勇者「村から出るのも一苦労」(40)

勇者「そろそろ出発するよ。父さん、母さん」

父「うむ」

母「気をつけてね……」

父「村を出る前に、村長に挨拶していくのを忘れるなよ」

勇者「分かってるよ。行ってきます!」

家を出ると、勇者は村長の家に向かってまっすぐ歩く。

起伏の激しい、険しい道が続く。

五時間ほど歩くと――

勇者は大きな川にたどり着いた。



川幅50メートル、深さ10メートル。

橋はかけられておらず、ここを越えるには川を泳がねばならない。



ドドドドドドドドドド……!



流れの速さは土石流並みであるが、勇者はためらいなく川に入った。



勇者(ひと泳ぎするとすっか)ザバァッ

勇者「ふっ! ふっ!」ザバァッ ザバァッ



水流を物ともしない豪快なバタフライで、川を泳ぐ勇者。

すると、人肉を好む凶悪なピラニアが大量に襲いかかってきた。



ピラニア「キシャアアアアッ!」クワッ

勇者「どりゃあっ!」バキッ



勇者は泳ぎながらこれを撃退し、どうにか向こう岸にたどり着いた。



勇者「ふうっ……! サッパリした!」

川を出ると、次は森だ。



広大な原生林の中には、猛獣や食人植物がうようよしている。

さらには星の中心まで続いているといわれる底なし沼もわんさかだ。



勇者「ここいつも迷うんだよなぁ~」ガサガサ…



大森林の狂った磁場は、方向感覚をも狂わせる。

何度も来たことがある。そんなことは全くの無意味である。

勇者は勘を頼りに、森を進んでいく。

勇者(ひどい時は一週間はかかるが、今回は運がよかったな)ガサッ…



三日がかりで森を抜けると、勇者は村長の家に到着した。



しかし、すぐには会えない。

なぜなら、村長の家は雲にも届くほどの巨大な塔(タワー)であり、

村長は最上階で暮らしているからである。



村長のもとに行くにはこれを攻略せねばならない。



勇者「オジャマします!」ギィィ…

勇者(殺気!)ピクッ

村民「キエエエエッ!」シュバッ

ビシュッ!

勇者「くっ……!」



村長宅内の各フロアーでは、さまざまな武術・武器を極めた村民が立ちはだかる。

いうまでもないが、村民を倒さねば上の階に行けないという仕組みである。



シャッ! シュビッ! ガッ!

勇者「だあっ!」ドゴッ

村民「ぐおおっ!」

村民「ぐ、ぐふっ……さすが勇者……! 参った!」

一週間後、勇者は村長が住まう最上階にたどり着いた。



勇者「こんにちは、村長!」

村長「おや、なんの用じゃな?」

勇者「いよいよ魔王退治に出発することになりましたので、ご挨拶に参りました」

村長「ほっほっほ、そうかそうか」

村長「じゃが……魔王は手強いと聞く」

村長「半端な実力では倒せまい。ワシがおぬしをテストしてやろう」

村長「この……魔剣『ビレッジ』でな!」ヌゥ…

勇者(魔剣『ビレッジ』……!)

勇者(村長のみが使える、オリハルコンをも切り裂く暗黒剣……!)

勇者「望むところ!」チャキッ

村長「いい構えじゃ……」ニヤ…



魔剣の輝きに同調するように、村長の両目が暗く淀む。

死闘が始まった。

勇者「だああっ!」

村長「せいいっ!」

ギィンッ! キンッ! ガキンッ!



勇者の白刃と、村長の黒刃が、超高速で入り乱れる。

同じ村に住む仲間同士といえど、手加減一切無し。

一手のミスが即、死につながる極限の戦い。



勇者「ぜああっ!」ヒュバッ

村長「ほっ!」シュバッ

勇者と村長の戦いは三日三晩続き――

ガキィン!



勇者渾身の一撃が、村長の魔剣『ビレッジ』をはじき飛ばした。



村長「ふむ……ようやった。もはやワシがいうことはないようじゃ」

村長「ゆくがよい、勇者よ!」

勇者「はい!」

村長の家を出発して五日後、勇者はこの村でもっとも大きな山にたどり着く。

標高1万2千メートル。村を出るためには避けて通れない難所である。



勇者「よし、登るか」ザッ…



登山を開始した勇者を、幾多の困難が待ち受ける。

薄い酸素、数百メートルの断崖絶壁、あちこちに点在するクレバス。



しかし、この山でもっとも恐ろしいのは――

山賊集団である。



頭領「獲物を発見した」

頭領「全部隊に伝令! フォーメーションを組み、標的の荷をすみやかに略奪せよ!」

山賊軍団「イエッサー!」バババババッ



勇者(厄介な奴らに見つかったな……)チッ



山賊たちにとってこの山はホームグラウンドであり、人数も多く、統率も完璧ときている。

さすがの勇者でも、油断できない相手だ。

頭領「剣部隊、槍部隊、突撃ィ!」バッ

頭領「弓矢部隊、魔法部隊は援護に回れ! じわじわと追い詰めるのだ!」ババッ



勇者(人数は……少なくとも数千人はいるだろう)

勇者(まともに相手をすれば、やられかねない!)

