死んで生まれ変わったら小松伊吹の靴になってた。 (64)

死んで生まれ変わったら小松伊吹の靴になってた。


何をいっているかわからねーだろうが俺にも分からん。
マイスウィートエンジェルこと小松伊吹ちゃんのイベントの帰り道、伊吹ちゃんの足を舐める妄想をしてたら、うっかり赤信号を渡って大型車に轢かれたところまでは覚えている。

それにしたって何でこんな事に…
心当たりなんて俺が足フェチな事と最近ブードゥーの儀式に使う壷を親戚からもらったくらいしか無いんだが…

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考えても仕方ないここはポジティブにいこう。
どうせ伊吹ちゃん以外生き甲斐のない人生だったんだ。人間で無くなったところでなんら問題はない。
口うるさい両親や嫌味なバイト先の連中の顔を拝まずに済むんだ。むしろ好都合さ。


いま分かっている事は、俺は伊吹ちゃんがお外で踊る時のスニーカーに生まれ変わった事、そして…




伊吹「それじゃ!いってきまーす!!…よっ」スポッ




俺の伊吹の足は最高だって事さ。

すううううううううううううううううはああああああああああああああああああああ…
すううううううううううううううううはああああああああああああああああああああ…

くっふううぅっ!!!wwwwwwwwwwwwww今日もwwwwwwwwwwwwwwwwww今日も芳しいぞ伊吹いいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
くんかくんかスンスン!ハスハス!くぅぅぅぅぅ!気持ちいい!嬉しい!香ばしいいいいいい!!!wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
俺の鼻腔をくすぐるように僅かに感じる汗の香り、ふんわりと香るメスの匂いとしか言いようのない甘い甘い官能的な香り、そしてこの…




伊吹「やっば、遅れちゃう…!」タッタッタッ



感ッ触ッッッ!!!


ギュッと踏まれては、ふわっと離れ、ギュッと踏まれては、ふわっと離れ…
彼女の足はまるでぼく身体を焦らすように押し付けては離れ押し付けては離れを繰り返し、その感触は足の裏という最も皮膚の厚い部分でありながら柔らかく、それでいてしっかりと筋肉の躍動を感じる頑張り屋さんの足だ。それでいてそれらを支える骨格は少女のそれに間違いなく、華奢で可愛い指先からは未熟さ故の色気と「萌え」を感じてしまうのは男の性としか言いようが無いだろう。



否!!性である!!!



靴になってから自分の体勢というものがよく分からないのだが、気持ちの上では四つん這いだ。ぼくは彼女の足元で子猫のように縮こまり彼女の足元にいる感じ。しかしそれは隷属だとかそんな下賎なものではないいぼくが彼女の足元支えている、彼女のキレイで可愛らしい足に泥がついてしまわないように守ってあげている。そんな自負がぼくにはある。そう、ぼくは今彼女の足を守る親衛隊、近衛兵だ。

嗚呼、嗚呼…嗚呼!!何故!何故!何故今のぼくには舌が無いのだろうか!!彼女の靴に生まれ変わったのは正に神様からのプレゼントに違いは無い。だったらせめて舌くらいは残しておいてくれたってよかったではなかろうか!そうすれば例え彼女の足が汚れてもキレイに舐めとってあげられるのに…

伊吹「おまたせー!」

ダンス仲間「あ、やっと来たー」

ダンス仲間「おっそーい!」

伊吹「ごめんごめん!あとでジュース奢るからー」



彼女の足を守る近衛兵になって新たに知った事だが、どうも彼女はアイドルになった今でも近所の公園でストリートダンスを踊っているらしい。ステージの練習も兼ねているようだが、理由の大部分はは単純に楽しいからに他ならない。


伊吹「~♪」タンッタッ



ライブあイベントでもキレッキレのダンスを踊る彼女のダンススキルの原点はここにある。
彼女いつもまっすぐで自分に正直、楽しい時は「楽しい」とハッキリ言うし



ダンス仲間「伊吹ぃ、今日妙に機嫌良くない?」

伊吹「んー、そう?新しく買ったこの子がいい感じだからかなー?」



好きな人には「好き」というのだ。
彼女の足元にいるぼくには彼女足から伝わる彼女の「躍り」がはっきりと分かる。そしてそれが彼女への愛から生まれ変わったぼくのおかげに他ならない事も。

