赤木しげるがニセコイにくさびを打ち込むようです (101)
だいたい七巻のクリスマス後あたりを想定しています。話の都合上、イベントが前後しているかもしれません。
まあ暇つぶし程度に見てくれたら幸いです。
万里花「これで何回目の敗北なのでしょうか……」
高校からの帰り道、橘万里花は弱々しくたずねた。
本田「通算して67回目となります。一条さんが万里花お嬢様ではなく桐崎さんを選んだのは」
万里花「……。では、あの楽様がゴリラ……もとい桐崎さんの手を引っ張って出ていったクリスマス以来、楽様がわたくしのお誘いを受けた回数は」
本田「ゼロになります」
万里花「はぁ~。楽様は桐崎さんとの行事には参加して、私の申し出にはなしのつぶて。最近はまんざらでもない顔をしていらっしゃいますし」
本田「一条さんが桐崎さんを見つめた回数さんを見つめた回数もありますが、聞きますか?」
万里花「もう聞きたくありません。分かっております」
本田「左様ですか」
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万里花「最初は高校デビューの衝動で付き合った程度かと考えていましたが、最近はまんざらでもない雰囲気でもありますし……あるいは、もう」
本田「お嬢様、帰り道はこちらですが」
万里花「かまいません。少し寄りたいところがあるのです」
本田「そうですか。して、どこへ行かれるのですか?」
万里花「この向こうにある墓地です。そこの墓地にはなんでも、運気を上げるお墓があるらしいのです」
本田「パワースポットのような場所でしょうか」
万里花「そうかもしれませんね。その墓石の欠片を持っていると勝負事に勝てるらしいですわ」
本田「墓石の欠片ですか、聞く限りではあまり運気を上げそうには思えませんね」
万里花「ふふん、もう神だろうが悪霊だろうが関係ありませんわ。あのゴリラに勝てればそれでいいのです。さて、Google先生によるとこの辺なのですが……あ、ここですわ」
本田「特になんの変哲もない墓地ですね」
万里花「不安になってきましたわ……」
にゃー
万里花「あら、ねこですわ。するするとどこへ……あっ!」
万里花が視線でねこを追っていくと、そのさきには目当ての墓があった。
墓の前には老人が佇んでおり、ねこはまるで定位置であるかのようにその老人の前で止まった。
「くく、また供え物を食いに来たのか」
「にゃー」
「ほら、好きなの持ってけ」
本田「飼われているねこでしょうか。しかし、お供えものに手をつけるとは」
万里花「上げると言っているのですからよろしいではないですか」
本田「……?」
「なんだ? 嬢ちゃんたちも欲しいのか」
万里花「いえ、お気遣いなく。それよりもあなたはこのお墓の方のご親族でしょうか」
「この墓か? ……くく、そういうことにしておこう。それよりも嬢ちゃん、話してみな。こんなとこ来たってことは、勝ちたい勝負があるんだろう?」
万里花「え、ええ」
「……フフッ。おおよそお嬢ちゃんは、意中の人に振られたか、奪われたか……あるいはその一歩手前か……」
万里花「なんでそのことを……」
「これでも、それなりに生死を賭けた修羅場を潜り抜けてきた。だから分かる……嬢ちゃんから、負けが込んだときにありがちな匂いを感じた」
万里花「ほ、ほんとですか!?」
「くくく、嬢ちゃん今信じたな。そんなんじゃ負けるぜ」
万里花「うっ……」
「制服からして、嬢ちゃんの歳は高校生程度。となれば勝負の内容は受験か、部活動か、恋愛か……。時期から考えて受験はまだ早く、嬢ちゃんの体格、持ち物からして部活ではない……。となればおおよその察しはつくさ」
にゃー、とねこは鳴き、墓の前で丸くなる。だが、万里花の視線はもう猫に戻ることはない。
次に本田の放った言葉があまりにも強烈だったのだから、それも無理からぬことではなかった。
本田「お嬢様、先ほどから誰と話しているのですか?」
万里花「……なにを言っていますの? 目の前にいるご老人に決まっているでは……」
万里花が振り返る。そのとき、万里花の前の老人の姿がたゆたった。煙のように。
それだけではなかった。万里花はこのとき、決定的に足りないものに気づいた。
万里花「影が、ない……!」
「……」
万里花「あ、あなたはいったい……」
「俺の名は赤木しげる……。成仏し損ねた、ただの博徒さ……」
――
本田には墓地の入り口にて待ってもらうよう万里花は言った。
これ以上赤木と名乗る幽霊らしきものと話している場面を見られると、気でも触れたかと思われてしまい、あの約束が発動してしまうとも限らない。
ともかくも、万里花は今までのことをすべて話した。
赤木「フフッ、……なるほどな」
万里花「もう、はっきりと感じるのです。わたくしに勝機の芽はないことを」
赤木「だから嬢ちゃんは諦めるのか、その勝負を」
万里花「諦めたわけでは――ただ、もうなにをすればいいのか……」
赤木「そうか。まだ嬢ちゃんの勝ちたいという想いは、消えちゃいねぇんだな?」
万里花「も、もちろんです! この想いは振った振られたであっさり終わらせられるものはありません!」
赤木「なら上等、上等だ。この勝負、まだ勝機はある」
万里花「ですが……!」
赤木「嬢ちゃん、勝負はまだ終わっていない。勝ち目がないなんて、早とちりもいいとこだ。ライバルの桐崎とかいうやつはキスもまだ済ませてねぇんだろう……? なら、敵の手にしたものは未だ優勢という勢いだけさ。優勢はかき集めても勝利にはならない。優勢と勝利は天と地ほども違う……!」
万里花「……なら教えてくださいまし。劣勢をひっくり返す方法、勝利の方法を!」
赤木「くくく、俺は自分を信じず、他人の言葉に流され、生きるやつが大嫌いだ。そういうやつの心は曇っているんだ。自分の生き方を選んじゃいない……」
万里花「うっ……」
赤木「だから自分で考えろ……と言いたいところだが、嬢ちゃんはどうやら努力はしているらしい。ただ、その努力がとことんずれている。壊滅的に。嫌いじゃないぜ、そういうの。現実ではよくあること。やることなすことすべてが裏目……不本意の連続……」
赤木という老人が、どこか懐かしい眼差しになる。その一仕草だけで、彼の歩んだ人生の壮絶さを容易に想像できる。
赤木「それでもめげずに前へ進もうとする、戦おうとする。それは、どんなに歳を重ねてもたいていの人間にはできないものだ。だが、嬢ちゃんはそれができている。今でこそ敗色濃厚、苦境だが、あきらめてはいない。ここは嬢ちゃんの生き様に免じて、勝ち方を教えてあげよう」
万里花「本当ですか……!」
赤木「俺も成仏の仕方が分からない以上、退屈であることには変わりない。手伝ってやるさ。やってやろうぜ。大逆転ってやつを……」
万里花「大逆転……!」
赤木「そのためにはまず敵の隙に付け込むこと。人はあと一歩というところまで来ると、勝利のまばゆさゆえに周りが見えなくなるもの。その束の間の隙……そこを狙うんだ。そして打ち込む……! 敵の優勢を打ち崩す楔を……!」
万里花(なんだろう。このおじい様が言うと、なんだか本当にできそうな気がしてくる。不思議な魔力というかオーラのような……)
――
万里花「本田、お待たせしましたわ」
本田「遅かったですね。あの墓がそんなに気に入りましたか」
万里花「ふふ、そんなところでしょうか。……ねぇ、本田。赤木しげるという人物を知っていらっしゃる?」
本田「赤木しげる……噂でなら聞いたことがあります。なんでも神懸かった頭脳と博才を持ち、裏社会を一時期牛耳っていたとか」
万里花「なるほど……。わたくしの人物眼もなかなかのものですわね」
本田「その人物がどうかしましたか?」
万里花「なんでもありませんわ。さて、帰りましょう?」
――
翌朝
万里花は少し早起きをして、いぶかる本田を尻目に昨日の墓地まで足を運んでいた。
万里花「赤木のおじい様。お約束通り、手伝ってもらいますわよ」
赤木「朝から元気だな、嬢ちゃん。」
万里花「元気がなければすぐ行動に移せません。今日も一日、精一杯尽くすのみです!」
赤木「……フフッ、面白い。若さゆえか……お嬢ちゃんは今、確かに生きている」
万里花「?」
赤木「いや、分からなくていい。時期が来れば話すさ。はやく学校へ行こう。ここからだと、そう近くはなかったはずだ」
万里花「そうでした! 本田も、行きますわよ」
本田「……はい、お嬢様」
――
校門前
赤木(ここが嬢ちゃんと敵の通う学校。一見してとくに目立った箇所はない……ふふ、博打打ちの性か、どうも疑ってしまう。恋愛という勝負なれば、そう大がかりなことは起こらない。気にする必要はない……そのはずだが、今回はその習性が活きたな)
赤木が校門から見える木を見上げる。そこには前髪を上げた外人が双眼鏡を持ってこちらを見ていた。
赤木(昨日の嬢ちゃんの話からして、あれは桐崎とかいうやつのボディガードといったところか。こんな朝から待機して、不審者などほとんど出ないはずの高校という場で逐一監視とは……。殊勝だな、くくく)
万里花「赤木のおじい様、はやく。おいていきますよ」
赤木「ああ……」
――
クロード(なぜだ。今、橘万里花から凄まじい殺気を感じた。まさか、なにか企んでいるのか?)
