咲「末原さん」 恭子「恭子!」 (38)


咲「……うん……うん。分かった。京ちゃん、じゃあね」ピッ

恭子「なぁ、きょうちゃんって誰なん?」

咲「え?ああ、ただの部活の連絡ですよ」ペラッ

恭子「部員にきょうちゃん言われるような人おったっけ」

咲「男子部員だから末原さんは知らないんじゃないですか」

恭子「男子部員?男子部員をきょうちゃんて呼んどるんか!?」

咲「えぇ、まぁ」

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恭子「……なんでなん」

咲「何でって……中学の頃からのつ……知り合いですし」

恭子「私ら付き合ってんのに未だに末原さん呼びやん」

咲「そりゃ末原さんは年上ですから」

恭子「そういうことやなくて何で苗字呼びなんやってこと」

咲「だってずっと末原さんって呼んできたし、それに末原さんだって私のこと宮永って呼ぶじゃないですか」

恭子「……せやな」

――あ、マズったかな


恭子「じゃあ今からアンタのこと咲って呼ぶわ」

咲「えぇ……」

恭子「せやから咲も私のこと恭子って呼び」

咲「嫌ですよ」

恭子「なんでや!ってか私かて恭子できょうちゃんやん、恭ちゃんって呼べや!」

咲「いやいや被っちゃうじゃないですか」


恭子「そいつの名前はなんや」

咲「須賀京太郎ですけど」

恭子「じゃあそいつのことは須賀って呼べばええ」

咲「これまで京ちゃんだったのにいきなり苗字で呼び出したりしたら何かあったかと思われるじゃないですか」

恭子「じゃあやっぱり恭子や。恭子で決まりや」

――あぁもう面倒くさい


咲「突然どうしたんですか。何か思うところでもあったんですか」

恭子「……私が告白して咲が受けてくれたけど」

――もう咲で定着してる……

恭子「なかなか会えんし、たまに会って遊んでもデートって感じやないし……なんかこれって付き合ってるっていえんのかなーって思て……」

恭子「名前呼びくらいええやん……」

なんか私が悪いみたいになってるし

咲「呼び方一つで距離感は変わらないでしょう」

恭子「うぅ……そうかもしれんけど気分の問題や。気分の」

――はぁ……仕方ない


咲「末原さん。何をそんなに不安になってるのか知りませんが、私は好きでもない人の告白を受けたりしません」

恭子「ホンマか?」

咲「もうちょっと信用してくれてもいいじゃないですか。多分末原さんが思ってるよりも私は末原さんのこと好きですよ」

恭子「!」

咲「末原さんがどうしてもと望むなら恭子さんと呼びますけど」


恭子「ええんやええんや呼び方なんて。それよりさっきのもう一回言ってくれ」

咲「嫌です」

恭子「ええやん減るもんやなし」

咲「No way」

恭子「なぁ咲~」

咲「しつこいですよ」

恭子「さきぃ~」

――うざっ


咲「はいはい、好きですよ」

恭子「雑!言い方ってもんがあるやろ!咲の愛情は表に出せば出すほど減っていくんか」

咲「そうかもしれませんね。今のでかなり減ったのでまた頑張って貯めてくださいね」

恭子「ええ~……そや!あと一回でいいから言ってくれ」

咲「……その手に持ってるものはなんですか」

恭子「ICレコーダーや!これ小さくて軽いしノイズキャンセルもついてて高音質で録れるし便利なんやで。編集もバッチリや」

咲「はぁ、録ってどうするんですか」

恭子「咲が冷たいときに聞き返す」

咲「……」

恭子「毎晩寝る前に聞く」

――きもっ


恭子「そんな引かんでもええやんか。まぁ咲が毎日言ってくれればこんなことする必要ないんやけどなぁ」チラッ

咲「というか末原さん。それで隠し録りして何やらやってないでしょうね」

恭子「えっ!?……ハハハ。咲に断りもなしに録るわけないやろ?」

――怪しい……

恭子「素材を集めて咲ロイドとかまさかそんな……」

咲「???何ですか?そのロイド?って」

恭子「いや……気にすな」

咲「??」


恭子「それよりはよ言ってくれ。録るから」

咲「嫌だと言ってるでしょう」

恭子「咲は毎日言うのは嫌なんやろ?これなら一回言えばあとは機械が頑張ってくれるんやからええやろ」

咲「電子化された音声を繰り返し聞いたって虚しくなるだけでしょう」

恭子「何言うとんの。電話かて電気信号に変換されとるやろ」

咲「いや……それはそうかもしれませんけど……」

恭子「な!じゃあええな!」

咲「いや納得した訳ではないですから」


恭子「……」

咲「そんな面白い顔してもダメですよ」

恭子「何や面白い顔って!普通の顔やん!」

――かわいいなぁ

咲「ふふ」

恭子「なにわろとんねん!」

咲「いや、末原さんは表情豊かで飽きないなぁと」

恭子「そうさせとるのはアンタやろ。だいたい飽きられたら困るわ」ブツブツ

咲「え?なんですか?」


恭子「何でそんなに態度がデカいんやって言ったんや。こっちは年上やぞ」

咲「でも私の方が身長は高いですし、しょうがないですね」

恭子「くっ、ああ言えばこう言う。何で私はこんな奴を……」

