【艦これ】影の薄い思いやり (32)
一部が独自設定
戦争が終わります
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この鎮守府の提督は、艦娘たちに嫌われている、避けられている。
司令官でありながら背丈は160㎝程度しかなく、提督よりも背の高い艦娘も多い。
全体的に小柄で印象がとにかく『頼りない』。
そして表情がない。
常に、何を考えているのか、それとも何も考えていないのかは艦娘には分からないが、
難しい顔をして眉間にしわを寄せ、
廊下ですれ違う時も、後ろで手を組み俯き、低い背丈をさらに低くして歩いている。
部下として位置づけられている艦娘は礼儀として敬礼はするものの、
ただ、目を見て黙礼を返すのみである。
執務の方は、決して無能ではないが有能でもないといった程度であり、
うまくいくときもあれば、失敗するときもある。
何度か大成功を収めたことはあったが、それほど大きな失敗を起こしていないというのが、
この提督に対してかけることのできる唯一の褒め言葉だろう。
稀にこの提督と仲良くなろうと気を起こす艦娘もいるのだが、
提督の無感動な態度に1か月もすれば飽きて、
再び、それまでの『上司・部下』のみの関係に戻ってしまうのだ。
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「もう、ほんっとイライラしてくるわ! あのクズ提督!
部下の活躍に対して何の感情もないなんて!」
廊下で堂々と上司を罵倒するこの少女は。名前を霞という。
鎮守府で1位、2位を争うほどの、口の悪い少女だ。
霞は、自身のファインプレーによって作戦が大成功を収めたにも拘わらず、
提督の反応が非常に事務的であったことに怒っているのだ。
「まぁまぁ、落ち着いて。提督がああなのは最初からじゃない」
霞をなだめるのは、荒潮という少女。一応、霞の姉にあたるが、
艦娘という存在にとって姉妹という関係は単なるラベルにすぎない。
よって、血筋およびそれによる上下関係は、全く存在しない。
「そうね、今でもクズの言った最初の台詞を思い浮かべるとイライラしてくるわ、
『私は君たちを信頼したい、だから君たちは、私の信頼を得られるように、任務を遂行してほしい』
ってね、笑えるわ! 信頼してほしいなら、そっちが先に行動しなさいよ!」
「こらっ! もう悪口を言うのはやめなさい!」
朝潮の人か
久しぶりだな期待
霞に注意をしようと、荒潮は横を向く。荒潮の視界の端に映ったのは、
いつものように体を小さくして、後ろから歩いてくる提督の姿だった。
「て、提督! お疲れ様です!」
荒潮はとっさに提督に向かって敬礼をし、霞も反射的にそれに続いた。
提督は、普段通りの読めない表情で荒潮と霞を見て、黙礼をした。
二人は黙って、いそいそと部屋に戻った。
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「――ていうことがあったの。もう、背筋がぞっとしたわ~」
食事の席で姉妹そろって雑談を楽しむ、荒潮と霞を含む、姉妹一同。
先に述べたように、姉妹というものは、ラベルにすぎない。
「司令官は本当によくわからないよね。怒ったこと一度もないのに、なんか近寄りがたいし……」
「ん~……正直いって、もう何とも思ってないかな~」
大潮、山雲に続いて淡々と飛び出す、提督への批判。
それは姉妹間では収まらず、食堂全体に波が広がった。
その中にただ一人、提督に敬意を払う艦娘が、声を上げた。
「私は司令官のこと、好きですよ」
食堂は静まりかえり、食堂の誰しもがその発言主を、目を丸くして見ていた。
彼女の名前は朝潮。この姉妹の長女であり、真面目だけが取り柄の、どこか抜けている少女。
彼女はなぜ食堂が静まったのかをまだ理解していない。
そして、霞はそんな朝潮に対して、冷たい視線を送る。
「朝潮は、提督を尊敬するとかじゃなくて、その、『好き』って言ってるの?」
