概念(10)
八方美人は嫌われるという真理を悟るまで〈呪い〉は人々に手を貸していた。
人を癒す呪い、豊作を願う呪い、人を死に至らせる呪い…様々な能力を奮っていた
しかし人は善い面より悪い面を見る生き物である。死に至らせる能力が忌避され、やがて〈呪い〉そのものも忌避されるようになった。
人々は〈呪い〉に礼儀や作法も忘れ、悪い面だけを語り継いだ。
当然〈呪い〉は嘆き悲しんだ。そして人々に復讐を胸に刻んだ。
膨大な年月が過ぎ去り、善き時代の幼かった〈時〉が青年に成り変わりゆくなか〈呪い〉は性格を偽装し、偽名を名乗るようになった。その名は人々の間で最も気高く、尊ぶべき名〈愛〉だった。そして〈呪い〉は暗躍する。法外な復讐をもって、今一組の男女の影がざわついた。
<風>と<気流>が仮の名であることを知る者は少ない。<それ>を意味する本来の名称はあるが、<風>と<気流>が<それ>を名乗るのは自分こそ相応しいと争いはじめた。
「これが私の本気です」
「私はその倍強いです」
「実は実力を隠してました」
「私もまだ本気ではありません」
「体に反動が来ますが飛躍的にパワーアップする術を使わせていただきます」
「ならば私も拘束具を外します」
「秘められた力が覚醒しました」
「私は特殊な種族の血を引いており、ピンチになるとその血が力をもたらします」
「覚悟によって過去を断ち切ることで無意識に押さえ込んでいた力が解放されます」
「愛する人の想いが私を立ち上がらせます」
決着は未だにつかない。
それは正当な取引だ。
<善>は人々に尊ばれ、<悪>は人々に疎まれる。
しかし<善>が真に尊んでいるものは<悪>である。
尊ぶ…というより寧ろ媚びへつらっているといっても過言ではない。時には(物質的でない)通貨を貢いでいるのだから。
人々の中での<善>は<悪>の結果にほかならない。つまり<善>の体裁は<悪>の歴史でもある。
<善>を人々が奉り崇めれば、崇めるほど<悪>の鼻は高くなる。
こうして完全な上下関係が築かれていった。
もはや<善>は<信仰>なくして息をしない。
<善>は<信仰>という麻薬に嵌まってしまった概念の敗者だった。
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