星空凛「ここは……病院……?」 (73)

凛「おかしいなー。凛、どうしちゃったんだろ」
キョロキョロ

凛「何も思い出せないにゃ……」

凛「!!そうだ、こんなことしてる場合じゃないよ……!学園祭のライブに向けて、練習に戻らないと」

ズキッ

凛「痛っ!?」

ズキンズキン

凛「ど、どうなってるの?力を入れようとしただけで」

凛「……早く、ベッドから起き上がらないと」

凛「……」

凛「だ、だめにゃ……」

凛「足が……動かない……?」

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ガチャ

花陽「あ……起きてたんだ、凛ちゃん」

凛「!!かよちん……」

花陽「よかった。今日は具合、良さそうだね」

凛「具合って……凛は……」

花陽「お見舞いにお菓子持ってきたんだよ。さすがにラーメンってわけにはいかないけど」

凛「あ、あのねかよちん」

花陽「それと、これは学校の配布物。あとは……」

凛「かよちん!」

花陽「……え?」

凛「凛は……凛は、一体どうなっちゃったの?」

花陽「どうなったって……」

凛「凛はどうしてこんなところにいるの?一体何があったの?」

花陽「!!」

凛「何が何だか、全然分からないよ」

花陽「凛ちゃん。ひょっとして……」

凛「……?」

花陽「全部、忘れちゃったの……?」

凛「忘れたって……何を?」

花陽「……」

凛「かよちん……?」

花陽「凛ちゃんはね……もう、一ヶ月も入院してるんだよ」

凛「!!一……ヶ月も……?」

花陽「……」
コクリ

凛「そんな……どうして……?」

花陽「交通事故に遭ったんだよ。学校の前の道で、急にトラックが……」

凛「事故……凛が?」

花陽「すぐに救急車が来て……でも、処置が早かったから、一命をとりとめて、それで……」

凛「そうだったんだ……」

花陽「ほんとに、何も憶えてないの……?」

凛「……」
コクリ

花陽「事故の後遺症なのかな……」

凛「で、でも、とにかく凛は助かったってことだよね?」

花陽「え……あ、そ、そうだね」

凛「良かったにゃ……。じゃあ、すぐに退院して、μ'sの練習に戻れるようがんばるよ、かよちん!」

花陽「みゅーず……?」

凛「いつ退院できるのかにゃー?凛の運動神経なら、多少の遅れくらい取り戻せると思うけど」

花陽「……あ、あのね。凛ちゃん」

凛「……え?」

花陽「凛ちゃんは……その……」

ガチャ

真姫「あら。今日も来てたのね、小泉さん」

花陽「あ、西木野さん」
ペコリ

凛「……真姫ちゃん!お見舞いに来てくれたのかにゃー?」

真姫「……!?え、ええ。今日は顔色も良さそうね、星空さん」

凛(星空さん……?)

花陽「ここはね、西木野さんの家が経営している病院なんだよ」

凛「え、あ……」

凛(どうしちゃったんだろ、二人とも苗字で呼び合って……何だかよそよそしいような)

真姫「……どうしたの小泉さん?今さらそんなこと、改めて……」

花陽「実は……」
カクカクシカジカ

真姫「!!記憶が……?」

花陽「事故に遭ってから今日までのことを、忘れちゃったみたいで……」

真姫「……そうなの?」

凛「うん……よく憶えてないにゃ」

真姫「一時的なものだと思うけど……。あとでママに話しておくわ」

花陽「ありがとう、西木野さん」

凛「そ、それより、二人の方こそどうしたの……?」

真姫「え?」

凛「さっきからずっと苗字で呼び合って……なんだかよそよそしいにゃ」

真姫「それは、まあ……」

花陽「今回のことがあったから、西木野さんともこうやって話をするようになったけど……」

真姫「……かと言って、まだ名前で呼び合うほど親しくなったわけでもない、わよね」

花陽「うん……そうだね」

凛「え……!?」

真姫「そう言えば、さっき私のことを名前で呼んだわね、星空さん。今までそんなことなかったのに……」

凛「ど、どういうこと……?」

真姫「……?だから、私たちは……」

凛「どういうこと……?だって、μ'sに入った時から、三人は名前で呼び合って……!」

真姫「みゅー……ず?」

花陽「!!凛ちゃん、さっきも同じこと……」

真姫「何なの、それ。一体何の話……?」

凛(え……?え……?)

真姫「……さっきも言ったように、事故に遭う前の星空さんとは、ほとんど口をきいたことがなかったはずよ」

凛「……嘘にゃ!」

真姫「!!」

花陽「凛ちゃん……?」

凛「二人とも、凛をからかってるの?三人で一緒にμ'sに入ったよね?もうすぐ学園祭だから、毎日一緒にダンスの練習してたよね……?」

真姫「学園祭……」

花陽「……」

凛「それを、それを知らないなんて……あるわけないよ……!」

花陽「……落ち着いて、凛ちゃん」

凛「かよちん……」

花陽「ごめんね……。凛ちゃんをからかったりなんか、するわけないよ。でも—」

凛「……」

花陽「—でも、本当に何のことか、分からなくて……」

凛「そんな……」

真姫「その、μ's……?っていうのは、ダンスサークルみたいなものなのかしら。でも、音ノ木坂にそんなものは……」

凛「……スクールアイドル」

花陽「え?」

凛「μ'sは、音ノ木坂のスクールアイドルだよ。穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん、それに……にこちゃんも」

真姫「誰……?」

凛「みんなで一緒に、学園祭のライブに向けた練習をしてた、はずなのに……」

花陽「……」

真姫「……星空さん。窓の外を見て」

凛「……?」

真姫「街路樹が見えるでしょう?」

凛「……それがどうかしたの?」

真姫「あれは、秋には紅葉する種類なの」

凛「え?でも……」

凛(……!!)

花陽「凛ちゃん。凛ちゃんが事故に遭ったのはね、音ノ木坂に入ってすぐなんだよ。それから一ヶ月入院して……」

真姫「今はまだ、5月」

凛「そんな……!」

真姫「学園祭なんて、まだずっと先の話よ」

凛「じゃ、じゃあ、μ'sは?凛がμ's のみんなと過ごした日々は……?」

真姫「星空さん」

花陽「……」

真姫「言いにくいんだけど、たぶん、あなたは—」


真姫「—夢を、見ていたんじゃないかしら」

—真姫の部屋。

真姫「……」

花陽「……凛ちゃん、大丈夫なのかな」

真姫「検査結果では脳に異常はなかったそうだし、深刻なものじゃないといいけど……」

花陽「うん……」

真姫「……」

花陽「ねえ。西木野さんはどう思う?」

真姫「どうって……何が?」

花陽「さっきの、凛ちゃんの話……」

真姫「アイドルがどうこうって、あれ?」

花陽「ひょっとしたら、凛ちゃんは何か予知夢みたいなのを見てたのかも……」

真姫「馬鹿ね。そんな非科学的なこと、あるわけがないでしょう」

花陽「そう……かな」

真姫「メンバーの名前を言ってたみたいだけど、知り合いなんていなかったし、そもそも私がアイドルなんて有り得ないし。それに……」

花陽「……」

真姫「……本人は、やっぱり……全部忘れてるんでしょう……?」

花陽「それは……」

真姫「じゃなきゃ、あんなに無邪気に言えないわよね……ダンスの練習がしたいだなんて」

花陽「……だよね」

真姫「……だったら、もう一度きちんと伝えないといけないわね。彼女は—」

花陽「……」

真姫「—星空さんは……もう二度と、前のように体を動かしたりはできないんだって……」

—数日後。アイドル研究部部室前。

花陽「……ここが、アイドル研究部」

花陽「聞いたところによると、ここの部長は3年生の矢澤にこ」

花陽「確か、凛ちゃんの話にも、にこって人が出てきたはず」

花陽「ひょっとしたら……」

ガチャ

花陽「!!」

にこ「……」

花陽「あ、あの……」

にこ「……」
トボトボ

花陽「あ……」

にこ「……」

花陽「……行っちゃった」

花陽「あの人が、矢澤にこなのかな」

花陽「部室の中に、他に人は……」

花陽「……」

花陽「誰もいない……」

女生徒「その部屋に何か用なの?」

花陽「!あ、えっと……誰かいないのかなって」

女生徒「そこは部長以外の部員はいないわよ」

花陽「え……そうなんですか」

女生徒「前は何人かいたようだけど……みんなやめちゃったみたい」

花陽(じゃあ、にこって人がたった一人で……)

花陽(だから元気がなかったのかな)

花陽(とてもじゃないけど、スクールアイドルなんて雰囲気じゃなさそう……)

