【咲-saki-SS】これは最高の愛だ【小鍛治健夜】 (30)



初めて牌に触れたのはいつのことだっただろうか?
確か高校三年生だったかな?


たいして強くなかったうちの麻雀部はゆるく、その日友達に誘われて麻雀を打った。
ルールブックを片手にルール違反、チョンボだけはしないように打とうと思ってた。
だけど何故か欲しいと思った牌が来る。この牌は今はいらないと頭の中に囁かれる。
まるで生きているかのように、応えてくる。


その日友達はビギナーズラックって本当にあるんだねーなんて言ってた。
けれど次の日も、またその次の日も、運は尽きなかった。





違う





牌が私に味方してるんだ―――



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数日後、私は麻雀部に入部した。
部員はめちゃくちゃ喜んでた。私がいるだけで全国の道が、いや優勝すらも見えるのだから、と。


私にはわからなかった。そんなので優勝して嬉しいのかな?
いや、それは私が麻雀を始めて日が浅いからなのかも。
もっと打って麻雀のことを知ればその気持ちがわかるのかも。


そう思ったけれど、打つたび打つたび、私は怖くなった。
麻雀のことはわかってきたけど、そのたびに私が打っているのかわからなくなった。
誰かに囁かれるまま牌を切り、あがる。
まるで操り人形のように。



みんなが駄弁ってるのを聞きながら麻雀をする日々。
もやもやとした感情を打ち明けられぬまま一か月ほど経った。
部室に入るとみんながワイワイと部長の持った紙を見ながら騒いでいる。
なんだろうとひょいと覗き込み、合点がいった。
そりゃ騒ぐわけだ。
なにしろ、インハイの予選の通知だったのだから。



部長曰く、全国に行く高校の候補はいくつかあるけれど、どこも初戦では当たらないらしい。
ちなみに去年は初戦”は”突破したと自慢げに語っていた。
いやそれ、次で負けたってことだよね?と言いたかったが飲み込んだ。面倒なことは嫌いだから。


トーナメント表を見た部員達はより一層やる気が出たのか練習に励んだ。
それを助長するように先生がプロを指導に呼んでくれた。
なんでも愛宕プロと良い勝負をしたらしい。
私にはその価値がわからなかった。愛宕プロのこと知らないし。
まぁプロなんだから凄いんだろう……


















プロは泣きそうになりながら帰って行った。
ごめんなさい、私が飛ばしまくったばっかりに……

一応指導の腕は良かったらしく部員はそこそこの自信をつけていた。



インハイ予選―――


結果だけ言おう。
圧勝だった。
というか決勝までは私が相手を飛ばしてしまったのだ。
決勝だけはうち以外の三校が結託していたのか流されてそこそこしか取れなかった。
その後次鋒、中堅、副将とじわじわと削られたけど大将である部長が安手で流しまくり、予選優勝。見事に全国の切符を手に入れた。



皆、抱き合い喜んだ。
私もそうしたけれど、一番に来た印象は怖い、だった。


あの決勝、間違いなく私に向けられていたのは怖いという感情だった。
私はそれが怖かった。麻雀を打ってるだけでなんでそんな思いを向けられなければいけないのか。
もしかしたら彼女達は気づいていたのかもしれない。私の中にある何かに。打つたびに囁きかけてくる何かに。






一週間後の個人戦、私の相手になる人はいなかった。
怖いと思われたくなくて大きい手はあまりあがらなかったにも関わらず、圧倒的差で個人戦でも一位となった。



インハイ本選までの間、私は麻雀について調べまくった。
もしかしたら私のような人がいるかもしれない。そう思ったからだ。
……そう思いたかったからだ。


しかし面白い情報を手に入れた。
オカルト。
なんでも来る牌がわかったり、手牌が偏ったり、そういった不思議な現象を自在に操れるのだとか。


―――なんだ、いるんだ。私みたいな人、いるんだ。
都市伝説だ、なんて書いてあるけれど、火の無いところに煙は立たないって言うし、いるんだよ。













私は少し楽な気分で練習に励めた。
部員が引き攣った笑顔で飛んでいく様を見ながら。



そうして夏休みに突入し、インハイ本戦が始まった。


来たる一回戦、少しワクワクしながら卓に入った。
一局、二局、満貫で上がったところで私の親番。対戦者達の間にピリッとした緊張感が走ったのがわかった。
おかしいな、この雰囲気予選の時と同じだ。
一本場、二本場、三本場、四本場……
緊張した空気が重苦しい恐怖感へと変わっていく。


