね、退屈だから遊んでたらスタッフサンにこれ渡されちゃった! プロデューサーサンに渡してほしいんだって。ねね、開けてみようよ。ひょっとしたらアタシ宛て!?」

加蓮「柚に渡して私に回すってことはきっとそうだろうね。でも気が早いなぁ」

柚「お仕事やってる時に別のお仕事が来たりするよね。アタシもう慣れちゃったっ」

加蓮「あはは……うん、これは後で見ておくね」

柚「えー? 今開けないの?」

加蓮「帰ってじっくり見たいもん」

加蓮「どう? 1人じゃないLIVEは。歌えそう?」

柚「オッケーオッケー。アタシに任せなさいっ。裕美チャンも真奈美サンも、一緒だったら楽しいって言ってくれる!」

加蓮「よかった。……ん?」

加蓮(その2人が、少し離れたところからこっちを見ていた。柚もそれに気づいたらしく――)

柚「あっ2人とも! こっちこっちー! えとねっ、アタシのプロデューサーサン。加蓮サンっ」

加蓮(柚が大きく手を振ると、2人は互いに目を合わせ、少し躊躇ってからこっちに歩いてきた)




関裕美「あっ……こんにちは。あの、柚ちゃんの、プロデューサーさん……ですよね?」

木場真奈美「柚の話を聞いてまだ半信半疑だったが、本当に柚と同い年の子がプロデューサーをやっているのだな。ああ、私は木場真奈美だ。短い間だけどよろしく頼むよ」

加蓮「私は北条加蓮。柚のプロデューサーだよ。こちらこそ、よろしくお願いします」

裕美「関裕美です。……あ、これは睨んでるんじゃなくてもともと……」

柚「でも裕美チャン笑うとカワイイんだよ! ねっ真奈美サン!」

真奈美「ああ。笑えば誰もが魅力的に思うだろう」

裕美「そうかな……?」

真奈美「自信を持つと良いさ」

柚「そーそー! アタシなんて笑ってても転ぶ時には転ぶんだしっ」

真奈美「こらこら、柚。それは胸を張って言うことではないぞ?」

柚「ごめんなさーいっ」

加蓮「…………」クスッ

加蓮(柚への心配はほとんどなかった。誰にでも仲良くなれる子だから……ただ、僅かに。ほんの僅かだけ)

加蓮(少しだけ――ずるい、って気持ちが……)

柚「おっと、加蓮サン置いてけぼりになってる! えと、えと、加蓮サンだって笑うと可愛いよ!」

加蓮「え?」

柚「でも怒るとツノが生える!」

裕美「……つの? が生えるの?」

柚「ツノが生えるのっ」

加蓮「…………」ピキピキ

真奈美「はは……確かに私から見ても、プロデューサーというよりはアイドルに向いていると見えるね」

加蓮「冗談。私は柚のプロデューサーです。こっちこそよろしくね。柚のこと、お願い」

真奈美「任されたよ」

加蓮「裕美ちゃんも。柚、やかましくてうっさいかもしれないけど、いい子だから許してあげてね」

柚「ちょ、加蓮サン言い方ひどくない!?」

裕美「あ、それは分かってます……から……でも、柚ちゃん元気だし、笑顔がとてもステキだなって」

柚「えー裕美チャンだって可愛いのにー」

真奈美「おっと、そろそろ私たちのリハーサルの時間みたいだな。それではプロデューサー君。積もる話はまた後でしようか」

真奈美「フッ、LIVE中の柚のことは任せたまえ。裕美だっていることだ。大丈夫だろう」

裕美「えっ!? わ、私……!?」

柚「えーっアタシの方がお姉サン!」

加蓮「はいはい、柚。裕美ちゃんのことも困らせないようにね」

柚「はーいっ」

加蓮「リハ、私もちゃんと見とくから」

柚「うんっ。加蓮サンに見てもらってたら大丈夫だっ」

加蓮「ふふっ。それと、柚。ユニットでのLIVEでもソロと同じ――」

柚「アタシはアタシのやりたいように! うまくやるんじゃなくて楽しくやろう! ……でしょ?」

加蓮「分かってんじゃん♪」

柚「へへっ、毎回やってたから加蓮サンの言うこと読めちゃった!」

加蓮「ふふっ。じゃ、行ってらっしゃい、柚」

柚「行ってきまーすっ!」

(拳を軽くぶつけあう)

<スタスタスタ

真奈美「なるほど。見かけによらず……は失礼かな。柚があれだけ気に入る理由もなんとなく分かるよ。フッ、プロデューサーよりアイドルに向いていると言った自分が恥ずかしいな」

裕美「柚ちゃんのプロデューサーさん、すごく柚ちゃんを大切にしてるんだね。私にも分かるよ……!」

柚「そ、そっかなー。加蓮サンってば心配性なんだからっ♪ あ、でも加蓮サンは心配されるの嫌がるんだ。よく過保護だって怒ってるっ」

真奈美「ほうほう」

裕美「過保護……って、柚ちゃんに?」

柚「ううんっ。えとね、Pサンっていう加蓮サンの上司サンがいて――」

それから3人のリハーサルは無事終了し、LIVEも大盛況のまま終了した。
今日の予定が終了しても柚はずっと喋っていた。帰ろうと促してももうちょっとと繰り返すばっかり。
まあ、急ぎの用事もないし、改めてミーティングとして話し合うこともない。向こうの迷惑にならない程度に、とことん付き合ってあげようと思っていた。

思っていたけど――



柚「えーっ。まだ喋り足りないっ。もうちょっとだけ! ね、いいでしょ?」

加蓮「あのね……それ何回目? 向こうの2人にだって用事があるんだし、っていうか元気だなアンタ」

柚「加蓮サンとは違うのー!」

加蓮「うっわームカつく。ほら、明後日のLIVEだってあるんでしょ? 身体はしっかり休めなきゃ」

加蓮「っていうか明後日にまた話せばいいじゃない……」

柚「今日しか話せないことは今日しか話せないの! ……加蓮サンのケチ!」

加蓮「はいはい、屁理屈こねてないで帰りながら今日の反省会でもやるよ。Pさんだってずっと車で待ってくれてるんだし」

柚「むー」

加蓮「さて、それじゃ今日は――」


「……加蓮……!?」


加蓮「――――――――っ!」

柚「?」

「……やっぱり! 加蓮だろ!? なあ! アタシのこと覚えてるか? ……って忘れるわけないよな! はは!」

加蓮「…………」

柚「だれ?」

「久しぶりだな~! 元気そうじゃないか! って、ここにいるってことは……もしかして、病気が治ったのか!?」

加蓮「…………!!」

柚「……病気?」

「そうなんだろ! ……おい、なんとか言えよ~加蓮。つれないじゃんか。アイドルに復帰したなら復帰したって言えよな~!」

「それともアタシをびっくりさせようとしてたのか? 昔からそういうとこあるよな~加蓮は。まったく、ずっこいなぁ!」

柚「…………加蓮サン? えと、あの、」

加蓮「柚、行くよ。Pさん待たせてる」

柚「えっ、でも」

加蓮「いいから」

「え……ちょ、おい、加蓮! なんで何も言わねえんだよ! まさかホントにアタシのこと……! 嘘だろ!?」

「アタシも凛もずっと待ってたんだぞ、加蓮が戻ってくるの! そうしたら今度こそ一緒にステージに上がろうって――」

「おい、あの時の約束、忘れたのかよ! っていうか何か言ってくれよ!」

柚「あの、」

加蓮「いいからさっさと行くよ! 次の仕事だってあるんだから!」

柚「でも……う、うんっ。待って加蓮サンっ」

「……何か、言ってよ……!」

……。

…………。

――翌日 事務所――

加蓮「…………」カタカタ

P「……加蓮? お前どうしたんだよ。ちょっと前からずっと……柚ちゃん怖がってるぞ?」

加蓮「……はいPさん。これ柚に回ってきた仕事の概要。そのまま受けても大丈夫?」

P「え? あ、ああ。ちょっと待ってろ、こっちで確認を――確認するからお前、その間に」

加蓮「さて、次はっと……」

P「…………」

柚「…………加蓮サン」

加蓮「何?」

柚「あ、ううんっ。えと、その、ち、ちょっと息抜きとかどうかな~って……なんでもないですっ」

加蓮「そ」カタカタ

柚「ぅう…………」

P「…………」

加蓮「おしまい。いい時間だね。ちょっと早いけど柚、レッスンスタジオ行こう」

柚「う、うん。……あの、加蓮サン。この前、加蓮サンを知ってたっぽい人――」

加蓮「さっさと行くよ。ほら、明日もまた出番があるんでしょ? おかしなとこがないか、1回通すだけだから」

柚「うん…………」

P「…………」

<ガチャ

P「加蓮を知ってたっぽい人? ……まさか」

――柚のレッスン終了後 事務所――

加蓮「…………」カタカタ

柚「…………」

P「…………」カタカタ

P(……静かすぎて気まずい。加蓮と柚ちゃんがいて、これほど静かだった時はない。なんとかしたいとは思うが……)

P(気になるのは、柚ちゃんの言っていた「加蓮を知っていた人」)

P(加蓮がこうなったのはドリームLIVEフェスティバルの後からだ。ドリフェス……となると、やっぱり)

P「加蓮」

加蓮「何?」

P「いや――」

P(――"出会ったばかりの頃"の加蓮よりも、酷い。"元担当"の俺でもこんな加蓮は見たことがない)

P(思わず怯んでしまった。……それじゃ駄目だろうと理性が叱責するも、続く言葉が思いつかない)

P(結局――)

P「お前、何があったのか知らんが……ずっとこのままやるつもりか? ……それでいいとは加蓮も思ってはいないだろ」

加蓮「…………」

P「あのな――」

P「…………」

P「…………」カタカタ

加蓮「…………」カタカタ

柚「…………」

柚「あ、あの。今日アタシもう帰るね。えと、加蓮サン、また明日っ」

<バタン

加蓮「…………」

P「…………」

――翌日 フェス会場――

柚「裕美チャン、真奈美サン。アタシちょっと探してる人いるんだ。ごめんっ、本番までには絶対戻ってくるからっ」タタッ

<タタタッ

柚「えとっ…………」キョロキョロ

柚「ええとっ…………」スタスタ

柚「……あ! いた! あの! そこの……だ、誰だっけ? そ、そこの人!」

「ん? アタシ……?」

柚「そうそう! あのっ……か、加蓮サンのこと知ってるんだよね! そのことアタシに教えて!」

「! そういえば、加蓮と一緒にいた……」

柚「喜多見柚! はじめましてっ! ……じゃなかった。いやはじめましてだケド! そうじゃなくて! えとっ……」

「……???」

「あー、アタシは奈緒」

神谷奈緒「神谷奈緒だよ」

――即席のカフェコーナー――

奈緒「はー、ほんとアイドルってすごいよな。会場の中にカフェ作ってそこでもアイドルだってさ。はは、もしかしたらスタッフの中に混じってたりしたりな?」

柚「そうかもっ。加蓮サンもあっちこっちでいろんな人と話してるみたい。アタシのお仕事のこととか」

奈緒「そっかー……」

柚「…………」ズズ

奈緒「…………」ズズ

奈緒「なあ。えっと、柚ちゃん、だっけ……?」

柚「うん」

奈緒「加蓮は……アイツは本当に……プロデューサーを、やってるのか?」

柚「……うん。アタシのプロデューサーサンだよ」

奈緒「そっかぁ……噂には聞いてたんだけどマジだったかぁ……。凛が聞いたら何を言うかなぁ……」

柚「…………」

奈緒「あ、ゴメン。……凛っていうのはアタシとユニット組んでるアイドルのことで……加蓮も、本当ならそこにいた筈なんだ」

奈緒「アタシと凛と、加蓮のユニット。色々あって、今はアタシと凛は別の部署にいるんだけどな」

柚「……あの。奈緒、サン」

奈緒「ん?」

柚「加蓮サンって……プロデューサーじゃなくて、アイドルだったの……?」

奈緒「……元、な。元アイドル。アタシ達がユニットを組んで、さあLIVEだってなった直前に倒れちゃって――」

――フェス会場・別の場所――

加蓮「え? 探してる人がいる?」

裕美「う、うん。そういってどこかに行っちゃったけど……プロデューサーさんのことじゃなかったんだね」

真奈美「少し急いでいるようだったな」

加蓮「そう……」

加蓮(探していた、って…………)

加蓮「……教えてくれてありがとう。ちょっと探してみる。ごめん、うちの柚が迷惑かけて」

真奈美「フッ、なんてことはないさ。こっちで見つかったら連絡をした方がいいかな?」

加蓮「うん、是非お願いっ」

<テクテク

裕美「……私たちも、探した方がいいのかな?」

真奈美「そうだな。邪魔にならない程度に探してみようか」




<スタスタ
<スタスタ

加蓮「ああもう、あの子いったいどこに――」ハヤアルキ

<あ、いた!

加蓮「ん?」

「北条さんですよね? あの、喜多見さんとこのプロデューサーっていう……本当に女子高生くらいの年齢なんですね……」

加蓮「……?」

「ああ失礼。私、◯◯という雑誌の者でして――」

――フェス会場・即席のカフェコーナー――

柚「加蓮サンが、アイドル……? 倒れちゃった……!?」

奈緒「加蓮さ、もともと病気かなんかで体が弱いんだ。入院したこともあるって言ってたかなぁ……」

柚「病気!? 入院!?」

奈緒「いつもアタシや凛が心配しててさ、アイツは大丈夫だって言うんだけど、ある時に思いっきりぶっ倒れたことがあって……」

奈緒「それから、医者だったか親だったかにしばらくアイドルはやるなって言われたらしいんだ」

奈緒「でも加蓮はアイドルをやりたがってて……今は無理だけど、体が回復したらって許可されてた」

奈緒「アタシも凛も、きっといつか戻ってきてくれるって……2人でユニット組んで、アイドルをやりながら加蓮を待ってた」

奈緒「アタシ達は育成枠ってことで別の部署に移されたけど、いつか加蓮もこっちに来るだろうって」

奈緒「加蓮もいろんな人から、これからが楽しみなアイドルだって言われてたからさ」

奈緒「……はは、それがまさか、プロデューサーになって帰ってくるなんて」

奈緒「加蓮にはよくびっくりさせられてたけど、こればっかりは過去最大のびっくりだよ……はは、あん時のアタシ、間抜けだったろうなぁ」

柚「…………」

奈緒「…………あ、あはは……そゆこと」

柚「加蓮サンが、アイドル……なのに、アタシのプロデューサーサン……?」

奈緒「うん――」


加蓮「ハァ、ハァ、み、見つけた……!」


奈緒「!」柚「!」

加蓮「はーっ、はーっ…………」チラ

奈緒「加蓮……」

加蓮「…………久しぶり、奈緒」

奈緒「!」

加蓮「びっくりした? 私がここにいて」

奈緒「…………そりゃ、びっくりもするよ……なあ、加蓮、どういうことなんだよ。プロデューサーやってるって、どういう……!」

柚「……ねえ加蓮サン。前にアイドルやってたって、ホント?」

加蓮「……うん。どっちも、本当だよ」

柚「病気で倒れたって、ホント?」

加蓮「うん」

柚「…………」

加蓮「……あんまり話したい話じゃないし、わざわざ言うことでもじゃないでしょ? それに……今の私は柚のプロデューサーだよ。例え元アイドルでも関係なく、今の私はプロデューサー」

加蓮「ちゃんと仕事を取ってきて、レッスン見て、事務仕事だってやってるでしょ?」

加蓮「例え元アイドルでも、私は――」

加蓮「…………」

加蓮「…………ごめん。そういうことじゃないよね……そういうことじゃ……」

柚「…………加蓮サン……」

加蓮「……隠しててごめん。……元アイドルだってのも、奈緒とユニット組んでたってのも、ぜんぶ本当のことだよ」

柚「…………」

奈緒「なあ加蓮。その、体の方はどうなってるんだ? 今もアイドルはまだ――」

加蓮「うん。無理だよ。まだアイドルはできない」

加蓮「定期検診の度に医者とお母さん、ついでにPさんから止められてる。プロデューサーやってる時も、走るのは厳禁」

加蓮「だから今だって、ずっと早歩きで柚を探してたんだ……それでもご覧の有様だけどね」アセダク

奈緒「…………」

加蓮「ちょっとでも疲れを感じたら休め。さんざん言われてるよ。その辺の条件があって、プロデューサーとしての行動は認められてるけど」

奈緒「そっか……。やっぱりまだ、無理なんだな」

加蓮「奈緒。まだ私のこと待ってるの?」

加蓮「……私のことなんて待たなくていいのに」

奈緒「!」

加蓮「もしアイドルに復帰できてもただのポンコツだよ? もうレッスンなんてずっとやってないし。それに、どーせまた倒れるだろうし」

加蓮「将来が楽しみなんてもう昔のこと。変に期待されるのも辛いし……だからさ、」

奈緒「そんなの関係ないよ!」

加蓮「っ」

奈緒「……そんなの、何度だって凛と話したよ。もしかしたら加蓮のことを忘れた方がいいかもしれないって思ったことだってあった!」

奈緒「でもさ、やっぱ違うんだよ! アタシ達3人でトライアドプリムスなんだよ! 育成枠とか期待のアイドルとか関係なくさ!」

奈緒「今……今さ、アタシと凛、トライアドプリムスを名乗ってないんだ。それは加蓮が戻ってきてから名乗ろうって決めてるんだ! だからっ――」

加蓮「……ふふっ。相変わらず頭に血が昇ったらツンの欠片も見せなくなるね、奈緒」

奈緒「! からかうなよっ。アタシも凛も、加蓮のこと本当に……本当に待ち続けて……っ!」

加蓮「…………」

柚「……ねえ、加蓮サン」

加蓮「何?」

柚「……ううん、分かんない。アタシ、どう思えばいいのか分かんないや……。加蓮サンがアイドルやってたって聞いてびっくりしたけど、どう思えばいいのかぜんぜん分かんない……」

加蓮「…………柚」

加蓮「……上手くやるよりも」

柚「やりたいようにやろうっ! ……だよ、ね?」

加蓮「うん。……今まで隠しててごめん。許せとか言わないけど……ぜんぶ、後付になるけど」

加蓮「いつか説明はしようって思ってたし、柚から聞かれたら話そうって……でもあの時は、奈緒を見た時は……その、心の準備ができてなかったのと……あと……」

加蓮「……奈緒が、アイドルの衣装を着てたの見て……なんか、頭の中が切れちゃった」

柚「え?」

奈緒「アタシの、衣装?」

加蓮「…………ねえ、柚。奈緒も……。私の話、聞いてくれる?」

柚「…………」ミアワセ 奈緒「…………」ミアワセ

加蓮「…………」ウツムキ

柚「うん、聞く。ごっちゃごっちゃで訳分かんないし!」

奈緒「アタシも……加蓮が何を思ってプロデューサーやってるのか、聞きたい」

加蓮「……うん。分かった。話すね」




加蓮「私ね……小さい頃からよく入院してたんだ。体力がなくて、ちょっと走るだけでガタガタで」

加蓮「小さい時、なんにもない世界で……テレビだけが外の世界を見せてくれた。そしてそこで、私はキラキラ輝くアイドルを見たんだ」

加蓮「私もなりたい」

加蓮「無理かもしれないけど、無茶かもしれないけど、私もアイドルになりたい」

加蓮「みんなに反対されたけど、ある時、Pさんに拾われたんだ。柚の雛祭りLIVEと同じくらいのステージにも立った」

加蓮「ずっと秘めてた夢が叶ったんだ。身体もずっと問題なくて。奈緒の言う通り、周りから期待されてたけど……私の身体は、そんな楽観的な物じゃなかったみたい」

加蓮「爆発した」

加蓮「結構な間、入院することになって。Pさんと両親、あと医者から、アイドルを続けることは無理だと言われた。やるな、じゃなくて、無理だって」

加蓮「でも、夢を諦めたくなかった。何にもない世界で見つけた、たった一筋の光だったもん」

加蓮「だから倒れた時、アイドルは無理だって言われた後も、必死に食い下がって」

加蓮「そしたら医者が、身体が前みたいに回復したら認めてもいいって。アイドルをやることを。それでもいろんな配慮は必要だって言ってたけどね」

加蓮「家でじっとしてればよかったんだけど……休んでたら回復するもんじゃない、そもそも回復するかどうかも分からない、って言われてた」

加蓮「つまり、歩いてても立ち止まってても、回復する時にはするし、しない時にはしないって」

加蓮「それならさ。アイドルができない間も、アイドルに触れていたかった。夢を失いたくないし、何かしている気になれる」

加蓮「……気になれるだけだって分かってても、何もしないで療養するなんて耐えられなかった」

加蓮「Pさんにお願いした。何か手伝うことはないかって。アイドルはできないけど、アイドルに関わる何かはできないかって」

加蓮「Pさんは私に、プロデューサーの手伝いをすればいいって提案したんだ」

加蓮「メチャクチャ無理したっぽい。上の人たちと揉めてるのも何回も見た。でもやがて、私はプロデューサー代理って立場になれた」

加蓮「それからすぐだよ。柚のことを見つけて、スカウトしたのは」

加蓮「…………」

加蓮「…………以上。加蓮ちゃんの秘密のお話でした」




柚「…………」

奈緒「…………」

加蓮「…………」

柚「……あの、さ。ってことは加蓮サン、もし体がよくなったら……アタシのプロデューサーサンやめて、アイドルに戻るんだ」

加蓮「…………それがさ……最初は、そうするつもり満々だったんだ」

柚「…………」

加蓮「さっきも言ったけど、復帰するまでアイドルに離れているのが嫌で、だからPさんの手伝いを始めたっていうのが最初だし」

加蓮「それだけだったんだけど、でも……いつ頃からかな。ほら、柚の雛祭りLIVEよりも前、なかなか大きな仕事を持ってこれなかった頃にさ」

加蓮「営業が何度も上手くいかなくて、結局はPさんに頼ってばっかりで。なんで私ってこんなことやってるんだろーってイライラしてたんだけど……柚を見たら、やらなきゃ、って燃えたんだ」

柚「アタシを……?」

加蓮「だって柚、あんなに楽しそうにやってるもん。じゃあ私もやらないと、って」

加蓮「Pさんに、柚のプロデュースは私がやるんだ、って言ったら、もういろいろと吹っ切れちゃって……すうって消えたんだ。なんだか、いろんな物が消えちゃって」

加蓮「うん、そんな感じ」

奈緒「え……? ま、待てよ加蓮!」

加蓮「ん?」

奈緒「じゃあ、もしかして……まさか……もうアイドルに戻るつもりは――!?」

加蓮「…………」

加蓮「…………ごめん、奈緒」

奈緒「……っ!!」

加蓮「あのね。さっき、柚を探してる間に雑誌の人に捕まってたの。私のインタビューをやりたいって何度も何度も言ってきて」

柚「加蓮サンの?」

加蓮「そ。私の。最初はもうアイドルじゃないんだしって断ったんだけどさ。そうじゃなくて、プロデューサーとしての私にインタビューがしたいって言うんだ」

加蓮「前に、営業先の人からプロデューサーじゃなくてアイドルだって思われたことが何回もあった。セルフプロデュース? って聞かれたこととかもね」

加蓮「でも、たまにいるんだ。私をプロデューサーだって見てくれる人が」

加蓮「柚の雛祭りLIVEの時もそう」


『君、もしかして前にさ、アイドルやってなかった? 北条加蓮って聞き覚えがあるんだよね。1度だけ大きめのLIVEに出たのを見たことがあったような……』

『あ、やっぱりそうなの? そっかー。うん? でも今の君はプロデューサーなんでしょ。じゃあうちはLIVE開催者として君の話を聞くよ』

『……今は秘密にしておいてくれ? 分かった分かった。何かワケアリなんだね。じゃあ今のことは聞かなかったことにしよう』


加蓮「雑誌の人もそう。そりゃいいネタにはなると思うよ? ただの話題作りの為かもしれない」

加蓮「でも……何だったとしても、柚のプロデューサーだって見られたことがすっごく嬉しかった」

加蓮「もし今、身体が完全回復して……柚や奈緒、凛みたいに歌って踊れるようになっても……」

加蓮「私は、アイドルに戻るつもりはない」

奈緒「!!」

加蓮「……だから、奈緒。だから……私のことは、もう待たないで」

奈緒「…………!!」

奈緒「く……うっ…………」

柚「加蓮サン……奈緒サン……」

加蓮「…………」

奈緒「そ、っか……は、はっ……あ、のさ。加蓮の噂、そのっ、プロデューサーやってるって噂を聞いた時、凛と話したんだ」

奈緒「加蓮って……もしかしたらもう、アイドルに復帰するつもりないんじゃないか、って……」

奈緒「でも、アタシも凛も、加蓮のアイドルへの情熱、知ってたからさ……ないよなー、って笑ってたんだ。ただのデマだよなー、って」

奈緒「なのに……マジかよ……! なあっ…………!」

加蓮「……ごめんなさい」

奈緒「そっか…………そっかぁ………………」

奈緒「うぁ……あぁぁぁ…………!」

加蓮「…………」メヲフセル

柚「加蓮サン……」

加蓮「…………柚。戻ろ。裕美ちゃんと真奈美さんが探してたよ。それに、そろそろLIVEの時間だ」

柚「でも、」

加蓮「じゃあ――」ガタッ

奈緒「……待ってよ!」ガシ

加蓮「奈緒…………?」

奈緒「駄目だよ。やっぱりこんなの納得いかない!」

奈緒「なあ。ウソなんだろ? ……ウソなんだよね? なんでそんな体でアイドルやってんだってケンカした時に言ったことアタシ覚えてんだぞ! でもなりたいってずっと突っぱねてたこと……凛と大ゲンカした加蓮のこと覚えてんだ!」

奈緒「もうアイドルになんて……ウソ、なんだよな。そうだよな。加蓮って前からそうだ。ウソとか冗談とかよく言って、アタシをからかって……でも……でも、ついちゃいけないウソってあると思うんだよ!」

奈緒「いや……そっか。病気がなかなか治らないからそういうこと言ってるだけなんだよな! 大丈夫だぞ! アタシも凛も、ずっとずっと待ってるから! その……待ってるから……」

加蓮「…………」

奈緒「なあ……っ……!」

加蓮「…………奈緒。嘘でも、強がりでもない。ぜんぶ、私の本心だ」

奈緒「……っ…………!!」

加蓮「…………」

奈緒「じゃあ……なら……ならあの時のこと! 一緒に頑張って凛に追いつこうって決めた時のこと! 忘れたとは言わせねえぞ! 忘れたなんて……っ」

加蓮「奈緒」

加蓮「……私が嘘ついてないって、それは奈緒が一番よく――」

加蓮「…………」

奈緒「くうっ……………………」

柚「――加蓮サン!」

加蓮「柚……?}

柚「アタシ……加蓮サンのことまだまだよく分かってないっ。奈緒サンみたいに知ってないよ。でも、でもさ!」

柚「あの……も、もしさ。もし加蓮サンの、病気? が治ったら、アイドル、やったらいいんじゃないかなっ」

加蓮「…………言ったでしょ? 私はプロデューサーで――」

柚「その時は、ほらっ。プロデューサーでアイドルっ。加蓮サンならどっちもできるよ!」

加蓮「あのね。馬鹿言わないの。私に頼ってばっかりの癖に」

柚「うぐっ。そ、そこはアタシが頑張ってですな、そのですな……」

加蓮「どっちにしても、今は柚のプロデュースをさせてよ。私、それが一番やりたいことなんだから」

加蓮「言ったよね。柚にやりたいようにやれって言う理由の1つに、昔からやるなってばっかり言われてたからって」

柚「! それ、もしかして入院してたから?」

加蓮「うん。今は……できるんだよ。できないことはあるんだけど、できることもある。やりたいこともある……やりたいことが、できるの」

加蓮「強がりでもウソでもなくてさ。本当に今、柚のプロデュースを一番やりたいの」

奈緒「…………っ」

柚「じゃあ、じゃあさっ。病気が治ったら、アタシと一緒にアイドルやろうよっ。あっ、もちろん奈緒サンと……えと、凛サン? だっけ? とも!」

加蓮「あのさ、柚……私の話を――」

柚「そしたらほらっ、一緒にプロデューサーもできるよっ。あの、その時はアタシが加蓮サンのプロデューサーもしてあげるっ」

柚「アタシはアイドルでプロデューサー、加蓮サンもプロデューサーでアイドル!」

柚「苦手なことだっていっぱい勉強するよ! 今までアイドルでできたんだから、プロデューサーだってできるハズっ」

加蓮「…………」

奈緒「加蓮……加蓮が何って言っても、アタシは信じてる。加蓮がアイドルを辞めたいなんて本気で思ってないってこと!」

奈緒「倒れた時だって、必死にアイドルやりたいって言ったんだろ!?」

奈緒「アタシは信じてる。加蓮の想いの強さを!」

加蓮「…………」

加蓮「…………」チラ

奈緒「っ…………!」

加蓮「…………」チラ

柚「加蓮サン……」

加蓮「…………」

加蓮「……くくっ…………くくくくっ…………!」

奈緒「え?」柚「へ?」

加蓮「あははっ!! おっかし……! 奈緒、想いの強さを信じてるって……ぷぷっ」

奈緒「なあっ! アタシこれでも真剣なんだぞ!?」

加蓮「ふふっ。奈緒のそーいうとこ変わってないね。アタシは信じてる……だって。ふふっ! まるでお芝居みたい……」

奈緒「だ、だからアタシは真剣に……!」

加蓮「分かってる。それが奈緒だもんね。……ちょっぴり羨ましいかも」

加蓮「柚も。苦手なことだったら勉強する? アンタ、テストの度に私に泣きついてギリギリ赤点回避してるでしょ。笑わせないでよ」

柚「それとこれとは別だもん。加蓮サンのことならもっと頑張れるっ」

加蓮「はーっ。……もう。馬鹿」

加蓮「……はいはい。じゃあ病気が治って、あと柚のプロデュースが一段落ついたらね。もうどんだけ先の話になるか分かんないけど――」

奈緒「ホントかっ!? ホントなんだな! ウソでした~とか冗談でした~とは言わせねえぞっ!」ガシ

加蓮「わっ。ちょ! ……嘘じゃないってば。でもホントに何年かかるか分からない話だよ? もしかしたらアイドルって言えない年齢になって――」

奈緒「それでも! ……アタシも、それに凛もきっと! ずっと加蓮のこと待ってるから!」

奈緒「約束だからな!」

加蓮「…………」

柚「じゃあアタシからも約束っ。いつか一緒にアイドルやろっ。そしたら……今も楽しいけど、そしたらもっと楽しいよ!」

加蓮「…………もー」

加蓮「じゃあ、約束ね」

奈緒「約束だ!」

柚「約束っ」

加蓮「もう…………」

――フェス会場――

柚「ただいまーっ。お待たせ!」

真奈美「柚。ちょうど20分前だな。あと10秒したら連絡を入れようと裕美と話し合ってきたところだぞ」

裕美「柚ちゃん、おかえりなさい。探してた人……見つかった?」

柚「うんっ。それに……へへっ♪」

真奈美「……?」裕美「……?」

加蓮「…………」ベチッ

柚「あたっ! なんではたいたの~」

加蓮「裕美ちゃん、真奈美さん、ごめん。うちの柚が迷惑かけて。ちょっと遅くなっちゃった」

真奈美「いや、それは構わないが……ん? プロデューサー君。ええと、加蓮だったか。加蓮。何かあったのかな?」

加蓮「え?」

真奈美「心なしかいい顔をしているような――」

柚「ナイショ!」

真奈美「フッ、それなら詮索はやめておこう。さ、柚、裕美。LIVEの時間だ。行こうか」

裕美「えっ……そんな言い方されたら、私、気になるんだけど……!?」

柚「へっへー。行こ行こっ。加蓮サン、行ってきます! 今日もアタシをしっかり見ててね!」

加蓮「はーい。……でも裕美ちゃんにかぶりつくのはやめなさいよ?」

裕美「!!」

柚「ふっふっふー、どうしよっかなー?」

裕美「…………!!??」サーッ

真奈美「こら柚。裕美が青い顔をしているぞ」

柚「じゃあやめとく!」

<スタスタ...

加蓮「ふうっ」

奈緒「……なんていうか、ホントにプロデューサーなんだな、加蓮」

加蓮「わっ!? び、びっくりしたぁ……」

加蓮「うん。見ての通り。プロデューサーだよ。れっきとしたプロデューサー」

奈緒「そっかぁ……」

加蓮「……何?」

奈緒「いや、違うんだ。さっきは、加蓮がプロデューサーなんてって思ったけど……」チラ


<じゃあ真奈美サンにがぶーってしちゃおう!
<フフ、本気で私にイタズラする気かい?
<…………ひ、裕美ちゃん、いっけー
<えええっ!?


