二宮飛鳥「魔法にかかったボクは」 (15)
日曜日。
一般的な学生にとっては休日だが、ボクにはアイドルとしての仕事がある。
少々余裕をもって早めの時刻にセットしておいた目覚ましの音で意識を覚醒させ、緩慢な動作でベッドから這い出た。
以前小梅に寝起きの姿を見られたことがあったが、まるでゾンビみたいな動きだと喜ばれた記憶がある。その話を聞いたPは、そのうちゾンビ役の仕事をとってこよう、なんて冗談めいた口ぶりで言っていた。
もし本当にとってきたら、その時はその時で屍の真似を楽しもうと思う。
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朝食をとり、身だしなみを整えて寮を出る。
ポタッ
頬に冷たい感触が一滴。
「……雨、か」
天気予報で、今日は降水確率が高いと言われていたのを思い出す。
今の一滴分の雨のおかげで、うっかり傘を忘れるというミスを犯さずに済んだ。運がいいと言ってもいい。
傘を取りに戻ってから、改めて事務所への道を歩き始める。
少し経つと、まばらだった雨粒の勢いが増し、傘を打つ水滴の音も大きくなってきた。
「丸腰だったらひどい目に遭っていたね」
前方の大きな水たまりを回避しながら、そんなことを思う。小さい頃は水たまりを見つけるやいなや長靴で踏みに行ったものだが、さすがに中学生ともなるとそういった行為からは卒業している。
別にボクがオトナになろうと背伸びをしているというわけではなく、単純に幼少期に持っていた『純粋に楽しむ心』が失われた結果なのだろう。
それは人が成長していく中で必ず通る道なんだろうけど、どことなく寂しいと感じなくもない。
バシャッ!
「おー、結構跳ねたな」
だから、今ボクの前方にいる男性のように、大人になっても水たまりを楽しめる人間はある意味貴重だし、同時に羨ましく思う。
「やぁ。おはよう、P」
「あっ……飛鳥。おはよう」
まあ、その男性とはボクのプロデューサーなわけだけど。
「……今の、見てた?」
「キミが革靴や靴下を濡らすことをいとわない少年の心の持ち主だということがよくわかった」
「つまり見てたんだな。はは、なんか恥ずかしいな」
ボクの存在に気づいたPは、苦笑いを浮かべながらボクの隣にまで移動してくる。
「いつもやってるわけじゃないんだぞ?」
「弁解の必要はないさ。ボクはキミのそういうところを気に入っているんだから」
「そういうところってどういうところ」
「色々と面白いところ」
「……褒め言葉か? それ」
「どう受け取るかはキミに任せよう」
並んで歩きながら、他愛のない話を重ねていく。
これからしばらく天気が悪いだとか、昨日新しい喫茶店に行ったら大当たりだった、だとか。
そうこうしているうちに、気づけば事務所の前までたどり着いていた。
「おはようございます。あら、お二人で仲良く出勤ですか?」
部屋に入ると、先に来ていたちひろさんが笑顔で出迎えてくれた。
「はい。来る途中に偶然飛鳥と会ったので」
「ところで、なぜ黒帽子にローブ姿なんだい」
「もうすぐハロウィンなので、魔法使いの格好をしてみました♪」
ちひろさんはコスプレが趣味で、部屋のロッカーには彼女の私物であるコスプレ服が多数収納されている。基本的にどれを着ても似合うのは、彼女の整った顔立ちゆえだろうか。
「どうですか? 似合いますか?」
「ええ、似合ってます。でもなんか闇の魔術とか使いそう」
「ええっ、どうしてですか? 一応正義の魔法使いを意識したんですけど……」
「なんか、オーラ的に?」
「むむむ」
Pの率直な感想を聞いて、ちひろさんは顔をしかめて考え事を始めたようだった。コスプレの道は険しいようだ。
「へくちっ!」
「ん?」
ソファーの方からくしゃみが聞こえてきた。背もたれの向こう側に誰かいるのだろうか。
近寄って様子を見てみると、ジャージ姿で丸くなっているアイドルがひとり。
「おはよう、梨沙。寒いのかい?」
的場梨沙。ボクより2つ年下の同僚で、一緒に仕事をすることも多い間柄だ。
いつもツインテールにしている髪はほどかれており、よく見るとしっとりと湿っているように見える。
「どうして朝からジャージを着ているんだい」
「……服が濡れたのよ」
「ひょっとして、傘をささずに来たとか」
「違う。水たまりの横歩いてたら車がそこを踏んづけて思いっきりぶっかけられたの」
「それは……災難だったね」
「まったくよ、もう」