この空気嫌だな。
そう思いふと顔をあげると、誰一人として顔を上げていなかった。
手牌を、捨て牌を、溶けていく点数を、泣きそうになりながら見ていた。


なんでこんな麻雀しなくちゃダメなんだろう。
対面の人が震える声で立直を仕掛け、私のツモ牌が当たりだとわかった。
振り込みたくなったけど、私だけで麻雀をしてるわけじゃない。みんながいるんだ。
その牌を手牌に仕舞い込み、三巡後、無慈悲に対面の出した牌を見てロンと告げた。



そんな調子で二回戦まで突破し、準決勝まできた。


正直に言うとかなり精神的にキていた。
当たり前だ。二回戦でもまた一回戦と同じだったのだから。
だけど誰にも打ち明けられない。
こんな気持ち理解してもらえるかもわからないし。


こうなったら突き抜けるところまで突き抜けるしかない。
そう思い、顔を上げる。
……随分と個性的な人達が相手みたいだ。
阿知賀は自信満々といった顔をしている。一年生って書いてたけど、かなり攻撃的みたい。
朝酌は笑顔でよろしく~☆と言ってきた。胸がかなり大きい。胸がかなり大きい。
新道寺はなぜだか頬を膨らませ怒っている。ほんとになんでだろう。



試合が始まって一局目、聴牌に入って数巡した時点で私は違和感に気づいた。
いつもならあがれる気配があるのに今は無い。
朝酌はこちらに気づいていながらはったようだし、新道寺は私のあがり牌に気づいているのか手放してくれない。阿知賀も朝酌と私が聴牌していることに気づいているみたい。


この人達、間違いなく強い。
多分だけどなかなか当たり牌は出ないだろう。
じゃあどうすればいいんだろう?


大丈夫、引いちゃえばいいんだ。

山に手を伸ばす。
新道寺はいち早く気づいたのかよりその頬を膨らませた。


ツモ。
そう言い放ち、牌を倒す。

点数をいっぱい取るんだ、今回も。
それが私の仕事だ……



試合は後半戦へと突入した。
前半戦ではじわじわとあがり、最終的にどことも二万点以上差を付けていた。
特に阿知賀からは結構もらった。少し絶望的な目をしていたけど仕方無い。他の二人が強いんだから。


でも阿知賀の目はまだ死んでない。なんとか食らいつこうっていう感じがしてる。
多分、自分がここまで引っ張ってきたっていう誇りと優勝への思いがそうさせているのだろう。
彼女は一年生でもエース、先鋒を任されているのだ。


……私にそこまでの気持ちがあるのだろうか。
確かにみんなから期待されているという実感はある。
けれども、私自身が優勝したいかと問われたら、首を縦に振ることができるだろうか?





私は麻雀を打っているのだろうか?



悩みを拭えないまま、南四局。
これだけ点数の差をつければあとは他の人たちが守ってくれる。
新道寺と朝酌は次鋒以降次第といったところだろう。
阿知賀は……多分もう無理だ。
よっぽどがない限り新道寺と朝酌を抜けるとは思えないからだ。


阿知賀の親番、これ以上長く苦しめないように安手であがってあげよう。


そう思ってた。


このオーラス、明らかに阿知賀の雰囲気が変わった。
まだ、まだ終わらないと。
強い意志が場を支配し、そんな阿知賀に牌が応える。


これがオカルト?