彼女がステップを踏むたびに砂埃が上がり、地面との摩擦に身体が削れていくのを感じる。
だがそんなものでぼくの愛まで傷つけることはできない。彼女と相思相愛になった今の僕に不可能はない。

何せ、愛とは何より強いのだから。




伊吹「じゃーね!また今度ー!」

ダンス仲間「ちゃんと連絡頂戴ねー!」



すううううううううはあああああああああああ…すううう…?
おっと悦に入ってる間に今日のダンスタイムは終了みたいだ。
今日もいっぱい汗をかいたね伊吹ちゃん。芳しい香りが濃くなってとっても素敵だよ。


伊吹「ただいまー」


それから程なくお家へついた。
愛しい彼女の足は僕から離れ、シュッと名残惜しい音をを鳴らしながらフローリングを滑っていく。次に生まれ変わるなら小松家の床板も悪くない。そんな事を考えながら、僕は耐え難い程に冷たい玄関で次の出番を待つことにした。
何せぼくはナイトなんだから、平時は静かに待つのみさ。

ぼくの充実した靴ライブが始まって半年が経った。
彼女は想像以上に頑張り屋さんで、週に何度も出番がある。
雨の日も風の日も出番があったほどで、その度ぼくは彼女の匂いと感触を味わい、使い込まれることで彼女の足に馴染んでいく喜びを噛み締めていた。
今では彼女の足にぴったりとフィットし、まるでぼく自身が彼女の足になったようだ。



伊吹「お疲れー!」
ダンス仲間「バイバーイ」


今日は昼からみんなとダンス練習。そして夕方からはアイドル仲間の奏ちゃんと遊びにいくらしい。
伊吹ちゃんはいつも明るくて誰とでも仲良くなれる天使だが、奏ちゃんとは特に仲が良いようで、今日のように練習後に会うことがたびたびあった。
彼女はプライベートでもミステリアスな雰囲気を持った色気のある子だ。もちろん魅力では伊吹ちゃんに及ばないものの、彼女の私服はスカートが多いので靴になった自分には非常にいいものを眺められる。

それに何より!彼女と一緒に遊ぶ時は長丁場になりやすいので、いつもより長く伊吹ちゃんの感触を楽しめるし…


一緒にトイレに入れるしね。





伊吹「よっ」

奏「あら、今日も練習帰り?」



今日も黒、か…相変わらず大人びた下着のチョイスだな。ちょっと透けてるじゃないかアレ。
伊吹ちゃんなんてピンクとかオレンジみたいな明るい色の下着が多いのに…やはりこういう真逆の属性の娘の方が仲良くなり易いのかもしれないなぁ。




伊吹「まぁねー♪今日何しよっか?」

奏「あっ、ちょっと待って、今日ね…」



???「よう」



ん?男の声?




伊吹「プロデューサー!?」

P「悪いな伊吹…奏がどうしてもっていうから…」

奏「いいじゃに別に。どうせ今日はこれからお家に直帰なんでしょ?」


んんwwwwwwwwwwwwwwwwなんですかなwwwwwwwwwwwwこの男wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

って、プロデューサー…?この人が伊吹ちゃんのプロデューサーなのか。
芸能関係のプロデューサーなんてみんなギラギラして嫌な連中かと思ってたけど、案外冴えない顔してるなコイツ。
まぁいいや、いいからとっととアッチ行けよ。マスかいた汚い手で伊吹ちゃんに触れたら蹴[ピーーー]からな、おいコラ



P「いや、まぁ…そうだけどさぁ」

伊吹「かっ…奏!アタシも聞いてないんだけど!」

奏「ふふっ、さっ行きましょプロデューサー。今日は三人でプリクラ撮るまで帰さないから♪」

P「はぁ?」

伊吹「ちょっと奏!!」



んん…?

何かいつもと違う…?



