テレパシーが使える女子に会った話 (27)
初めての部活は美術部に入った。
本当は写真部がよかったんだけど、
ここには写真部がなかったから、
似てるんじゃないかと思った美術部に入ったんだ。
部員は少なかった。
俺のクラスの美術部員は俺だけだった。
活動する時間は放課後。
活動に使える教室は4つ。
俺は、その中で1番高い階にある教室に行くことにした。
白紙のプレートのある扉を開くと、
そこには1人の女子生徒がいた。
彼女は、教室の中に1つだけある椅子と机を窓に向けて、
その上で絵を描いていた。
俺が扉を開く音に反応して、
彼女がゆっくりとした動きで俺を見る。
窓から差し込む夕日に照らされて、
彼女の姿は赤く色付いて見えた。
「こんにちは」と挨拶をしてみると、
彼女は静かに会釈を返して、
自分の作業に戻った。
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少し戸惑ったけど、
開いた扉をただ閉めて去るというのも変な話だし、
美術部らしき彼女と話をしようと思った。
「あのー」と、会話を始めようとすると、
彼女は振り向いて、
1冊のノートを開いて俺に見せた。
そこにはこう書いてあった。
「椅子と机は、持ってきた方がいいよ」
確かに必要だ。
他にも、何を描いているのかだとか、
なぜ1人なのかだとか、
美人なんですねだとか、
聞きたいことは色々とあったが、
一番に聞きたいことが今決まった。
「どうして言葉を紙に?」
俺には彼女の声が聞こえていた。
…口は動いていなかったけど。
訪れる静寂。
まあ、元から音を発していたのは俺だけだったんだけど。
彼女がノートを閉じて俺の顔を見る。
彼女の声が聞こえてくる。
聞こえるよ、とそのまま伝えると、
彼女は嬉しそうな、悲しそうな、
よく読み取れない曖昧な表情をした。
そこからは会話が続きそうになかった。
彼女の声は聞こえなくなり、
俺も何を言えばいいかわからなくなってしまった。
次は、机を持ってくるよ。
そう言い残して、俺は教室を出ることにした。
教室を出るときに見た彼女は、
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
翌日。
俺は、言われた通りに椅子と机のワンセットを持って教室へ向かった。
扉を開くと彼女の姿はなく、
席だけが昨日と同じ場所にあった。
どこかへ行っているんだろうか。
ここにきて思ったのだが、
俺はどこへ席を構えればいいんだろうか。
本人がいない間に隣に席を置く、
というのは気が引けるし、
かといって遠くに座っても、
逆に気マズくなるとしか思えない。
考えた結果、
やはり彼女の隣に失礼することにした。
しかし、席をくっつけるほどの勇気は俺にはなかった。
寝ます
彼女の机の上にはスケッチブックがあった。
表紙には、リスが鉛筆を抱えているイラストが描かれていた。
この可愛いげのある表紙の裏には、
彼女が今まで描いてきた絵があるのだろう。
そう思いながらその表紙を見つめていたら、
誰かが教室に入ってくる気配がした。
彼女だった。
そういえば扉を閉めていなかったな。
机まで歩いて来た彼女から、こんにちは、と聞こえた。
俺は彼女に「こんにちは」と言った。
とりあえず何か会話をしようと思ったんだけど、
えっと、とか、
あのー、とか、
そんな言葉しか出なかった。
何か考えておくんだった。
考えるときの癖で下を向いていたら、
昨日は見えなかった、彼女の上履きに緑色のラインが入っているのが分かった。
緑色は2年だ。
つまり俺の1つ年上だった。
上履きを見比べた俺を見て、彼女は年を気にしてると思ったらしい。
ノートを取り出すとこう書いてくれた。
「べつにふつうでいいよ」
「私は喋ってすらないから」
むしろ、その喋れないことが気になってるんだけど、
まあ、喋れない人間だっているだろう。
変な話だが彼女の声は聞こえているから問題ない。
そうだ、声は聞こえているんだ。
なぜノートに書いたんだろうか。
「今日も聞こえてるよ」
改めて伝えると、彼女は次の行に続けて書いた。
「これでいいの」
彼女がノートに書き終わるより前に、
彼女の言いたいことが分かる。
それがおかしくて、少し笑った。
こういうの、テレパシーっていうんだよな。
実在したのか。
俺も彼女にテレパシーを送ろうとしてみたら、
やはりというか何も聞こえないようで、
彼女は困っていた。
「あーここって、座ってもいいですかね」
俺がついさっき用意した自分の席を指差すと、彼女は頷いてくれた。
お互いが座ると、俺は彼女に聞いた。
「テレパシーっていうか、そういうのってあるんだね」
彼女はノートに書き出す。
「そうみたい。聞こえる人も少ししかいないけど」
みんなに聞こえるわけじゃないのか。
だから最初にノートを使ったわけだ。
話さなくても言いたいことが分かるというのは、実に違和感のある感覚だった。
でも、この特殊な状況は少し楽しかった。
しかし今は美術部。
彼女が、何も始めようとしない俺に疑問を持つのは早かった。
なにもしないの?