なんつークロスだ
期待
――
教室
赤木(さて、嬢ちゃんの狙う一条楽という坊主は……探すまでもないな。嬢ちゃんが真っ先に抱きつきにいったあの冴えないやつで間違いない。そして坊主から嬢ちゃんを剥がそうとしている金髪が、今回の対戦相手といったところか。まずは見に回るとしよう)
赤木は授業中、楽という男、千棘という敵を見極める。
牌の流れ、猛者たちの心理を読みきる赤木にとって、一高校生の心理を読むこと自体は造作もない。しかしその読みは同時に、万里花の不利をも克明に感じとった。
赤木が読みとったもの、それは千棘と楽の接触回数の多さ。人はコミュニケーションをとった回数、長さに比例して好感をよせていく。それは理論的にも、経験的にもおおむね間違っていない、恋愛を成就させるための王道とも言うべき攻略法。
その「一緒にいる」ということに異常な強さを見せるのが桐崎千棘。休み時間だけではない。授業中にペアを組む際なども、自然と楽と千棘のペアとなる。一見してイカサマなどはない。ただの偶然。
ゆえにそれは異常な輝き、他を寄せつけない優勢を作り上げる。
対して万里花という娘の運は絶望的。泥船もいいとこ。席も離れており、休み時間以外に接点はない。その休み時間も、大勢の中の一人という枠に収まっている。
赤木(……まずは嬢ちゃんと坊主の接触回数を増やすこと、ここをなんとかするしかないな。ただ、互角になる必要はない。常に勝負のフィールドにいるということ。これが肝要。敵と同じフィールドにいればもつれこませられる……乱戦、混戦に……)
――
そしてむかえた放課後。教室のドアが開き、教師と思われる女性が入ってきた。
教子「よーし、みんな席つけー。お待ちかね、席替えをやるぞー!」
クラス「えーっ!!」
教子「だまらっしゃい。二学期のうちにやらなくて職員会議でめっちゃ怒られてイライラしてんだ! 絶対にやるぞ!」
クラス「えー、横暴だー」
教子「あー聞こえなーい。じゃあクラス委員はクジを作ってー」
万里花「はい、先生! わたくし楽様の隣がいいです!」
教子「クジだっつってんだろ」
赤木(……バカ正直に攻めていくか。衆人環視の前でこうも堂々とできる努力は買いたいんだが、いかんせん裏目だな。坊主は明らかに心が引いている)
教子「よーし、じゃあ番号順でくじを引け―」
楽「俺からか。お、一番前だ」
教子「ほらどんどん引いてけー」
千棘「次は私ね。よっと。あら、また楽のとなり? (よっしゃあ!神様ありがとー!!)」
楽「悪かったな、また隣でよ」
赤木(……)
万里花「次はわたくしですわね……って、楽様の隣がもうない!?」
田中6兄弟「キキキ、全席もらったわ!」
万里花「や、やり直しですわ!」
赤木(ダメだな、こりゃ。運にまで見放されている)
教子「いいわよー」
クラス「えー」メンドクセー
こうして席替えを繰り返すこと数回。
赤木(やはりあの桐崎というやつ、強運の持ち主だ。五回連続で隣の席を引き当ててきた。その一方で、あの嬢ちゃんは苦しい。衰運だ。五回やって一度も隣につけない。一時は隣の席になりかけたが、結局は視力の悪い生徒との交代で水泡に帰した)
万里花「赤木のおじい様。わたくしは神様にみはなされているのでしょうか……」
万里花は五回目の楽から離れた席にて突っ伏し、小声で恨みごとのようにつぶやいた。
赤木「おおかた間違っちゃいねぇな。だが、心配するな。機はまだある」
万里花「機、ですか?」
赤木「幸いにして五回目はクラスメイトが上手くばらけたせいか、友人と離ればなれになったものが多い。“生徒の自主性”を重んじるならば、今一度の席替えはある」
赤木は教卓を一瞥する。するとブーイングの嵐に耐えかねた教子先生がまさしく観念した。
教子「分かった。そんなに言うならもう一度やろう。しかし、時間がないからこれが最後だぞ」
万里花「赤木のおじい様……!」
赤木「くくく。ちと体を貸してくれ。次のくじは俺が引こう……」
万里花「えっ、体を貸すって」
赤木「そのまんまの意味だ……!」
赤木がすぅっと万里花の体の中に入り込む。とたん、万里花の体に電流が流れたかのように震え、倒れた。
教子「だ、大丈夫か橘」
万里花「……問題ない。すこし保健室へ行ってくる……」
教子「い、いいぞ(なんか雰囲気が違うな……)」
――
赤木(くくく、まずは成功といったとこか)
万里花(無茶苦茶ですわ! こんなこと聞いてません!)
赤木(まあまあ、すぐに離れるさ。だがその前に、いくつか準備はさせてもらう……)
万里花(これで隣になれなかったら、すぐさま寺に駆けこみますからね)
赤木(さて、問題はいかにしてあの桐崎のボディガードを引き出すか……)
万里花「……本田、いるんだろう?」
本田「ここに」スッ
万里花「頼み事をしたいんだ。なぁに、やることは簡単さ」
万里花が、否、赤木が笑う。
――
教子「よし、橘も帰ってきたことだし、始めるぞー」
こうして六回目の席替えが開始される。その刹那、万里花はくじ箱とは違う方向、窓の向こうへと一瞥をくれる。その先の木の上。そこには登校時に見かけた千棘のボディガード、クロードが立っていた。万里花は視線を交差させると、不敵に笑った。クロードの眉間にしわが寄る。
赤木(くくく、そうだ、俺を疑え。職務を全うするんだ……)
クロード(なんだ……? なにか企んでいるのか?)
このとき、クロードに嫌な予感が走る。橘万里花という人物が一条楽に横恋慕しているのは明々白々。もしかしすると、千棘の引くのを阻止、あるいはそのクジを奪うのかもしれない。
クロード(中にはもう一人のボディガードの鶫が控えている。あの華奢な橘の小娘がどうこうできるはずがない。ただ、万が一にもお嬢には傷をつけてはならない……)
そして迎えた千棘の引く番。同時に本田が教室の扉の前に立つ。万里花は本田を確認したのち、教室のカーテンをすべて閉めた。
クロード「本田!? くっ、謀られたのか!」
鶫に任せるか、突撃すべきか……。クロードにとって、迷う暇などなかった。凄まじい脚力。木の上から飛び上がった彼は特製の武器で窓を打ち破り、教室の中へと突入した。
クロード「お嬢! ご無事ですか!?」
千棘「……なにやってんのクロード……」
クロード「え」
鶫「クロード様……」
クロードが教室を見渡す。なんの変哲もないありふれた光景。ただ、自分だけが場違いだった。
クロード「……おほんっ。そこの教師。窓の修理費はこちらへ請求してくれ。それでは!」シャッ
クラスメイト「なにあれ……桐崎さんの護衛?」
千棘「認めたくないけどね……」
クラスがいまだに喧騒に包まれている中、静かに赤木は万里花の体から抜ける。
万里花「これはすべて赤木のおじい様の策略だったのでしょうか」
赤木「なあに、ちょっとしたいたずらさ。さて、成功報酬ならフグ刺しでももらおうか」
万里花「成功って、なにをいってるのです」
赤木「まあまあ。ブツなら、お前の右手の中にあるさ」
赤木が万里花の右手を指さす。万里花はふと気づいたように右手を開く。
万里花(こ、これは座席のくじ! しかも楽様のとなりのものが二枚も……!)
赤木「ふふ」
万里花(……なるほど、抜いたんですわ。あのクロードという護衛が窓を割って入って、みんながそちらに注目している間に)
赤木「覚えときな、お嬢ちゃん……。勝利の女神ってやつは、手をすり合わせて拝むだけでは振り向きはしない……。常に勝とうと考え……動き続ける者にだけ微笑む……!」
この日が万里花と赤木、初めての協力。そしてこれが、のちの大逆転へと続く第一歩となる。
今日は以上です。
明日の20時~21時あたりに続きを投下します。
原作もこれくらい面白かったら切らなかったのにな……
乙
天の赤木の方か
しかし、赤木がいるだけで安心感が凄いな
アカギが恋愛相談ってだけでちょっと笑える
ざわざわしなさすぎて不安になる
それでは投下します。
翌日
万里花(どんよりとした天気、退屈な授業……。でも、そんな時間さえも今は愛おしいですわ。なんたって隣には楽様がいるのですから!)フッフフ!