奏「どうプロデューサー?…両手に花持つ感想は?」

P「どうって言っても…普段からお前達のおもちゃにされてるんだから、捕獲された宇宙人の気持ちだよ」

伊吹「何ソレ酷くない!?」

奏「ねー?♪」クスクス



なんだよコイツ。プロデューサーといえちょっと調子乗りすぎだろぶっ[ピーーー]ぞマジで

はぁ…今日はずっとこんな感じなのかなぁ…





ハイ!チーズッ!パシャ!


奏「ぷふっ…プロデューサーさんなぁにその顔ww」

伊吹「目wwwwwwwwww半目だしwwwwwwwwwwwwwwww」

P「うるさいよ!慣れてないから仕方ないだろ!!」




て、わけでゲーセンに来ている。
伊吹ちゃんも何やかんや笑顔だし良しとするが…野郎が邪魔だな…
奏ちゃんもあんまりこういう遊び好きそうなイメージなかったけど、やっぱり年頃の女の子なんてこんなものか。




奏「じゃあ今度はアップで撮るからカメラに顔寄せて、センターは私でいい?」

P「そうしてくれ…」



あーコイツもげねぇかなー今すぐもげねぇかなー



奏「ほらもっと寄って寄って」

P「こ…こうか?」

伊吹「奏に頬ずりしちゃおっかな~♪」

奏「ちょっとっ…くすぐったいわよ」




ハイ!チー…



奏「♪」スッ



-ズッ!パシャ!



伊吹「!!???ちょっ!!!!!!??」

P「!!???」



奏「うふふ、ツーショットの出来上がり~」

伊吹「奏えええ!!!!?」

P「ちょっ…お前ら狭いんだから暴れんなって!」

奏「何よちょっとした悪戯じゃない♪ホラホラ次始まるわよ」


ハイ!チーズッ!パシャ!




…なんか………引っかかるな





P「ちょっとトイレいってくる」

伊吹「はーい」

奏「ここで待ってるわね」



プリクラが終わり、二人はベンチでジュースを飲んでいる。
俺は伊吹ちゃんの生足を味わいつつ、奏ちゃんの生足を眺めている。
こうやって少しでも気を紛らわせないとな。アイツコロス。いつかコロス。



伊吹「どういうつもり…?」

奏「何が…かしら?」



お?



伊吹「突然プロデューサー呼んでくるなんてさぁ…しかもよりによってアタシの練習後に」

奏「ふふっ、いいじゃない別に。その練習着可愛いわよ?」

伊吹「そういう問題じゃないよ!…プロデューサーが来るって分かってたらもっと可愛い服選んできたのに…靴だって」




伊吹「こんなボロボロで可愛くない靴履いて来ないよ」



…は?



奏「これ今年買った靴でしょ?それがこんなにボロボロになるって事は頑張ってる証じゃない」

伊吹「そうだけどさぁ…」

奏「好きな人の前ではホントに乙女なんだから…伊吹ちゃんは♪」



…好きな…人……



伊吹「…こういう時だけ年上をちゃん付けで呼ぶのやめて」

奏「~♪」



好きな人…
いやいや、聞き間違えだ。そうに違いない。だって伊吹ちゃんはアイドル、アイドルだ。アイドルは恋愛禁止だっていうのは常識だし、まして伊吹ちゃんはダンスに一生懸命打ち込むまっすぐな子。そんな恋愛してる暇なんて…