咲「まあまあ、じゃあ末原さんの言うデートらしいことって何ですか?」

恭子「ん、手を繋いで街歩く、とか」

咲「……ハァ……」


恭子「えっ?あかんの?」

咲「街中で手を繋いでいる人を見てどう思いますか?」

恭子「そら、仲良いんやな~とか」

咲「私は真ん中を突っ切ってやりたくなりますよ」

恭子「ええ??」

咲「並んで歩くのは百歩譲っても手を繋ぐなんて邪魔くさい。公序良俗に反しますね」

恭子「いやいやいや狭い道ならそうかもしれんけど」


咲「あと歩調を合わせなきゃいけないでしょ」

恭子「そらな」

咲「しかも十中八九遅い方に合わせる!何故なら遅い方に合わせなければ優しくないと言われるから!」

恭子「お、おう」

咲「結果のろのろ歩くことになるでしょう」

恭子「うーん。はよ歩けやと思わんこともないけど、でも一緒に歩くのも楽しいやん。手を繋ぐくらい許してやろうや」

咲「ってことで却下ですね」


恭子「そこまで言わんでも……じゃあ家の中ならいいんか?」

咲「まぁ……それなら。じゃあ今繋ぎましょうか。はい」

恭子「へ」

咲「手、繋ぎたいんでしょう?」

恭子「今!?」

咲「嫌ならいいですけど」

恭子「ちょっと待ってくれ」

――何故手を拭く?

恭子「だって汚れてたり汗かいてたりしてて、小声でうわっとか言われたら立ち直れへん……」

咲「いや言わないですよ。末原さんの中で私はどんなひどい人になってるんですか」


恭子「電話が終わってからこうやって手を繋いだ後も文庫から目を離さんくらいにはひどいな」

咲「片手で読むのって難しいんですよ」

恭子「知らんわ!」

咲「これが叙述トリックってやつですね」

恭子「ちゃうわ、唯の描写不足や!怠慢や!」

咲「何言ってるんですか。ちゃんと電話の後に頁をめくる音があったでしょう」

恭子「そんなもん聞こえんかったわ!それより私とおるっていうのに本の方を優先するんか」

咲「そんなわけないでしょ。私だってちゃんとした本を読むときは環境と体調を整えます」

恭子「そらその本がつまらんて言うとるだけやん」


咲「……末原さん、本と自分を比べるなんて、本気で言ってるんですか」

恭子「え、何でそんなマジなん?」

咲「世界に無数にある本ですよ。探せば今の自分の感性にぴったり嵌まるものもあるでしょう」

恭子「そうかもな」

咲「アカシックレコードとまではいきませんけど、人類が文字と紙を手に入れてから現在までの記録である本と末原さんですよ?」

恭子「そこまで言ってないやんか。私はただ……」

――まぁ私は学者でもないただの本の虫なんで末原さんを選びますけど

咲「まぁまぁ、切りの良いところまでですから」

恭子「それって読み終わるまでってことやろ」

咲「末原さん……よくわかりましたね」

恭子「……」


咲「じ、冗談ですよ。本当はただ文字を目で追ってただけでよく読んでなかったですし」

恭子「……咲」グイ

咲「へっ!?」

――ちょっ近い近い

恭子「すまん。もう無理」

――あ、本が……栞……

咲「んっ……ふっ」ドサッ

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―――――

――


恭子「痛たた……」

咲「末原さん、手を繋いだくらいでいきなり盛らないでくださいよ」

恭子「すいませんでした」

咲「まったく……」

恭子「てかあの意味深な場面転換はなんやねん。私が返り討ちにあっただけなんやけど」

咲「自業自得ですね」

恭子「うぅ」


咲「あ、ほらもうこんな時間ですよ。お腹空きません?何か作りましょうか。何がいいですか」

恭子「スパゲッティ!」

咲「……ナポリタンとかカルボナーラとかですか?」

恭子「カルボナーラかぁ。ええな」

――スパゲッティあったかなぁ

恭子「ないんなら何でもええよ」

咲「いや、買いに行きましょう」

カルボナーラだと、卵はあるからスパゲッティにパンチェッタ、チーズ、生クリームくらいかな

スパゲッティは太めのやつ、パンチェッタはなければベーコンで妥協するとして
チーズはパルミジャーノとペコリーノ、生クリームは邪道だっていう人もいるけど……美味しければいいよね


恭子「おーい咲。ホンマに何でもええで。何ならインスタントでも」

咲「カルボナーラならすぐできますから」

恭子「いや、でも」

咲「末原さんは私の料理食べるの嫌なんですか」

恭子「そうは言うてへんやん。でもわざわざ買いに行かんでも、あるもんでええよ」

咲「私が作りたいから作るんです。それに他にも買うものもありますし」


恭子「ならええけど……」

咲「なにニヤついてるんですか」

恭子「いや、何でもない」

――何かイラッてくるな……でもまあ料理なんてもので喜んでくれるんだから、末原さんはちょろ……可愛いよね

恭子「ほな行こか」

咲「はい」

恭子「なぁ、手」

咲「絶対嫌です」

恭子「……分かってたけどね」






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