奈緒「加蓮がプロデューサーにこだわるのも、ちょっと分かる気がしてさ」

加蓮「……たはは。でしょー?」

奈緒「まっ、アタシは加蓮がアイドルに復帰するのを待ち続けるけどな!」

加蓮「えー。無駄になっても知らないよ?」

奈緒「でも、よく考えたら加蓮ってこういう時にウソをついたことないって思ってさ。へへっ!」

加蓮「なにそれ。まったく」

……。

…………。

加蓮「もしもし。Pさん」

加蓮「うん。奈緒に会った。……それから私のこと、ぜんぶ柚に話した」

加蓮「うん。うん。……うん。あ、ごめんねPさん。ここんところイライラしちゃってて。迷惑、かけたよね……?」

加蓮「慣れっこ、って……もう。Pさんって相変わらず優しいんだね……ちょっとくらい責めてもいいのに……」

加蓮「あ、それでね。柚と奈緒と約束したんだ。回復したらアイドルに戻って、一緒にやろうって」

加蓮「……はいはい。分かってるよ。今すぐなんて言わないよ……それに、まだまだ柚のプロデューサーは続けるよ。それも変わんない」

加蓮「うん。……うん。あ、柚のLIVEの時間だ。え? Pさんも見に来る? ふふっ、それならえっと、今いる場所は――」

――数日後 喫茶店――

「いやあ、最初に聞いた時は驚いたよ。まさかこんな子がプロデューサー!? って」

加蓮「よく言われます、それ」

「でもほら、◯◯んところの……柚ちゃんがLIVEしたところがさ、うちに情報をくれて。それで君に取材してみたかったんだよね~。あそこの企画担当、実は僕の兄なんだ」

加蓮「それでノリが似ているんですね」

「そうかい? でもデスクがそんなの放っとけってうるさくて。で、最近はさ。セルフプロデュース? って言うの? そういうの増えてきたじゃん? だからここらで1つ、加蓮ちゃんの記事を作ろう! ってなってさ」

加蓮「そうだったんですか」

「ま、セルフプロデュースって言っても契約なんかは大人を介しているみたいだけどね。加蓮ちゃんもそうなんだろう?」

加蓮「ええ」

「だよねー。正直、業界の大多数からも子どもにそういうことさせるのはどうかって言ってるし……あ、でもね、実はこれ、ここだけの話なんだけどさ……」

「ほら、最近、いろんな年齢制限を下げようって動きがあるでしょ? お酒とか、選挙権とか。あれって若い子のセルフプロデュースの風潮ができつつある芸能界と関係があるとかないとか……」

加蓮「そうなんですか?」

「あくまでその筋から聞いた噂だよ。ほら、そういう世界の人たちって何かとそれっぽい理由を求めてるからね。世論とか体裁とか……」

「おっと、今は加蓮ちゃんへのインタビューだったね。っていうかさー加蓮ちゃん。もっと柔らかくしていいよ? プロデューサーってことで堅くなってるのかもしれないけど」

加蓮「…………」

「ああ、僕らはね、そう、セルフプロデュース推進派っていうのかな。若者にはどんどん活躍してほしいって思ってるんだ」

「ここで若くて有能プロデューサーからガツン! と言ってほしいなんて思ってたりもね」

「だからこう、ありのまま喋ってほしいっていうか。あ、もちろん言える範囲で大丈夫だからね。何もアイドルのことを根掘り葉掘りって訳じゃないから。今時そーいうのは流行んないんだよね。スキャンダルとかでっち上げたら叩かれるのこっちだしさー」

加蓮「……じゃあ、いつものモードで。ふふっ」ヨイショ

「お、座り直して気合入れてるねー。じゃあさっそく質問行くから、軽~い気持ちで答えてね! まずは――」

――1週間後 事務所――

『「若いからって門前払いした人たち、みんな見返してやる!」女子高生プロデューサーは語る――』

加蓮「…………」プルプル

柚「加蓮サン、すっごくプロっぽくてっカッコイイ! プロのプロデューサーだっ」

P「へー、よくできてるじゃないか。『正直アイドルにならないかって誘いはあります。でも今はプロデューサー一筋ですから!』とか、ははっ、加蓮が力強く言ってる顔が目に浮かぶな」

柚「『情熱を持ってやれば、必ず聞いてくれる人はいます。今の世の中こそそれが一番大事だって、身を持って知らしめたいですね』だって! これも加蓮サン言いそう!」

P「『私だって、担当アイドルを愛してますから』かー。俺も聞いてみたかったなぁ」

柚「え、それって……あ、あはは、アタシちょっと照れちゃうかもっ」クネクネ

加蓮「…………」プルプル

柚「? どったの加蓮サン?」

加蓮「あ……あんのクソ記者アアアアアアアアアアアァァァ!!!」ヒュッ!

<バシッ!

柚「わっ」

加蓮「ゲホッ……私ここまで言ってない! そりゃ門前払いした営業先が私の話を聞いてくれると嬉しいくらいは言ったかもしれないけどさぁ! これじゃまるでケンカ売ってるみたいじゃん!!」

P「いや、芸能雑誌ってだいたいこんなもんだろ……」

柚「みんな大げさに書くの好きだよねっ」

加蓮「あと誰が情熱を持ってやれば、よ! そんなこと言ってないしゲホッ!」

P「その辺はほら、加蓮の普段の態度っていうかな」

柚「加蓮サン見てたらアタシまで気合入っちゃうっ」

加蓮「くっそぉ、大げさにするのとか流行らないって言ってたのあっち……あああああ騙されたああああああああ~~~!」

P「お、おう。加蓮が人に騙されるのって珍しいな」

加蓮「うううううう~~~~~!!」

柚「加蓮サン加蓮サンっ。どーどー。ほらっレモン飴あるよ! これ食べてリラックス~、リラックス~」

加蓮「むぐっ」

加蓮「……………………」バリボリバリボリ

柚「噛むんじゃなくて舐めろーっ」

P「すげえ顔してんな……」

加蓮「見んなっ!」

P「おう」サッ

加蓮「ガリッ! ……ちっくしょー、油断したぁ……明日からどんな顔で学校通えばいいのよ……」ギリリ

P「ドンマイ。もうそっち向いていいか?」

加蓮「…………どーぞ」

柚「じゃー次はアタシがすごいこと言ってくる! そしたら加蓮サンの仲間!」

加蓮「やめろ」ガシ

柚「きゃっ」

加蓮「そうしたらもうホントに面倒になるんだから。あのね、大きめのLIVE1回だけやって退場したような泡沫アイドルでさえ物好きが病院まで追っかけてくるんだからね」

P「おーい、勢いで言うのはいいが自分で自分を泡沫とか言うなよ~。俺まで悲しくなるぞ~」

加蓮「柚はその辺、ちょっとナメすぎ。私やPさんに迷惑かけたくないでしょ?」

柚「う、うん」

P「ま、この件はこれでいいじゃないか。芸能界なんてこんなもんだし、言わせたい連中には言わせとけばいいんだ。そっから逆転するのとか加蓮の好みだろ?」

加蓮「ま、ね……ハァ……」

柚「えとっ、疲れた時には甘い物! 加蓮サンにはこっちのマシュマロをあげるっ」

加蓮「むぐ」

加蓮「…………ハァ」

柚「おかわりどぞっ♪」

加蓮「むぐ」

加蓮「…………あ、これ甘くて美味し……♪」

柚「でしょでしょ!」

加蓮「はー……、よいしょ、っと」ザッシヒロイ

加蓮「……あ。うん……今のはちょっと忘れて」

P「おう、忘れた忘れた」ニヤニヤ

加蓮「忘れたって顔してない!」

柚「アタシは頑張って覚えとくねっ」

加蓮「柚まで! 嫌なことは5分で忘れるんじゃなかったの!?」

柚「やなことじゃないもーん。ささ、アタシはレッスンに行かなきゃっ」

P「さて、仕事仕事。部下には負けてられないぞー」

加蓮「ちょ、柚、Pさん。話はまだ――あー、もー!」スタッ

加蓮「…………」パラパラ

加蓮「もー…………」

……。

…………。

……。

…………。

加蓮(それから、少しの月日が流れた)

加蓮(裕美ちゃんや真奈美さんとは、連絡先を交換したらしいけれど……それ以降、一緒に遊びに行っただとか仕事の話があったということはなく)

加蓮(柚はまた、ソロの仕事を繰り返し続けていた)



――11月 学校帰り――

加蓮「ふぁ……。ねむい……さむい……」ゴシゴシ

加蓮「えっと……帰ったら着替えて、◯◯事務所のとこで打ち合わせして、柚の報告を聞いて……」テチョウパラパラ

加蓮「明日はどうやっても休まないといけないなー、学校……」

加蓮「…………」クルッ

加蓮(振り返る。微かに見える校舎に、思うことは何もない)

加蓮(柚が忙しくなってから、自分が学生という気がしなくなってきた。昼に抜けたり、逆に昼から登校することもザラにあるし)

加蓮(Pさんの協力もあって、学校や親には説明しているけれど……変な感じ)

加蓮「あはは……前見て歩こ」

加蓮「えっと、確か今日の柚のレッスンスケジュールは……」パラパラ

加蓮「……ん?」

<ごんっ

加蓮「あ……ったぁ……!」

加蓮「! ……うぁー」キョロキョロ

<チラッ
<クスクス

加蓮「…………///」ハヤアルキ

加蓮「ふう……おのれ電柱め……ああもう、ホントに前見て歩かなきゃ……」

加蓮「…………」テクテク

加蓮「……次の振り付けの進行がちょっと遅れてるんだっけ。私も時間を作って見てあげないとなー。他には……」パラパラ


柚「あ、加蓮サン!」


加蓮「お?」パタン

柚「やっぱり加蓮サンだ。やっほー!」タタッ

加蓮「柚。学校帰り?」

柚「うんっ。加蓮サンもだよね。もしかしてー、アタシのこと迎えに来てくれたりっ?」

加蓮「…………さて、柚の次のレッスンはマストレさんに……」

柚「無視!? ってマストレサンはやめてーっ。あの人すごく恐いから! 加蓮サンが鬼ならマストレサンは閻魔大王だっ」

加蓮「誰が鬼だ」ムギュ

柚「ごめんなふぁい」

加蓮「……柚って、いつもこの道を通って事務所に行ってんの?」

柚「そだよー。あっちの方! 電車使った方が早いんだけどこの時間はいっつも混んじゃうから、アタシ歩いてるんだ。歩いてもそんなにかかんないしっ」

加蓮「す、すごいね……」

柚「今日はホームルームが早く終わったから、混む前に電車に乗れたんだ。あ、加蓮サンは?」

加蓮「私はこっち」スイ

柚「そうなんだ。じゃあ加蓮サンもいつもここ通ってるの?」

加蓮「うん。会わなかったのが不思議なくらいだね」

柚「ね、ね。それじゃ一緒に行こうよ! 今日もレッスンだよねっ。アタシ楽しみ! ……ま、マストレサン以外なら」

加蓮「そんなに嫌かー」

加蓮「私、マストレさんのレッスンって受けたことないんだよね。ベテトレさんまで」

柚「そうなんだっ。じゃあ、アタシが加蓮サンの分まで代わりに……代わりに……や、やっぱりやだっ」

加蓮「そんなに?」

柚「うー……加蓮サンがどうしてもって言うなら、やるけどさぁ……」

加蓮「はいはい、分かった。じゃあ、どうしてもって時だけにしとくから」

柚「やたっ」

加蓮「それよりどうなの? 次の曲の振り付け。遅れてるって報告を聞いてるけど?」

柚「うぐ。そ、それは、そのー……あ、あのね。テンション上がるとついミスっちゃうっていうかー、でもテンションあげないとトレーナーサンに面白くないって言われるし、ええと……」

加蓮「よし、マストレさんの指導だね」パラパラ

柚「もうちょっと! もうちょっとだけ時間ください!」

加蓮「はーい。今日はちょっと無理だけど、明日……うん、明日あたり私も見てあげよっか。営業に出る前の10分だけになるけど」

柚「ホント!? それならできるかも! やっぱりアタシ、加蓮サンに見てもらってる時が一番イイ感じな気がする!」

加蓮「そっか」

柚「そーそー♪」ニヘニヘ

加蓮「…………」

柚「ン? どしたの、加蓮サン」

加蓮「ううん、なんでも」

柚「?? そういえば加蓮サン制服だね!」ツンツン

加蓮「……? そりゃ学校帰りだし……今さら?」ツツカレ

柚「加蓮サンの制服って運が良くないと見られないし。加蓮サンが事務所に来て着替えるまでの間だけ。だから加蓮サンの制服を見れた日は、柚のラッキーデーなんだ♪」

柚「事務所でもずっと制服でいいんだよ? そしたら毎日がラッキーデーだ♪」

加蓮「んー、いや、制服で事務仕事ってホント落ち着かないし、営業に出る時なんかはスーツじゃないと。ごめんね?」

柚「むー。……でもいいや。今、こうやって制服の加蓮サンと歩いてるもんねっ」

加蓮「それって何か違うの?」

柚「違う違う、ぜんぜん違うよ! いつもは加蓮サン、プロデューサーって感じだもん。でも今は同じ高校生って感じ!」

柚「クラスメイトとかー、部活仲間とか! そんな気がするっ」

柚「それがすっごくいいんだ。なんでか分かんないけど、すごくいい!」

柚「あっでもプロデューサーサンの加蓮サンもすごくいいよ!」

加蓮「ありがとっ。アタシも、なんだかこうしてると柚と一緒に学校の廊下を歩いてる気分になれるよ」

柚「でしょでしょ!」

加蓮「ただ歩いてるだけなのに、不思議だねー」

柚「うんうんっ」

柚「そうだ! 今度さ、アタシの学校の参観日に来ない? 加蓮サンならきっと大丈夫っ」

加蓮「私が行くのー?」

柚「あ、でも加蓮サンが学校に来たらパニックになっちゃうかも。加蓮サン有名人だしー、こん前テレビにも出てた!」

加蓮「ああ、あれね……。今が旬のプロデューサーに聞く! って。私はいいから柚を特集してって何度言っても聞いてくれないのよね……」

柚「アタシの友達も見たって。会いたいって言ってたよ! ……はっ。もしやアタシのライバルは加蓮サン!?」

加蓮「アタシが?」

柚「ぐ、ぐぬぬ~っ。アタシの方がいっぱい注目されてるもんね! ……たぶん!」

柚「ねねっ、今度、アタシの学校に遊びに来てよ! バド部のみんなも紹介するからっ」テケテケ

柚「だめ?」

加蓮「も~…………時間があったらね……」

柚「やったっ。連絡しとこっ」

加蓮「…………」ガシ(腕を掴む)

柚「あ、あれ?」

加蓮「あのね……柚もだし、私も忙しいの。だから今連絡されてもすぐには――」

柚「…………」ウルウル

加蓮「……………もぉ………」ガシガシ(頭を掻く)

加蓮「……近い内に時間を取ってあげるから。今すぐっていうのはホントに難しいの。お願い、分かってよ」

柚「……あいあいさー! じゃあアタシ、楽しみにしとくっ」

加蓮「うん。あ……見えて来たよ、プロダクション」

柚「えー、もう?」

加蓮「残念そうだね」

柚「だって、加蓮サンと歩く時間が終わっちゃっうもん。ちょっぴり残念っ」

加蓮「…………」

加蓮「……私、基本的にあの時間にあそこを歩いてるから。一緒に歩きたかったら時間を合わせなさい」

柚「! ホント!? いいの!? じゃあアタシっホームルーム終わったらすぐ行く! そんで加蓮サンを待ち伏せするんだっ」

柚「こう、わっ! ってびっくりさせて~、それからそれから……へへっ♪」

加蓮「…………」フウ

加蓮(にへへにへへと笑い出す挙動不審少女を引っ張りながら、事務所へと入る)

加蓮(スーツに着替えたら、もう学生気分は終わり。ここからの私はプロデューサーだ)


加蓮「じゃ、行ってきます」

柚「行ってらっしゃーい! アタシもレッスン行ってくるねっ」

P「2人とも気をつけるんだぞ。……さて、俺もっと」


……でも、ちょっとだけ。
明日の学校帰りの道が、楽しみになったかもしれない。

……。

…………。

……。

…………。

加蓮(柚はいろんなお仕事をしている)

加蓮(本当にいろんなお仕事をしている)

加蓮(誰とでも仲良くなれる人懐っこさと、ちょっと失敗したくらいじゃ引っ込まない笑顔は、どこへ行っても重宝された)

加蓮(たまにレッスンを見に行けば、やっぱりまだ失敗することは多くて目が離せなくなる。でも、同時に大丈夫だと思える信頼もあった)

加蓮(……ただ、1つだけ。どうしても、気になることがあった)

加蓮(これは、私が事務仕事に没頭していて、柚はオフだけど事務所に遊びに来ていた日の出来事)



――12月 事務所――

柚「…………」ジー

加蓮「…………」カタカタ

加蓮「あ、Pさん、メール……こっちのじゃないみたい。そっちで見てもらえる?」

P「おーう。ああ、これ俺のだわ……っと、そういえば加蓮。前に出してきた企画書のチェック終わったぞ」

加蓮「どうだった? 行けそう?」

P「要確認。大筋はいいけど細かいとこが変になってる」

加蓮「げ、マジ……? 何度も見たのに」

柚「…………」ジー

P「最初はそんなもんさ。修正したらまた見ておくから」

加蓮「もう最初じゃないよ。……難しいなぁ。勉強だけでどうにかなる物じゃないね、これ」

P「実践あるのみだな」

柚「…………」ジー

加蓮「あ、Pさんからの宿題も提出しといたけど、変なとこなかった?」

P「ん、そっちは返信済み……いけね、未送信BOXに入れたまんまだったわ」カチカチ

P「そっちはだいたい問題なかったぞ。もう事務仕事は任せても大丈夫そうだな」

加蓮「そっか。よかった。でもチェックだけはしてよ? 変な契約とかしたら柚にも迷惑かけるんだし」

P「もちろん。忙しい時でも、それは加蓮を優先するよ」

加蓮「ありがと。……っていうかPさん、相変わらず事務とか営業の仕事しかしないんだね。担当アイドルつけたりしないんだ」

P「俺にとっては今でも加蓮が唯一無二の担当さ」ドヤ

加蓮「私はプロデューサーでーす」

加蓮「Pさんがいつ女の子をスカウトしてくるかなーって、実はちょっぴり楽しみにしてるんだけど」

P「はは。実は加蓮の上司ってのがちょっと楽しくて。今の俺はこれが性に合っているっていうか」

P「上からはいいから誰か担当をつけろってうるさいんだがな」ハハ

加蓮「……言っとくけど柚は渡さないよ?」

P「まだ何も言ってねえ」

P「加蓮はどうなんだ? もしアイドルに……待て、今のはナシだ。大人しくしてろ。いいか、大人しくしてろよ! 余計なこと考えるんじゃないぞ!? 今は自分の身体のことを優先してから――」

加蓮「こっちこそまだ何も言ってないよ」

P「ああやっぱり加蓮にはここで大人してもらった方がいいか、次の外回りは、」

加蓮「無茶しない範囲で許してくれたのPさんでしょ……。それに今は柚のプロデュースをしたいんだって。アイドルに復帰しようなんて――」


奈緒『それでも! ……アタシも、それに凛もきっと! ずっと加蓮のこと待ってる! 約束だからな!』

柚『じゃあアタシからも約束っ。いつか一緒にアイドルやろっ。そしたら……今も楽しいけど、そしたらもっと楽しいよ!』


加蓮「……復帰するのは……病気がもしも治って、それから柚のプロデュースが終わってから! そんなのずっと先のことだよ……今すぐ復帰したいなんて思ってないから!」

P「はっ。そ、そうか。そうだったな」

加蓮「うん。……でも、いろいろとごめんね?」

P「じゃあ俺はもうしばらく加蓮の上司を続けるかな」

加蓮「お願いします、Pさん」

P「おうよ」

加蓮「でも私に気なんて遣わなくていいんだよ? 私のことなんて放っといて、誰か担当してあげたら?」

P「気なんて遣ってねえよ。加蓮っぽく言うなら、今は加蓮の上司をしていたいんだ」

P「ぶっちゃけ俺は、加蓮は今のままいてほしいと思う。前より安心して見ていられるからな」

加蓮「そっか」

P「あ、でも、もしも……ってことがあったら相談してくれよ? いやできればあってほしくないんだが……でもなぁ……」

加蓮「はーいっ。なんたって上司だもんね。報連相は会社の基本!」

P「いやそうじゃなくてだな……まあ、いっか」

柚「…………」ジー

加蓮「…………」カタカタ

加蓮「……? 柚? どしたの? ドーナツじーって見て。いらないなら私もらうよ?」

柚「うーん……あんまりいらないカモ。加蓮サン、あげる」

加蓮「ありがとー」ヨイショ

加蓮「よっと」スワル

加蓮「あむあむ……あっまぁ……」

柚「じゃーアタシがコーヒー淹れてあげるっ」

加蓮「あはは、ごめん。さっき飲んじゃったから」

柚「えー」

加蓮「珍しいね、柚がお菓子に食いつかないなんて。なんか先週までずっとドーナツばっかり買ってきてたのに。飽きた?」

柚「飽きたっていうか……最近、連絡してないなーって」

加蓮「連絡?」

柚「法子チャンと拓海サン」

加蓮「えーっと……あー、前のドリフェスで一緒になった2人だよね」

柚「フェス終わったら遊びに行こーって言ってたんだけどさ。なんだか、いいやってなっちゃって」

加蓮「柚は飽きっぽいもんね。あ、ドーナツごちそうさま」

柚「…………」

加蓮「あ、そうだ柚。次のドリフェスにも出てほしいってオファーあったけど、どうする?」

柚「……出たいっ」

加蓮「オッケー。ユニットは……別、でいいんだよね?」

柚「うん」

加蓮「じゃあ向こうに任せちゃおう。誰と当たるか今から楽しみだね」

柚「……うん」

P「最近はドリフェスとかツアーイベントとかで作った即席ユニットが流行りだすってこと増えだしたよなぁ……」カタカタ

加蓮「ちょ、Pさん――」

柚「アタシもそうした方がいい? そうした方が加蓮サン安心できる……?」

加蓮「…………」ギロ

P「……すまん」



加蓮(……柚について、気になっていることが1つ)

加蓮(柚が入ったユニットは、どうも長続きしない)

加蓮(初めて参加したドリフェスの時の、裕美ちゃんと真奈美さんもそうだった。もうぜんぜん連絡を取っていないらしい)


加蓮「……大丈夫。柚のやりたいようにやろう。ほら、合わない相手だっているじゃん。無理矢理に合わせようとしても柚が疲れちゃうだけだよ」

柚「そっかなー……でも、アタシ」

加蓮「私のことなら気にしないで。ソロのお仕事だって即席ユニットのお仕事だって、選べるくらいにはなってるんだから」

柚「そなの?」

加蓮「うんうん。いろんな人が柚に、企画とか番組とかLIVEとかに参加してほしいって言ってるの」

加蓮「柚がやりたくないって思ったら、やらなくても大丈夫なんだよ」

柚「……そっか」

加蓮「あ、でも柚のやりたいことがあったら言ってね。そっちに営業かけてみるから」

柚「はーい」

加蓮「…………」


加蓮(柚の成長は早い。柚自身も、柚への評価のことも)

加蓮(もっとステップアップを目指すなら、そろそろ固定的なユニットが欲しいのは間違いない。……って、まあこれはPさんに教えてもらったことなんだけど)

加蓮(私も……柚にできることを増やす、活躍の幅を広める、どっちの意味でもユニットは欲しいと思う)

加蓮(でも、本人がこれだもん。……様子見、かな)


加蓮「さて、と。Pさん。今できる書類はだいたい片付いたよ。そっちにメールも送ってるし……送らないといけないのはこっちにまとめてるから」

P「うーっす。事務仕事も早くなったなー。俺のもやってくれよー加蓮」

加蓮「ごめん、柚のことで手一杯だから」

P「マジかー」

加蓮「だいたい私が残業するとか残って手伝うって言ったらすごい勢いで家に帰れって言うじゃん」

P「そりゃそうだろ。お前、夜になったらしんどそうになってるし、外に出た日には昼でへばってるじゃねえか」

加蓮「でしょ? さーて、次はっと――」

柚「ねね、加蓮サン加蓮サン。今忙しい?」

加蓮「え? ううん、一段落したとこ」

柚「じゃあさ、アタシと遊ぼっ。バトミントン……は加蓮サンできないんだっけ。うーん……ちょっとだけでも、駄目?」

加蓮「……ごめん、運動全般はホントに駄目なの」

柚「そういえばアタシ加蓮サンが走ってるとこ見たことないっ。いっつも早歩きだよね」

加蓮「そーゆーこと」

柚「……それでもいいやっ。ちょっと遊ぼーよ! ねね、いいでしょ。ねーっ」グイグイ

加蓮「わ、もうっ……ごめんPさん。ちょっと行ってくるね」

P「お、おう。くれぐれも無理な――」

加蓮「分かってるってば」

柚「ささっ、行こ行こ! アタシ加蓮サンと一緒にできる遊び思いついたんだ!」

加蓮「分かったから、分かったから引っ張らないでよっ」

<バタン!
<スタスタ...

P「さーて、今日も俺は残業ですよーっと」

――近所の公園――

柚「いくぞぉ、柚スマーッシュ!」ポコン

加蓮「よっ」キャッチ

柚「加蓮サンうまいっ」テテッ

加蓮「はい」つシャトル

柚「アリガト! よっと」テテッ

柚「第二弾~、柚アターック!」ポコン

加蓮「わ」トリソコネ

柚「加蓮サン、ヘタクソだぞーっ」テテッ

加蓮「ごめんごめん」つシャトル

柚「次こそ柚のショット、しっかり受け止めてよね、加蓮サン!」

柚「えいやっ」ポコッ

加蓮「お」キャッチ

柚「やたっ」テテッ

加蓮「いいとこ打つじゃん」つシャトル

柚「練習の成果だねっ!」テテッ

柚「じゃー次はー! ひねりも入れて、とりゃー!」ポコン

加蓮「よっと」キャッチ

柚「へへっ」テテッ

加蓮「…………」つシャトル

柚「いっくぞぉ!」テテッ

加蓮「…………」

何をしているかというと。

1.柚が私の立っている場所にゆるめのショットを打ちます(気合の入れた声を出していますがショットは緩いです)
2.私がそれを取ります(たまに取りこぼします)
3.柚がこっちまで駆けてきます
4.私がシャトルを渡します
5.受け取った柚が元の場所に戻ります
(1に戻ります)

…………まるで自分で骨を投げて自分で取りに行く犬だ。や、確かに柚ってどこか犬っぽいけどね。


柚「えいやっ」スカッ

柚「あ、あれっ」

柚「もっかい! とりゃー」ポコッ

加蓮「ん」キャッチ

柚「さっすが加蓮サン!」テテッ

加蓮「…………」ジー

加蓮「あ、柚。そこでストップ」

柚「え?」

加蓮「……せーのっ」フリカブリ


加蓮(キャッチしたシャトルを投げてみた)

加蓮(5歩の距離が空いていた柚の少し前に、ぽてっ、と落ちた)


加蓮「…………」

柚「…………」

加蓮「…………」

柚「…………」

加蓮「…………実はアタシ、箸より重たい物を持ったことがないんです」

柚「えーっ!? いつも書類とか持ってるじゃん!」

柚「よいしょ」ヒロイ

加蓮「あっはは……今ちょっと泣きそう」

加蓮「あっはっはー……」

柚「じゃあアタシが頭を撫でてあげるっ」

加蓮「え、ちょっといいってば」

柚「いいからいいから。加蓮サン加蓮サン、元気になれ~」ナデナデ

加蓮「わ、もう……アタシは子供かっ」

柚「そんなんじゃ、アイドルとしてやっていけないぞ~?」

加蓮「…………」

柚「加蓮サンは、病気を治して、そんでアタシとアイドルやるんでしょ? 失敗しただけで泣いてたら笑われちゃうっ。それでも頑張らなきゃっ。その時には、アタシがついててあげるから」

加蓮「…………柚……」

柚「もし治ったらって加蓮サン言ったけど、そーじゃなくてさっ」

柚「治そうよ! 病気! 頑張って治して、一緒にステージに立と!」

加蓮「あはは……無茶言うなぁ。できたら苦労しないよ」

柚「できるよ! アタシも手伝うもんっ。アタシと加蓮サンなら何だってできる♪ でしょ?」

柚「アタシがアイドルできたんだから、加蓮サンが病気を治すのだってできるハズ!」

柚「それに、奇跡を待ってるだけなんて加蓮サンらしくないよ。加蓮サンだったらきっとこう言うよね」

柚「奇跡は起こすもの!」

柚「ってさ!」

加蓮「…………」

柚「でさ、病気が治った時……じゃなかった、治した時に体力がからっぽだったら、加蓮サン困っちゃうっ」

柚「だから、今のうちに元気になって体力をつけるのだ~」

加蓮「……そうだね。体力がないままじゃ、柚にも迷惑かけるもんね」

柚「何がいいかな。キャッチボールとか? ちょっと男の子っぽいっかっ」

柚「あっそうだ、アタシあれやってみたいな! こう、えいやーって投げるヤツ! LIVEでやりたい!」

加蓮「へ?」

柚「何投げよー。ブーケ……は花嫁サンだよね。きゃっ、結婚なんて柚には早いよ!」

加蓮「……いや、アンタさっきまで私の体力の話してたのに、今度は柚のLIVEの話?」

柚「シャトル投げちゃおっかな。ほら、柚のサインをつけたりして!」

柚「プレミアになったりして~? くふふくふふ、そういうのいいっ、すごくいいよっ」

加蓮「ふふっ。いいかもね」

柚「じゃーサインを書く練習だ! 加蓮サン帰ろっ。こう、しゅしゅしゅ~って綺麗に書くのやってみたくてっ」

加蓮「ここに来たばっかりなのに?」

柚「もっとやりたいことを見つけちゃったから! ねっ」

柚「あ、でも加蓮サンは走っちゃ駄目だからゆっくり歩かなきゃ」

柚「……走れないと、アイドルなれないよ?」

加蓮「あれ、話戻すんだ。回復したら走れるようになるから……」

柚「じゃーやっぱり病気を治すのが先だね!」

加蓮「そうだね。なんか柚と一緒にいると、どんな無理なことでもできそうな気がしてくるから恐いよ……」

柚「こわくないこわくないっ」

柚「加蓮サンとの約束、アタシは忘れてないからね! アタシの隣には加蓮サンがいるんだっ。今はアイドルとプロデューサーサンだけだけど、アイドルとアイドルとしても隣にいてほしいな♪」

加蓮「…………そっか」

柚「うんっ」

加蓮「そっか」

柚「うんうんっ」

……。

…………。

……。

…………。

加蓮(それからまた、月日が流れる)

加蓮(「バラエティに面白みが足りないと感じたら喜多見柚にオファーをかけろ」。柚にはそんな評判がついてまわるようになった)

加蓮(単に笑わせるだけじゃない。意表を突いてくることがとても多い)

加蓮(特に、細かい動きが台本で指定されていないシーンでは多くの人が柚に驚かされる。私も含めて)

加蓮(これは、そんなことがよく感じられる一幕)



――1月 イタリアンチャレンジクッキング・撮影現場――

<……カット! では少し休憩でー!