伊吹「ほんっと……映画を何本観たって上手くいかないのよね…恋って」

奏「私は恋愛映画みないから分からないわね。伊吹ちゃんと違って」

伊吹「…そろそろぶつよ?」



…うそだろ



P「おまたせー…どうした?伊吹?怖い顔して」

伊吹「ん、別に…行こっ、プロデューサー。こんな可愛くない年下置いてさっ」

奏「あら、二人っきりで何する気?」

伊吹「奏!」

P「騒ぐな騒ぐなって…アイドルだろお前ら」

伊吹「ぅ~…」




嘘だ…そんな事あるわけない…


奏「さてと、どっちにしても帰ろうかしら」

伊吹「え?」

奏「明日の現場早いから…あとは若いお二人で…なんて♪」

P「お前が一番年下だぞ?」

奏「うふふ、じゃあねプロデューサー。ちゃんと伊吹ちゃんを送ってってね?」

伊吹「ちょっと奏ぇ!」

奏「私は大丈夫っ、バイバイ」





P「やれやれ、何だったんだ全く…仕方ない送るよ、伊吹」

伊吹「……仕方なくなの…?」

P「はいはい、伊吹のためですよー」ポンポン

伊吹「ちょっと!子供扱い!?」

P「はっはっはっはー」













二人の仲は、とても仕事だけの関係に見えなくて



俺はすぐに考えるのを止めた。











はい、つーわけでそっから更に半年くらい経ちました。

俺?はい今でもクソゲロゴミビッチアイドルいぶきちゃん(笑)の靴をやらせて頂いてますよ、えぇ
つーか人のことボロだの可愛くないだの言っといて更に履き潰すとかなんなの?バカなの?貧乏なの?


伊吹「いってきまーす」


あ?今日もかよ、いい加減やめちまえよ。くっせえ足突っ込みやがって、どうせダンスなんて誰も見てねえよ。
どうせアイドルのダンスなんて可愛さを引き立てるための道具なんだからよ、ビッチらしく笑顔振りまいて尻ふっときゃいいんだよ。
てめえがどんだけエロい身体してんの知らねえのか?
俺が人間時代に何回お前の足でヌいて写真に顔射したと思ってんだよ。クソが



伊吹「~♪」


ここんところ出番が更に増えてきてる。なんか知らねえけどデカイライブでソロのダンスがあるらしくて、その練習にお熱みたいだ。

コイツがステップ踏むたびに身体のあちこちが削れて悲鳴を上げる。
感覚的にしか分からないが、そろそろどっか壊れるぞ。
折角だし、ここぞって時に壊れてやって足首壊してやろうかなホント


あー…くだらね。なんで俺こんな事で生きながらえてんのかな。



~数時間後~



ガチャ


伊吹「…」


ん…あぁ…なんだ帰って来たのか…



なんだ暗い顔して?


……ま、どうでもいいか





それから数日後


伊吹「よしっ、行ってきます」


はぁ…今日もかな…早くどっか壊れねえかなぁ、もしくは俺かコイツ氏ね。



伊吹「よっ」スポッ


ん?ああ、俺じゃねえのか。今日はやけにおめかしじゃん。ビッチさんの化けテクニックマジパネェっすねほんと
せいぜい一生懸命媚売ってこいよ、ブース。



すまん↑ミスった
正しくは↓こっち





それから数日後


伊吹「よしっ、行ってきます」


はぁ…今日もかな…早くどっか壊れねえかなぁ、もしくは俺かコイツ氏ね。



伊吹「よっ」スポッ


ん?ああ、俺じゃねえのか。今日はやけにおめかしじゃん。ビッチさんの化けテクニックマジパネェっすねほんと
せいぜい一生懸命媚売ってこいよ、ブース。






~数時間後~



ガチャ


伊吹「…」


ん…あぁ…なんだ帰って来たのか…



なんだ暗い顔して?


……ま、どうでもいいか








~2時間後~




伊吹「お母さん、ちょっと出てくるね。うん、大丈夫…」




トストストス……ゴソゴソ…スポッ



え?俺…?

もう夜中じゃん。靴になってから睡眠欲なんて無くなってるからいいけどさ…







伊吹「っ…!」


で、いつもの公園まで来た訳だけど…
何か知らんけど今日はやけに気合が入ってんな


ザッ ザッ シュッ ガリッ


一年近くこのメス豚の靴やってきた俺なら分かる。今夜のコイツはなんか荒れてて動きが雑だ。



伊吹「ハァハァ…」



しかしさっきから踊りっぱなしだな。何があったかしらねえけど、いい加減休まないと…



伊吹「っ…」ドサッ


ほれ見ろ。無様に転びやがって




PiPiPiPiPi…



ん?電話か


伊吹「んっ…ハァ…ハァ…すぅー……はぁー……もしもし、奏?」



相手は奏ちゃんか。



奏『もしもし?レッスン早退したって聞いたんだけど…大丈夫?』

伊吹「あぁ…ごめん、体調悪くて…」

奏『…体調悪い人が息切らすほど運動する?』

伊吹「…」



なんかいつになく空気が重いな。

奏『私を友達と思ってるなら正直に言って、でないと…』

伊吹「分かった…言う、言うから……」

奏「じゃあ…何よ・・・」



伊吹「……プロデューサーにフラれた」

奏『え…?』



おっ?