真姫「あ。小泉さん」

花陽「西木野さん」

真姫「どうしたの?こんなところで……」

花陽「あ、いや、別に……。西木野さんこそ、どうしたの?」

真姫「あなたを探してたのよ」

花陽「私を?」

真姫「これを見て」
ピラッ

花陽「……何かの名簿?」

真姫「……」

花陽「ほのか—高坂穂乃果、うみ—園田海未、ことり—南ことり……何これ?」

真姫「……」

花陽「絢瀬絵里に東條希……あ、それに矢澤にこ。これって……」

真姫「……あれから調べてみたの」

花陽「調べたって……?」

真姫「星空さんの話に出てきた名前が、本当に実在するのかどうか」

花陽「!じゃあ……」

真姫「個人的には面識のない人ばかりだったけど、生徒会長と副会長の名前には覚えがあったから、もしかしたら……と思って」

花陽「やっぱり、みんな本当にいたんだね……!実は私も、にこって人に会いに来てたところなんだよ」

真姫「小泉さんも……?」

花陽「凛ちゃんの夢は本当だったんだ……!さっそく、この人たちに話を……」

真姫「待って」

花陽「え?」

真姫「何て話すつもり?夢に出てきたから、アイドルやって下さいって言うわけ?」

花陽「それは……」

真姫「……やっぱり非科学的だわ、どう考えても。星空さんの夢と、現実をごっちゃにするなんて」

花陽「で、でも、西木野さんだってちょっとは信じたから、こうやって調べてくれたんじゃないの?私に教えてくれたんじゃないの……?」

真姫「……」

花陽「だったら……!」

真姫「……私の仮説はこうよ。星空さんはたぶん、入学してから事故に遭うまでのあいだに、どこかでこの人たちの名前を目にしていたんだわ」

花陽「……?」

真姫「生徒会の二人はそれなりに名前が知れてるし、この南っていう二年は理事長の娘……。どこかで聞き覚えがあってもおかしくはないし。ううん、ひょっとしたら、ただ廊下ですれ違っただけとか、その程度の接点かも知れない」

花陽「どういうこと……?」

真姫「つまり、あの子の頭の中に引っかかっていた些細な記憶の断片が、夢に登場しただけなんじゃないか、ってこと」

花陽「……!」

真姫「小泉さん。あなた、アイドルが好きだって言ってたわよね」

花陽「え?あ、えっと……うん」
コクリ

真姫「体を動かすのが得意で大好きだった星空さんは、きっと夢の中で、親友のあなたと一緒に踊りたいと願ったのよ。だから、あなたの好きなアイドルなんて設定が出てきて、それで……」

花陽「!」

真姫「あくまで推測に過ぎないけど……」

花陽「で、でも、だったらどうして西木野さんが……?ううん、西木野さんだけじゃないよ。よく知りもしない、他の人たちは一体なんで……」

真姫「わからないけど……彼女にとってアイドルと言えばグループだったんじゃないかしら。だから適当に記憶にあった名前を登場させて……」

花陽「そう……なのかな……」

真姫「そう考える以外に説明つかないじゃない。こんなこと……」

花陽「……」

真姫「いずれにせよ、誰もまともに取り合ってくれるとは思えないわ。だからこのリストのことは……もう忘れるのよ」

花陽「……せっかく調べたのに?」

真姫「そうよ。だって—」

真姫「—だってこれは、ただの夢、なんだから……」

—病室。

花陽(凛ちゃん起きてるかな……)
ガチャ

凛「あっ!かよちーん!」
ニッコリ

花陽(!よかった……元気そう)

花陽「今日はすごく元気そうだね。凛ちゃん」

凛「凛はいつでも元気だにゃー!」

花陽「あ、えっと、今日もお菓子持ってきたんだよ」

凛「ありがと。かよちんは優しいにゃー」

花陽「ううん。私にはこれくらいしかできないから……」

凛「病院のごはん、もう飽きちゃったにゃ……。退院したら、一緒にラーメン屋さんに行こうね、かよちん!」

花陽「うん、そうだね」

花陽(どうしたんだろ。凛ちゃん、今日はいつにも増して明るいみたい)

花陽(西木野さんはああ言ってたけど、昼間のこと、凛ちゃんに教えてあげようかな……)

花陽(きっと凛ちゃんも嬉しいよね?夢に出てきた人たちが本当にいるんだって分かったら)

花陽(凛ちゃんの夢は……やっぱり、ただの夢じゃなかったんだって分かったら……!)

凛「どうしたの、かよちん?ぼーっとして」

花陽「……凛ちゃん。あのね」

凛「?」

花陽「この間の話、なんだけど……」

凛「この前の……?」

花陽「凛ちゃんの夢の中で、私たちが一緒にアイドルをやってたっていう、あれ……」

凛「……!!」

花陽「西木野さんがね、調べてくれたんだよ!凛ちゃんの話に出てきた人たちが本当にいるのかどうか。そしたら、どうだったと思う……?」

凛「……」

花陽「ほんとにみんな、いたんだよ!凛ちゃんの夢じゃなかったんだよ!」

凛「……かよちん」

花陽「これって偶然なんかじゃないよ。だって9人だよ?きっと、凛ちゃんの見た夢は未来の……」

凛「かよちん」

花陽「え?」

凛「かよちん……私……」
ポロッ

花陽「!!」

花陽(涙……?)

花陽「ど、どうしたの凛ちゃん?急に泣き出したりして……」

凛「……ごめん。なんでも、ないにゃ……」

花陽「なんでもないわけないよ!いったいどうしちゃったの……?」

凛「……」

花陽「私、何か悪いこと言ったのかな……?」

凛「ううん。かよちんは、悪くないよ……」
グスッ

花陽「だったらどうして……」

凛「……」

花陽「凛ちゃん……?」

凛「……かよちんは、いつも優しいね」

花陽「……え?」

凛「夢の中のかよちんもやっぱり優しくて……迷ってる凛を見守ってくれていたにゃ」

花陽「夢の中で……」

凛「うん。凛は、ずっと迷ってた……いったい、どれが本当の自分なんだろうって」

花陽「……」

凛「体を動かすのが好きな、男の子みたいな自分が本当の凛なんだって……かよちんみたいに可愛い女の子にはなれないんだって、そんな風に思ってみたり」

凛「でもやっぱり、かよちんみたいなキラキラした女の子になりたいって、そんな風に憧れてみたり」

花陽「わ、私に……?」

凛「でも、かよちんと一緒にμ’sに入って、一生懸命がんばってるうちに、そんな迷いも消えて……気づいたら、凛はいつだって凛でいられたにゃ」

花陽「凛ちゃん……」

凛「μ’sはね。初めて凛が自分の全部を好きでいられる、そんな場所だったんだ。例え夢の中にしかなかったんだとしても、μ’sは凛の……」

花陽「ゆ、夢なんかじゃないよ!」

凛「……」

花陽「きっとそれは、未来の私たちだったんだよ!凛ちゃんが夢で見たことは、これから全部、本当のことになって、それで……」

凛「……ありがとう、かよちん。かよちんは、本当に、本当に優しいんだね」

花陽「そういうのじゃなくて、私はほんとに……」

凛「……」

花陽「凛……ちゃん?」

凛「……凛ね。先生に、全部教えてもらったんだ」

花陽「!!」

凛「夢で見たようにダンスを踊ったりできる体には、たぶん戻れないって……」

花陽「り、凛ちゃん、それは……」

凛「心配しないでかよちん。初めはショックだったけど、もう大丈夫だから……。それに、もっと大変なケガをしてたかも知れないのに、凛はこうやってかよちんとも話ができるんだよ?落ち込んだりなんかしてないよ」

花陽「凛……ちゃん……」

凛「だから、あの夢のことも……今は、神様からの送りものだったんだって、そう思うことにしたにゃ。せめて夢の中だけでも、凛はかよちんと一緒に、あんなに輝いて……」

花陽「凛ちゃん。私、私……」
グスッ

凛「!な、泣かないでかよちん。凛は、げ、元気だから……」

花陽「でも……!」

凛「かよちんが泣いてるのを見たら、なんだか凛まで……」
ボロボロ

花陽「凛ちゃん。凛ちゃん……」

—部屋の外。
真姫「……」


—その夜。
真姫「……ママ」

真姫母「どうしたの?深刻な顔で」

真姫「今うちに入院してる、星空さんのことなんだけど……」

真姫母「……あなたのクラスメート、だったわね」

真姫「……本当に、もう体は元どおりにならないの?こんなの、あまりに……」

真姫母「医者として……治る、とは言えないわね」

真姫「……」

真姫母「もちろん、全く望みがないわけではないわ。でも、同じような患者さんの例から考えると……」

真姫「そんな……」
グスッ

真姫母「……気を強く持たなくてはだめよ。あなたがしっかりしなきゃ、お友だちだって心がくじけてしまうわ」

真姫「でも……」

真姫母「あなたにはあなたのできることがあるはずよ。だから、今はそれを落ち着いて考えなさい」

真姫「……うん」

—数日後。屋上。

真姫(……)

真姫(私にできることって……何があるんだろう)

真姫(私が将来りっぱなお医者さんになることができたら……星空さんみたいな子だって、ちゃんと治してあげられるかも知れない)

真姫(でも……でも、それじゃ遅すぎる)

真姫(もしそんなことができたとしても、星空さんの時間は帰ってこない)

真姫(星空さんが見た夢は、決して現実には……ならない)

真姫(でも、だからって……私に何ができるの?)