柚「はいはーいっ」テケテケ

柚「加蓮サン加蓮サンっ」

加蓮「お疲れ、柚。……真っ先に私のとこに来て大丈夫なの? 他のみんなは……」

柚「だいじょーぶだいじょーぶ! 今んとこ順調!」

柚「あとはー、面白いコメントができるか! へへっ、審査員役って大変だ!」

加蓮「とか言ってすっごく楽しそうだねっ」

柚「バレた? でも他の役もおもしろそうだよねっ。つぎはどの役がイイかなー。やっぱMC? 狙うならMCっきゃないよね!」

柚「ねね、「喜多見柚のチャレンジクッキング」とかどお? いろんなゲストを呼んでいろんな料理を食べさせてもらうんだっ」

加蓮「ふふっ、それも面白そう。今度また考えてみよっか」


加蓮(今回は、色々なアイドルが集まって料理を披露するクッキング番組)

加蓮(練習の段階からカメラが入っていた。その間、審査員役の柚には出番はなかった筈だけど)

加蓮(そこはさすが柚。あっという間に初対面のアイドル達と仲良くなって、あの手この手で盛り上げていた)

加蓮(今日はいよいよ、料理のお披露目、それから柚が審査員役として活躍する、収録最終日)


柚「やたっ。……あ、でもそのー、アタシはチャレンジクッキングっていうより達人クッキングとかの方がいいカモ……」

加蓮「そのこころは?」

柚「……えとっ」

柚「…………あのね」

柚「………………甘くない飴とか、ある? 加蓮サンがよく舐めてるやつっ」ヒソヒソ

加蓮「…………」ピト

柚「熱なんてないよ!? そうじゃなくて、その、えっとぉ……」チラ

柚「……(小声)ありすチャンのイチゴづくしでそろそろ胸焼けしちゃいそう」

加蓮「ああ、うん……あれはね、うん……。頑張れ柚……」

加蓮「飴、あったかなー……」ガサゴソ

加蓮「はい。ハッカ味の飴でいい?」

柚「ハッカ?」

加蓮「ハッカ」

柚「そっかー、ハッカかー」

加蓮「……?」

柚「ハッカって言えばアタシ今……あっ、これナイショのお話だった! なんでもないっなんでもないっ」

加蓮「……?? ええと、ここはなんでもないって言われたら余計に気になるから吐けって言えばいいの?」

柚「だめーっ。ほ、ホントにナイショなの! 特に加蓮サンにはナイショだって言われててっ」

加蓮「言われてて?」

柚「あっ」

加蓮「ってことは大元はPさんあたりか」

柚「だ、だめっ、ホントだめっ。ね、ね! その、あっ、いつか教えてあげるからっ」

柚「ほらっ、加蓮サンだって前は柚に秘密にしてたんだから、その、アイドルのこととかっ。だから、ね! これでおあいこってことでっ」

加蓮「それ言われると弱いなぁ……。変なことじゃないんだよね?」

柚「それはもちろんっ」

加蓮「じゃあ、いつか教えてくれるのを楽しみにしとくね」

柚「うん、うんっ」

加蓮「変なの。……はい、飴。あ、だいぶキツイ味だけど大丈夫? でもこれしかなくて」

柚「だいじょーぶ。ありがとね加蓮サン。えいっ」パク

柚「……~~~~~~~!!!??」ジタバタ

加蓮「あー」

柚「ケホッ……へ、へいきっ。また加蓮サンとお揃いが1つ増えたっ」

加蓮「お揃いが好きだよね、柚」

柚「こーしたら一心同体って感じがして! えへへっ」

加蓮「……じゃあ今度は柚の好きな飴を教えてよ。それを食べたら、またお揃いでしょ?」

柚「やたっ。今度持ってくるねっ。でも今はお仕事のお話だ♪」

柚「えと、どお? こんな感じでいい?」

加蓮「柚」

柚「はいっ」

加蓮「柚がやりたいようにやってる限り、駄目なんて絶対言わないってば」

柚「そっかー」

加蓮「うん。だいたい遠慮なんてしてたら他の共演者に注目持ってかれるよ? 地味だって思われちゃうよ?」

柚「それはヤダ! じゃあ、後半からはもっとアタシの本気だっ」

加蓮「うんうん」

柚「後半はいよいよみんなの料理のお披露目だ♪ 前半は練習ばっかで、アタシ味見役とかアドバイス役とかばっかで退屈だったから、楽しみ!」

加蓮「柚の本領発揮だね」

柚「でもアタシはあまあまじゃないからねっ。ビシっと行っちゃうよ! ビシっと!」

加蓮「…………ぷっ」

柚「あー! 笑ったな! 加蓮サンアタシのこと笑った!」

加蓮「いや、柚がびしっとって……ぷぷっ……ぷぷぷっ…………」

柚「まだ笑う! こうなったら目にもの見せてやるっ。しっかりアタシを見といてね! 今日の柚はひと味違うよ!」

――撮影中――

「さあ、ここで審査員役の柚さんが一口! これまたインパクトの凄まじい料理ですが、どのようなコメントが飛び出てくるんでしょうか!!」

ついちごパスタ

柚「…………」パク

橘ありす「…………」ドキドキ

柚「……ありすチャン」

ありす「!」

柚「実は最初から思ってたんだ。イタリアンにイチゴを持ってくるってどーゆーことなのって」

ありす「…………」ウツムキ

柚「エト……これでいいって思ってたの? 変だって思わなかったの?」

ありす「…………」プルプル


<ザワザワ
<ザワザワ
<え、これまずいんじゃ……?
<カメラどうする? 一旦止めるか?

柚「…………」パク

ありす「あの…………柚さん。私は――」

柚「そういえばありすチャン、橘サンって呼んでって何度も言ってたよね。じゃあ――橘サン」

ありす「!」ビクッ

柚「…………」パク


柚「――合格っ! これ、すっごく面白い! 食べたことない味がする!」


ありす「!!」

<ザワザワ
<ザワザワ

柚「へへっ♪ えとねっ、琴歌サンの綺麗で美味しい料理もゆっきーのパワフル料理もいいけどっ、こーいうのもアリだと思う!」

柚「だから合格っ! ありすチャ……橘サンには、イチゴ特別賞を進呈だっ♪」

ありす「柚さん……! あ、あのっ……」ナミダヌグイ

ありす「私のこと……ありす、でいいです……その、もっと感想、聞かせてください!」

柚「いーよっ! あ、そうだありすチャンも一緒に食べよう! 琴歌サンもゆっきーも! そうだ、今からはみんなで食べるコーナーっ! 料理をした後は、こうやって盛り上がらないとね!」

ありす「……はい!」

――帰り道――

加蓮「おい」

柚「な、なにカナ~?」

加蓮「さっきの。最後の。何」

柚「え、ええっとぉ……えとね、あれは加蓮サンのマネ!」

加蓮「はあ!?」

柚「びしってやってやろー! って思ったら、加蓮サンの顔が出てきて、そんでマネしてみた!」

柚「あっ、違うよ。思いつかないから加蓮サンのマネしたんじゃなくて、アタシが加蓮サンのマネをしてみたいって思ったんだ!」

柚「ちゃーんと、やりたいようにやったよ、アタシ!」

加蓮「私の……真似? あのできそこないのツンデレみたいなのが……?」

柚「加蓮サンって厳しくてあまあまだよね、柚に。アタシそーゆーとこ好きだよ! なんかいろんな味があってお得って感じ!」

柚「あ、でも最近の加蓮サンはまろやかになったかも。ホントにシチューになったみたい!」

加蓮「…………」

加蓮「で、その結果があのできそこないのツンデレって訳?」

柚「できそこないって言うな~。ありすチャンだって喜んでくれたし、あの後スタッフサンも美味しそうにみんなの料理食べてたし!」

柚「番組盛り上がったからいいでしょ~?」スリスリ

加蓮「じゃれついてくんなっ」グイ

柚「きゃうっ」

加蓮「……ま、いっか。柚の言う通り、盛り上がったのはホントなんだし……」

加蓮「あ、そうだ。私の側にいたディレクターさんがびっくりしてたよ。ああいうこともできるのかって褒めてた」

加蓮「それまで練習の時とか他の料理の時とか、柚が褒めっぱなしだったからだろうね」

柚「でしょー! でしょー!」

加蓮「ふふっ。文句ばっか言っても始まらないよね。じゃあ、さすが柚ってことで終わりにしよっかっ」

柚「やったー!」

加蓮「ふふっ」

加蓮「…………で、さ」


ありす「…………♪」ギュー


加蓮「反対側になんかひっついてきてんだけどこれどうすんの?」

柚「あ、あははっ。なんだかありすチャンに懐かれちゃった。これで柚もお姉サン?」

加蓮「なんかこのままうちの事務所についてくる勢いなんだけど……。あ、えっと、ありすちゃんだっけ。そっちの事務所には――」

ありす「橘、です。橘と呼んでください」キリッ

加蓮「え、あ、うん。ごめん。じゃあ橘さん……。いやあの、事務所――」

ありす「プロデューサーさんとはもうお話しました。今日の収録のこととか……アイドルのこととか、学校のお話とか」

ありす「詳しいことは、今日は疲れているだろうからまた明日って。気遣わなくてもいいのに……」

ありす「それに、柚さんともっとお話したいって言ったら、笑って許してくれて」

ありす「だから……今日は、いいかなって」ギュ

柚「へへっ♪ そゆことー」

加蓮「そ、そう」

柚「じゃーこのまま打ち上げだー! 番組終わったし、みんなで打ち上げしよう! おーい、琴歌サンもゆっきーも一緒に行こーっ」

<そうですわね。P様もご一緒しませんか?
<お、いいねいいねー! ひと仕事終わった後のアレ、いっちゃおっか!

柚「加蓮サン加蓮サン、会場どこにする? あっちの事務所にしちゃおっか。ドンチャン騒いじゃおーっ!」

加蓮「……うん。そうだね。騒いじゃおっか」

柚「あっ、もしかして加蓮サンお疲れっ? 無理しない方がいいのカナ……」

加蓮「ふふっ。まだ大丈夫だよ。たまには、こういうのもいいでしょっ」

柚「だよねだよね! ささ、レッツゴー!」タタッ

ありす「あ、待ってください柚さん!」タタッ

<打ち上げそっちの事務所でいいー?
<あたし達の事務所? いいよー!
<楽しくなりそうですわ。晩ご飯はどうしましょうか?
<Pさんに連絡しておかなきゃ……、……Pさんも、誘ったら来てくれるかな……?

加蓮「…………」

加蓮(……楽しそうにしていても、時が経てばまた疎遠になるのかもしれない)

加蓮(それとも、今度こそここが柚の居場所になるのだろうか)

加蓮(少しだけ胸につっかえる物を感じつつも、私も早歩きでみんなの中に混ざることにした)

……。

…………。

……。

…………。

――3月 にぎやかな喫茶店――

加蓮「…………」ズズ

加蓮「…………」ボー

加蓮「…………」パラパラ

加蓮「…………」チラ

<カランコロン

<いらっしゃいませー
<あの、待ち合わせをしていて……ええと……
<あっ、見つかりました。ありがとうございます

加蓮「…………」

<テクテク

「北条さん、ですよね。待たせてしまいすみません」

加蓮「ううん。こっちの方が早く来すぎただけだし……」

<ご注文は?

加蓮「えっと……何飲む?」

「では、コーヒーで」ペコリ

<かしこまりましたー

加蓮「…………コーヒー、よく飲むんだ」

「はい。あっ……改めて、初めまして」

綾瀬穂乃香「綾瀬穂乃香。アイドルです」

加蓮「北条加蓮。プロデューサーです」

穂乃香「…………」

加蓮「…………」

加蓮(か、堅苦しい…………)


加蓮(春の始まりの頃、柚にまた新しいユニットの提案が持ちかけられた)

加蓮(別の部署で既に設立されているユニットに柚が追加加入するという、ちょっと珍しいパターン)

加蓮(と言っても、Pさん曰くたまにあることらしいけど)


加蓮「そっちのプロデューサーさんは? 打ち合わせだって聞いてきたんだけど……」

穂乃香「フリルドP(以下「フリP」)さん、いえプロデューサーさんは今日どうしても多忙で……できるところまで話を聞いてくるようにと言われました」

加蓮「あれ、そうなんだ……」

穂乃香「大丈夫です。こう見えても、セルフプロデュースの心得は持っています」

加蓮「え? そうなの?」

穂乃香「はい。まだまだ半人前ですが……少しでも頼りにされたくて」

加蓮「へー……じゃああなた相手でいいかな。えっと……穂乃香……さん?」

穂乃香「はい。穂乃香です」

加蓮「…………」

穂乃香「…………?」

加蓮「…………」

穂乃香「…………私は穂乃香ですが……」キョトン

加蓮「い、いや、ええと……」

<コーヒー、お待ちしました

穂乃香「ありがとうございます。いただきます」パン

穂乃香「……♪」ズズ

加蓮(…………やり辛い……!)

穂乃香「ふう……」コトン

穂乃香「私、こういった打ち合わせの前には、いつもコーヒーを飲むようにしているんです。そうすると少し、大人になれる気がして……」

加蓮「へ、へー。私も今度、試してみよっかな」

穂乃香「頭の切り替えは大事です。では、打ち合わせを始めましょう。今日はフリルドスクエアのことですよね」

加蓮「うん。うちの柚が入るってことになるけど……もう会ってるんだったっけ?」

穂乃香「最近はよく一緒に遊ぶようになりました。私、いつも柚ちゃんから色々なことを学ばせてもらってます。ユニットのことは、私にとってもとてもいい機会です」

穂乃香「だからよろしくお願いします、プロデューサーさん」ペコリ

加蓮「よ、よろしくお願いします……」

加蓮「…………」

穂乃香「…………?」

加蓮「…………」

穂乃香「…………それとも、加蓮さん、と呼んだ方が?」

加蓮「え……あ、ああ、ううん、どっちでもいいよ。って私の方が年下なんだし、そんな畏まらなくてもいいし……」

穂乃香「それなら……加蓮ちゃん、で」

加蓮「うん、それで。……あはは、でもなんかこそばゆいね……」

穂乃香「加蓮さ……加蓮ちゃんの方が年下なんですね。私、てっきり……柚ちゃんの話を聞いていた時も、噂を聞いた時も、もっと大人の方なのかと」

加蓮「え、噂?」

穂乃香「はい。色々なスタッフさんから、とてもしっかりした方だと聞いています。私も……噂を聞く度に見習わなければと思うのですが、なかなか難しいですね」

穂乃香「あ、失礼しました。話が逸れてしまって……では、打ち合わせをやりましょう」

加蓮「う、うん」

加蓮「と言ってもとりあえず今日は顔見せくらいで、あーっと、次のLIVEの話くらいはしておきたいんだけど……いい、……です、か?」

穂乃香「はい。よろしくお願いしますね……あっ、そんなに堅苦しくならなくても……」

加蓮(私より数倍堅苦しい人が何を言う……!)

穂乃香「加蓮ちゃんのことは、柚ちゃんからよく聞いていますから……」

加蓮「そういえばあの子、私のことなんて言ってた?」

穂乃香「面白いプロデューサーさんだって……ふふっ、いつも一緒にいて楽しいって言っていました」

穂乃香「だから、今日は会うのが楽しみで。できれば、柚ちゃんに接するみたいにしてくれた方が……」

穂乃香「是非お願いします。せっかくですから、楽しんでやりましょう!」

加蓮「…………そ、そだねー……んっと……じゃ、まあ、頑張ってやってみる……」


加蓮(ちょっと意外だった。楽しんでやる、なんて言葉が出てくるのが)

穂乃香「ふふ。それで、LIVEのお話です。私と忍ちゃんのユニットに、柚ちゃんが加わるんですよね……今からすっごく楽しみです!」

加蓮「うん。えーと、次のイベントの時。柚のユニットデビューってことで主役にさせてもらってるけど……」

加蓮「そっちがどういうLIVEにするつもりかをまずは聞きたいかな」

穂乃香「そうですね。せっかく柚ちゃんが加わるのですから、今までよりもっと楽しく……楽しいことを伝えられる舞台……にしたいですね」

加蓮「ああ、柚が好きそーなことだ」

穂乃香「やっぱり……。柚ちゃん、いつも場を楽しませようとしてくれてて。でも一番楽しそうなのも柚ちゃんなんです」

加蓮「分かる分かる。バラエティ分野なんかもう仕事が向こうから来る状態でさっ」

穂乃香「テレビでよく見ます。とても参考になるので、つい録画して何度も見返しちゃって」

加蓮「さ、参考に? え、あの、ちょっと失礼だけど柚と穂乃香さんじゃタイプが真逆じゃないかな……?」

穂乃香「いえ。場を盛り上げる方法は、柚ちゃんが私の先生です」

加蓮「先生!?」

穂乃香「私、よく現場で真面目過ぎるって言われるんです。フリPさ……プロデューサーさんからも、もっと楽しんでいいって」

穂乃香「もっとアイドルらしく、楽しさを伝えられればって。だから柚ちゃんは、私にとって先生……」

加蓮「そ、そう……」

穂乃香「あ……すみません。ちょっとしゃべりすぎちゃいましたね。今日は、あくまで打ち合わせ……」

加蓮「そ、そだね。じゃあ仕切り直しで……って言っても、これ柚をそのまま放り込んでもいいっぽいね」

穂乃香「そんな。柚ちゃんはネコじゃないんですから」

加蓮「……へ?」

穂乃香「放り込む、なんて」

加蓮「あ……あは、あはは。物の例えよ物の例え。ホントに放り投げる訳ないじゃん」

穂乃香「そうだったんですか? よかった」ホッ

加蓮「……………………」コメカミオサエ

加蓮「……じゃあ……柚にはいつも通りにって伝えとくね……」

穂乃香「はい。私の方こそ、ついていけるように精進しなければ……」

穂乃香「よければ本番までに、レッスンの機会を頂けませんか? まだまだ、柚ちゃんに学べることはいっぱいある筈です」

加蓮「う、うん。うちの柚にもいい刺激になると思うよ……」

加蓮「じゃあスケジュールの調節を……あ、そっか、次の収録日が未定なんだった……ごめん穂乃香さん。連絡先もらっていい? こっちちょっとスケジュールがつまっちゃって、いいとこ見つけたら連絡するから」

穂乃香「はい」スッ

加蓮「ん……」

加蓮「よしっと。んー……他に打ち合わせできることは」


加蓮(手帳をパラパラとめくる。……どれもこれも、柚を連れて来て話した方が良さそうなことばかりだ。ちょっと後悔)

加蓮「ステージ衣装……はまだ用意できていないんだっけ。舞台構成……はそっちに任せるって決めてるし、レッスンスタジオの確保はスケジュールが上がってからか」

加蓮「どれも事務所でやった方がよさそうな話だなぁ……。あとは……」

穂乃香「…………」クスッ

加蓮「……? どうかした?」

穂乃香「あ、いえ、ごめんなさい」

加蓮「……?」

穂乃香「ただ……セルフプロデュースをやっていると、どうしても色々な人を見ることになりますから……あなたとなら、良い仕事ができそうだな、と思いまして」

加蓮「そ、そう? ありがと……」

穂乃香「今日は親睦だけで、と考えていた私が少しだけ恥ずかしい……。もっと用意するべきでした」

加蓮「いやぁ……今日もその、事務所を出る前にPさん……えっと、私の上司からね? 準備しすぎだって笑われちゃって」アハハ

加蓮「顔合わせなんだからもっと気軽にでいいだろーっ、なんて言われちゃってさっ」

穂乃香「ふふっ。ではせっかくですから、もう少し打ち合わせをしましょう。Pさ……プロデューサーさんから舞台の構成は任されているんです。あとは、柚ちゃんの動きを合わせれば……」

加蓮「だいたいの下地ができる、か。立ち位置が分かってればレッスンもやりやすいね」

加蓮「じゃあちょっと、考えてる構成って教えてくれる?」

穂乃香「はい。まだ合わせていないのであくまで仮定ですが……まず入りは――」

加蓮「ふんふん――」

加蓮(穂乃香さんから想定していた構成を聞いた。もうそのまま通してもいいくらいに練りこまれていて、正直びっくりした)


穂乃香「やっぱり……加蓮ちゃんとなら良い仕事ができそうです!」

穂乃香「……あっ、すみません。その、つい感心してしまって……」

加蓮「ううん、こっちこそ。まだ柚とレッスンもやってないんでしょ? なのに柚が入った時の想定がこんなにできてるなんて」

穂乃香「あくまで想像ですから……やってみたら、上手くできなくなるかも」

加蓮「できると思うけどなー」

加蓮「…………」

加蓮「ね、ちょっと聞いてもいい?」

穂乃香「……? はい」

加蓮「セルフプロデュース、してるんだよね。それってどんな感じ? やっぱり……大変?」

穂乃香「どうなんでしょうか……あんまり大変だとは。自分で自分を表現する為に、必要なことだと思っています」

加蓮「自分で自分を?」

穂乃香「もちろん、プロデューサーさんに委ねるのも悪くはありません。プロデューサーさんからは、いっぱいのものを受け取りました」

穂乃香「私みたいな者がアイドルをやれているのは、すべてプロデューサーさんのお陰です」

穂乃香「だからこそ、そんなプロデューサーさんの役に立たなければ……そう、思って」

穂乃香「それにアイドルとして、自力でどこまで表現できるか試してみたいんです」

穂乃香「セルフプロデュースは、その為にやっているんです」

加蓮「なるほど……」

穂乃香「行けるところまで行く為のことや、やらなければならないことをやる為のことを、大変だと思うことはあまりありません」

穂乃香「……でも、周りからはよく、もっと肩の力を抜けって言われてしまいますが」

加蓮「それは分かるなぁ」

穂乃香「加蓮ちゃんもそう思いますか? 実は、柚ちゃんからもよく言われるんです。……ごほんっ」

加蓮「?」

穂乃香「『もっとやわらか~く行こうっ、穂乃香チャン!』……どうですか? 似ていましたかっ?」ワクワク

加蓮「…………穂乃香さん」

加蓮「モノマネは、真顔でする物じゃないと思う…………」

穂乃香「そうですか……私も、まだまだですね」クスッ

加蓮「……………………い、言い方は、似てた……よ……?」ヒクヒク

穂乃香「よかった」フフッ

穂乃香「セルフプロデュースのことなら教えられる範囲で教えます。もしかして柚ちゃんに……?」

加蓮「あー……あ、あはは、ちょっと違って。その、アイドル視点とプロデュース視点で考えたら何か見えてくるかなーって、あははっ、そんな感じ!」

穂乃香「なるほど……。加蓮ちゃんも勉強家なんですね」

加蓮「やめてよっ。努力するのとかそんなに好きじゃないし……」

穂乃香「よろしければまた、こうしてお話しませんか? 私、あなたから色々と学びたいから……ご迷惑でなければ」

加蓮「それはぜんぜんいーけど。じゃあ、また次の打ち合わせの時にでも」

穂乃香「はい。あっ、もうこんな時間……。30分後にレッスンがあるんです。今日は、失礼します」

加蓮「あー、ごめんね長々と。また柚も合わせて話しあおっか」

穂乃香「はい、また是非」スクッ

穂乃香「それでは、今日は失礼します」スクッフカブカ

<950円になります
<はい
<ありがとうございました~
<ありがとうございました。ごちそうさまです

加蓮「……不思議な人」ズズ

加蓮「げ。紅茶、冷えてる」

加蓮「…………」

加蓮「…………あれ、もしかして私の分まで会計してくれた……?」

加蓮「…………」ズズ

――数日後 事務所――

柚「加蓮サン加蓮サンっ」

加蓮「なにー? 今ちょっと書類整理で忙しいんだけど」

柚「それ昨日も一昨日も言ってた! しかも加蓮サン、学校帰りに待ち伏せしてても現れないし!」

加蓮「昨日と一昨日は休んでたの。仕事が多すぎてちょっと」

柚「そなんだ。ちぇーっ。土曜日と日曜日は加蓮サン、スーツしか着てないから見ててつまんないっ。スーツの加蓮サンもいい感じだけどね♪」

加蓮「ごめんね……っていうか柚、大人しくしときなさいよ。今日は穂乃香さん達が来るんでしょ? 座って待ってなさい」

柚「やだ! つまんないもんっ」

加蓮「堂々と言うかぁ」

柚「あ、それでさ!」

柚「へへっ。じゃーん! 見て見て。アタシのデフォルメぬいぐるみ! 可愛いでしょー可愛いでしょー」

加蓮「……それ、どしたの?」チラ

柚「えとねー、穂乃香チャンと忍チャンが作ってくれた! 手編みなんだって、これ!」

加蓮「手編み? すごいね……わっ、細かいところまで作りこまれてる。ホントにすごいな……」

柚「すごいよねー。アタシこんなの作れないよ。編み物だって5分で飽きちゃったっ」

柚「忍チャンってすごい集中力なんだよ。あっ忍チャンっていうのは一緒のユニットの真面目サン! もうすっごく真面目サン! 穂乃香チャンとどっちが真面目サンだろ?」

柚「そういえば加蓮サン、穂乃香チャンと会ったんだよねっ。アタシもついていきたかったー」

加蓮「私も連れて行けば良かったって思ってたとこ。間が悪かったね」

柚「おそろい!」

加蓮「はいはい、お揃いお揃い」クス

柚「穂乃香チャンも加蓮サンも真面目だからお似合いだね。あっでも穂乃香チャンは渡さないぞー」

柚「そして加蓮サンは穂乃香チャンに渡さない!」

加蓮「つまりアンタが独り占めしたいと」

柚「へへっ♪ 今日は一緒にレッスンだけど、明日いつものカフェで編み物の続きやるんだ。アタシは見学っ」

柚「大丈夫! レッスンには遅れないから。遅刻したらトレーナーサンに怒鳴られちゃうっ」

柚「明日は何のお土産もってこっかなー。マンガにしよっかな。穂乃香チャンあんまり読んだことないって言うから貸してあげるんだ♪」

柚「今日はウカツだったなー。来て思い出したんだ。あ! 今日は穂乃香チャン達が来る日だ! って。今度からここにもマンガ置いてこっかなー。加蓮サン、いい?」

加蓮「…………」

柚「むむ。加蓮サン、聞いてる?」

加蓮「うん、聞いてるよ。マンガは……ま、程々に置くなら――」

柚「仕事しながらは聞いてるって言わないんだー! こっち来てちょっと休憩しようよっ。アタシが来てから加蓮サンずっとパソコンの前に座ってるよ?」

加蓮「ん……あとちょっとやったら休憩……」ブワン

加蓮「……っ」メヲオサエル

柚「目がお疲れみたいですな。目薬いる? ささっ、こっちこっち!」グイグイ

加蓮「わ、もう……引っ張らないで」

柚「加蓮サンはソファに座るー」

加蓮「もうっ……」スワリ

柚「そして柚がー……えーいっ!」ダイブ!

加蓮「ぐぇ」

柚「すごい声した! 今のどうやったの? くえっ……なんか違うっ」

加蓮「ひ、人を潰しておいて言うことはそれだけか……?」ヒクヒク

柚「あははっ、ごめんなさい加蓮サン♪」

柚「それでどこまで話したっけ? えっと、そうそう、その時に忍チャンがアタシになんでだーって突っ込んで!」

加蓮「いや、どの時よ。漫画を貸すって話じゃなかったの?」

柚「そだっけ? 加蓮サン何かオススメある? そんでー、穂乃香チャンと一緒に読む!」

加蓮「忍ちゃん、って子とは?」

柚「もちろん一緒だよ! みんなで読書会っ。ちょっと頭よさそうに見える? 柚、インテリ系?」

加蓮「漫画なのに」

柚「漫画でも読書! 今度、加蓮サンとも一緒に読みたいな♪」

加蓮「漫画かー……暇な時にはよく読んでたなぁ」

柚「こう、ごろごろしながら読むの楽しいよねっ」ゴロゴロ

加蓮「だねっ」

柚「アタシがテーブルにぐてってなってるの見て、忍チャンが呆れて言うんだ。カッコ悪いって! ひどくない?」

加蓮「え、また何の話?」

柚「編み物してる時っ。飽きて、こう、ぐでーってなったらね」グデー

柚「忍チャンがカッコ悪いって言って、アタシがこう、なにおう! って言って!」クワッ

柚「そっからそっから、穂乃香チャンがあわあわしてるんだけど何も言ってこないんだ♪ 慌ててる穂乃香チャン、ちょっと可愛かった!」

加蓮「可愛い……?」

柚「可愛い子だよ~。あと、キラキラってしてる!」

加蓮「そうなんだ」

柚「あとねあとね!」

柚「……あっ。アタシ、ちょっと喋り過ぎ? これじゃ加蓮サンの休憩にならないね」

加蓮「え? ……ううん。柚の話、聞いてるの楽しいよ」

柚「ホント!?」

加蓮「私が話さなくて済む、つまり楽ができる」

柚「ただの横着だー!?」

加蓮「なんてねっ。でも柚、珍しいね。友達の話をガンガン振ってくるのって」

柚「そ、そお? うっとーしくない?」

加蓮「うん。仕事させろ♪」

柚「それは駄目っ。加蓮サンはここで回復するまで柚の話を聞くのだー」

柚「あれっ、ってことは回復したらアタシの話を聞いてくれなくなるのカナ?」

柚「……ずっと休憩してていいと思うな!」

加蓮「あはは、それじゃ仕事にならないでしょ?」

柚「アイドルの話を聞くのもプロデューサーのお仕事ーっ」

加蓮「そだね。……ね、柚」

柚「ン?」

加蓮「ううん。楽しそうだね」

柚「楽しいよ! アタシはいっつも楽しんでる♪ でも、忍チャンと穂乃香チャンといる時は、なんだか今までよりもっと楽しいんだ。へへっ、もしかして運命の相手かな?」

加蓮「…………そっか。運命の相手、見つかってよかったね」ズキ

柚「? 加蓮サン?」

加蓮「あ、ううん……」

柚「……だいじょーぶだいじょーぶ! アタシにとっては加蓮サンも運命の相手だっ♪」

柚「アタシの小指にはね、いっぱいの赤い糸が伸びてるの。加蓮サンに繋がってたり、忍チャンに繋がってたり、穂乃香チャンに繋がってたりっ」

柚「加蓮サンっ、指出して?」

加蓮「ん、こう?」ヒトサシユビ

柚「違う違う。小指!」

加蓮「はい」コユビ

柚「アタシの指と、ぴっぴっ。これで加蓮サンの小指にも、赤い糸っ♪」

加蓮「…………」ジー

加蓮「……ふふっ」

柚「今度、2人にもやろーっと!」

加蓮「…………」(小指をさする)


加蓮(ちょっとだけ……寂しかったのかも)

加蓮(穂乃香さんと会った時、なんとなく、このユニットは長く続きそうな気がした。柚の話を聞いて、それを確信した)

加蓮(ユニットの話を楽しそうにする、なんて、私には絶対にできないことだから。羨ましくて、ちょっと寂しかった。遠くなった気がした)

加蓮(でも…………ふふっ♪)サスリ


加蓮「っと、そろそろ穂乃香さん達が来る時間かな? 一応、レッスンスタジオの確認だけ――」

柚「あ……」

柚「ねえ、加蓮サン。ちょこっとだけ、いい?」

加蓮「うん。どうしたの?」

柚「え、えとねっ。……笑っちゃ駄目だよ! 絶対、笑っちゃ駄目!」

加蓮「……? いいけど……」

柚「こう言わないと加蓮サン、いっつもアタシのこと笑ってばっかだもん!」

加蓮「そ、そんなに笑ってた? ……じゃあ、絶対に笑わないから……何? 言ってみてよ」

柚「そ、その……えとね。ちょこっとだけ……ちょこっとだけ……」

柚「ちょこっとだけ……その、なでてっ。アタシのこと!」

柚「それからその、『柚はいつも頑張ってる』って言って!」

加蓮「…………そんなこと?」

柚「大切なのー!」

柚「加蓮サンにそう言ってもらえたら……アタシ、今日のレッスンきっと頑張れるから!」

加蓮「…………」

柚「ん!」ズイ

加蓮「…………」

加蓮「……これで、いいの?」ナデナデ

柚「えへぇ……あ、あとその、ほら、さ、さっきのっ」

加蓮「そうだったね。柚。……柚はいつも、頑張ってるよ」

柚「えへへぇ……ほんと? アタシ、頑張れてる?」

加蓮「ほんとほんと。柚はいっつも頑張ってる」ナデナデ

柚「へへっ♪」

加蓮「いつも頑張ってくれてありがとね、柚。……次のオフの日に、ちょっと遊びに行こっか」

柚「! ホント!?」

加蓮「うん。そうだ。そういえば柚の友達に会うって約束、まだ果たしてないんだっけ」

柚「いいの!? やったっ」

柚「アタシのクラスでも加蓮サンの話題いっぱい出てるんだ。きっとみんな喜ぶよっ」

柚「そだっ。どうせなら学校でLIVEとかやっちゃおう! そうしたらみんな見てく――」

加蓮「ごめん、柚。もしやるなら、柚1人だけでね」

柚「……そっか。ごめん、アタシちょっと浮かれすぎてたカモ」

加蓮「何言ってんの。それくらいが柚でしょ? ブレーキとして私がいるんだから、安心して浮かれるだけ浮かれなさい」

柚「加蓮サン、アタシのブレーキ?」

加蓮「誰かさんがアクセル全開だからさ。アタシがブレーキにならないと、そのままどっか行っちゃうでしょー?」

柚「カモ。あーっ! 加蓮サン手が止まってる! もっと柚を撫でるのだ~」

加蓮「はいはい」ナデナデ

柚「えへへぇ。それからもうひとつのもっ」

加蓮「ん。柚は頑張ってるね。偉い偉い……」ナデナデ

柚「えへへへ……」

<ピンポーン

柚「!!!」バッ

加蓮「へ?」ナデ...

柚「きっと穂乃香チャンと忍チャンだ。は、離れなきゃっ!」シュタ!

加蓮「……?」スカッ

柚「あれ?」ソファニチャクチ

柚「ぎゃーっ!」ズザー

加蓮「あ、ちょ、ソファ巻き込んで――」

柚「うぎゃ!」ガン!

加蓮「あーあー、オフィスデスクに腕ぶつけちゃってる……」

加蓮「…………」チラッ

柚「あぷっ、あ、あれっ? 起き上がれない!? 加蓮サン助けてー!」

<今すごい音したよ!?
<ど、どうしましょう……。もしかして、何か事故が
<開けた方がいいのかな!?

