目を覚ますと、自国でも見た事がないほど広く美しい草原に囲まれていた。
男「……一体どういうことだ?」
私は記憶を呼び覚まそうと剃ったばかりの頭を撫でる。
しかし、風呂場で倒れてからの記憶がない。
男「まさか!? 誘拐されたのか!?」
あり得ない話ではない。
私は数々の業を作り、広げ、利益を得た。
街中の小さな火種が私一人を飲みこんだとしても、神の呪ったりはしないだろう。
男「と、とにかく電話をしなくては……」
ポケットをまさぐる。
が、ズボンには何も入っていない。胸ポケットにも。
男「私をこんな所に連れてきてどうしようと言うのだ!」
声を上げるも、反応はない。
それでも、何かに縋るように私は叫び続ける。
男「製法を知っているのは私だけだぞ! どこの誰か知らんが、こんな事をして良いと思っているのか!」
叫べば叫ぶほど、科学者としての私が冷たい心で嘲笑する。
――分かるだろ。自分の状態くらい――と。
男「違う……癌はまだ私を殺してなど……」
瞬間、少し離れた場所でガサリと音がする。
エルフ「………」
男「………」
ツンと尖った耳、深海のように奥底の見えない黒い瞳。肌色よりもベージュに近い肌。
間違いない。彼女はエルフだ。
私は確信する。
――とうとう自分でメスをやってしまったのだ、と。
※とある海外ドラマをイメージしております。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1444393081
男「君――」
エルフ「動くな!」バッ
弓矢!? 国民の半分以上が銃を所持するこの時代に!?
男「お、落ちついてくれ。私は何もしない」
エルフ「………」グググッ
矢の切っ先がきらりと光る。私が彼女の照準から逃れようと左にずれると、彼女の切っ先は右にずれた。
警戒を解く気はないらしい。
男「ほ、本当に争う気はない。ほ、ほら見てくれ。武器なんて何もない」
ポケットを全て広げ、両手を頭の後ろに当てて膝を突く。
全裸になっても良かったが、この距離なら服が弓から命を守ってくれる可能性もある。
そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
――ビュンッ!
男「っ!?」
ガスッ、と音を立てて矢が何かに刺さった。
彼女から目を逸らすのは危険だが、矢の威力を確かめておきたかった。
男「………」
私より大きな岩が、矢によって真っ二つに割れていた。
心臓が砕けそうなほど痛みを帯びる。
克服したはずの恐怖が、ねっとりと背中にまとわりつく。
男「た……たのむ。私には子供がいるんだ」
気が付いたら、涙が零れていた。
こんな死に方は望んでいない。
私にはもっと、ふさわしい死に方が――。
エルフ「子供がいるのか?」
彼女の殺気だった目が、少しばかり和らいだ。
はち切れそうなほど張りつめていた弓が緩む。
男「あ、ああ、本来なら子供をダシにするのは心苦しいが、私はそれでも生きなければならない」
エルフ「子供の為に?」
男「子供と、妻の為に」
彼女はジッと私を見つめた。
嘘を吐いていないか見抜こうとしているのだろうか。
だったら都合が良い。私は嘘など一つもついていない。
いつだって私は家族の為に生き、そして死ぬのだから。
エルフ「……分かった。とりあえずは信じよう」
スッと、彼女は弓を背中にしまった。
そして立ち去ろうと振り返る。
マズイ。このまま去られては非常にマズイ。
男「あ、あのっ」
エルフ「……命を見逃されただけでは不服か?」
男「……実は…」
私は内心を打ち明けた。
この世界に何の知識もなく、さらに癌である事を。
エルフ「………」
彼女はしばらく悩んだ後、小さな溜息を吐きながら、
エルフ「ついてこい」
と言った。
この時の私は、エルフも溜息つくのだなぁと陽気な事を考えていた。
人の形をしている者同士、“通じあう何か”があると勘違いしていたのだ。
エルフ「少し待っていろ」
どうやら彼女の家に着いたらしい。
天に届きそうなほど巨大な樹木の根元に幾何学模様の扉があった。
彼女は扉の中に入っていく。
私も後を追う為に扉に手をかけるが、
男「………?」ガチャガチャ
開かない。
鍵穴など見当たらないが……。
男「模様が変わっている?」
幾何学模様の配置が先ほどと変わっていた。
どうやら、魔術めいた何かが発動しているらしい。
男「私は本当に死んだのか……?」
これから“ビジネス”が上手くいくはずだった。
それなのに……あんなタイミングで私は…。
エルフ「入って良いぞ」
彼女が扉を開ける。