「はい。私は司令官のことを尊敬もしていますし、好きです」
「はぁ、意味わかんない」
霞はため息をつき、荒潮は霞を肘でつつく。
誰も朝潮を理解しようともせず、時の流れのままに、皆は食堂から姿を消した。
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「朝潮ちゃんの言っていること、ちょっとわかるんだよね」
「ええっ! 北上さんももしかして、提督のことを……」
「違う違う! 好きとかそういうんじゃなくて……なんというか……
何を考えているか分からないから、気付いたら目で追っているみたいなのが」
大井の反応に、顔を赤らめて北上は提督への好意を否定する。
唯一の男性であっても、提督に好意を抱く者などいない。
それが、この鎮守府の艦娘たちの暗黙知だった。
それだけに先の朝潮の発言には全員が耳を疑い、
朝潮に対して憐れみに似た感情を抱くのだった。
あの提督を好く者は、誰もいない。
たとえ、十人十色の艦娘が百何十人といるこの鎮守府であっても。
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淡々と時は過ぎ、怪我人は毎日のように出る中にも死者は一人も出ず、
戦場としては平和かもしれない生活が続いていた。
しかし,終わりの見えないこの戦争に対する不安は、
国のために戦い、艦娘を動かす司令官としては体を蝕むものであり、
兵士である艦娘にはこの不安を伝染させまいと、
提督はストレスを己で消化し、感情を仮面で隠した。
部下に嫌われようとも、部下の実力を引き出し、
国に尽くすのが提督としての任務であり、使命である。
提督はそう感じ、これまで任務を果たしてきた。
戦争は激しさを増すが、我が国の有利で敵は押され、
勝利は確定となった。
そして、戦争は終わった。数年に渡る戦争が、あっけもなく終わった。
敵の情報がほとんどなく、対症療法の戦争ではあったが、終わった。
鎮守府では、提督不参加のパーティが開かれたのち、
艦娘たちは社会に出ることとなった。扶養を希望する夫婦の養子として。
提督は最後の任務として事務的な仕事を済ませ、鎮守府を去る。
この鎮守府のその後はまだ未定だ。
そして、鎮守府の入り口には、一人分の影。
「司令官! 今後もよろしくお願いします!」
朝潮は提督に向かって堅苦しい敬礼をし、明るい笑顔を提督に向ける。
提督は朝潮に黙礼をした。
艦娘の社会での戸籍を決める際に、朝潮は自ら、提督に願い出た。
自分を、提督の養子にしてほしいと。
これにはさすがの提督も目を丸め、戸惑った。
少々の話し合いを経て提督はそれに合意し、
現在、提督と朝潮は戸籍上の親子となった。
二人は鎮守府の入り口で、鎮守府に向かって敬礼をする。
戦下で共に戦い、共に生きてきたともいえる鎮守府への、最低限の礼儀だ。
長い敬礼を終え、二人は本部の寄こした車に乗った。
提督の、最後の任務のため、これから本部に向かうのだ。
いつか、艦娘たちがこの提督に敬意を抱く日はくるだろうか。
人に拘わるとは、少なからずその人の人生に干渉することである。
虹の中の人には、その虹が見えていないように、
一人一人の持つ環境は、その環境下の人にとっては当たり前であっても、
それは決して当たり前ではなく、他人の影の薄い協力によって成立しているものだ。
朝潮は提督の、影の薄い思いやりに気づき、惹かれ、
提督との養子縁組を望んだ。
それは、朝潮がそういう思いやりを持っているからであり、
そういう者に出会えたことに、提督は幸せを感じている。
同時に、朝潮も幸せを感じている。
影の薄い思いやり、また、理解されない思いやり。
それは、ある意味では、もっとも深い、純粋な思いやりなのかもしれない。
-FIN-
もっと長いものを練って書こうと思っていたのですが、短編になりました。
お目汚し失礼。自己満足のための投稿でした
乙
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