真姫(何の力もない……ただの高校生の私に)

ガチャッ

花陽「はぁ……」

真姫「!!小泉さん……?」

花陽「あ、西木野さん」

真姫「どうしたの?ため息なんかついて」

花陽「うん……」

真姫「……星空さんのこと?」

花陽「……」
コクリ

花陽「この前、お見舞いに行った時に、ちょっと……」

真姫「……つらいわね。私も、部屋の外で少し話を聞いてたけど」

花陽「!!そうなんだ」

真姫「何とか、元気づけてあげたいけど……」

花陽「うん……」

真姫「……」

花陽「……」

ヒュー……

花陽「風が、気持ちいいね……」

真姫「そう言えば、屋上なんて上ったの、初めてかも」

花陽「……私ね。ずっと楽しみにしてたんだ」

真姫「何を?」

花陽「高校に入ったら、凛ちゃんと二人で……こんな風に景色のいい場所で、ただなんとなく、時間を過ごしてみたいなって……」

真姫「……」

花陽「二人で寝そべって、ぼーっと空を見上げて……それで……」

真姫「……残念だったわね。私が星空さんじゃなくて」

花陽「!!そ、そういう意味じゃないよ?私はただ……」

真姫「分かってるわよ。冗談よ、冗談」

花陽「西木野さん……」

真姫「……あなたたち、本当に仲がいいのね」

花陽「うん。私と凛ちゃんは、小さい時からずっと一緒だったから」

真姫「……ちょっとだけ、羨ましいかも。私にはそういう友達がいなかったから」

花陽「西木野さんは……やっぱり、あの病院を継ぐの?」

真姫「まあ、そういうことになるわね。どうして?」

花陽「何ていうか……西木野さんって、クラスのみんなと遊んだりとか、あまりそういうのに興味がなさそうだから……勉強が大変なのかなって」

真姫「……それは関係ないわね。私の性格だから。まあ、頑張って勉強して、医学部に受からないといけないのは確かだけど……」

花陽「……」

真姫「……」

花陽「……私の方こそ、西木野さんが羨ましいよ」

真姫「……どうして?家が大きな病院だから?」

花陽「ううん。そういうことじゃなくって……。私と同い年なのに、将来の目標とかがちゃんと決まってるなんて、なんかすごいなあって」

真姫「将来、か……」

花陽「私なんか、ただアイドルが好きなだけで……他には何の取り柄も……」

真姫「いいじゃない、それで」

花陽「そう……かな……」

真姫「だって、本当に好きなんでしょう?それに比べて私なんか」

花陽「え?でも……」

真姫「目標って言うけど……そんなの、自分ではよく分かんない。だって、私が病院を継ぐことなんて、たぶん、私が生まれる前から決まってたことなんだもの」

花陽「……」

真姫「本当に私が好きなことって、いったい何なんだろうって……」

花陽「西木野さん……」

真姫「この先、心の底から楽しいと思える何かに出会えることなんて……あるのかな……」

花陽「……」

—帰り道。

真姫「二人でお見舞いに行くのは久しぶりね」

花陽「そうだね。凛ちゃん、元気を取り戻してるといいけど……」

真姫「……ねえ、小泉さん」

花陽「え?」

真姫「一つ聞いてもいい?」

花陽「……うん」

真姫「あなた、スクールアイドルとやらをやるつもりはあるの?」

花陽「それは……」

真姫「この前、星空さんと……そういう話をしてたんでしょう」

花嫁「どう……なのかな……」

真姫「……」

花陽「自分でも、よく分からないよ」

真姫「分からないって……」

花陽「私ね。夢に出てきた人たちが本当に音ノ木坂にいるんだって分かった時……こう思ったの。凛ちゃんに教えてあげたら、きっと喜ぶだろうなって。そして、凛ちゃんのために、何とかしてみんなを集めたいなって。西木野さんには無理だって言われたけど……」

真姫「……」

花陽「でも、この前お見舞いに行った時に凛ちゃんと話して……よく分からなくなっちゃった」

真姫「泣いてたものね、あの子……」

花陽「もし、本当にメンバーを集められたとしても……それはかえって、凛ちゃんに辛い現実を意識させることになるだけかも知れないのかなって……」

真姫「……」

花陽「だって、私たちがいくらがんばっても……凛ちゃんは……」

真姫「……そうね。あの子自身の身体は、もう……」

花陽「もし凛ちゃんが喜んでくれるんだったら、私は……スクールアイドルをやってみたい」

花陽「でも、そのことで凛ちゃんに悲しい思いをさせるだけなんだとしたら……凛ちゃんの見た夢は決して手の届かない夢なんだって、思い知らせることになってしまうんだとしたら……やらない方がいい。……私には、どっちか分からないの」

真姫「……」

花陽「……」

真姫「……着いたわよ」

花陽「うん……」

真姫「……とりあえず、私たちの方からスクールアイドルの話を切り出すのは、やめておいた方がいいかもね。あの子の思いを見定めるまでは……」

花陽「……そうだね」

—病室。

凛「あっ、かよちん!それに、西木野さん」

真姫「よかった。元気そうね」

凛「凛はいつでも元気だにゃー!」

花陽(凛ちゃん……)

真姫「あら?その雑誌は……」

花陽「!!スクールアイドル特集……」

凛「あ、ちょうどよかった。二人にも見て欲しいと思ってたんだ。えーと……」

真姫「……」

凛「あ、ほらほら!この衣装、すっごくかわいいと思わない?かよちんが着たらきっと似合うにゃー!」

花陽「あ、えと……」
キョドキョド

真姫「……そうね。素敵だわ」

凛「でしょー?あ、それからこれも、これも……!」

真姫「雑誌に付箋がいっぱい……」

花陽「凛ちゃん……これ、ずっと調べてくれてたの?」

凛「……」

花陽「凛ちゃん……?」

凛「……凛ね、思い出したんだ」

花陽「え?」

凛「子供の頃からずっと、こんなかよちんを見るのが夢だったって……きれいな衣装を着たかよちんが、憧れだったアイドルとしてステージに上がって、歌ったり踊ったりするところを見たかったんだって……」

花陽「凛ちゃんの……夢……」

凛「かよちんも……それに西木野さんも、きっと素敵なスクールアイドルになれると思うんだ。もし、そんな二人を見ることができたら……すっごく嬉しいだろうなあって……」

真姫「星空さん……」

凛「ね?だから、考えてみて欲しいにゃ。スクールアイドル……!」

花陽「で、でも……凛ちゃんはそれでいいの?」

凛「いいって……何が?」

花陽「だって……!」

真姫「小泉さん」

花陽「西木野さん……」

真姫「……スクールアイドル、ね。私たちみたいな素人にどれだけやれるか分からないけど」

凛「……」

真姫「それでも……いいのかしら」

凛「きっとうまくいくよ!」

真姫「……」

凛「……もちろん、二人に無理なお願いをしてるってことは、凛もわかってるよ」

花陽「わ、私は……」

凛「……でも、凛はやっぱり、もう一度見たいんだにゃ。かよちんの、真姫ちゃんの……μ'sのみんなのステージを」

花陽「凛ちゃん……」

凛「今の凛には、応援することしかできないけど」

ガラッ

凛「……今から練習すれば、あの街路樹が色づく頃には……きっとすごいスクールアイドルになってると思うにゃ」

真姫「……そうかも、ね」

花陽「……」

凛「もし挑戦してくれるなら、凛が最初のファンになるって、約束するよ……!」

花陽「……ありがとう、凛ちゃん。でも、少しだけ……考えさせてもらってもいいかな」

真姫「私と小泉さんで相談してみるわ。とにかく、素敵な雑誌を見せてくれてありがとう、星空さん」

—真姫の部屋。

真姫「……で、どうするの」

花陽「……」

真姫「星空さんは、私たちに……と言うか、あなたに、スクールアイドルをやって欲しいみたいよ」

花陽「うん……」

真姫「あの子が喜んでくれるならやってもいいって……あなた言ってたわよね」

花陽「でも……本当に、これでいいのかな……」

真姫「……確かに、星空さんの本当の気持ちがどこにあるのか、私にも計りかねるところはあるけど」

花陽「……」

真姫「でも、たぶん……こういうことじゃないかしら。少し時間が経ったことで、現実を受け入れられる程度には気持ちの整理がついて……そのうえで、少しでも前向きになろうとしてるんだと思う」

花陽「……うん」

真姫「……自分でやるのは叶わなくとも、夢の中で巡り合ったスクールアイドルをもう一度この目で……という気持ちに偽りはないんじゃないかしら」

花陽「凛ちゃんが喜んでくれるなら……頑張ってみようかな」

真姫「ところで、あなた作曲とかはできるの?楽器の経験は?」

花陽「そ、そういうのは全然……」

真姫「……じゃあ仕方ないわね。その辺は私が何とかするわ」

花陽「西木野さんも……一緒にやってくれるの?」

真姫「こういうの、柄じゃないとは自分でも思うけど……今の私があの子にしてあげられることって、これくらいしか思いつかないから……」

花陽「……」

真姫「まあ、他のメンバーを集めるのは難しいでしょうけど……とりあえず、二人で頑張ってみましょうか」

花陽「ありがとう……西木野さん」

—病室。

凛(……)

凛(これで……よかったんだ……)

