勇魚「夢路、起きないね」(23)
咲「ぐっすりだね。もう放課後も終わるんだけど」
貴照「夢の字が部活中に居眠りなんて珍しいね。昨日、夜更かしをしてたのかい?」
勇魚「うん。昨日はメリーと遅くまでゲームしてたみたい」
ぼんやりとした意識の上澄みのところに会話する数人の声が滑り込んできて、それを理解しようと考えるでもなしに脳が勝手に意味解釈を初め、意識が覚醒へと向かっていく。
さあっ、と前髪が揺れる感覚があって、これは風が通り抜けたのだと直感すると同時に、どうやら部屋の窓が開いているらしいと察する。
たしか、と記憶を手繰り寄せる。
たしか昨日はメリーとゲームで夜遅くまで遊んでいたから酷く寝不足で、それでもぼぅとした頭でなんとかかんとか授業を受け終えて、這々の体で部室にやって来たのであった。
一応、そこまでは覚えている。
が、そこからの記憶がない。
ははぁ、すると、部室に着いた途端、眠りに落ちてしまったわけか。机に突っ伏している今の状況はそういうわけに違いない。
咲「ふぅん。メリーとね。……ねぇ、あの二人は随分と仲良さげだけど、サナは嫉妬したりしないの?」
さて、起きるかな、と思った矢先、霧島が妙なことを口走り、何やら起き難い方向に会話が転がったので、目を醒ますタイミングを逸してしまった。
勇魚「し、嫉妬?」
困惑したような勇魚の声が聞こえる。
困惑したような、というよりも、実際に困っているのだろう。よく秋柳や霧島から夫婦のようだと茶化されるけれど、勇魚と俺は幼馴染みであるからして、そもそも嫉妬をしたりされたりするような間柄ではないのだ。
あ、夢喰いメリーのSSです。
漫画を読み返していたら書きたくなったので。
よろしくお願いします。
ん? アニメ?
……そんなものなんてなかった、いいね?
勇魚「メリーには嫉妬しないかなぁ」
目を閉じているから正確なところはわからないが、勇魚が苦笑混じりに答える様が容易に想像できる。
勇魚「上手く言えないんだけど、夢路とメリーは二人一緒にいるのがとても自然なことのように思えるから妬いたりしないかな」
言われて、ふぅんと興味深そうに霧島が相槌をうつ。
俺も少し興味深く思う。
夢魔関連の事件を経るうちにメリーを相棒のように感じていたが、勇魚の目から見ても相違ないらしい。
咲「でも、メリーには嫉妬しないってことだけど、他の子には?」
勇魚「うーん。……この話、やめない? すぐそこで夢路も寝ているわけだし」
うんうん。
勇魚はいいことを言う。
起き難くて仕方ないから、そろそろこの方面の話はやめてほしい。
咲「大丈夫、大丈夫、夢路も起きないって」
貴照「うん。大丈夫そうだね」
むにむにと頬をつつかれる感覚があって、満足そうに言う貴照の声が耳に届く。
突然のことに思わず寝たふりをしてやり過ごしてしまったが、貴照がつついてきてからしばらくして「しまった」と思った。これを機に、さも頬をつつかれたせいで起きましたという体で目を醒ませば良かったのだ。
あー、失敗した、もう一度つついてくれないかなぁと考えていると、先の確認で完全に熟睡されているものと判定されてしまったようで、「これで問題はないでしょう、さあ、サナ、答えなさいな」と勇魚に詰め寄るような気配を孕んだ声色で霧島が言う。
勇魚「なんで寝てるかなぁ……」
恨みがましそうな声色で勇魚が呟く。なんとなく顔の辺りにジトッとした勇魚の視線が刺さっているように感じて居心地が悪い。
勇魚「咲や秋柳くんは面白半分でいいだろうけど、私は家に帰っても夢路と一緒なんだからね。あんまり突っ込んだ話をされると、家に帰ったあとになって不意に今の話を思い出したとき、なんだか気恥ずかしい想いをするじゃない。それで夢路と気まずい空気になったらどう責任をとってくれるのかなぁ」
貴照「つまり思い出したときに気恥ずかしくなるような話を今からしてくれるのかな?」
貴照の揚げ足取りに勇魚が「うっ」と小さく呻く。
しかし、気恥ずかしくなると勇魚は言うが、そもそも勇魚と俺の間柄でこういう話題が出ること自体恥ずかしい。それこそ一緒にいるのが当たり前で、その関係を改めて定義しようとするのは無粋であるように思えたし、何より今さら過ぎて気恥ずかしい感じがするのだった。
咲「たとえば夢路に好きな人ができたとして、サナはどう想うの?」
勇魚「それは……」
なんだかむずむずする。盗み聞きをしているようで罪悪感を覚えるが、同時に勇魚の答えも気になって聞き耳を立ててしまっていた。
少しあって、「応援、するかな?」と揺れる声で勇魚が答える。
なぜ自信なさげ?