加蓮「…………。はーい、空いてまーす」

柚「ギャー!! ちょ、タンマ!」

<ガチャ

穂乃香「お、お邪魔します…………柚ちゃん?」

「お邪魔しま……何これ!? って、うわぁ、柚ちゃんまた何してるの……」

加蓮「いらっしゃい、穂乃香さんと……、……もしかして忍さん?」

工藤忍「あっ、初めまして! アタシ工藤忍です……いやいやいやそれより! あの、後ろの柚ちゃん、いったい……」

加蓮「うん……まあ、事故……?」

穂乃香「柚ちゃん、大丈夫?」

柚「たーすーけーてー! 穂乃香チャン忍チャンへるぷ! へるぷ!」

忍「……柚ちゃん。パンツ丸出しで思いっきりひっくり返ってるのは、さすがにどうかと思う……」

柚「冷静な解説だめーっ!! ひ、引っ張りあげて! ついでに片付けも手伝って!」

忍「図々しいなアンタ!? ……もうっ。穂乃香ちゃん、そっち持って。せーので引き上げるよ。せーのっ」

穂乃香「えいっ」

柚「ぷはーっ。助かったー。アリガト! 2人が来てくれなかったらアタシあのままだったかも!」

穂乃香「その時はきっと、加蓮ちゃんが助けてくれるよ」

柚「ついさっき見捨てられたんだけどー!?」

加蓮「あと5分くらいしたら助けるつもりでしたー」

柚「すごい嘘っぽい! あと、すぐに助けてくれればいいじゃんっ」

加蓮「緊急の電話が入る予感がしたの」

柚「嘘つけーっ」

忍「…………」パチクリ

穂乃香「あ……柚ちゃん、大丈夫? ああ、すりむいちゃってる。私、バンドエード持ってるから貼ってあげるね」ガサゴソ

柚「だいじょーぶ! ほっとけば治るっ♪」

穂乃香「あっ……もうっ」

穂乃香「こんにちは、加蓮ちゃん。未熟者ですが、本日はよろしくお願いします」フカブカ

加蓮「あ、いや、こちらこそ……柚が迷惑をかけます。というか、かけました」フカブカ

忍「うん。かけてたね、さっき」

柚「加蓮サンも忍チャンもひどいっ!」

加蓮「柚の日頃の行いを知ってるとねー……」

忍「そうそう。何かあったらたいてい柚ちゃんの仕業だよね」

加蓮「おお、分かってる」

忍「意気投合できそう?」

柚「そんなっ。それじゃまるでフリルドスクエアの失敗役=柚って風になっちゃう!」

穂乃香「あの……そんなことないから、ね?」

柚「ううっ、穂乃香チャ――」

柚「!」サッ

加蓮「……?」

穂乃香「……??」

加蓮(なんか今……柚が穂乃香さんに抱きつこうとして、自分からさっとかわした?)


加蓮「……レッスンまでにはまだ早いけど準備しよっか。更衣室は私が案内するよ。その間に柚。ここ片付けておいてね」

柚「アタシ1人で!?」

加蓮「うん。柚1人で。もしも、案内が終わるまでに片付いてなかったら……」ゴゴゴ

柚「ギャー! ツノ、ツノ! それ久々に見た! 久々だけど見たくなかった! 引っ込めて!」

加蓮「ふうっ。じゃ案内するね、穂乃香さんに……えーと、忍さん」

穂乃香「はい。お願いします、加蓮ちゃん」


加蓮(そのまま部屋から出ようとした――その直前)

柚「あ!」


加蓮(柚がささっと私の側に駆け寄って、耳元へと口を持って行って)


柚「(小声)さっきのこと、穂乃香チャンと忍チャンにはナイショにしてて!」

加蓮「(小声)さっきのこと?」

柚「(小声)加蓮サンに甘えてたこと! ね! 甘える柚なんてヘンでしょ?」

加蓮「(小声)そう? よく分かんないけど……分かった。秘密にしておけばいいんだね」

柚「(小声)ありがと! アタシ、あれでまた頑張れるからっ」

穂乃香「……?」

忍「???」

加蓮「ううん、ごめん、なんでもない。そうだ、2人ともレッスン着は持ってきてる? こっちでも予備はあるから――」スタスタ

<大丈夫です。2着、持ってきています
<え、2着?
<前にドリンクをやってしまったことがあって
<なるほど


加蓮(ちなみに戻ってきた時、当然の如く片付けが終わっていないどころか冷蔵庫からお菓子を持ってきて頬張り私達の分まで用意してくれていたので、ご要望通りツノを生やしておいた)

加蓮(ギャー! と何度目になるか分からない悲鳴を聞くのは……正直、ちょっぴり楽しかった)

――1時間後――

加蓮「…………」カタカタ

加蓮「…………」チラッ

加蓮「ん、いい時間かな……。ちょっと様子見てこよっと」スクッ

加蓮「ん~~~!」ノビ

<トゥルルル

加蓮「!」ガチャ

加蓮「はい、こちらCGプロダクション第四アイドル部署――はい、はい……そうですか! 分かりました。では打ち合わせの日時を――」

加蓮「はい。はい、◯日の午後ですね。分かりました。楽しみにお待ちしております――はい、では失礼します」ガチャ

加蓮「……さて、見に行かないとっ」

――レッスンスタジオ――

忍「…………」(黙々とダンスレッスンをこなしている)

柚「う、う~~~~ん」

穂乃香「だからね。この時に右足を……もうちょっと前に出すの。それから、左足はこの位置で……」


加蓮「お疲れ、柚。穂乃香さんに忍さんも」

柚「あ、加蓮サンだ!」スクッ

穂乃香「お疲れ様です」

加蓮「トレーナーさんは?」

穂乃香「先ほど、休憩するようにと指示されてからその間に資料を取ってくると。今は、柚ちゃんにレッスンのことを教えているところです」

柚「穂乃香チャンの説明、分かりやすいけど分かりにくい!」

加蓮「どっちだ。えーっと、穂乃香さん。見ての通り柚はその……頭より身体で覚えるタイプだから、もしよかったら手本を見せてあげて」

加蓮「って今は休憩中だっけ」

穂乃香「はい。休める時には休む。それも、レッスンの基本です」

加蓮「うん。…………1人、黙々とやってるのがいるけど」チラ


<えっと、こっちの動きはこうで…………


柚「忍チャンはあれでいいの!」

穂乃香「忍ちゃん、とにかく頑張り屋さんなんです。あまり邪魔はしたくありません」

加蓮「なるほどー……」

柚「それより加蓮サンどしたの? さては~、柚がいなくて寂しかったんだ!」

加蓮「いやー仕事を邪魔する子がいなくてすっごく捗ったよ。今日いっぱいかかりそうだった書類整理がもう終わっちゃった」

柚「柚いらない子!?」

穂乃香「そんなことないわよ……ね? 加蓮ちゃん」

加蓮「うんうん、いる子いる子」

柚「えへへぇ……はっ! そ、そーだねっ! 加蓮サンはアタシがいないと駄目だよねっ♪」

加蓮「へ? まあ、うん」

柚「加蓮サンが来たってことはー、差し入れを期待してもいいのカナ? アタシ喉が乾いちゃったなーちらっちらっ」

加蓮「そう言うと思って。はい、スポドリ」スッ

柚「やたーっ。しかもこれアタシの好きな味! さすが加蓮サン、分かってるじゃん♪」

加蓮「ふふっ。穂乃香さんもよかったら。アタシと柚のオススメなんだっ」

穂乃香「ありがとうございます」ウケトリ

加蓮「あっちの子には、また後で渡しといて」スッ

柚「忍チャーン! そろそろ休もうっ。じゃないと忍チャンへの差し入れアタシが飲んじゃうぞー!」


<もうちょっとだけー!

柚「駄目だこりゃ」

加蓮「ホント、すごい子なんだね……」

穂乃香「忍ちゃん、いつもこうだから。ふふ。柚ちゃん、私達ももうちょっと頑張ってみる?」

柚「アタシは休憩っ」ゴクゴク

穂乃香「じゃあ、私も」ゴクゴク

加蓮「あはは……あ、柚。休んでるところにごめん。ちょこっとだけいい?」チョイチョイ

柚「ン? なーに、加蓮サンっ」スタスタ

穂乃香「……?」




加蓮「実はね。さっきYテレビさんから電話が来て、今度立ち上げる番組に柚が欲しいって言ってきたんだ」

柚「! ホント!? Yテレビってあのバラエティがスゴイとこだよね! ねね、どんなお仕事!?」

加蓮「グルメレポだって。ほら、前のイタリアンクッキングを見てくれてたみたい。柚をレギュラーに欲しいってさ」

柚「やったっ。アタシやってみたい。いい? 加蓮サンっ」

加蓮「スケジュールの調節はあるけど、じゃあ受ける方向でいいんだね」

柚「うんうんっ」

加蓮「分かった。打ち合わせはこっちで進めておくから、柚はレッスンを……ね? お願いします、私のアイドルさん♪」

柚「し、しょーがないなー。加蓮サンに頼まれたらやるっきゃないよね!」


<穂乃香チャン、さっきのもっかい教えてーっ
<はい。ええと、じゃあまずはさっきの続きから……


加蓮「レッスン、少し見ていこっかな?」

――数日後・事務所(夜)――

柚「ただいまーっ! 加蓮サンいる!?」

加蓮「いるわよー」グデー

柚「……お疲れ?」

加蓮「この時間になるとそろそろね……はぁ。もうへとへと……」グデー

柚「そっかっ」

加蓮「ん……っと、ごめんごめん。なあに、どうしたの? 何か報告があるんでしょ?」オキアガル

柚「あ、そのままでいいよっ」

加蓮「私がヤだよ。いいからほら、教えてっ」

柚「うん。あのね、今日の収録の時にこれをプロデューサーに渡してって頼まれた!」スッ

加蓮「ふむ」

柚「あとね、もしよかったら番組に出てもらえないかって言われちゃった♪」

加蓮「あー、私もついていった方がよかったね。ごめんね、どうしても外せない打ち合わせがあって」

柚「加蓮サン最近付き合い悪いぞー」

加蓮「あははっ。それ、貸して?」

柚「はいっ」スッ

加蓮「ふんふん……うーん…………これちょっとスケジュール的には辛いなぁ……」

柚「そなの?」

加蓮「今は穂乃香さんや忍さんとの方に集中したいし……それにこれ、企画内容が曖昧だし、まだ当たりつけてオファーかけてるって感じかな……断ってもトゲは立たないか」

加蓮「ごめん柚。これ、断っといていい?」

柚「加蓮サンがそう言うならいいよっ」

加蓮「じゃあ電話しとかなきゃ。あ、そうだ。これ渡してくれたのどんな人だった?」

柚「チョビ髭でさわやか笑顔の人だった!」

加蓮「…………うーん、覚えがないってことはホントに完全新規か」

<かれーん! 車、準備できたぞー!

加蓮「すぐ行くー! これありがとね柚。私はもう帰らなきゃ……柚も乗せてもらう? Pさんの車」

柚「乗る乗る!」

加蓮「そっか。じゃあ一緒に……」スクッ

加蓮「あ」フラッ

柚「わわっ」ダキッ

柚「加蓮サン、ホントにヘトヘトだ! アタシが肩を貸してあげるねっ」

加蓮「ありがとー……やり過ぎもよくないね、ふふっ」

柚「ゆるーく頑張ろう!」

加蓮「ゆるーく、かー」

柚「ゆるーく!」

加蓮「ゆるーく」

――そのまた数日後・事務所(昼)――

柚「ただいまー」

加蓮「お帰りなさい、柚。ラジオの収録はどうだった?」

柚「バッチリ! ちゃんとLIVEの告知もしてきたよっ」

加蓮「よし。これで当日は満員だね」

柚「うんうん! あ、それで加蓮サン。えーと、はいこれっ」スッ

加蓮「封筒? もしかして、また何かオファー来ちゃった?」

柚「来ちゃった。あ、あのね。それその……」

加蓮「ん?」トリダシ

柚「あのね……あ、ううんっ。……アタシ、あんまり受けたくないかも……あっ、か、加蓮サンがやれって言うなら柚頑張っちゃうけどね!」

加蓮「あれ、珍しいね。柚がそんなこと言うなんて……」パラパラ

加蓮「って、うわ、K事務所の撮影かぁ。あれだよね。前に受けたけど酷かった奴」

柚「そうそう! セクハラする人がいるって噂も聞いたことある! アタシはされなかったけどっ」

加蓮「それアタシも知ってる。よし、このオファーは断ろう。大丈夫。柚が嫌がらせをされたりしないように上手くやってみせるから」

柚「ホント? 加蓮サンがそういうなら安心だね!」

加蓮「あと、受けたくない仕事があったら私には素直に言ってね? 無理矢理やれって言ったりしないから……」

柚「うーん……加蓮サンなら言わなくても分かるかも、なんて♪」

加蓮「無理」

柚「きっぱり言われたー! むむっ、まだまだアタシの片想いのようですな」

柚「片想いって言えばアタシ最近、いろんな人からオファー受けるっ。人気アイドルになったって実感できるよ!」

加蓮「前からでしょー?」

柚「へへっ♪」

加蓮「ホント増えたよね。セルフプロデュースを始めてる子が多いのと関係してるのかな……」

柚「それって穂乃香チャンみたいな?」

加蓮「うん。ちょっと前からまた増えたみたい。若い子が自分で仕事を取って、とか」

柚「でもその分、変なオファーもあるケド。柚はお笑い芸人じゃないぞーっ」

加蓮「あと契約関係でトラブルも増えてるって聞くし。私も、ちゃんとしっかり確認しないと……」フラ

加蓮「んっ……」

柚「加蓮サン、お疲れ?」

加蓮「お疲れお疲れ。やらなきゃいけないことがホント多くて。柚ー、ちょっとは手加減してよー」ダラー

柚「アタシのせい!? そうだっ、Pサンに任せてみるのはどうかな。そしたら加蓮サンも楽できる!」

加蓮「ヤダよ。柚のプロデュースは私がやるんだし、それにただでさえ無理させてんだから」

柚「えーっ」

加蓮「ちょっと休憩しよっと。っていうか、お笑い芸人って……何そのオファー? そんなのあったっけ?」

柚「さー。アタシにもよく分かんない。前にあったよ? いつだっけ。忘れたっ」

加蓮「あははっ、何それ。柚が分かんないならアタシにも分かんないよっ」

柚「よしっ、じゃあ忘れよう♪」

加蓮「忘れよう忘れよう!」

加蓮「でも、そういう話があったらちゃんと報告してね? 例えその場でナシになったりしても」

柚「はいっ」

加蓮「真面目にだよ?」

柚「分かってるっ」

加蓮「ならよし。……でもホント、向こうから持ちかけられるの増えてきたよね。柚は今後どんな仕事がやりたいー?」

柚「うーん、LIVEとかグルメ番組とかグラビアとかラジオとかバラエティとか、あっそれと前に穂乃香チャンが地元のオススメ紹介してたヤツ! ああいうのもどんとこいだっ」

加蓮「……それもグルメ番組じゃない?」

柚「あっそっか!」

加蓮「やりたいことがいっぱいあるんだね、柚」

柚「だって楽しいもん!」

加蓮「そっか……」

柚「次はどんなお仕事がやりたいカナ~? あっ、その前にレッスンしなきゃっ。穂乃香チャンも地元から戻ってきたし、また合同レッスンだ♪」

加蓮「…………ふふっ」


加蓮(……なんだか……できた、って感じがする)

加蓮(何かが、できた。……何がだろう?)

加蓮(ただ、何かができたような気がして、少し嬉しかった)


加蓮「その前に宿題をやっておきなさいよ? トレーナーさんから出された宿題」

柚「ギャーそうだったー! あ、あのね、アタシまだ上手くできないとこがあって……加蓮サンっ教えて! 穂乃香チャン達とレッスンする前に!」

加蓮「じゃあ、このオファーを断る電話を入れて、それからメールを送ったらね」

柚「10分以内! じゃないとアタシ、飽きて逃げちゃうぞっ」

加蓮「じゃあロープでぐるぐる巻きにしとこっかな。どこにあったっけ……?」ガサゴソ

柚「ホンキで探してる!? やめてーっ! アタシどうせなら人質じゃなくて犯人役の方やりたい! ふっふっふ、お主もワルよのぅ~」

加蓮「犯人役か、それ……?」

――LIVE前日・LIVE会場――

柚「アタシの調子良好っ。リハーサルもバッチリ! あとは本番を迎えるだけだね!」

加蓮「お疲れ、柚。明日も安心して見られそうだね」

柚「で、でしょー! なんたって忍チャンと穂乃香チャンもいるからね! これはもう成功するっきゃないっ。瞬き禁止だっ」

加蓮「……柚は?」

柚「へ?」

加蓮「ううん。なんでも」

柚「変な加蓮サン。あっ穂乃香チャンだ! おーいっ、穂乃香チャーン!」

<テテテッ

加蓮「自分がいるって言わないあたり、やっぱ緊張してんのかな……?」

<テテテッ
<そんなに急がなくても……待って、転んじゃうから

柚「あとは忍チャンだ! どこにいるかな~」キョロキョロ

穂乃香「ほっ……」(転ばずに済んだ)

穂乃香「忍ちゃんならさっき、Pさんと話していたよ? 何か、聞いていたみたい……」

柚「そっか。それは邪魔しちゃいけないなー、ウンウン」

穂乃香「お邪魔……?」

柚「そりゃーもう、ほらほら!」

穂乃香「……?? ……あ、加蓮ちゃん。お疲れ様です」ペコッ

加蓮「穂乃香さんこそ、お疲れ様です」ペコッ

柚「あははっ、2人とも堅いな~。もっとゆる~くやってこうよ!」

加蓮「穂乃香さん相手だとついね……」

穂乃香「ふふ。頑張るね、柚ちゃん。……それで加蓮ちゃん。舞台構成はどうでしょうか。もう少し、工夫できる所があるとは思いますが……」

加蓮「あれでまだ不満足なんだね。すごいなぁ……柚も見習いなさいよ?」

柚「あーあーきこえなーい」

穂乃香「後は、本番を残すのみです。レッスンの成果を、ちゃんと出せるようにしなければ」

柚「穂乃香チャン堅い堅い! ミスってもいいから楽しむ! それくらいでやろっ♪」

穂乃香「柚ちゃん……。そうね。せっかくのLIVEだから、しっかり楽しまなきゃ……!」

柚「そーそー! 楽しければOK! それが柚ルール!」

穂乃香「ふふ。柚ちゃんの前向きさが、ちょっと羨ましい」

加蓮「そうそう。柚はちょっと考えなさすぎだけど、穂乃香さんも考え過ぎたら逆にミスるかもしれないし。気軽に考えてもいいんじゃないの?」

柚「か、考えなさすぎ!?」

穂乃香「そう、ですね。それなら、加蓮ちゃんくらいがちょうどいいのかな……?」

柚「アタシアタシ! アタシくらいでいいと思う!」

穂乃香「難しいですね……」

加蓮「さて、リハーサルのことでちょっと確認しときたいんだけど、穂乃香さんのプロデューサーさんって今日来てるよね。どこにいるかは」

柚「あっ、アタシ探してくる! 忍チャンと一緒にいるんだよね。じゃあ簡単だ!」タタッ

加蓮「あ、ちょ」

<忍チャーン! いたら返事しなさーい!

加蓮「もう……」

「今日の柚ちゃんも、元気いっぱいですね」

加蓮「うん、いつもこうなんだ。もー大変で大変で」アハハ

加蓮「あ、そうだ。演出のことなら穂乃香さんに聞いても大丈夫かな。LIVEの構成と演出を考えたの、穂乃香さんなんだよね?」

穂乃香「Pさんと相談して決めたことですが……」

加蓮「それならえっと、ここの演出についてなんだけど――」

穂乃香「そこは、こういう表現で――」

穂乃香「そう、ですね。それなら、加蓮ちゃんくらいがちょうどいいのかな……?」

柚「アタシアタシ! アタシくらいでいいと思う!」

穂乃香「難しいですね……」

加蓮「さて、リハーサルのことでちょっと確認しときたいんだけど、穂乃香さんのプロデューサーさんって今日来てるよね。どこにいるかは」

柚「あっ、アタシ探してくる! 忍チャンと一緒にいるんだよね。じゃあ簡単だ!」タタッ

加蓮「あ、ちょ」

<忍チャーン! いたら返事しなさーい!

加蓮「もう……」

穂乃香「今日の柚ちゃんも、元気いっぱいですね」

加蓮「うん、いつもこうなんだ。もー大変で大変で」アハハ

加蓮「あ、そうだ。演出のことなら穂乃香さんに聞いても大丈夫かな。LIVEの構成と演出を考えたの、穂乃香さんなんだよね?」

穂乃香「Pさんと相談して決めたことですが……」

加蓮「それならえっと、ここの演出についてなんだけど――」

穂乃香「そこは、こういう表現で――」

――10分後――

加蓮「……うんっ、大丈夫そうかな。でもホント、さすが穂乃香さんだね。やっぱり凄いなぁ……」

穂乃香「表現者として、精一杯やったつもりです。でも加蓮ちゃんの話を聞くと、まだまだだって思い知らされますね」

加蓮「謙遜しすぎだってば。ほら、柚が言ってたでしょ? もっと楽に考えようって」

穂乃香「はい。実は、リハーサルの前にも同じように――こほんっ」

穂乃香「『リハーサルから楽しんでいこっ♪ せっかくみんなでやるんだしさ!』、って」ニコッ

加蓮「……………………」

穂乃香「一応、真似をしてみたつもりですが……どうでしょうか。前よりも自然な表情でできていましたか? 実は、あれから練習してみたんです」

加蓮「練習してどうすんの、それ……?」

穂乃香「例えば、いつかモノマネとして使えたり?」

加蓮「そ、そう……」

穂乃香「どうでした? 少しは自然になっていたでしょうか」

加蓮「まあ…………もうちょっと頑張ろう」ポン

穂乃香「そうですか……」シュン

加蓮「あの……いや、あのさ。キャラ付けとかなら、いや私が言うのもアレだけどさ。もっと別の道を探した方がいいと思うよ……?」

加蓮「ほら、一緒にいる忍さんとか。少なくとも柚よりは向いてるっていうか、似合っているんじゃないかな」

穂乃香「いえ、そういう訳では。できないことがあったら、ちょっと意地になってしまうんです。途中でやめるんじゃなくて、最後までやり遂げたい! って……」

加蓮「あ、それ分かるっ」

穂乃香「バレエでもアイドルでも、表現の幅を広げるに越したことはありません。できることは、どんどん増やしていかなきゃ」

加蓮「バレエ? もしかしてアイドルになる前にやってたとか?」

穂乃香「はい。いくつか賞を取る程度には……」

加蓮「すごいじゃん。なんか厳しい世界だって聞いたことあるけど」

穂乃香「はい。バレエの頃は、如何にして上を目指すかという熾烈な世界ばかりで」

穂乃香「それも嫌いではありませんが……でも私、今、アイドルをやっていて楽しいんです」

穂乃香「礼式に捕らわれることなく、自由にできる。自分で表現を考えられる。そういうことが……すごく、楽しくて」

加蓮「確かにこの世界って自由だよね。ほら、私みたいなのがプロデューサーになれたりさっ」

穂乃香「それに――」チラ

<しーのーぶーチャーン! 隠れても無駄だー、出てきなさーい! アタシから逃げられると思うな――おわっと!
<ご、ごめんなさいスタッフサン! え? 大丈夫? ……よかったっ

加蓮「柚……」

穂乃香「はい。柚ちゃんと一緒にやっていると、今までの自分は閉塞的すぎたのかもしれないと思ってしまいます」

加蓮「あれが開放的すぎるんだって~」

穂乃香「……この業界にはまだまだ、私の知らないことがたくさんあるんですよね。そして、私だからこそできることだってある」

穂乃香「そう思うと、もっともっと色々なことを……!」

穂乃香「……あ……少し、熱くなってしまいました。でもそれだけ、柚ちゃんとやるアイドルは大切な時間なんです」

穂乃香「それに、私も……柚ちゃんに教えられることがあればいいな、って」

加蓮「きっといっぱいあるよ。柚は柚の、穂乃香さんは穂乃香さんの世界があるんだから」

<忍チャンどこー!? さては帰っちゃったかっ。あっそこのスタッフサン、忍チャン見なかった? 見てないっかー。おーい、忍チャーン!

加蓮「…………ああもう、あの子はホントに……!」アタマカカエ

穂乃香「今日も、柚ちゃんは楽しそう。自由で、まるで空を駆けまわる鳥みたい……」

加蓮「鳥かー……そうなのかも。ほっとくといっつもああなんだ。暴走して、やたら飽きっぽくて。レッスンもちゃんと見とかないといけないし」

穂乃香「ふふ、大変そうですね」

加蓮「ほんっとに大変だよ。でもいつも楽しそうで、笑顔を振りまいてて……そんな柚が好きなんだけどね」

穂乃香「見ているだけで笑顔になっちゃう。不思議で、そしてすごい子ですね」

加蓮「うん。どこまでも突っ走って欲しいな。それを手伝う為に私がいる……なんて」

加蓮「ユニットを組んでも長続きしないしすぐ飽きちゃうし。……でも、なんだか今回は……」

加蓮「……ねえ穂乃香さん。ユニットにいる時だけでいいからさ……穂乃香さんにも、あの子のこと見てあげてほしいな」

穂乃香「私が、ですか……?」

加蓮「飛び回る鳥だって、どこか休む場所があればいいと思うし……ほ、ほらっ、私1人じゃ大変だし? 穂乃香さんにも手伝ってもらえると助かるかなー、なんてっ」

加蓮「それに、穂乃香さんってお姉さんって感じがするし……その、よ、余裕があったら、ね? いやホント柚についていくのってすごい大変だと思うし、だからちょっとだけ、そう、ちょっとだけでいいから!」

穂乃香「加蓮ちゃんのご期待に添えるかは……。でも、私でよろしければ、その役目、引き受けさせていただきますね」

穂乃香「ユニットでも、私が一番の年上だから。私が、しっかりしなければ……」

加蓮「……あははっ」

穂乃香「私、昔から、友達と歩く時は一番後ろになるんです。なんとなく、それが私のベストポジションかな、って」

加蓮「ん?」

穂乃香「柚ちゃんは……目を離すと、すぐどこかに行っちゃいそう。頑張って追いかけなきゃいけないから、大変です」

穂乃香「でも、柚ちゃんをこれほど大切にされている方から頼まれたら……ふふ。大変なんて言ってられないですね!」

穂乃香「加蓮ちゃんが柚ちゃんのことを本当に大切にしていることは、見ていてよく分かりますから!」

加蓮「そ、そっかなー。柚がかまってかまって言うからこうなったってだけだよ。うん、きっとそう。それだけそれだけ」

穂乃香「そうですか。……ふふっ」

<あっいた忍チャン! えっとねー、えっと……とりあえず加蓮サンのとこ! 穂乃香チャンもいるんだよ! 行こ行こ!

加蓮「さてっと。正直、リハーサルで気になったことがあるんだよね。ちゃんと明日までに直してもらわなくちゃ」

穂乃香「名プロデューサーの本領発揮、ですね」

加蓮「そんなんじゃないって。でも……柚にとってそうなれてるなら、すごく嬉しいけどっ♪」

……。

…………。

……。

…………。

――LIVE当日・LIVE会場――

『数字を並べて行くよりも♪ まずは一緒にやってみましょ♪』

良い意味で、柚+αのLIVEだった。

柚はセンター。アップテンポの歌を完全に自分の物にして舞台を作り上げる。ライトオレンジに照らされいっぱいの笑顔を振りまく姿からは、昔の、音が外れてたりリズムについていけていなかったり、そんな駆け出しアイドルだった頃を全く感じさせない。
両脇には忍さんと穂乃香さん。そして数名のバックダンサーがついている。
彼女らも決して目立っていない訳ではない。穂乃香さんの手によって、舞台に上がる者、皆が注目されるような構成になっている。

それでもこの舞台は、"柚のもの"だった。
いつかの雛祭りの時とは違う。演目の一部に柚が含まれるんじゃなくて、完全に柚メインの大舞台。
柚の為に作られた舞台。

『ほら大きな声を出して♪ 君の声を聞かせてよ♪』

客席の方では、LIVE慣れした人たちが野太いコールを合わせ、他の人達は揃って柚を注目していた。
目を見開いている人がいる。口をぽかんと開けている人がいる。心からの笑顔を浮かべている人がいる。
柚を初めて見た人も、テレビ越しにだけ見ていた人も、何度目かになる人も。
揃って、喜多見柚というアイドルに魅了されていた。

『頑張れない時は一緒にやろう♪ ほらワン、ツー、スリーっ♪』

スリー♪ と共に柚が大きく飛び跳ねた。私の隣にいた子供が、すりー! と同じようにジャンプする。
私――は。
今ほど、自分の身体がポンコツであることを呪ったことはない。
一緒に跳べれば、よかったのに。
どの場所でもいい。ファンとしてでも、プロデューサーとしてでも……アイドルとしてでも。
柚と一緒に跳躍できたらどんなに楽しいだろう。

『上手にできなくても大丈夫♪ それがあなたの想いだから♪』

サビが終わる。主役が「いえ~い!」と大きく手を振る。向かって左側、ダンスを始めようとした忍さんが一瞬だけぎょっとした顔をしていた。例によってアドリブなのだろう。
穂乃香さんも少し驚いて、でもすぐに笑顔になった。忍さんを導くように一瞬だけ視線を動かす。お姉さん役と言っていた通りだ。
そして2人のダンスが始まる。柚は"ぴょんっ"と引っ込み、敢えて簡単な振り付けだけに留め残り2人を際立たせていた。

でも柚が次第にウズウズし始めて、間奏の後半からいきなり前に飛び出てきた。
やはり忍さんが「何やってんの!?」と言いたげに目をひん剥いていたけれどそれ如きで止まる柚ではない。ぎゅいぎゅいと、ぎゅいぎゅいと踊り出す。
ぎゅいぎゅいって何だろうと自問自答したくなったけれどそれ以外に言葉が思いつかないのだ。
ぎゅいぎゅいって踊ってるのだ。
あと回ってる。なんかよく分からないくらいに回ってる。5回転6回転7回転……8回転でびしっ! とポーズ。
目を回している様子が全くない。

『ほら私がいてあげる、例え落ち込んじゃった時でも♪』

即興まみれのダンスで客席をさらに沸かせた柚が、やや肩を上下させつつもマイクを掴む。
ノリとテンポと勢いが目立つ演目だが、このパートだけは別だ。最後の盛り上がりの前の、静まり返る場所。
柚はこの日の為に、この部分の練習を喉を殺す勢いで繰り返していた。
その為か――さっきまで十人十色にはしゃいでいた観客が、しん、と静まり返り、そして大半をポカンとさせていた。
良い意味で、だ。

『だからいつでも大丈夫……君を魅せつけてあげて♪』

自由自在で変幻自在。自分の歌も演出も、完全に自分の物にしている。
そんな姿を見ていると……なんだろう。
なんだか、ゴールを迎えたような気分になれる。

『ほら私が聞いてあげる、どんな音より歌よりも♪』

カラフルな舞台にセピア色が混じった。在りし日の記憶が蘇った。そうしてこの景色が、一番昔の思い出と重なる。
小さい頃に病院のベッドの上で見た夢が、ここにあった。
いつか立ちたいと思った場所。
立っているのは私じゃない。でも柚を通して、私は目指していた場所にたどり着いていた。

そうだ。
何かができたって思ったのは、きっとこのことだ。
思い描いていたのとは、少し形が違うけれど。
やりたかったことができたんだ。
行きたかったところに行けたんだ。

『ずっとどこまでも響く♪ それが君のメロディ♪』

舞台は再びアップテンポに。観客が熱気を取り戻し、最後には明らかにLIVEに不慣れっぽい人もまるで怒鳴り合うようにコールを入れていた。
曲が終わると揃って「ワアアアアアアアア――!!!」と歓声をあげた。舞台上の柚が、ちょっとびっくりする程の勢いで。

「わ、わっわっわっ…………み、んなっありがと~~~~~!!! いえ~~~~~い!!!!」

無数の歓声、いくつもの色のライト、そしてやりきったという想い。
すべてに応えるように、柚が大きく手を振る。

そう。これは私があの時に夢見た、煌めきのステージ。
私達の、たどり着いた場所。
いろいろなことがあった。
アイドルができなくなって、泣いた日とか。
アイドルらしくない自分に悩み続けた日とか。
プロデューサーとして壁にぶつかって、イライラした日とか。
すぐに冷めてしまって自分の居場所を見つけられないで、焦ってしまった日とか。

全部を乗り越えて、私は――私と柚は、今、やり遂げ

――"どくんっ"

「……………………え…………?」
「ん、どうした加蓮?」

いつの間にかPさんが右隣にいて……いや、それよりも。
今、何か……心が、大きな音を立てたような……?

「――ごほんっ! ここで、柚のサプライズコーナーっ!!」

…………え?

「えっとねっ。実は今日のLIVE、もう1曲やるんだ」

………………サプライズ? ……もう1曲?