勇者(脚力では上だ! うまく逃げ切るんだ!)

タタタッ!



勇者は時に山賊と戦い、時に山賊から逃げ、を繰り返し、

少しずつ山賊たちを引き離していく。



頭領「ぬうう……やりおる! 敵ながら天晴れなり!」

山賊の追撃を振り切り、山を越えると、今度は地平線まで広がる砂漠が行く手をさえぎる。

勇者はぶ厚い布を全身にかぶり、

直射日光を浴びないようにしながら、砂漠を黙々と歩き続ける。



勇者(ノドがカラッカラだぁ……)



砂漠では水の確保が生死の分かれ目となる。

勇者は岩の合間にあるわずかな水源や、植物から蒸散される水分などで、

喉を潤しながら歩を進めていく。

砂漠の夜は冷える。

寒暖差で体調を崩さぬために、勇者は日が沈むと砂に穴を掘って、その中で眠る。

夜空の星を眺め、現在位置を確認することも忘れない。



勇者(あの星があそこにあるということは……)

勇者(北北西に……あと二週間ほど歩けば砂漠を出られるな)

勇者「ぐぅ……ぐぅ……」



砂漠を抜ける頃には、勇者の体重は10キロも落ちていたという。

砂漠を抜けると一転、勇者は極寒の大地へと差しかかる。

常時氷点下80℃。まさしく凍りついた世界である。



ビュオォォォォォ……!

勇者(くっ……!)



叩きつけるようなブリザードを全身で受けながら、勇者は前へ前へと進む。

雪男「グオオオオオオッ!」ガバァッ

勇者「雪男かっ!」チャキッ



すっかり体温と体力を奪われた勇者に、雪男が襲いかかる。

ボクシング、ムエタイ、さらにはサンボをマスターしている雪男に、勇者は大苦戦。

しかし、どうにか――



ザシィッ! ドザァ……



勇者「ふぅ……毛皮はありがたく使わせてもらう」

極寒地帯を抜けると、いよいよ村を出るための最後の関門、

闇の瘴気に覆われた暗黒地帯へ挑戦せねばならない。

ここでは、勇者は特殊な呼吸法を駆使することになる。



勇者「…………」コヒューコヒュー



短く一瞬だけ吸い、長くゆるやかに吐く。

もし、闇の瘴気を一気に吸ってしまうと、瞬く間に肉体を闇に支配されてしまうからだ。

そうなれば、もはや勇者でも元に戻れる保証はない。

一センチ先すら見えない暗闇の中を、先の呼吸法を維持しつつ、勇者は歩き続ける。

かつて闇の瘴気に呑まれたのであろう、無数の亡者たちが勇者に深呼吸をさせようと、

“誘って”くるが、勇者は乗らない。



勇者(恐れるな、怯えるな、慌てるな……)コヒューコヒュー

勇者(俺は村を出て、魔王を倒すんだ!)コヒューコヒュー



この地帯では眠ることすら許されない。

歩くことおよそ十日間。

勇者は一睡もすることなく、みごとこの関門を突破した。

勇者「ふぅ……やっと村を出られるぞ!」



丸太で作られた村の門をくぐれば、そこはもう村の敷地外。





辛く険しい道のりを踏破し、やっとのことで村を出ることができた勇者。

いよいよ魔王退治の冒険の始まりである……!

その頃――



母「……今頃、あの子は村を出た頃かしら」

父「だろうな。闇に呑まれていなければいいが」

母「ところで、不思議よねえ」

母「かつての勇者様――あなたのご先祖様が残した文献によると」

母「村を出るまでの冒険については詳しく記述されてるのに」

母「村を出た後の冒険はやけにあっけなく終わっちゃってるのよね。なぜかしら?」

父「おおかた書くのが面倒になったんだろう。三日坊主ってやつさ」

母「なるほどねえ」

母「それともうひとつ。魔王軍はなんでこの村に攻め込んでこないのかしら?」

父「う~ん、なんでだろうな」

父「きっと俺たちには分からない理由があるんだろうさ」




<おわり>

以上でおしまいです

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