楽(ああ……隣から凄まじい視線を感じる……)ダラダラ
万里花「あら、消しゴムが楽様の股の間に落ちてしまいましたわ」
楽「いま投げたよね? 明らかに放物線描いてたよね?」
万里花「まあまあ、今取りますからじっとしといてくださいまし」ゴソゴソ
楽「ちょっと待て。予想できてたけども、すこしは恥じらいをみせろよ!」
千棘「そこの淫乱女ぁ! ひとの彼氏になにしてんの!」
万里花「あら、あなたこそ授業中に何を吠えてるのかしら」
千棘「あっ」
クラスメイト「クスクス」
教子「よーし、そこの元気な三人組は廊下に立ってろー」
万里花「ふふん」ドヤァ
千棘「いや、あんたもだからね」
楽(俺悪くないのに……)
万里花(……そういえば、赤木のおじい様はどちらへ行かれたのでしょう。さきほどまで教室内にいたのですが)
――
放課後
万里花「楽様、一緒に帰りましょう!」
楽「わるい! 今日はちっと用事あるんだ! また今度!」
楽はそういうと、かばんを引っつかんで走り去っていった。
万里花「あっ……」
赤木「どうしたんだ」
万里花「赤木のおじい様、どこへいってらしたのですか」
赤木「なに、ちょっとした散策さ。俺のときの高校とはずいぶん様変わりしているもんでな」
万里花「もう、ちゃんと手伝ってください。うう、楽様には逃げられてしまいましたし」
赤木「ふふ、逃げたわけじゃない。用事があると言っていたんだろう?」
そういうと、赤木は窓に一瞥をくれた。今にも降りそうな曇り空。視線の先には校門からでていく一条楽。赤木は笑う。
赤木「追いかけるぞ」
万里花「でもわたくし、体力には自信が……」
赤木「関係ねぇ。歩いてもいいから外へ出な」
万里花「は、はい」
万里花は鞄を持つと、体に気をつけながら小走りで校門へと向かう。
赤木「おっと嬢ちゃん、そこは反対の道だ」
万里花「反対?」
赤木「そうだ。その先に坊主はいる」
万里花「どうしてですか。楽様が向かったのはいつもの帰り道のほうではないのですか」
万里花の足が止まる。目の前には二又の道。赤木の言葉がなければ、ノンストップで通ったであろう分かれ道。
赤木「くく、反対の道もそう悪い選択じゃない。用事があると言って出ていったんだ。となれば駅前に続く反対の道という選択肢もありうる……」
万里花「でももし外したら……」
赤木「今、俺たちは誰よりも早く学校を出てきたが、まもなく敵も動く、いや、すでに走ってきているだろう。ここで順当の帰り道を選べば、やがて敵と遭遇する。そうしたら、仮に坊主がその道の先にいたとしても、勝ったとは言えまい。結局はライバルと同じ土俵の上……むしろ相手のほうが優勢な分、五分の結果となるのは難しい」
万里花「……選べ、ということですか。いちかばちかの道を」
赤木「嬢ちゃんにとって、もとの道を行く方が安心かもしれない。なんたって負けたところで敵を二人きりにすることはない。だが、それは勝利への道ではない……。ライバルたちと同じことをしてただ安心する……。そうじゃないぜ、勝つってこと――。勝ちたいなら、出し抜け、ライバルを」
赤木の言葉に、万里花は目が覚めたような気分を味わった。
万里花(……そうでした。結局同じ場面、同じことをしても桐崎さんに負けてきたではありませんか。悔しいけど、相手と同じことをしてもダメ。何度、その悔しさを繰り返すのですか……!)
万里花「上等ですわ。その勝負、受けて立ちます!」
赤木「そうさ。逃げてちゃ始まらない……深い闇に身を投げ出してこそギャンブル――成功への一里塚だ」
万里花は向きを変え、帰り道とは逆の道を歩き出す。赤木もそれに続く。
内心、万里花の心は震えていた。桐崎千棘は間違いなく、順当な帰り道を走っているはず。ここでしくじれば楽との時間を失う。
それはもう後がなく、タイムリミットのある万里花にとっては痛手。
――本当にこちらの道でよかったのか。今なら、まだ引き返せる……。
不安の中で一歩ずつ、足を踏み出していく。
赤木「雨か……」
赤木のつぶやきに万里花も空を見上げる。そして持ってきた傘を差す。そしていくばくもしない間に、大雨へと変わっていった。
万里花「まるで空が、敗北したことを知らせているみたいですわね……」
赤木「どうだかな。むしろ勝負師の勘としては、この雨はむしろ天啓。良い流れさ」
万里花「それは、なぐさめの言葉ですか?」
その問いかけには答えず、赤木は歩き続ける。万里花がだんだんとうつむいていくのとは反対に、赤木は前を見続けている。ただ道の先にある答えに、身をゆだねていた。
「前を向きな、嬢ちゃん」
「……あっ!」
「いつもそう……地獄を潜り抜けた先に、ひょっこり勝利の女神はいるもんだ……!」
赤木が不敵な笑みを浮かべ、前を指す。その指の先、視線の先には、木の陰で雨宿りする青年。
万里花「ら、楽様……!」
万里花が駆け寄る。木陰で立ち往生している楽もその声に気づいて振り向く。
楽「おお、橘。どうしてこんなところに」
万里花「なんとなく、こちらに楽様がいたような気がしましたの」
楽「お前エスパーかよ」
万里花「楽様専用の超能力ですわね。それで楽様はもしかして、傘をお忘れになってしまいましたのですか」
楽「運悪くな。飼育小屋の屋根が壊れてたから、ブルーシートかなにか買ってこようかと思ったんだけど、俺が先に濡れちまってさ」
万里花(なるほど、おじい様が散策と言って校内を回っているときに、このことに気づいたのですね。だから、帰り道ではないと読んだのでしょう)
万里花「あら、それでは一緒に参りましょう。相合傘ですわ」
楽「おう、さんきゅ……っておい、そんなひっつくなって」
万里花「だって濡れてしまいますし、これは不可抗力ってやつですわ」
万里花がひっつく。楽ももうあきらめたのか、まんざらでもないのか、もう抵抗することはやめた。
楽「あーあ、まったく、今日はツイてねーよ。雨が降る前に戻ってこようとダッシュしてたのに。結局歩く羽目になっちまった」
楽の言葉に、万里花は目を見開いた。
万里花(……そうですわ。この道、ただ選択してもダメなんです。雨が降らなければ、結局は追いつけないし、楽様について走るなんてもってのほか雨宿りしなければいけないという、いわば楽様にとって不運の流れがなければいけない)
万里花(赤木のおじい様は、いったいどこまで読んでいたのでしょう……。いま雨が降ることをもあるいは――)
万里花は赤木のほうを振り向く。赤木は二人の会話なぞどこ吹く風といった素知らぬ顔をしている。
ただの運否天賦ではない。現実を見つめ、理の先、その深い渓谷さえ飛び越えていく度胸、理外のセンス。それが勝負師――赤木しげる。
――
数日後
楽の隣の席を勝ち取り、さらに放課後デートを実現させた。しかしそれでも、俵に足がかかっていることに変わりない。
実際、普段の学校生活において千棘と楽の交流は多い。
神社の祭りの際には“偶然”出会った千棘と楽がデートとなる。記憶をなくした際も、結局はあの娘の家に泊まった。
これではじり貧。隣の席をものにはしたが、水はあけられている。
万里花「ということなので赤木のおじい様、楽さまにあげる誕生日プレゼントで一挙にあのゴリラをぶっ飛ばしたいのですが、なにを渡したらいいでしょう?」
赤木「……なぁ嬢ちゃん。俺の記憶が正しければ、誕生日プレゼントってそんな暴力的なもんじゃねぇはずだが」
「いえいえ。好きな男の子のため、女の子はライバルのプレゼントよりも喜びそうなものを渡す。これは女の子たちによる闘い、戦争ですわ!」
「そうかい。だが、誕生日プレゼントを選ぶなら、こんな墓地に来るよりもデパート行った方がいいんじゃねぇのか」
万里花「もう、冷たいですわね。ちょっとは協力してくれてもいいじゃないですか」
赤木「ま、協力したいのは山々なんだがな、こちとら戦前生まれのじじいだ。今の子達がなにを好きなのかは皆目、見当がつかねぇ」
万里花「むう、困りましたわ……」
万里花が腕を組み、うなる。その姿を見て、赤木がため息をつく。
赤木「……で、その坊主の誕生日ってのはいつなんだ?」
万里花「ちょうど一週間後の日曜日です」
赤木「なら、ぎりぎり時間はあるな」
万里花「な、なにか秘策があるのですか!」
赤木「秘策じゃない。ただ、発想を変えな」
万里花「発想を?」
赤木「そうだ。ほしいものを当てられないならば、こちらが持っているものを欲しがらせばいい。追うだけが狩猟ではない。罠を掛け、待つのもまた一興というもの」
万里花「なるほど! たしかにそうですわ。……で、なにで待てばいいのでしょう」
赤木「そんなもん自分で考えな」
万里花「えー」
赤木「その坊主のことを一日何時間考えてるか知らねぇが、それだけの時間を費やしているのならば、どこかにヒントがあるはずだ」
万里花「年中無休24時間体制で考えておりますから、思い返すだけで時間がかかりそうですわ」
赤木「……いいか、嬢ちゃん。前々から思っていたんだが、嬢ちゃんの攻め方はちと単調すぎる」
万里花「む、どういうことですか」
赤木「その真っ直ぐな姿勢は、生き方としては評価したいとこだが、こと現実で戦うにはあまりに不恰好だ」