伊吹「…今日、午後のレッスンの前に雑誌のインタビューがあったのね、私とプロデューサーが一緒に」

奏『プロデューサーも?』

伊吹「うん…ホラ、アタシら最近仕事の調子いいじゃん?だから噂の敏腕プロデューサーとのダブル取材って感じで…そこでその………」

奏『もしかして…プロデューサーのアメリカ行きの話?』

伊吹「っ!?…奏、知ってたの!?」

奏『私はさっきちひろさんから聞いたのよ。誰かさんが早退したって話もね』

伊吹「…」



伊吹が話ながら俺の方を向く。
いや、見ているのは地面か。

伊吹「そんな話、アタシは聞かされてなかった…なのにプロデューサーったらインタビュー中にしれっと言うから、びっくりしちゃって…それで、インタビューの後聞いたの。なんでって」

奏『来月から長期の研修って言ってたわよね』

伊吹「そうだね…それもビックリしたけどそれ以上に……どうして先にアタシに言わないのってアタシ怒っちゃって…」

奏『…』

伊吹「そしたらプロデューサー『アメリカ行くって言ったら、怒るかなって思ったら言い出しにくくって』だって」

奏『それは…』

伊吹「怒るに決まってるじゃない!担当アイドルほっぽり出してアメリカだよ!?しかも帰ってくるのも下手したら1年以上後だって言うし!メールとか電話のやり取りでプロデュースは続けるって言ってたけど…そういう問題じゃない!…そういう問題じゃ…」


伊吹「そしたら怒った勢いで言っちゃったの『プロデューサーが好き、ずっと一緒にいたい』って」


奏『それで断られたのね…』

伊吹「うん『ごめん』って一言だけ…」

奏『…そう』


つま先にぽつぽつと水が零れる。
今の俺の身体は水を弾くので、一度弾けた水滴はするすると地面へと流れていく。

伊吹「アタシもまだまだ子供だね…褒めてもらいたいだけの理由で頑張って…見てもらえなくなったら駄々こねてプロデューサーを困らせて……ワガママばっかり」

奏『…そうね』

伊吹「…そこは否定しなさいよ…バカ」



ぽろぽろと断続的にそれは零れてくる。
今の俺にそれを拭うことはできないから、流れてくるそれを放っておく他無い。




奏『これはその……黙っておこうかと思ったんだけど』

伊吹「……?」グスッ

奏『半年くらい前かしら、プロデューサーに相談されたのよ、恋愛相談』

伊吹「え…?」

奏『正確に言えば恋愛を諦める『失恋相談』ね。彼ったら『アイドルに恋してしまったんだけど、どうしたらいいか』なんて真顔で聞いてくるから、私への告白かと思ってびっくりしちゃった』

奏『でね、彼は言うの『自分の担当アイドルを好きになってしまった。だけど仮に上手くいったしても、彼女はまだまだこれからだし、担当プロデューサーとアイドルが恋愛なんて…』って』

伊吹「…それがアタシだって確証ないじゃ」
奏『あなたよ。彼がそう言ってたもの』



沈黙


伊吹の涙は止まっているが、その顔はさっきより悲痛だ。


奏『アメリカ行きの話、恋を諦めたい人には渡りに船だったんじゃないかしら?』

伊吹「そんな話・・・されたって…」

奏『私、恋愛映画は観ないし、経験だってほとんど無いわ。でも・・・』

伊吹「そんなこと!!」

奏『愛は強いわよ。距離も関係無いくらい』

伊吹「っ…だから!」

奏『とにかく相思相愛なのは保証する。来年までそうかは保証しないけどね』

伊吹「…どうしろって言うのよ」

奏『…』




再び沈黙


奏『…私ならそのまま泣き寝入りするわ、でも伊吹はそういうタイプじゃない。私と違って泥に塗れて傷ついてもケラケラ笑って前進するのが伊吹のいい所じゃない。プロデューサー、まだ事務所にいるはずだしもう一回だけでも話を…』