不機嫌な様子を隠そうともせず、頬を膨らませて愚痴をこぼす梨沙。先ほどのくしゃみは、ここに来るまでに身体が冷えてしまったことが原因なのかもしれない。
「アタシ、雨って嫌いなのよね。こういうハプニング起こりやすいし、髪は湿気て痛んじゃうし」
「ボクは嫌いじゃないかな。晴耕雨読なんて言葉があるけど、雨音を聞きながら本を読むと不思議と捗ったりするから」
彼女の隣に座り、忘れ物がないか鞄を確認しながら雑談する。今もビルに打ちつける雨の音が聞こえてくるが、ボクにとってはなんとなく心地の良いBGMに思えた。
「む、意見が割れたわね」
そう言うと、梨沙はソファーの背もたれにあごと両手を乗せてデスクに顔を向ける。
「プロデューサー! プロデューサーは晴れの日と雨の日、どっちが好き?」
「うん? そうだな……雨だと移動が面倒だから、晴れかなあ」
「よし、これで2対1ね」
ほう。味方を増やしてきたか。
「なら……ちひろさん。あなたは雨の日と晴れの日、どちらを好む?」
「私は雨ですね。お気に入りの傘とか長靴とか使えるので」
「これで2対2のイーブンだ」
こちらも張り合って仲間を増やしてみると、梨沙は再びしかめっ面を作り腕を組んでいた。
「4人だと決着がつかないわね……じゃあ、次にこの部屋に来た子に選んでもらうわよ」
「その人物の選択にすべてを委ねるというわけか。いいだろう」
勝負方法を決めたボク達は、部屋と廊下をつなぐドアに熱のこもった視線を送る。結果が気になるのか、Pとちひろさんも同じように次の来訪者を待っていた。
「………」
3分ほど経っただろうか。ドアが開き、そこから現れたのは。
「お、おはようございま……フヒッ!? な、なんだ、この熱っぽい視線は……」
やって来たのが星輝子だと確認した時点で、ボクの右手は自然とガッツポーズを決めていた。
今日は午前中にレッスン、午後からは撮影の仕事というスケジュール。
ベテランのトレーナーに他のアイドル達とともにしごかれ、なんとか午前の時間を終えた。
体力のあまりないボクは息も絶え絶えだったが、ダンスが得意な梨沙はまだまだ平気そうだった。なんとも羨ましい限りだ。
「……か。飛鳥、聞いてるか?」
「あ……すまない。少し考え事をしていた」
そして今、撮影現場にPと二人で来ている。もうすぐ予定の時刻になるので、カメラマンの人がやって来るはずだ。
「普段通りにやってくれたらいいからな」
「あぁ」
なんて、簡単に返事をするけれど。
正直な話、こういったアイドルの仕事の直前にはいつも身体が硬くなってしまう。
特に今日のような、ボク以外に事務所のアイドルがいない場合はなおさらだ。
デビューして半年以上経過し、それなりに仕事の数をこなしてきたが、いつまで経っても慣れる気配はない。
自分が小心者だということを、この歳になってようやく自覚している。
「キミがボクに期待をかけてくれる限り、ボクはそれに応えるさ」
だというのに、口から突いて出るのはいつもの調子を装った言葉ばかり。こんな時に強がってしまうのは、思春期特有の現象なのか、はたまたボクが特別愚かなのか。
「飛鳥」
「なんだい」
ボクが緊張に押し潰されそうになっている時。
隣にいるプロデューサーは、毎度毎度きまってボクの両肩に手を乗せて、
「飛鳥は可愛い」
と声をかけてくる。一片の有無も言わさぬ、断言口調でそう言い切るのだ。
それはボクの緊張が見抜かれている証拠であり、彼がボクの偏屈な心を理解している証左でもある。
強がらなくていい、と言われれば余計に反発して強がる。
自分に自信を持て、と言われれば、どこをどのように自信を持てばいいのかと思考の迷路に迷い込む。
二宮飛鳥はそういう面倒な人間だ。だからこそ、Pはただ『可愛い』とだけ口にする。
それが最低限必要であり、同時に最善の言葉であることを知っているから。
「……キミはあれだ。きっと女性の扱いがうまい」
かくしてボクの緊張はたった一言により瓦解し、冗談めいたセリフを口にすることができるだけの余裕が生まれたのだ。
まるで魔法のようだと思う。ボクは前に進めないシンデレラで、Pという名の魔法使いが魔法をかけるのだ。
……我ながら、さすがにロマンチックな妄想がすぎるか。今のは忘れよう。
「女性の扱いがうまい、ねえ。飛鳥と心を通わせるのにも結構な時間がかかった俺がか?」
「そういえばそうだったね。最初はボク達、まったくもって息が合っていなかった」