「ふっふっふー。プログラムには書いてないの! だから柚サプライズっ」

私の頭の上で踊る疑問符、それから客席のどよめきをよそに、柚が話を進めていく。
サプライズ……? もう1曲って、どういうことだ。

ふと穂乃香さんがこちらをちらりと見た。ごめんなさい、と言いたげに苦笑いをしていた。
それに忍さん……いや、忍さんだけじゃなくバックダンサーの人たちも落ち着いている。

ってことは、最初から仕組んでいたってことか。
何でも喋りたがる柚がサプライズを仕組んで今の今まで秘匿にしていた。それほどの内容ってことなのか。

「えっと……」

観客が、サプライズってなにー? なんだー? と興味を示す。
柚は再びマイクを手に取った。少し……緊張しているというか恥ずかしがっているというか、モジモジとしている。なんだか告白をする前の女の子のように見えた。

「あ……あのねっ」

ピタリ、と客席のざわめきが止まる。

「アタシ……いろんな人に助けてもらって、ここにいるんだ。忍チャンとかー、穂乃香チャンとかー、バックダンサーのみんなとか。あとファンのみんなにプロデューサーサンにー、へへっ、数えきれないくらいに!」

指折り数えて柚が笑う。いったい、何の話――

「だから、そんな人達へのお礼ってことで! いつもと違う柚を見せたげるっ。あと1曲だけ聞いてって! さっきのとはぜんぜん違う歌だけど、アタシ、頑張って歌うから! だから……えっと、聞いてっ?」

お願いーっ、と付け加えた言葉に、数テンポの遅れを見せ、まずはLIVE慣れしているであろう野太い声達が「いいよー!」と揃って叫ぶ。周りの人たちも、同意するように拍手で続いた。
あはっ、と柚が笑った。僅かな不安がすっと消え、マイクから数歩下がる。
それが合図となり忍さんと穂乃香さん、それにバックダンサーの人たちが動き出した。

5秒。
次の――プログラムにない歌が始まるまでに要した時間。

何を歌うのか、私にも全く知らされていない。事前にレッスンを重ねてきた歌はすべて歌いきった。じゃあ、何をやるのだろう――
疑問混じりの期待と、それから不安。ぐちゃぐちゃになって、始まるまで瞬きができなかった。
そして――

そして、どこかで聞いたことのあるメロディが流れ始めた。



『薄荷-ハッカ-』




――~~~~♪ ~~~~~♪

最初、どこで聞いたのか思い出せなかった。
ただ、すごく懐かしい感じだけがした。

――背中だけじゃもう足りなくて 追い越してみた きみと最初の日

歌い出しから少しして、記憶が舞い戻る――頭の中に、まだ私がアイドルだった頃の日々が回想映像のように流れていく。
レッスン。LIVE。叱られた時。褒められた時。衣装。舞台。歌。
そして、今の身体ではアイドルは無理だと言われた日。

そうだ。完全に思い出した。次のメロディも次の歌詞も完璧に言い当てられる。
この歌……本当なら私が歌う筈だった……。

――あの時の靴も言葉も 大事にしまってあるよ

初めて自分の歌をもらえて、すごく嬉しかった。加蓮にぴったりの歌だぞ! と嬉しげに言うPさんと、子供みたいにはしゃいでたんだっけ。
何度も何度も、夜遅くまで練習したんだ。体力のコントロールなんて忘れて、身体の異変にも気付かなくて。

――だってね 勇気のカケラ きみが描く未来へ連れ出してほしい

どうしても歌いたかった。アイドルとして歌いたかった。
だからあの時、周りの大人みんながアイドルは無理だって言った時……どれだけ困らせたことか。
泣きじゃくって、叫んで、罵声を浴びせて。1日中、ずっと暴れていた。
どうしても、どうしても歌いたかった。夢見たステージに立ちたかった。

――神様がくれた 時間は零れる あとどれくらいかな


「この歌な、最初に歌いたいって言ったの、柚ちゃんだったんだ」

「……柚が?」

「ああ。いつだったか……加蓮の歌を歌いたい、そうしたら加蓮も思い出せるだろうから……って」

「思い出すって……」

「アイドルの楽しさだよ。柚ちゃんに聞いた。今の加蓮は柚ちゃんのプロデューサーでいたいんだ、って」

「…………」

「そうなんだろうな。無理を言ってる訳じゃないってのは俺も柚ちゃんも知ってるよ。でもな」

――でもゆっくりでいいんだ きみの声が響く


「それでも思い出して欲しいってさ。思い出して、またアイドルをやって欲しいって……柚ちゃん、言ってたぞ」

「…………」

「加蓮も巻き込んでのサプライズってしたのも、たぶんそういうのがあるんだと思う……」


――そんな距離が今はやさしいの 泣いちゃってもいい?


「なあ加蓮。俺は加蓮に無理をしてほしくない。けど……それ以上に、加蓮のやりたいことをやってほしいんだ」

「私の、やりたいこと……」

「加蓮だってよく言うだろ? やりたいようにやれって。前は……悪かった。やるなってばっかり言って、すまなかった」

「…………」

「今は――少しでも思い出したら……俺も、それから柚ちゃんも。加蓮が言い出すのを待ってるからな。……はは、無理強いなんて遠慮するなよ? 16歳をプロデューサー代理にすることよりはよっぽど簡単だよ」

「……Pさん……柚…………」

柚が、歌っている。つい10分前まで弾ける笑顔だった少女が、柔らかな笑顔で奏でるバラード。まるでキャラじゃないけれど、でも、先ほどとは違う意味で完成された舞台だった。
客席はうっとりと見惚れていた。
泣いている人もいた。

……サプライズも、そうだけど。柚のこんな姿なんて一度も見たことがない。


「ねえ、Pさん。……柚、この歌を歌うまで、どんくらい練習した?」

「さあなぁ。トレーナーさんから聞いただけだけど相当の練習をしたらしい。かなり困らされたって苦笑いで言ってたっけなぁ」

「…………」

「あ、俺はトレーナーさんに依頼出して報告を聞いてただけだぞ。柚ちゃんの担当は加蓮だからな。やり過ぎるとお前、絶対にむくれるだろ」

「…………」


得意なことはどこまでも得意で誰よりも早く身に付ける代わり、苦手なことがあったらすぐに音を上げる。
楽しそうなことにはなんにだって興味を示すけれど、興味のないことにはすぐに飽きてしまう。

柚はそんな子だし、欠点を指摘して疲れさせるのも嫌だったから、今までずっと柚に向いた仕事を選んできていた。
そんな柚が。
明らかに得意分野とは異なる私の歌を、これほどまでに完璧に仕上げるまで。
どれくらいの――

…………前言を、撤回しよう。
ここはゴールなんかじゃない。
やり遂げてなんていない。

まだまだこれからだ。この世界には、アイドルの世界には私の知らないことがいっぱいある。狭い世界の話だけで終わらせようなんて馬鹿げているにも程がある。
それに……私は約束したんだ。
病気を治して、一緒にアイドルをやろうって。

一筋だけ流れた涙を、強引に拭った。2番を歌い出した柚に、大きく首を縦に振る。
何も終わっていないんだ。約束を叶えよう。行けるところまで行こう。
終わった気になって満足するのは早い。まだまだこれから、

"どくんっ"

「っ…………」

また、心が、大きな音を…………。

……。

…………。

……。

…………。

――4月 事務所――

柚「あずきチャンとのLIVE♪ すっごい楽しみだなっ」

桃井あずき「えへへっ、あずきも同じ! 名前は何にしよう。う~ん、仲良し大作戦?」

柚「えー、あずきチャンそれ単純すぎっ。せっかくだからこう、もっと派手な名前にっ」

あずき「じゃあ、みんなで仲良し大作戦! は、あずきと柚ちゃんしかいないから、みんなじゃないよね。う~ん。ふたりは仲良し大作戦とか!」

柚「おっいいねそれ!」

あずき「みんなでおそろいステージ大作戦は、また次までのお楽しみね!」

柚「お楽しみ大作戦だっ♪」

あずき「あっ柚ちゃん、それあずきのセリフ~」

<ワイワイ
<ワイワイ

<スタッ

加蓮「盛り上がってるところにごめん。柚、そろそろ仕事の時間だよ。現場入りしなきゃ」

柚「えーもうそんな時間? 加蓮サン加蓮サン、あと5分っ」

加蓮「そう言って50分くらい寝てるんでしょ~?」

柚「それはお布団の時間だーっ」

あずき「あははっ♪」

加蓮「先に言ったの柚でしょ! はいはい、さっさと支度!」

柚「はーいっ」パタパタ

加蓮「もうっ……。ごめんねあずきちゃん。せっかく来てもらったのに慌ただしくて」

あずき「いえいえっ♪ ホントに柚ちゃんから聞いた通りの人なんですね!」

加蓮「それ穂乃香さんにも言われたよー」

あずき「プロデューサーさん、えっと、加蓮さん? も一緒にっ、えーっと……だ、大作戦にすることが思いつかない!?」

加蓮「…………大作戦?」

<タタッ

柚「ただいま! 準備オッケー、台本バッチリ! 加蓮サン、行こ!」

加蓮「早っ。じゃあ私たちは」

あずき「あっ、じゃあそこのバス停まで一緒に! ……思いついた! ちょっとだけ一緒に歩きましょう大作戦! いい?」

柚「もちろんっ。いいよね、加蓮サン!」

加蓮「ふふっ、どーぞ」

あずき「やったっ!」

――外――

あずき「じゃあ私はここで! 柚ちゃん、加蓮さん、撮影頑張ってね! あずきも応援しています♪」

柚「あずきチャンの応援があれば百人力だっ」

加蓮「おー珍しい、柚がちゃんと言葉を使ってる」

柚「なにそれ!? アタシがバカだって言いたいのー!?」

加蓮「え? うん」

柚「真顔で言うの禁止! ここ、こー見えてもアタシ赤点取ったことないんだからね!」

加蓮「それ私が教えてるからでしょ」

加蓮「……そういえば学業とアイドルの両立の話とか、プロデューサーならやるべきだったっけ……すっかり失念してた。じゃあ明日にでも」

柚「加蓮サン加蓮サン。……秘密にしといた方がいいことってあると思うな?」

加蓮「つまり見せられない成績表だと」

柚「個人情報ナントカ法!」

加蓮「うん、今度はいつもの柚だ」

柚「どういう意味ー!?」

あずき「あのぉ~……2人とも、仲良し大作戦なのはいいけど時間はいいの?」

柚「そうだった! もーっ、加蓮サンが余計なこと言うから!」

加蓮「はいはい私が悪かった悪かった。じゃあまたね、あずきちゃん」

柚「まったねー!」

あずき「ばいばーい!」

<テクテク
<テクテク

柚「~~~~♪」

加蓮「…………」

柚「あれっ?」

加蓮「……? どしたの? 忘れ物?」

柚「ううんっ、そうじゃなくて。加蓮サンとこーして歩くの、なんだかすごく久々カモ?」

加蓮「そうだっけ」

柚「そういえば加蓮サン、ここんとこアタシの現場に来てくれてない!」

加蓮「……最近は柚だけでも大丈夫だって思えるようになったからね」

柚「そ、そお? じゃあ今日はなんでついてきてくれたの? あっ、柚的には大歓迎! むしろずっと着いてきてほしいな。その方が楽しいに決まってるしっ」

加蓮「今日はまあ……ちょっと気まぐれみたいなものだよ、うん」

柚「加蓮サンってそういうタイプだっけ?」

柚「あっ加蓮サン! あそこのスイーツショップ新作を発表だって!」

柚「現場に入る前に甘いものくれたらアタシもっと頑張れるけどなー、加蓮サンに任されても大丈夫なくらい頑張れるけどなーちらっちらっ」

柚「あ、あれ? そうなったら次からずっとアタシ1人? ……どうしよ加蓮サン!」

加蓮「柚ってたまにすごい方向に話題持ってくよね……残念ながら柚があずきちゃんと喋ってる時間が長すぎたので寄る暇はありません」

柚「えーっ!? ……って加蓮サン、今ウソついた! アタシ知ってるもん。今ならまだ10分くらい余裕があるしっ、それに今日の監督サン、他のアイドルの子が遅れて来てても笑って許してたっ」

加蓮「柚。ああいうのは、顔は笑ってるけど目が笑ってないタイプなんだよ。油断しちゃダメ」

柚「それは分かるけど、でも……」

加蓮「……はいはい。すぐに買えるのがあったらね」

柚「やったー! 加蓮サンやっぱり優しいっ」

――スイーツショップ・外――

<どれにしよー。時間がないのに悩んじゃうなー

加蓮「…………」


――ずきっ


加蓮「んっ…………」メヲオサエ

加蓮(……今日は事務仕事、そんなにしてないのに。目がやたら疲れてる)

加蓮(それにちょっと歩いただけなのに、座り込みたくなるくらいに……)

加蓮(体調、少し崩してるかな。気をつけよ……)

柚「ただいまーっ! まだ時間大丈夫だよね!?」

加蓮「おかえり。大丈夫大丈夫。シュークリームにしたんだ」

柚「これなら歩きながらでも食べられる♪ はい加蓮サンっ!」ズイ

加蓮「……私の分も?」

柚「あったりまえじゃん! 2人で一緒に食べよう大作戦! あっあずきチャンっぽく言っちゃった」モグモグ

加蓮「じゃあ、いただきます……」モグ

加蓮「……………………!?」

加蓮「うぷっ……」

柚「うまーっ♪ ねね、加蓮サン。帰りにもここ寄ろう! 帰りの時はショートケーキ買って、事務所に持って帰ってみんなでパーティー――」

柚「……加蓮サン? どしたの?」

加蓮「う、ううん……」ゴクン

加蓮(なに、これ……? 甘いのは確かに苦手だけど、でも、こんな吐き気がするほどじゃ――)

加蓮「あはは……ちょっと一気に入れすぎちゃったかも……」

柚「なにそれ? 加蓮サン、ドジだ! そんなことしてもシュークリームは逃げないよ?」モグモグ

柚「……あーっ! さては先に急いで食べて、アタシの分まで横取りする気かーっ」

加蓮「そこまでがめつくないよ……」

柚「そっかっ。そうだったカモ。加蓮サン、いっつも差し入れとかアタシに食べなさいって言ってる」

加蓮(……………………)

柚「ね、加蓮サン。あのね――」

柚「そのー、加蓮サンももっとワガママ言っていいかもー、なんてっ」

加蓮「……柚?」

柚「や、その、ほら。アタシいっつも加蓮サンにワガママ言ってるじゃん。今もほら、スイーツショップ寄ろうって……」

柚「アタシだけがワガママ言ってるのってなんかヤダ! 加蓮サンもその……ほら、もっとアタシに言ってみて! きっと叶えてみせるからっ!」

加蓮「……あはは。じゃあ、もっと真面目にレッスンやってほしいなー?」

柚「うぐ」

加蓮「トレーナーさんから、成果はいいんだけど気分屋すぎて困るって報告を受けてるんだけどな?」

柚「そ、それはその、……アタシにできる範囲で!」

加蓮「ふふっ。大丈夫。アタシだって柚には無理させてるし、アイドルとして頑張ってくれるだけで十分だよ」

柚「そっかっ。じゃあアタシ頑張るね! あ、でも何かあったら言ってね。もっと頑張ってみるから! ……できる範囲でっ」

加蓮「思いついたらねー」

――現場――

柚「じゃあ行ってきますっ! アタシの活躍、その目に焼き付けておきなさーい! なんちゃってっ♪」

<タタッ

加蓮「行ってらっしゃい……」フリフリ

加蓮「…………」

加蓮「…………」ハァ

加蓮(……手頃なパイプ椅子を引き寄せて座る。どっと疲れが湧き出てくる)

加蓮(気怠い。1日の終わりにこうなることは多いけれど、今はまだ午後2時――)

加蓮(…………)

<あ、プロデューサーさん。少しいいですか?

加蓮(ん…………)

加蓮「はい……何ですか?」スクッ

<番組のここの部分と……あと次回収録についてですが――

加蓮(……………………)

――事務所(日曜日)――

柚「おっはよーっ♪ へへっ、来ちゃった。加蓮サン遊ぼ!」

加蓮「あ、柚……遊ぼって、見ての通り私は仕事中なんだけど?」

柚「加蓮サン仕事しすぎ! ほらほら、3時はおやつの時間♪ たまには息抜きも必要だぞーっ」グイグイ

加蓮「そんなこと言っても……」

P「そうだな。加蓮、たまには休んだらどうだ? お前ここんところずっと出勤してきてるだろ」

加蓮「……プロデューサーってそういうもんじゃないの?」

P「アホぬかせ。俺だって週一で休んでるよ」

加蓮「それはPさんが事務仕事しかしてないからでしょ……っていうか、担当いなくて事務仕事だけでも週一しか休んでないんだ。Pさんこそもっと休んだら?」

P「今のお前には言われたかねーよっ」

柚「じゃあ、加蓮サンもPサンもお休みってことで! アタシが今決めたっ。3人で遊びに行こ!」

加蓮「うーん……ごめんね柚。どうしても今日締め切りの書類があるんだ。それは片付けないと――」ズキッ

加蓮(……痛っ……目が、やっぱり変……)

P「加蓮? ……おい加蓮!?」

加蓮「な、何よPさん。大げさだな……」

P「やっぱお前、疲れてんだろ。書類ならこっちで巻き取って出しとくから今日は休め」

柚「そーだそーだ!」

加蓮「……もう……。私の分までやったら、Pさん今日は徹夜確定だよ?」

P「俺のことは気にするなー、いいから先に行けー」

柚「あっそれマンガで見た!」

P「男なら一度は言ってみたいセリフ、不動の第一位だな」

加蓮「でもそれ、言った側に死亡フラグが立ってるよ?」

P「知らないのか加蓮。プロデューサーは不死身なんだ」

加蓮「じゃあ私も不死身じゃん」

P「不死鳥だって飛び回った後は巣に戻って寝るだろ。そういう時間が必要なんだよ」

柚「見たことあるの?」

P「ない」

加蓮「はいはい……もう。じゃあPさん。……ごめんけど、これ、お願いね」ドサッ

P「おう! ……加蓮の為に無理するのも久々だな。今日はドリンク漬けでやるか!」

柚「おっ、Pサンがやる気モードだ! 前のPサンって加蓮サンのプロデューサーサンなんだっけ?」

P「そうだったよ。思い出すなぁ、最初の頃の加蓮はもう取り付く島もないくらい――」

加蓮「待ってPさん、その話は禁止! ……柚の前では特に!」

柚「昔の加蓮サン!? なにそれ聞きたい!」

P「初めてのレッスンの時などは、」

加蓮「柚、行くよ! 事務所じゃ休むに休めないでしょ、どこでもいいから早く!」

柚「ぎゃー加蓮サンに連れ去られるーっ。Pサン、後で教えてねっ♪」

加蓮「教えたら1週間くらい徹夜させるからねPさん!」

P「おーう行ってこーい」

<バタン!

――喜多見柚の家――

加蓮「外に遊びに行くんじゃなかったの?」

柚「それでもいいんだけどー、加蓮サンお疲れみたいだったから! 今日はいっしょに、ゴロゴロしよー」ゴロゴロ

加蓮「…………ん」ヨコニナル

柚「そーいえば加蓮サン、アタシの家に来たの初めてだっけ。どうどう? アイドルの家って感じする?」

加蓮「アイドルの家、って感じはないかなぁ……柚の家って感じだ」

柚「そっかっ」

加蓮「……あのブサイクなぬいぐるみ、何? あんなの持ってた?」

<ピニャ

柚「あー、あははー、あれはえっと、ぴ、ぴにゃ……なんだっけ? ……ぴにゃ!」

加蓮「鳴き声?」

柚「そおじゃなくてー。あ、思い出したっぴにゃこら太だ! そういう名前のキャラクターなの。穂乃香チャンが大好きなんだ!」

加蓮「え、穂乃香さんが……?」

柚「うん、穂乃香チャンが」

加蓮「そうなんだ。穂乃香さんが、ねぇ。ちょっと意外」

柚「穂乃香チャン、ぴにゃのことになるとすごいんだよ! 前に見た時はベンチに座って、こう、これくらいのサイズのぬいぐるみをさ」コレクライ

柚「ぎゅーって抱きしめて、なんかナデナデしてたもん」

柚「そういう趣味あるんだー、って思って話しかけたら、なんか語りだして」

柚「あそこで忍チャンが来なかったらどうなっていたことか」ヤレヤレ

加蓮「あはは……ホントに意外な趣味……」

柚「忍チャンがね、またかって顔してたっ。なんか忍チャンと穂乃香チャンのプロデューサーサンと顔が似てるんだって。ぴにゃのブサイク顔」

柚「じゃーブサイクだ! って言ったら今度は忍チャンも穂乃香チャンも怒り出すし。もー訳分かんないよね」

柚「そんでそんで、ちょっと前にゲーセン行ったらぴにゃのぬいぐるみの前で穂乃香チャンが動かなくなって。しょーがないから取ってあげたら、みんなの分ですって言われて渡されちゃって!」

柚「でもこう、こういう風にぎゅって持ってたら落ち着くような――はっ! あ、アタシ穂乃香チャンに洗脳されちゃってる!?」

柚「…………って加蓮サン? おーい、加蓮サン。聞いてるー?」フリフリ

加蓮「ん……聞いてる、聞いてる……」メヲコスリコスリ

柚「……加蓮サン眠たいの? しょーがない、柚のお布団を貸してあげる。じっくり眠れるよ! アタシもよく遅刻しちゃいそうになってお母さんにどやされちゃうんだ」

柚「はい、加蓮サン!」ファサッ

加蓮「ありがと、柚……、…………」zzz

柚「もう寝ちゃった。そっかー、加蓮サンはそんなにお疲れだったかー」

柚「…………」

柚「…………」ツンツン

加蓮「ぅん…………?」プニプニ

柚「はっ。ついやっちゃってた! もー、加蓮サンが無防備だからいけないんだぞっ」

加蓮「…………くぅ…………」zzz

柚「…………」

柚「……アタシもお昼寝しよーっと」

柚「くぅ」zzz



……。

…………。

加蓮「…………ううん……?」ガサゴソ

加蓮「…………?」ボー

加蓮「ここ、どこ…………?」

加蓮「…………」キョロキョロ

加蓮「…………」テサグリ

加蓮「ん?」

柚「ぐおー、ぐおー……」zzz

加蓮「柚……?」

加蓮「…………あ、そっか……柚の家、だっけ……」

加蓮「寝ちゃってたか、私……ええと、スマホ、スマホ……」ガサゴソ

<22:19

加蓮「!?」ガバッ

加蓮「ちょ――柚、起きて! 柚! もう夜!」

柚「んー、加蓮サン、うっさい……」

加蓮「もう10時なんだけど!?」

柚「じゅーじ? …………10時!?」ガバッ

柚「アタシの晩ご飯は!?」

加蓮「起きて最初に言うとこそれ!?」

加蓮「やっば……ごめん柚、私寝すぎてた!」

柚「加蓮サンったらアタシのお布団に入るなりすぐに寝ちゃってたよー」フワァ...

柚「あっそうだ、加蓮サンも晩ご飯一緒に……って、アタシの晩ご飯ー!」ドタドタ

<ご飯まだあるー!?

加蓮「ちょ――柚、起きて! 柚! もう夜!」

柚「んー、加蓮サン、うっさい……」

加蓮「もう10時なんだけど!?」

柚「じゅーじ? …………10時!?」ガバッ

柚「アタシの晩ご飯は!?」

加蓮「起きて最初に言うとこそれ!?」

加蓮「やっば……ごめん柚、私寝すぎてた!」

柚「加蓮サンったらアタシのお布団に入るなりすぐに寝ちゃってたよー」フワァ...

柚「あっそうだ、加蓮サンも晩ご飯一緒に……って、アタシの晩ご飯ー!」ドタドタ

<ご飯まだあるー!?

加蓮「柚――……もうっ」ハァ

加蓮「…………」

加蓮(……なんだ、これ……!?)

加蓮(柚の家に来たのは……確か、事務所を出たのがだいたい2時だから……30分も歩いてないし……)

加蓮(短くても7時間も寝てたの、私……!?)

加蓮(しかも恐ろしいのが――)

柚「加蓮サン、晩ご飯あるって! それとお母さんが加蓮サンも一緒にって言ってたっ♪ さーさー、晩ご飯の時間ですよー」グイグイ

加蓮「柚……」ズルズル

柚「加蓮サン、自分で歩きなさーい!」

加蓮「……ん…………」

加蓮(これだけ寝て……まだ眠いし、まだ疲れてる……)

――翌日・街中(月曜日)――

柚「今日も加蓮サンと一緒だっ。前はアタシに任せるって言ってたのにどしたの?」

柚「ははーん、さては加蓮サンも寂しくなっちゃったんだね! アタシがいっつもいないから!」

加蓮「…………ま、ちょっとね」

柚「でもなんだか変なカンジ! 学校休んで、こーして加蓮サンと歩いてるのって。前のアタシじゃ絶対なかったからっ」

加蓮「あはは……」

加蓮「学校か。ここんとこもう全然通ってないなぁ……ずっと忙しかったもん」

柚「そういえば加蓮サンの制服ずっと見てない! う~~~~~ん」

加蓮「……何に悩んでんの?」

柚「え? アハハ、えっとね。加蓮サンの制服も見てみたいけど、スーツ着てアタシと一緒にアイドルやってる加蓮サンもいい感じだから」

柚「捨てがたいな~、迷っちゃうな~、って。ちょっとゼイタクな悩みだっ」

加蓮「ふふっ。一緒にアイドル、か……」

柚「あっ、そっか。今はアイドルとプロデューサーサンだね! でもいつかは、一緒にアイドル♪」

加蓮「そうだね。そんな日が来るといいね……」

<テクテク
<テクテク

柚「もうちょっとしたらこの撮影も終わっちゃうね。アタシけっこう好きだったんだけどなー。監督サンいい人だし、いろんなスタッフサンいて面白かったし」

柚「終わっちゃうの、ちょっとだけ寂しいな」

柚「……なーんてっ。悩むなんてアタシらしくないっ。だよね、加蓮サン!」

加蓮「…………」

柚「加蓮サン?」

加蓮「え? あ、あはは、そうだね。柚らしくないね」

柚「…………?」

加蓮「柚はこう、次だー、やるぞー! みたいに構えてなきゃっ」

柚「そーそー。ってことで加蓮プロデューサーサン、次の仕事も楽しみにしてるよっ♪」

加蓮「困ったなー、プレッシャーだなー。アタシ実はそーいうの弱くてさー」

柚「…………」キョトン

加蓮「コラ、何言ってんのって顔すんなっ。私だって緊張する時には緊張するんだから」

柚「そっかなー」

加蓮「大丈夫。柚の仕事はずっと、私が取ってきてあげるから……」

柚「うんうんっ。加蓮サンとならどこまでもいけるね! って、どこまでいけるんだろ? うーん……トップアイドル?」

柚「トップアイドル目指しちゃう? 加蓮サンとならそれも悪くないかなー? どおどお? アタシ、トップアイドルになれる?」

柚「あ、でも加蓮サンがアイドルになったら加蓮サンもライバルになっちゃう。もしかしたら忍チャン達もライバル……?」

柚「……や、やっぱトップアイドルはもうちょっとだけお預けっ。い、いい? やっぱ、だめ?」

加蓮「……どっちでもいいよ。柚の、やりたいようにやろう。ずっと前からそう言ってるでしょ?」

柚「そうだった! じゃあ今は、もーちょっとフリルドスクエアで楽しく♪ それと、加蓮サンとも楽しくっ」

加蓮「うん。ゆる~くやっていくんでしょ?」

柚「ゆる~く。そうそう、ゆる~く」

<テクテク
<テクテク

柚「あっ、赤信号」

加蓮「…………」ボー、テクテク

柚「…………って加蓮サン!? あ、赤信号だよ! 車に轢かれちゃうよ!?」グイ

加蓮「え? ……わっ!?」

<ププーッ

加蓮「びっくりしたぁ……! ごめんごめん。ちょっとぼんやりしちゃってた……ありがとね、柚」

柚「ううん。加蓮サン、だいじょぶ? ……も、もしかして昨日のアタシのいびきがうるさくてあんまり寝られなかったとか!?」

加蓮「大丈夫だってば……。いびきはうるさかったけど」

柚「ギャー! ごごごごめんっ。うー、恥ずかしいっ」

加蓮「うるさすぎて鼻と口を塞いでやろうかって思ったよ」

柚「それだと柚死んじゃうよ!?」

加蓮「大丈夫大丈夫。柚なら大丈夫」

柚「どゆこと!?」

……。

…………。

柚「青信号だっ。そろそろ現場に着いちゃうし、ここでアイドルモード! ささ、今日も楽しんでいこっ。ファンのみんなとー、スタッフサンと、あと加蓮サンも!」

加蓮「うん……今日も期待してるね、柚」

柚「あいあいさー!」タタッ

加蓮「あ、こら、ちょっと待ちなさ――」テクテク

――ずきっ

加蓮(っ……!)

柚「加蓮サンおそーい!」

加蓮「走れないんだから、ちょ、待ってよっ……」テクテク

――翌日・事務所(火曜日)――

柚「ただいまーっ!」

加蓮「ただいま、戻りました……」フゥ

P「おかえり、加蓮、柚ちゃん。撮影はどうだ?」

柚「お昼からずっとだったから疲れちゃったけど、でも結果はバッチリ! だよね、加蓮サンっ」

加蓮「柚が4回くらいカット食らってたね。セリフ飛んだのと噛んだのと転んだのと、あとは――」

柚「わーっ! な、なんで覚えてるのっ。アタシの恥ずかしいことばっかり~!」

加蓮「プロデューサーだもん、覚えてて当然……」ズキ

加蓮「……っ……」

P「……加蓮?」

加蓮「あ、あはは。ちょっと疲れちゃった……。でも、報告書を作らなきゃ……」

P「加蓮」

加蓮「柚の活躍、たくさん書かなきゃね。もっと仕事がいっぱい来るように――」

P「加蓮!」柚「加蓮サンっ!」

加蓮「!」ビクッ

加蓮「……な、なに?」

P「加蓮。報告書は明日でいい。もう夕方だし、今日は帰って休め」

柚「そーそーっ。あ、そうだ、またアタシの家でお泊り会やる? お母さんももっと加蓮サンと話してみたいって言ってたし、そうだ、今日はシチュー作るって言ってた!」

柚「いきなり加蓮サンが来てもきっとだいじょーぶ! だからほらっ、行こ? ねぼすけ加蓮サンはアタシが起こしてあげるから!」

加蓮「あはは、いいってば……でもそっか、シチューかぁ」

柚「おっ、気になっちゃう感じ?」

加蓮「あはは、ちょっとだけっ? 前に柚の家でもらった晩ご飯、すごく美味しかったからさ~」

柚「じゃあまた一緒に食べよう! 大丈夫大丈夫。加蓮サンが意外とくいしんぼだってことは知ってるから♪」

P「あ、それ俺も知ってる」ハイ

加蓮「……柚のお菓子好きには負けるよ、もう超大負けだよ」

柚「じゃあ加蓮サン頑張ってもっとくいしんぼになろう♪ ほら、加蓮サン、負けるの大っ嫌いって言ってたしっ」

加蓮「やー、実力差がありすぎてやる気にもならないなぁ」

P「その方がむしろ燃えるタイプだろ何言ってんだお前」

加蓮「Pさんうっさい」

P「はっはっは」

柚「Pサンも一緒に来る? あ、でもいきなり男の人が来たりしたらお母さんに誤解されちゃうかもっ。でもみんなで晩ご飯も食べたいしー、うーん」

加蓮「それ以前に男の人を家に連れ込んだら一発でスキャンダルでしょ」

P「ちょっと疲れてるから迎えに来てーってしょっちゅう言ってたお前が言うと変な感じがするな」

加蓮「昔の話は禁止だってばー! ホントに徹夜させるよ!?」

P「おっとつい」コウサンノポーズ

柚「スキャンダルは困っちゃうなー。じゃあ今日は加蓮サンだけ! Pサンの分はー、事務所に持ってくるってことで! そんでみんなでお昼ごはんだ。いいっ?」

P「はは、ありがとうな柚ちゃん」

加蓮「でもアンタ、明日と明後日は夕方からのレッスンだけだから学校に行くんじゃ……」

柚「そーだった! 金曜日……は撮影だ。じゃあ土曜日! えとっ、お昼からの撮影だったハズ! だよね加蓮サンっ」

加蓮「そーだね。その日のお昼ごはんなら大丈夫なんじゃない?」

P「おし。じゃあ俺も久々に手料理を振る舞うか!」

加蓮「Pさんって料理できたの?」

P「おう。チャーハンだけだが」

加蓮「ふーん。男の人って感じだ…………」

――ずきっ

加蓮(っ…………)コメカミオサエ

柚「で、どうなったんだっけ? えっと……そうそう、加蓮サンを喜多見家にご招待♪ 急がないと日が暮れるぞー?」グイグイ

加蓮「もう……。ごめんねPさん。報告書、明日出すから……」ヒキズラレ

P「おーう」

――翌日・事務所(水曜日)――

加蓮「…………」カタカタ

P「…………」カタカタ

加蓮「…………よしっと。Pさん、報告書できたよ。はい」

P「おう、すぐに見とく――っておい加蓮。これ、日付が昨日になってるぞ」

加蓮「げ……」

P「ああ、ぜんぶチェックしてからでいいよ。別のミスもあったら一気に修正した方が楽だろ?」

加蓮「そだね。チェックお願い、Pさん」

P「おーう。少しは休憩しろよー?」

加蓮「分かってまーす」

加蓮「…………」カタカタ

加蓮「…………」メールチェック

――ずきずきっ

加蓮(っ…………)

加蓮(……大丈夫、大丈夫……ずっと柚のプロデューサーをやってきたんだ。いつか一緒にアイドルやるって約束してるんだ)

加蓮(大丈夫――大丈夫……)

加蓮(柚だって上向きの絶好調なんだ。焦ることなんて、何もない――)

――ずきずきっ

加蓮(大丈夫……っ……! 頭が痛いのだって、ただの風邪で……)

――どくんっ

加蓮(心臓がうるさいのだって、ちょっと調子崩してるからで……!)