凛(あの二人なら……絶対、素敵なスクールアイドルになれる)

凛(それだけじゃない。もし、他のみんなも集まったら……)

凛(だって凛は、かよちんや真姫ちゃん……それにμ'sのみんなのステージを、実際に見ているから)

凛(そのステージに、凛の居場所は、もう……ないけど……)

凛(……でも、みんなはスクールアイドルをやるべきなんだ)

凛(凛がいなくても……夢と同じようにはならなかったとしても、μ'sがすっかりこの世界からなくなっちゃうなんて、そんなの嫌だから……)

凛(かよちんの、真姫ちゃんの……μ'sのみんなの輝きを、この世界からなくしちゃうなんて……絶対に嫌だから)

凛(……それに凛だって、応援することならできる)

凛(一緒に歌えなくても、踊れなくても、 ……支えることだったらできる)

凛(ファンとして、かよちんや真姫ちゃんたちを応援すること)

凛(いつだってステージの一番前で見守ること)

凛(それが今の、凛の夢……)

凛(……)

—翌日。音楽室。

真姫(今の私に……できること)
🎵ポロン……ポロン

真姫(私には曲が書ける。歌も歌える。ピアノだって弾ける)

真姫(音楽でなら、あの子の……星空さんのために何かしてあげられる)

真姫(でも……)

真姫(アイドル、か……)

真姫(人前で歌うなんて、何だか恥ずかしいな)

真姫(小泉さんも、あまり人前に出るタイプじゃなさそうだし……)

真姫(こうなると、二人でっていうのは……結構心細いかも)

真姫(……なら、他のメンバーを誘う?)

真姫(それこそハードル高いわよね)

真姫(見ず知らずの人たちに、いきなり「アイドルやりませんか?」なんて……言えるわけもないし)

真姫(いったい……どうすればいいの)

ガタッ

真姫「!!誰……?」

???「あ、見つかっちゃった……」

真姫「ヴぇ?あなたは確か……高坂、穂乃果……?」

穂乃果「あれ?どうして穂乃果のこと知ってるの?」

真姫「べ、別に……」

穂乃果「そう言えば、前に穂乃果たちのことを調べてる一年生がいるって噂を聞いたような……ひょっとして、あなたが……?」

真姫「そ、そんなことより!わ、私に何か用なの」

穂乃果「あ……ごめんね、演奏の邪魔するつもりはなかったんだけど。つい聞き惚れちゃって」

真姫「あなた、音楽に興味あるの……?」

穂乃果「うーん。どうなのかな。別にピアノができたりするわけじゃないけど」

真姫「……」

穂乃果「そう言えば、こんな風に音楽室の前で立ち止まったりしたことなんて初めてかな?でも、なんだか初めて聞いたような気がしなくて……」

真姫「……!」

穂乃果「じゃあ、もう行くね。ごめん、邪魔しちゃって」

真姫「……待って!」

穂乃果「え?」

真姫「あ、いや、その……」

穂乃果「……?」

真姫「い、いきなりこんなこと聞いて、どうかしてるんじゃないかって思われるだろうけど……」

穂乃果「うん」

真姫「あなた、ア、アイドルって……興味あったりする……?」

—同じ頃。

花陽(スクールアイドル、か……)

花陽(確かに、アイドルには憧れてたし)

花陽(凛ちゃんのために頑張りたいって気持ちもあるけど)

花陽(いざほんとにやるとなると……何からやればいいのか、分からないよ)

花陽(やっぱり、もっとメンバーを増やした方がいいのかな)

花陽(でも……どうやって声をかければいいんだろう)

花陽(凛ちゃん……私、どうすればいいの……)
トボトボ

ドンッ

???「ちょっと。ちゃんと前見て歩きなさいよね」

花陽「あ、ご、ごめんなさい」

???「まったく……」

花陽「!!あ、あなたは……矢澤にこ……先輩?」

にこ「?そうだけど……アンタ誰よ。どうしてニコのこと知ってるわけ」

花陽「ま、前にその……アイドル研究部の部室の前で……」

にこ「……もしかして、入部希望者?」

花陽「いや、その」

にこ「だとしたらお断りよ。ウチは今、部員を増やす気なんてないから」

花陽「!そうなんですか……?」

にこ「……」

花陽「わ、私、入部希望者ってわけじゃないんですけど、その……アイドルは大好きで」

にこ「……そう。それはよかったわね。とにかく、そこどいてくれる?ニコは急いでるの」

花陽「ま、待ってください……!」

にこ「……?」

花陽「あ、あの、その……」

にこ「何よ。だから、入部はお断りだって……」

花陽「アイドル……やりませんか?」

にこ「……は?」

花陽「花陽たちと一緒に……アイドルやってもらえませんか?」

—屋上。

真姫(はぁ……)

真姫(私、どうしちゃったんだろ)

真姫(いくらなんでも、初対面の、それも上級生に、いきなりあんなこと)

真姫(でも、あの時は何となく、いけそうな気がして……)

真姫(だって、星空さんの夢に出てきた当人が向こうから現れたんだもの。それも、スクールアイドルを始めようって時に)

真姫(頭では非科学的だとは分かってても……運命的な何かを感じるなって方が無理よ)

真姫(でも、結局……)

ガチャッ

花陽「はぁ……」

真姫「!!小泉さん」

花陽「あ、西木野さん……」

真姫「どうしたの?ため息なんかついて……」

花陽「実は……」
カクカクシカジカ

真姫「!!矢澤にこをアイドルに誘った……?」

花陽「……」
コクッ

真姫「……で、どうだったの」

花陽「断られちゃった。そういうのには興味ないから、って」

真姫「そう……」

花陽「当然だよね。いきなりそんなこと……。相手にされないに決まってるよね。西木野さんが言ってたとおり……」

真姫「……まあ、私もあなたのことをとやかく言えないけどね」

花陽「え?」

真姫「実は、私も声をかけてみたのよ。高坂穂乃果っていう二年生に……」

花陽「!!西木野さんも……?」

真姫「自分でも驚いたんだけど」

花陽「で、その……」

真姫「断られたわ。急に言われても、よく分からないって」

花陽「そう……だよね」

真姫「まあ、当然の結果ね」

花陽「……」

真姫「……」

花陽「どう……しようか」

真姫「……もともと、二人でやるしかないって思ってたし。頑張るしかないんじゃない」

花陽「でも、何からやればいいんだろ」

真姫「何からって、そりゃ……」

花陽「……」

真姫「……そうね。まずは部活として活動できるよう、届けを出すことにしましょうか」

花陽「え?」

真姫「そうしないと、学校の施設も使わせてもらえないでしょう?」

花陽「あ、そっか……。そんなこと、全然思いつかなかったよ」

真姫「部員が二人でも認めてもらえるかのかどうかは分からないけど……とにかく行ってみるわよ」

—生徒会室前。

真姫「……生徒会長は絢瀬絵里、副会長は東條希……」

花陽「その二人も、凛ちゃんの夢に出てきた人たちだよね」

真姫「……」

花陽「ひょっとしたら、私たちに協力してくれるかも」

真姫「そう上手くいくとは思えないけど。とにかく、入るわよ」

ガチャッ

真姫「……失礼します」


※※※

絵里「スクールアイドル?」

真姫「……はい」

希「なんか面白そうやね」

絵里「アイドルなら、アイドル研究部があったはずだけど」

花陽「あ、えっと、そういうのとはちょっと違ってて」

真姫「私たちは、自分で歌ったり踊ったりするつもりなの。練習やライブで施設を使わせて貰いたいし、それでこうして……」

絵里「……何のためにそんなことをするの?」

真姫「え?」

絵里「活動をするからには、何か目的意識があるんでしょう?ただなんとなく……とかだったら、他の部活動の手前上、施設の利用は遠慮してもらわないと」

真姫「それは……」

絵里「と言うか、部員はあなたたちだけ?だったら……」

花陽「り……と、友達のためです」

絵里「友達……?」

花陽「怪我で入院してる友達がいて、その子を元気づけてあげたくて……」

希「そう言えば、入学早々交通事故で入院してる一年生がおるって聞いたけど……その子のこと?」

花陽「……」
コクリ

希「……詳しく、聞かせて貰ってええかな?」


※※※

希「なるほど……。その子の夢にスクールアイドルいうのが出てきたんやね」

絵里「その子に替わって、あなたたちが夢を叶えてあげたい……そういうことかしら」

真姫「まあ、そういうことになるかも」

花陽「うまくやれるかどうか自信はないけど……凛ちゃんのためなら……」

絵里「あなたたち、その子の親友なの?」

花陽「……小さい頃からの親友です」

真姫「……私は知り合ったばかりだけど、彼女のために何かしてあげたいっていう気持ちは同じよ」

絵里「……」

希「どうやろ、絵里ち。この子たち、真面目に考えてるみたいやん?」

絵里「……そうね。確かに、浮ついた気持ちでやる訳ではないみたい」

真姫「だったら……」

絵里「でも、部としての活動は……認められないわ」

真姫「え……?」

花陽「……!」

絵里「学校の施設を使わない範囲でなら何をやっても構わないけど、部室や講堂の使用は許可できない。それから……」

真姫「……どうしてよ」

絵里「……」

真姫「どうして、認められないのよ。ちゃんと理由を説明して」

絵里「事務的な理由としては、人数ね。部として設立する場合、5人以上メンバーがいることが要件なの」

花陽「5人も……」

真姫「そ、そんなのおかしいじゃない。それ以下の部活だってあるはずよ」

絵里「その場合でも、設立時には5人いたの」

真姫「そう言われても、メンバーは……」

花陽(に、西木野さん)
ヒソヒソ

真姫「え?」

花陽(凛ちゃんの夢には、この二人も出てきたんだよね。だったら、ダメ元で誘ってみたらどうかな……)