先ほど着用していた銀の鎧ではなく、ワンピースのような薄い布の民族衣装を着ていた。
その姿はまさに妖精。私は思わず、
男「美しい」
と、呟いていた。
エルフ「……貴様の世界の男が軽いのか? それとも貴様が軽いのか?」
……生まれてこの方、妻以外を愛した事のない私に対してその言葉はいささか不服だ。
だが、エルフの顔はまんざらでもなかったようだ。照れまではいかないものの、表情に喜びが滲んでいた。
男「この扉は魔術か何かで?」
エルフ「人間の世界で言う“魔法”だ」
男「魔法……」
私は今まで科学こそが魔法だと信じていた。
しかし、この目で見なくとも分かる。
魔法は科学を超越し、無から有を生み出す錬金術だと言う事が。
家族の為にやりたい事がある癌の科学者
walter whiteだろ
エルフ「貴様は元の世界で学者だったのか?」
男「……何故分かる?」
エルフ「土の精霊が懐いている。彼らは知識欲の塊だからだ」
男「………」
先ほどから目が痛いのは、砂埃の所為だと思っていたが精霊の所為だったのか。
エルフ「エルフも新たな知識を得る事が大好きだ。お互い知識交換と行こうか」
男「……感謝する」
中に入ると、思っていた数倍の広さの部屋が私を出迎えた。
エスニック風な装飾でありながら、模様は幾何学模様で規則的だった。
男「エルフは数学をするのか?」
エルフ「しない。エルフは数を嫌う」
男「何故?」
エルフ「数は悪魔だ。存在に優劣をつけ、価値を落とし、魂を汚す」
男(確かに順番が存在しなければ起こらなかった争いもある)
エルフ「詭弁ではあるがな」
男「模様で数を判別しているからか?」
エルフ「やはり頭が良いのだな。その通りだ」
男「口にしないだけで、数は認識し利用している」
エルフ「必要最低限な分だけだ。エルフ同士に使用したりは絶対にない」
男「……そうか」
エルフ「好きな所へ座れ。ここは私一人で住んでいる」
男「家族は?」
エルフ「………」
男(沈黙。言いたくない事情が?)
エルフ「エルフの入れる紅茶が飲めるなんて、この世界では一生自慢出来ることだぞ」
男「それは楽しみだ」
エルフ「……絶対に違う部屋に入るなよ」
男「分かってる」
エルフがいなくなり、部屋がシィンと静まり返る。
まるで癌検査の待合室のような重苦しさに耐えられず、私は幾何学模様を分析しようとした。
男(扉の円はオンオフを役目しているのだろうか? 一周なら鍵がかかり、二週なら開けることができる)
それならば円を避けるように並んだ直線は何を示す? 扉に鍵以外の役目が必要なのか?
男「……防衛システム」
エルフ「正解だ」
10人以上が同時に食事できそうな机に置かれたティーカップ。
それは陶器で出来ていて、エスニックな木の部屋には不釣り合いだった。
男「………?」
エルフ「……何か?」
男「………」
何故ティーカップだけ陶器でできてるのか。
喉元まで差しかかって、私は必死に飲みこんだ。
詮索が許されるのは親しい者だけだ。今はただ、彼女の厚意に甘えることだけを。
男「……紅茶?」ゴク
エルフ「文句が?」ギロ
男「い、いや違う。私の世界ではこれはコーヒーと言うので驚いただけだ」
エルフ「コーヒー。それはラクスタ豆を挽いて作るのか?」
男「クラスタ豆の言い間違いか?」
エルフ「バカにするな。ラクスタ豆だ」
男「恐らくそうだ」
エルフ「ふぅん」
男(知識欲の塊と言う割にはコーヒーに興味はないのか……)
エルフ「それで、本題に入るが貴様は家族の下へ帰りたいのだな?」
男「もちろんだ。命に賭けても」ジッ
エルフ「………」
男「……どうした?」
エルフ「それは“自分の命”か? “他人の命”か?」
男「……っ」
見透かされた気がした。
私が今まで振りまき、回収しなかった業を。
自国の土でゆっくりと育つ、憎しみの連鎖を。
男「……自分の命だ。と言っても余命半年の男だがね」
エルフ「………」
男「………」
エルフ「不安にさせて喜ぶ性質ではないので結論から言おう。
元の世界に帰る方法はある」
男「……本当か?」
エルフ「嘘を言う必要がない。だが、それは貴様にとって嘘に近いほど遠い方法だ」
男「どういう意味だ?」
エルフ「この世界と異世界を繋ぐ場所は三か所。この大陸では一か所だけだ」
男「………」
エルフ「そして、この大陸の中央部であるそこは人間の国によって厳重に管理されている」
男「……金で解決できるのか?」
エルフ「察しが良いな。人間は欲が深い。金で解決できない事はないだろう」
男「……そうか」
エルフ「安心するのは早い。必要な金は恐らく、“国が買える”金額だろう」
男「……何故だ?」
