狛枝「僕と彼女のパワプロ生活」 (28)

「私はまだ高校生で、ときどき、プロ野球選手を創る」

対面に座る七海千秋が、そらんじるような、スローテンポな調子で言った。

呆けた表情のままなのがおかしくて、僕は苦笑が漏れる。

「いきなりどうしたのさ」

彼女はゆっくり視線を僕に向ける。

大きな瞳に、跳ね上がった後ろ髪が幼い印象を与えるが、胸の隆起は大人の女性のそれだった。

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「小説の冒頭をもじったんだけど」

知らないかな、と小首を傾げる。

「そうなんだ。何て本?」

僕の問いに彼女は答える。聞いたこともないタイトルだった。

「狛枝くん、本はあんまり読まない方かな?」

「有名どころを二、三、ってぐらいだね」

七海さんは片目を瞑って応じた。視線は、手に持つポータブルゲーム機へ移る。

ホテルのロビーは冷房のおかげで居心地良く、僕はほとんどの時間をここで過ごしている。

結果的に、七海さんと一緒にいる時間が増えた。

彼女と居ると、どこか時間がゆっくりと流れているような気がする。

陽に照らされているような印象を受ける。暑いのは嫌いな僕だけど、ポカポカ陽気となると話は別だ。

「ねぇ、狛枝くん狛枝くん。ちょっと相談なんだけど。いいかな?」

彼女の真似をして、片目をつむって応じた。ミラーリングってやつだ。

「名前、どうしたらいいと思う?」

「そうだねえ」

彼女が今やっているのはプロ野球ゲームだ。

そのモードの一つに、オリジナル選手をつくるゲームがある。

ゲームを始める前にはまず名を決めねばならない。

「今まで創ったのはなんて名前がいるんだい?」

「川島、田村、石田、井上、出川、狩野」

「うんうん、なるほど。じゃあここは外国人風にするのはどうだい?」

「リーシャオランとか?」

「う、まあアジア系も悪くないね。他には…」僕は指折りながら言う。「ジャクソン、ケネディ、ジョンソン、レーガンなんてどうかな?」

「アメリカ系…とかヨーロッパ系だね」

「そうだ。僕の見せよう」

ポケットからゲーム機をだし、起動する。作った選手のデータを開く。

興奮した様子で七海さんが僕の隣に座った。さらりとした髪からは女性特有の良い香りがする。

「狛枝くん、外国人多いんだねー」

「ハルトマン、バルクホルン、シャーロット」

七海さんが読み上げていく。「ねぇ」彼女が上目遣いで僕を見る。

「狛枝くんの一番良い選手見せてよ」

「僕、ピッチャーしか作ってないんだけど。ちょっと待って」

十字キーを操作し、ルーデンベルクという選手にカーソルを合わせた。

途端彼女の目が少し見開く。

「へー。強いじゃん」

よかった。お眼鏡にかなったようだ。

「コントロールC スタミナE 球速160km スライダー、スプリット、カーブ

対ピンチ4、打たれ強さ4  逃げ球。抑え投手かな?」

「うん。リリーフは僕でも簡単に創れるから」

このゲームでの選手の名付けは、悩みどころの一つだ。

あらかじめ考えていても、いざ入力する段階になると忘れてしまっていたりする。

作り終っても何て名前だったっけなんてこともある。

テキトーに決めているからなのか、なかなか記憶に残らないのだ。

「んー。じゃあこれにしようかな」

「グレゴリウス。ギリシャ風の名前かい?」

「かっこいいでしょ」

彼女は自慢するように鼻息を漏らし、プレイを始めた。

なし崩し的に、七海さんは僕の隣でゲームに勤しむことになる。

ちらりと画面を見た。ポジションは投手にしたらしい。ロビーに響く控えめなボタンの音。

時折彼女が見せる照れたような笑い。

どれもこの時間を彩るには十分なものだった。

いつの間にかお昼ご飯の時間となり、つぎつぎと他の生徒が戻ってくる。

僕と七海さんも、小泉さんに怒鳴られるように呼ばれ、ホテル内のレストランへ急いだ。

ぼくらを収容するには十分すぎる広さで16人が集まってもスペースは有り余っている。

窓からは見える群青色の空は、豪華な料理に花を添えていた。

「さっさと食べようぜー」

「うるさいぞ。全員そろって挨拶してからだ」

「へ? 挨拶って? いただきますの挨拶っすか?」

「それ以外何があるんだ」

「豚足ちゃんがいただきますだって。何かおもしろーい」

西園寺さんが甲高い笑い声を上げる。

「こら。笑わないの。 食べる前の挨拶は大事なことだよ」

小泉さんがたしなめる。

「ふむ。小泉に同意だ。 我らの生存のためにささげられる供物には日々感謝せねばならん」

田中くんは、そう呟くと一人納得したように神妙にうなずいた。彼はこの中で一番変わっている。

ふっ。くだらねえ。 ガキじゃねえんだからそれぞれが好きな時に食えばいいんだよ」

棘のある言葉に、あちこちにあったノイズが消える。全員の視線が九頭竜に集まった。

「なんだよ。俺は食うぜ」

ニヤリと笑ってチキンにかぶりついた。

「ちょっと。アンタね」

十神くんが、激高した小泉さんを制した。彼は眼鏡を押し上げると、言葉を発す。

「九頭竜」

「ああん?」

「お前は他のテーブルで食べてくれ」

「何?」

「一人でも場を乱すものがいたら士気にかかわる。そんなに単独行動したいのなら好きなだけとるがいい」

「ふん。好都合だ。ちょうどそうしようと思ってたとこさ」