真姫「!!ちょ、ちょっと」

絵里「?」

真姫(……今そんな話しても、かえってややこしくなるだけでしょ)
ヒソヒソ

花陽(でも……)

真姫(だいたい、この生徒会長がOKしてくれるわけないじゃない。副会長はともかく……)

花陽(……)

希「……何の相談?」

真姫「……な、何でもないわ。そんなことより、人数さえ集めれば認めてくれるってこと?」

絵里「……」

真姫「だったら、なんとしてでも部員を見つけて……」

絵里「駄目ね」

真姫「な……!」

絵里「言ったでしょう。人数が揃っていないのは、あくまで事務的な理由。あなたたちの活動が認められない本当の理由は……別にあるわ」

花陽「本当の理由……?」

真姫「何よ。言ってみなさいよ」

絵里「それは、あなたたちが自分で考えることね。私に言われたって、どうせ納得できないだろうから」

真姫「当たり前じゃない!こんなの横暴よ。ふざけないで」

花陽「に、西木野さん。上級生だよ……」

真姫「……いいわ。じゃあ、別に認めてもらわなくても結構よ。このままでやってやろうじゃない。行くわよ、小泉さん」

花陽「あ、うん……」

バタン

絵里「……」

希「……相変わらず素直やないね、絵里ち」

絵里「私が?どういう意味か分からないけど」

希「アドバイスしてあげたいなら、ちゃんと言ってあげればいいのに」

絵里「……私は、生徒会長として思うところを述べたまでよ」

希「あの子たち、これからどうするんやろなあ」

絵里「……」

—廊下。

真姫「さて、じゃあ改めて活動を始めましょうか」

花陽「……でも、何から始めたらいいのかな」

真姫「とりあえず、曲なら書いてきたけど」

花陽「ほんと?西木野さん、やっぱり凄い」

真姫「べ、別に……。それより、ちゃんと人前で歌えるようになる方が大変よ」

花陽「そうだよね……」

真姫「とにかく、発声練習から始めるわよ」

花陽「でも、どこで……?」

真姫「え?」

花陽「練習したくても、私たちには部室もないよ」

真姫「……そうね。まずはそこからね」

花陽「学校の中で空いてる場所を見つけないと……」

ー屋上。

真姫「……結局、ここしかないか」

花陽「まあ、屋上なら誰も来ないし……」

真姫「そうね。じゃ、いくわよ。私の後に続いてね。いい……?」


—1時間後。

花陽「ちょ、ちょっと休憩……!」
ゼェゼェ

真姫「もう、だらしないわね」

花陽「で、でも、こんなに歌ったことなんてないから……」

真姫「まあ、今日はこのくらいにしておきましょうか」

花陽「……私、本当に人前で歌えるようになるのかな」

真姫「大丈夫よ。声は悪くないんだから」

花陽「……ほんとに?」

真姫「本当よ。だから頑張りましょう」

花陽「うん……!」


—物陰。

???「……」

—その夜。真姫の部屋。

真姫「小泉さん……スジは悪くなさそうね。初めは大変かも知れないけど」

真姫「それはそうと……」
チラッ

真姫「この曲……書いたときはそうでもなかったけど、何だかしっくりこない」

真姫「星空さんのためにアイドルをやるのに……この曲じゃ、その気持ちが全然伝わらない気がする」

真姫「ちょっと直してみようかな……」


※※※

真姫「はぁ……」

真姫「駄目。どうしても上手くいかない」

真姫「曲なんていつもスラスラできるのに」

真姫「……そう言えば、誰かのために曲を書くなんて、初めてかも」

真姫「……」

真姫「私の才能なんて、所詮そんなものなのかな……」

真姫「音楽でなら彼女のために何かできると思ったのに」

真姫「実際はこの程度だなんて……」

—一週間後。

真姫「いいわよ。だいぶよくなったじゃない、小泉さん」

花陽「もう、喉が限界……」

真姫「じゃあ、少し休む?」

花陽「うん」

真姫「……」

花陽「……どうしたの、西木野さん?何だか表情が冴えないけど」

真姫「ねえ、小泉さん」

花陽「……?」

真姫「この曲なんだけど。本当にこんなのでいいのかな……」

花陽「え?私はいい曲だと思うけど」

真姫「私も、作った時は上手くできたと思ったけど……実際に歌ってみると、何だか気持ちが入らないっていうか」

花陽「そう…かな」

真姫「私、人のために曲を書いたことがなくて……これで星空さんに想いが伝わるのか……」

花陽「だ、大丈夫だよ。一生懸命やれば、きっと凛ちゃんにも……」
ゲホッゲホッ

真姫「!!小泉さん、大丈夫……?」

花陽「えへへ。ちょっと歌い過ぎたみたい」

真姫「……今日はもう終わりにする?」

花陽「ううん。もうちょっと頑張るよ」

真姫「でも、かなり辛そうよ。あまり無理はせずに……」

花陽「凛ちゃんのためだもん、平気だよ。凛ちゃんのためなら……」
ゲホッ

真姫「こ、小泉さん」

???「—全く、見てらんないわね」

真姫「!!誰……?」

???「スクールアイドルだかなんだか知らないけど……完全にアイドル失格ね、アンタたち」

花陽「矢澤……先輩?」

真姫「この人が、矢澤にこ……?」

にこ「こともあろうにニコを勧誘するくらいだから、どの程度のものかとわざわざ見に来てあげたけど……論外ね」

真姫「な、何よ。好き放題言ってくれるじゃない」

にこ「事実よ」

真姫「いったい、何がダメだってのよ!」

にこ「今のアンタたちには、笑顔がないわ」

花陽「……!」

真姫「笑……顔……?」

にこ「アイドルは、みんなを笑顔にするのが仕事よ。なのに、アンタたちから漂ってくるのは悲壮感だけ……」

花陽「で、でも、今は練習だから、その……」

にこ「確かに、ステージで笑顔になるためには辛い練習が必要だわ」

真姫「……」

にこ「だけどそれだけじゃ、お客さんは笑顔にならない。努力を褒めてくれることはあったとしてもね」

花陽「……!」

にこ「聞いてると、誰かのためにアイドルをやろうとしてるみたいだけど……アンタたち、その子に褒めて欲しくてそんなことやってるの?頑張ったね、ありがとう、って言ってもらえたらそれで満足なの?」

花陽「それは……」

にこ「ニコの言ってる意味がわからないなら、アイドルなんてやめた方がいい。言いたいことはそれだけよ」
ガチャッ
バタン

真姫「あ……」

花陽「行っちゃった……」

真姫「……」

花陽「なんだか……キツいこと言われちゃったね」

真姫「……そうね」

花陽「笑顔、か……」

真姫「……今日はもう、練習する雰囲気じゃなくなっちゃったわね。解散しましょうか」

花陽「うん……」

真姫「……」

—しばらく後。音楽室。

真姫(笑顔……)
🎵ポロン……ポロン

真姫(私がこんなことを始めたのは、星空さんに笑顔になってほしいから)

真姫(曲だって一生懸命考えたし、練習だって本気で取り組んでる……。上手く歌えるようになったら、きっと星空さんだって喜んでくれる……はず)

真姫(褒められたくてやってるわけじゃない。けど……)

真姫(何だろう。このモヤモヤした感じ……)
🎵ポロン……

ガラッ
???「あ、いたいた」

真姫「!?」

???「ここに来ればまた会えると思って」

真姫「高坂穂乃果……」

穂乃果「あれ?何か嫌なことでもあったの?」

真姫「え?いや、別に……」

穂乃果「ならいいけど、浮かない顔をしてたから……」

真姫「……それより、何か用かしら」

穂乃果「実は、この間の話なんだけど」

真姫「!!あ、あの時は……。突然あんなお願いするなんて、私、どうかしてて……」

穂乃果「ううん。あんまり急だったから穂乃果もびっくりしたけど」

真姫「……」

穂乃果「でも、あなたの話がすごく気になってて……友達に話してみたんだ」

真姫「友達って、園田海未と南ことりのこと……?」

穂乃果「!!海未ちゃんとことりちゃんのことまで知ってるの……?」

真姫「あ、いや、その」

穂乃果「……でね。やっぱり二人とも、アイドルなんて考えたこともないし、よく分からないって……。そりゃそうだよね」

真姫「……」

穂乃果「でも、そう言えば穂乃果もちゃんと話を聞かなかったなあって思って。それでもう一度会いたかったの」

真姫「そうだったの……」

穂乃果「ねえ、教えてもらえるかな。どうしてアイドルなんてやろうとしてるの?」

真姫「……どうして、なのかな。よく分からなくなっちゃった」

穂乃果「え?」

真姫「友達に喜んで欲しくて始めたことだけど、メンバーも集まらないし、色々と思い通りにはいかないし。そうこうしてるうちに、何のためにこんなことやってるんだろ、なんて……」