伊吹「わかったような事言わないでよ!バカ!」


ピッ


そう言って伊吹は通話を切った。



伊吹「何がもう一回よ……バカじゃないの…」



その独り言は弱々しくて、すぐにすすり泣きへと変わっていった。



夜中の公園に響く女のすすり泣き


ここだけ見ると間違いなくホラーだが、俺からしたら完全にコメディーだ。

俺を裏切って他の男に媚売ってた女が、ソイツにフラれて今度は友達に八つ当たりですよ。

あー腹いてー。マジうけるわ、ホント。腹なんてないけど。



伊吹「ほんと…やんなっちゃう…」



伊吹はまた泣き始めた。

ぽたっぽたっと俺の身体を打つそれは、紛れも無く伊吹の涙だった。

俺の身体を伝う涙は、ところどころ留まって俺の身体に染み込んでいく。
ボロボロで傷だらけの身体に染み込む涙はちょっとだけしょっぱくて、少しだけ甘かった。




………うざったいな。いつまで泣いてんだコイツ。



靴になって泥やら砂に塗れる生活を送ってる俺だってな、濡れる事を拒否したっていいだろう。

知ってるか?靴ってな濡れると臭くなるんだ。日頃から酷使されてるから余計にな!

クソが!いつまでもメソメソ泣きやがって。

何が失恋だ。結局お互い勝手に諦めて勝手に悲しんでるだけじゃねーか。

しょーもな。ホントしょーもな。



ったく、よ

俺は体に力を込めてみた。
もう人間をやめて随分経つので筋肉の動かし方なんて覚えてない。
それでももしかしたら、万が一があるかも知れない。



ふん!…っとぉ、いよっ!はっ!…このぉ!!



精一杯の力を込めてみるが、伊吹の足を動かすどころか靴紐ひとつ動かせなかった。
そもそも靴に筋肉なんて無いんだから当たり前といえば当たり前なんだが。

そうしてる間にも涙は流れている。
それでもこの不快な雨を止めるために俺は動かなくてならない。


ふんんんっ!!!!!くっそ、こうかな?んんんんんんんんっ!!!!!!!


足はピクリとも動かない。

クソッ!なんでだよ、俺だって元人間だろ!ちょっと動いて歩いてくだけじゃねーか!このっ!!


伊吹「………はぁ…」スッ


おぉ!?足は動かせなかったが、伊吹の心は動かせたか!?


伊吹「…明日仕事だし…もう帰ろ」


はぁ!!??ふざけんなよオイ!人が折角やる気になってんのに、何ビビッてんだオイ!コラッ!!
事務所行くんだよ!!行ってアイツに…って、そっちじゃねえ!駅は向こうの…っ…オイ!!



おいっ…







結局何も出来ないまま、俺は玄関の隅に追いやられた。







それから1ヶ月、俺の出番はめっきり減った。
それまで週3回はあの公園で踊っていたのに、もう10日は玄関の置物だ。
単純に新しい靴を買っただけかも知れないが、そんな素振りはない。


この1ヵ月、つまんなそうな顔で仕事へ行って帰ってくる。そんな伊吹しか見ていない。


……なんて言っても、俺は所詮ただの靴。
伊吹のためにしてやれることなんて何も無い。何も無いんだ。

せいぜい土ぼこりと怪我から伊吹の足を守るだけ、そんな事しか出来ないしがない靴なのさ。






バタンッ


ん?


ドタドタドタッ


なんだなんだ??




伊吹「…」



伊吹?どうしたんだ?こんな中途半端な時間に



伊吹「…ふぅ……よしっ」



ズポッ



いってぇ!?なんだなんだ今から練習か!?