「だが戻りたければ戻ってこい。俺たちはいつでもお前を受け入れる」

「そりゃどうも」

「ただしオールA選手は作れよ。これだけは約束しろ」

この旅行でウサミに課された課題。それは全員がオールA選手を創ること。

もちろん他人の手を借りてはいけない。一時的に手伝ってもらうのも禁止。

今のところオールAをつくれた人はいない。あのゲームは実力以外に運の要素にも左右されるのだ。

厳かな食事を終えると、十神くんの提案で作成選手を見せ合うことになった。

僕の最初のペアは終里さん。見るからにゲームは苦手っぽいけど。

「へっへっ。あたしもだんだんうまくなったんだぜ」

「楽しみだなあ」

終里さんはボタンを操作すると、ほらよ、とゲーム機を軽く放る。

悪くない。

弾道3 ミートC パワーB 走A 肩A 守備A エラー回避A  

広角打法、送球4 共振多用 積極盗塁、積極走塁、ポジション 一塁手


ただ、この守備能力で一塁手なのはもったいなかったかなあ。

「おうおう狛枝。おまえの見せろよ」

「ああそうだね。僕のはピッチャーなんだけど」

「へえl おまえ全員リリーフかよ。だっせえなあ」

リリーフだったら何がダサイのかよくわからない。

次の相手は、罪木さんだった。この人は期待しないほうが良いだろう。

そもそも野球のルールを知っているのだろうか。

「ふゆう。じゃあ見せますねー」

たどたどしい手つきでボタンを操作する。時々、あれ、とか、えっとなどと呟いていた。

「罪木さん、ちょっと貸して」

「すみません」

画面をみると、なぜかパスワードを打ち込もうとしていた。どんな間違いだ。

作成選手データの画面を開く。

「ほら、どの選手?」

「えーっと、もっと下です。もっともっと。はいこれですね」

カーソルが合わせている選手の名は、大谷、と名付けられていた。ちょっと待って。

よく見ると、赤と緑が混じっている。投手と外野手の兼用?

大谷 コンロールB スタミナB スライダー5 フォーク4 カーブ3 ツーシーム

逃げ球 闘志 ノビ5 勝ち運 安定度4 対ピンチ4 打たれ強さ4

「凄いじゃないか」

「えへへ。まぐれです」

引き続き、野手能力を見た。

ミートE パワーE 走力D 肩力D  守備力D エラー回避A  チームプレー 

ため息が漏れた。

「へ? ふぇえ? 何か変ですかあ?」

彼女の自覚がないことに、僕はさらに頭を抱えた。

「罪木さん、メモリの無駄使いって言葉知ってるかな?」

「え?へ? なんですかそれ?」

「いいかい。ここではね? オールAをつくるのが目的なんだ。良い選手じゃなくてオールAなんだよ。
 だから二刀流をつくるなんてポイントの無駄使いにしかならないんだ」

「へえええ」

次は澪田さんと見せ合うことにした。

「いやっほー。じゃあ唯吹の最強のメンバーを紹介するっす」

拳をマイクに見立て、ゲームを突きだした。僕はそれを受け取り、カーソルを動かしていく。

予想はしていたけどどこかおかしい。

「澪田さん、これ名前…」

「はい。全員、澪田唯吹っす!」

「いや、あのさ。ややこしくなるから名前は違ってるほうがいいよ?」

「それがっすねえ。ちょっと思いつかないんすよ。 他の皆さんの名をつかうのもなんか悪いっす」

創る選手は悪くなかっただけに、もったいない。

昼。皆はまた、どこかへ出かけていく。僕と七海さんはロビーに舞い戻る。

「どうだった? 良い選手作った人いた?」

僕は罪木さんが二刀流選手をつくったことを話した。

「もったいなかったね。普通に創ればオールA確実だったのに」

「七海さんは、確か左右田くんと見せ合ってたよね?」

「あ、うん彼はね。もう臆病すぎて全然ダメっぽいかな」

「というと?」

「彼ね? ダイジョーブ博士一度も使ったことないんだって。失敗が怖いからって」

「? あれって失敗なんてあるの?」

七海さんはどうしてか、視線が中空をゆらゆらし始めた。呼びかけても反応がない。

ほどなく、あっ、と声を漏らす。

「狛枝くんはね。そりゃ失敗しないよ。 あれは完全な運だもん」

「へえ」

「ちなみに成功率は三割って言われてるんだ」

それはちょっと低すぎやしないか…。ちょっと左右田くんの気持ちも分かるかも。

「さっ、私たちも始めよっか。狛枝くん、次は先発投手つくってみたらどうかな?」

「難しそうだなあ」

「でもね、長いイニングを投げられる分、経験値が溜まりやすいんだよ」

「あっ。そだね。そんな考えもある」

やってみようかな。先発投手。たしかにリリーフばかりなのは少し飽きてきたかも。

「じゃ、私もやろっと」

途端、七海さんは表情が引き締まり、ゲーム機に視線を落とす。

彼女の隣に座ろうか、と思ってやめた。

僕はサクセスモードを開くが、名前を打ち込むところで手が止まった。

少し考え、江ノ島、と打ち込む。特に理由はない。ただ頭に浮かんだだけだ。

オールをAをつくってしまえば、この日々を手放さなければならないのだなと気づく。

僕にとっては、オールAをつくることは寂しいことでもあるんだ。

七海さんはどう思っているだろう。僕と共にパワプロをする日々をどう感じているのだろうか。

この日々がいつまでも続いてほしい。そう思ってくれてると嬉しいな。




お わ り

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