穂乃果「……」

真姫「ごめんなさい。せっかく話を聞きに来てくれたのに、自分でもよく分からないの。だから……」

穂乃果「なんだか、色々と事情があるんだね。うん、分かった。じゃあまた出直すね」

真姫「……ありがとう」

穂乃果「でも、一つだけ言わせてもらうと……そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな」

真姫「え?」

穂乃果「だって、西木野さんは音楽が好きなんでしょ?」

真姫「それは、まあ……」

穂乃果「だったら、まずはその気持ちを信じればいいんだと思うの」

真姫「音楽が……好きな気持ち……」

穂乃果「いろんなことは、多分その先に見えてくるんじゃないかな」

真姫「私は……」

穂乃果「ほらほら、また悲しそうな顔してる。笑顔だよ、笑顔」

真姫「……!」

穂乃果「じゃ、穂乃果は行くね。頑張って!」

ガラッ
ピシャッ

真姫「……」

真姫「……そっか。考えてみれば簡単なことよね」

真姫「私は……音楽が好きなんだ。曲を作るのが、歌うのが、好きなんだ」

真姫「アイドルとして、自分のやりたいように曲を書いて、やりたいように歌って……」

真姫「星空さんのためだから、やるんじゃない。それは、私の……」

—同じ頃。凛の病室。

花陽「凛ちゃん」

凛「あっ、かよちん!来てくれたんだね」

花陽「具合はどう?」

凛「凛は絶好調だけど……かよちん、なんだか声がかすれてない?風邪でもひいたのかにゃ」

花陽「ううん、そういうわけじゃないんだけど。ここのところ、西木野さんと歌のトレーニングをしてて……」

凛「歌?じゃあ、もしかして……」

花陽「うん。やってみようかなって。スクールアイドル」

凛「!!ほんとに?嬉しいにゃ!」

花陽「……でも、なかなか難しいもんだね。せっかく西木野さんが曲を作ってくれたんだけど、うまく行かないことばっかり……」

凛「かよちん……?」

花陽「このままじゃ、凛ちゃんが夢で見たような素敵なアイドルになんて、とてもなれそうにないかも……」

凛「そ、そんなの……!かよちん、元気だして!」

花陽「……」

凛「凛はただ、かよちんにキラキラ輝いて欲しかっただけだよ?かよちんの笑顔をステージで見られたら嬉しいなって、ただそれだけの気持ちで……!」

花陽「ありがと、凛ちゃん。私もね、凛ちゃんの笑顔が見たくて、頑張ろうと思ったの。私が笑っていられるには、凛ちゃんが笑顔でいてくれることが何よりも大切だから……」

凛「り、凛も、かよちんが笑っていてくれなきゃ、笑顔になんてなれないにゃ!」

花陽「……!」

凛「だから、そんな顔しないで、かよちん。凛がスクールアイドルの話なんかしたせいで、そんな……」

花陽「……そっか。だよね」

凛「……」

花陽「ごめんね、凛ちゃん。凛ちゃんのせいじゃないよ。私、たぶん……いろいろ間違ってたみたい」

凛「かよちん……」

花陽「今日のところはこれで帰るね。次に来るときは……ちゃんと笑顔になれるといいな」
ニッコリ

凛「……」

花陽(そうだよ。私、間違ってた。凛ちゃんのために……だなんて思い詰めて……それじゃダメなんだ)

花陽(それで私が辛い顔をしてたんじゃ……凛ちゃんだって悲しいだけ)

花陽(凛ちゃんの笑顔は私の笑顔、私の笑顔は……凛ちゃんの笑顔)

花陽(私と、凛ちゃん……二人で一緒に、とびっきりの笑顔になれること)

花陽(それは、私の……私自身の……)

—病室。花陽退室後。

凛(かよちん……辛そうだったな)

凛(凛はただ、かよちんがステージで輝いている姿が見たくて……)

凛(でも、そのせいで辛い思いをさせちゃったみたい)

凛(……)

凛(余計なこと、だったのかな)

凛(凛にとって、どんなに忘れられない夢でも)

凛(それでも、夢は夢……)

凛(こんな身体で、応援することしかできないのに)

凛(スクールアイドルをやって欲しいなんて……やっぱり言わなきゃよかったのかな……)

—翌日。屋上。

真姫「小泉さん。練習の前に、ちょっと話があるの」

花陽「私も、話しておきたいことが……」

真姫「……それって、昨日、矢澤とかいう3年に言われたことと関係ある?」

花陽「うん……そうかも」

真姫「じゃあ、私が言おうとしてることと……同じことかもしれないわね」

花陽「生徒会長があの時、私たちに考えろって言ってたけど……こういうことだったのかな」

真姫「それは分からないわ。分からない、けど……」

花陽「……」

真姫「……「宿題」を返さなきゃ駄目かもね。行きましょうか、生徒会室に」

—生徒会室。

絵里「……話というのは、この間の件の続きかしら?」

希「部員は5人集まらんかったん?」

花陽「はい。あれからは、1人も……」

絵里「じゃあ、結論は変わらないけど……」

真姫「今日は、そのお願いに来たんじゃないわ」

絵里「……?」

花陽「私たちが、いったい何のためにアイドルをやるのか……」

真姫「それを伝えに来たの」

絵里「……」

希「こないだは、入院してる友達のため……って言ってたと思うけど」

花陽「もちろん、それもあります」

真姫「でも私たちは、ただ彼女のためだけにアイドルをやるわけじゃない」

絵里「それじゃ、聞きましょうか。あなたたちはいったい、何のためにアイドルをやるのか」

花陽「それは……」

まきぱな「私たち自身の、「夢」のため」

絵里「夢……?」

希「あなたたちの……?」

花陽「はい」

真姫「星空さんのために何かできるなら……そう思ってアイドルを始めてみた。でも、彼女のために……っていう思いが強くなりすぎて、自分を見失ってて……」

真姫「音楽が好きだから、音楽で自分の気持ちを表現したいから—そんな一番大切な部分が、どこかに行っちゃってたの」

花陽「私は、凛ちゃんに喜んでもらいたくてアイドルを始めて……。でも、私が笑顔になれなきゃ、凛ちゃんだって笑ってくれないんだって気づいたんです」

真姫「星空さんのためじゃない。彼女に想いを届けられるような歌を歌いたいっていう、私の夢を実現するために」

花陽「ステージの上で、凛ちゃんとめいっぱいの笑顔を分かち合いたいっていう、私の夢を形にするために」

まきぱな「私たちは、スクールアイドルをやりたいんです」

絵里「……」

希「なるほど、ね」

絵里「……この前ここに来た時、あなたたちは、見るからに重荷を背負い込んでるような感じだった」

花陽「……」

絵里「一生懸命なのは話を聞いて分かったけど、だからこそ余計に危うさを感じたわ。あなたたちの抱えた重荷はそのまま、星空さんっていう子の重荷になるんだろうって……私には、それが不安だったの」

真姫「……」

絵里「でも、あなたたちが自分で考えて今の考えに至ったのなら……私はそれを否定するつもりはないわ」

花陽「生徒会長……」

真姫「……ありがとう」

絵里「……ただし、人数が足りない以上、残念だけど部活動として認めてあげるわけには行かないの。あなたたちだけ特別扱いはできないから……」

花陽「……はい」

真姫「それは仕方がな……」

???「メンバーならここにも一人いるわよ」

花陽「!?」

絵里「誰……?」

??「音ノ木坂でスクールアイドルを結成するのに、この私がいないわけには行かないでしょ」

希「にこっち……!」

花陽「矢澤先輩……!」

にこ「どうやら、ようやくアイドルとしての自覚が少しは出てきたようね。まだまだニコの足下にも及ばないけど……」

絵里「……あなた、廊下で盗み聞きしてたの?今の話」

にこ「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ!たまたま前を通りかかっただけよ、たまたま」

希「ふーん」

にこ「……まあ、そこの3人は盗み聞きをしてたようだけど」

花陽「3人……?」

にこ「入ってきたらどうなの。アンタたち」

穂乃果「えへへ。バレちゃったね」

海未「穂乃果が、そこの2人が生徒会室に入っていくのを見かけたものですから」

ことり「つい、立ち聞きしちゃいました」

絵里「あなたたちは……?」

穂乃果「あ、私は二年の高坂穂乃果っていいます。こっちは友達の海未ちゃんとことりちゃん」

希「西木野さんたちとは、どういう関係なん?」

穂乃果「私が音楽室で西木野さんの演奏に聴き惚れてた時に、スクールアイドルに誘われて……」

にこ「呆れた。アンタたち、誰彼なしに声かけてたわけ?」

希「そういうにこっちは?」

にこ「ニコはそっちのメガネの子に勧誘されたのよ」

絵里「まあ、にこはアイドル部の部長だから分からなくはないけど……」

希「メンバーが足りないから、手当たり次第に勧誘してたってこと?」

真姫「……そういうわけじゃないわ」

花陽「誘うのは、この顔触れじゃないとダメだったんです」

にこ「……どういうことかしら」

花陽「みんなには言ってませんけど……会長と副会長には、前にしましたよね?凛ちゃんの夢の話……」

絵里「その夢の中で、あなたたちはスクールアイドルとして活動してる……それがきっかけで、こんなことを始めたのよね?」

花陽「実は、その夢に出てくるのは……私たちだけじゃないんです。そこにいる矢澤先輩も、高坂先輩、園田先輩、それに南先輩も……みんな、私たちと同じμ'sのメンバーで……」