加蓮(今日こそ……寝たら治るんだ……。家に帰って寝たらまた、いつもの私になっていて)

加蓮(走ることはできないけど、夜になったらもうヘトヘトだけど、でもそんな私と上手く付き合っていくんだ)

加蓮(今すぐアイドルには戻れないかもしれない。でも、プロデューサーならできる)

加蓮(柚の面倒を見ながら、ちょっとずつ回復して、そしていつか――)

――どくんっ

<ガチャ

柚「こんにちはーっ! あっ加蓮サン! 時間大丈夫だよね!? へへっ、ちょっと友達に捕まっちゃってた。まだレッスンの時間じゃないよね?」

加蓮「柚……ふふっ。大丈夫、まだ、10分前――」

柚「って加蓮サンどしたの!? 汗びっしょり!」

P「!」

加蓮「あはは……どうしてだろ。ほら、最近ちょっと暑くなってきたし……そのせいかもね……」

P「本当だ……! お前どうしたんだこの汗、普通じゃないぞ!?」

加蓮「Pさん……あんまりジロジロ見ちゃダメだよ。こら、そんな近くから見んなっ」

P「…………なあ加蓮。お前、最近ちゃんと病院に行ってるか? 検診を受けてるか?」

加蓮「そんな暇どこにあるの。私は平気だし、柚を見てなきゃ……今日だって、レッスン見てないとこの子すぐにサボるんだよ。面白くなーい、とか言って」

柚「や、やだなぁ加蓮サン、最近はそんなにサボってないもんっ」

加蓮「とにかく私は大丈夫だから。柚も。時間も大丈夫だから、ほら、ゆっくり準備して行くよ。トレーナーさんが待ってるから早く行かなきゃ……」

柚「う、うんっ。着替えてくるね!」タタッ

<バタンッ

P「お、おい加蓮? 言ってることがメチャクチャだぞ!? ちょっと休め、柚ちゃんなら俺が見とくから――ああそうか、暑いんだったな。クーラー、はまだつけるなって言われてるし、くそ、部長あたりにでも連絡をして特別にこの部屋だけ――」

加蓮「いいってば……。私をプロデューサーにした時、メチャクチャ無理を言ったんでしょ? いいって」

加蓮「とにかく私は大丈夫だから。……ね?」

P「…………だがな……」

<バタンッ

柚「準備オッケー! 加蓮サンは……えっと、大丈夫、なの……?」

加蓮「大丈夫。さ、行くよ柚。今日こそサボらせないんだからね」グイグイ

柚「わ、わっ、こける、こけちゃうっ。待って加蓮サン!」ヒッパラレ

<バタンッ

P「加蓮…………」



加蓮(そう、大丈夫。昨日も今日も明日もちゃんと続いていく。ちょっと体調を崩してるだけだ。すぐに治る)

加蓮(何も、焦ることなんてないんだ――)

加蓮(何も――)

加蓮(何も…………)

加蓮(…………)


その時間は、本当に続くの?

――レッスンスタジオ――

加蓮「あれ、トレーナーさんまだ来ていないね」

柚「早く来すぎちゃったかも? じゃーアタシストレッチやっとこーっと」グイッグイッ

加蓮「…………」

加蓮(…………)

加蓮「…………ねえ、柚」

柚「んー?」

加蓮「その……トレーナーさんが来るまででいいからさ、ちょっとだけ……」

加蓮「ちょっとだけ、振り付けの確認だけでいいからさ」

加蓮「その……私も一緒にやってみていい?」

柚「加蓮サンも?」

柚「…………」エーット

柚「!」

柚「ってことは、加蓮サンもアイドルやるの!?」

加蓮「ほら――約束、したからさ。約束は叶えなきゃ」

加蓮「柚みたいなぎゅいぎゅいしたダンスは今すぐできなくても、ちょっとずつなら……やらなきゃ…………」

柚「やったーっ!! やろやろ! 今日から加蓮サンもアイドルだ! きっと奈緒サンも喜ぶよ! あと、凛サン? って人も!」

加蓮「うん……奈緒とも約束したもんね。凛にだって、いつか病気を治して戻ってくるって言ってるし――」

柚「アタシもアタシも!」

加蓮「もちろん。柚と一緒にアイドルやるって、それも約束」

加蓮「よいしょ、っと。えっと、ステップってこんな感じだっけ?」タッタッ

柚「そうじゃないよー。こう、びしっ、びしって感じ!」ビシッビシッ

加蓮「ん……あはは、久しぶりだから難しい、」

――どくんっ

加蓮「ね………………」ドサッ

柚「……………………え………………?」



――大丈夫。
昨日も今日も明日も明後日も1週間後も1ヶ月後も1年後も、ずっと続いていくんだから。
何も、焦ることなんてないんだ。
何も――

だから。

やれる間にやれることを、なんて、考えなくてもよかったのに。


柚「…………加蓮、さん? 加蓮さん!? どしたの、加蓮さん!? ねえっ!!」


それとも、私は、本当は、

――病院――

……。

…………。

………………。

加蓮「…………ん……」

加蓮「…………」キョロキョロ

加蓮(白い天井。無機質な部屋。清潔すぎる臭い)

加蓮「げぇ…………」

加蓮(……病院の一室だ。昔、私がお世話になっていた場所)

加蓮(担当の医師が、この部屋はいつでも私用に空けている、とか言っていたが……あれは冗談じゃなかったのか)

加蓮(冗談じゃない)

加蓮「ん…………」チラ

加蓮「4時…………」

加蓮「……よいしょ、っと……」


――どくんっ!


加蓮(っ…………)

加蓮「テレビを点けて、っと……」

<金曜日、夕方のニュースを――

加蓮「金曜日?」

加蓮(確か、柚の家にお邪魔したのが日曜日。撮影についていって、その次の日に……月、火、水……)

加蓮「2日も経ってる!? 待って、撮影、あとレッスンっ。柚――!」


――どくんっ!


加蓮「うるさいッ!!」


……。

…………。

………………。

<コンコン

「北条さーん、そろそろ起きて――え?」

「…………え?」

――事務所への道――

加蓮(病院なんかに閉じ込められててたまるか。今の私はプロデューサーだ。あんな何もできないところにいる暇なんてない)テクテク

加蓮(身体はガタガタだけど、大丈夫。今までだってこういうことはあった)テクテク

加蓮(アイドルをやってた時だって――あの日が来るまでは、ちゃんとこの身体と付き合ってきた。すぐにバテるけど、すぐにできないことにぶつかるけど、でもちゃんとアイドルをやっていた)テクテク

加蓮(プロデューサーになってからだって……確かにすぐ疲れることに変わりはなかったけど、でも今までやれてきたんだ)ハァ、ハァ...

加蓮(大丈夫。事務所に戻って、それから、いつも通りにプロデューサーを続けよう)テクテク

加蓮(焦ることなんてない。時間なんていくらでもあるんだ。倒れた時は――ありえない想像につい焦っちゃっただけだ)ハァ、ハァ...

加蓮(歩いて、歩いて、そしていつか、柚の隣に――)テクテク

――事務所――

<ガチャ

P「……! か……れん? おい加蓮!? お前、病院に――っていうかおい、加蓮……!?」

加蓮「こんにちはっ、Pさん。ふふっ、ごめんね。ちょっと疲れが溜まっ」


――どくんっ!


加蓮「ちゃっ、って…………」フラッ

P「加れ――」


――ばたん

……。

…………。

……。

…………。

――病院――

「目が覚めたかな?」

……。

…………。

加蓮「ん…………」メヲアケル

加蓮「…………病院……」

「そう。病院だ。いつものキミの部屋」

「久しぶりだね加蓮ちゃん。検診、またサボっていたじゃないか。お母さんとお父さんに叱られちゃうよ?」

「またいつかみたいに病院で怒鳴り合うなんてこと、やってほしくはないんだけどねぇ……」

加蓮「…………」ボー

加蓮「ああ……そういえば最近、やってもらってなかった、っけ……」

加蓮「…………」

加蓮「ねえ……今日、何月何日?」

「キミが運ばれて来て3日後だ」

加蓮「……!」ガバッ

「ストップ」

「主治医として、今のキミを行動させる訳にはいかない」

加蓮「…………」ギロ

「…………」ヤレヤレ

「前に言っただろう? キミは生きているのが不思議な方だと」

「まどろっこしいのは嫌いだったね。じゃあ結論から言おう」

「今日は絶対安静。何があってもそこから動くな。下手に動いたら極太の点滴針で縫い止める」

加蓮「仮にも、医者の言うことか…………」

「キミが今どういう立場にあるかは……プロデューサーさんとやらから聞いたけれど、2度と動けない身体にはなりたくないだろう」

「明日以降は……、…………さて、主治医としては安静にしていろと言いたくなるけど……」

「お陰で子供の隠れ場所に詳しくなってしまった身としては、どうしたものか」

「動くな、と言っても、どうせどうにかして逃げ出すだろ、キミ」

加蓮「…………」ギロ

「分かった分かった。何も言わない。激しい運動だけは厳禁だ。それ以外は――繰り返すが、キミは生きているのが不思議な方なんだ」

「それを肝に銘じていれば、私からは何も言わないでおこうかな」

加蓮「…………」

「……キミが倒れている間に2人のお客さんが来た。昔、キミが大げんかしていたプロデューサーさんとやらと、キミくらいの歳の女の子だ」

「2人ともひどくキミを心配していた。女の子の方は泣くのをずっと堪えていたみたいだね」

「いいかい。キミがどんな行動を取ろうと――主治医としてはともあれ、私個人としては何も言わない。キミが動きたがる気持ちも分かる」

「ただ、覚えておくといい」

「どんな形であれ、人は人と関わりを持つと、自分が自分だけの物じゃなくなる」

「キミが傷つくと、それ以上に傷つく人がいる」

「キミはキミだけの物じゃない」

「何をするべきか、考えるようにね」

「……それとも、もっと直接話法で言った方がいいかい? 慣れたこととはいえ、できれば私はそれを言いたくない。まして幼稚園に入るよりも前の縁のキミには」

加蓮「いい」

「そうか。じゃあ、私は他の患者のところに行ってくるから……少し考えなさい」

「主治医としては絶対安静としか言いようがないけれど――」

「…………では、また後で」

<ガチャ

加蓮「…………」

加蓮「………………ずっと、続いてきたんだ」

加蓮「昨日も今日も明日も、続いていくんだ……」

加蓮「ずっと、ずっと…………」

加蓮「だから――」

加蓮「泣くことなんて、ないんだっ…………!」

――翌日 病院・加蓮の個室(火曜日)――

<ドタドタドタ
<ここは病院ですよ!

<ガチャ

P「加蓮!」柚「加蓮サン!」

加蓮「……Pさん、柚…………」ムク

P「ああ、いい、そのままでいいぞ加蓮、横になっていろ!」

加蓮「そうはいかないよ……2人の顔、ちゃんと見たいもん」

加蓮「ふふっ。何を急いでるんだか。さっき看護師さんに叱られたでしょ。……私が、死んじゃったとでも思ってたの?」

P「お前……お前なああぁ…………!!」

柚「アタシ達ものすごく心配したんだよ! しかも加蓮サンっ病院から逃げて事務所に来たってPサン言ってたしその後にここに来ても合わせられないからって言うし!」

P「なんであんなことしたんだよ! お前……病院から逃げ出すとか! 倒れたならせめて大人しくしとけよ……!」

加蓮「……ごめんなさい」

加蓮「柚のことを思い出したら、いてもたってもいられなくなって」

柚「そんなのアタシぜんぜん嬉しくないっ!!」

加蓮「…………」

柚「ホントだよ! 加蓮サンっ……約束なんてもっと後でいいよ! 後でいいんだから……!」

加蓮「……そうだよね……時間なんて、いくらでもあるのに。ちょっと私、焦っちゃったな」

加蓮「ほら、柚がどんどん遠くに行っちゃうみたいで」

柚「アタシずっと加蓮サンのとこにいるから! 今日も、ほら! 着替え持ってきた! アタシここに泊まるからね!」

加蓮「あのね、そんなこと――」

P「それが加蓮、残念ながら主治医が了承済みだ」

加蓮「……マジ?」

P「あの人すげえな。柚ちゃんががっくがっく揺さぶっても微動だにせず了解してくれたからな」

柚「オトナの女の人って感じだったね。とにかく加蓮サン、アタシずっとここにいるからね!」

加蓮「……ふざけんな。アンタはアイドルでしょ」

柚「加蓮サンの友達だもん!」

加蓮「…………」

柚「…………」

加蓮「…………今日だけだよ。まだ撮影の途中でしょ? 明日からは、現場に行きなさい」

柚「でも――」

加蓮「柚。アイドルが向かないといけないのは、どっちの方?」

柚「……………………わかった」

加蓮「ん。よろしい」

加蓮「……その、こういうこと、よくあるんだ、私。最近は安定してたけどな……」

加蓮「昔、小さい頃なんてホントに入退院を繰り返してたの。そういえば話してないんだったっけ」

加蓮「心配させてごめんね、柚」

柚「ホントだよ! 加蓮サンが倒れた時とかもうホント、どしたらいいのか分かんなかったもんっ……」

柚「ねえ加蓮サン……加蓮さん。大丈夫、なんだよね? 死んじゃったりしないよね? いなくなったりしないよね……?」

加蓮「……もし、私が死んだら」

柚「――っ」ブルブル

加蓮「……そっか。じゃあ、死ぬ気で生きなきゃ。死ぬ気で生きて、柚をプロデュースしなきゃ」

P「加蓮。主治医からは何か聞いているか?」

加蓮「何か、って?」

P「……いや、いい。全快するまでゆっくり休んでろ。その間のことは俺がやるから」

P「加蓮がいない間は臨時で柚ちゃんにつくけど、それくらいは許してくれよ」

柚「えとっ……う、うん、分かった。お願いします、Pサン!」

加蓮「残念だねPさん。柚はPさんよりも私の方が好きみたいだ」

P「これは一本取られたなぁ」ハハハ

柚「え、えーっ、そんなことないよ? もー照れちゃうなっ」

加蓮「ふふっ」

P「ははっ」

柚「……へへっ♪」




P「じゃあ俺は事務所に戻るけど、何かあったらすぐ連絡してくれよ柚ちゃん。飛んで行くから」

柚「あいあいさー!」

加蓮「ちょっと。そこは私に言うところじゃないの?」

P「お前、何かあっても連絡してこねえだろ……」

加蓮「うっわ信頼ないなぁ」

柚「だいじょーぶ、アタシがちゃんと見張っとくから!」

P「頼む。本当は俺もついていてやりたいんだが……加蓮の分の仕事もあるしな。明日も来るからな、加蓮!」

加蓮「むしろ私から事務所に行ってやるっ」

柚「こらーっ! 加蓮サンは絶対安静! 治るまで寝てろーっ」グイ

加蓮「むぅ…………」

P「俺のことは気にするなって。じゃあな」

<ガチャ

加蓮「はぁ…………」

柚「…………」

加蓮「…………柚?」

柚「…………」ギュ

柚「ホントに……大丈夫なんだよね? 加蓮サン」

柚「いなくなったり、しないよね?」

加蓮「……当たり前でしょ。まだまだ、アンタ1人じゃ不安なんだし……それに約束――」

柚「そんなの後でいいよ!」

柚「後でいい、から…………!」

加蓮「……柚が、そう言うなら」

柚「うん……」

加蓮「…………」

柚「…………」

加蓮「…………」

柚「…………」

――翌日 病院・加蓮の個室(水曜日)――

加蓮「…………」(ぼーっと窓の外を見る)

加蓮「…………」

加蓮「…………」

<コンコン

加蓮「どうぞー」

<ガチャ

柚「加蓮サン、いる~?」ソロー

加蓮「柚?」

柚「いた! 加蓮サン、やっほ、ぅ…………」

柚「…………」

加蓮「……? どうしたの? ん~~~今さ、ヒマでヒマでしょうがないから窓の外を見てたんだ。雲が流れてるな~、って」

加蓮「だから柚が来てくれて助かったよ。ふふっ、退屈なんて――」

柚「…………」

加蓮「…………柚? どうしたの?」

柚「う、ううんっ。あのねっ、今日もいろんなことがあって、加蓮サンといっぱい話したいって思ってたんだけど……」

柚「加蓮サン見たら、なんか……」

柚「…………加蓮サンが……どっかに、消えちゃいそうで…………」

加蓮「……柚……」

柚「そ、そーだ! これお土産! 学校の帰りに買ってきたの。アップルパイ! コンビニに売ってたんだっ」

柚「そんでー、こっちがアタシの分! あむっ」パクー

柚「……うまー♪ あっでも前に忍チャンと一緒に行ったお店の方が美味しかったカモ?」

加蓮「…………」ジー

柚「それ、加蓮サンにあげる。一緒に食べよっ」

加蓮「ん……じゃあ、少しだけ」

柚「へへっ」ガサゴソ

柚「はい、加蓮サン。あーんっ♪」

加蓮「あーん……」モグモグ

加蓮(……よかった。前みたいな吐き気はない)

加蓮「って、自分で食べれるよ。子供じゃないんだし……ってシーツにボロボロこぼれてるし! 後で怒られちゃう!」ガサゴソ

柚「もいっこ、あーん♪」

加蓮「あー……」モグモグ

加蓮「いやだから自分で食べられるってば!」

柚「まあまあ。加蓮サンがお仕事してる時もこうやって食べさせてあげるよ?」

加蓮「やめろ! Pさんに大笑いされるし!」

柚「あははっ」

柚「ね、加蓮サン。ちょっと外に出ようよ!」

加蓮「外?」

柚「そそ。ずっとここにいたら息がつまっちゃうよ。アタシとお散歩! それくらいならいいでしょ?」

加蓮「まあ、中庭を歩くくらいなら……歩ける、かなぁ……」

柚「……そんなに、ひどいの?」

加蓮「ひどいっていうか、体力が空っぽなんだ。歩けなくはない……うん、大丈夫だけどね。ちょっとだけなら――」

柚「あ、そーだ! じゃあアタシ"アレ"借りてくる! ちょっと待ってて加蓮サン!」タタッ

<バタン!
<タタタッ
<ここは病院ですよ!
<ごめんなさーい!

加蓮「…………"アレ"って?」

――病院の中庭――

加蓮「そっか、アレって車椅子のことだったんだ」(車椅子に乗ってる)

柚「うんうん♪ ドラマとかでよく見るじゃんこーいうの。アタシやってみたかったんだ」(車椅子を押してる)

柚「でもアタシ乗る方がよかったかも。加蓮サン加蓮サン、交代しない? ちょっとだけ!」

加蓮「何の為にこれ借りてきたのよ……」

柚「えーと、加蓮サンが歩くと疲れちゃうから? ……あ、そっか!」

加蓮「ふふっ」

加蓮「…………でもこれ、落ち着かないなぁ」

柚「そーなの?」

加蓮「自分の足で歩いてたもん。ずっと。昔から入院退院してばっかだったけど、車椅子ってことはほとんどなくて……」

加蓮「それに、これさ。柚と喋ってても柚が見えないから、すごく変な感じ」

柚「じゃあ加蓮サンが寂しくないように柚がガンガン喋っちゃうね!」

加蓮「別に寂しい訳じゃ……あ、でも柚の話は聞いてみたいな。どう? 上手くやれてる?」

柚「うんっ! 加蓮サンがいつ戻ってもいいようにしてる! 撮影は順調だしレッスンも! それからね、またフリルドスクエアでのLIVEが決まったんだ!」

加蓮「へえ……後でPさんにスケジュール確認しとこ」

柚「しあさってに穂乃香チャンとこに行くんだ。次のLIVEはあずきチャンが主役! フリルドスクエアの新人サンだもんねっ。あっ、ってことはアタシ先輩!?」

柚「あずきチャンにしっかり教えなきゃっ。ふっふっふ~、芸能界は厳しいとこなんだぞ~?」

加蓮「いや、あずきちゃんだって前からアイドルやってたんでしょ……」

柚「例えば~、ツノを生やすプロデューサーサンがいたり~」

加蓮「おい、それ誰のことだ」ゴゴゴゴゴ

柚「ギャー! い、いい今の加蓮サンのことです! 顔見えないけどなんかごごごごごってのが出てる! なんか出てる!」

加蓮「はー……」

柚「しあさってのレッスン、楽しみだなー。また加蓮サンに教えてあげるね!」

加蓮「…………」

柚「ちょっと休憩!」ピタッ

柚「へへっ」テテッ

柚「やほっ加蓮サン! 10分ぶり!」ニパッ

加蓮「……やっほ、柚。やっぱり柚の顔を見てる方が落ち着くね」

柚「そう~? じゃあ柚、癒し系? 癒やされちゃう?」

加蓮「癒されちゃう癒やされちゃう」

柚「そっかー」

加蓮「一家に一台、癒し系柚」

柚「アタシは1人しかいないよー。だから、加蓮サン専用だね!」

加蓮「えー、私はこんなやかましいのは家に置きたくないなー」

柚「あれー!? アタシいらない子!?」

加蓮「家に置いといたらアタシのお菓子とかぜんぶ食べられそうだし」

柚「半分こ半分こ! ねっ。半分こしよ!」

加蓮「それならいっか」

柚「えっと……アタシ、いる子……だよね?」

加蓮「いる子いる子。早く退院して、また柚のプロデュースをしたいな」

柚「……うんっ。アタシも! 加蓮サンとこーして喋って、そしたらすごいやる気が出るんだ。やっぱり、加蓮サンがいないとね!」

加蓮「そう? もう1人でもやっていけるんじゃないの~? 私がいなくてもアイドルうまくやれてるみたいだし?」

柚「ムリっ。アタシがアイドルやれてるのは加蓮サンがいるからだよ。アタシ1人じゃなんにもできないよ」

加蓮「できるできる。もうベテランアイドルじゃん」

柚「ベテランなんて照れちゃうなー、ってそうじゃなくてー! それにアタシ1人だったら、絶対、やる気が続かないっ。3日で逃げちゃうもんアタシ。そーいう時に怒ってくれる人がいなきゃ!」

柚「あ、でも柚のことはもっと甘やかしてほしいな。柚は甘えられたい系!」

加蓮「じゃあ、柚。ほら」クイクイ

柚「うんっ」

加蓮「うぅ、手が届かない…………」プルプル

柚「じゃあ、もっと!」グイ

加蓮「あ、届いた……よーしよーし」ナデナデ

柚「えへへぇ」

加蓮「柚はいつも頑張ってるね……いつも、ありがとね。すぐに回復して事務所に戻るから……ちょっとの間だけ、ごめんね?」

柚「許す!」

加蓮「許されちゃったかっ」ナデナデ

加蓮「…………」ナデナデ

加蓮「……もしも…………」

柚「?」

加蓮「なんでもない」ナデナデ

柚「えへへぇ…………はっ!」バッ

柚「…………」キョロキョロ

加蓮「ん? ああ、大丈夫大丈夫。誰もこっちのことなんて気にしてないし……」

加蓮「相変わらず周りの目が気になるんだね」

柚「う、うんっ。加蓮サンだから甘えられるの! 他の人に見られるなんてムリっ」

加蓮「そっか……」

加蓮「……じゃ、続きは病室でやろっか。あそこなら誰もいないから、見られることもないよ」

柚「加蓮サン、グッドアイディア! じゃー戻ろっ!」グイグイ

加蓮「うん……」




からころからころ……

柚「加蓮サンを運ぶのちょっと楽しいかも。ねね、退院してからも車椅子、使わない?」

加蓮「えー? やっぱり自分で歩きたいよ……それならさ、どうしても疲れて動けない時にはお願いしちゃおっかな」

柚「オッケー! いつでも言ってね。柚タクシー、24時間いつでも加蓮サンの為に待ってます!」

加蓮「ふふっ、なにそれ……」

加蓮「…………」

加蓮(……………………)

――病室・夜――

加蓮「ん…………」ネガエリ

加蓮(……寝られない……)

加蓮(眠たいけど、なんだか、寝られない……)

加蓮「よいしょ、っと……」オキアガル

加蓮「トイレ…………」テクテク

<バタン

加蓮「…………」

加蓮「…………」ベッドニモグル

加蓮「…………」ガサゴソ

<00:13

加蓮「…………静かにすれば、いいかな……」ポチ

<トゥルルル,トゥル ガチャ

P『もしもし!? 加蓮!? どうした!?』

加蓮「……あはっ。慌てすぎだよ、Pさん。別に何もないよ」

P『そ……そうか。よかった……』

加蓮「な、なんかごめん。ちょっとその……眠れなくて。なんとなく電話してみただけなんだ。やっぱり、迷惑だった?」

P『いや。ちょうど酒を飲んでてさ、誰かと話したくなったところだったんだ。ナイスタイミングだぞ、加蓮』

加蓮「お酒かー。あと数年したら私も飲めるんだっけ……なんだか現実味がないなー」

P『なんだったら退院してからちょびっと飲んでみるか? はは、大丈夫。俺なんか高校の頃から隠れて飲んでたからな、ははは』

加蓮「…………酔ってる?」

P『ちょっとなー』

加蓮「そ、そう」アハハ

P『んでー? どうしたんだよ。早く寝ないと調子崩すぞ?』

加蓮「酔っててもそれなの……? ごめん、ホントになんでもないの。ちょっと電話してみただけ」

P『ハァ? そんな訳あるかー』

加蓮「はい?」

P『お前がなんでもないって言って、なんでもなかったことなんてないぞー? 俺は加蓮の担当で上司だからな、知ってんだぞー? はは』

加蓮「…………」

P『お前は昔っからそんなんだからなぁ。歳不相当っつーか、諦観主義っつーか。いや、少し違うかー』

P『まあいいや。ほら、どうせてっぺん越えてんだ、話せ話せ。ゲロって楽になっちまえ』

P『それとも今からそっち行くかー? 上司と部下、たまには交流を深めてみるか! はは』

加蓮「そんなことしなくていいよ。もう病院だって閉まってるだろうし……それにPさん飲んでるんでしょ? 飲酒運転になっちゃうよ?」

P『おお、危ないところだった。さんきゅーな加蓮』グビグビ

加蓮「ど、どういたしまして……」

加蓮「…………」

P『…………』グビグビ

加蓮「……ねえ、Pさん」

P『ぁ?』

加蓮「自分は、自分だけの物じゃない――って言葉、どう思う?」

P『自分は自分だけじゃない? プロデューサーのことか?」

加蓮「Pさんのこと……?」

P『俺じゃなくて、プロデューサー。だってプロデューサーがいないとアイドルは輝けないだろ?』

加蓮「……そうだね」

P『だから俺だってなぁ、こうやって酒を飲んでストレスを発散してんだぞ? これも加蓮の為――って加蓮はアイドルじゃなかったな、今は』

加蓮「…………」

P『なー……いつアイドルに復帰すんだよ、加蓮。待ってんだぞー?』

加蓮「え…………?」

P『復帰見込みがないなら新しく担当つけろーって上がうっさいけどさー、俺の担当は加蓮しかいねえんだっての。余計なお世話だー』グビグビ

加蓮「ちょ……待ってPさん。アイドルに復帰するの待ってるって、それ……でも私の上司の方が楽しいって、アイドルに戻らない方が安心できるって、前に……」

P『はぁ? あんなもん建前に決まってんだろ。そうでも言わないとお前、自分のせいでーとか言い出すし』

P『アイドルが続けられなくなったあの時、お前何回謝ったんだよ。あんな加蓮はもう見たくねえんだよー』グビグビ

加蓮「…………そ、か」

P『ぷはっ。あー、でも部下が加蓮ってのはやっぱ捨てがたいなぁ』

加蓮「はい?」

P『加蓮に頼られるのってけっこう好きなんだよなー、おう、もっと頼ってくれよ。俺は上司だぞー』

加蓮「う、うん」

P『つまり加蓮は加蓮のやりたいようにやってくれってこった。よく柚ちゃんにも言ってるだろ? あれとおんなじだよ』

P『いや、でもアイドルの加蓮をまたプロデュースしたく……しかし加蓮とプロデューサーやるってのもなかなか……アイドルの加蓮……プロデューサーの加蓮……』

加蓮「……な、なんかごめんね?」

P『あー! 違う! 違う! それが一番聞きたくねえんだっての! いいかぁ加蓮。謝るな! 謝ってもいいことなんて何もないぞ!』

加蓮「あ、うん、ごめ――じゃなくて……えっと、わ、分かったっ」

P『おーう』

加蓮「……プロデューサーがいないと、か」

加蓮「柚も、そうなのかな」

P『柚ちゃん? あったりまえだろ。お前な、最近の柚ちゃんすげえぞ? 移動時間とかぜんぶ加蓮の話。加蓮の豆知識大会とかあったら俺もう優勝できるぜー? はは』

加蓮「…………」

P『でも柚ちゃんってすげえなー。最近は、ほら、いろんなとこから声かけられてるし。でもダメな物はダメってきっぱり言ってるし』

P『そのうち1人でアイドルできるかもしれないなー……って、おおっと。加蓮がいらないとかじゃないぞ、断じてない』

P『やっぱプロデューサーがいてのアイドルだよな。うん。プロデューサーがいてこそのアイドル』

加蓮「…………それじゃ、駄目なの」

P『あ?』

加蓮「ねえPさん。もしかしたら、私――」

加蓮「…………ううん、なんでもない。そうだよね。アイドルには、プロデューサーがいないとね」

加蓮「私にとってのPさんもそうだった。Pさんがいたから、私は」

P『ストーップ。ストップだ加蓮。お前な、いい年した野郎が酒を入れた時の涙腺の弱さを知らんだろ。泣くぞ? みっともなく泣いちゃうぞ?』

加蓮「じゃあやめとこっか」

P『あ、でも加蓮に泣かされるのも悪くはねえなぁ……』

加蓮「さっきからそんなのばっかりだね……。シラフになって恥ずかしくなるのはPさんだよ? 私、ずっとからかっちゃうよ?」

P『じゃナシだな!』

加蓮「ふふっ」

加蓮「じゃあね、Pさん。こんな時間に電話しちゃってごめんね……」

P『おーう? 知らんがどんどんかけてこーい……グビグビ……』

P『あー……今のうちに言っちまうか』

P『アイドルの加蓮も好きだけど、プロデューサーの加蓮も好きだぞー。あいしてるぞー』

加蓮「……あははっ、なにそれ? そんな言われ方しても女の子はときめきませーん」

P『マジかー、それは残念だなグビグビ』

加蓮「ふふっ。……あんまり飲み過ぎちゃ駄目だよ?」プツッ

加蓮「…………」ポイッ

加蓮「…………」

加蓮「そっか……アイドルに戻って欲しいって思ってたんだ、Pさん……」

加蓮「でも……」

加蓮(――でも。今の私はプロデューサーだ)

加蓮(目の前のことだけを見て生きていっちゃ駄目なんだ。突発的な情熱だけで動いちゃいけない)

加蓮(いろんな可能性と、いろんな"もしも"を考えていかなきゃいけない)

加蓮(もしも急なオファーが入ったら。もしも急に柚が出られなくなったら。もしもダブルブッキングしていたら)

加蓮(もしも私が、)



――どくんっ!


加蓮「っ…………!」

加蓮(……逃げるな、私……!)ギリッ

加蓮(目を逸らすな)

加蓮(気付いていることから、目を逸らすな……!)