言葉の裏側にあるニュアンスを深読みしてしまい、どきりと胸が跳ねた。
貴照「じゃあ、夢の字に彼女ができたとして」
勇魚「……」
勇魚が黙り込む。
俺に彼女ができた様を想像しているのだろうか。もしかすると上手く想像できないのかもしれない。俺自身、自分に彼女がいるところなど想像できないから無理からぬこと。
勇魚「それはちょっと……、ううん、かなり嫌かも」
冗談めかした風でもなく、真剣に考えた結果として零れ落ちたかのような重さを伴って勇魚が述懐した。
それから少しの間があって、慌てたように言い添える。
勇魚「えっと、ほら、私よりも先に好い人が見つかるなんて悔しいから!」
殊更明るく勇魚が言う。
毎日勇魚の顔は見ているけれど、今ほど彼女の顔を見たいと思ったことはない。
勇魚は今どんな顔をしてる?
そっと薄目を開けてみようかと思ったけれど、もしも起きていることがバレたらかなり気まずい。
しかし、気になるものは気になるので、ええい、ままよ! と目を開けてみれば……。
貴照とばっちり目があってしまい、くっと口の端を上げてみせる小憎たらしい顔を見てしまった。
あー。
あーあ。
やっちまった。やっぱり目を開けなければ良かった。勇魚に見つからなかったのは不幸中の幸いだけど、貴照が吹聴すれば意味がないことだし……、いや、あいつはこちらの反応を見て楽しんでいるところがあるから、実は俺が起きていると勇魚や霧島に漏らすことはないだろう。そもそも、である。偶然薄目を開けた瞬間に貴照と目が合う可能性は極めて低く、それらのことを鑑みるに、貴照は最初から俺が狸寝入りしていることに気付いていたのではと思う。気付いていたうえで勇魚に際どい話を振り、勇魚だけではなく俺の反応も楽しんでいたのではなかろうか。
大変な悪人である。
勇魚「でも、夢路に彼女ができたとして、その彼女はきっと私以上に嫌な想いをするんじゃないかなぁ」
貴照の愉悦に気付かず勇魚が話を続けようとする。
とまれ、勇魚。それ以上は語るに落ちるというやつで、貴照を楽しませてしまうだけだ。
そう警告してやりたいが、今は眠っていることになっているので声を出せない。
もどかしい。
咲「彼女が? なんで?」
勇魚「だって夢路は私やメリーと一つ屋根の下で暮らしているわけでしょ? べつにやましいところはないけど、それでもやっぱり彼女にしてみれば面白くない話なんじゃないかなぁって。自分の彼氏が他の女の子と四六時中一緒ってストレスになると思うし、夢路のことを好きであればあるほど気になって疲れちゃう」
貴照「なるほどねぇ。しかし、その理屈でいくと、夢路のことをいいなって感じる女の子が現れたとしても、その背景に見え隠れしている橘さんやメリーの影を感じて諦めてしまうかもしれないね」
あー、なるほどねぇ。道理で今までモテなかったわけね。なるほど、なるほど。超納得だわー。
などと虚勢を張っても胸の内に空っ風が吹くだけである。
咲「でも、それを言うならサナも同じじゃない?」
勇魚「同じ?」
咲「サナのことをいいなって思うメンズが現れても、藤原と仲睦ましげな姿を見て諦めちゃうんじゃない?」
勇魚「うーん。でも、その程度で諦めるくらいなら、たいした想いではなかったんだよ」
咲「いやぁ、それはちょっと酷だわ。藤原と一緒にいるときのサナの顔を見て、それでもモーションをかけようだなんて思える人はなかなかいないよ。あ、無理だなって察しちゃうもん」
貴照「だね。間に割って入る隙間がない。そういう意味ではメリーってすごいね、当たり前のように二人の間にいるもの」
勇魚「あはは。うん、メリーはもうウチの子だからね。……ん? いや、そうじゃなくて、えっと、周りから見て、そんなにも私と夢路は仲良さそう?」
咲「そりゃもう」
貴照「夫婦かなって思うくらい」
と、息を揃えて霧島と貴照が言う。
なにそのコンビネーション、お前らの方がよっぽど夫婦してんじゃないの? と軽口を叩いてやりたかったが、ここはひとまず我慢である。
代わりに反論は勇魚がしてくれるだろう。
勇魚「夢路と夫婦かぁ」
と、思っていたのだが、言葉を自分の中に落とし込むようにして、しみじみとした口調で勇魚が呟く。
勇魚「夫婦以前に夢路と恋愛関係になっているところが上手く想像できないかも」
咲「え? そうなの?」
霧島が意外そうに言う。
しかし、何も意外なことはない。俺も勇魚に同感だ。勇魚と恋愛関係に至るところを想像できない。
咲「……なんだ、てっきりサナは藤原のことが好きなものだと思ってた」