ことり「みゅーず……?それがグループ名なの?」

真姫「……」
コクリ

花陽「とても偶然とは思えなくて……だから声をかけさせてもらったんです」

希「なるほど。スピリチュアルやね」

絵里「確かに不思議な話だけど……どうするの?あなたたちも、スクールアイドルとやらをやるのかしら?」

にこ「ニコがいないと話にならないでしょ。ま、力を貸してあげてもいいわよ」

絵里「……高坂さんたちは?」

穂乃果「実は……今日はお願いしようと思って、西木乃さんを探してたんだ」

真姫「お願い……?」

穂乃果「穂乃果たちも一緒にやりたいなって……スクールアイドル。今さらダメかな?」

真姫「そんな……とんでもない!」

花陽「お願いします……!」

希「よかったやん。これでアイドルグループらしくなってきたね」

絵里「じゃあ、このメンバーで申請ということでいいわね。にこがいるならアイドル研究部に入ってもらうという形でもいいけど、細かいことはあとで書類を……」

花陽「……待ってください」

絵里「え?」

真姫「メンバーは……まだ揃ってないわ」

絵里「どういうこと?これで部員は6人よ。新規の部活動を立ち上げるとしても、もう十分に……」

花陽「μ'sのメンバーは、まだいるんです」

希「……他にも夢に出てきた人がいるってこと?」

真姫「……」
コクリ

絵里「……だったらその人たちの意向を確認して、入部してくれるようならまた届けを出して貰えばいいわ」

真姫「……分かりました」

絵里「じゃあ、この話はこれで一件落着ね。他に用がなければ……」

花陽「絢瀬先輩。東條先輩」

絵里「……?」

希「ん?」

まきぱな「私たちと一緒に……μ'sに入って貰えませんか?」

—しばらく後。生徒会室。

希「……でも意外やね」

絵里「え?」

希「絵里ちが、あんなにあっさりとOKするなんて」

絵里「何よ。断ったら断ったで、またひねくれてるだの何だの言う癖に」

希「まあね」

絵里「希と違って、私は神秘的な話はあまり信じない方だけど……あの子たちの顔を見てると、とても出まかせを言ってるようにはみえなかったの。ひょっとしたら、これは何か運命みたいなものの啓示なのかも、って」