万里花「なにを言っているのですか。恋愛は攻めるのみです」
赤木「がむしゃらに突撃して落とせるなら、そんな簡単なことはない。だが、人の心は得てしてそう単純ではないさ。変えてみな、闘い方を。守りを固めた敵を打ち崩すのは難しいが、おびき出された敵は雑魚同然。まずは、敵を防御壁の中から誘い出すこと」
万里花「誘い出す、ですか」
赤木「ようは、誘われても仕方ない理由をこちらが用意してやればいい。自分のせいではない、仕方なかったと。相手の心に逃げ道を作ってやるのが肝さ。やり方は、おいおい教えるとしよう」
万里花「なるほど。なんとなくですが、分かったような気がします。ではまず、楽さまが好きになりそうなものを探してきますわ!」
赤木「ふふ、頑張ってきな」
――
翌朝 登校道
万里花「楽さま、おはようございます」
楽「うぇっ! ……ってあれ?」
万里花「どうしたのですか?」
楽「いや、いつもなら抱きついて来たりしたのになぁって」
万里花「あら、そちらの方がお望みですか」
楽「いやいや、それは勘弁してくれ」
万里花「ふふ、今日のわたくしは一味違いますわよ。実はですね――」
鶫「おや、お嬢、どうされたのですか。橘万里花を止めにいかないとは珍しいですね」
千棘「なんか……入りづらいのよ。いつものように奇天烈なアプローチを万里花がしてくれれば、簡単に割って入れるのだけれど。こう、自然と二人の空間になってるとね」
鶫「お嬢らしくありませんよ。お嬢はあの男の彼女なのです。なにも気にすることはありません。ただ二人の間に割って入っていけばいいのです」
千棘「うーん……いや、なんか今割って入ったら負けた気がするわ。教室が勝負よ!」
――
鶫「休み時間も、さりげなく二人で会話されていますね」
千棘「ぐぬぬ……」
鶫(現状の立場は、お嬢にとってつらい。お嬢は席替えの時、最後の最後であの男のとなりの席に着くことはできなかった。近くの席にはなったが、橘万里花の方が先に一条楽へ話しかけることができる。イニシアティブは常にむこうに持っている。だが、それ自体は大きな問題ではない。そう、それよりも目下の問題は――)
鶫「橘万里花は、今までとは大きく戦略を変えてきていますね」
千棘「えっ、そうなの?」
鶫「よく二人の会話を聞いてみてください。橘万里花の会話の切り口がまるで違います。直線的に伝えるのではなく、一度疑問文を挟んでから本題へ入っていく。単純ですが、確実に相手の関心を自分へと持っていっています。まるでまき餌を放ち、獲物が罠にかかるのを待つ老練の猟師のよう」
千棘「まさか、あの万里花が頭を使ってくるなんて……」
鶫「だれかの入れ知恵かもしれません。ともかく、まずは二人きりの空間を壊しましょう」
千棘「どうやって?」
鶫「私たちは友達という立場です。小野寺さまたちも誘って一条楽のもとへむかえば、自然と大人数での会話となります。そうすれば二人での会話は急減します。あとは、うまくお嬢が会話の主導権をにぎって万事解決です」
千棘「そうね! じゃあ小咲も誘って殴りこみにいきましょ!」
鶫(とはいっても、これは急場しのぎの策。二人きりで楽しく会話をしたという事実は消えない。ここは最小限の被害でおさえ、一条楽の誕生日会で引き離すしかない。となれば……)
――
誕生日会当日
赤木「で、嬢ちゃんは誕生日プレゼントは決まったのかい?」
万里花「もちろんですわ。じゃじゃん、これです!」
赤木「これは……包丁?」
万里花「そうです。あのときのおじいさまの言葉をヒントに、楽さまが興味を引きそうなものを考えました。そうしましたら、楽さまはよくお弁当を作ってきますが、飾り切りをしたものは見たことがないのを思い出しました。なのでこの一週間、私は飾り切りのコツなどを教えていきましたわ」
赤木「ふーん、なるほど」
万里花「この包丁は一つに見えますが、中には様々な状況に応じた包丁が入っており、飾り切りをするにはまさしくうってつけです。この一週間の成果が出ていれば、楽さまはこの包丁に興味をもってくれるはずです」
赤木「おもしろい。嬢ちゃんもやるじゃねぇか」
万里花「ほんとですか!」
赤木「まだ勝ったわけじゃない。だが、上出来さ」
万里花「ふふ、楽しみですわ。楽さまの喜んでくれる笑顔が思い浮かびます」
万里花は楽の家に着くと、チャイムを鳴らした。
楽「どちらさまーって、おう橘か」
万里花「おはようございます、楽さま。それと、お誕生日おめでとうございます」
楽「ありがとな。まあ中にはいってくれ。おーい、橘がきたぞー」
万里花「うう我慢できません! 歳を重ねられてまた一段とカッコいいですわー!」ダキーッ
楽「ごふっ! 攻め方変えたんじゃなかったのかよ……」
万里花「緩急ってやつですわ」フフン
集「あ、万里花ちゃん。遅いよー、もう桐崎さんもきちゃってるぜ」
万里花「なんですと!」
ばたばたとしながらも誕生日会は始まった。楽の家はヤクザ一家ということもあり、お祝いをする人数自体は多いゆえ、宴のたけなわには近所迷惑必至な騒ぎともなった。
万里花(もういいでしょう。今がプレゼントをわたす絶好のチャンスですわ)
万里花「ではそろそろ、皆さまのプレゼントを楽さまへお渡しする時間としませんか?」
集「お、そうだねぇ。あやうく忘れるところだった。じゃまずは俺から~」
鶫「……フフ」
赤木「……」
集からるり、小野寺と順にプレゼントをわたしていく。みな、奇抜なものはない。安パイともいうべき代物。その品々をみて自信をもつ万里花――とその背後に立つ鶫。
万里花「わたくしからはこちらになります」
楽「おう、ありがとう。お、包丁か」
万里花「ええ。それは多様な種類のものが入っております。楽さまの得意な和食料理は繊細な包丁さばきを必要としますから、それがあればなおのこと見栄えも味もよくなるでしょう」
楽「たしかに、橘から教えてもらった飾り切りも、普通の包丁だとけっこう難しかったんだよな。ありがとな、大切に使うわ」
万里花(やった! これはいままでのプレゼントの中でも好感触ですわ!)
万里花の喜び。その喜びもつかの間だった。
鶫「おや、橘万里花も包丁を選びましたか」
万里花「えっ……? も、ってまさか……」
鶫「ふふ……その予想通りです。私のプレゼントも、まさしくそれ……!」
万里花(そ、そんな……!)
鶫が出したもの、それは万里花のものとメーカーさえも一緒のもの。
赤木(あの野郎……確実に嬢ちゃんを仕留めにきた。プレゼントでこの手のことをやられたら終わりだ。どんなに秀逸な一品であったとしても、二つは余計。意外性もなにもあったものじゃない)
鶫(ふふ、橘万里花の学校での行動を観察すれば、どこに罠が仕掛けられているかなど容易にわかる……。お嬢の邪魔は何人にもさせない。一条楽の一番はお嬢だけで充分。私はその背後、二人を見守ることができればそれでいい。それが私の幸せ。そのためには、どんなことだってする……!)
集「あちゃー、かぶっちゃったか。どうするのよ、楽」
楽「え、あ、うーん。まぁ、二つとも大切に使わせてもらう。包丁は刃こぼれしたりするからな。むしろ二つあった方が安心だぜ」
集「やるねぇ、楽」
鶫(言葉では取り繕っても、一条楽のプレゼントへの関心は弱々しい。さぁお嬢、ライバルは消え去りました。今こそ格の違いを見せるときです)
千棘「つ、つぎはわたしね。ほ、ほら、愛しの彼女が一生懸命つくったものなんだから、大切につかいなさいよ!」
楽「お、おうありがとう。これは、マフラー?」
集「手編みのマフラーとか羨ましいなぁ、楽!」
楽「……ありがとよ。大切に使わせてもらおうかな」
橘(マフラー、それも手編み……!? やられましたわ……)
鶫(ふふ、今さら気づいたって遅い。手編みのマフラー……それは恋愛の定石、王道ともいえる、古今東西にて出し尽くされている戦法。だがそれは、皆がその効果を認めていることの裏返し)
鶫(ゆえに本来ならば、他のライバルと被ることが最も高い代物。だが、唯一最大のライバル橘万里花は王道を捨てた。ゆえにお嬢の王道は精彩を欠くことなく、まさしく絶対無比の武器となり、万里花を一刀両断した)
鶫(ふっ……奇をてらうなど浅はか。恋愛とはとどのつまり、いかにして王道を貫くことができるかというもの。邪道はどこまでいっても邪道……王道をしのぐことはできない)
赤木「くくく、おもしろい。敵にも策士はいたようだな」
万里花「おじい様……わたくし」
赤木「ここまでやられたら、こっちも黙ってはいられねぇな。やり返すぜ、嬢ちゃん」
万里花「! はい!」
万里花の研ぎ澄ました刃は束の間の輝きを失い、鉄くずへと変わり果てた。千棘に詰め寄るはずのこの大一番は、まさかの大敗。
だがそんな中でも、赤木は諦めようとはしない。そして万里花も、立ち上がり続ける。勝負は、まだ終わってはいない。
今日の投下は以上です。
明日も同じ時間ぐらいに投下します。
おつー
面白いな、これ
>守りを固めた敵を打ち崩すのは難しいが、おびき出された敵は雑魚同然
それと、カッコいいな、この台詞
鶫さんが恋愛で有能だと…!