――翌日 病院・加蓮の個室(木曜日)――

柚「でね、進級したから休み明けテストがあるんだ! どうしよ、アタシぜんぜん勉強してない!?」

加蓮「どうせアンタいっつも勉強してないでしょ。私に泣きつくのこれで何回目よ……」

柚「助けて~加蓮サン先生!」

加蓮「はいはい。学校かー……進級してから1度も行ってないや。って、入院してるんだから当たり前だけどね」

柚「じゃあ加蓮サンが学校に行ったらみんなびっくりするかもね!」

加蓮「あははっ。しかもプロデューサーだからね。退院しても毎日学校に行ける訳じゃないし……」

柚「レアキャラ?」

加蓮「レアキャラになっちゃうか」

柚「加蓮サンを見たらいいことがある、とか言われちゃったり?」

柚「じゃあ、そんな加蓮サンを毎日見てる柚って……もしかして超ラッキーガール!?」

加蓮「アイスを食べたら当たりが引けるくらいのラッキーガール(笑)」

柚「スケールちっちゃいよ! しかもアイスなんて食べたら風邪引いちゃう!」

柚「っと、アタシ今日は撮影なんだ! ふっふっふー、加蓮サンもアタシがいなくて寂しいと思うけど、」

加蓮「じゃあさっさと行って挨拶回りでもしてきなさい」

柚「あれー!?」

加蓮「ふふっ。私は大丈夫だから。新しい仕事をもぎとれるくらい、しっかり笑顔でね」

柚「うんっ。じゃ、行ってくる!」

――翌日 病院・加蓮の個室(金曜日)――

柚「撮影の時にね、今日はプロデューサーサンは? っていっぱい聞かれちゃった」

加蓮「そっか……」

柚「最近はPサンがついてきてくれることが多いんだけどー、今日は打ち合わせだって」

柚「Pサンがいる時はね、加蓮サンは? ってよく聞かれるの。Pサンが悔しそうにしてたっ」

加蓮「ふふっ」

加蓮「……ごめんね。ついていければいいんだけどね」

柚「ううん! えと、持ち帰って検討します、ってちゃんと言ったよ。こう言えばいいんだよね?」

加蓮「うんうん。……もっと言えば、即座に突っぱねていいような話もあるんだけど……そこまでは難しいよね。大丈夫大丈夫。私とPさんで上手く処理しとくから」

柚「そっか。あ、それなら加蓮サン。もっと教えてよ! えっと、断っちゃえっていうのはどういう話の時?」

加蓮「説明が難しいんだよねー……。なに? セルフプロデュースでもやりたいの? 穂乃香さんみたいに」

柚「違う違う! だってほらっ、そしたら加蓮サンちょっとでも楽になるかなって。それに加蓮サン、電話の後によくイライラしてるから……あんまりそういう加蓮サン、見たくないし 」

柚「ちゃんと断れてたら、そういうのも減るんでしょ?」

加蓮「……柚」

加蓮「うん、そうだね。またいつか教えるよ」

柚「うんっ」

加蓮「って、教えなくても私がついていければいいんだけどなぁ……」

柚「加蓮サン、今日はちょっと辛そう……。大丈夫?」

加蓮「へーきへーき。柚だって風邪引くことくらいあるでしょ? あれと同じ――」

柚「アタシ風邪引いたことないんだ♪」

加蓮「ああ、馬鹿は風邪を――」

柚「お母さんと同じこと言うなーっ!」ポカポカ

加蓮「いたいたい、ごめんごめんっ」

――翌日 病院・加蓮の個室(土曜日)――

加蓮「…………」ジー

柚『今からみんなでレッスンっ。頑張ってきます!』

加蓮「頑張ってね、っと……」

柚『あいあいさー!』

加蓮「…………」ポイッ

加蓮「…………」ボー

加蓮「…………」

加蓮「…………」

加蓮(……………………)

――翌日 病院・加蓮の個室(日曜日)――

加蓮「…………」ボー

加蓮「…………」

加蓮「…………」

加蓮(……………………)

――翌日 病院・加蓮の個室(月曜日)――

加蓮「休み過ぎだからクビを言いにきたとか?」

P「違ぇよ……。心配になって来ただけだ。どうだ、加蓮。身体の具合は」

加蓮「一昨日ちょっと崩したけど大丈夫。あ、そうだPさん。急だけど明後日に退院することになったんだ」

P「お、そうか! 柚ちゃんも喜ぶぞっ」

加蓮「うん……」

P「……加蓮?」

加蓮「ううん。っていうかさ、別にいつでも退院できたんだよね。医者はどうせ止めても無駄なんだろうって呆れてたし……もー、私を何だと思ってるんだか」

P「日頃の行いって奴だな」

加蓮「あ、Pさんまでそういうこと言うんだ! ひどーい!」

P「はいはいひどいひどい。明後日ってことは水曜日だな。分かった、じゃあその日は加蓮の退院記念パーティーをしよう」

加蓮「いらないよー」

P「とかいってニヤニヤしてんだろお前……」ポスッ

P「うおっ枕を投げてくんな!」

加蓮「Pさんデリカシーなさすぎー」

P「はいはい俺が悪かった。ほら、枕」

加蓮「ん」

加蓮「…………」

P「…………身体の方は、大丈夫なんだよな?」

加蓮「ん? ふふっ、もちろん。至って健康です。明後日の退院も、医者からさっさと出て行けって言われたみたいなものだからね」

P「おおう」

加蓮「お前がいると昔の迷惑ばっかりかけられた頃を思い出して業務に集中できんからさっさと出て行けだってさ。ひどいと思わない? 患者に向かって言うこと?」

P「日頃の行いって奴――」

加蓮「それはもういいっ」

P「なんたって放っとくといつ脱走するか分からんような奴だからな」

加蓮「…………そ、それは反省してます」

加蓮「とにかくっ、水曜日からまたお世話になります! その……ごめんね、1週間も」

P「いやいや。加蓮の代理ってことで柚ちゃんについていってたが、久々にアイドルを担当している気分になったよ」

加蓮「そっか」

P「ま、出先で何度、あれ? って顔をされたがな」

加蓮「それ柚も言ってたっけ」

P「加蓮じゃなくて俺が行っててさ。明らかに不満そうな人とかもいたぞ? 女子高生プロデューサーが来るハズだったのにむさいおっさんがいるもんな、しょうがないな」

加蓮「なにそれー。Pさんそういう歳じゃないでしょ?」

P「はは。別に気にしてないさ。ただそう言われた日の夜には酒を飲むって決めてるだけで」

加蓮「気にしてるじゃん」

P「なあ加蓮。俺、まだ加齢臭とかしないよな? ちょっと匂ってみてくれ」

加蓮「えーと、それは新手のセクハラか何か?」

P「おっとすまん」

P「ま、ともあれ、柚ちゃんのプロデューサーは加蓮じゃないとってことだな」

加蓮「…………やっぱり、そうだよね」

P「ああ。っと、悪い、そろそろ帰る。次の打ち合わせがあるもんで……もう少しゆっくりできればいいんだけどなぁ」

加蓮「ううん。ありがとねPさん。……ごめんね、私のせいで」

P「謝るなって言っただろ? 謝っても何もいいことなんてないさ。じゃな」

<ガララ

加蓮「Pさん…………」

加蓮「…………あれ? ってことはPさん、あの時の電話、覚えてたんだ。酔っ払ってたのに」

加蓮「…………」

加蓮(……………………)

――翌日 病院・加蓮の個室(火曜日)――

<コンコン

加蓮「はーい」

<ガラッ

穂乃香「こんにちは」フカブカ

加蓮「え……あれ? 穂乃香さん?」

穂乃香「お加減はいかがですか?」

加蓮「う、うん。もう元気も元気。実は明日、退院することになってんだ」

穂乃香「そうですか……よかった」

穂乃香「あ、これお土産です。駅前のお店の、抹茶ケーキです」

加蓮「わ、これ結構する奴じゃん。ありがとー……っていうかいいのに、気なんて遣わなくても」

穂乃香「普段からお世話になっていますから、そのお礼も込めて」

穂乃香「柚ちゃんから聞きましたが……お見舞いが遅れてしまいごめんなさい」ペコリ

加蓮「い、いやいや、だから気遣わなくたっていいって……」

穂乃香「いえ……」

加蓮「…………」

穂乃香「…………」

加蓮「……あー、えと、柚、どうしてる? 確か……えーっと……」ユビオリカゾエ

加蓮「そう、金曜日だ。一緒にレッスンしたんだっけ」

穂乃香「はい。あの時は私も色々なことを学ばせてもらって――…………」

加蓮「…………?」

穂乃香「…………」ウーン

加蓮「え、なに……? また柚がやらかしたとか? それとも、なんかトラブった……?」

穂乃香「…………」ウーン

加蓮「ち、ちょっと……そういえばあれから柚と話してないし…………」

穂乃香「…………やっぱり難しいですね」

加蓮「な……何が……?」

穂乃香「いえ。柚ちゃんのマネをして、何か面白いことを言いたかったのですが……やっぱり、私には思いつきませんでした」

加蓮「……………………は?」

穂乃香「もっと、柚ちゃんから学ばなきゃ……」

加蓮「……………………穂乃香さん…………紛らわしいことしないで……」アタマカカエ

穂乃香「え?」

加蓮「……………………」

加蓮「で……その、柚、どうしてる? ……穂乃香さんの言葉でいいから……」

穂乃香「そうですね。私が会ったのは土曜日と日曜日のレッスンの時だけですが、いつも通り元気で楽しそうでした」

穂乃香「レッスンの……特にダンスが上手くいかなくて険悪な雰囲気になりかけた時に、柚ちゃんが笑ってもっと気軽にやろうって言ってくれて」

穂乃香「それでみんなも笑顔に……。やっぱりすごいですね、柚ちゃん」

加蓮「そっか……」

穂乃香「ああいう時は、年上の私がまとめないといけないのに。ふふ。いつも、柚ちゃんに助けてもらってばっかり」

加蓮「それはほら、適材適所ってヤツとか……。逆に柚が凹んでる時は穂乃香さんが助けてあげてよ」

穂乃香「はい、そうしますね。……でも、実はレッスンの時にもそういうことがありました。その時は、あずきちゃんが柚ちゃんを励ましていました」

加蓮「あらま」

穂乃香「私、やっぱりまとめきれていないのでしょうか……何か言おうとしても、考えがまとめきれず、悩んでいる間に他の子が励ましちゃって」

穂乃香「まとめ役として、向いていないのかも」

穂乃香「……あ、ごめんなさい、このようなお話をしてしまって」

加蓮「ううん。柚もあずきちゃんも勢い重視って感じだしね。なかなか難しいよっ」

穂乃香「…………」

加蓮「柚が元気そうにしてるならいいや。あはは、私的にはちょっぴり寂しいかも?」

穂乃香「あ、でも、柚ちゃん……ときどき、心配そうにスマートフォンを取り出して、電話をしようとしてて」

穂乃香「でも、すぐにしまっちゃうんです。あれは、もしかしたら加蓮ちゃんにかけようとしていたのかもしれません」

加蓮「…………」

穂乃香「明日、退院されるんですよね。柚ちゃんもきっと喜びます」

加蓮「うん……そうだね。ありがと、穂乃香さん。穂乃香さんにもごめんね? 打ち合わせとかできなくて」

穂乃香「いえ。実は、加蓮ちゃんが入院している間、加蓮ちゃんの上司の方と会いました」

加蓮「Pさんか」

穂乃香「打ち合わせの為に……柚ちゃんも一緒でした。でもすぐに、加蓮ちゃんのお話で盛り上がってしまって」

加蓮「えー……私の話?」

穂乃香「ふふ」

加蓮「あはは、照れるな~」

穂乃香「あ」

加蓮「?」

穂乃香「今の加蓮ちゃん、少しだけ柚ちゃんっぽかったかも……?」

加蓮「へ? そ、そう?」

穂乃香「言い方というか、雰囲気というか……そういうものが少し、似ていた気がします」

穂乃香「そういえば加蓮ちゃん、私の1つ下なんですよね」

穂乃香「…………♪」

加蓮「う、うん??」

穂乃香「いえ。……あ、そういえば、加蓮ちゃんに謝らないといけないことが……」

穂乃香「前に加蓮ちゃんから、柚ちゃんのことをお願いされましたが、私、まだ上手くできているとは言えません」

穂乃香「頼りにしてもらったのに……ごめんなさい」フカブカ

加蓮「え……い、いやいやっ、あれはちょっとお願いしただけっていうか!」

穂乃香「いいえ。加蓮ちゃんのせっかくのお願いなのだから」

加蓮「そんなに深刻に考えないでよ! そんな、その……」

穂乃香「でも、あの時と今と少し違うんです、私」

加蓮「……へ?」

穂乃香「あの時は、柚ちゃんの大切なプロデューサーさんからお願いされたことだから、何が何でもやらないとって思っていました」

穂乃香「少し、必死になっていたのかもしれません。柚ちゃんが悩んでいた時も、無意識のうちに頭の中でプレッシャーがかかっていて」

穂乃香「今は……そうじゃないんです」

穂乃香「加蓮ちゃんを見て、加蓮ちゃんからお願いされだからやらないといけないのではなく、私がやりたいって思っていて」

穂乃香「だから今は、逆に私からお願いさせてください。柚ちゃんのこと、私が見てあげてもいいでしょうか……?」

加蓮「…………あはっ」

加蓮「やっぱ穂乃香さんって堅苦しいっ。そんなさ、それこそ契約じゃないんだから……畏まってお願いしなくてもいいよ!」

加蓮「でもその方が穂乃香さんらしいのかな……? じゃあ、柚のこと、よろしくお願いしますっ」

穂乃香「はい!」

加蓮「あ、でも柚は私の――」

穂乃香「…………私の?」

加蓮「…………」

加蓮「ううん、なんでもない」

加蓮(柚は私のものだから渡さないよ? って、冗談で言おうとしたけれど……でも)

加蓮(もしも、を考えなきゃいけない、なんて頭をよぎって――)

加蓮「私の……そ、そう、私の大切なアイドルだからね!」

穂乃香「や、やめてください加蓮ちゃん。プレッシャーになっちゃう……!」

加蓮「あ、ごめん。えーと、その……あはは」

穂乃香「……?」

加蓮「それよりさ、ほら、またフリルドスクエアでLIVEするんでしょ? あずきちゃんが入ったってことでいろいろと変わってさ」

加蓮「せっかくだから打ち合わせしようよ! ほら、プロデューサーとセルフプロデュースアイドル同士ってことで!」

穂乃香「実は、私もそのつもりで……。でも加蓮ちゃんのお体に障るといけないって思って、少し悩んだんです」

加蓮「いやいや、ロケハンとかリハとかじゃないんだから大丈夫だって。じゃあ例によって舞台構成のことを聞きたいんだけど」

穂乃香「はい。今回は、あずきちゃんがメインということで――」

……。

…………。

……。

…………。

加蓮(水曜日に退院して、元通りの生活が戻ってきた)

加蓮(また、毎日が続いていく)



――5月 事務所――

柚「じゃあレッスン行ってくるね!」

加蓮「うん。行ってらっしゃい」

<バタン

加蓮「さーて、柚が戻ってくるまでやることやらなきゃ」

P「…………」カタカタ

加蓮「……なんか忙しそうだねPさん」

P「この時期はなー。かきいれ時だしな」

加蓮「それ年から年中じゃない?」

P「そうとも言う」

加蓮「Pさんさ、いつ自分の担当アイドル持つの? 私の担当じゃなくなってもうだいぶ経ってるでしょ」

加蓮「その……私のことなんて気にしなくていいからさ。あっ、ほら、Pさんがいつ新しい女の子を連れてくるのかなーって実はちょっぴり楽しみにしてるんだよ、私」

P「うーむ。正直そろそろ上司の顔が直視できなくなってきた」

加蓮「もうっ」

P「あいつら恐いんだぞー。ねちっこく言うんだぞー。やあキミ、今日も事務仕事に励んでいるかい? はっはっはいいご身分だねぇ……とかさ」

加蓮「恐っ」

P「実際いい身分なんだけどな。こんな情熱的な部下を持てて俺は幸せだ」

加蓮「…………もー」

P「はは」

――数日後 事務所――

柚「それでね、もうちょっとキリッとした顔で! って言われちゃった」

加蓮「ふんふん」

柚「トレーナーサンにも相談してみたんだ。演技力レッスン頑張ってみたんだけど、すぐにふにゃってなっちゃう」モグモグ

柚「ってことで加蓮サン! なんかいい方法ないっ?」モグモグ

柚「ほら、このおまんじゅうあげるから教えて!」スッ

加蓮「ありがとー」モグモグ

加蓮「キリッとした顔かぁ……」

柚「うーん、口の中がパサパサする。牛乳あるかなー」タタッ

<あったー!

柚「冷蔵庫にあったけどもらっていいのかな? まーいいやっ。はいっ、加蓮サンの分も!」

加蓮「ありがと。真剣な顔、真剣な顔かぁ」

柚「友達からもよく言われるんだよねー。柚は何やっても楽しそうだって。アタシだって真剣な時は真剣なんだいっ」

柚「友達って言えばさ、前に雑誌を楽しそーに読んでたの。なにかなって覗きこんだら加蓮サンの記事だった!」

柚「それよりアタシのインタビューを見ろー! って言ったら、なんかフツーだって言われたんだけど! ねえどう思う!?」

柚「アタシ、フツー!? 個性ない!? 加蓮サンより目立たない?」

加蓮「…………」

柚「って、なんとか言ってー!」

加蓮「……大丈夫、アンタは個性の塊だから」

柚「そっか? ……そうだっけ?」

柚「でもその後、友達と一緒に加蓮サンの記事を読んだんだけどね♪ 写真も内容もいっつもカッコよくて、さすが加蓮サンだっ」

柚「カッコいいアイドル、アタシもなってみたいなっ♪」

柚「って忍チャンに言ったら『似合わない』ってバッサリ言われちゃったケド」

柚「でもね、穂乃香チャンは『そのままの柚ちゃんでいい』って言ってくれたの。悩むなー悩むなー。忍チャンを見返すか、穂乃香チャンに褒められるアタシでいるか」

柚「でもやっぱりアイドルだったら、新しいコト、やってみたいよね! ねーねー加蓮サン、次はアタシがイケメン役のドラマなんてどうかな!? それでそれで、可愛い女の子からキャーキャー言われるようなヤツ!」

柚「柚、イメージチェンジ!」

加蓮「…………柚」

柚「ンー?」

加蓮「…………」ポン

加蓮「諦めなさい」マガオ

柚「何を!? え、イケメンは駄目!? それとも目立つこと!? 忍チャンを見返すこと!? どれ~!?」

加蓮「アンタ最初に何の話題を出したか覚えてる?」

柚「…………なんだっけ?」

加蓮「キリッとした顔がって話」

柚「そだっけ。あ、そうだった!」

柚「……諦めろってどゆこと!?」

加蓮「いや、まあ……あー、頭痛い……」

柚「えっ、えっ、加蓮サンもしかして疲れちゃって」

加蓮「アンタのせいでしょーが!?」

柚「きゃーっ!」

加蓮「……とりあえず、そのコロコロと話題変えたりするのは良い意味でいい加減だと思うけど……キリッとしたい時は1つのことに集中しなさい」

柚「1つのことに集中……集中……むんっ。こんな顔?」

加蓮「うん、それくらいでいいよ……」

柚「あいあいさー!」

――数日後 事務所――

加蓮「…………」カタカタ

P「…………」カタカタ

<メールガキテルヨ

加蓮「ん?」

加蓮「あ、仕事のリスト。Pさん、柚の分も営業してくれてたんだ」

P「いや、こっちは営業分じゃなくて向こうからオファーがあったヤツだな。最近は別の打ち合わせに行った時によく柚ちゃんに仕事を任せたいって頼まれてさ」

加蓮「うん……うん。ありがと、Pさん。その、ごめ――」

P「体力なくて営業行ける回数が減ったことなら気にしてないから謝らなくていいぞ。そんな身体でちょろちょろされる方が気になるわ」

加蓮「…………うん」

P「勝手に判断する訳にもいかないし、ぜんぶ保留にしといた。それがそのリストだから、あとは加蓮で判断してくれ」

加蓮「あははっ、Pさん柚と同じだ」

P「ん?」

加蓮「ううん。柚も、1人で行った現場で何かオファーとかされたらぜんぶ保留にしてる、っていうかさせてるの」

加蓮「柚にも教えてあげられるといいんだけどね。アイドル1人で来たなら丸め込めるだろうって思ってる奴とかいそうだし下手に受けたらロクなことになりそうにないから、とりあえず全部持ち帰ってもらってるんだ」

加蓮「そういえば断り方とか選び方とか教えないといけないんだっけ……」

P「へー。それじゃそのうち、自分でどの仕事を取ったらいいか判断できたりするんじゃないか?」

加蓮「そしたら私はお役目御免だね。今度こそクビだ」

P「はは。お前、せめて嬉しそうな顔か悲しそうな顔くらいしろよ。どっちなんだよ」

加蓮「さー。どっちなんだろうね。私にも分かんないよ」

加蓮「……それにしても、こうしてると最初の頃を思い出すなー」

P「最初の頃?」

加蓮「うん。ほら、私がプロデューサー代理ってことでPさんの手伝いを始めた頃。あの時も柚の仕事をさ、Pさんから回してもらってたじゃん」

P「そうだったな……懐かしいなぁ。あの時はただの手伝いって感じだったのに、今やすっかり名プロデューサーだな!」

加蓮「そんなことないって」

加蓮「…………ちょっとだけ……あの頃に戻りたいかも――」

加蓮「ううんっ、そうじゃないよね。今の私が、そんなこと考えちゃ駄目だよね」

P「加蓮?」

加蓮「なんでもないでーす。はいこれ、Pさん、リスト送り返しといたから断りの電話お願いっ。私はもうちょっと選別してくから」

P「は? もう切り分けたのか?」

加蓮「絶対受けちゃマズイ奴だけね。評判よくない場所が混ざってたよ。アイドルにセクハラするだの契約がメチャクチャだの変な噂ばっかりのとこ」

P「マジ?」

加蓮「あれ~Pさん知らないのー? ふふっ、もしかして私、Pさん超えちゃった?」

P「んな訳あるかっ」

加蓮「分かってるって。そこまで生意気は言わないよ……Pさん、私みたいな子も育ててくれた名プロデューサーだもん。アイドルの私も、プロデューサーの私も」

P「……プロデューサーの加蓮については何もしてないよ。成長したのは加蓮の力だ」

加蓮「そっかなー……あ、じゃあアイドルの私を育ててくれた自覚はあるんだっ♪」

P「そりゃ……まあ、少しは」

加蓮「ふふっ。……うん。そうだね……もう。ホント、私の身体ってばなんでこんな――」

P「…………」テヲトメル

加蓮「……ごめんねPさん。大丈夫大丈夫。病気を治して、そのうちアイドルに戻るんだから……そうしないと奈緒に怒られるし、柚とも約束したんだし……」

加蓮「…………」

P「……ああ、そうだな」

加蓮「うん…………」

加蓮「……………………」

P「…………加蓮?」

加蓮「あ、あははっ、なに? ほらほら電話早くしてよ。私はリストのチェックしなきゃっ」ウデマワシ

P「……………………」

――数日後 喫茶店――

加蓮「…………」ボー

穂乃香「衣装は、別の案もあって……これだと構成のコンセプトから違っているから、ベースの決定は早めにとPさ、プロデューサーさんが――」

穂乃香「…………加蓮ちゃん?」

加蓮「あっ……ええと、衣装だよね。現行のままでいいと思うけど……あ、でもこっちもいい――」クラッ

加蓮「……ん……」コスリコスリ

穂乃香「……打ち合わせ、少し休憩にしましょうか?」

加蓮「大丈夫……。大丈夫だから続けてよ。話は、聞いてるから――」

穂乃香「そうですか? …………あっ」スマフォトリダシ

穂乃香「ごめんなさい。少し、失礼します」ポチ

加蓮「どーぞ……」

穂乃香「……」ペコッ

穂乃香「もしもし? 柚ちゃん? 今は、加蓮ちゃんと打ち合わせをしていて……そうなの? 分かった、手早くするね。ありがとう」ピッ

穂乃香「失礼しました」スワリ

加蓮「今の、柚……? 何かあったって?」

穂乃香「……今日、事務所から出る時の加蓮ちゃんが疲れているみたいだから、打ち合わせなら早く終わってあげて、って」

加蓮「わざわざ連絡まで……。……ごめん。ホントに大丈夫、だから……」クラッ

加蓮「はぁ……プロデューサー失格だ……。ごめんなさい」

穂乃香「いえ。急ぎの打ち合わせでもないので、また後日にしましょう」

加蓮「ホントごめん……」

穂乃香「いいえ。それより大事を取ってください。柚ちゃんも、とても心配そうにしていましたから」

穂乃香「事務所まで送っていきます……いえ、そういえば、加蓮ちゃんの上司の方と連作先を交換しているので、車を出して頂いた方が早いですね。少し、電話してみます」ピッ

加蓮「…………」ボー

穂乃香「もしもし、綾瀬です。はい、加蓮ちゃんのことで――」

<キキーッ
<ガチャ!
<いらしゃお客様!?

加蓮「ちょ、Pさん来るの早すぎ……って事務所のすぐ側だから当たり前か……」

――数日後 事務所――

柚「こんにちはーっ!」

P「柚ちゃん」

柚「やほっ、Pサン。それに加蓮サン……あれっ、加蓮サン寝ちゃってる」

加蓮「すー……すー……」zzz

P「疲れてるようだったからな。ソファで休めって促したら、すぐに横になってしまったんだ」

P「だから柚ちゃん、すまないけど、ちょっとだけ静かにしてくれ」

柚「うんっ。そっかー、加蓮サンはお疲れですかー……なんかここんとこ加蓮サンずっとお疲れじゃない?」

P「だよなぁ……今日も、3時くらいにはもうキツそうにしてた」

柚「おやつの時間だっ」

P「そうそう。ちょうど出先で買ってきたお菓子でもどうかって誘った頃だったな」

柚「お菓子! まだある!?」

P「テーブルの上に置いてるから、よかったら柚ちゃんも食べてくれ」

柚「やたっ! お菓子っ、お菓子っ♪」

加蓮「ん、ん…………」ムクリ

柚「あ、加蓮サン!」

加蓮「柚……? あれ、もしかして私、寝ちゃってた……?」

P「ぐっすりとな。朝からずっと事務仕事で疲れが溜まってたんだろう」

加蓮「そっか……ごめんねPさん。すぐやるから……」

P「だから謝るなって。謝ってもいいことなんてないぞ?」

柚「おっPサンいいこと言う! はい、加蓮サン。柚と一緒にお菓子食べよ♪」アーン

加蓮「うん…………」パクッ

加蓮「今日は、柚、レッスンだっけ……?」

柚「うんっ。加蓮サンにも来てほしいなーって思ったけどお疲れならしょうがない! アタシ1人で行ってくるねっ」

加蓮「ごめんね……」

柚「加蓮サン加蓮サン。謝ってもいいことなんてない! だよっ」

加蓮「それ、Pさんのセリフじゃん……ふふっ……」

P「コーヒーでも淹れようか。……いや、疲れてるならもう帰るか? 車なら出すぞ?」

加蓮「ううん、大丈夫。よいしょ……」

加蓮「もうちょっとだけ、やることやってから……Pさんにも柚にも迷惑はかけたくないもん……」

P「だから別に迷惑なんて思ってないんだがな。体力が戻るまで休んでてもいいんだぞ? それくらいの余裕は持ってるつもりだし」

加蓮「いいよ、どうせ休んでても治んないもん。っていうか家にいた方が落ち着かないし……柚が心配になっちゃったり」

柚「アタシ? アタシは平気だよっ。大丈夫大丈夫!」

加蓮「Pさんだって……やるだけやって放り投げるなんて、そんなのできないよ」

P「相変わらず責任感が強いんだな、加蓮は」

加蓮「当然のことでしょ? 私だってプロデューサーなんだから……ちょっと、顔だけ洗ってくるね」ポテポテ

<バタン

P「…………」

柚「…………」

P「はー……どうしたもんかなぁ……」

柚「大丈夫かな、加蓮サン……」

P「…………」

柚「……でも心配ばっかしてたら加蓮サン嫌がるんだ。そんなことより自分の心配しろー、って」

柚「だからアタシは、加蓮サンが大丈夫って言うなら、なんにも言わないっ」

柚「気にしすぎたら、レッスンも上手くいかなくなっちゃうし……そしたら加蓮サン、余計に心配しちゃうもん」

P「そうだな。加蓮のことは俺が見ておくから、柚ちゃんはアイドルに専念してくれ。その方がきっと加蓮も喜ぶよ」

柚「あいあいさー!」

<ガチャ

加蓮「よしっ、起きた起きた! ほら柚、レッスンでしょ? やる気がないなら私が引きずっていっちゃおうかな~?」

柚「い、今から行くとこですっ。加蓮サンもう大丈夫? 元気?」

加蓮「平気平気。ちょっと眠たくなっただけで……ねえPさん。私、何分くらい寝てた?」

P「ええと……1時間ちょいくらいだな」

加蓮「そっか……よしっ、じゃあその分を取り戻さなきゃ!」

P「お前、そーやって気合入れたらまた後でキツイことになるぞ?」

加蓮「大丈夫大丈夫。ちゃんと加減してるから! さて、柚? そろそろレッスンの時間じゃないのかな?」

柚「そーだった! じゃあ行ってくるね加蓮サン!」

加蓮「ふふっ、行ってらっしゃい」

<バタン!

加蓮「さて、私も書類の整理と明日の打ち合わせ用の資料……ってあれ? ……ねえPさん、もしかして私の仕事――」

P「おう」

加蓮「…………そんなことするからPさんまた徹夜とかになるんだよ」

P「部下の為に徹夜する俺、マジ理想の上司」キリッ

加蓮「…………私が手伝うって言っても聞いてくれない癖に」ジトー

P「はっはっは」

――6月 事務所――

加蓮「よし、っと……わ、もうこんな時間だ。ごめんPさん、私ちょっと出かけてくる」ヨイショ

P「え? ちょっと待てお前どこに行く気だ今日は車がいるって言って――」ガタ

加蓮「近所の喫茶店に行くだけ! 穂乃香さんとの打ち合わせ。大丈夫だってば……」

P「そ、そうか。ついていきたいが書類が――いやこんなのは後だ、俺も一緒に」

加蓮「ごめんPさん。打ち合わせっていってもほとんど友達とおしゃべりするだけみたいなものだから、1人で行かせてよ」

P「…………」

P「……いいか加蓮、ちょっとでも体調がおかしくなったらすぐに連絡するんだ。じゃなきゃ後で怒るぞ」

加蓮「分かってまーす。じゃ、行ってくるね」

P「おう。気をつけろよ~!」

加蓮「Pさんしつこいー!」

――にぎやかな喫茶店――

加蓮「いたいた。お待たせ、穂乃香さん」

穂乃香「加蓮ちゃん。お久しぶりです」ペコッ

加蓮「あははっ、お久しぶり。わざわざこっちに来てもらってごめんね?」

穂乃香「いいえ。……加蓮ちゃん、まだ車椅子を使っているんですね」

加蓮「歩けるんだけどね、歩くと体力がガリガリ減って。まるでゲームの毒を受けてるみたいだよ」

穂乃香「……??」

加蓮「つ、通じないか……それよりほら、打ち合わせしよっ。あ、注文した方がいいのかな。すみませーん、コーヒー1つ、お願いします」

穂乃香「あ、私もコーヒーを」

加蓮「仕事の前に飲むと大人っぽくなれるんだっけ」

穂乃香「はい。頭が切り替えられます。実はさっきまで、柚ちゃんと通信アプリでやり取りをしていて……だから尚更です」

加蓮「柚と、かぁ……」

穂乃香「今日も、この後に遊びに行く約束をしてて」

加蓮「じゃあパパっと済ませなきゃね」

加蓮「…………」

穂乃香「……? 加蓮ちゃん?」

加蓮「あ、ううん。柚、か…………」

穂乃香「……ふふ。柚ちゃんのお話を聞きたそうな顔」

加蓮「わ、分かる?」

穂乃香「現場やレッスンについてきてくれなくなったって言っていましたよ。任されてるんだ、って張り切っていました」

穂乃香「でも、ときどき寂しそうにしていて……」

加蓮「……やっぱりそっかぁ。あ、コーヒーだ。はい穂乃香さん」

穂乃香「いただきます。…………ふう」ゴクゴク

加蓮「…………」ズズ

穂乃香「まだ……お体、よくないんですか?」

加蓮「私は大丈夫なんだけどさ。Pさん、私の上司がさ。うるさいんだ。そんな身体で行くくらいなら自分が! って」

加蓮「どうしても私が出ないといけない外での打ち合わせはぜんぶPさんが同伴。なんだか新人みたいだねってPさんに言ったら笑われちゃった」

加蓮「今日もさ、書類がなかったら絶対ついてきてたよ」

穂乃香「ふふっ」

加蓮「っと、打ち合わせしよっか。今日はフリルドスクエアのCMの件なんだけど――」

穂乃香「それでしたら、まずはスケジュールから――」

――20分後――

穂乃香「――といったところで、大丈夫ですね」

加蓮「うん、大丈夫大丈夫! スケジュール確認もレッスンの予定も作れたし、予算の問題もオッケー。あと何かあったっけ?」

穂乃香「…………」ウーン

穂乃香「いえ、今は大丈夫です。加蓮ちゃんは……」

加蓮「私もオッケー。じゃ打ち合わせはこれで終わりっ。お疲れ様でした~」

穂乃香「はい、お疲れ様でした」ペコリ

穂乃香「今回も……加蓮ちゃんや柚ちゃんからは、多くのことが学べそうです……」

加蓮「ん? ……なんだか勉強会みたいだね、こういうのって」

穂乃香「はい。もちろんお仕事だから真剣にやりますが、それ以上に私にとっては学ばせていただく場です」

穂乃香「もっともっと、アイドルとして上を――」

穂乃香「いえ。それよりはまず、楽しむことからですね。せっかく柚ちゃんとのお仕事ですし」

加蓮「へぇ…………」

穂乃香「次のお仕事は、私が引っ張るくらいで……。でも、柚ちゃんやあずきちゃんの勢いに、ついていけるかな……?」

穂乃香「ううん。大切なのは、できるかじゃなくてやりたいかですよね。加蓮ちゃんからも任されてしまっていますし」

加蓮「…………ん……穂乃香さん、なんか変わった?」

穂乃香「え?」

加蓮「いや……なんだろ。なんか、柔らかくなったような……」

穂乃香「そうですか? ……でも、もしかしたらそうなのかもと自分でも思うことがあります」

穂乃香「前の私は、1人でやることばかり考えていて……セルフプロデュースをやり始めて、なおさらそうなって」

穂乃香「でも、フリルドスクエアでは、みんなでやりたいって。私1人だけが目立つのではなく、みんなで力を合わせて……なんて」

穂乃香「昔の私では、考えられなかったことかもしれません。でも……柚ちゃんやあずきちゃんが、みんなで一緒にってよく言うから」

穂乃香「ふふっ。あの2人につられているのかも。きっと、忍ちゃんもそうだと思います」

加蓮「そっか。柚とあずきちゃんにか……」

穂乃香「この前のLIVEの帰り道の時もそうでした。先頭にあずきちゃんと柚ちゃんがいて、後ろから忍ちゃんがついていっているんです」

穂乃香「忍ちゃんは2人と一緒に、楽しそうだったり、たまに冷めてしまっていたり。でもいつも、笑ってる」

穂乃香「私が一番後ろから見ていて。そんな私にも、柚ちゃんが話を振ってくれます。楽しかった? って、何度も何度も聞いてきて……」

穂乃香「次も一緒にやろうね! って言ってもらえるのが、すごく嬉しくて」

穂乃香「笑って返すと、柚ちゃんもすごく満足したように笑うんです。私、あの笑顔が大好きで……♪」

加蓮「…………」

穂乃香「それと前に、柚ちゃんとあずきちゃんが……私が後ろにいてくれるからいろんなことができる、って、揃って言ってくれました」

穂乃香「私、3人についていけているか不安で……いえ、今もまだ少し不安というか、頑張らないとって思っています」

穂乃香「でも、柚ちゃん達の言葉を聞いた時……笑顔を見た時、つい、笑ってしまいました」

加蓮「…………」

穂乃香「……どうでしょう。柚ちゃんを見守ってほしいと加蓮ちゃんに頼まれて……私なりに、できることをやって来ましたけれど」

穂乃香「最近では、どうにかついていけるようになっている筈です。……なっている筈、うん」

穂乃香「でもやっぱり、加蓮ちゃんには敵いそうもないですね……なんて。ふふ、勝負ではありませんが」

加蓮「……あ……ははっ。すごい想像できるなぁ。穂乃香さんって、話すのが上手、なんだね……っ……」

穂乃香「ありがとうござ――え? 加蓮ちゃん……?」

加蓮「あは、ははっ……」ヒクッ

加蓮「おかしいよね。聞いてて面白くて胸が温かくなって……柚がちゃんとやれてるってことが、すごい嬉しいってだけなのにさ……」ヒクッ

加蓮「なんかさっきから――」

穂乃香「…………」パチクリ

穂乃香「えっと…………」

穂乃香「…………よしよし……」ナデナデ

加蓮「え……?」

穂乃香「あ。……ご、ごめんなさい」ヒッコミ

穂乃香「その、柚ちゃんが落ち込んでいる時や失敗してしまった時にも、よくこうしてあげているから……つい」

加蓮「ううんっ。…………え? 柚、に……?」

穂乃香「はい。最初は恥ずかしがったりするんですけれど、そういう時はよく、あずきちゃんや忍ちゃんが盛り上げてくれますから」

穂乃香「楽しいムードでいっぱいになって、そうしたらそのうち、暗いムードが吹き飛んでいて……」

穂乃香「また、私達で頑張るんです。もちろん、柚ちゃん以外の誰かが落ち込んじゃった時には、柚ちゃんが」

加蓮「……………………!」


柚『さっきのこと、穂乃香チャンと忍チャンにはナイショにしてて!』

加蓮『さっきのこと?』

柚『加蓮サンに甘えてたこと! ね! 甘える柚なんてヘンでしょ?』


加蓮『相変わらず周りの目が気になるんだね』

柚『う、うんっ。加蓮サンだから甘えられるの! 他の人に見られるなんてムリっ』


加蓮「そ、っか……あはは……そっか……!」

穂乃香「加蓮ちゃん……?」

加蓮「ううん。柚ってば、もうすっかり、フリルドスクエアの子だね」

加蓮「……あーあっ、なんだか妬けちゃうな。最近は柚も1人で現場に行くことが多くなって……しょーがないんだけどね。でも、柚を取られちゃった気分だ」

加蓮「もしかしてこれがアレなのかな。子供を嫁に出す親の気持ち? ふふっ、保護者だって言ってくれたもんね、穂乃香さん」

穂乃香「でも、加蓮ちゃん。柚ちゃんはよく、加蓮ちゃんのお話をするんですよ。いつも楽しい、って言ったり、加蓮ちゃんはすごい、って言ったり」

加蓮「そ、っかぁ……」

穂乃香「加蓮ちゃんが入院していた時なんて……ずっと不安そうに。私や忍ちゃん、あずきちゃんがどれほど「大丈夫」って言ってあげても、ずっと震えていて」

穂乃香「加蓮ちゃんがいなくなったらどうしよう、って、ずっとずっと……」

加蓮「……………………っ!!」ギュ

穂乃香「……加蓮ちゃん?」

加蓮「…………」スーッ

加蓮「…………」ハーッ

加蓮「――穂乃香さん」

穂乃香「はい」

加蓮「ありがとう。私の頼みを聞いてくれて。柚のこと、見守ってくれて」

加蓮「穂乃香さんがいるから無茶できるんだよ、あの子。そりゃその……無茶ぜんぶについていってほしいなんて言えないけど、これからも付き合ってくれると……嬉しいな……」グスッ

穂乃香「……はいっ」

加蓮「…………あはっ……ごめん、ちょっとだけ……」グスッ

穂乃香「…………加蓮ちゃん」

穂乃香「もしかして――」

加蓮「ふうっ。それよりももっと柚の話を聞かせてよ! 柚だってアタシの話をしてるんでしょ? ならアタシが柚の話を聞いてもいいってことだよね!」

穂乃香「……そうですね。例えば、この前は――」

――30分後――

穂乃香「そろそろ約束の時間ですので。お先に失礼します」ペコッ

加蓮「うん」

穂乃香「お体をお大事に。では……」スタスタ

<980円です
<はい
<ありがとうございました~
<ありがとうございました。ごちそうさまです

<チリンチリーン...