彼女は心の中で思っただけのようだったが、漏れていた。
「写真部に入りたかったんだけど、なくてさ、代わりに入ってみたんだけど」
「実際、どんなことをしたらいいのか」
わからない。そう彼女に言うと、
彼女は自分のスケッチブックを開いて見せてくれた。
「私は、こういう景色があったらいいなって思って、描いてる」
隅にそう付け加えられたページは、森の中だった。
浅い小川の上から、その流れの先を見つめているような景色。
上手いなーと思った。
というか口に出ていた。
実際見たら綺麗だなと思った。
思って、思うことがあった。
「やること思いついたよ」
「いや、今はちょっと出来ないけど」
「うん、今日は帰る」
テレパシーな彼女とのスムーズな会話を終え、俺は教室から出た。
次の日、俺は森に入った。
彼女の見たい景色を探しに行った。
小川を見つけてその上に立ったとき、
彼女と同じ気持ちになった気がした。
カメラを構える。
なるべく彼女の絵に忠実に。
小川の先を見る。
やがて木々に阻まれて見えなくなる。
流れる川の音を聞きながら、
俺はシャッターを切った。
石英の人?
「あったよ」と、彼女に写真を差し出す。
受け取った写真を見る彼女の表情が明るくなる。
「スゴイ」
その3文字で俺は嬉しくなれた。
俺も彼女の絵をすごいと思ったから、
実際の景色もすごいってのは、良いことだ。
後から分かったけど、実際に探そうと思った俺をスゴイと言っているらしかった。
どっちにしろ嬉しいことだ。
「あげるよ、その写真」
そう彼女に言うと、彼女はスケッチブックから森の絵を切り離して、
裏に何か文字を書いて、俺に渡した。
そこには、「交換しよう」と書いてあった。
ありがたく受け取った。
こうして、俺の美術的活動が始まった。
>>16 初めて投稿してます
それから俺は彼女の色んな絵を見た。
そして色んな写真を撮った。
埃の積もった古時計。
紫陽花の葉に乗るカタツムリ。
川を下る笹舟。
雪の積もった鯉のぼり……、これは撮れなかった。
コンクリートブロックから顔を出すトカゲ。
白線の上を歩く黒猫。
写真を持っていくたび彼女は喜んだ。
俺も楽しかった。
明日は何を探すだろうか。
それは見つかるだろうか。
綺麗に撮れるだろうか。
彼女の次の絵はなんだろうか。
そこには洋館があった。
白い壁に黒い屋根、
上品な窓の、高級そうな家。
その家の隣に文字が書かれる。
「これは、私が住んでた家」
お嬢様だったんだな、と思った。
それから彼女は自分のことを教えてくれた。
彼女は、この広い家の一室で、
幼い頃から絵を描いていたらしい。
母親が画家で、絵の描き方を優しく教えてくれた。
父親は偉い人で、彼女の描いた絵を見ては誉めてくれた。
仲の良い家族だったんだ。
「その頃は、声を出せてたんだ」
俺が言うと、彼女は、しまったという顔をした。
俺には、彼女が伝える気のない記憶も聞こえてしまっていた。
けど、そんなことはどうでもよかった。
彼女の言葉は聞こえるし、不便に思ったことはない。
これからも絵と写真を交換する日々が続けばいい。
2ヶ月が経った。
彼女の描いた絵はもう最後になっていた。
綺麗に描き直した絵をあげたいから、ちょっと待っててね。
彼女にそうお願いされてから、俺は自分の撮りたい写真を撮った。
空や山、古びた道路や自動販売機、
どれもしっくり来なかった。
俺が撮りたいものは彼女が見たいもの以外になくなっていた。
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