一筋縄ではいかないねー
アカギはそのまま本編のまりかも救ってくれ…
それでは投下を再開します。
――
翌日 学校
千棘「なんだか万里花、ぜんぜんへこたれてないわね」
鶫「確かに、隣の席ということを差し引いても依然として変化は見られませんね」
千棘「むーん」
鶫「決定的な差ができたのですから、もうお嬢が橘万里花の前でキスでもすれば終わる気がするのですが」
千棘「え!? いや、それはその……ね!(それができたら苦労しないわよ……)」
鶫「そう奥手になっていますと、また橘万里花につめられるかもしれませんよ。一条楽も、それこそもっと積極的に引き離せばいいのに。人がいいのか浮気性なのか」
鶫(一条楽は橘万里花になびいてはいないだろうが、だからといって放置はまずい。お嬢と一条楽の進展は亀よりも遅いのだから、もたもたしているとまた詰め寄られる可能性が高い)
千棘「もしかしてあのもやし、万里花に心移りなんかしてないでしょうね……」
鶫「そんなはずありませんよ。お嬢は宇宙一かわいいのですから、天地がひっくり返ったってありえません」
千棘(今まではなんだかんだで私と楽が一緒になる機会が多かったのに、最近は気が付けば万里花がいる……。このまま二人が接近なんてあったら困るし、ちょっと万里花を監視するしかないわね)
万里花「おや」
赤木「どうかしたか」
柱<ジーッ
万里花「なにか視線を感じますわ。ゴリラ的な」
千棘「どうしてゴリラにつながるんだコラァッ!」
万里花「あらまぁ、ちょっとしたジョークです」
万里花(しかし、こう見られていてはやりづらいですわね)
赤木「くくく、訝しがることはねぇさ。これは敵の焦り。そう敵も余裕ではない証拠だ」
――
鶫(橘万里花はへこたれず、機とみればアプローチを試みている。いつもはお嬢と楽が自然とペアになっていたのに、ここぞという場面で橘万里花が持っていく場合が多い。これもやつの策略か。今日は駅前のデパートでカップル向けのイベントもある……。ここで決着をつけてしまおう)
鶫は思案すると、万里花の席まで向かった。
鶫「橘万里花、ちょっと良いか」
万里花「あら、あなたから話しかけてくるなんて珍しいですわね。なんでしょうか」
鶫「実は今日、お嬢や小野寺様たちと一緒に商店街にあるケーキバイキングの店に行こうということになったのだが、貴様もくるか」
万里花「ケーキバイキングですか」
鶫「今回は一条楽も来るぞ」
万里花「いきます! いかせていただきます!」
鶫「そうか。じゃあ放課後は校門前で待っててくれ」
万里花「はい!」
赤木「……」
万里花「楽さまも来るそうですわよ、赤木のおじい様。これはチャンスですわ」
赤木「そりより嬢ちゃん。あの男は何者だ?」
万里花「ああ、彼女は男装をしておりますがれっきとした女の子です。名前は鶫誠士郎。
幼少期から特殊訓練を受けていたらしく、あのゴリ……桐崎さんのボディガードをしておりますわ」
赤木「ほう、なるほど……」
万里花「どうかしたのですか」
赤木「おそらく、やつが敵の参謀だろう」
万里花「え、鶫がですか」
赤木「思いもかけず、反撃のチャンスが来たぜ」
万里花(赤木のおじい様は鶫から何かを感じ取ったのかしら。赤木のおじい様の鋭さは神懸かり的ともいえますから、恐らくなにかあるのでしょう……)
赤木「ほら、耳を貸せ」
万里花が耳を寄せると、赤木が一つの策を話す。
万里花「かしこまりましたわ。ただ、今はなにか準備することはありますか」
赤木「今はまず、自分のやるべきことをきちんとこなしな」
万里花「あら、そうでしたわ。わたくしのやるべきこと……」
万里花「楽様、教科書のここ! ここを教えてくださいまし!」
楽「だから保健体育は教えねぇって!」
――
鶫「お嬢、少々よろしいでしょうか」
千棘「どうしたの、鶫?」
鶫「今日、駅前のデパートでイベントがあるのは知っていますか」
千棘「あー、そういえばクラスの子たちが言ってたわね。それがどうしたの?」
鶫「実は放課後の約束ですが、一条楽には集合場所を空き教室と伝えておきました。
これで橘万里花には見つからないはずです。ぜひ、二人で抜け出してご参加ください」
千棘「えっえっ!? た、たしかに私たちカップルだけども……」
鶫「迷っている暇はありません。うかうかしていますと、またやつが動くやもしれません」
千棘「うっ確かに」
鶫「幸いにして、橘万里花は私が誘った約束に乗ってきました。私がやつを拘束している間に、出し抜いてしまうのです」
千棘「うーむ……分かったわ。やりましょう」
鶫「ご英断ありがとうございます。ただ、橘万里花にばれぬためにも、ご内密に……」
――
放課後
万里花「それでは、先に校門前で待っておりますわ」
鶫「ああ、分かった」
鶫(なにか策を打ってくるかもと思っていたが、橘万里花はあっさりとこちらに乗ってきた。最近の動きから策略に長けているかもと思っていたが、考えすぎか)
万里花(ふふ、油断していますわね)
赤木(くくく、仕掛ける側は得てして、自分の望むように現実をとらえてしまうもの。嬢ちゃん、分かってるな?)
万里花(はい!)
万里花は教室の扉を開けると、校門のほうへと向かっていく
鶫「お嬢」ボソッ
千棘「分かっているわ……」
千棘は万里花とは別方向へ走り出す。目標は空き教室。
楽(ったく、なんで放課後寄り道するだけなのに、待ち合わせを空き教室なんかにするんだ? ……ま、鶫が怖えーから口には出さないけどな!) ガラッ
楽「お、千棘一人だけか」
千棘「あら、わるい?」
楽「べつに悪いわけじゃねぇけど」
千棘(きた……。ここで言わなければ)
千棘が勇気をもって声を絞り出そうとしたとき、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
楽「な、なんだ!?」
楽が扉を開け、外を確認する。すると、楽を見つけた教師が駆け付けた。
教子「どうやら火災警報機が作動したらしい。すまないが、むこうの教室にいったん集まってくれないか」
楽「分かりました。行こう千棘」
千棘「うん……」
千棘(こんな時間に警報機……? まさか……)
二人が空き教室を出て間もなく、教室の前に立つ人物を見て千棘はすべてを理解した。
万里花「あら、お二人とも。集合場所は校門前ではなくて?」
千棘「万里花……!」
万里花「抜け駆けはいけませんよ。せっかく約束をしたのですから、みんなで遊びましょう?」
楽「? ああ、もちろん」
千棘(はかられた……。おそらく、警報機を押したのは万里花……学校中を探す時間的余裕はないとみて、いぶりだす作戦にでたのね)
忸怩たる思いで、こぶしを握り締めた。万里花は不敵にも笑みを浮かべている。
このとき、千棘はようやく認識した。自らが進む勝ちへの道……その道にはまだ大きい壁が立ちはだかっていることを。
――
教子先生に解放され、三人が校門前に現れる。
集「おー楽、おせーじゃん。なになに、三人でラブラブしてたわけ?」
鶫「ぬぁに……!?」カチャッ
楽「ちがうちがう! たまたま会っただけだって!」
万里花「まぁラブラブというとこは否定できませんわね」
鶫「イチジョウラク……コロス」
楽「ははは……橘は火のないところにガソリンをばらまくのが上手だなぁ……」
鶫(……抜け駆けは失敗したか。まぁいい。次のケーキ屋で自然と抜け出せればいい。二人は恋人同士なのだから、抜け出す言い訳などどうとでも作れる)
鶫は次の戦場での成功を祈り、楽を殴り飛ばした。
――
千棘「ついたー! さぁ鶫、食べるわよー!」
鶫「はいはい、一度に持ってくるのはお盆に乗っかるまでですよ」
るり「……」ジュルリ
小咲「るりちゃん、よだれ……」
楽(なんたるカオス)
店員「あ、あの、ご注文……」
楽「連れがバカですいません、はい。このケーキバイキング90分コースでお願いします」
千棘「え、ここナイトパックとかないの?」
楽「おまえはここで泊まる気か」
集「あ、俺アイスコーヒーひとつ」
万里花「楽さま楽さま、この「イチャラブ!君とはすでにゴールインジュース」一緒に飲みましょう!」
楽「あーあー、注文は以上でーす」
千棘「楽なにもたもたしてんのー。早く来ないとなくなっちゃうわよー」
楽「バイキングで何を言って……あいつならやりかねんな……」
「あ、楽さま――」
楽に合わせて、万里花もついていく。だが、それを赤木が制した。
赤木「くくく、嬢ちゃん、わるいが呑気にケーキ食べてる場合じゃないな……」
万里花「あら、なにか不審なうごきはありましたか」
赤木「敵にとって最初の策がすべてだったはずだ。それが破れた今、遠回りな策を練っている暇はない。次はもっとストレートに動いてくる……」
万里花「では、さきに楽様をさらってしまいましょうか」
赤木「フフ、それができればこの上ないんだが、そうすると坊主の心証が悪くなる。なに、無理をすれば隙が生じる。そこを突いて、ひっくり返すさ」
万里花「隙?」
赤木「そうだ。が、それを突くためにはまず、舞台を作らねばな」
万里花「かしこまりました。それでは、どのようなことを?」
赤木「まずは、坊主の興味のなさそうなケーキでも教えてもらおうか。そして、それと……」
そういうと、赤木は万里花に耳打ちをした。
赤木の謀略とは裏腹に、特段なにか起きることはなく、つつがなくバイキングは終わろうとしていた。
鶫(よし、何事もなくここまでたどり着いた。あとはさりげなくお嬢と一条楽のデートへと持ち込ませるだけ)
鶫「こほん、そういえばお嬢はこのあと何かご予定はおありですか」チラッ
千棘「! そ、そうだわ思い出し――」
万里花「わたくしはこのあと、楽さまと駅前のデパートへ行く用事がありますわねぇ」
千棘「なっ!」
楽「え、聞いてないけど」
万里花「言っていませんもの」
集「それってあれかい。カップル限定のイベントがあるっていう」
万里花「まぁ、よく知っていますわね。まさしくそれですわ」
鶫「ちょ、ちょっと待て、橘万里花! 一条楽はお嬢の恋人なのだぞ。なんで貴様と行く必要がある!」
万里花「あら、愛があれば地位も形も関係ありませんわ」
鶫「そういうわけあるか!」
千棘「そ、そうよ! ダーリンは私のものなんだから!」
万里花「では仕方ありませんわね。桐崎さん、楽様をかけて私と一勝負といきましょうか」
鶫「ば、何を言ってるんだ! なぜお嬢がわざわざ貴様と勝負をしなければならんのだ。勝負をせずともイベントに行くのはお嬢で確定事項だ! 異論は認めん」
万里花「ふふ、そうかっかしないで。もう少し冷静にお考えください。現実問題として、そう無理やりに決めてもいいことはありませんわ」
鶫「ばかばかしい。話にならんぞ」
万里花「そうですか。ところで舞子さんは、この後のご予定はおありで?」
万里花はふと集へと目配せをする。それでなにかを察したのか、集はとぼけたように言った。
集「いんや、なんにもないだなぁこれが」
それはあらかじめ決められていた答えだった。
万里花「なら、わたくしと一緒に付き合ってもらいませんか。桐崎さんたちのデートを冷やかすお手伝いに」
鶫「なっ!」
集「お、面白そうだねぇ。乗っちゃおうかな」
楽「おいおい……」
鶫(やられた……! 後ろから茶化されたら、デートもなにもない。ただの学校の延長。そんなんじゃ、一条楽との距離を縮められるわけがない……)
万里花「ふふ、状況は察していただけましたか。鶫さん、桐崎さん。改めて聞きますが、わたくしとの勝負、受けていただけますか」
千棘「……分かったわ。やってやろうじゃない! その代わり、勝ったら絶対についてくるんじゃないわよ!」
万里花「桐崎さんもですわよ」
千棘はこぶしを握り締め、万里花を睨む。
赤木(くくく、そうさ。立ち向かわなければ、嬢ちゃんの猛攻はかわせない。
ここで打ち破らなきゃ、俺と嬢ちゃんはいつまでも立ちはだかり続けるぜ。勝利が欲しければ、今、挑み、今、打ち倒すしかない……)
鶫「な、ならば私も参戦しよう!」
万里花「鶫さんもですか?」
鶫「そうだ。いいか、私を破らなければ、たとえお嬢に勝ったとしても私が貴様のデートを茶化す!」
万里花「まぁ、それならば仕方ないですわね。認めましょう」
るり「ちょっと待ったぁ!」
突如、るりが声を上げた。そして小野寺の後ろに回り込むと、その背中を張り飛ばした。
るり「こほん。小咲が一言あるって」
小咲「えっえっ……?」
赤木(ほう……)
赤木、ここでおおよそのことを察する。罪づくりな坊主を冷やかに一瞥したあとにである。
小咲「え、えっとその……」
鶫(まさか、小野寺さまも……。いや、恐らくこれは橘万里花の差し金だ。私が参戦した際に数的不利を補うように、裏工作で味方に引き入れていたに違いない)
るり「小咲もあのイベントで手に入るぬいぐるみ欲しいとか言ってなかったけ」
小咲「! ……じ、じつはそうなん――」
鶫「ならば、そこの舞子集と参加すればよろしいのでは?」
小咲「えっ、あ、あの……」
鶫「なにもわざわざ勝負せずとも、そちらのほうが確実にイベントに参加できましょう」
小咲「それは……その」
小野寺の声は徐々にとぼしくなっていく。
るり(なにやってるのよ、言い返せ、小咲!)