エルフ「異世界への扉が年に一度しか開かないからだ」
男「………」
エルフ「さらに悪い知らせがある」
男「……?」
エルフ「この大陸の貴族達は純血思想だ」
男「それはどこの世界でも変わらん」
エルフ「金をある一定の金額以上は稼げないのも同じか?」
男「……そんな国は次々に滅び、これからも消えていくだろう」
エルフ「同感だ。しかし、この大陸に関して言えば豊富な資源と魔力が彼らを数万年は支えるだろう」
男「つまり、この大陸でゲートを買う事は不可能だと?」
エルフ「よほどの何かがない限り、な」
男「………」
その日、私は地球の科学を事細かにエルフに教えた。
エルフは大変興味を持っていた。数学も実は嫌いじゃないらしい。
特に生物学はこの世界と大きく違う為に喰いつくような反応を示した。
気づいたら暗闇が世界を包み、私は彼女の家に泊まる事を許可された。
エルフ「良いか。エルフは心許した者以外に寝ている所を見られる訳にはいかない。決して覗くな」
男「……必要がない」
エルフ「……ふん、まぁ侵入しようとすれば21の魔術で貴様を焼き払うだけだがな」
男「……心に刻んでおこう」
エルフ「……では、良い夢を」
男「エルフも夢を見るのか」
エルフ「貴様らより色彩に富んだ夢を、な」
男(このエルフ、人間の事をよく知っているな……)
私はありがちな想像を働かせていた。とても元科学者とは思えない陳腐な発想だ。
男(かつて、人間と心を許しあっていた時期があるのだろうか……)
それならば、彼女が協力してくれる日が来るかもしれない。
淡い期待を抱いて、私は来客用の部屋で目を閉じた。
その日、夢を見た。
それは地球の出来事で鮮明な夢だった。
色も、声もはっきりしていた。
相棒「お、落ちつけっ、俺だって作れる!」
黒人「……なら作れ」
相棒「………」フーフーッ
相棒「できる。俺ならできる」
私が消えた事で相棒が窮地に追いやられている。
新たな製法に相棒は慣れていない。私でさえも脳で計算しながら行っているくらいだ。
だが、純度99%を作るには今の方法で行くしかない。
相棒ならきっと、容量を間違っても70%以上の純度を作れるはずだ。
私が帰るまで、何とかしてくれ。
相棒「先生……本当に裏切ったのかよ」
……早くしないと殺されそうだ。
男「おはよう」
エルフ「人間は本当に起きるのが遅いな」
男「……人間の起床に詳しいのか?」
エルフ「……っ///」
やはり、人間と何かあったらしい。
あの反応は男女の仲だったに違いない。
これほど美しい娘だ。きっと人間の方から言い寄られたのだろう。
男「この世界と私の世界は時間の流れを共有しているのだろうか」
エルフ「それはないと断言できる」
男「何故?」
エルフ「かつて異世界へ行き、帰ってきた人間がいる」
男「………」
エルフ「彼は自分の世界が1000年以上経っていることに絶望し、愛する者のいるこの世界に戻ってきた」
男「……その後は?」
エルフ「……知らない」
男「そうか」
男「そのゲートのある国へ行ってみたいのだが」
エルフ「好きにしろ。私は行かない」
男「……せめて方向くらいは教えてもらえないだろうか」
エルフ「……あっちだ」スッ
男「恩に着る」
エルフ「……本当に行くのか?」
男「時間の流れが違う以上、急がない手はない」
エルフ「だが、金はどうする?」
男「国がある以上、流通も存在するはず。何かしらの方法はある」
エルフ「……そうか」
男「……世話になった」
エルフ「別に……」
男「じゃあ……」
エルフ「………」
森
男「……深いな。それに広い」
男(私のような無力な元科学者が通れるような道ではない……)
男「だが……いかねば」ヨイショ
男「必ず元の世界へ……」
??「………」
光を地面まで通さぬほど重なった木々は、私に緊張と重圧を与えた。
どんな獣が存在するか分からない以上、死は常に私を見張っている。
正直、森を出られる可能性は宝くじを当てるほどに低いだろう。
それでも、いかねばならない。
家族を護るために……。
男「………」ガサッ
男「……っ!?」ビクッ
魔物「………」
それはオオカミのようなライオンのような生き物。
全身を黒で包み、目は血の色で染まっている。
鋭い牙は口からはみ出すほど伸びていて、中央辺りには釣針のような返しがついていた。
一度喰らいついた獲物は逃がさないだろう。そして私は彼にとってただの“歩く食材”だった。
魔物「グォオオオオオオオ!」
威嚇とは違う咆哮、――喜び、だろうか。
魔物は一瞬にして間合いを詰めると、その鋭い牙で私の腕を食い千切ろうとした。
――ビュンッ!