今となっては懐かしい思い出だ。Pにスカウトされてアイドルになったはいいものの、いろいろとすれ違いに悩まされた時期がある。
「俺は街中で君を見かけて『この容姿ならイケる!』と思ってスカウトしたんだ。中身の方がとんでもないと気づいたのは、飛鳥が事務所に入ってだんだんと素を出し始めたころだったな」
「初めてキミを見た時、ボクと同じく『痛いヤツ』じゃないかと直感で思った。けれど、実際付き合ってみればそりの合わないことの方が多くて大変だった」
学校と家以外に居場所が欲しかった。家族以外に理解者が欲しかった。
だから、ボクの言葉を理解(わか)ってくれないPに、少しだけ落胆したのは事実。
「けれどキミは諦めなかった」
「当たり前だ。初めて自分でスカウトしたアイドルだぞ。10を聞いて1しか理解できないなら、100を聞けば10理解できるし、1000を聞けば100理解できる。そのくらいの気持ちでいった」
「そうしてキミはボクの理解者になった。初めからそうだったのではなく、キミ自身の意思と努力をもってボクを理解してくれた」
それがたまらなくうれしかった――とまでは、さすがに口にできない。今言ってしまったら、気恥ずかしさでこれからの撮影に支障をきたす可能性がある。
「二宮さーん! お願いしまーす!」
「ほら、カメラマンさんが呼んでるぞ。行ってこい」
「あぁ、行ってくる」
少しおしゃべりがすぎたかもしれない。でも、ガチガチに固まったまま撮影に入るよりはマシだろう。
もう一度軽く肩を叩かれてから、ボクは『アイドル』のペルソナを被り、足を前に進めるのだった。
「今日もお疲れ様。よかったよ」
帰りの車の中。助手席に座るボクは、運転中のPの横顔をなんとはなしに眺めていた。
「どうした? 俺の顔になんかついてるか」
さすがに視線を送りすぎたのか、Pが怪訝そうな表情で尋ねてくる。
「いや、そういうわけじゃない」
「じゃあ俺の顔に見惚れてた?」
「それもない」
「はっきり言うなあ」
Pの顔から視線を外し、窓の外の景色を見る。
都会の街並みが通り過ぎていく光景は、すでに見慣れたものとなっていた。
「ねえ、P」
「ん?」
「ボクとの関係、一言で表すなら何になる?」
「……それって、『アイドルとプロデューサー』以外の答えを求めてるってことでいいのか」
「キミにとって最も適当な回答がそれだと思うのなら、別にかまわないさ。ただその場合、ボクは拗ねる」
「遠まわしに回答内容を制限してきたな……」
困ったような笑みを浮かべて、Pはうーんと考えるそぶりを見せる。
やや間が空いた後、内心ドキドキしていたボクの耳に届いたのは。
「相棒、なんてどうだ」
……なかなかにボクを喜ばせてくれる、Pが出した答えだった。
「相棒、か。うん、キミらしい……それでいてボク好みの答えだ」
「満足してもらえたようでなによりだ」
もしかすると担当しているアイドル全員に同じことを言うのかもしれないが、まあそれでもかまわない。
「P。キミはボクにとって鍵だった」
「鍵?」
「そう、鍵だ。キミがボクに新たなセカイを見せたことで、そこに手を伸ばしたボクは自身の殻を破ることになった。キミがボクを解き放ったんだ」
だから、キミにはその結末を見届ける義務がある――いや、それは違うか。
「だから、ボクはキミに結末を見届けてほしい。スカウトした者の義務だとかなんだとか、そういうことは関係ない。ただ、ボク自身ががそう願っているんだ」
「……ああ。最後まで付き合うさ。俺は飛鳥のプロデューサーだからな」
「ふふっ。よろしく頼むよ、相棒」
「おう」
車はボク達を乗せて進んでいく。もうすぐ事務所に到着する頃だろう。そうしたら、他のアイドル仲間達と顔を合わせることにもなる。
「さっきからずっと窓見てるけど、何か面白いものでも見えるのか?」
「……さあ、どうだろうね」
実際はほとんど景色なんて見ていないので、そう答えるしかない。
ではボクはなにをしているのかと言うと。
「ただ、少し恥ずかしいものは見える」
窓に映る自分の顔を見て、にやけ気味になっている表情を矯正するのに労力を要していたのだ。
「あぁ、やっぱりボクは痛いヤツだよ」
おしまい
地の文ありでSSを書く練習でした
一応私が書いているヴァリアスハートシリーズと世界観は同じです
飛鳥君はやくデレステにきてくださいなんでもしまむら!
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