伊吹「いってきます…!」



行くってどこに…

おい……まさか…

伊吹「後2時間半…今から急いで行けば間に合う!!」



そう言って伊吹は走り出した。それまで見たこともないほど必死な顔で、まっすぐと前を向きながら。

きっとアイツのところに行くのだろう。そしてあの口ぶりからすると



伊吹「お願い…間に合って…!」



おそらく今日が出発の日、今日がアイツとのお別れの日だ。

ならば、伊吹が走る理由はたった一つ。

いや、そんな事はどうでもいい。

この切羽詰った状況で、伊吹は躊躇無く俺を履いた。

他にも靴はある、ランニングシューズもアイツに褒めてもらうために買ったカワイイやつもある。

そんな連中よりも俺を選んだ。迷う事無く。

しがないボロ靴の俺にはそれだけで…それだけが俺の、靴としての誇りなんだ。



伊吹「こっちが近いっ」



伊吹はいつもの公園を突っ走る。ぐねぐねとした曲がり道をガン無視で、ひたすらまっすぐ走ってく。

俺の体には容赦無く公園の芝や小石、時々植木の枝が突き刺さり、撥ねた泥達が俺の体を汚してく。

だけど俺は負けられない。負けるわけには行かないんだ。

だって俺は靴だから、まっすぐ走る小松伊吹の靴だからだ。

伊吹「ハァ…ハァ…」



伊吹の呼吸が荒くなる。

散々履き潰された俺の体には、ランニングシューズみたいなクッション性は無い。


ズルッ


伊吹「っ!?」



伊吹がぬかるみに足を取られて転びそうになる。

汚れて破けた見てくれは伊吹の靴には似合わない。


体のあちこちが削れ、ほつれ、軋んで行くのを感じる。


それでもまだ壊れる訳にはいかない。

ものの数分で最寄の駅に付いた。
伊吹の息はさらに荒く、体からは汗が滴っていた。
あとは電車に乗って空港へ行くだけだ。伊吹は駅のホームに寄りかかり呼吸を整えている。
電車でここから1時間ちょっと、空港でも首尾よくプロデューサーを見つけられなければすべては水の泡だ…。


俺は伊吹に合わせて息を吸う真似をする。


吸った息は驚くほど純粋で、何の香りもしなかった。




1時間ほど経過して、俺と伊吹は空港に着いた。


伊吹「ハァ…ハァ…プロデューサー……どこに…」


伊吹はさっきからアイツを探してるが、空港内は混み合っていて一向に見つからない。
搭乗開始こそ始まってないが、このままでは…


伊吹「………あっ」


いた。距離にしてほんの5mちょっと、こちら側に背を向けて、女性ふたりとベンチに座っておしゃべりしている。





P「そろそろ時間かな…すいませんちひろさん、見送りしてもらっちゃって」

ちひろ「いいんですよ、未来の金づ…稼ぎ頭の応援くらいさせてください♪」

P「金づ…?まぁ、いいや…奏もありがとな。オフの日にわざわざ」

奏「たまたま暇だったからね。気にしないで」



あれは奏ちゃんと…緑色のスーツを着た女性と一緒だ。
アイツは椅子にも座らず、そわそわと落ち着かない素振りだ。


P「さて…っと」スッ

ちひろ「プロデューサーさん、まだ時間あるんですから座ってたらどうですか?」

奏「そうよ、最初に乗っても最後に乗っても乗る飛行機は一緒でしょう?」

P「いやー…何か落ち着かなくて…あはは」

今はふたりと談笑しているが、搭乗の時間は近づいているようだ。
これがラストチャンス、これを逃したら次は1年後…いや、もうないかも知れない。


だが、伊吹の足は動かない。

重心は前へと傾いているが、その足は棒のようになったまま小さく震えている。
ここまで来て怖気づいたのか、それとも第三者の存在が後一歩を躊躇わせているのかもしれないが、伊吹の呼吸は浅いサイクルを繰り返していた。


おいおい、もしかしてここまで来て逃げるのか?

何も出来ず、何も言えず。


伊吹の喉がごくりとなる。
つばと一緒に何かを飲み込んだ伊吹の重心は、真ん中へそして後ろの方へと傾いていく。




ダメだ。逃げるな

目を背けて、背中を見せたらダメなんだ。

後ろを向いて俯けば、そこにあるのは昔の記憶と汚い靴だ。




軸足が一歩下がる。踵が返って腰が回り、顔はアイツを向いたまま。



俺は伊吹のボロ靴だ。

伊吹が歩いた道を知る、日記のようなボロ靴だ。

だけど伊吹に必要なのは、過去を記した日記じゃなくて

未来を歩く、綺麗で可愛いガラスの靴だ。





だから




逃げるな




がんばれ




伊吹ッ…!