空気を切り裂きながら、それは魔物の頬をかすめた。
ギャン、と甲高い悲鳴を上げて魔物は私から距離を置く。
獲物以下の存在だった私を狙ったら自分の命が危なくなった。
さしずめ彼にとって私は毒キノコのようなものだろう。
魔物「ぐるるるる」
忌々しそうに喉を鳴らしながら、魔物は森の奥へと消えていった。
男「……はぁはぁ」
緊張から解放され、私はその場に座り込む。
漏らさなかった事が救いだ。
男「……助かったよ」
エルフ「……たまたま通りかかっただけ」
男「なるほど」
エルフ「…………ふん///」
相変わらず女は数学的ではない。
自分の気持ちを式で書ける女はいるのだろうか。
いったんここまでです。
クッキング始めるのはもう少し先になりそうです。
>>6 今日から背後に気を付けたまえ。
男「護衛してくれるのか?」
エルフ「護衛……いや、森で死んで欲しくないだけだ」
男「何故?」
エルフ「人間は穢れている。土に還れば土が汚れ、獣が肉を食らえば生態系が乱れる」
男「非科学的だな」
エルフ「貴様の世界で物事を測るな」
男「……本当にあるのか?」
エルフ「何が?」
男「魔法だ。いや、自動でロックがかかる扉を見たから信じていない訳ではないが……」
エルフ「厳密に言えばこの世界の魔法は全て精霊が引き起こす事象に過ぎない」
男「つまり、奇跡のような力は存在しないと?」
エルフ「ああ、唯一例外があるとすれば……」
男「あるとすれば?」
エルフ「……いや、気にするな。それよりも街について、それからどうする?」
男「まずは………ビールが飲みたいな」
エルフ「ビールか。人間はビールが本当に好きだな」
男「エルフは嫌いなのか?」
エルフ「……エルフは人前で取り乱す事を嫌う」プイッ
男(嫌な思い出があるのか……?)
エルフの後ろを歩きながら、私は予定を立てていた。
地球へのチケットには金がかかる。それは他の大陸へ行っても同じだろう。
人は利益に執着する生き物だ。半端な額ではないだろう。
化学以外に何もできない私に大金を用意する方法は限られている。
だが、魔法が存在している以上、地球とは異なる文化を築いている事だろう。
クッキングしよう(メスを作ろう)にも道具がないかもしれない。
それ以前に材料がない可能性もある。
この世界の法則を知るにはあらゆる意味で時間がなさすぎる。
――私はこの時、自分の事だけを考えていた。
いや、“私はいつだって自分の事だけ”を考えていた。
だから、もっと単純な事に気付かなかった。
気付かなかったから――。
エルフ「人間社会について簡単に説明すれば、この大陸は三つの国に分かれている」
男「ふむ」
エルフ「西と東と北。南はこの人間が立ちいれない森だ」
男「この森は何か特殊な力が?」
エルフ「私達を含め、多くの人外が住んでいる」
男(“インディアン”を放っておくなんて甘い事を人間がするのか?)