赤木(ふふ、あのお嬢ちゃんもまた、縛られた三流……。積み上げた体裁もまた、結局は生き方をしばり、ろくに動くことができない。
……分からないかい、お嬢ちゃん……? 次の一歩……その一歩が踏みこめれば、この流れを変えられるんだぜ……?)
小野寺から反論の声は聞こえない。苦虫を噛みつぶしたように、るりの表情が険しくなる。
だが、無情にも小野寺を待たずしてことは進む。結局、三人での勝負となった。
――
鶫「では、勝負の方法だが」
集「それならさ、せっかくケーキがあるんだし、食わず嫌い王みたいなことをやらない?」
鶫「食わず嫌い?」
集「そ。そのまんまの通りで、相手の嫌いな食べ物を言い当てるというものさ。万里花ちゃんも知ってるでしょ?」
万里花「まぁ、聞いたことはありますわ」
鶫「お嬢は知っていましたか」
千棘「いや、私もまだ日本に来て間もないし、初めて知ったわ」
万里花「わたくしは、その勝負でかまいませんわ」
鶫「そうか、ならばその勝負にしよう。ただし、一つ条件がある」
万里花「条件?」
鶫「この勝負、三人同時に闘うのではなく、まず私と橘万里花が戦い、貴様が勝てば次にお嬢と戦えるようにしてもらう」
万里花「えっ……」
鶫「お嬢と一条楽はもともと熱々のカップルなのだ。そのお嬢が恋人を賭けているのだから、これくらいのハンデは当然だろう」
万里花(赤木のおじいさま、どうしましょう?)
赤木(くくく、どうもこうもない。これはむしろ願ってもないこと……。受けよう。ただ、こちらもささやかながら条件を付けさせてもらいな)
万里花「かしこまりましたわ。理由は癪ですが、条件は飲みましょう。ただ、あなたとの勝負が加わった以上、勝負のルールを少し変更いたしましょう」
鶫「変更?」
万里花「そうです。わたくしが鶫さんと勝負をすれば、たとえ勝ったとしてもわたくしの嫌いなケーキの目星はある程度ついてしまいますわ。
その状態では、さすがに勝負とは言えません。なので、桐崎さん。あなたとの勝負は、どちらが楽様にふさわしい女性であるかを決めることも
兼ねて、楽さまの好きなものを当てるというものではどうでしょうか」
鶫「ちっ……」
赤木(ふふ、そう思い通りにはならねぇさ)
千棘(楽、あんたまさか万里花に好きなもの言ってないでしょうね)チラッ
楽(い、言ってない言ってない)ブンブンッ
千棘「……それもそうね。いいわ。どちらがダーリンに相応しいかを決めようじゃないの」
万里花「話が早くて助かりますわ。それでは次に、わたくしからも一つ条件を出します」
鶫「まだ出すのか!」
万里花「今のは勝負の取決めみたいなものです。でも、この条件も取決めみたいなものですわ。最初の鶫さんとの勝負は、相手の嫌いなものを当てた方が負けということにしましょう」
鶫「?」
万里花「ふふ、レディたるもの、相手を不快な想いにさせてはだめですわ。相手に心地の良い時間を過ごしていただく。それでこそ、楽様にふさわしい女性ですもの」
鶫「ふん。勝手にしろ」
万里花(やった、やりましたわ! 赤木のおじい様)
赤木(ナイスプレーだぜ、嬢ちゃん……。この変更の肝が分かってないようじゃ、敵に勝ち目はない……。
このルール、これこそギャンブルの本流……。こちらのほうが、敵の恐怖を絡め取りやすい……)
万里花「では、始めましょうか」
集「よし、じゃあ俺が審判しよう! ルールは簡単! この紙に自分の嫌いなケーキの名前を書き、そのあとに嫌いなものを含めたケーキを五個選んで
それぞれ相手に渡す。その中から相手の好きそうなものを一つずつ選んで、嫌いなものを当てたら負け! おっけー?」
万里花「おっけーですわ!」
鶫「負けんぞ!」
集「ではレディースタート!」
集の掛け声とともに、二人は席を立ち、ケーキの陳列されたコーナーへと向かう。
鶫(ここまであらゆる謀略を駆使してきた奴のことだ。素直に嫌いなものを書いてくるとは思えない。
必ず、裏をかいてくるはずだ。これは単なるゲームではない。敵の手の内をどこまで読めるかという心理戦……!)
鶫はケーキの種類を眺めながら、記憶の網をたぐり寄せる。鶫もまた、才能もなしに暗殺稼業をやってきたわけではない。
周囲を観察する目は衰えておらず、だれが何を頼んだかはおおむね把握していた。
鶫(やつが頼んだものは、タルト系が多かった。素直に読めば、敵は5つの中に好みのタルトは入れてこないはず。
だが、それを承知で入れてくるのであれば、タルト系はまさしく地雷原……!)
鶫はちらりと万里花を盗み見る。万里花は鶫の視線に気づかず、気軽にケーキを選んでいく。
そして目星はつけたのか、ケーキを選び終わり、テーブルへと戻ろうとしていた。
鶫(橘万里花はなにをしかけてくるか……。くっ、あまり時間がない……)
橘万里花が背を向け、テーブルへ戻る。テーブル。背後の窓。夕焼け。
そのとき、鶫に電流が走った。
鶫(そうだ、あるぞ! やつの企みを暴く道……!)
ケーキを即座に選び、テーブルへと戻る鶫。そして紙に書くふりをして、周囲を観察。
そしてみんなの意識が自分に向いていない一瞬のスキを突き、万里花の奥の窓を一瞥する。その間、0.1秒の早業。常人には判別もつかないほどの一瞬の観察。
だが、鍛え抜かれた彼女の目は確かに捕えていた。窓に反射された万里花の紙を。
鶫(見えた……! 全部は書く手で見えなかったが、最後の文字はタルトだ。やはり、裏をかいてきたんだ)
鶫(しかもやつが選んできたケーキのうち、3個はタルトという徹底ぶり。3個となれば、最悪こちらが当たりを出すのは三回目ということもありうる。
勝とうとしているのに、そんなリスクを高めることを普通はしない。だからタルトは安全)
鶫(そう思わせる腹積もりだったんだろうが、読まれてしまえば意味はない。私の読み通り、タルトは地雷原……!)
集「誠士郎ちゃんは書き終わった?」
鶫「ああ、ではお願いする」
鶫が紙を集に渡す。
集「両者出そろいました! ではまず、ひとつめのケーキを選んでください!」
集の宣言ののち、万里花はためらうことなくひとつめにショコラを選び出す。続けて鶫もすぐにチーズケーキを選ぶ。
千棘(あれ……、チーズケーキはまだ万里花は食べてなかったはず……どうして)
鶫「悪いが、何度も裏をかけると思わない方がいい」
万里花「……」
出されたケーキを二人とも一口ずつ食べていく。が、両者ともに根を上げない。
集「一回目は、どちらもセーフ! セーフです!」
二回目の合図。その刹那に、鶫は二つ目のチーズスフレを出す。遅れて万里花も選ぶ。
万里花「……おや、それもまだわたくしが食べていないケーキですわ。そんな勘に頼っていて大丈夫ですの、鶫さん?」
鶫「ふっ、往生際が悪いな、橘万里花。これは私の読みから出た理論。お前の思い通りにはいかない」
万里花「ふふ……なら、その読みがずれているのでしょう……」
おもむろに万里花が紙をめくる。
鶫「なっ!」
鶫が愕然とする。紙に書かれていたのはチーズスフレ……! 彼女の読みは虚空を切った。
鶫(……! 紙の端にバツを書いてブルーベリータルトと書かれている……。奴は読んでいたというのか……私が背後の窓を鏡替わりにして盗み見ることを……バカな!)
