清水寺、仁王門前の階段を血だらけのナイフが滑り落ちる
雪ノ下雪乃が由比ヶ浜結衣に刺された
刃渡り20センチのボウイナイフが雪ノ下を割れたワインボトルに変えた
この出血では長く持ちはしないだろう
「どうして本当にここにいるのよ!!」
「殺すしかないじゃない……」
由比ヶ浜は膝をつき泣き呻く
涙を拭うたび手についた血が顔を塗るので彼女の顔はまるで食後の食人族という趣だ
「どうして……由比ヶ浜さん……私を……」
足元の血だまりに雪ノ下が沈んでいく
本来、白地の振り袖は雪ノ下の黒髪をさらに美しく見せるためだった
今では迫りくる死を赤く染まることで知らせる装置でしかない
雪ノ下はその顔に似合わないゴツゴツした手をこちらに差し出す
握り返すと雪ノ下は首をこちらに向けて言う
「あなた……何か知っているのでしょう……」
「こうなったわけを……教えて……」
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【9月1日 奉仕部部室で】
比企谷八幡は部室に顔を見せなかった
それどころか学校に来ていないらしい
「ヒッキー行方不明なんだって……」
へぇ
「心配じゃないの?」
どうでも良いわ
「ゆきのん何だか冷たくない?」
比企谷くんは樹海で冷たくなっているかもしれないわね
もしくは物好きが監禁しているのかも
「ちょっと冗談でも酷いよ!!」
その物好きは私かも知れないわ
「え? どういうこと?」
由比ヶ浜さん
あなたに彼を取られたくなかったの
「突然どうしたのゆきのん……」
あなたが彼に好意を寄せているのは分かっていたわ
そして彼があなたのことを……
「ゆきのん……おかしいよ?」
だから彼を私のモノにする為に仕方なかった
「もうやめてよ」
私は学校をやめるわ
そして比企谷くんと二人きりで生活するの
「やめて!!」
彼、素直に言うことを聞かなくて大変だったのよ
「やめてよ……」
言い聞かせようとしたら彼の顔も身体も滅茶苦茶にしてしまったわ
「……」
ナイフを顔に突き付けられているのに無理に動くとどうなるか
あなたでも分かるでしょう?
彼は分からなかったらしいけど
「ゆきのん!! ふざけないで!!」
そんな目で見ないでくれるかしら
……私を殺す気?
【9月2日 見知った病院のある一室で】
こうして自慢だった黒髪もばっさり切られ
顔、そして喉は滅茶苦茶になった
包帯が巻かれた顔は痛く、痒く、腫れ上がってしまっている
首、そして顔を包帯で巻かれて、動くミイラとなった私を姉が見て笑う
「お似合いよ 雪乃ちゃん」
包帯をずらし目だけ出してスマートフォンを操作する
声を出せない私はそれを通して会話をする
文字を打ち込み画面を見せる方法
(それで比企谷くんは?)
「彼は元気よ もう外に出ても大丈夫かなー」
(そう)
「やっぱり比企谷くんの事が気になるのー?」
無視
私は上下とも黒いスウェットに着替え
ミイラ姿で病院を抜け出る準備を始める
目にを目を 歯に歯を
【雪ノ下雪乃が刺される2時間前 着付け屋で】
「好きというより尊敬していたわ この顔の人物を」
私は頷く
「遊びで風呂場で喋り方を真似したりしたわ」
「それがまさか全身を真似するなんてね」
「本当に彼女になりたかった訳ではないわ」
私は頷く
「でもこれを間違ったことにしたくないの、だから全力で突き進むわ」
「性別だとか、肌の色とか、顔の形、声の形」
「全てのしがらみ吹き飛ばして、私が私だということを証明するの」
(そういうなら白い振り袖を選べ)
(美しい黒髪を持つお前にはそれがお似合いだ)
【夏休み合宿の翌日 自宅のマンションで】
就寝直前だというのに姉は勝手に転がり込み
私と話がしたいと切り出した
それで話したいことって?
「雪乃ちゃんさー 比企谷くんの事どう思ってるの?」
嫌いよ
話したいことはそれだけかしら?
早く帰ってちょうだい
「比企谷くんは雪乃ちゃんが好きなんだって」
そう
てっきり由比ヶ浜さんに好意があると思っていたわ
「比企谷くん、雪乃ちゃんのことが本当に好きで好きで仕方ないらしいの」
それで?