エルフ「我々を甘く見ない方が良い」
男「……心を読んだのか?」
エルフ「今までの話しぶりから、貴様がどういう人間か分かる」
男「ぜひご教授願いたいね」
エルフ「まずは人種至上主義」
男「何故分かる?」
エルフ「私の肌を見過ぎだ」
男「……それは美しいから」
エルフ「いいや、貴様は物珍しそうな目で私の肌を見た。まるで値踏みするかのように」ギロッ
男「……悪かった」
男(科学者としての悪い所が出てきた。なんて言い訳にしかならんか……)
エルフ「それに貴様は人間の話しかしなかった。恐らく貴様の世界は生態系の頂点に人間がいるのだろう」
男「……正解だ」
エルフ「その所為で視界が狭く、傲慢な考えしか出来ていない」
男「……君は違うと言うのか?」
エルフ「何?」
男「そうやって人間を見下して、偉そうに人を値踏みして、我々と違うと言うのか?」
エルフ「黙れ」
男「私の周りにも沢山いた。人の事ばかり気にして自分の本質に気づけない者達が」
エルフ「黙れ」
男「私は傲慢かもしれない。人間も。だが、それは生物全ての――」
エルフ「それ以上口を開くなぁ!」グイッ
男「ぐぷっ!」ゴホッ
エルフ「貴様も、貴様も“同じ”か!」グググッ
男「……な、にが…?」
エルフ「自分の立場もわきまえず、赦されている事に甘え、講釈をたれるだけの人間かと聞いているんだ!」
男(!! そうか……、同じような姿をしているから勘違いしていた。この世界では“エルフは人間より上位の存在”……)
エルフ「貴様ら人間がそうやってぇ!!」
男「わ、悪かった!」
エルフ「!」パッ
男「……いや、申し訳ありませんでした。というべきか」ゴホッゴホッ
エルフ「……貴様」
男「本当に勘違いしていた。私はただ、君と対等に話をしたいと思っていただけで……」
エルフ「………」
男(この世界での生態系など今の私には興味ない。ただ地球へ帰る為に“必要な事”をするだけだ……)
エルフ「今更取り繕っても気持ち悪いだけだ。普通に喋れ」
男「……感謝する」
エルフ「貴様はどうせ向こうの世界でも傲慢に生きているのだろう?」
男「……かもしれないな」
エルフ「だがこれだけは言っておく。貴様など世界に対して砂粒以下の存在だ。それを受け入れろ」
男「………」
エルフ(尊大な考えは身を滅ぼす。……あいつのように)
エルフ「話を戻すが、扉は北……正確には中央の王国が所持している」
男「それは言葉通り扉の形をしているのか?」
エルフ「今は分からない。昔は石の形をしていた」
男「石……」
エルフ「中央の王国は貴様と同じ人種主義で、私は入れない」
男「それは困る」
エルフ「……人の住む場所まで連れていく気だったのか?」
男「……君がいなければ私は無力だ」
エルフ「…………ふん」サッサッ
男「自分の耳を撫でてどうする?」
エルフ「う、うるさい、話を続けるぞ」
男「……?」
エルフ「中央の王国は三つの領に分かれている。王直属の火の領域、貴族統括の水の領域、市民が住む土の領域だ。大部分は土の領域で、現在は5000万人ほどが住んでいる」
男「数字で覚えているのか?」
エルフ「……と、言っていたのだ。人間が」プイッ
男「………」
エルフ「外部の者が入る事ができるのは土の領域のみだ。しかし扉は火の領域にある」
男「……ふむ」
エルフ「火の領域に行くためには市民権を得た後、水の領域に住む事が許可される名誉貴族とならなければいけない」
男(やけに詳しいな)
エルフ「名誉貴族となる為には屋敷を買う事の出来る財力と、その数倍の献金をしなければならない」
男「………」
エルフ「どうだ、途方もないだろう?」
男「……君は」
エルフ「?」
男「もしかして、住んでいたのか? 王国に」
エルフ「……っ///」カァ///
男「何故離れた?」
エルフ「ついてきて欲しければ、その話題は二度と出すな」プイッ
男「………」ヤレヤレ
王国入口
男「……まるで人だな」
エルフ(偽装)「……場所に合わせて姿形を変える。それが生き物のあるべき姿だ」