鶫「ありえない……。分かっていたのか、私が後ろの窓を用いることを……!」
万里花「ええ、あなたが私の紙を盗み見ることは分かっておりました。だから、その裏をかいたのです」
万里花の言葉に、一同からざわめきが漏れる。が、その声は鶫に届かない。
鶫「ふざけるな! 私が必ず盗み見るとは限らないじゃないか! 私が気づかず、それこそ運否天賦に身を任せる可能性だってあるはずだ!」
万里花「わたくしは信頼していたのです。今回の勝負は、自分自身のためでなく、仕えるご主人のための勝負。となれば、忠誠心高いあなたは絶対に運否天賦の勝負をしてこない。必ず、勝つための術を探し出してくると。そして有能なあなたならば、この窓に必ず気づくと」
鶫「ばかな……! 偶然だ! こんなもの……」
万里花「ふふ、もとより危険な橋を渡らずして、欲しいものを手に入れようとは思っていません。敗れた時の覚悟など、九州を出るときにもう決めています……!」
勝敗の分水嶺、それは覚悟の差。万里花の人生を賭けた大一番の覚悟は、まさしく鬼気迫るもの。
そしてその覚悟は、赤木という狂気を内包して混ざり合い、今、神域へと到達しようとしていた……。
――
赤木「くくく、雑魚は蹴散らし、道は開かれた」
万里花「いよいよ本丸、ですわね……」
万里花の視線、その先は桐崎千棘。倒さなければならない人生最大の好敵手。
千棘はたじろぐ、彼女のその視線に。確かに、千棘は幾度も万里花と勝負をしてきた。だが、なぜここまで手汗握っているのか。
そもそもこの勝負自体が計算外。千棘の心は不安で揺れていた。
千棘(なぜ……! 私は今日、楽をデートに誘って、そして正式に付き合うつもりだった。本来、追いつめられているべきは万里花なのに……
なぜ、私が追いつめられているの……!?)
千棘も万里花をライバル視していなかったわけではない。だが、万里花をどこか遠い存在だと考えていた。
周回遅れで走っている相手のような、そんな余裕が心のどこかにあった。だが、今は違う。敵はまだ遥か後ろでも、確実に迫ってきている。
圧倒的猛追。この長いリードをものともせず、追撃。いずれは追いつかれる。そんな危機感が頭をもたげ始めていた。
楽(どうして、橘はあんなに頑張れるんだ……? 分からねぇ……そんなに大変なことだったっけ、恋愛をするって……?)
赤木「お嬢ちゃん、ここが攻め時だ。敵は今、思いがけない窮地で焦燥に駆られている」
万里花「ええ」
赤木「ここで、今ある差を一気に縮める。そのために、今一度……身を狂気にゆだねるんだ……」
万里花「……! 分かりましたわ……!」
集「ま、まぁいろいろあったけど、とりあえず万里花ちゃんと桐崎さんの決勝戦いってみよー!」パフパフ
万里花「お待ちください」
楽「どうしたんだよ?」
万里花「せっかくみなさんで盛り上げてくれたこの勝負。その優勝賞品が放課後の一回きりのデートとはなんとも見劣りするではありませんか」
鶫「なんだ、今さらもっと寄越せと言うのか!」
万里花「その通りです。聞けばお二人は最低でも週に一回デートをしているらしいではありませんか。そのデートする日、十日分の権利をわたくしにください」
千棘「な、なにを言ってんの。そんなの飲めるわけないじゃない! なんで私だけそんだけ賭けなきゃいけないわけ」
万里花「当然、タダではありません。こちらも条件を提示いたします」
千棘「な、なによ」
万里花「負けましたら、わたくしは楽さまをあきらめます。金輪際近づきません」
千棘「ほ、本当なの……?」
万里花「橘家の者は嘘をつきません。天地神明に誓います」
千棘「……そう、ならいいわ」
楽「お、おいちょっと待てよ」
唐突な成り行きに思わず楽が千棘を引っ張り、店の奥へと連れていく。
千棘「なによ、もう」
集「そうだそうだ」
楽「なんでお前までついてきてんだよ……」
集「万里花ちゃんからね、答えを教えないように見張っとけって言われたのさ」
楽「ったく……。そんなことより千棘、この勝負、まずいんじゃねぇのか。今日の放課後ならともかく、定期デートの日を十日もあいつに渡したりなんかしたら、
それこそクロードが黙っちゃいねぇぞ」
千棘「大丈夫よ、だてにあんたと何回もデートしてないわ。あんたが好きなもんはトップ10までお見通しよ。それより、これは絶好のチャンスなのよ。
あの子のおかげで、なんどクロードがぶちぎれそうになったことか」
楽(もう何回もぶちぎれてるけどな!)
千棘「こんな有利な闘い一つで、万里花に悩まされることにならないなら、受けないわけにはいかないわ。私を信じて、ね?」
楽「うーん……」
千棘「万が一万里花が楽の一番好きなものを知っていても、私も当てれば引き分け。そうすれば次に好きなもの、と順々に勝負は繰り返される。
いかに楽を大好きな万里花と言っても、私ほど知っているはずがない。これは勝てる勝負よ」
千棘の決意は変わらず、それに押される形で楽は承諾した。3人はふたたび席へ戻る。
集「あれ、本田さん来てたんだ」
本田「お嬢様の護衛も任務の一つですので、申し訳ありませんが遠くから監視させていただいておりました」
集「へぇ、でもそれならなんで今、出てきたんですか」
本田「それはお嬢様の身柄を確保するためです。この勝負次第でお嬢様は――」
万里花「本田……おしゃべりがすぎますわよ」
本田「申し訳ありません、お嬢様」
万里花「それより桐崎さん、この勝負、受けていただきますの?」
千棘「もちろん、受けてあげるわ。どちらがダーリンにふさわしいか勝負よ!」
集「決まりだな! では楽、そっちの紙に自分の好きなケーキの名前を書いてくれ。もちろん、窓を背にするなよ」
楽「わ、分かってるよ」
楽は紙とペンを持つと、空いているテーブルへと移った。
ケーキの総数は22個。その中から選ばれるのはわずか一つ。いずれを楽が書くか、心理戦が始まる……。
楽(ここは素直に書くべきか。千棘は当てられる自信があるみたいだから、好きなものを順番通りに書いていけば勝てるかもしれない。
だけど、そうすると橘のあの自信の説明がつかない。あの自信は勝てるという確信があるからなんだ)
楽(じゃなければ、あの橘が諦めるなんていうはずがない。本当に運否天賦の勝負なら、せいぜい一回か二回のデートと、数か月おとなしくするぐらいを賭けた勝負に留めるはずだ。)
楽(たった一回の勝負で、負けたので潔く引きますって、そんな簡単に割り切れるもんなのか……恋愛って。それとも、もう諦めがついていて、ダメもとの一勝負なのか。
いや、そしたらさっきの闘いの覚悟とつじつまが合わない。それに、俺と千棘が付き合ってると言っても諦めなかったやつが、唐突に諦めるか……?)
楽(なにかあるんだ。おそらく、勝つ秘策が。さっきの鶫みたいに、もしかしたら俺の手も読まれている? いや、それはありえない。こんだけ離れているんだ。それに偶然座った席。
盗撮も考えられない。……となると、もしかしたら集やるりあたりを通して嘘の情報が千棘に流れている……?)
楽(その情報に騙されているからこそ、千棘は自信満々なんじゃないのか。ということは、一番好きなものを書いたらあいつは外すかもしれない)
楽(橘ならどうか。三番目以降は危うくても、俺の一番二番目に好きなものぐらいなら当ててきそうだ。その可能性を考えると、一番好きなものを選ぶのはリスクが高い……)
楽のペンは一向に進まない。思考は泥沼へおちいり、抜け出すことのできないらせん階段をただ下りつづける。
千棘と万里花はすでに書き終え、集へ提出していた。あとはただ結果を待つだけであるが、それゆえに、この異常ともいえる長い待ちは千棘を不安にさせた。
千棘(なんで、なんでこんなに遅いわけ? 一番を書くだけじゃない。それとも、なにか万里花の裏をかこうとしているの?
そんなの、意味ないじゃない。順当に書けば、まず勝てる勝負よ。それにしても、なんで万里花はあんなに堂々としていられるの……)
恨みがましく、万里花を一瞥した。万里花は姿勢を正し、ただ楽だけを見つめている。不安などないのか、あるいは押し殺しているのか。疑惑だけが募っていく。
――もしかして、二人は通じている?――
万里花(赤木のおじい様……)ボソッ
赤木(弱さを見せてはだめだ、嬢ちゃん。不安なときほど毅然としていろ。大丈夫。あの紙には魔法がかけてある……)
赤木が不敵に笑う。
審判の時。長い時間の末、楽はようやく席へ戻った。
千棘「長かったじゃない。なにか企んでたの?」
楽「んなわけじゃねぇよ。ただ、ちょっとな……」
集「よし、じゃあさっそく判定といこうか! まずは桐崎さん!」
千棘「選んだのはこれよ。餅粉を使った和風ケーキ!」
楽「ぐっ……」
千棘「えっ……な、なによ」
楽の驚きに満ちた表情に、千棘が固まる。そして次に、万里花の紙がめくられる。 万里花の選んだものはショコラケーキ……。
万里花「わたくしは、楽さまは一番を選んでこないと考えました。信頼をしていないわけではありませんが、しかし、楽さまの表も裏も理解し、愛しているつもりです」
千棘(! 勝った……! ショコラはだいたい5位程度の代物。いくらなんでも最初に書くものではないはずよ)
千棘は胸をなでおろし、楽を見る。だが、楽の手は止まったままで、紙を開くことができていない。
集「楽? 早く楽の選んだものを見せなよ」
楽「あ、ああ……」
楽が紙を表に返し、テーブルの上へ置く……。それは万里花の覚悟の賜物なのか、またはまったくべつの力が働いたのか……。
一条楽の思考は吸い寄せられていた……まるで悪魔に魅入られたかのように……!