加蓮「…………あは」

加蓮「あはは……そっか……そうなんだ…………」

加蓮「柚…………そっかぁ…………」グスッ

加蓮「……っと」グシグシ

加蓮「さて、帰らなきゃ。帰って、」

――どくんっ!

加蓮「っ……打ち合わせの結果の報告と……それから、営業の準備を…………」

――数日後 事務所――

加蓮「…………」カタカタ

P「…………」カタカタ

加蓮「…………んっ…………」コスリコスリ

加蓮「っと。はいPさん。今日期限の書類……ごめんちょっと休む……」グター

P「お疲れ様、加蓮。何度も言うが――」

加蓮「何度も言わなくても分かってまーす」

P「…………」ハァ

加蓮「はー……もうちょっとしたらお昼だね。柚のロケ、確か午後からだっけ……今日から撮影開始んところだし、さすがに顔だしとこっかな……」

P「おい、その身体で行くのは――」

加蓮「ううん。プロデューサーとして、最初くらいは行っとかなきゃ……」

P「…………」

加蓮「車、大丈夫なんだよね。あと30分くらいか……」

P「――――加蓮」

加蓮「なに?」

P「病院に行け」

加蓮「……………………」

P「いや、行けじゃないな。連れて行く。柚ちゃんのことならその後で俺が見に行く。加蓮が直接行くよりは、そりゃ効果は薄いだろうけど……」

加蓮「……やだよ。ふふっ、まだ業務時間でしょ? そんな特別待遇はいらな――」

P「加蓮」

加蓮「…………うん」

P「気にはなってたんだ。……体力が戻るの、いくらなんでも遅すぎるだろう」

加蓮「…………」

P「なあ、どういうことなんだ? いや責めてる訳じゃない。話を聞きたいんだ。それは本当にちょっと調子が悪いだけなのか?」

P「前にお前が電話してきた時のこと、ずっと引っかかっているんだ」

加蓮「……やっぱり覚えてたんだ。あの電話のこと。Pさん、酔っ払ってたのに」

P「酔っていようがなんだろうがお前の話を忘れてたまるか」

加蓮「そーいうの、真顔で言わないで……」

P「あの時、なんて言いかけた? 電話を切るちょっと前の……もしかしたら、って後だ。なんでもないって加蓮は言ったけど、本当は何を言いかけたんだ?」

加蓮「…………何も、ないよ」

P「お前のなんでもないが、なんでもない訳がない」

P「それに、ここ最近の加蓮を見ていると……ずっと胸騒ぎがするんだ」

加蓮「……あはは……私に惚れてくれでもした?」

P「加蓮。俺は……その、加蓮の元担当で現上司だ。それなりに加蓮のことを分かっていると自負はしている」

P「でも、それなりでしかない。俺より加蓮の方がよっぽど分かってるだろ。自分が今、どんな状態にあるかってことを」

P「情けないが、俺は聞かないと分からないんだ。だから――」

加蓮「…………」

P「…………」

加蓮「…………」

P「…………分かった……せめて、これくらいは答えてくれ……」

P「また治療とか入院とかしたら……いや、少し大人しくしてれば、治るんだよな……?」

P「1週間……1ヶ月、いや1年だっていい。10年でもいい。ちゃんと入院すれば、治るんだよな……!?」

P「加蓮……!」

加蓮「…………」

加蓮「…………ずっと、目を背けてた」

P「!」

加蓮「だってさ……おかしいじゃん。昨日、私は柚のプロデューサーだったんだよ。今日もそう! それなら、明日だってそうなるに決まってるって……!」

加蓮「もう1年半くらい経つんだよ! 柚を見つけてから……私がプロデューサーになってからさ!」

加蓮「病気だって……ずっと、忘れてしまうくらいだった。走っちゃ駄目だって言われてたけど、そんなもんだって分かってれば、病気なんて――!」

P「……………………」

加蓮「Pさんに電話した時からずっとなんだ」

加蓮「ううん、違う。もっと前から……最初に柚の、フリルドスクエアでのLIVEを見た時から、ずっと」

加蓮「身体が、おかしいの。ずっと目を背けてたけど……そんなことないって、自分に言い聞かせてたけど……」

加蓮「…………」グスッ

加蓮「……Pさん。私の主治医さ、私が倒れたその日だけは絶対安静って言って、次の日からは好きにしろって、退院したいなら退院してもいいって言うんだ。なんでだと思う?」

加蓮「簡単だよ」

加蓮「横になっていても動きまわっていても、同じだから」

加蓮「早いか遅いかの違い」

加蓮「……そして、あの人は知ってるんだ。遅かれ早かれ"来る"のなら、私が大人しく横になっているだけを選ぶ訳がないことを」

P「……やっぱり、それって……!」

加蓮「でも、あの人さ、前に言ったんだ。まだ私が元気だった頃……生きているのが奇跡みたいな物だって」

加蓮「ヒグッ……だったらさ! 奇跡がまた起こるかもしれない! また不思議な状態になれるかもしれないじゃん!」

加蓮「それが分かってて柚のプロデューサーをほっぽり投げるなんてできないよ!」

加蓮「だって私、プロデューサーなんだよ! 元アイドルでもなんでも!」

加蓮「目を背けていればいつか元通りになるって思ってた。忘れていればいつか消えてなくなるって思ってた。思ってたんだけど……」

加蓮「……世の中、そんなに都合良くなんてないんだね」

加蓮「私、何か悪いことしたのかなぁ……ううん、悪いことしてばっかりか。こんな身体なのにアイドルやりたいとか言ったり、プロデューサーやりたいとか言ったり……ワガママ言ってばっかだもんね」

加蓮「あはは……っ……」グスッ

P「…………加蓮……っ…………」

P「……嘘……だよな?」

加蓮「え?」ヌグイ

P「はは……悪い……俺が馬鹿だったわ。そんな訳ねえよな。だって加蓮、今ここに立って……いや立ってはないか。座ってるし、すげえ元気そうじゃねえか!」

P「あれだよな、加蓮がいっつも弱ってるイメージがあったからつい変な妄想しちまったんだな俺!」

P「ははっ、きっとそうだ。ちょっと最近そういうドラマを見たとか夢に見たとか……」

P「いっ、今だから言うけどな! 俺、加蓮が死ん――いなくなる夢とか、けっこうよく見るんだ!」

P「言ったらお前に怒られると思って言わないようにしてたんだけどさ! それのせいかな、現実と夢がごっちゃになっちゃったか! はは!」

加蓮「…………」

P「…………はは……っ……だよ、な……?」

加蓮「…………」グシグシ

加蓮「……ふふっ」

P「!」

加蓮「Pさん……ヒグッ……それは、もう私の通った道だよ」

P「……!!」

加蓮「もう、なんにも残っていない道。ずっと目を背けていた頃の私が通った道」

加蓮「あのね、Pさん」

加蓮「ありがとね。こんな私のワガママに……復帰見込みもないのにここにいさせてくれって言ったり、プロデューサーをやりたいって言ったり。そんなことにずっと付き合ってくれて」

P「やめろ――」

加蓮「それから、これが最期の"ごめんなさい"」

P「やめろっ――」

加蓮「Pさん、あの晩に言ったよね。また私のプロデュースをしたいって」

加蓮「……あはは……ごめんねっ! ちょっとそれ無理っぽい! もう、私――」

P「やめろっ!!」

加蓮「…………」

P「はー、はー…………そういうの、やめろっ……まだ……まだ決まってねえんだろ!? また、元気になって、それから――」

加蓮「…………」

P「…………」

加蓮「――なーんてねっ!」

P「え……?」

加蓮「そう簡単にぶっ倒れてたまりますか! 今のは、あくまで保険みたいな物だよっ」

加蓮「ほら、病は気からって言うじゃん? ずっとへばったままだったから、ちょっと弱気になっただけなの」

P「加蓮……?」

加蓮「Pさんもそういうことない? ひどい風邪を引いて、もう何日も寝込んじゃった時にさ。もしかしたらこのまま……とか想像しちゃうの」

加蓮「それとおんなじだよ。ちょっと弱気になっちゃっただけ」

加蓮「だから予防線を張っちゃった。あーあ、駄目だなー私。奈緒や柚と約束してるのにね。病気を治してアイドルに、って」

加蓮「もちろんPさんともね! って、Pさんのは約束じゃないっか」

加蓮「なんだろ。信頼? 期待?」

加蓮「そんなのかけられちゃったらもう応えるしかないよね。期待に応えてこそ、アイドルだもん!」

P「加蓮…………」

加蓮「だから、今のは忘れて――」

加蓮「…………」

加蓮「…………」

加蓮「…………うん。正直なことを言うね」

加蓮「予感はしてる。でも、大丈夫だって想いが同じくらいあるよ」

加蓮「こういう時、熱血キャラなら大丈夫だって強く思って乗り越えたりするのかな……。でも私、そーいうキャラじゃないから」

加蓮「もしも……を考えて、動いてる感じ。そういうのがプロデューサーかな、って」

加蓮「だから今のは、ぜんぶ"もしも"の話。保険みたいな物だよ」

P「…………じゃあ……今すぐいなくなる訳じゃ……ないんだよな?」

P「それが決まっている訳じゃ、ないんだよな?」

加蓮「うん。それは絶対に。嘘じゃない。……信じて」

P「……分かった」

加蓮「ありがとっ」

P「俺こそありがとう、加蓮。本音を言ってくれて」

加蓮「……えー? 分かんないよ? もしかしたらぜんぶ大嘘かもしれないし」

P「馬鹿言え、これだって元担当で現上司だ。加蓮がこういう時に嘘をつかない奴だってことくらい知ってるよ」

加蓮「そっか」

P「とりあえず……とりあえず病院は行くぞ。そんだけフラフラになってプロデューサーも何もあるか。お前が嫌だと言っても担いで行くからな」

加蓮「はーい。でも入院だけはやらないからね。ホントにそんなヒマないんだから……」

P「……なぁ加蓮。このこと、柚には……」

加蓮「…………迷ったんだけど……最初に話した時に、その、泣きそうな顔されちゃって……それから、まだ何にも話せてないの」

P「そっか……」

加蓮「やっぱちゃんと話さないといけないよね……いけないんだけど……」

加蓮「…………柚のあの怯えた顔、ちょっと見たくなくて……」

加蓮「話さないと、いけないんだけどさ……」



――そして、夏が来た。


――7月 事務所――

加蓮「柚、時間だよ」

柚「え、もうそんな時間!? じゃー穂乃香チャン、この勝負は引き分けってことで!」

穂乃香「ふふ。次まで持ち越しだね」

柚「うんうんっ」

穂乃香「準備は大丈夫? 柚ちゃん」

柚「オッケーオッケー! さーて、アタシのせくしーぼでーでみんなユウワクしてきちゃうよ! 楽しみにしててね、加蓮サン!」

加蓮「うんっ。私はついていけないけど……しっかり頑張ってきてね、柚」

柚「もっちろん! 加蓮サンは次のお仕事の計画立ててね。計画大作戦! なんてっ、あずきチャンのマネ~♪」

加蓮「ホントそれお気に入りだね。じゃあ……穂乃香さん、柚をお願い」

穂乃香「はい。行こ、柚ちゃん」

柚「うん。えいっ」ガシ

穂乃香「きゃ」

柚「ささ、しゅっぱ~つ♪」

<バタン

加蓮「さて、打ち合わせまでに書類を片付けないと……Pさんも忙しいんでしょ? 下手すると徹夜だーって言ってなかった?」

P「おっとそうだった。いかんいかん」カタカタ

加蓮「……何ぼーっとしてんの? 柚にでも見惚れた? それとも穂乃香さん?」

P「違ぇよ」

加蓮「ふふっ」

P「ただ、ちょっと気になっただけだ。ほら、加蓮のこと……柚ちゃんには話したのか、って」

加蓮「ああ……やっぱ駄目だよね、ちゃんと話さないと。……あの顔はホントに見たくなくて……でも、そういうことじゃないよね」

P「時には傷つかないといけない時だってあるだろ。そして、それを乗り越えてこそ本当の信頼関係が築けるってもんだ」

加蓮「そっかー……」

P「お、今俺ちょっといいこと言った」ドヤッ

加蓮「あははっ、さすがPさん。じゃ、柚が帰ってきてから……うん、覚悟を決めなきゃ」

P「おう。俺はまた加蓮がいらんことを言わんように見はっとくぞ」

加蓮「えー何それ。もー」

加蓮「にしても……ねえPさん……この部屋、なんか暑くない?」

P「え? いや、何言ってんだ加蓮。クーラー26度設定だぞ? むしろ少し肌寒いくらいで――」

加蓮「だって、こんなに――」グラツ


加蓮「……あれ…………?」

視界が傾いた。

その瞬間に、なぜか分からないけれど、すごく冷静に、判ってしまった。

ああ、そっか。

来ちゃったんだ、って。

「加蓮? …………加蓮!? 加蓮!!??」

Pさんが慌てて駆け寄ってくる。でも、間に合わない。

どさっ、と。

私の身体が、床に投げ出される。

ごめんなさい、Pさん。

ずっと、迷惑をかけてばかりでした。

アイドルができなくなった時も。

アイドルにしがみついていた時も。

ワガママばっかり、言っていました。

……謝るな、って言われちゃうかな?

じゃあ。

ありがとう、Pさん。

「忘れ物~っ♪ アタシうっかりしちゃってた! 今日の、」

扉が開く。

柚と、穂乃香さん。

穂乃香さんの腕を引っ張って、事務所に戻ってきた柚。

「……………………え…………? 加蓮、さん…………?」

2人とも立ち尽くしている。……また、びっくりさせちゃったかな。

ねえ、柚。

もう、大丈夫だよね。

私がついていかなくても、頑張ってるもんね。アイドル頑張ってるって、いつも話してくれたもんね。

自分に悩む柚なんて、もういないし。

やりたいこと、いっぱいできてるよね。

それに。

柚に――甘えられる人を遺せて、よかった。

だから、もう、大丈夫だよね。

……。

…………もっと。

もっと、真っ直ぐ向い合っていればよかった。

柚が帰って来てから、なんて言うんじゃなくて、呼び戻してでも話すべきだった。

私がいなくなってしまうかもしれないこと、もっとちゃんと伝えておけばよかった。

ずっと、時間が続いていたから……もしかしたら、この後悔は、罰なのかな。

それに。

約束、を、叶えることが――

……。

…………。

……。

…………。



――想うだけの日々に包まり 守ってたのは弱虫な心
――きみに会えて ヒカリを知って 夢がいろを持ったよ

――9月 病院・加蓮の個室――

<コンコン

<シーン...

柚「……お邪魔しま~す」ガラッ

柚「…………」

柚「……やほっ、加蓮サン」

柚「加蓮サンはねぼすけサンだな~。いつかアタシの家に来た時もそうだったっ。ぐーすか寝ちゃっててっ、ちょっと面白かった!」

柚「…………まだ、起きないのかな」

柚「そっか……」

柚「……早く起きて、そんで、病気なんて治しちゃって、アイドルやろうね!」

柚「早くしないとアタシ、どんどん先越しちゃうぞ~? ふふっ、今度はアタシが加蓮サンのプロデューサーだ!」

柚「…………」

柚「あ、そうだ!」ガサゴソ

柚「これ、加蓮サンにプレゼント。フリルドスクエアのみんなで選んだの」

柚「時計っ。加蓮サン前に言ってたもん。今の時間がずっと続けばいい、ずっと続くんだ、って」

柚「時計がないと、時間が続いているか分かんないもんね!」

柚「あと、これ聞いてたら、早くやらないと! ってなって、加蓮サンも慌てて目が覚めるかなって」

柚「アタシも朝とかよくバタバタするんだ。お母さんにいっつも呆れられちゃう」

柚「加蓮サンもだね。ふふっ、やっぱりお揃いだ!」

柚「…………」

柚「加蓮サン」

柚「誕生日、オメデト」

柚「来年は……一緒に、ケーキ食べようねっ」

<ガラッ

<シーン...

――病院の廊下――

柚「あれっ?」

奈緒「あ……」

柚「奈緒サンだ! うわ~久しぶり! あれっ、あの時より髪の毛伸びてる!」

奈緒「柚ちゃん。はは……久しぶり」

柚「今日はどしたの? 加蓮サンのお見舞い? あははっ、加蓮サンねぼすけだからがっかりしちゃうかもっ」

奈緒「……、……いや、アタシはいいよ」

柚「あれ?」

奈緒「加蓮がどんな状態でも、ずっと待ってるってのは同じだからさ」

奈緒「むしろ、加蓮を見たら揺らいじゃうっていうか……そこにある現実を認めなくちゃいけなくなって、その……」

奈緒「も、もちろんアタシは信じてるけどなっ。いつか加蓮がアイドルに復帰するって!」

奈緒「次に見るのはアイドルになった加蓮の姿だって決めてんだアタシ! だからその……い、今はナシ! 今日はちょっと近くに来たから立ち寄ってみただけだ!」

柚「うん。加蓮サンは絶対、帰ってくるよ」

奈緒「そっか! 柚ちゃんが言うなら間違いないな、うん!」

柚「そうそうっ」

奈緒「あ、そうだ柚ちゃん。アタシの分まであのねぼすけに言っておいてくれ。さっさと戻ってこい! 待ってるから! ……って」

柚「あいあいさーっ」

<テクテク

柚「さーてとっ。LIVEに行かなきゃ。今から間に合うカナー。みんな待ってるかも♪」タッタッタ

柚「…………」チラッ

柚「…………加蓮サン……」

柚「…………」グスッ

柚「ううん――」ヌグイ

柚「……行ってきます」



――まだね 慣れない温度
――甘えるの下手なわたしでも 待ってね

――車内――

柚「…………」

P「…………」

柚「…………アハハ、大丈夫! 加蓮サンはその、今はちょっと、休憩ってだけっ!」

柚「あのね、加蓮サン、アタシがサボってたりしたら頭にツノ生やすんだよ。それが夢に出るくらい怖くって!」

柚「アタシがぼけーってしてたら、加蓮サン、またツノ生やしちゃうから! だから、やらなきゃ!」

柚「加蓮サンが戻ってきた時に、ちゃんとやってたよって自慢するんだ!」

P「……そうだな。あいつが戻ってきた時に笑われるのは、俺も嫌だ」

柚「うんっ…………」

柚「……でも、もっと話してくれたらよかったのに」

P「…………」

<ブロロロロ...

P「加蓮さ、たぶん、ずっと戦ってたんだと思う」

柚「加蓮サンが?」

P「ああ。自分が死ぬかもしれないってことに気付いた時から、ずっと」

P「それに対して、死ぬ訳がない、死ぬ訳にいかないっていう強い気持ちでさ」

柚「そう、なのかな……」

柚「でもっ、加蓮サンは負けないよ! きっと、ううんっ、絶対!」

P「ははっ、そりゃそうだ。アイツさ……初めてレッスンを受けた時に5分も保たなかったんだ。ホントに体力がすっからかんでささ。普通に考えて、アイドルになれる訳なんてない筈なんだけど――」

P「そこからアイツはずっと頑張ってきた。結果、1度だけどLIVEに出たんだ」

P「……その後のことは柚ちゃんも知っての通りだ。加蓮は勝てないことに対して絶対に負けないんだ」

柚「うんうん」

P「っと、昔の話をしたら怒られちまうんだったな。1週間徹夜ー! ってさ」

柚「そうだよそうだよ! 加蓮サン、こう、ツノをがーって生やしてやってきちゃうよっ」

P「だな……」

柚「……あ、実はー、もう勝っちゃった後とかっ。そんで、今の加蓮サンは休憩中! だって加蓮サン、すぐへばっちゃうんだもん」

P「そうかもな。今は、休憩中だ」

柚「うんっ」

P「あー……そのー、だな」

P「加蓮は休憩中だから、代わりに俺が柚ちゃんの担当を……させてもらっても、いいか?」

柚「えーっ、加蓮サンより頼りにならなさそう!」

P「うぐっ」

柚「それに加蓮サンにツノ生やされちゃうよ? 前も言ってたんだ。柚のプロデュースは自分がする! って。へへっ」

柚「Pサン2回も怒られちゃうね! 昔の話をしたことと、勝手にプロデュースしたこと!」

P「そ、それはだなー……」

柚「なーんてっ。ウソウソ。よろしくね、Pサン」

P「ほっ」

柚「あ、でも加蓮サンが戻って来るまでだよー? 戻ってきたらクビっ」

P「……ああ。あくまで、俺は代理だよ。俺の担当は1人しかいないし、柚ちゃんのプロデューサーだって1人しかいないんだ」

柚「うんっ」

<ブロロロロ...



――神様が綴る物語のなか 主役じゃなくていい
――その瞳に映してく ひとつだけのシネマ

――ヒロインでいたいと思うのは らしくないかな?

――楽屋――

<こんなのどうかな!? アクセサリーいっぱい大作戦!
<あずきちゃん、たくさんつければいい物じゃないよ……すごいことになってるよ?

穂乃香「……うん。柚ちゃん、まとまったよ。これでいい?」

柚「おー! さすが穂乃香チャンっ!」

穂乃香「ふふ。髪、だいぶ伸びてきたね」

柚「うん。そのー、えと、き、切りたくなくて!」

穂乃香「そうなの……。…………」ナデナデ

柚「うゅっ。な、なになに!? アタシ今は大丈夫だよ!? 充電いらないよ!」

穂乃香「あ……ごめんね。昨日のこと、思い出しちゃったの」

柚「ええっ!?」

忍「昨日のって、柚ちゃんが穂乃香ちゃんに撫でられてふやけてた時のこと?」ヒョコッ

柚「んなっ!」

あずき「最後にはみんなで、柚ちゃんすごい~! ってお神輿みたいになってたよね♪」エヘヘ

柚「も、もー! 思い出すなー! 穂乃香チャンもやめてーっ」

穂乃香「ご、ごめんね?」

<あずきも撫でる~
<え、アタシ撫でられる側!? 年齢的に逆じゃない!?

柚「でもなんか足りないなー。穂乃香チャンの考えた衣装もメイクもカンペキなんだけど、うーん」

柚「……あ、そうだ! ねね、穂乃香チャン。これで柚の髪結って! こう、美人系で!」

穂乃香「うん、分かった。……これは、白い蓮の髪飾り?」

柚「へへっ♪」

柚「……ホントは、プレゼントのつもりだったけど……」

柚「ね、ねぼすけサンなのが悪い! アタシが使っちゃうっ」

穂乃香「…………」

穂乃香「うん。ちょっと待っててね、柚ちゃん」



――ミントの香りが弾けるような 運命のような
――出会いを繋いで ここから これからもたくさんの夢を奏でよう

穂乃香「はい。これでいい?」

柚「できた!? ……お、おおおっ! すっごくいい感じだ。穂乃香チャンありがと! さっすが!」

穂乃香「ふふ、よかった」

柚「今日の柚はあの歌を歌うからー、ちょっぴりしっとり系だっ」


柚「これつけてたら――私も、大人っぽく見えるかな? ふふっ」


穂乃香「……!」

柚「なーんて甘いかっ♪ アタシはアタシらしく……あれ? 穂乃香チャン? どったの?」

穂乃香「…………」

穂乃香「…………」ヌグイ

穂乃香「……ううん、なんでもないの」

柚「ヘンな穂乃香チャン。そうだ! 今度はアタシが穂乃香チャンの髪を結ってあげる!」



――キラキラ煌めくかけがえのない時を きみと歩いてる
――この瞳に映してく ひとつだけのシネマ
――そう 鮮やかなキセキ

――LIVE会場――


――神様がくれた時間は零れる あとどれくらいかな
――でもゆっくりでいいんだ きみの声が響く
――そんな距離が今はやさしいの 泣いちゃってもいい?

――ずっと 側に いたいよ・・・


<パチパチパチパチ....
<パチパチパチパチ....


柚「……よしっ」

柚「みんなーっ。しっとり系の柚はどうだった? 『薄荷-ハッカ-』、でしたっ」

<パチパチパチパチ....
<パチパチパチパチ....

柚「……え、えっとぉ……」

柚「もっと盛り上がっていいよーっ! その、拍手も嬉しいけど、やっぱりわーってなった方がアタシも嬉しいから!」

<……
<……ワアアアアアアアアア――っ!!

忍「(マイク拾わず)ちょ、柚ちゃん!?」

柚「(マイク拾わず)だいじょーぶだいじょーぶ! ほら、次の歌はいつも通りのだしっ」

忍「(マイク拾わず)いやでも……!」

あずき「はーいっ、シリアスタイムはここまで! 次は最後の曲だよ~っ♪」

<エエエエエエエエエエ――!

柚「あ、ちょっとあずきチャン!? 今はアタシのMCタイムー! ズルい!」

あずき「ふふっ、いいとこ横取りしちゃおう大作戦、大成功!」

穂乃香「これは……柚ちゃんの負けですね!」

柚「アタシの負け!?」

忍「仕方ないよ。柚ちゃんがぼうっとしてるから」

柚「しかもアタシのせい!?」

あずき「だって横取り大作戦だもん! 横取りされる方が悪いっ」

柚「……も、もー! グダグダだーっ! とにかくラスト、行くぞー!」

柚「みんなも盛り上がっていこーっ!」

<ワアアアアアアアアア――っ!!



――楽しいこと、いっぱいやってて待ってるからっ。
早く来ないと後悔しちゃうぞ、加蓮サンっ♪

だから……早く、帰って来てね。



おしまい。読んでいただき、ありがとうございました。

>>1のSSはよく読んでて、好きなのが多い。
まとめサイトとかにまとめられたコメント読んでるかな?今回のは見た方がいいかも(まとめられたら)
キャラの扱いとか下手すると叩かれそう。でもその辺は俺よりそういう人達のが色々言ってくれるだろうさ

乙乙
いいssだった一気に見てしまった
柚と加蓮…この2人の組み合わせは考えてなかったなー

>>541
コメントありがとうございます。
今回、某所にて既にまとめていただいているみたいですね。そちらにも感謝します。

まとめサイトにて頂いたコメントは、すべて……とは断言できませんが、できる限り拝見し、そして参考できる物は参考にさせていただいております。
叩かれる物を書いている自覚は多少なりともあります。
それでも楽しんでいただける方がいらっしゃるなら、そういう作品があってもいいかな、と私は思っています。

あ、リロードの関係で見落としてしまいました……。>>542様も、コメント、ありがとうございます。

あ、感想が書けないっていうのは悪い意味じゃなく
万感の思いというか
泣くのも加蓮が死んだわけじゃないから違う
かといってハッピーエンドでもない
切なくなるけど柚は柚なりに前向き
もうぐちゃぐちゃでよくわからなくなっちゃった感情

それともしよろしければ過去作を教えていただけると……

>>1です。皆様、本当にご感想ありがとうございます……!


>>548
過去作一覧ですー

<単発>

道明寺歌鈴「もしも藍子ちゃんと加蓮ちゃんが逆だったら」

モバP「Y.Oちゃん談義」相葉夕美「岡崎泰葉ちゃんだよね?」

北条加蓮「菜々ちゃん、ちょっと学校の宿題を教えてよ」

北条加蓮「マイアイドル?」

高森藍子「蓮の華と鈴の音が、小さな小さな花へと届く」

喜多見柚「もちつもたれつ!」

北条加蓮「普通の、9月5日」

モバP「街路樹に銀杏色が視える頃」

北条加蓮「今月のカバーガール?」

北条加蓮「あっという間の」安部菜々「1年でした!」


<単発:続き物>

高森藍子「お酒が飲める歳になって」
北条加蓮「お酒が飲める歳になって」

安部菜々「いつか来る試練……!」
高森藍子「隠されてしまったらいいのに……!」
北条加蓮「……叫ぶことがない!」

道明寺歌鈴「藍色!」北条加蓮「思い出達」相葉夕美「お花っ」
相葉夕美「CDデビューのメンバーに私の名前がないんだけど!?」


<イメージソングシリーズ(シリーズと言っても一作だけ・横の繋がりはなし)>

北条加蓮「一番の宝物」


<レンアイカフェテラスシリーズ>

北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「たまにはジャンクフードでも」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「今度は、室内の席で」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「今度は、室内の席」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「誕生日の前の日に」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「あなたの声が聞こえる席で」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で にかいめ」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「いつもの席で」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「涼しいカフェテラスで」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「10月下旬のカフェで」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「11月のカフェで」

高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「温泉にて」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「いつものカフェで」

北条加蓮「藍子と」高森藍子「記念パーティー前の時間を」

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