違う。
これは―――










「ロン!18000!」











インハイは私たちの優勝で終わった。
個人戦も私が一位になり、新聞にも取り上げられた。


初心者がインハイを制したと―――


インハイの影響は凄く、サインをねだられたことすらあった。
出会う人、出会う人に持て囃され、期待された。
私は周りに流されるがまま、プロ雀士になることになり、恵比寿という強豪チームに入ることが決まった。
皆が私に期待してる。
勝たなきゃ。
勝って皆の期待に応えなきゃ。



ほんとにこれでいいのかな?
あの時の阿知賀の様子が頭をよぎる。
初めてハネマンなんて受けた。
あの時完全に気圧された。頭の中の囁きも聞こえなかった。
あそこまで思いを込めた麻雀をしなくていいのだろうか?
答えなんて出るはずもなく、私は高校を卒業し、プロ雀士となった。



高校の時と同じように私は快進撃を続けた。
負けることは無く、ただ囁かれた牌を捨て、あがっていくだけ。


毎年MVPに選ばれ、タイトルも次々と制した。
海外で大会が開かれれば赴き、優勝をかっさらった。


気づけば世界ランクは二位になっていた。
一位も目前、そして決着に相応しい舞台がリオデジャネイロで行われる。
東風フリースタイル戦。数々の猛者が集う世界大会だ。そこに現世界王者が出る。もちろん私もだ。



東風フリースタイル戦が始まり、圧倒的な力で他選手をねじ伏せていく。

数戦こなしたところでとうとう世界王者との対戦となった。
おそらくここでの勝負が今後に左右することになるだろう。
直感だけど、そんな気がしてならない。


静かに、卓へとつく。世界王者も同じようにした。
彼女の雰囲気はまさに王だった。麻雀は彼女の為にあるがごとく、ただ荘厳な空気が場に漂った。
私も勝たなきゃいけない。だからこの空気に飲まれないようにした。
他の二人は私たちに飲み込まれたのかただ一言も、自分の意志すら出すことすらも出来ないようだった。


実質、これが最終決戦で、二人の戦いであることは明白だと。



ただ、現実は残酷だ。
世界王者が連続であがる。当然だと言わんばかりに。
彼女は私のことすら眼中に入っていないだろうか。


ドクン。
初めての劣勢に、心臓が高鳴る。
なんだろう、初めての気持ち。
負けるかもしれないというこんな場面で、心が叫ぶ。勝ちたい、と。


ああ、そうか、楽しいんだ。
以前、いやさっきまでは勝たなきゃって思ってた。
でも今は違う。勝ちたいんだ。


ふと、頭をよぎるのは数年前のインターハイの光景。準決勝、阿知賀の最後のあがり。
彼女も勝ちたいと思ったのだろうか。劣勢の中、圧倒的な力の前で。


ただこの気持ちをぶつけよう。これは―――






私は二位、銀メダルで終わった。
けれど、それ以上のものを手に入れたんだと思う。

帰ろう、日本に。
ううん、茨城に帰ろう。
麻雀教室なんて開くのもいいかもしれない。
子供たちに麻雀に興味を持ってもらって、それから楽しさを知ってもらう。



いまだに囁かれる。
けど、いまではわかる。
きっと牌に愛されている証拠なんだ。


ならば私は応えよう。
私自身が楽しみ、そして他の人たちにも麻雀の楽しさを知ってもらうことで。




これは、私から牌に、麻雀に対する最高の愛だ―――



――数年後――


「小鍛治せんせー!またねー!」

「またねー!」

「うん、またね」


「これはこれは、子供に好かれてますなー!」

「えっと……」

「あっと、すみません。私は大学卒業したてのピチピチアナウンサー!福与恒子です!」

「んー……あ、今度から始まるラジオで一緒にパーソナリティをやる」

「そうそう!アポも無しにいきなりすみません。一目見ておきたかったのと大ファンなので!」

「はぁ……あれ? 今度の打ち合わせで会うんじゃ……」

「細かいことは気にしない!さぁ一緒にご飯でも食べにいきましょう!」

「えぇ!? 突然!?」

「まぁまぁ!小鍛治さん……いや、すこやん!」

「いきなりフレンドリー!?」

「私のことも気軽に恒子ちゃんって呼んでいいですから!」

「それは交換条件として成立するのかな……」

「さぁレッツゴー!!」

「ちょ、押さないで……!」



カン!


投下は以上です

短編は初めてでしたが……難しいですね
ただ書きたいことは書けたと思います

今日はすこやんの誕生日なので私なりにすこやんのルーツを想像し、SSにしてみました。
わざわざ地元に戻って麻雀を教えてるくらいですから麻雀のこと大好きだと思います。

このスレで少しでもすこやんの魅力が伝わってたらなぁと思います
すこやん誕生日おめでとーー!!


でわでわー

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