千棘「ショ、ショコラ……!? なんで!?」
返された紙に書かれていたのは、千棘の思惑とは全く外れた代物。楽の書いた文字を見た途端、万里花は倒れるように本田へとしがみついた。
万里花「う、うわぁぁん……! ほ、本田! や゛り゛ま゛し゛た゛わ゛……! えずかったとーよ……!」グスッ
万里花は震える足を支えるように、本田の胸の中で泣いた。そんな彼女を本田はしっかりと抱きとめる。
本田(すごい手汗だ。ほんとうに、恐ろしかったのだろう。人生を棒に振るか否かの大博打を打ったのだ。無理もない……)
本田「ええ、怖かったでしょう。ほんとうによく頑張りました……」
楽「す、すまねぇ」
千棘「どうして、どうしてなのよ……。ショコラは5位程度のものじゃなかったの……!?」
楽「橘のやつがあんな大博打みたいなことをやるからさ、もしかしたらと思って考えて、なんとか橘が外すようにと考えてたら……」
楽がしてやられたとばかりにつぶやく。
その言葉に、本田は一つの可能性に気づいた。
本田(……もしやお嬢様のあの大博打、あれは一条さんにここまで考えさせるための作戦……!? 自らの身を破滅の淵へ置くことさえも勝利への布石……?)
自分の胸で泣きじゃくる少女……。しかし一方、勝負の中で彼女は確かに見せた。
相手の心を読むばかりではなく、操ろうとする悪魔的発想……。そして、自らの身を投げ出す常識外の決断……。
本田(今、胸の中にいる少女と、常人の秤を超えた少女……。いったいどちらが本当のお嬢様なのだろう……)
万里花は泣き腫らした目をこすり、この勝利の立役者である赤木を探す。しかし、赤木は万里花に背を向け、店を後にしようとしていた。
その姿を認めるや、万里花は走り出した。
万里花「待ってください!」
赤木「どうしたんだ?」
万里花「どちらへ行かれるのですか……?」
赤木「……さぁな」
赤木はまるで散歩にでも言ってくるかのように、気軽にこたえた。しかし、万里花にはそれがどこか今生の別れのように感じていた。
赤木「くくく、なにシケたつらしてんだ。勝者はもっと歓喜にあふれてていいんだぜ。それより、タネが聞きたくて出てきたんじゃないのか?」
万里花「そ、そうですわ! わたくしには破滅上等でいけと言いながら、作戦については何も教えてくれなかったではありませんか! ほんとうにわたくし、怖かったんですからね!」
赤木「くくく、それはすまねぇことをした。ただ、あの場面では嬢ちゃんの真剣そのものの覚悟が必要だったんだ。そうじゃなければ、あの娘っ子には勝てなかった」
万里花「相手を動揺させる作戦だったというのは何となくわかります……」
万里花「ただ、ケーキの数は全部で22個ありました。楽さまも本当に好きなケーキを選んでくるとは限りませんから、純粋な確率としては5%以下です。
いかに相手を動揺させたとしても、この薄氷の確率をくぐらなければ到達できないはずです」
赤木「ふふ、その確率はこけおどし。嬢ちゃんもうすうす気づいているはずだ。敵の思考を読んでいけば、抜け道がある」
赤木が笑う。
赤木「まず坊主にとって、この勝負は適当に選べばいいってもんじゃない。あの娘っ子、桐崎とやらに当ててもらわなければ意味がない。つまり、やつの選択には理が混ざらざるを得ない」
赤木「危険なく選んでもらうためには、およそ好きなもの上位の10番目までだろう。それ以降のものを選べば、娘っ子が当てる確率も下がるし、10戦以上もやってはこちらが勝つ確率も出てきてしまう。
ゆえに、下位10個は捨てることができる」
万里花「だから、楽さまの興味のないケーキを教えてと言ったのですね。ここで切り捨てるために」
赤木「そうさ。嬢ちゃんの推論と坊主が今日食べた種類を合わせれば、10個ぐらいまでならそう落とすのは難しいことじゃない」
万里花「でも、まだ12個あります。正確な順位が分からない中、ここからどうしてあの1個を選ぶことができたのですか」
赤木「それは、嬢ちゃんのあの迫真の大博打の賜物さ。坊主はあの時、嬢ちゃんの気迫を感じ取って、必勝の策があると感じていた。
そして同時に、頭をよぎったはずだ。さきに行なったあの鶫って野郎との闘いが」
万里花(野郎……)
赤木「あの闘いで嬢ちゃんは敵をだまし、その裏をかいて勝利した。ならば、今回も騙されているのではないか。やつはそう疑ったはずだ。だが、自分を騙すような素振りはなかった。
ならば、桐崎千棘が騙されているのでは……? その疑惑が頭をもたげれば、もう思考は深い迷宮の中……疑惑は思考に粘着し、決して取れることはない」
万里花「まさか、鶫のあの申し出を受けたのはこれが目的だったのですか……!」
赤木「すべてを読み切っていたわけじゃない。ただ、これは勝負の常道みたいなものさ。自分を大きく見せ、相手を勝負から引きずりおろすこと。そのためにはどうしても欲しかった……
強者であるという幻影を。そしてその幻影が、あの二人の信頼にくさびを入れたんだ。」
赤木「結局、坊主は娘っ子が答えを外す可能性が捨てられないため、一位を書くことはできなくなった。ならば次に考えることは、こちらの読みを外すこと。桐崎とやらが的外れなことを書いても、
こちらも間違えてしまえば仕切り直しだ」
赤木「とくに桐崎も、最初に書いたものを外してしまえば、騙されていたと気づくはず。そうしたらあとは上から順当に書いていけばいい。それで娘っ子の勝利が確定する。
だから坊主は、一回目ではこちらが外し、かつそこまで上位から離れていないものを書いてくる」
赤木「くくく。となると、こちらが当ててきそうな坊主の好きであろう和風系は全滅。かつ、坊主が勝負前に食べた和風以外のケーキ4つも外される。すると残るは二つ。タルトか、ショコラか」
赤木「ここで坊主の理は切れた。あとは、不確かな偶然という闇。だが、それでも坊主は理を求めようとする。それだけが、やつの希望なのだ。強者から逃れるための唯一の光明……。
そして暗闇でもがき、たどり着いた終着点。それは恐怖のしみついた願望……前の勝負でカギとなったタルトよりも、まだ勝負に上がっていないショコラのほうが“安心”だ」
赤木が不敵に笑う。すべては手のひらの上とも言うように、彼の説明はよどみがなかった。
万里花(この方は、ただ頭が切れるだけではない。人の心の機微を知り尽くしている……。赤木のおじい様を相手に、安心を求めながら勝利を目指すこと……それはもはや狂気の沙汰……)
赤木「ふふ、嬢ちゃんもやるじゃねぇか。その歳できちんと覚悟を決めることができた。たとえ答えが分かっていても、重要な、人生を左右するような場面で決断するのは至難の業だ。
そこで腹をくくれたのは掛け値なし……掛け値なしの生き様だ」
赤木がふと空を見上げる。西日が、赤木の体を突き抜けた。その姿に、万里花は漠然とした不安を覚える。
万里花「赤木のおじい様……また明日も会えますよね」
赤木「……早く坊主のもとへいってきな。もたもたしてると、日が沈む」
万里花「おじい様……!」
万里花の絞るような声に、おもむろに赤木は振り返る。
赤木「……嬢ちゃん、わるいが俺はここまでだ」
万里花「どうして……」
いつもとは違う、赤木の真剣なまなざし。
赤木「この道の先、その光を掴むのは俺じゃない。お前自身だ」
優しかった赤木の厳しい言葉。それは万里花の中で棘として突き刺さる。
赤木「勘違いをするな……俺は手伝うといったが、最初から最後まで面倒見るわけじゃない……。老いぼれがしてやれるのは道を切り開くだけ。いつだって駆けるのは、若い奴の役目だ」
万里花「赤木のおじい様……」
赤木「行きな……道は開いている。自分らしく走り抜け」
万里花「……かしこまりました……。ただ一つだけ、約束してください。赤木のおじい様、またあの墓地で会いましょう!」
そう言って一礼すると、万里花は駆け足で店の中へと戻っていく。その姿を見届けて、赤木はゆっくりと目をつむった。
そのとき、万里花には見えていなかった。赤木の姿が陽炎のようにたゆたっていることを……。
――このあとの彼女の闘いを、赤木は知らない。ただ数日後、赤木の墓にはフグ刺しがおかれ、それにこたえるようにひと際大きな風が吹いた。
以上で完結になります。
つたない部分も多々あったかと思われますが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
乙乙
本当に面白かった
これ以上のニセコイSSは知らない
原作もこうなれ
乙
楽しかった
最後どうなったか気になるけど
乙!
乙
謎の感動があったな
自演ワロタ
おい
面白かったけど最後に自演しててワロタ
圧倒的ミスだな
まあまた書いてくれると嬉しい
乙
欲言えば小野寺サイドも何かしらほしかったな
微妙にフラグ立ってたようにも見えたし
>>1はもう書かないの?
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