勇魚「それは間違ってないし、夢路のことは好きだけどね。でも夫婦とか言われても実感わかないかなって」
咲「ふぅん?」
勇魚「でも夢路以外の誰かと一緒にいる自分も想像できない。へんてこな話なんだけど、夢路と恋人みたくしているところは想像できないくせに、よぼよぼのお年寄りになるまで連れ添っている姿は想像できるんだよね」
勇魚が言っているのを聞いて、ああ、たしかに、と俺も心の中で頷く。
今さら勇魚と恋愛といっても違和感を拭えないが、今の生活の延長線上に勇魚との未来があって、死ぬまで寄り添っているかもしれないと考えるとしっくりくる。
咲「それってさ……」
霧島が気の抜けた声で言う。
面白い
メリーを読むたびにメリーの泣き顔で興奮するのは俺だけじゃないはず
>>12
読んでくだすってありがとうございますです。
>>13
ぐうわかる。それな、ほんとそれ。
コミックス四巻冒頭を読むに、勇魚が夢路に恋愛感情を抱いていないなんて有り得ないわけですが、それはそれとしてSSを続けます。
咲「それって、もはや熟年夫婦の域に達しているから、今更夫婦って言われてもピンとこないってだけの話じゃない? だから、当然、恋愛関係に至るところも想像できないわけで……」
貴照「なるほどね。そういうことなら納得だ。すでに世の夫婦がすることは一通りこなしているだろうしね」
本当に好き勝手言ってくれる。
だけど、改めて勇魚のことを考えてみるに、確かに特殊な関係なのかもしれないと思い始める。これまでそれが当たり前だったものだから疑問にも思わなかったけど、一度距離をとって客観的に見つめ直すと一口に関係を説明するのが難しい間柄である。
一緒に暮らしていて家族同然であると互いに感じているはずなのに、だけどやっぱり兄弟姉妹とは決定的に違っていて甘えきっているわけではないのだ。
家族であると同時に他人でもあるという関係性は正しく夫婦のようなもので、俺や勇魚は自覚がなくて否定していたけれど、案外、こういうことは内側にいる人間よりも外側にいる人間の方が真実に近いものを見ているのかもしれない。完全なる客観視ができるぶん、貴照や霧島の言い分が正しいこともあるだろう。
勇魚「世の夫婦がすることって……」
咲「もちろん、性的なこと以外ね」
必要のない捕捉を加える霧島に、「なっ!」と勇魚が頓狂な声を上げる。
こういうとき、当たり前だと怒って見せればいいのか、はたまた苦笑いをすればいいのか、どういうリアクションをとるのが正しいのか分からずに、目をグルグルと回しながら顔を赤らめて言葉を無くしている勇魚の姿を容易に想像できる。ちょっと可愛い。
勇魚「だ、だいたい、夫婦が普通にすることって何?」
動揺を隠すように少し早口で話の続きを急かす勇魚。
咲「同じ食卓を囲んだり、おはようとかおやすみを言ったり?」
勇魚「一緒に棲んでいるわけだから当たり前じゃん」
貴照「でも、この間、学校帰りに一緒に夕飯の買い出しに行ってたよね。あれは言い逃れようのないほどに夫婦してたと思うんだけど。近所の商店街でも若夫婦と評判だしね」
勇魚「若夫婦って……」
貴照「熟年の貫禄がある若夫婦」
酷い矛盾を感じる。
咲「荷物を持つのは?」
勇魚「夢路」
貴照「買うものを決めるのは?」
勇魚「私」
咲「財布を握っているのは?」
勇魚「私」
貴照「買った商品を袋に詰めるのは?」
勇魚「基本的には私だけど、量が多いときは二人で分担して。主に私が食料品担当で、日用品を詰めるのが夢路かな?」
勝手がわからず適当に袋詰めしてしまうので、俺に繊細な食料品は任せられないとの理由により、勇魚から日用品担当に任命された次第だった。あと、俺の担当といえば、冬場、勇魚の手が乾燥していてレジ袋の袋口を上手く開けられないとき、ドヤ顔で代わりに開けてやることだろうか。
貴照「やっぱりね。熟年の若夫婦だ。それぞれの役割を自覚していて淀みなく答えるだなんて、そんじょそこらのカップルにはできない芸当だよ。ちなみにメリーは?」
勇魚「荷物持ち大臣です」
それから寄り道大臣でもある。あとドーナッツおねだり大臣。毎度、勇魚は財布の紐を締めねばと奮闘するのだが、メリーの物欲しそうな素振りに屈してドーナッツを買ってしまうのであった。所謂、悔しいけど買っちゃう、というやつである。
新刊が出たので、ゆっくり再開。
本当にゆっくり。
新刊の夢路かっこいい。
勇魚成分が足りなかったけど、メリー成分は足りていたので一年は闘えそう。
このSSまとめへのコメント
続きはよ笑