「比企谷くん自身が雪乃ちゃんになりたいそうなの」
「だから少し手助けしちゃったー」
へぇ
「雪乃ちゃん、一緒に病院に来てくれるかな?」
【見知らぬ病院 その病棟の一室で】
私の顔、私の体付き、私の声を手に入れた比企谷八幡がベットの中で眠っていた
包帯でグルグル巻きにされてまるでミイラね
姉いわく
「比企谷くん、性転換手術も受けたの」
「もちろん目の水晶体も入れ替えたわよ 彼は、いや彼女は特に目がコンプレックスだったからねー」
へぇ
糞アマいわく
「骨格以外はとにかく雪乃ちゃんにしてあげたわ」
「身長とか肩幅とか、あと手の平なんかはそのままね」
「髪は今のところはウィッグね 将来は全部抜いて植毛するつもりよ」
どうでも良いわ
マッド野郎いわく
「そうそう、声帯も弄ったのよ」
「他にはプロギノンデポー、 ルテスデポー注射 女性ホルモンね」
「雪乃ちゃんのそのつつましい胸を再現するために平らな胸にヒアルロン酸を注入したわ、コラーゲンも」
へぇ
完璧主義のシスコンいわく
「完璧な妹を作って見たかったの」
「比企谷くんも雪乃ちゃんになれるし一石二鳥ねー」
どうしようもない金持ちいわく
「いくら比企谷くんに投資したかしら?」
嘘つき野郎いわく
「本当は雪乃ちゃんには内緒にする約束なんだけど やっぱり反応が見たくてさー」
「それでどう思った?」
笑
そうこうして私の居場所が奪われ
私は小さな小さな何者でもない存在になる
姉さん
「なに? 初代雪乃ちゃん?」
お願いがあるの
【9月2日 見知った病院のある一室で 続】
「雪乃ちゃんどこに行くの?」
(トイレよ)
私は宗教家のように真実ばかり伝えたりはしない
私はトイレに立ち寄る振りもせずに比企谷八幡、つまり新雪ノ下雪乃のいる病室に向かう
スリッパを脱ぎ捨て裸足で私は走る
ドアを開けると二代目雪ノ下雪乃は窓際に立っていた
「あら、はじめまして お姉さんの知り合いかしら?」
まさか口調まで整形されているなんてね
可愛らしいパンさんのパジャマ姿の雪乃の腕を掴んで連れ出す
「ちょっと! やめなさい!」
無理やり引っ張る
元男の継ぎ接ぎの身体に私が負けるわけない
ナースステーションの前を全力疾走
4階から1階まで、階段を落ちるように下る
全身に水銀が流れているような感覚
それでも走り続けた
そうして待たせてあったタクシーに乗りこむ
「ちょっと!」
私はポケットの中の刃物をチラつかせながら指示した
(千葉駅に向かうように伝えろ)
「……それで私をどうするつもりなの?」
(少しの間俺と一緒に生活しろ)
「嫌だと言ったら?」
(俺は本物の雪ノ下雪乃を知っている)
「そんな……」
(バラされるか、一緒に来るか)
(選べ)
【誰かに仕方なく誕生プレゼントを買った後 自宅のマンションで】
まず私が言いたいのは奉仕部という部活は私の居場所だということだ
役立たず2人の為の学童クラブでは無いということを知ってほしい
2年生になって目の腐った男子生徒を押しつけられるというのは予想外だった
出来るだけ優しくここに来るなと意思表示をしたつもりだったのに
比企谷八幡とかいうスクールカースト最下層の男子生徒は懲りずに部室にやって来る
悪口を気にしないほど脳が液化している
もしくはそれが愛情の裏返しだとでも勘違いしているのかしら
ただただ気持ちが悪い奴
そして明くる日には脳が無いも同然
軽薄の塊のような女子生徒がやって来た
この由比ヶ浜結衣という奴は腐った奴に好意を寄せる物好き
彼を追いかけ勝手に入部までしてまるでストーカーね
変なあだ名を私にまで付けて仲良しアピール
本当にやめて欲しいわね
そうこうして私の居場所が奪われ
私は小さな小さな何者でもない存在になる
【9月1日 奉仕部部室で 続】
殺すつもりならこれを使いなさい
「うわっ! 危ないよ!」
ボウイナイフよ
刃渡りは20センチ
これで私を一突きすれば殺せるわ
「で、できるわけないよ! ゆきのんは友達だもん」
私はあなたを友達だなんて思っていないわ
たしか……修学旅行は京都だったわね
そこで私は比企谷君と共にあなたの前に現れるわ
「……」
比企谷くんはミイラのようになっているでしょうけどね
全身ボロボロで声も出なくなった比企谷くん
「う……うっ……」
それじゃ由比ヶ浜さん、さようなら
そのナイフを修学旅行に必ず持って来るのよ
そうしないと比企谷くん
死んじゃうから
【修学旅行の前日 京都のあるホテルの一室で】
修学旅行までの数週間
お金はどうにでもなった
雪ノ下雪乃を駅前で立たせて男を釣るだけ
男にバルビタールを飲ませてしまえば良かった
ラボナでも良い
アルコールと一緒に飲ませるのが成功の秘訣
昏睡強盗
「あなた包帯は外さないの?」
(明日清水寺に行くぞ)
「清水寺に? どうして?」
(そこで雪ノ下陽乃にお前を引き渡す)
「そう……ついに雪ノ下雪乃としての生活始まるのね」
「陽乃さんのペットとしての生活も……」
(その前に正装をさせてやる)
(俺からの餞別だと思ってくれ)
【雪ノ下雪乃が刺される直前 清水寺、仁王門前で】
「これ総武高校の……」
(いいからここで待て)
「あれは……戸塚……」
(俺の手を握ってろ)
「嫌よ!! 由比ヶ浜さんも!! 本物の雪ノ下もここにいるのよ!!」
「約束が違うじゃない!!」
「約束は守ったよゆきのん……」
「本当に来たんだね……」
音も立てず目の前に由比ヶ浜は現れた
ナイフを片手に
【見知らぬ病院 その病棟の一室で 続】
「へぇー比企谷くんそっくりに? それがお願いなんてびっくりだよ」
「二代目雪乃ちゃんがいるから構わないけど」
ありがとう
姉さん
「今日の初代雪乃ちゃんは素直ね それで性転換はするの?」
顔と声だけで良いわ
「ふーん それでいつ手術しようか?」
9月1日の午後7時
「流石初代雪乃ちゃん、時間指定までするなんて」
「二代目なんて何度も延期したのよ」
へぇ
「それにしても雪乃ちゃんは人の真似事が好きねー」
それが私だもの
何か悪いかしら?
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