男(……妻の若い頃にそっくりだと言ったら殺されそうだな…)
エルフ「後、絶対に異世界の者だと口にするな」
男「何故?」
エルフ「異世界の者の腸は薬となる……これ以上は言わなくても分かるだろう?」
男「迷信か……」
男(だが、メスを売る際に利用できそうだな)
エルフ「さて、行くか
王国内 土の領域
市民<ザワザワ
男「凄い活気だ」
エルフ「東西の国が往来する中心部だからな」
男(流通の問題もクリアか……)
エルフ「あそこを見てみろ」
男「?」
エルフ「サーカスだ」
男「………」
エルフ「人間は下らない事を思いつく能力に長けている」ワクワク
男「……好きなのか?」
エルフ「!! な、ななな、何を!」カァ///
男「いや、別に……」ヘッ
エルフ「バカにしたなぁ!」グイッ
男「何も言ってない」
エルフ「ぐっ」グググッ
エルフ「ほ、本当にいいんだな! 迷子になっても知らないぞ!」ソワソワ
男「子供じゃないんだ。それより、陽が沈む頃にここに戻ってくる事」
エルフ「こ、子供扱いしてるのは貴様じゃないか!」
男「ほら、さっさと行かないと始まるぞ」
エルフ「ま、迷子になったら門の入り口に来い! 良いな!」
男「はいはい」
男(好都合だ。色々と調べる事ができる……)
エルフ「さ、サーカス……」ハァハァ
露店街
男(食材は地球と大して変わらんな。貨幣でやりとりしている所も……)テクテク
男(娯楽品が少し高価で、日用品が安い。文化としては発展途上ということか……)
商人「あんた」
男「?」
商人「そう、そこのあんた」
男「何か?」
商人「あんた異世界――」
男「!?」ビクッ
商人「の服を着ているのかい? 面白い服だねそれ」
男「……あ、ああ」ホッ
商人「よければ売らないかい?」
男「!」
男(チャンスだな)
男「悪いがこれは東の大陸では二ヵ月は遊んで暮らせる価値のあるものなんだ」
商人「!! な、なら俺はその額を払おう!」
男(やはり情報に関する文化は中世レベルだ。これならメスを使って稼ぐのも訳がない)
男「良いだろう。服も付けてくれるか?」
商人「もちろん!」
男(実際の所、どれくらいの額なのか分からんが異世界の服を着て歩くよりはマシだろう)
男(確かめる意味でも料理を食べてみるか)
男「………」
看板娘「いらっしゃいませー♪」
男(可愛い娘だ。この世界は容姿のレベルが高いな……)
看板娘「こちらへどうぞ♪」
男「ああ、すまない」スッ
看板娘「ご注文は?」
男(文字が読めない……これは後々に問題となってきそうだな…)
看板娘「?」
男「……あ、ああすまん。実は遥か東の大陸から渡ってきたばかりで、この国の文字が読めないんだ」
看板娘「そうなんですか!? 流暢な言葉遣いなので気づきませんでした!」
男「わ、悪いが、おススメを貰えるかな」
看板娘「分かりました! 血を吐くほどの激辛スープですね!」
男「……え?」ビクッ
看板娘「冗談ですよ♪ 楽しみにしててください♪」
男「………」ホッ
男(食はアジアンテイストだったな……)
男「さて、勘定だが……」
男(わざと多めに出して反応を見よう)
看板娘「お金持ちなんですねぇ! これだけで十分ですよ♪」スッ
男(この料理の値段が1000でお札一枚だとすると、大体日本のお金と同じくらいか)
男(100万円……あの商人、10ドルの服に気前のいいことだ)ハハッ
看板娘「またのお越しをー♪」
男「………」
男「文字が読めないのは問題だな」
男(いや、むしろ問題は科学レベルの低さか……)
男「……異世界、か」
町はずれ ジャンク屋
男「……なるほど、予想通りか」
店主「何だお前?」ヌッ
男「これらは?」
店主「異世界から来たガラクタだよ」
男「売り物なのか?」
店主「買いたいモノ好きがいれば、そうだな」
男「是非買いたいのだが」
店主「……物好きもいたものだ」
男「後、聞きたい事がある」
店主「……?」
男「ハイになる薬を扱ってる所を知らないか?」
いったんここまでです!
もちろんもう一人青年が異世界からやってきますのでお楽しみに!