希「運命みたいなもの……やなくて、運命そのものやね。カードもはっきりとそう告げてるし」

絵里「でも……大変なのはこれからよ」

希「さっきの、穂乃果ちゃんの提案……やね」

絵里「私も同じことを言おうとしていたし、多分ほかのみんなもそうだったと思うけど」

希「そうやね。みんなの考えることは、同じやろうね」

絵里「あとは……」

—一ヶ月後。病院。

真姫「今日でいよいよ退院ね」

花陽「よかったね、凛ちゃん」

凛「二人がお見舞いに来てくれたおかげだにゃー!」

真姫「まあ、しばらくは車椅子での生活になるでしょうけど……。でも、少しづつ良くなってるってママも言ってたから」

凛「うん。リハビリがんばるよ」

花陽「じゃあ……」
チラッ

真姫「……そうね」

花陽「凛ちゃん。少しだけ、私たちに付き合って欲しいんだけど、いいかな?」

凛「え?」

※※※

凛「ここは……音ノ木坂の屋上?」

花陽「これから、凛ちゃんに見てもらいたいものがあるの」

凛「……?」

真姫「じゃ、みんな。お願い」

ゾロゾロゾロ

凛「……!」

穂乃果「こんにちは!」

絵里「はじめまして」

希「……でもないのかな?あなたにとっては」

凛「穂乃果ちゃん……それに他ののみんなも!どうして……」

にこ「決まってるでしょ。この場所でステージに立つためよ」

凛「にこちゃん……」

花陽「みんな、今日のために練習したんだよ」

海未「素人の付け焼き刃ですから、見苦しい点も多いと思いますが」

ことり「私たちのライブ……見てもらえますか?」

凛「も、もちろん……!」

真姫「じゃあ行くわよ、みんな。準備はいい!?」

一同「うん!」

※※※

真姫「ハア、ハア……」

にこ「何ヶ所か、とちっちゃったけど……」

絵里「どうにかやりきったわね……!」

花陽「凛ちゃん。どうだった……?」

凛「す……」

凛「凄かったにゃー……!みんな、夢で見たμ'sそのままだよ!」

穂乃果「ほんとに?よかった……」

海未「練習した甲斐がありましたね」

にこ「ま、まあ、このくらいは当たり前だけどね」
ゼェゼェ

希「その割には息があがってるけど……」

にこ「う、うるさいわね」

凛「みんな……ありがとう……!凛のために、こんな……こんな……」
グスッ

絵里「……」

穂乃果「……」

凛「みんなならきっと、すごいスクールアイドルになれるよ……!凛はずっと応援するにゃ!」

花陽「凛ちゃん……」

凛「ありがとう、かよちん。凛の夢を叶えてくれて。約束どおり、凛はみんなの最初のファンになるよ!」

真姫「……星空さん。悪いけど、そういう訳には行かないのよ」

凛「え?」

絵里「私たち8人でステージに立つのは、今日が最初で最後ってこと」

穂乃果「……この8人が集まった時、初めにそう決めたんだ」

凛「え……?あ……」

花陽「……」

凛「そ、そっか。そうだよね。みんな忙しいのに……ずっとスクールアイドルを続けるなんて無理だよね」

真姫「……」

凛「で、でも、今日はありがとう。一度だけでも、みんなのステージを見られてよかったにゃ」

真姫「そうよ。この8人で歌うのは、今日一度だけ」

花陽「……だからね。凛ちゃん」

真姫「次はー9人でステージに立つのよ」

凛「え……?」

まきぱな「さあ、私たちの手を取って」
スッ

凛「え……え……?9人って……?どういうこと……?」

穂乃果「だって、あなたが夢で見たμ'sは、9人だったんでしょ?」

希「μ's……誰が考えたのか知らんけど、よくできた名前やね。9人の歌の女神……」

凛「で、でも、凛には無理だよ!」

にこ「アンタ以外に誰がいるってのよ」

凛「そんな……西木乃さん、みんなに説明してあげて……!凛は、凛は……」

絵里「もちろん、私たちもあなたの身体のことは聞いているわ。だから……できる範囲で構わないの」

希「ウチだって、歌も踊りも素人みたいなもんだし……別にプロになるわけじゃないんやしね」

海未「無理をしてもらう必要はありませんが……激しい踊りをするだけが、アイドルではないはずです」

ことり「ことりは、もう凛ちゃんの衣装、考えちゃったしね」

凛「でも…でも……」

真姫「……はぁ」

凛「西木野さん……?」

真姫「……あなたってずるい人ね。星空さん」

凛「ずるい?凛が?」

真姫「だって、あなたは見たんでしょう?私たち9人が、μ'sとしてステージに立っている姿を」

凛「それは……」

真姫「だったら……私たちにも同じ夢、見させてよ」

凛「……!」

花陽「独り占めはずるいよ。凛ちゃん」

凛「かよちん……西木野さん……」

絵里「さっきあなたは、今日私たちが集まったのはあなたのため……そう言ったわね。だけど、それは違うの」

希「だってウチらには、あなたのためにしてあげられることなんて、なーんにもないんやもん」

海未「私たちにできることがあるとすれば、それはたった一つ」

ことり「あなたと一緒に、同じ夢を追いかけること……だけ」

穂乃果「私たちはね。この9人で一つの夢を見るために集まったんだよ」

にこ「μ'sっていう、一つの夢を……ね」

凛「同じ、一つの……夢……」

真姫「さあ、私たちの手を取って、星空さん」

花陽「一緒に行こう、凛ちゃん」

凛「うん……」

ガシッ

まきぱな「……ありがとう」

絵里「—これで、今度こそメンバーが揃ったわね」

穂乃果「うん!」

にこ「じゃあ、やっと言えるってわけね」

希「そういうこと」

真姫「スクールアイドル・μ's……」

花陽「誕生、です……!」

—秋。学園祭当日。

花陽「いよいよだね。凛ちゃん」

凛「うん……」

真姫「やっぱり不安?」

凛「それは、そうだよ……」

花陽「心配しないで。私たちも一緒だから」

真姫「もちろん、まだ激しい動きは無理だと思うけど……それでも、ママが驚いてたわ。ほんの数ヶ月で、ここまでよくなるなんて」

凛「それは……みんなのおかげだよ。もし、こんな目標が……μ'sの9人でライブをやるんだっていう目標がなかったら、こんなにリハビリを頑張れなかったと思うから……」

ヒラッ

凛「……?」

真姫「あら?」

花陽「風で、木の葉が……」

真姫「……もう秋だものね」

凛「……」

真姫「ねえ、星空さん。あの話覚えてる……?」

凛「あの話……?」

真姫「病室からいつも見ていた街路樹……あれが紅葉する頃には、私たちは素敵なスクールアイドルになってるって言ってくれたわよね」

花陽「今日のステージ……みんなにそう思ってもらえるといいな」

凛「うまくやれると……いいけど……」

真姫「大丈夫よ。きっとうまくいくわ。だから頑張りましょう、星空さん、小泉さん」

花陽「……」

真姫「……?どうしたの、小泉さん」

花陽「あ、あのね。もうそろそろ、いいんじゃないかな……」

真姫「いいって、何が?」

花陽「私たち、ずっと一緒にやってきたんだし……だから……」

真姫「……?」

花陽「もう、名前で呼んでもいいよね……?真姫ちゃん……!」

真姫「……!」

凛「そうだよ。凛にはそのほうがしっくりくるにゃ、真姫ちゃん」

真姫「あ……えと……」

真姫「……」

真姫「……そうよね。どうして今までそうしなかったんだろ」

凛「真姫ちゃん、恥ずかしがり屋だから」

真姫「だ、誰が」

真姫「……」

真姫「……じゃあ、改めて」

真姫「—今日は、頑張るわよ、花陽。それに、凛……!」

※※※

絵里「皆さん。今日は、私たちμ'sが—この9人が歌う、初めてのライブになります。それでは聞いてください……」

🎵🎵

凛(歌えてる……踊れてる)

凛(夢に見たステージの上で、μ'sの一員として、凛は歌ってるんだ)

凛(諦めないで、よかった)

凛(本当にありがとう。かよちん、真姫ちゃん。μ'sのみんな……)


—ライブ終了後。

花陽「凛ちゃん!」

凛「かよちん……凛、なんとかやれたよ……!」

花陽「うん……!」

真姫「本当によかったわ。でも、かなり体力を消耗したはずよ。向こうで少し休みましょ」

凛「大丈夫だよ、真姫ちゃん。凛は平気だにゃー」

真姫「駄目よ。無理は禁物。ちゃんと私についてきて……」

凛「大丈夫だって……」
フラッ

凛「……?」

花陽「凛ちゃん……?」

凛「あれ……ちょっと目眩が」
フラ……フラ……

真姫「だ、だから言ったのに。ほら、私の手につかまって」

凛「だいじょうぶ、だ……いじょ……」
フラッ
バタン

花陽「!!凛ちゃん?」

真姫「!!り、凛!どうしたの、凛、凛……!」

※※※

凛「……!」
ガバッ

凛「ここは……?」
キョロキョロ

凛「!!びょ、病院……?」

凛「どうしたんだろ……」

凛「確か、ライブの後に目眩がして……」

凛「と、とにかく、みんなを探さないと」

ズキッ

凛「痛っ……!?」

ズキンズキン

凛「あ、足が痛い……?治ったはずなのに」

凛「どういうこと……?」

凛「……」

凛「!!まさか……?」

凛「また夢を見てただけ……ってこと?」

凛「そんな……」

凛「でも、よく考えたらおかしいよね……。あんな大ケガしたのに、ライブができるようになるなんて」

凛「そもそも、μ'sのメンバーがあんなにうまく集まったのだって……」

凛「何もかも上手くいきすぎてる。夢でもなくちゃ、そんなこと……ありえない」

凛「そうだよ……凛のケガはやっぱり治らないんだ。ずっとこのままなんだ……」

ガチャッ

凛「!!誰……?」

にこ「やれやれ。やっぱり寝てたようね」

凛「にこちゃん……!どうしてここに……?と言うか、凛を知ってるの……?」

にこ「は?なに言ってるのアンタ。寝ぼけてるの?アンタたちがあんまり戻ってこないから様子を見に来たのよ」

凛「戻ってこないって……凛は、交通事故で入院……」

にこ「……よほどおかしな夢でも見たようね。入院って、ここは学校の保健室よ」

凛「え……?え……?」

にこ「アンタは練習中に転んで捻挫したんでしょうが。何が交通事故よ」

希「にこっちー。向こうの部屋には、後の二人も寝てるよ」

凛「希ちゃん……」

にこ「アンタがケガして、保健室に運んで行った真姫ちゃんと花陽も戻ってこないからと来てみればこのありさま……カンベンしてよね」

凛「じゃ、凛は……」

絵里「学園祭も近いんだから、あまり無理はしないでね」

凛「が、学園祭ってこれから……?」

絵里「?そうよ……?」

凛「みゅ、μ'sとして出るんだよね……?」

にこ「当たり前じゃない。ホントに頭でも打ったんじゃないの」

凛(よ、よかった……)

凛(何もかも、元どおり)

凛(交通事故にあったところから、全部夢だったんだ)

凛(ホントによかった……)

希「お。後の二人も目を覚ましたみたいよ」

真姫「……ごめんなさい、凛。つい眠っちゃってたわ」

花陽「私も……」

凛「かよちん!真姫ちゃん!」

にこ「……まったく。凛はともかく、アンタたちまで眠りこけてるなんて、たるんでるんじゃないの」

花陽「すいません……」

真姫「……」

希「まあまあ。よっほど疲れてたんやないの?それとも……」

希「……不思議な夢でも見て、なかなか目が覚めなかったのかもね」

凛「え……?」

希「じゃ、ウチらは屋上に戻るね。穂乃果ちゃんたちも心配してるやろうし」

絵里「3人は、今日はもう帰っていいわよ。凛は早く捻挫を直してもらわなきゃいけないし」

希「じゃあ、ね」

凛「あ、希ちゃん……」

バタン

花陽「……行っちゃった」

真姫「希に何か用だったの?凛」

凛「あ、えっと、用っていうか……」

花陽「……?」

凛「ねえ、かよちん、真姫ちゃん。二人は、さっき何か夢をみてたのかにゃ……?」

真姫「夢……?」

花陽「うーん、見てたような気もするけど、よく覚えてないの」

真姫「そう言われれば、私も夢を見てた気が……だけど、思い出せないわ」

花陽「でも、どうして?」

凛「……いや、何でもないにゃ」

凛(ひょっとしたら、二人も、同じ夢を見てたのかも……って思ったけど、そんな訳ないか)

凛(初めは辛い夢だったけど、かよちんや真姫ちゃんと一緒に頑張れて……嬉しかったな)

凛(あれが全部夢だったっていうのは、ちょっとだけ……寂しいかも)

真姫「……あら?」

花陽「どうしたの?」

真姫「凛の髪の毛に……」
ヒョイ

凛「……?」

花陽「……枯葉だね」

真姫「でも、どうしてかしら。紅葉はまだ少し先のはずなのに、これはすっかり色づいてる」

凛「……!」

花陽「ホントだ。不思議だね」

凛「見せて……!」

真姫「……?」

花陽「どうしたの、凛ちゃん?」

凛(これは、夢に出てきた……)

凛(……やっぱり、ただの夢じゃなかったんだ。夢の中で出会ったかよちんも、真姫ちゃんも、きっと……)

真姫「じゃ、私たちは帰りましょうか。凛、足はどう?一人で立てる?」

凛「痛みはあるけど…… 」

花陽「私たちが家まで送って行くよ」

真姫「無理しちゃだめよ。ほら、私たちの手を取って」
スッ

凛「だ、大丈夫だよ、そんなことしてもらわなくても」

真姫「いいから。怪我してる時くらい、私たちに甘えなさい」

花陽「これからも3人で助け合っていかなきゃいけないんだし……お互いさまだよ、凛ちゃん」

凛「うん……そうだね。じゃあ……」

ガシッ

凛(ああ、あったかいな……二人の手)

凛(さっきの夢の中で、凛を導いてくれたのと同じ、あたたかい手)

凛(いつか絵里ちゃんたちや、穂乃果ちゃんたちが卒業して、私たちだけになっても)

凛(それでも、この3人なら……やっていけるよね)

真姫「……?どうしたの、凛?立てそうにない?」

凛「……かよちん、真姫ちゃん。私たち、これからもこうやって手を繋いで……歩いていけるよね」

真姫「きゅ、急に何なのよ」

凛「ううん、何でもないにゃ。ただ、二人の手をこうして握っていられることが嬉しくなっただけ」

花陽「……もちろんだよ、凛ちゃん。ずっと一緒だよ」

真姫「そうね。そんな未来のことなんて考えたことはないけど……そうなるよう、私も望んでいるわ」

凛「じゃ、行こっか。かよちん、真姫ちゃん」
スック

真姫「あら。その様子だと、大丈夫みたいね」

花陽「ホントだ。よかった」

凛「凛はいつでも元気だにゃー!……でも」

まきぱな「……でも?」

凛「今日はこのまま3人で……手を繋いで帰ろ?かよちん、真姫ちゃん」

—おしまい—

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