伊 吹 ち ゃ ん !!












バリッ!!



伊吹「きゃっ!?」



ドテッ


伊吹「いったぁ……靴が…?」


P「伊吹…?」

奏「え…?あっ……ちひろさん」チラッ

ちひろ「えぇ♪…こほん……おっと手が滑ったぁ♪」どーんっ

P「おわわっ!?」

伊吹「プロデューサー!?」バッ



ズキッ


伊吹「いっ…!」


ぼふんっ


P「うわっ…っと、大丈夫か!?伊吹?」

伊吹「う…うん、靴が壊れて…その時に足挫いたみたいで…」

P「足を!?だいじょ…」





伊吹「…プロデューサー、好き」

P「ッ!?」

伊吹「好き…大好き!」

P「おい…伊吹っ」

伊吹「頼りないのに時々頼りになるとこが好き!」

P「聞け…伊吹!」

伊吹「中途半端に優しいところがめっちゃ好き!」

P「伊吹っ!!俺の事を好きなっちゃダメだ!お前はっ…」



伊吹「…自分に嘘つくとこが好き」



P「っ…!?」

伊吹「プロデューサー…プロデューサーのホントの気持ちを聞かせて…?そしたらキチンと嫌いになるから…」

P「なっ…ぁ……」

伊吹「…」

P「……伊吹」

伊吹「…なに?」

P「わざわざそれを言いにここに…?」

伊吹「うん…」

P「そうか……足、痛むのか?」

伊吹「痛いけど…大丈夫」

P「そっか……伊吹の足ってキレイだな」

伊吹「そう…かな……?」

P「…ごめんな、こんなところまで来させちゃって」

伊吹「平気」

P「そうか…」







P「伊吹…俺は、伊吹の事が好きだ。誰よりも…ずっとずっとだ」








伊吹「………うん、ありがと」



P「…伊吹は?」




伊吹「………大ッ嫌い」ギュッ

















~数年後~




P「伊吹ー?伊吹ー!?」

伊吹「はーっい!こっちだよー!」

P「あーいたいた。ちょっと区役所行ってくるわ。ついでに何か買ってこようか?」

伊吹「んー…庭付の一軒家?」

P「安月給で悪かったな!」

伊吹「あははははっ♪いーよ、無事に帰ってきてくれればそれで十分」

P「はいはい…なにやってんだ?」

伊吹「んー?荷物の整理。この際だし、要らないもの整理しようかなって」

P「ほー…あれ?この靴って」

伊吹「んん?あぁ、うん。あの時に空港で履いてた靴。なんか捨てられなくてさ…でも、おしまいっ」

P「…いいのか?」

伊吹「うん…」

P「思い出の品だろ?女の子の方がそういうのとって置くイメージだけどな」

伊吹「そうだけど…今のアタシに必要なのは、前へ前へと進む靴。そして生まれてくるこの子の靴…でしょ?」

P「…先に靴下だけどな」






伊吹「……さっさと行って来い」

P「えっ、ちょっ」

伊吹「いいから!さっさと行っちゃえ!バカ!」

P「なんだよ…もう…」




伊吹「ふぅ………全く…」

伊吹「…」


ヒョイ



伊吹「……シューズくん、アンタのおかげでここまでこれた……アンタおかげで逃げずに済んだ」




伊吹「バイバイ、ありがと、大好きだったよ」




チュッ




ドサッ



伊吹「……さてと、次はこっちかなぁ……」







その日、彼女の夫は靴を買ってきた。


これから生まれる子供のために


小さく可愛い丈夫な靴を。



おしまい。


伊吹の誕生日に間に合わなかった上に何を書いてるんだ俺は。とにかくお誕生日おめでとう。



結構昔にどこかの何かで見たような気がする話を基に作りました。
似たような話に心当たりのある方、情報お待ちしてます。

あ…久しぶりに書いたら[saga]付け忘れてるし…

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