サーカス前
エルフ「はー楽しかった」ニコニコ
男「満足したようだな」
エルフ「べ、別に。……って貴様、異世界の服はどうした?」
男「売った」
エルフ「いくらで?」
男「これくらい」サツタバ
エルフ「……異世界の物は屋敷が買える額で売れたのに」
男「……わ、私はこの程度で十分だったんだ」フンッ
エルフ(この人本当に頑固者ね……)クスッ
男「君が笑うのか。サーカスで子供のようにはしゃいだ君が」
エルフ「はしゃいでない!」
男「私も予定通りだ!」
二人「「………」」グヌヌ
エルフ「……認めるわ。サーカスは好きよ。動物を虐げるサーカスは嫌いだけど」
男「……私は予定通りだ」
エルフ「頑固者!」
男「ふんっ」
エルフ「………」フフッ
男「………」フッ
エルフ「それで、何を持ってるんだ?」
男「私の世界でも規格品となっている実験道具だ。恐らく使い道が分からず棄てられたのだろう」
エルフ「何を実験するんだ?」
男「この世界の鉱物や液体、ガスなんかを調べたい」
エルフ「何故?」
男「……科学者だからだ」
エルフ「……変な人」
男「エルフは興味ないのか? 自分たちの踏みしめている物が一体何で出来ているのか」
エルフ「主が創りだした物に疑問などない」
男「主? エルフにも神がいるのか?」
エルフ「神は全ての生き物の神だ」
男「この世界には神がいるのか?」
エルフ「誰も会った事はないが、確かにいる」
男「……にわかには信じられんね」
エルフ「精霊は信じて神を信じないなんて」
男「神がいるなら……」
エルフ「?(雰囲気が変わった?)」
男「神はなぜ不平等なのだ?」
エルフ「主は下々の民に干渉しないからだ」
男「無関心なのか? 神の癖に?」
エルフ「貴様と主について談義するつもりはない」
男「はっ! 逃げるのか!?」
エルフ「何?」
男「見ろ! あそこで物乞いをする乞食を! あっちにはスリがいるな! 路地裏では暴力が横行している!」
エルフ「それは……人間が汚いからだ」
男「それを創ったのが神ではないのか!?」
エルフ「人も昔は綺麗な存在だったのだ!」
男「詭弁だな! 創造した責任がある!」
エルフ「先ほどから何に怒っているのだ!?」
男「私は運命に殺されかけている!」
エルフ「何?」
男「……癌だ」
エルフ「癌?」
男「身体を食い散らかす悪魔だ」
エルフ「それが貴様の命を脅かしているのか?」
男「ああそうだ。いや、私の事は良い。だが、神がいるなら何故理不尽が跋扈する?」
エルフ「主は……」
男「私は神など信じない。自分の運命は自分で切り開く」
エルフ「……そう言えば貴様の名前を聞いてなかったな」
男「私の名は――」
男「ハイゼンベルクだ」
門
男「さっきは熱くなって悪かった」
エルフ「……本当に大丈夫か?」
男「不安だがね。長い間1人でいる事を忘れている」
エルフ「もし……」
男「……?」
エルフ「……いや、何でもない」
男「……また会おう」スッ
エルフ「……ああ」ギュッ
男「まずは宿だな……」ザッ
数週間後 中央の王国 議会
白騎士「最近、東の国で不穏な動きがみられる」
青騎士「というと?」
白騎士「今まで放置していた北部の採掘場に人が多く出入りしているのだ」
黒騎士「はっ、どうせ金でも探してるんだろ!?」
紅騎士「だが、あそこは精霊もいなければ金が出た噂もない。確かに怪しいな」
黒騎士「そんな事よりもっと大きな問題があるだろうが」
白騎士「……薬か」
黒騎士「ああ、あれは一体なんだ?」
青騎士「市民の一部の話では、最高に気分が良くなり全てに興味が出てくるらしい」
紅騎士「中には魔法の威力が上がると思っている奴もいる」
白騎士「問題は副作用だがな」
黒騎士「何度も何度も服用していると、幻覚が見えるようになるらしい」
紅騎士「貴族の中にも薬を常用して廃人になった者がいるという」
白騎士「……気になるのは我が国でだけ起きているということだ」
青騎士「……情報が足りないな」
一同「「………」」
路地裏
看板娘「そ、それちょうだい!」ハァハァ
売人「へっ、金は持ってきたのかよ!」
看板娘「持ってるわ」ガサガサッ
売人「ケツ出せよ。隠さないとヤバいだろ」
看板娘「そ、そうね」ヌギッ
売人「ついこないだまで露店街のアイドルだったあんたが、俺みたいな男にケツを掘られるなんてなっ」グリグリ
看板娘「う、うるさいっ、これがあれば私はまた笑顔になるんだから」アハハ
売人(ほんと、このブルークリスタルは金のなる木じゃねぇか)
売人「出来れば元締めに回りてぇな……」
売人「だけど元締めはあいつだ……」クソッ
看板娘「………」ハァハァ
貴族の館
名誉貴族「あはは! あははは! 面白いくらいに金が入る!!」
男「………」
名誉貴族「あんた最高だよ! 俺にとっての天使さ!」
男(親の力で名誉貴族になれただけの男が私よりも上に立っているつもりか……)
名誉貴族「約束通り絶対に名誉貴族にしてあげるからねっ!」スーハーッ
男「やりすぎるなよ」
名誉貴族「分かってるよ! 騎士団にばれたらまずいからねっ」アハハハハ
男(すでにやりすぎだと言っているのに……)
東の国のはずれ
鎧の男「……順調か?」
男「ああ、石は液体に変えたか?」
鎧の男「ぬかりない。土の精霊が少なくなっているが、いずれ棄てる国。問題ないだろう」
男(土の精霊は知識欲の塊、何をしようとしてるか読みとって呆れたのだろう)
男「私が扉を一度使う。忘れるな」
鎧の男「分かっている」コクリ
男「………」
エルフの家
エルフ「やぁ、来たのか」
男「ああ、今日はサーカスで売っているお土産があった」
エルフ「これは木彫り人形。可愛いな」
男(何度も何度も足を運び、ようやく打ち解けてきたな……)
エルフ「……ハイゼンベルク。その……な///」
男「?」
エルフ「もう口調を戻そうと……思うんだけど…」
男「口調?」
エルフ「一応エルフって人間より上位の存在だからね。偉そうにしなきゃいけなかったの」
男「つまり?」
エルフ「本当はね。私……気の弱い女だから…」
男「そうだったのか……」
男(目的の為なら強くなれる。やはり妻に似ている……)
エルフ「良い……かな?」
男「………」ジーッ
エルフ「は、ハイゼンベルク?」モジモジ///
男「……っ、あ、ああ良いとも」コクリ
エルフ「よかった///」ニコッ
男「………っ」ドキッ
貴族の館 男の部屋
男「……彼女は私の目的に必要なだけだ。変な情を抱いてはいけない」
男「エルフがいなければ私を地球まで導いてもらえない。それでは博打になってしまう」
男「………」
コンコン
男「はい」ガチャッ
白騎士「やぁ男さん」
男「!」
白騎士「いえね、ちょっと近くに寄ったものだから」
男「騎士団の団長が私のような異世界人に何の用でしょう?」
白騎士「あなたの力添えがなければブルークリスタルの副作用を緩和する事が出来なかった。本当に感謝しています」ペコリ
男「……一時的なモノだ。ブルークリスタルの使用量が増えればいつか薬が効かなくなる」
男(水分を多くとらせているだけなのだが……)
白騎士「それでも私達にとってあなたは、この国を滅ぼしかねない悪魔を退治できる勇者のような存在だと信じています」
男「いや、そんな大それた……」
白騎士「そう言えばエルフさんと仲が良かったんでしたよね」
男「あ、ああ。あなたも知り合いでしたか?」
白騎士「あの方は……元騎士団長の奥さんでしたから」
男「!」
白騎士「……これ以上は本人が言うまで聞かないで上げてください」
男「……ああ」
白騎士「元騎士団長もあなたのように頑固でしたよ」アハハ
男「………」
私の名前はW.W。この世界では男と名乗っている。
もしくはハイゼンベルクとも名乗っている。これは地球で使用しているのと同じ名前だ。
だが、この世界におけるハイゼンベルクはエルフにとっての良き友人ハイゼンベルクだ。
何故、男ではなくハイゼンベルクを名乗ったのかは分からない。
もしかしたら私にはメスを作る以外に何も残されてはなく、そうなるとハイゼンベルクこそが自分の正体となる。
だから、妻に似た彼女にはハイゼンベルクを良い人間として認識して欲しかったのかもしれない。
一方で、闇の名前をヴォルデと名付けた。ハリーポッターのあれだ。
ヴォルデは薬を作り続けた。
最近は魔法式を勉強し、よりこの世界に適切なメスへと進化させている。
中央の王国の半数以上の市民はメスを使用した事があり、その中の半分以上がすでに中毒者となっている。
いつの歴史もどこの世界も、人を壊すのは快楽だ。
苦しみは発明を産み、憎しみは発展を産む。
私はこの世界を壊しても帰りたい場所がある。
家族のいる、あの世界へもう一度――。
中央の王国 はずれ
青年「……ここは?」
青年(メスを作ってたらマスクが外れて……それで…)
青年「もしかして俺は……死んだのか?」ボウゼン
青年「………」
鎧の男「」ボソボソ
男「」ボソボソ
青年「……先生?」
続く。。。
いったんここまで! 圧倒的絶望感が足りない!
では!
乙
元ネタ知らんのだけど今で物語の何割くらい?
>>53 今で4割くらいですかね。青年をどうするかによって全然変わってきますが……。
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